「そう言えばケータ、アンタ最近ひとりちゃんとはどうなの?」
クリスマスが終わった少し後くらいの頃、ケータの母親はケータにそんなことを尋ねてきた。ひとりの話を既に母親から聞いていた父親も、同じようにケータを見た。
「………」
ケータはどう答えたものかと一瞬頭を悩ませたが、ここで変にはぐらかした答え方をするよりも、本当のことを言った方が良いのではないかと思った。自分はもうすぐで、中学生になる。しかしケータとしては、中学生になっても結束バンドのみんなとの関わりを持ち続けたいと思っていた。…ならばこれは、両親に結束バンドの存在と、自分が今やりたいと思っていることを知ってもらう良い機会になるのではないか。そう思ったケータは勇気を出すと、ゆっくりとその口を開き出した。
「順調だよ。…最近オレ、帰りが遅い日が多いでしょ?
……ひとりさんは『結束バンド』っていう女子高生バンドに入っててね。オレはそのバンドの活動のサポート…実質的なマネージャーみたいなことをやらせてもらってるんだ。
最近帰りが遅いことが多いのはそのせいなんだけど……でも、ひとりさんたちが夢を追う様をすぐ傍で見届けていることが、オレが今一番やりたいことなんだ」
ケータの話を真剣な表情で聞いていた両親は、話を聞き終えると、ゆっくりとその口を開き出した。
「……そう。それがケータのやりたいことなら、私たちは何も口を出さないわ。勉強だってちゃんと頑張っているものね。…そっか。ケータがやりたいことを見つけられたみたいで、嬉しいわ。
…ひとりちゃんには本当に、感謝してもしきれないわね」
母親がそう言い終えると、父親も同じように、口を開いた。
「…ひとりさんやその人たちがお前のことを必要としてくれているのなら、今のお前はその人たちの為に頑張るべきかもしれないな。まあもちろん、将来のことを考えるのなら勉強も頑張っといた方が良いけど…お父さんたちはお前がどんな道を選び取ろうとも、それを陰ながら応援するだけだ。
…最近お前がなんだか楽しそうだったのも、そういうことだったのか!」
母親と父親が心の底から嬉しそうにそう言う様子を見たケータは、感極まって思わずその目から涙が零れ落ちそうになった。二人は頷き合うと、ケータにある提案を持ち出した。
「…そうだ。今度お前が世話になってるその『結束バンド』の人たちに、会いに行ってみても良いか?」
「私も久し振りにひとりちゃんの顔を見たいし、お願いできるかしら?」
「うんっ!今日みんなに会ったら、伝えとくよ!……ありがとう、お父さん、お母さん」
ケータがそう言うと、両親は一瞬優しい目でケータを見遣った。父親はふと、ケータに尋ねた。
「…ところでケータ、その結束バンドって、どこのライブハウスで活動してるんだ?」
「下北沢の『STARRY』っていう名前のお店!結束バンドのドラムを担当している人のお姉さんが経営しているライブハウスなんだ」
「身内経営なのね〜」
「今日もオレ、STARRYに行くから。その時にみんなに伝えてみるよ」
「わかった。しっかりな、ケータ!」
「精一杯やってくるのよ!」
「はーい!」
その後、さくら中央シティ駅までの道を歩きながら、ケータはウィスパーとジバニャンと共に会話を交わしていた。
「まさかお父さんとお母さんがあんなに素直にオレのこと応援してくれるなんてびっくりだよ。正直、ちょっと怒られると思ってたのに…」
「いえいえ、子どものやりたいことを応援しない親など中々いませんて。それにケータ君は、お勉強もちゃんと頑張ってますし!」
「ウィスパーがいつも教えてくれるおかげだよ」
「くぅ〜っ、そう言ってもらえると、私も教え甲斐があるってもんです!」
「ケータ、これからもひとりちゃんたちと一緒にいられそうで良かったニャンね!オレっちも嬉しいニャン!」
「ホントそうだよ〜!ジバニャンも、いつも相談に乗ってくれたりしてありがとうね!」
「親友として当たり前ニャン!」
ウィスパーとジバニャンのそんな言葉にケータは笑みを深めると、拳を上に突き出しながら二人に呼びかけた。
「さあ、今日も張り切って、みんなのサポート、頑張るぞ〜!」
「「お〜!」」
三人が仲良く声を上げると、その足は既に駅前に辿り着いていた。
そして、その日の昼頃。STARRYにて。
「…と言う訳で、近い内にオレの両親がSTARRYに来るかもしれません」
「そっか、わかった!…年が明けてすぐくらいにライブあるから、その時に来てもらえると嬉しいって、ご両親に伝えといてくれるかな?」
「わかりました!わざわざありがとうございます!」
「ケータくんのご両親ってどんな人なのかしら〜!お会いするのが楽しみね〜!」
「…流石にここで失礼があったらケータと私たちの今後に関わるかもしれないから、失礼のないようにしないと…」
(…けいくんのご両親、近い内にSTARRYにいらっしゃるんだ…。…失礼のないようにしないと…!)
