ライブ終わり。所変わって、下北沢STARRYにて。
「メリークリスマ〜ス!」
「本日はSTARRYクリスマスパーティ兼クリスマスライブの打ち上げに集まっていただきありがとうございます!司会進行は伊地知と喜多が務めさせていただきます!」
「短い間ですがみなさん楽しんでくださーい!」
虹夏と郁代がそう言うと、イナホは困惑した様子で口を開いた。
「…あの〜。なんか流れで参加させていただくことになっちゃってるのですが、私ただの一ファンっすよ?ホントに大丈夫なんでしょうか…」
「…アンタがいないと、私が気まずいのよ。だって、私がバンドメンバー以外でまともに話せるの、アンタと天野景太くらいしかいないし…」
「さ、さいですかヨヨコさん…」
ヨヨコが切実な様子でそう言うと、イナホは思わず口を噤んだ。ケータはそんなイナホの様子を見ると、驚いたように言った。
「いや〜、にしてもまさか、イナホさんがオレより前にヨヨコさんたちと知り合ってたなんて驚きだよ」
「ケータさんこそ、ライブハウスなんてTHEフツーのケータさんのイメージには到底合わないような場所にいらっしゃるとは…」
「…そのフツーいじりは相変わらずだね、イナホさん」
「イナホちゃんはSIDEROSのファンな上にケータくんのおともだちだから、歓迎しないとね!……それに、あわよくばイナホちゃんにも結束バンドに興味を持ってもらえる良いきっかけになるかもしれないし」
「…虹夏さん、打算が漏れ出てるでうぃすね」
小声でそう付け加える虹夏を見たウィスパーが呆れたようにそう呟くと、イナホはふと、何かを思い出した様子で言った。
「そう言えば、ケータさんって結束バンドのみなさんとはどのようなご関係でいらっしゃるのでしょうか。一ファンにしては距離が近過ぎる気がしますし…」
「ああ、色々あって、ケータくんには結束バンドのマネージャーみたいなことをやってもらってるんだよ」
虹夏がそう言うと、イナホは大層驚いた様子で言った。
「マジすか!?あのキングオブフツーのケータさんが、女子高生バンドのマネージャーを!?…ッカァ〜想像つかね〜〜〜!!!」
「…イナホさん、何もそこまで言わなくても…」
イナホのその言葉を耳に入れたケータが大きく落ち込んでいると、ケータのすぐ隣に座っていたひとりは、むっとしながらもどこか優越感を滲ませて口を開いた。
「…あ、あの、未空さん。未空さんがけいくんの何を知っているのかはわからないけど、けいくんは、物凄くちゃんと私たちのことを見てくれて、いつも気遣ってくれてるんだよ。……もうけいくんなしのバンド活動なんて、考えられないくらいにね」
(…あれ?やっぱこの人ってもしかして、この前リクを助けてくれた人じゃ…)
ひとりの立ち姿を改めて目に入れたイナホは、自分がどこでこの少女の姿を見たのかを思い出した。そしてケータは、ひとりがイナホに向かって自分のことを堂々と自慢する様子を見て、赤らむ頬を両手で押さえながら嬉し恥ずかしといった様子で口を尖らせた。
「も〜ひとりさんってば、恥ずかしいよ…」
「ご、ごめんねけいくん。どうしても自慢したくなっちゃって…」
「…ひとりさんのばか」
ひとりがケータに優しく笑いかけながら謝ると、ケータは顔を赤らめながら拗ねたようにそっぽを向いた。…でも、その表情は、どこかとても嬉しそうだった。イナホとUSAピョンはその光景を見て、あんぐりと口を開けながら驚いていた。
(ケータさんって、あんな顔もするんだ…)
(妖怪マスターのケータも、あんな年相応の子どもみたいに拗ねたりするんダニね…)
ひとりが謝りながらケータの頭を撫で続けていると、その手を止めることなくなされるがままに受け入れていたケータが、ふと思い出したように口を開いた。
「…そう言えば、打ち上げって言う割には今日の主役だったきくりさんの姿が見えませんけど、どうしたんですか?」
「呼んでないよ〜。円滑に会を進行したいからね〜」
「「「ナイスで〜す!」」」
ケータのその疑問を受けた虹夏が光のない目でそう言うと、ヨヨコ以外のSIDEROSメンバーから歓声が上がった。
(きくりさんあーた、どんだけ人望ないんすか…)
(人に飯だの風呂だのタダでタカりまくるアル中の末路ニャンね…)
その様子を見ていたウィスパーとジバニャンがそう心の中で呟いていると、虹夏が思い出したように星歌の方に手をやって言った。
「そしてこのパーティは、うちのお姉ちゃんの誕生日会も兼ねてまーす!」
「いや兼ねすぎだろ…」
星歌が呆れたようにそう言うと、郁代が口を開いた。
「え〜店長は今日で30歳なんですね!」
「これ以上誕生日会のことは掘り下げるな、頼むから」
星歌が死んだ目でそう言うと、ウィスパーはしみじみと呟いた。
「歳を取るというのは人も妖怪も避けられぬ運命でございます。お労しや、星歌さん…」
「んなこと言ってるけど、30なんてお前からしたら赤子同然ニャン」
「まあそうなんですけど」
「何ニャンコイツ…」
その呟きを聞き取ったジバニャンにそうツッコまれると、ウィスパーはしれっと言った。その瞬間、星歌は心底嬉しそうな表情で辺りを見回した。
(い、今誰かがアタシのこと『赤ちゃんみたいに若くて綺麗』って言ってくれた…!?…もしかして、ウィスパーさん!?)
