始業式のその翌日の火曜日。ケータは朝早くに起きて、いつものように着替えと洗顔と歯磨きを済ますと、自室に戻り財布と鞄を持った。そして、ふと机の上に置かれた妖怪ウォッチを見遣ると───
「……リョウさんに悪いか」
そう呟いて、机から顔を背けつつ部屋を出た。ウィスパーも、ジバニャンも、両親も、まだ寝ていた。玄関を出たケータの腕には、何も着けられていなかった。
それからしばらくして、眠りから目覚めたウィスパーとジバニャンが机の上にぽつんと置かれた妖怪ウォッチを見遣ると、二人は優しく笑みを浮かべながら、そっとこう呟いたのだった。
「……ケータ君、行ってらっしゃい」
「なるべく早く、帰って来るニャンよ」
そして、朝7時。さくら住宅街のヨロズマートで軽く朝食を済ませ、電車で数10分間揺られながら下北沢駅へと辿り着いたケータは、既に空き始めたお腹を抑えながら、辺りを見回してリョウの姿を探していた。───すると。
「……まさか、本当に来てくれるなんて。ケータは本当に、お人好しだね」
「…あんな顔してる人、放っとける訳ないじゃないですか───リョウさん」
丁寧に切り揃えられた青髪に、黒い防寒コートを着込んだ少女…山田リョウが、ケータの方へと歩み寄りながら、どこか嬉しそうに声を掛けた。
「……そうだよね。ケータは、
リョウは、ケータのその言葉に深く笑みを浮かべながら、納得したように呟くと、徐ろにケータにその左手を差し出した。
「じゃあ、ケータ。───行こっか」
ケータは、リョウのその言葉にただそっと頷くと、自分の右手を、差し出された左手に、静かに重ね合わせた。
リョウがケータを連れた先───そこは、大きな邸宅だった。
(お、大きい家だな…。もしかしてここって、リョウさんの家…?ってことはリョウさんって、お金持ちのお嬢様…?)
ケータが目の前の豪邸に放心していると、リョウが口を開いた。
「私の家。遠慮せず入って良いよ」
「は、はい。…お邪魔しま〜す…」
リョウが門を開きながらそう言うと、ケータはおずおずとその門をくぐった。と、ふとその時、二人の男女の声が響いた。
「───リョウちゃん。そちらの男の子は、どなた?」
「───リョウちゃん。その男の子、見たところによると小学生かそこらに見えるけど、リョウちゃんとどんな関係なんだい?」
ケータが驚いて門の先を見遣ると、邸宅の入り口からリョウの両親と思しき人達がこちらへと近づいてきていた。リョウは至極冷静に、その二人に向けて口を開いた。
「……私のバンドのマネージャー。私の無茶に応えてここに来てくれた子だから、無碍な扱いはしないで」
その二人がリョウの言葉に驚いていると、ケータは続けて、おずおずと口を開いた。
「あ、あのっ!オレ、天野景太と申します!小学6年生ですが、色々あってリョウさんの組んでいるバンドである『結束バンド』のマネージャーを務めさせていただいております!ご挨拶が遅れてしまって大変申し訳ございません!」
(…この子、年齢の割にとっても礼儀正しい子ね…。それに、リョウちゃんのわがままにも文句の一つも言わずに付き合ってくれるなんて…。……この子になら、リョウちゃんを任せられるかもしれないわね)
「……そっか!娘の為にわざわざありがとうね、ケータくん!お部屋を用意するから、ゆっくりしていってちょうだいね!………リョウちゃんのこと、どうかよろしくね」
(…この年齢でこんなにしっかりしてる子なら、きっとリョウちゃんを任せても大丈夫だな。……それに、長年医者をやってきた僕の勘が言ってる。この子はとっても、心優しい男の子だって)
「……よく来てくれたね、ケータくん。大事なマネージャーさんなら、歓迎しないとね!………娘のこと、どうか、頼んだよ」
