今日は、バレンタイン。例年であればフミちゃんからチョコを貰えないかどうか内心ソワソワしながら一日を過ごし、貰えれば幸せの絶頂に達し、貰えなければその後三日は落ち込む、そんな一日。
───ただ、今年のオレのバレンタインは、そんないつもの様相とは、大きく違っていた。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい!なるべく暗くなる前に帰って来るのよ〜!」
今年のバレンタイン、つまり今日は土曜日。オレは、いつものようにひとりさんたちと共に未確認ライオットの優勝へと向かう為にさくら中央シティ駅から電車に乗り、下北沢駅へと向かっていた。
「ケータきゅん、昨日はフミちゃん達からチョコを貰うことができて良かったですね!」
電車に乗っている時、ウィスパーがそんなことを言ってきた。
「うん!今年はもう卒業で忙しくなるから貰えないと思ってたけど、嬉しかったなあ」
四月になれば、オレたちはさくら第一中学校へと進学する。その為卒業シーズンが重なり忙しくなっている今年のバレンタインは、さすがにチョコは貰えないと思っていたのだけれど、フミちゃんを始めとしたオレのクラスの女の子達は実に心優しく、自分の時間を削って男子達の淡い期待に応えてくれていた。
「…その後、部屋にふぶき姫たちも来てオレにチョコをくれたのは驚いたけどね」
そう。昨日は例年と違い、女性妖怪のともだちもわざわざオレの部屋まで来て、チョコやキャンディ、マフィンなどの様々なお菓子を手渡してくれた。いつもよりも多く積まれたお菓子の前に、オレの心は嬉しさと少しの困惑とで綯い交ぜになっていた。
「ケータは女性妖怪たちからも好かれてるニャンからねえ…」
「妖怪マスターの名は伊達じゃないでうぃすねえ」
オレはジバニャンとウィスパーがそう言い合う様を見て、それだけの人間や妖怪がオレの為に時間を使ってお菓子を作ってくれたことに心が暖まった。
「みんな、オレの為にわざわざ…。本当に、優しいな」
「何をおっしゃいますやらケータ君。それは貴方の普段の行動により生まれた人徳によるものでしょうに。…いや、寧ろ妖徳でしょうか」
ウィスパーはそう言うと、ふと何か思いついたような楽しげな表情になり、続けてオレにこう言った。
「…そうですケータ君!今年のケータ君のバレンタインは、まだまだ終わらないかもしれませんよ!」
ウィスパーのその言葉に、オレは思わず首を傾げながら尋ねた。
「…どういうこと?」
ウィスパーは含み笑いを浮かべて、楽しげに言った。
「まあ、行けばわかるでしょう。ひとりさんたち───結束バンドのみなさんの所にね!」
オレたちがそんな会話を交わしている内に、電車は下北沢駅へと辿り着いた───
「おおっ、ケータくん!おはよ〜!」
「おはようございます、虹夏さんっ!」
いつものようにSTARRYの扉を開くと、虹夏さんがオレを出迎えてくれた。奥を見ると、他の三人も既に集まっていた。
「けいくん、おはよう…!今日も私のこと、見ててねっ…!」
「ひとりさんおはよう!もちろんだよ!」
ひとりさんはオレを見ると、嬉しそうな笑顔で挨拶をしてくれた。
「ケータ、来てくれたんだね。会いたかった。…ぼっちだけじゃなくて、私のこともちゃんと見ててね」
「リョウさんもおはようございます!当たり前ですよ!」
リョウさんはどこか安心したような表情を浮かべながら、オレに挨拶をしてくれた。
「ケータくんおはようっ!今日もいっぱいケータくんにかっこいいところ見せるわよ〜!」
「喜多さんもおはようございます!とっても楽しみです!」
喜多さんは張り切ったように、オレに挨拶をしてくれた。
結束バンドのみんながバイトをしている時、オレは星歌さんにスタッフ席に呼ばれていた。
「ケータくん、今日バレンタインだろ?ほらこれ、アタシからのささやかなプレゼントだ。…いつもアイツらのこと見守ってくれて、ありがとな」
星歌さんが丁寧にラッピングされた箱を取り出して、オレに手渡した。
「ありがとうございます、星歌さん!大事に食べますね!」
星歌さんから貰った箱を大事に鞄の中にしまっていると、PAさんにも声を掛けられた。