(…お姉ちゃん急に何してんの?)
「…あっ、けいくん、口元ソースで汚れちゃってるよ。今拭いてあげるから、じっとしててね」
「うん」
虹夏が姉の急な奇行に胡乱な目を向けていると、料理を摘みつつ同じテーブルにいるリョウとヨヨコににこやかに話しかけていたケータの口を、ひとりが甲斐甲斐しく拭った。
ひとりがどこからともなく取り出したウェットティッシュでケータの口元を拭っていると、ケータは気持ち良さそうに目を細めた。口元の汚れがすっかり取れると、ケータは笑顔でひとりにお礼を言った。
「ありがとうひとりさん。…なんだか今のひとりさん、本当にお姉ちゃんみたいだったよ」
「うへへ。どういたしましてっ…!」
その光景を見ていた結束バンドの面々は思わず放心して、ヨヨコのすぐ隣でおずおずと料理を摘んでいたイナホも目をパチクリさせながらケータの方を呆然と眺めた。
(ぼっちちゃんのこんなにお姉ちゃんらしい所、あたしたち初めて見たかも…)
(ぼっちってこんな面倒見良かったんだ…)
(ひとりちゃん、そんな優しい顔もできるのね…)
(こんなに素直に人に甘えるケータさん、今まで見たことないや…)
その時、ウィスパーの方にキラキラとした目を向けていた星歌が、ふと思い出したように口を開いた。
「あ、そう言えばお前ら、ライブはどうだったの?」
「ライブはね〜。みんな大盛り上がりでモッシュにダイブにサークルまで出来て!ライブ終了後には10分間のスタンディングオベーション……なんてことあるはずもなくふつーにアウェイでした」
「まあ初めての箱じゃそれが普通だよ」
虹夏がスンと勢いを下げながらそう言い切ると、星歌はなんてことないように口を開いた。星歌がそう言い終わると、虹夏たちの話を聞いていたヨヨコは自分の席を移動させてから、我が意を得たりとばかりに勢い良く口を開いた。
「そっそう!演奏の出来と客の盛り上がりは関係ないから!その日のライブの空気なんて色んな要素が関係するしそりゃそれをひっくり返せるくらいの良いライブをするのが一番なんだけど後ろの方ではノッてる人もちゃんといたし何より天野景太と未空イナホはアンタたちの音楽にちゃんと聴き入ってたんだからまずは自分たちのことをちゃんと見てくれる人から大切に───」
(大丈夫と言った手前気まずいんですかね…)
傍でヨヨコのそんな様子を見ていたウィスパーがそんなことを思っていると、虹夏が口を開いた。
「でも、本当に感謝しかないから。今の結束バンドが絶対に出られないような場所でさせてもらったし。大人数の前でのライブの経験も積めたし、あとは曲数増やして練習を重ねるだけだね!」
「はいっ!」
虹夏が前向きな様子でそう言うと、郁代も頷いた。どこか成長を急いでいるような虹夏たちの様子を見ていたあくびが、ふと口を開いた。
「何かあるんすか?」
「未確認ライオットってフェスに出ようと思ってて…。この前、ライターさんがウチに来たんだけど───」
虹夏が事情を説明し終えると、あくびは顔をしかめながら言った。
「それ、失礼な話ですね」
「う〜ん。でも、結構図星なとこもあるんだよね…」
(未確認ライオット…)
あくびのその言葉に虹夏が苦笑しながらそう言い、ヨヨコが顎に手を当てながら思考を巡らせていると、ふとSTARRYの扉が開いた。───そこには。
「やっぱここにいら〜〜〜!あたしずっと一人でまってらんよ〜〜〜」
「ちっバレたか」
思わぬ来訪に星歌はそう吐き捨てると、続けてきくりにうっとおしげな目線を向けながら言った。
「もうSICK HACKのみんなと呑んでるのかと思ってたわ」
「イライザはどうじんし?の締切があるんだって。んで志麻は…ライブの後は毎回殺意満点で暴れ回るから手が付けられないんだよね〜。でもわらしがいたおかげであんなにドラムが上手くなったんだな〜」