ケータのその礼儀正しい態度を受けたその二人は、ケータの方をまじまじと見遣った後、口々にそう言ったのだった。ケータは二人のそんな言葉を聞き終えると、はっきりと返事を返した。
「───はい!」
その日の18時頃。リョウの部屋で、リョウが頭を悩ませながら作曲する様子を、時々お茶やお菓子などを差し入れつつも見守っていたケータが、ふと立て掛けられていた時計を見て口を開いた。
「あ、リョウさん。オレ、そろそろ帰ります。お父さんとお母さんに心配かけちゃうし。お昼ご飯、ごちそうさまでした。……みんな、きっとリョウさんのこと待ってます。リョウさんが行きたくなったらで良いので、またSTARRYに顔を見せてくださいね」
ケータがそう言い残し、リョウの部屋を出ようとしたその時だった。
「……待って。行かないで、ケータ」
リョウは、ケータの服の裾を掴みながら、静かにケータをその場に引き留めた。
「…どうしたんですか?リョウさん」
ケータが優しくそう言うと、リョウはゆっくりと、その口を開き出した。
「…みんな、このフェスに……未確認ライオットに、賭けてる。だから、私がここでつまんない曲作っちゃうと、みんな結束バンドを辞めちゃうんじゃないかって。そう思うと、どうしても不安で。今日ケータをここに連れてきたのも、その所為なんだ。…本当にごめんね」
ケータは首を振ると、穏やかな声音で尋ねた。
「気にしないでください。オレは全然平気ですから。……けど、どうしてオレなんですか?虹夏さんとかの方が付き合いも長いし、きっとリョウさんの気持ちもわかってくれると思いますけど…」
リョウは、俯きながら、どこか縋るように言った。
「虹夏には…バンドメンバーには、作曲のことで迷惑かけたくないから。……それに、ケータならきっと許してくれるって、思ったから」
ケータがリョウのその言葉にきょとんとしていると、リョウは微笑みながら言った。
「…私がケータを騙してお金を取ろうとした時、ケータはそんな私を、笑いながら許してくれたよね。……私、その時思ったんだ。ケータならきっと、私がどんなわがままを言ったって、笑いながら受け入れてくれるって。……みっともないよね。高校生が小学生に縋り付くなんて」
ケータは首を振ると、リョウの方を見据えながら言った。
「いいえ、みっともなくなんてありませんよ。…オレから見たリョウさんは、とってもかっこよくて、とっても頼りになって、そしてとっても優しい人です。……だって、今そうしてリョウさんが悩んでるのだって、それだけ結束バンドのみんなが大切だからでしょ?…みんなだってきっと、そんなリョウさんのことが大好きだと思いますよ」
その言葉を聞いたリョウははっと目を見開くと、泣き笑いを浮かべながら言った。
「───ははっ…。やっぱりケータは、泣いちゃうくらいに優しいね。……ぼっちがケータに惚れた理由、わかっちゃったな」
そしてリョウは続けて、懐かしむように、どこか痛みを堪えるように口を開いた。
「……私ね。実は昔、別のバンドに入ってたんだ。私はそのバンドの、青臭いけどまっすぐな歌詞が好きだった」
ケータは、ただ静かにリョウのその言葉を聞いていた。
「…でも、そのバンドは売れる為に必死になって、歌詞をどんどん売れ線にして、変わっていっちゃった。
……
ケータは静かに息を呑むと、涙で潤んだリョウの瞳を見据えた。
「だから、私はそのバンドを抜けた。……そうして、バンドそのものが嫌になってた時に、虹夏が私を結束バンドに誘ってくれてさ。そのおかげで私は、今でもこうして音楽を続けられてるんだ」
リョウは、頬に涙を伝わせながら、続けて言った。