ケータがそう言うと、結束バンドのメンバーはそれぞれの反応を返した。
「…前々から思ってたんすけど、リョウさんって意外とちょくちょく律儀と言うか、礼儀正しいとこありますよね…。…あと結構ビビリですし」
「アイツ、もしかしたらああ見えて実は良いとこのお嬢様なのかもしれないニャンねえ…」
目に見えて萎縮しているリョウを見たウィスパーとジバニャンは、そう囁き合っていた。
その時ふと、ケータはなにか思い詰めた表情になると、いつになく真剣な表情で、はっきりと言った。
「……あのっ!みなさんに、一つお願いがあるんです」
「…けいくん、どうしたの?」
ひとりが優しくそう言うと、ケータは結束バンドのメンバーの方を見遣りながら言った。
「…オレの両親には、オレが妖怪が見えるってことは、伝えないで欲しいんです」
「「「えっ…!?」」」
ケータがそう言うと、虹夏とリョウと郁代は、驚いたように目を見開いた。…でも、ひとりだけは、ただ優しくケータの目を見ていた。
虹夏は、呆然と呟いた。
「ど、どうして…」
「ウィスパーや、ジバニャン…オレとともだちになった妖怪たちには、オレの両親の目線を気にせず、のびのびと過ごしていていて欲しいんです。
……お父さんとお母さんに、不誠実なことをしているのはわかっています。でもオレはそれよりも、オレとともだちになった妖怪たちには、オレに気を遣わず、ただオレのともだちとして、自由気ままに過ごしていて欲しいから」
ケータがそう強く言い切ると、虹夏とリョウと郁代は納得したような表情になり、ウィスパーとジバニャンとひとりは、暖かな笑みを浮かべながら、ただずっとケータの方に顔を向けていた。
その日の夜。後藤家にて。ひとりは今日STARRYであったことを両親に話していた。
「まあ!ケータくんのご両親がSTARRYにいらっしゃるの!?……じゃあ私たちも、その日にご挨拶に向かおうかしら〜!」
「ケータくんにはとってもお世話になったから、ご両親にも是非お会いして礼を言いたいと思ってたんだ!」
「ま、待ってお父さんお母さん!もし来るなら一つ、これだけは約束して!」
真剣な表情を浮かべながら焦ったようにそう言うひとりを見て、直樹も美智代も、気を引き締めてひとりの言葉に耳を傾けた。
「…けいくんが妖怪が見えるってことは、けいくんのご両親には、伝えないで欲しいんだ。
……これは、けいくんからのお願い。だから、これだけは絶対に守って」
ひとりがそう言うと、直樹も美智代も、深く深く、頷いたのだった。
「…わかった。娘の恩人の頼みだ。何が何でも守ろう」
「…ケータくんがそう言うのなら、私たちはそれに従うだけね」
「ありがとう…!」
ひとりは両親に礼を言うと、ギターの練習をする為に、いそいそと自室へと駆け込んだのだった。
そして、それからおよそ一週間後。大晦日に妖怪として天野家に遊びに行ったひとりは、最高の気分で新年を迎えることができた。二日間ケータが作った年越しそばや餅をパクつきまくって若干顔つきがふっくらしていたが、その後家に帰って早々郁代に初詣やカラオケに連れ回されたストレスですぐに元に戻った。
ライブ当日、ケータたちはいつものように下北沢STARRYへと向かっていた。交通費がもったいないからと一緒に車で向かうことを両親に提案されたが、ライブが始まる前に手伝うことがあるからと断りを入れて、いつものようにさくら中央シティ駅から向かった。
「あ、虹夏さん、リョウさん、喜多さん、明けましておめでとうございます!ひとりさんは二日振り…って、もう痩せてる!?」
「太るのも痩せるのも早え!」
「相変わらずどんな体質してるニャン…?」
下北沢STARRYへと辿り着いたケータたちは、正月振りに会ったひとりの痩せっぷりに驚いていた。
「あっけいくん、おはよう」
「ケータ、あけおめことよろ」
「ケータくんっ、明けましておめでとう!今日の新年初ライブ、楽しみにしててねっ!」
「ケータくん、明けましておめでとう!…ぼっちちゃんはね〜…。新年早々喜多ちゃんに初詣やらカラオケやらに連れ回されて若干グロッキーみたいね…」
「そ、そうなんですね…」