「ポジティブに捉えますね…」
「志麻さん、一番まともな感じだったのに…」
「志麻さん版ベイダーモードですなあ…」
「ちょっと言い得て妙なの何なんダニ…」
傍から話を聞いていたイナホとUSAピョンがそう言い合っていると、虹夏は徐ろに口を開いた。
「え〜ではそろそろ店長さんへの誕生日プレゼントお渡しタイムに移ろうと思いま〜す!みんなもちろん用意してるよね〜?」
「別にそこまでしなくて良いのに…」
星歌がどこか満更でもなさそうにそう言うと、虹夏が郁代の方に手を遣りながら言った。
「まずは喜多ちゃん!」
「はいっ!私からはハーバリウムとお花のリップです。映えますよ〜!」
「おお、ありがとう…!」
郁代がハーバリウムとリップクリームを星歌に手渡すと、星歌は嬉しそうにそれを受け取った。その様子を見た虹夏はリョウの方を見遣ると、さらっと促した。
「じゃあリョウ」
「…………」
リョウはしばらくの間なんとも言えない表情で押し黙った後、いけしゃあしゃあとその口を開いた。
「プレゼントに大事なのって、値段じゃなくて気持ちですよね」
「コイツ絶対用意してないニャン!」
「どう考えてもあげる側のセリフじゃないでしょうよソレ…」
様子を見ていたジバニャンとウィスパーが呆れながらそう言うと、リョウは徐ろに店の外へと駆け出した。
「用意してくる」
「えっ!?今から買いに行くの!?外雪降ってるし危ないよ!」
それからしばらくしても、リョウは中々帰って来なかった。
「…リョウさん、中々戻ってきませんね。オレちょっと探しに行って来ます」
「私も一緒に行くわ、ケータくん」
リョウを心配したケータと郁代がそう言いながら立ち上がったその時だった。ずるずると何かを引きずるような音が、扉の外から聴こえてきた。
「なにこの音」
ポテトを口に放り込んでいたヨヨコがそう呟いたその時、STARRYの扉が開き、扉から鼻を赤くしたリョウが、雪だるまを引きずりながら現れた。
「頑張って作りました!可愛がってあげてね!」
「おいやめろ!室内に入れるな汚れるだろ!」
「急ごしらえで作った雪だるまとは、前代未聞過ぎる誕生日プレゼントでうぃすね…」
「コイツホントに星歌さんを祝う気あるニャンか…?」
「やっぱりバンドマンの考えることはよう分からんダニ…」
ウィスパーたちがそう囁き合っていると、リョウは続けて言った。
「この雪だるまピエールくんは店長に会う為にフィンランドからサンタさんのソリに忍び込んでやって来たという裏話が…」
「可愛いエピソード付けるな!捨てられなくなるだろ!」
「なんと、そうだったんでうぃすね…!ピエールくんは何と健気な雪だるまなんでしょうか…!」
「ピエール、頑張ったニャンね…!オレっち感動したニャン…!」
「ピエール、星歌さんに会えて良かったダニね…!」
情に厚く流されやすい妖怪たちが取ってつけられたような感動エピソードに滂沱の涙を流す中、ケータとイナホはそんな彼らに呆れたような目線を向けていた。───そして、そんな二人を見ていたヨヨコが、ふと怪訝そうに口を開いた。
「…ねえ、前々から気になってたんだけど、アンタたち、時々なんか見えない何かに話しかけてる時ない?…それに、アンタたちがつけてるその腕時計も、なんか似てる気がするし…」
ヨヨコのその言葉を聞いたイナホは、思い出したように言った。
「ああ、幽々さんときくりさん以外は、私らが妖怪が見えること知らないんでしたっけ」
「いや、あたしたち四人とお姉ちゃんは知ってるよ。…っていうかツッコまなかったけど、妖怪ウォッチを持ってるのってケータくんだけじゃなかったんだね…」