「……でも、今度は私の所為で、みんながバンドを嫌になっちゃうんじゃないか……また居場所を失うんじゃないかって思うと、怖くて」
「…リョウさん……」
ケータは静かにそう呟くと、はっきりと言った。
「じゃあ、オレは───リョウさんがみんなとまた顔を合わせられるようになるまで、帰りません。リョウさんが納得できるその時まで、オレはリョウさんの傍にいます」
「……っ!」
リョウはケータの方を向いて驚いたように目を見開くと、安心しきったように笑いながら、こう言った。
「……ありがとうね、ケータ」
その週の土曜日。STARRYにて。
「…リョウ、どうしちゃったんだろう。あたしがプレッシャー掛けすぎちゃってたかな…。…早く戻って来ないと、お姉ちゃんに殺されちゃうよ」
虹夏がそう呟いていると、STARRYの扉が開いた。───そこから。
「なんでどうしてけいくんわたしからはなれようとしないでっていったのにわたしのこころをうばっておいていまさらほうっておくなんてひどいよりょうせんぱいがしんぱいなのはわかるしやさしいけいくんならぜったいにたすけようとするのもしってるけどわたしになにかいってくれたっていいのにどうしてたよってくれないのよびだしてくれたのもいっかいだけだしもっとわたしをたよってよしんじてよわたしにけいくんをたすけさせてよ」
「おぎゃああーーーッ!?!?!?!?」
俯いて妖気を放出しながら何事かを呟いているひとりが、現れた。
「…はっ!?私は一体今まで何を!?」
「……ぼっちちゃん、もう来るとこまで来ちゃってたんだね…」
ひとりが虹夏の絶叫で正気を取り戻すと、虹夏は引き気味にひとりの方を眺めた。
「……今朝天野家に行って、どこを見てもけいくんが見つからなかった辺りから正気を失ってました…。ウィスパーさんたちも『三人で慰安旅行に行ってます。探さないでください』っていう書き置きだけ残していなくなってたし…」
「むしろ正気の時にナチュラルに天野家に不法侵入してることの方が怖いよ!」
「あっけいくんがいつでも来て良いって行ってたので…」
「額面通りに受け取ってんじゃないよ!」
「でっでも、最近平日もたまに遊びに行くんですけど、夜に窓から入っても笑顔で出迎えてくれますよ…?」
「そりゃケータくんたちの懐の深さが異常なだけだわ!!」
「流石私のけいくんですよね…。へへっ」
「……もうツッコミきれね〜〜〜!!」
虹夏がツッコミを放棄しようとしたその時だった。
「……はぁ〜っ。生きるのしんどいわ…」
「ぼっ…喜多ちゃん!?」
いつになくどんよりとしたオーラを発した郁代が、溜め息をつきながらそう言った。
「最近リョウ先輩がバイトに来ないし…。……もしかして、彼氏が出来てたらって思うと……!イヤーーーーッ!!!!」
「お、落ち着いて喜多ちゃん!確かにリョウ最近学校にも来てないけど、だからといって彼氏ができたなんて極端過ぎるよ!」
「これが落ち着いていられますか伊地知先輩!?女が変わる時はいつだってその影には男がいるんですよ!?」
「………うーん。それはまあ、その通り、かもしれないねえ…」
虹夏は郁代のその言葉に、ひとりの方を見遣りながら歯切れ悪く頷いた。
その時。
「────彼氏?」
「「…っ!?」」
ひとりが、凄まじいオーラを発しながら、静かにそう呟いた。その瞳は、光を宿さずに、ただ郁代の方を、見据えていた。
「……誰が、誰の?………まさか、けいくんが、リョウ先輩の?………だとしたら、私は…」
ひとりの纏うオーラが少しずつ禍々しくなっていく様子を見た虹夏は、慌てて口を開いた。
「おお落ち着いてぼっちちゃん、喜多ちゃん!……そんなに気になるんだったらさ!これからリョウの家に行ってみようよ!」