ケータがこちらに近づきながらそう囁く虹夏に若干苦笑しながら返事を返すと、その囁きを聞いていたウィスパーとジバニャンは呆れながら呟いた。
「…痩せてたのはそのせいだったんでうぃすね」
「新年早々キツすぎるイベントニャンね…」
その時、カウンターにいた星歌が、四人に向けて声を張り上げた。
「おいお前ら四人〜。今日ケータくんとぼっちちゃんのご両親がいらっしゃるんだから、恥ずかしくないようにちゃんと綺麗に掃除しとくんだぞ〜!」
「は〜い!…じゃあみんな、そろそろお掃除始めよっか!」
星歌に返事を返した虹夏が三人にそう呼びかけると、三人は一斉に掃除に取りかかった。
四人が掃除に取り掛かっている時、カウンターにて、ケータたちは珍しく、星歌と会話を交わしていた。星歌は神妙な面持ちで、ケータに向けて口を開いた。
「なあ、ケータくん。今更こんなこと言うのも本当に何なんだが、アイツらの為に時間使ってもらっちゃって、本当に大丈夫なのか?
…君はまだ、小学生だ。そんな頃から、こんな先が見えない世界に足を踏み入れるなんて───アタシとしちゃ正直、辞めといたほうが良いと思う。アイツらがこれから先バンドとして成功する保証もないし、成功するにしたって、そこに君の居場所を作ることは難しいかもしれない。
…酷なことを言っちまうようだがな」
「…わかっています。それでも、オレは今、結束バンドのみんなと一緒にいたい」
天野景太は、ウィスパーとジバニャンが見守る中、その瞳に確かな決意と希望を宿らせながら、はっきりと言葉を紡ぎ出した。
「……前までのオレの人生は、起こる出来事も、出会う人も、そしてオレ自身の性格も、何もかもが『フツー』な、そんな人生でした。…それが嫌な訳じゃないんですけど、他の人にフツーって言われる度に、どこか傷つく自分がいました」
星歌がはっと目を見開く中、ケータは続けて、笑みを深めて目を閉じながら、言った。
「……でも、そんなオレも、ウィスパーと出会って、ジバニャンや色んな妖怪たちとともだちになって、色んな世界を見て、経験して。…それでも、オレには、追いかけたい夢も、人を惹きつける何かも、全くありませんでした」
ケータは閉じた目を開くと、掃除をしている結束バンドの、ひとりの方に顔を向けてから、星歌とPAさんの方に向き直って言った。
「…そんなことを悩んでいた頃、オレはひとりさんに出会って、みなさんとも知り合うことができました。……楽しかったんです。感動したんです。こんな、一生懸命に何かを追い求められる人たちがいるんだって。
…そして、初めて結束バンドの音楽を聴いたときに、思ったんです。この人たちが夢を追うところを、ずっと傍で見ていたいって。この人たちの傍にいること、それが今のオレのやりたいことなんだって。……今それができるなら、今オレがあの人たちの力になれるのなら、オレがこの先どうなったって、別に良いかなって。
…あっ、どうなったって良いとは言いましたけど、自分の人生を放棄する訳じゃないですから!もちろん勉強はちゃんと精一杯頑張りますよ!」
ケータがそう言い終えると、星歌は胸を打たれたような表情で言った。
「───良いね。お前。
ケータが驚いたように星歌を見ると、星歌はケータにニカッと笑いかけて、拳を突き出しながら言った。
「天野景太くん。どうやらアタシは、お前のことを見くびってたみたいだ。……本当にかっこいいヤツだよ。お前は」
「……星歌さん!はいっ!ありがとうございますっ!」
ケータが満面の笑顔で星歌に拳を返すと、ウィスパーが満足げに口を開いた。
「うんうん。やはり流石は私のご主人様です。…ま、正直なところ、ケータ君の将来についてはあまり心配はいらないんですけどねえ」
ウィスパーがそう言うと、星歌は怪訝そうに尋ねた。
「…どういうことですか?ウィスパーさん」
「いや〜、ケータ君こんな性格ですから、ひとりさんと出会うその前から、ありとあらゆる妖怪たちを時には自分の身を犠牲にしつつ助けまくってて、その心を尽く奪いまくってるんですよね。…そして、ケータ君に心を奪われたその妖怪たちの中にはですね、妖魔界の現大王であるエンマ大王様も含まれているのですよ。ですから、やろうと思えば人間のまま妖魔界で悠々自適に暮らすことも可能なのでございます」