虹夏がしれっとそう言うと、ヨヨコは狼狽えながら言った。
「妖怪が見える!?妖怪ウォッチ!?アンタたちさっきからなんでもない風に言ってるけど、傍から聞いたらとんでもないこと言ってるわよ!?」
「あはは、まあそりゃそんな反応になるよね…。あたしたちは信じざるを得ない状況だったから、今の今まであっさり受け入れられてきたけど…」
虹夏がそりゃそうかと苦笑していると、イナホはおずおずとヨヨコにウォッチを差し出した。
「あの〜、とりあえずこの腕時計についてる右のボタンを押して出る光でここら一帯を照らしてみてください、ヨヨコさん」
「…こ、こうかしら」
ヨヨコはイナホから差し出されたウォッチをおそるおそる受け取り、おっかなびっくりといった様子で右のボタンを押すと、その光を辺りに回した。すると、光に照らし出された三人の妖怪が、ぞろぞろとヨヨコの目の前に現れた。
「うわわっ!?幽霊と猫と、宇宙服みたいなのを着た…うさぎ?かわうそ?…妖怪って言うものだからもっとおどろおどろしいのが現れると思ったら、思いの外可愛いのが出てきたわね…」
「いや〜可愛いとは照れますねヨヨコさ〜ん。あ、申し遅れました。私ウィスパーと申す者でして、天野景太くんの執事を務めさせていただいております。ケータ君が大変お世話になったようで、改めましてここに感謝を…。…あ、ライブ大変楽しませていただきましたよ!」
「オレっちはジバニャン!元飼い猫の地縛霊で、ケータの親友ニャン!ライブかっこよかったニャンよ!」
「ミーはUSAピョン!イナホがいつも世話になってるダニ。ライブもいつも楽しませてもらってるダニ!」
(み、みんな私たちの音楽褒めてくれてる…。…良い人!)
目の前に急に現れた妖怪たちに対する困惑も束の間、妖怪たちの発する裏表のない素直な褒め言葉によって、ヨヨコの心は既に彼らの方へと傾いていた。ヨヨコの方を怪訝そうに見つめているあくびと楓子にもケータが同じようにウォッチを貸し出すと、妖怪たちは彼女たちにも同じように、自己紹介を始めた。
「…あの〜、私も先輩へのプレゼント、出して良いかな?」
もはや半分存在を忘れられかけていることに勘付いたきくりが遠慮がちにそう言うと、虹夏は思い出したようにきくりの方へと近づいた。
「ああ、そうだった……持って来たんですか!?」
「そんな驚く?…私からはなんと、肉と現金れす!」
「姐さんどこから盗んできたんですか!?」
「真っ先にその可能性に至るのおかしいでしょ」
「み、見損ないましたよきくりさん!あーたはちょっとがめつさと図々しさと酒癖がおかしいだけで、法に背くようなことは絶対にしない人だと思っていたのに!」
「そんなんで同じバンドメンバーやヨヨコちゃんやファンのみんなに顔向けできるニャンか!?」
「君たちまでそんなに言う?私でも流石に泣いちゃうよ?…肉と現金そのものじゃなくて、それが当たるポイントシール10点分です!残り10点分は頑張って集めてね〜」
きくりが傷つく心を抑えつつもいけしゃあしゃあとそう言うと、星歌は一瞬胡乱な目付きになってから、きくりのせっかくの気持ちを無下にはするまいと思い直してそのシールを受け取った。
「…ありがとな」
「あっごめんそれ期限切れてるわ」
「ゴミ」
きくりが思い出したようにそう言うと、星歌はそのポイントシールを情け容赦なく破り捨てた。
「やっぱこのベーシストろくでもないニャン…」
「音楽の才能と見た目の良さにステータスを振り切ったバンドマンの末路でうぃすね…」
「ミーも流石に呆れたダニ…」
妖怪たちが心底呆れた様子でそう言い合う様子を見たきくりは、情けなく大声で泣きわめきたい衝動に駆られながらもぐっとそれを堪えた。そして虹夏は、ひとりの方へと目を遣りながら口を開いた。