「……そうですね。多分けいくんも、リョウ先輩の家にいると思います。この前心配そうにリョウ先輩の方を見ていたので、優しいけいくんのことだから、きっとリョウ先輩を助けに行ってるんだと思います。……そっそれに、虹夏ちゃんも、最近リョウ先輩が来なくて、少し元気がなさそうでしたし」
(……ぼっちちゃん、ケータくんと一緒にいるときもそうだったけど、意外とちゃんと周りを良く見てるんだよな)
虹夏の言葉を聞いて正気を取り戻したひとりがそう言うと、虹夏は深く感心した。
「私も行きます。話を聞く限りだとリョウ先輩はどこの馬の骨とも知らない男じゃなくてケータくんと一緒にいるみたいですし、リョウ先輩がひとりちゃんの好きな人を奪ったりなんてする筈ないですしっ!……ない、ですよね?」
「そこは信じてあげようよ〜…」
郁代が最後尻すぼみになりながらそう言うと、虹夏は苦笑しながら言った。
そんなこんなで、虹夏たちは山田家へと辿り着いた。
「あっ豪邸ですね…」
「両親が病院やってるからね〜。今家にいるのかなあ?」
虹夏がそんなことを言った、その時だった。
「あっ先輩見てください!あんなところにリョウ先輩とケータくんが!」
「どういう状況!?」
郁代が指差した先には、寝袋で寝転がりながらケータが肉を焼き終えるのを今か今かと待ち望むリョウの姿があった。
「リョウさん、もう少しで焼けますからね!……って、ひとりさんたち!?」
「ケータくん、これなにしてんの!?」
駆け寄った虹夏がケータにそう尋ねると、リョウが口を開いた。
「ケータと一緒に遠くに旅に出ようと思ったけど、準備してる途中で面倒くさくなって一緒にキャンプすることにした」
「ガッツリパソコン持ち込んでるしご飯も持ち込んじゃってるじゃないですか!お肉もケータくんに焼いてもらってるし!」
「キャンプなめてんのか!!」
「…二人で遠くにって、どういうことですか?
……けいくんは納得してるの?なんで私に何も言ってくれなかったの?」
「ご、ごめんねひとりさん。でもこれには事情が───」
ケータがそう言いかけた、その時だった。
「…別に、何もないよ」
「………リョウさん」
ケータの言葉を遮るようにリョウがそう言うと、ケータは悲しそうに、リョウの方を見遣った。
そして、玄関の方から、二人ほどの人影が近づいてきた。リョウの両親だ。
「ケータく〜ん!任せっきりにしちゃってごめんなさいね〜!今代わるから、ケータくんもお肉いっぱい食べなね〜!」
「デザートもあるよ〜!」
「リョウのお母さんとお父さん!」
虹夏がそう言うと、リョウの両親は三人の方を見遣った。
「あら〜、虹夏ちゃん久し振りね〜!二人はケータくんが話してたひとりちゃんと喜多ちゃんかしら〜!リョウちゃんとバンド組んでくれてるみたいで、ありがとね〜!」
「君たちも参加するかい?花火もやるよ〜〜〜!」
「えっお仕事は大丈夫なんですか?」
虹夏がそう尋ねると、ケータはどこか遠い目をしながら言った。
「……そうですよね、虹夏さん。オレもそう思いましたよ。……でも、どうやらこのお二方は、リョウさんと一緒にいられるのが嬉しいらしくて、病院を休業にしちゃってるみたいです」
「そうそう!普段中々会えないから嬉しくって!」
「ケータくんみたいな素敵なお客さんも来てくれたし、仕事なんてしてる場合じゃないと思ってね!」
「おい社会人!!!」
虹夏が思わずそう叫ぶと、ケータは苦笑しながら言った。
「……まあ、家族にすら何も言わずに学校を数日サボったオレが言えたことじゃないんですけどね…」
「…ケータは悪くないでしょ」
リョウはそんなケータを見遣ると、どこか自分を戒めるようにそう呟いた。
「……入って」