「……え、閻魔大王って、嘘をついたら舌を引っこ抜くっていう、あの…!?」
「はい、そのエンマ大王様でうぃす」
驚く星歌を尻目にウィスパーがさらっとそう言うと、星歌は途端に頭を抑えながら言った。
「…ケータくん、フツーとか言ってるけどとんでもねーヤツじゃん…」
「いやいやいや、ともだちが凄いだけでオレはただの小学生ですよ」
「どこの世界に閻魔大王をともだち呼ばわりできるただの小学生がいるってんだよ!!!」
「やだなあここにいるじゃあないですか、貴方の目の前に」
「そういうことじゃねえ!!!」
「落ち着くニャンよ星歌さん。そもそも多くの妖怪とともだちになってる時点で今更ニャン」
「そりゃそうだけども!!!」
隣で彼らのそんな遣り取りをずっと聞いていたPAさんは、心の中でしみじみと呟いた。
(…この子、もう
そして、ライブ開幕直前の夕方17時頃。STARRYの扉の前に一台の車が留まると、その車から一組の夫婦が出てきた。ケータの両親だ。
「ええと…結束バンドさんの出番は、17時30分からだったよね」
「どんな子たちなのかしら。楽しみね!」
「ケータがあれだけ慕ってるんだ。きっと素敵な子たちだろう!」
二人はそう言い合うと、STARRYと書かれた看板が立っている扉の前までの階段を降りた。
「こんばんは。チケットの販売はこちらになります。…って、貴方方は」
「こんばんは、そちらでいつもお世話になっている、天野景太の父です」
「天野景太の母です」
「わ、私は当ライブハウスの店長の伊地知星歌です。息子さんには妹共々普段からお世話になっております…」
接客をしていた星歌が、目の前に現れた一組の夫婦を見てはっと目を見開くと、その夫婦は口々に挨拶をした。
「…チケット代二人分で3000円、確かに受け取りました。ごゆっくりお楽しみください。
……ケータくん!ご両親がいらっしゃってくれたぞ〜!」
「ありがとうございます、星歌さん!」
星歌が店の奥に向かってそう呼びかけると、ケータは急いでカウンターの方へと向かった。…その後ろには、結束バンドの四人が着いてきていた。
「あ、ケータくんのお父さんとお母さん!あたしは高校2年生で結束バンドのドラムスの伊地知虹夏ですっ!ケータくんには普段から本当にお世話になってます!本日はどうぞお楽しみください!」
「高校1年生で結束バンドのギターボーカルの喜多郁代ですっ!ケータくんにはいつも助けていただいてます!本日はどうか、私たちの音楽を聴いていってください!」
「高校2年生、結束バンドのベースを担当している山田リョウです。息子さんには普段から本当に助けていただいてます。本日はどうも、よろしくお願いいたします」
「あっ、お義母さん、お久し振りです…!お義父さんは初めまして…!わっ私は高校1年生、結束バンドのリードギター担当の後藤ひとりと申す者です…。けいく…天野景太くんには、ずっと前から本当に、お世話になっています…。今日はどうか、ゆっくりしていってくださいね…!」
「今なんかちょっと字がおかしくありませんでした?」
「きっと気の所為ニャンよ…多分」
結束バンドの四人が自己紹介を終えると、ケータの両親は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「こんな良い子たちがケータと一緒にいてくれてるのね…!」
「ケータ、本当に良かったな!…この人たちのこと、これからも大切にするんだぞ」
「うん、もちろんだよっ!」
ケータがそう笑顔で頷いていると、結束バンドの四人は焦ったようにステージへと駆け出していった。
「ヤバいもう出番だ!みんな行かなきゃ!またいつかお話できたら嬉しいです!本日はお楽しみくださ〜い!」
虹夏がケータの両親に手を振りながらそう言って遠ざかると、再びSTARRYの扉が開き、そこからもう一組の夫婦が現れた。ひとりの両親だ。
「お邪魔します!」
「チケットください!」
(…ぼっちちゃんのご両親!?)