「じゃあ次はぼっちちゃん!」
「あ、実はオレ、ちょうど一週間前にひとりさんと一緒に星歌さんへのプレゼント選びに行ったんですよ。ねっ、ひとりさん!」
「うっうん!」
「ほほう、ケータくんと一緒に選びに行ったのか…」
「…ぼっちちゃんとケータくん、何くれるんだろ。楽しみだな…」
「この人今日一番嬉しそう!」
頭の三角形をブンブン揺らしながら目に見えて喜び出す星歌にウィスパーがそうツッコんでいると、ケータは自分の鞄の中から星空を象ったスノードームの入った箱と、化粧用品とぬいぐるみの入った袋を取り出し、ひとりを連れながら星歌にそれを差し出した。
「オレとひとりさんからのプレゼントは、このスノードームです!店の名前に合うかなって思って選んだんですけど、気に入ってもらえましたか…?」
「……めちゃくちゃ嬉しいから、今日からこれ机の上に飾るわ。ありがとな」
「そうですか!良かったですっ!あ、ウィスパーとジバニャンが選んでくれたプレゼントもありますよ!こっちの化粧用品はウィスパーから、こっちのマスコットのぬいぐるみはジバニャンからです!…お金はほとんど、ひとりさんが出してくれたんですけど…」
「…みんな、アタシの為にわざわざ…」
(けいくん、やっぱり本当に優しい…。ずっと、この笑顔を一番傍で守っていたいな)
心底嬉しそうな様子でプレゼントを受け取る星歌に笑顔で笑いかけつつも申し訳なさそうにそう付け加えるケータを見て、ひとりは愛おしい者を見るように目を細めた。
その時ヨヨコは、ふと何かを思ったようにイナホの方を見遣ると、少しむすっとして言った。
「…そう言えば、未空イナホ。アンタ妖怪が見えるとか、そんな大事なことどうしてもっと早く言ってくれなかったの?…思えばあの日、未空イナホが幽々に連れられて来た時から何かおかしいと思ってたのよ。幽々が誰かをライブハウスに連れてくることなんて、今までに一度もなかったのに」
「い、いや〜、言うタイミングを逃してたと言いますか、何と言いますか…」
イナホが目線を逸らしながらそう言うと、ヨヨコは拗ねたように言った。
「…タイミングって何よ、未空イナホ。そんなの、ライブが終わった後にでも教えに来てくれても良かったじゃない。私たち、友達じゃなかったの?」
「へ?友達?……いや〜、私なんかがヨヨコさんと友達ってのは恐れ多いと言いますか、ただの一ファンがおこがましいと言いますか…」
「……え、友達って思ってたの、もしかして私だけ…?」
ヨヨコが心底ショックを受けたようにそう言うと、イナホは焦りながら言った。
「いや待って!なりましょう友達!私たちは今日から友達です!これからは私、ヨヨコさんのこと『ヨヨさん』って呼ぶので、ヨヨさんも私のことはフルネームじゃなくて普通に『イナホ』って呼んでください!」
「…ヨヨさん。……悪くないわね」
ヨヨコはそう静かに呟くと、イナホに向けて改めて口を開いた。
「わかったわ。これからよろしくね。…イナホ」
「あざっすヨヨさん!これからはファンとして、そして一人の友達としてよろしくお願いしまっす!」
「ふふん。私たちの音楽、しかと近くで聴き入ってなさいな。…そして、USAピョン。アンタも、よろしくね」
「ナイストゥーミーチューダニ、ヨヨコ!」
「…イナホさんとUSAピョン、ヨヨコさんと友達になれたみたいで良かった」
その様子を見ていたケータが、微笑ましげにそう呟いた時だった。イナホたちとの仲を深めたすぐ後のヨヨコが、ケータとの距離を縮めながら、咎めるように言った。
「…何他人事みたいに言ってるのかしら、ケータ。アンタもよ」