リョウはそう言って、四人を部屋の中へと招き入れた。
「わ〜、楽器がたくさん!ギターもいっぱいありますね!」
「…オレも初めて見たとき、驚きましたよ。リョウさんって、こんなに色々な楽器とか持ってるんだなって。……本当に、音楽に真摯に向き合ってる人なんだなって」
「…ケータ」
リョウはケータのその言葉を聞くと、少し嬉しそうにケータの方を見た。
「むう、けいくんったら…。……あっ、このバイオリンって…」
「昔習ってた」
ケータの方をむくれながら見ていたひとりが、立て掛けられていたバイオリンの方を見ながら呟くと、リョウはその呟きに答えた。
郁代がふと思い出したように口を開いた。
「あっ、私が使ってた6弦ベースってどこにありますか?大切にしてくれてます?」
「これ」
「…えっ、違くないですか…?」
「これになった」
リョウのその言葉にショックを受けている郁代を見遣りながら、ケータは怪訝そうに呟いた。
「…どうしたんだろう」
「喜多ちゃんは、前ギターと間違えて多弦ベースっていう弦が6本あるベースを買っちゃったことがあったんだけど、その後そのベースをリョウ先輩に買い取って貰ったんだよ。…そのベースが売られちゃってて、ショック受けてるみたい」
「…そっか、リョウさんってそういう所あるんだった…」
ケータの疑問にひとりが丁寧に答えると、ケータは項垂れながらそう呟いた。
その呟きを聞き取った虹夏が、言い聞かせるように言った。
「騙されちゃダメだよ、ケータくん。アレはかなりのロクデナシだからね」
「うっうん!リョウ先輩に惑わされちゃダメだよ、けいくん!私の所なら安全だから!ねっ!」
「……ぼっちちゃんの所が安全かどうかも、要審議な気はするけどね…」
虹夏の言葉に追従するようにひとりがそう言うと、虹夏はひとりに呆れた目線を送りながら呟いた。
郁代が未だにショックを受けている中、虹夏はふと、パソコンの前で何かを見つけたように言った。
「あっ曲…。作ってたんだね」
「っ!ま、まあ…」
虹夏がそう言うと、リョウは少しバツが悪そうに返事を返した。
ショックから立ち直った郁代が、興味を惹かれたように口を開いた。
「ほんとだ!曲たくさんあるじゃないですか!何か聴かせてくださいよ!」
「っ!!」
郁代がそう言いながらリョウからパソコンを取ろうとすると、リョウはフンフン言いながら郁代の腕を躱した。
「かつてない敏捷性を見せている…!」
「あれぞリョウさんの必殺技『フンフンディフェンス』ですね!」
「……ケータくんの技名のセンスって、なんか…独特だね」
「……えっ!?!?」
「けっけいくん。私はその技名好きだよ。可愛くて…」
「ひとりさん、ありがとう…。でもなんだろう。まだ虹夏さんに引いたような顔で見られた心の傷が癒えない…」
「よっよしよし…」
三人がそんなアホな遣り取りをしていると、郁代が息を切らしながら言った。
「なっなんでそんなに隠すんですかあ…」
「つっ作りかけだし微妙だから、まだ聴かせたくない」
どこか焦りを滲ませながらそう言うリョウに、郁代が首を振りながら言った。
「絶対そんなことないですよ!いつも良い曲作ってきてくれるじゃないですか!」
「今までの曲のクオリティなんかじゃ通用しない」
そしてリョウは、続けて言った。
「こんなつまらない曲じゃ、デモ審査で落とされる。だから、もっと良い曲が作れるまで、待って」
リョウが続けて、四人に向けて突き放す言葉を言おうとしたその時だった。
「───リョウさん。みんなならきっと、リョウさんが何を抱えているのか、わかってくれると思います。ひとりさんも、虹夏さんも、喜多さんも、もちろん、オレも。みんなリョウさんのこと、大切に思ってます。…だから、リョウさんが何を抱えているのか、思い切って言ってみてください。……これはオレからの、お願いです」