「…は、はいっ!チケット代二人分で3000円、確かに受け取りました、どうぞ!」
どこか焦った様子の星歌からチケットを受け取った直樹と美智代がケータたちの方へと近づくと、頭を下げながら言った。
「申し遅れました。私、後藤ひとりの父です。……ご子息の景太くんには、娘が本当にお世話になっています」
「後藤ひとりの母です。……景太くんのおかげで、娘の顔に笑顔が増えました。本当に、本当にありがとうございます」
直樹と美智代が口々にそう言うと、ケータの両親は慌てて口を開いた。
「そっそんな!お顔を上げてください!…こちらこそ、景太がご息女のひとりさんにお世話になっているようで…!」
「景太も、ひとりちゃんのおかげで最近とっても楽しそうなんです。…お礼を言いたいのは、私たちも同じですよ」
ケータが照れ臭そうにその光景を眺めていると、ウィスパーとジバニャンが優しく囁きかけてきた。
「…ケータ君。あの日道の真ん中にいたひとりさんを助けることを決める勇気が貴方にあったからこそ、貴方は今こうして、多くの人を救い、そして多くの人に好かれているのです」
「分け隔てなく誰かを助けようとするケータだからこそ、今こうして、みんなケータの為に時間を使って、ケータの為に頭を下げてくれるんだニャン。…お前は素敵なヤツニャン。ケータ」
「…ウィスパー、ジバニャン…」
ケータが感極まったようにそう呟いていると、直樹はケータの両親に手土産を渡していた。
「これ、つまらないものですが…。景太くんと一緒に、お食べください」
「あ、ありがとうございます…。申し訳ございません。私たち、何もご用意ができておらず…」
ケータの父がそう言うと、直樹は手を振りながら言った。
「いえいえ、とんでもございません!……時に、ご相談と言いますか、お願いがあるのですが………」
美智代が、直樹に続けて口を開いた。
「…娘は景太くんのことを憎からず思っているようなので、景太くんにはどうか、これからも娘をご贔屓にしていただきたく存じます…!」
「そんな…!むしろこちらからお願いしたいくらいですっ!ひとりちゃん、この前うちに来た時に『ケータくんがどうなろうとも私はケータくんの味方であり続けたい』なんてとっても嬉しいこと言ってくれちゃって!その言葉を聞いた時から、私はもう景太のお嫁さんはこの子か文花ちゃんしかいないって思ってたんです〜!」
「「……文花ちゃん…とは?」」
直樹と美智代が唐突に真顔になりながらケータの母に尋ねると、二人のただならぬ様子に気づいていないケータの父が、笑いながらその質問に答えた。
「ああ、景太のクラスの女の子です。クラスのマドンナで、景太がひっそりと想いを寄せている子なんですよ!」
(ケータくん、好きな子がいたのか…。ひとり、負けるなよ…!)
(ひとりちゃん、これは女の勘だけど、多分その文花ちゃんっていう子は妖怪が見えないわ…!妖怪が見えるどころか妖怪そのものなひとりちゃんなら、ケータくんの抱えている最大の秘密を共有できてかつケータくんの力になれるっていう強力なアドバンテージがあるはずよ…!ケータくんの好意の対象を綺麗さっぱりとひとりちゃん色に塗り替えちゃいなさい!)