「わああっ!?ヨヨコさん!?…ごめんなさい。オレも、なんだかんだで言うタイミング逃しちゃって…。…でも、これからはもう、友達です!よろしくお願いします、ヨヨコさん!」
「ふふん。分かればいいのよ。分かれば」
ヨヨコは嬉しそうにそう言うと、ケータの後ろにいるウィスパーとジバニャンにも、続けて声を掛けた。
「…アンタたちも、よろしくね。ウィスパー、ジバニャン」
「どうぞよろしくお願いします、ヨヨコさん!」
「よろしくニャン!」
ケータとイナホと妖怪たち、そしてヨヨコの間に微笑ましい空気が流れた、その時だった。ケータはふと時計を見遣ると、焦ったように言った。
「…うわっ!?もうこんな時間!イナホさん、オレたちもう帰らないと!」
ケータが焦りを滲ませながらイナホにそう声を掛けると、今の時間に気づいたイナホも同じように焦って言った。
「ややっ!?本当ですね、急がなくては!」
ケータとイナホはそう言って急ぎで帰り支度を進めると、妖怪たちを連れながら、扉の前で結束バンドやSIDEROSの面々に向かって帰りの挨拶をした。
「…それでは、私らはこれでお暇させていただきますっ!」
「みなさん、さようならっ!結束バンドのみんなはまた明日!」
「待ちなさいっ!」
「「!?」」
その時、ヨヨコが静止の声を上げた。
「イナホ。ケータ。引き留めちゃってごめんなさいね。…でもこれは、貴方達にも伝えておきたいことだから。これだけは聞いてから、帰って欲しいの」
「「…っ!」」
ヨヨコがそう前置きをすると、ケータもイナホも、固唾を呑んで、ヨヨコの続きの言葉を待った。
「───私たちも『未確認ライオット』に参加するから。今、決めた」
ヨヨコがそう言った瞬間、結束バンドの面々───そして、天野景太と、ウィスパーと、ジバニャンは、はっと目を見開いた。ヨヨコは続けて、ケータに手招きすると、近づいてきたケータにメモを差し出しながら小声で言った。
「…書類選考で落ちるなんてダサいことされたくないし改善点まとめてあげたから、ありかたく読みなさい。…それと、これ私のスマホの番号。何か困ったことがあったなら、いつでも電話して良いから」
「…ありがとうございます。ヨヨコさんも、もし良かったらいつでもさくらニュータウンに遊びに来てくださいね。オレもイナホさんも、歓迎しますから」
「ふ、ふんっ。考えとくわ。………ありがと」
ヨヨコがケータの一言に、ケータから見えない角度で嬉しそうに頬を緩めていると、あくびと楓子が不満げな声を上げた。
「私ら聞いてないんすけど。…しかも私ら差し置いてさらっとイナホさんたちともケータくんたちとも仲良くなってるし」
「相談はちゃんとしましょうよ〜!それに、私たちだってあの子たちと仲良くなりたいのに一人だけ勝手に仲良くなって〜!」
「あっ、出ても、良いですか…?」
「…イマイチ決まらないでうぃすね」
「まあその親しみやすさがヨヨさんの魅力っすから…」
「だね、イナホさん。…それじゃあみなさん、改めてさようなら!」
「またお会いしましょ〜!」
「二人とも、もう暗いから気をつけて帰ってね〜!」
虹夏のその言葉を受けながら、ケータとイナホは、扉を開いて店を出た。
「…あの、ケータさん。ところでなんですけど、その未確認ライオットって何すか?」
「ズコーッ!?…10代以下のアーティストが出られる音楽フェスのことだよ。そっか、イナホさん知らなかったんだっけ…」
「…なんだかとっても楽しそうなイベントっすね、それ!」
店を出て歩いて行くケータとイナホを見たひとりは、鞄とギターを持つと、焦ったように店を飛び出した。
(けいくんと未空さんが今出て行ったら、きっと周りの人達にカップルって勘違いされちゃう!……けいくんを他の女と二人っきりになんて、この私がさせないっ!)