「ケータくん、私からもバレンタインのプレゼントで〜す。…普段私たちのこともよく気遣ってくれる良い子のケータくんには、ちょっと奮発して良いものをあげちゃいま〜す!」
PAさんはそう言いながら、チョコレートが入った袋を取り出して、その中から丁寧にラッピングされた少し高級そうな箱を取り出した。
「…お前、ケータくんの気遣いが心地良いからって露骨に高級品プレゼントすんなよ」
「だってえ、こんなに素直で優しい小学生の男の子がいたら、美味しいものの一つや二つあげたくなっちゃうじゃないですか〜」
「気持ちは分からなくもねえけど、ケータくんくらい気遣いしいな子だったらあんまり高いもん渡すと萎縮しちゃうだろ…」
「…確かに、盲点でした」
星歌さんとPAさんが何やら囁き合っている中、オレはその箱をおずおずと受け取った。
「…あ、ありがとうございます、PAさん。大事にいただきますね」
「…ほら見ろ。少し遠慮がちになっちゃってるじゃねえか」
「やっぱり良い子ですねえ、ケータくん。…ちょっと私、本格的にこの子のことが気になってきたかもしれません」
「…お前、マジでやめとけ?」
二人が何を話しているかオレには全く分からなかったが謎の恐怖を感じたので、PAさんから貰った箱を大事に鞄にしまうと、オレはすぐに二人に深く礼をして結束バンドのみんなのところへ戻った。
いつものようにバイトと練習を終えて、帰り支度を進めていた時だった。後ろから虹夏さんがやってきて、オレに声を掛けた。
「───あ、そうだ!ケータくん、これあげるっ!」
虹夏さんはそう言いながら、可愛らしい包みを三つ手渡してくれた。
「ありがとうございます!…これって」
「ケータくんたちへのバレンタインのお菓子!あたしの手作りなんだよ〜!」
「そうなんですか!嬉しいです!大事に食べます!」
「おや、私たちにもくださるのですか!」
「嬉しいニャン!」
虹夏さんから貰った包みを一つずつウィスパーとジバニャンに手渡しながら、自分の分を大事に鞄にしまっていると、喜多さんからも声を掛けられた。
「あ、ケータくんたち!実は私もバレンタインのお菓子作ってきたのよ!はいっ!」
喜多さんもそう言いながら、オシャレな包みを三つ渡してくれた。
「ありがとうございます喜多さん!大事に食べますね!」
「おやおや、今年は私たちも随分貰えますね〜。これは私にもついにモテ期が…」
「ケータのおこぼれ貰ってるようなもんだから思い上がるなニャン」
「ん正論ッ!」
喜多さんから貰った包みを同じように一つずつ二人に手渡して、自分の分を大事に鞄にしまっていると、リョウさんからも声を掛けられた。
「…ケータ。実は私も、ケータへのバレンタインのお菓子、作ってきた。初めて自分で作ったから美味しくないかもしれないけど…受け取って欲しいな」
リョウさんはそう言いながら、少し恥ずかしそうにキレイな包みを、一つだけ差し出してくれた。
「ありがとうございます、リョウさん。大事に食べますね!」
「…うん」
(…リョウさんはケータ君だけになんですね)
オレがそう言いながら包みを受け取ると、リョウさんはどこか安心したような笑顔になった。
リョウさんから受け取った包みも同じように大事に鞄にしまっていると、ひとりさんが肩を遠慮がちに叩きながら言ってきた。
「けいくん…。私も、けいくんたちにお菓子、作ってきたよ。慣れないからお母さんにも手伝って貰っちゃったけど…。受け取ってくれると、嬉しいな」
ひとりさんはそう言いながら、四つの質素な包みを取り出した。
「あっ、ウィスパーさんとジバニャンさんも、これ、どうぞ…。あとこれ、ヒキコウモリさんにも」
「ありがとうございます、ひとりさん!」
「ありがとニャン!ヒキコウモリにはオレっちから渡しとくニャン!」
ひとりさんはそう言いながらウィスパーとジバニャンに三つの包みを手渡すと、オレに一際大きめの包みを手渡してきた。
「けいくんには、これだよ。…一生懸命作ったから、食べてくれると嬉しいな」
オレはひとりさんから受け取った包みを、また大事に鞄に入れて言った。
「ありがとう、ひとりさん。…もちろん、大事に食べるよ!」
「良かったあ…!…ふふっ。美味しいと、良いな」
ひとりさんはそう言うと、優しげな笑顔を浮かべた。
───今日は今までのバレンタインと違って、色んな人からチョコやお菓子を貰うことができた。色んな人が、オレのことを気にかけてくれてるんだ。