「……っ!」
天野景太が、その口を開いた。
その光景を優しく見守っていたひとりが、ふと落ちている紙を拾い上げると、それが何なのかを悟った。
(……これ、作りかけの譜面…?同じ曲を、何度もボツにしてる…。リョウ先輩、プレッシャーで自信がなくなってるんだ)
そして、ひとりは徐ろに自分のギターを手に持つと───その譜面のフレーズを、弾き出した。
「あっ、それ、かっこいいフレーズだね。……じゃあ、ドラムはこんな感じかな」
そして、虹夏は手近にあったドラムの前に立つと、スティックを手に持ち、叩き始めた。
郁代も、その光景を見ている内に、その手は自然と手近にあったギターへと伸びていき、郁代がそのギターを弾き始めると───小さなセッションが、始まった。
「あっ…。先輩も、セッション、しませんか?」
リョウは、ひとりのその言葉にはっと目を見開くと、徐ろにベースのストラップを首に掛け───弾き始めた。
(……ひとりさんたち、音楽だけで通じ合ってる)
ケータはその光景に、深く感動を覚えていた。
(そうか───この人たちは
言葉よりも、確かなものもある。ケータが今まで妖怪たちと分かり合った時も、言葉で交渉して分かり合う時もあれば───バトルをしたり、何か競技をしたりすることで分かり合う時もあった。
時として、言葉のない遣り取りは、言葉の遣り取りよりも、より雄弁に感情を帯びることがある。そのことを身を以て知っていた天野景太は、ただただ目を輝かせながら、目の前の光景を眺めていたのだった。
───そうして、ケータがしばらくの間、四人のセッションに聴き入っていると、ひとりが徐ろに、口を開いた。
「あっ、リョウ先輩。今のも良い曲だと思いませんか…?」
「…うん」
ひとりのその言葉にリョウが静かに頷くと、郁代は嬉しそうに跳ね回りながら言った。
「だから私言ったじゃないですか〜!もう一回みんなで合わせましょ〜よ〜!」
「それは良いけど、そのギター40万するから、扱いには気をつけてね」
「あっ、勝手に借りてすみません…」
リョウがそう言うと、郁代は途端に萎縮しながら謝った。
そしてリョウは、ケータの方に笑顔を向けると、三人に向けてゆっくりと口を開いた。
「…バイト、勝手に休んでごめん。みんな、このフェスに賭けてるから、結果が悪かったらみんなバンドを辞めるんじゃないかって不安になってた。……けど」
リョウはそこで言葉を区切ると、満面の笑みを浮かべて、言った。
「───ケータの、言う通りだったね。みんな、わかってくれた」
リョウがそう言い切ると、虹夏はむっとしながらも、どこか嬉しそうに言った。
「…リョウったら、悪く考え過ぎだよ。確かにフェスは今のあたしたちにとって大事だけど、結果が悪かっただけで辞める訳ないじゃん。あたしたちはこのメンバーで音楽をやるのが楽しいから、バンドをやってるんだよ。
……でも、リョウがそこまで結束バンドのことを考えてたなんてね。素直じゃないじゃん。いっつもどうでもよさそうにしてたのに」
虹夏がそう言うと、リョウはにっこりと笑いながら、言った。
「そうだよ。───知らなかったの?」
ケータはその光景を笑顔で眺めていると、ふと、笑いながら、独り言のように言った。
「なんか今回、オレ全然みんなの役に立てなかったなあ。…まあきっと、結束バンドのみんなには、実はオレなんて必要なかったり───」
ケータがそう言いかけた時だった。ひとりとリョウが、真顔でケータの方に駆け寄って、その口を塞いだ。
「むぐぐぐっ!?」
「…けいくん。今のは許さないよ」