「あっみなさん!私はこの二人を安全に駅まで送り届けなくてはいけないのでこれでっ!」
その声が虹夏たちの耳に届いた瞬間には、ひとりは既に、雪道を歩くケータとイナホの間に立ち、ケータを自分の方へと抱き寄せていた。
「…前々から思ってはいたけど、ぼっちちゃんって実はかなり嫉妬深いんだね…」
虹夏はあからさまにケータの方に身体を寄せながら歩くひとりの背中を見ながら、呆然と呟いた。
帰り道。ケータにぴったりとくっつきながら歩くひとりに若干引きつつも、イナホは口を開いた。
「あの〜…。ひとりさん、つかぬことをお聞きするのですが、先日リクを助けてくださったのはもしかして貴方様でしょうか…?」
「…わ、私というより、私を頼ってくれたけいくん、だね。けいくんが私を頼ってくれたから、私も頑張れたんだし…」
ケータをぎゅっと抱きしめながらそう言うひとりを見たイナホは、続けておずおずと尋ねた。
「さ、左様でございますか…。…ところで、ひとりさん。メダルで呼び出せるってことは、貴方って妖怪…なのでしょうか?」
イナホのその問いに答えたのは、ケータだった。
「…半分正解かな。ひとりさんは元々人間だったんだけど、ある日突然生きたまま妖怪になっちゃったみたいで。…でも色々あって、今では人間と妖怪、なりたいと思った方にいつでも変われるようになったみたいなんだ。ちなみにひとりさんが持ってる妖怪としての力は、なんでかは分からないけど凄く強いみたいだよ」
「…なんですと!?」
「アンビリーバボーダニ…」
イナホとUSAピョンが口々にそう驚く中、ひとりは少し怒ったようにケータに詰め寄った。
「…色々とか、みたいとか、そんな他人事みたいに言わないでよ、けいくん。…私を助けてくれたのは、君なのに」
「いや、今ひとりさんがこうしてここにいるのは、ひとりさんが頑張ったからなんだし。オレは大したことはやってないよ」
「…むう。今日私も喜多ちゃんに言われたんだけどさ、謙遜は時々人を傷つけちゃうんだよ、けいくん」
「…?」
「コイツ、前はフミちゃんのことでやきもきしてた癖に、自分が向けられる好意には鈍感ニャンねえ…」
「ケータ君の難儀な所でうぃすね…」
イナホは震えると、大層感動した様子で口を開いた。
「…なんすかそれ、チョーかっこいいじゃないっすか!良いなあ〜ケータさん!そんな人ともともだちになってるなんて!流石は妖怪マスターっすマジパネェ〜ッ!…はっ、そうだ!これも何かの縁ですよ!ひとりさん、よろしければ、私にも貴方様の妖怪メダル、くださりませんか?ほんの少しで良いので是非貴方のお力でイナウサ不思議探偵社も手伝って頂きたく…」
「嫌です」
「…ほえ?」
ひとりはいつになくはっきりとした口調で、そう言った。
ひとりは呆けるイナホに、続けて言った。
「私は天野景太くん以外にこのメダルを触らせるつもりは一切ありません。ごめんなさい」
「…ひとり、さん」
ケータが驚いたように、そしてどこか嬉しそうにそう呟くと、我に返ったひとりは慌ててイナホに謝った。
「……わああごめんなさいごめんなさいっ!私なんかがこんな失礼なこと言ってしまって…!」
「…いえ、私の方こそ無粋なことを言ってしまいました。猛反省であります…」
三人の間に気まずい時間が流れたその時。金沢八景方面行きの電車がやって来た───が、ひとりは何を思ったのか、背負っていたギターと手に持っていた鞄を身体のどこかにしまい込むと、徐ろにケータをおぶり始めた。
「わああっ!?ひとりさん、急にどうしたの!?」
「───今日はこのまま、けいくんをさくらニュータウンまで連れて帰るっ!」
ひとりのその言葉を聞いたウィスパーは、焦ったように言った。
「ちょちょちょひとりさん!?この寒空の中ケータ君を乗せて空を飛ぶおつもりですか!?ケータ君が凍え死んでしまいますよ!?」
「もちろん、そんなことには決してさせませんっ!妖力全開っ!はあああっ!!!」
ひとりはケータをおぶったまま気合いを入れると、なにやら身体の周りにバリアーのようなものを張り出した。
「…あれ?なんか暖かい!」
「本当ニャン!このバリア、一体何ニャン…?」
ケータとジバニャンが不思議そうに言うと、ウィスパーは驚いたように口を開いた。
「こ、このバリアはひとりさんの妖力によって創り出されたものでうぃす!バリアの中にいる人たちにとって快適な気温になる妖術と、バリアの中からは絶対に出ることがない妖術が施されています!」
「そんなことまで出来ちゃうダニか!?」
「ひとりさん、凄いや…!」
ケータが感動したようにそう呟くと、ひとりは嬉しそうにケータの方を見て、ふにゃりと笑いかけた。そして、ウィスパーとジバニャンをバリアの中に入れると、上に乗るケータが驚かないように、ゆっくりと飛び上がった。