外はまだまだ寒いけれど、その日のオレの心の中は、どこまでも暖かかった。
───所変わって、ここはすっかり日が沈んだオレの家。
部屋に戻ると、ジバニャンはヒキコウモリに、ひとりさんから貰ったバレンタインのプレゼントを手渡していた。その後ヒキコウモリはウィスパーとジバニャンに「私たちは、向こうで頂いたお菓子を食べていましょう」と言いながら、ウィスパーとジバニャンを連れて地下に行ってしまった。…ヒキコウモリに連れられた時のウィスパーとジバニャンの態度がやたらと素直で、かつ三人ともオレに妙に暖かい眼差しを向けていたのは気になったが。
夕陽が差す部屋に一人きりになったオレは、今日もらったバレンタインのプレゼントを、貰った順番に開けてみることにした。
───まずは、星歌さんがくれたものから。
「おお〜!色んなチョコが入ってる!」
星歌さんがくれたのは、チョコレートのアソートパック。明日にでも甘い物が好きなともだちを呼び出して、みんなと一緒に食べよう。
───次に、PAさんがくれたものを。
「おお…。ちょっと高そう…ってこれ高級ブランドのやつじゃん!」
PAさんがくれたのは、少し高級そうなチョコレートのアソートパック。箱を見てみると、有名な高級チョコレートブランドのものだった。…明日、星歌さんがくれたものと一緒に、ともだちと食べよう。
───そして、虹夏さんがくれたものを。
「これ、マドレーヌだ。…すっごく美味しい」
虹夏さんがくれたのは、手作りのマドレーヌ。取り出して口に入れると、しっとり柔らかい生地に、絶妙な甘みが感じられた。確か虹夏さんって、よくリョウさんにご飯を作ってあげたり、家事のほとんどをやってたりするんだっけ。こんなにおいしいお菓子を作れるのも、納得だ。
───喜多さんがくれたものを。
「…フィナンシェだ!これも美味しい!」
喜多さんがくれたのは、手作りのフィナンシェ。口に入れると、しっとり柔らかい生地に、香ばしいバターの風味が感じられた。喜多さんはよく友達とお菓子の交換とかやってたり、オシャレとかもよくしていたりするから、きっと女子力が高いんだろうな。それに喜多さんはとっても努力家だし、こんなに美味しいお菓子を作れるのも、納得だ。
───リョウさんがくれたものを。
「チョコの掛かったドーナツだ!美味しいな…」
リョウさんがくれたのは、ミルクチョコレートの掛かった手作りのドーナツ。少し形が崩れているが、生地がしっとり柔らかく、チョコの甘みも絶妙で、外側のカリカリ食感も心地良くて、とても美味しかった。リョウさんがこんなに美味しいお菓子を作れるのは意外だったけど、あの人はお金持ちのお嬢様だ。あの溺愛されっぷりだと、お節介を焼いたお母さんが作るのを手伝ってくれていたのかもしれない。
───そして、最後にひとりさんがくれたものを、開けた。
「…これは、カップケーキとマカロン?…手紙も入ってる」
その包みの中には、手紙とともに、カップケーキが一つと、茶色のマカロンとピンク色のマカロンが一つずつ入っていた。どれも形が少し崩れており、ひとりさんの手作りであることが一目見ただけで感じられた。オレは手紙をいそいそと開いてみると、ただ一言『大好きだよ』と書かれていた。
オレはその手紙を畳んで机の上にそっと置くと、なんとなくピンク色のマカロンを口の中に放り込んでみた。すると、いちごジャムのほのかな甘みと酸味が口の中に広がった。
続けて、茶色のマカロンを口の中に放り込むと、ほのかなチョコレートの風味が、口の中でいちごジャムの風味と混ざり合った。
「やっぱり…美味しい」
そのマカロンからは、ひとりさんが込めた想いが、愛情が、ひしひしと伝わってきた。ひとりさんが一生懸命悩んで、美智代さんにも頼りながら、オレの為に作ってくれたマカロン。その味は言うまでもなく、とっても、美味しかった。
最後にカップケーキを一口齧ると、オレの口角は、自然と上がっていた。
どっちだと思う?
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ぼケー
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ケーぼ