「ケータがいらない訳、ないでしょ。…次そんなこと言ったら、私の家の地下室に閉じ込めるからね」
二人に手で口を塞がれたケータがそのあまりの圧に怯む中、虹夏と郁代も、頷きながら言った。
「そーそー!ケータくんはもう、あたしたちの立派なマネージャーなんだから!今更離れたいって言っても、もう離さないよ〜!」
「今の私たちには、もうケータくんたちのいない結束バンドなんて考えられないわ。…私たちが夢を叶えるその時まで───いいえ。夢を叶えたその先だって、一緒にいてもらうんだから!」
その後、曲を形にする為に四人を帰らせたリョウは、パソコンの前に向かいながら、思考を巡らせていた。
(…ケータ、私のわがままに、文句の一つも言わずに付き合ってくれたな)
リョウは、ケータが自分に言ってくれた言葉を思い出しながら、マウスを動かした。
(とってもかっこよくて、とっても頼りになって、とっても優しい人……か。…ケータが私のことをそう思ってくれているってだけで、なんだかとても嬉しい。…勇気が、湧いてくる)
そしてリョウは、胸の中に、静かに決意を固めた。
(……なら、私は。これからもケータにとって、かっこよくて、頼りになって、優しい人でいよう。ケータが悩んでいる時は、すぐに助けてあげられるような、そんな人になろう。……ケータは私のわがままに付き合ってくれたんだから、私も、ケータが真っ先にわがままを言えるような人に、なろう)
パソコンの画面の中では、リョウの作ろうとしていた曲は、既に完成していた。
そしてその日、家に帰ってきたケータは、5日ほど家を開けたにも拘らず『お帰りなさい』の一言以外は何も言ってこなかった両親を怪訝に思いつつ、いつものように手を洗って自室へと戻った。───すると。
「おかえりなさいケータきゅ〜ん!」
「ケータ、おかえりニャン!」
ウィスパーとジバニャンが、いつものように出迎えてくれた。
「…ウィスパー、ジバニャン。何も言わずにいきなりいなくなっちゃってごめんね。実は───」
「知ってますよ、ケータ君。───リョウさんのこと、助けに行っていたんでしょう?」
「…どうして、それを!?」
ウィスパーがそう言うと、ケータは心底驚きながら叫んだ。
ウィスパーは、笑いながら言った。
「当然でしょう。私はケータ君の執事です。…ケータ君の考えることなんて、お見通しなんですよ」
「そうニャン!オレっちたちにはお見通しニャン!」
「……じゃあ、お父さんとお母さんが、オレに何も言ってこなかったのも?」
「はい。私から、モノマネキンに代役を頼んでおきました。…喜んで引き受けてくれましたよ、彼」
ウィスパーがそう言うと、ケータは感極まったような表情になり、徐ろに机の上にあった妖怪ウォッチから、モノマネキンを呼び出した。
「…オレのともだち、出てこい、モノマネキン。……妖怪メダル、セットオン!!」
「───よう、ケータ!帰って来たのか!オレに何か用でも…」
「ありがとう…!ウィスパー、ジバニャン、モノマネキン!!」
「うぃす!?」
「ニャニャ!?」
「おわっと!?」
ケータは、三人に徐ろに抱き着いた。その目からは嬉し涙が溢れており、ケータに抱き締められた妖怪たちは、嬉しそうに頬を緩めていた。
ヒキコウモリは、クローゼットの隙間から、その光景をどこか羨ましげに見つめていた。…すると。
「ヒキコウモリもこっちにおいでよ!いつもお世話になってるし、きっと今回だって、何かしてくれてたんでしょ?」
「ケータさん…!」
ヒキコウモリも、感極まったようにケータたちの方へと飛んで行った。天野景太と妖怪たちは、晩ご飯ができるまでの間、ずっとずっと、笑いながら抱き合っていた。
どっちだと思う?
-
ぼケー
-
ケーぼ