「けいくん、落ちても大丈夫だけど、できるだけ落ちないようにしっかり掴まっててね。……掴まった拍子に胸とか掴んじゃうかもとか、そんなことは一切気にしなくて良いから。本当に。まっったく、気にしなくて良いから」
「……ひとりさん、欲が漏れ出てるでうぃすね」
「好きな相手が一応小学生だってこと、忘れてないと良いニャンけど…」
バリアの中に入ったウィスパーが、どこか鼻息を荒くしながらそう言うひとりを見遣りながら呆れたように呟くと、背中に乗っているジバニャンが心配そうに言った。二人がバリアの中に入り終えると、ひとりは飛ぶスピードをどんどんと上げ始めた。イナホとUSAピョンは徐々に闇夜へと消えていくひとりたちの背中をぽかんと眺めていると、やって来たさくら中央シティ行きの電車にいそいそと乗り込んだ。
────一方、ここは妖魔界。遠見の妖術の力がこもった宝玉からケータたちの様子を見守っていたエンマ大王が、その側近───妖魔界評議会議長、ぬらりひょんに呼びかけた。
「なあ、ぬらりよ。お前は気づいたか?あの少女───後藤ひとりの、ここ一週間での妖力の高まりように」
「はっ。大王様」
ぬらりひょんが頷くと、大王は顎に手を当てながら呟いた。
「アイツがケータに呼び出されて初めて本格的に妖怪としての力を使った時、アイツの持つ本来の妖力が開放された。………しかし、その開放された妖力は、アイツの持つ力の
大王のその言葉を聞いたぬらりひょんは、大層驚いたように言った。
「……なんと、今でさえ彼女は、高位の妖怪にすら匹敵する力を持つというのに」
大王はぬらりひょんの方を見遣ると、重々しく言った。
「……ああ。恐らくあの少女───後藤ひとりの持つ本来の力は、今のオレやぬらりはおろか、閻魔の血が覚醒したこのオレの力をも、遥かに上回るだろう。……それこそ、その力の全てが覚醒すれば、かの
大王のその言葉を聞いたぬらりひょんは、思わず声を荒げた。
「馬鹿な!あの小娘はついこの前まで、通常の人間よりも劣った身体能力を持つ少女だったのです!それが
ありえる筈がない。ぬらりひょんがそう言いかけた時、大王は楽しげに指を振りながら言った。
「チッチッチ。……ぬらり。あの少女の下の名前は、何だったよ?」
「……ひとり、ですか」
大王は頷くと、続けて口を開いた。
「そう。
「ッ───しかし、『ひとり』と言う名のつく人妖が特別ならば、そのような者達は既に数多くこの世にいるでしょう。ならばその者達はなぜ、強大な力を手にすることがなかったのですか!?」
「…じゃあソイツらは、身体が突然胞子になったり、何の前触れもなく別種の生物や、別世界の生物になったりすることがあったのか?
……アイツはあまりにも特殊なんだ。事実として、アイツはあれだけ強大な妖力を秘めた存在だと言うのに、アイツがケータと出逢うまでは、オレたちはアイツの存在を一切として感知できなかった。そのことも、アイツの特異性を物語っているだろう」
「……ならば、大王様は何故、あの少女を野放しにしておくのですか?そのような力を秘めた存在ならば、危険性は極めて大きいはず…」
「簡単なことだ」
エンマ大王は、笑いながら言った。
「あの少女───後藤ひとりは、
ぬらりひょんが大王のその言葉の意味を分かりかねていると、大王は続けて言った。
「……それに、アイツと、アイツのバンドメンバーがケータの周りに現れてから、ケータの人生……そして、妖魔界の運命が大きく変わり始めている気がする。───オレは、それを見届けたいんだ」
そう言ったエンマ大王の表情には、妖魔界の王として───そして、ケータのともだちとしての矜持が、滲み出ていた。そんな大王を前にしてしまっては、ぬらりひょんは最早、こう言う他なかった。
「───御意、大王様」
終わり際に意味ありげなことを書きましたが、この作品が本格的なバトル路線に舵を切るようなことはまずありません。ぼざろ原作の流れを大まかになぞったほのぼの日常ものを続けていきます。まあ、妖ウォ二次なので、バトル描写も多少はあるかもしれませんけどね。
要は、ぼっちちゃんはめちゃんこ強い力持ってるけどケータくんを傷つけるようなことは絶対にしないし、ぼっちちゃん及び結束バンドがこれから先ケータの人生にどのような影響を与えるのかを見届けたいから、エンマ大王様は放任を決め込んでいる感じです。
どっちだと思う?
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ぼケー
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ケーぼ