(…直樹さんと美智代さん、目に見えて焦ってますね)
(必死さと魂胆が見え見えニャン…)
直樹と美智代は心の中でひとりに激励を贈ると、ケータの両親と共にステージの上へと目を向けた。ステージの上では既に虹夏がMCを始めており、周りには既に客が疎らに集まっていた。
そして、ライブ終わり。ケータの両親は、心底感動した様子で、息を上げている結束バンドのメンバーに声を掛けていた。
「いやー、良いものを観させてもらっちゃったよ!バンドのライブなんて長らく観てなかったけど、高校生なのに曲も歌詞も凄いクオリティだったね〜!」
「とっても心に響くライブだったわ!また機会があれば観に来させてもらうわね!」
「そう言っていただけて嬉しいですっ!」
「わっ私たち、これからもっと頑張りますっ!だから…是非また、観に来てくださいね。お義父さん、お義母さん」
「やっぱ字がおかしいでうぃす…」
「後藤家の距離の詰め方、ヤバすぎニャン…」
ウィスパーとジバニャンがそう囁き合っていると、ケータの両親は、改めて結束バンドのメンバーと、ケータに向き合って言った。
「…改めて、ひとりちゃん、そして結束バンドのみんな。ケータのこと、これからもよろしくね」
「ケータも、この人たちの為にちゃんと頑張るんだぞ。お前は人の為に本気になれる立派な子だってことを、僕たちは知ってるから。…しっかりやりなさい」
「…任せてください」
「…もちろん」
結束バンドのメンバーとケータが深く頷き、ひとりとケータが静かに呟くと、ケータの両親は手を振りながら、STARRYを出て行った。
「ケータくん───いいえ、けいくん。たまにはウチにも遊びに来てちょうだいね。待ってるから」
「遠いかもしれないけど、交通費は出すから。なんならご家族と一緒に来てくれても良いから。……ひとりも、ふたりも、いっつもケータくん───けいくんに会いたがってるんだよ」
ケータの両親が車に乗ってさくらニュータウンへと帰って行くと、直樹と美智代も、真剣な表情を浮かべながらケータにそう言った。
「は、はい…。また今度、遊びに行かせていただきます…!」
「……外堀の埋め方がえげつないニャン」
「娘の恋を応援する親心が完全に暴走してますね…」
直樹と美智代にどこか圧を感じたケータが引きつった笑みを浮かべながら頷いていると、その光景を見ていたジバニャンとウィスパーは、呆れたように呟いた。
直樹と美智代が手を振りながら店を出て行くと、その様子を見ていた虹夏が言った。
「…さ、みんなもそろそろ帰ろっか!」
「ですね!」
郁代は虹夏に相槌を返すと、いそいそと帰り支度を進めた。
二人のその遣り取りを聞いていたリョウは、少し焦燥感を滲ませたように口を開いた。
「…私も、今日は早く帰らないと」
「そっか!新曲の締切、もうすぐだもんね!頼りにしてるよ〜リョウ〜!」
「……まあ、任せといて」
(……リョウさん、今ちょっと様子おかしかったな)
「…けいくん?」
リョウが歯切れ悪く虹夏に返事を返す様子を見ていたケータは徐ろに立ち上がると、隣にいるひとりに囁きかけた。
「……ひとりさん。オレちょっと行ってくるよ。…リョウさんのことが、心配だから」
「う、うん。……えっ?」
ひとりがどこかショックを受けたようにケータにそう返した時には、ケータの背中は、既にリョウの背中を追いかけていた。
(私たちの出る幕は…)
(なさそうニャンね)
ウィスパーとジバニャンだけが、去り行くケータを見遣りながらただ静かに笑い合っていた。
三人が帰り、もう空もすっかりと暗くなった頃。ケータはSTARRYのすぐ近くでリョウを見つけると、その背中に声を掛けた。
「あ、あのっ!リョウさん!」
「……ケータ。どうしたの?」
リョウがケータの方へと振り返りながら怪訝そうに尋ねると、ケータは口を開いた。
「リョウさん、前からずっと、なんだか様子がおかしいように見えて…。何か抱え込んでるみたいで。…もしかして、焦ってますか?」
リョウは、ケータのそんな言葉を受けると、薄く笑みを浮かべながら言った。
「…ケータは勘が良いね。……いや、勘なんかじゃないか。ケータはいつだって、ちゃんと私たちのこと見てくれてるもんね」
「…オレで良かったら、話してみてください。リョウさんがどんなことで悩んでるのか」
ケータがそう言うと、リョウは一瞬驚いたような顔になってから、ゆっくりとその口を開いた。
「……なら、一つだけ聞くね。
ケータは、私の作る曲───好き?」
「当たり前です」
「…そっか」
ケータのその答えを聞いたリョウは、満足そうに笑いながら言った。
そしてリョウはそれから少し間を置くと、どこか縋るような表情を浮かべながら、続けてケータに言った。
「……じゃあ、
「…!」
「もちろん、平日。虹夏にも、郁代にも、ぼっちにも、……ウィスパーとジバニャンにも、誰にも何も言わず、私の家に来て。……もちろん、これは強制じゃない」
天野景太は───ただ静かに、頷いた。
どっちだと思う?
-
ぼケー
-
ケーぼ