そして、2月初週の土曜日のこと。
「さてみなさん、ビッグニュースです!……ななんと、ついに新曲が完成しました!その曲名は───『グルーミーグッドバイ』!」
「おおっ!」
虹夏がぱんと手を叩きながらそう言うと、ケータは歓声を上げた。
「いや〜、ついに完成したのですね!リョウさんの苦労の結晶が…!グルーミーグッドバイ…『憂鬱なさよなら』でうぃすか。どんな曲なんでしょうねえ…」
「早速聴いてみましょうよ!ひとりさんがどんな歌詞を書いたのかも気になりますしっ!」
「えへへぇ…。けいくんが私の書いた歌詞に興味を持ってくれてる、嬉しい…」
「……流すよ」
リョウは少しむくれながらそう言うと、音源を流し始めた。
「…今回の歌詞は、いったいどんな内容なの?ぼっちちゃん」
「あっ、色々です…」
「相変わらず陰キャな歌詞だけど、サビは少し明るいね」
「今回の曲、なんか爽やかで良いですね!」
「オレっちも、この曲なんだか好きニャン!」
「うんうん、私もでうぃす!」
「オレもオレも!……ひとりさん、こんな歌詞も書けるなんて、やっぱり凄いや!」
ケータがそう言うと、ひとりはだらしなく頬を緩めながら言った。
「あっいや〜、今回はなんだかインスピレーション湧いちゃって…。1時間くらいで書けちゃったんだよね…。へへっ」
「……これ、多分めっちゃ見栄張ってるよね、ひとりさん…」
「ケータくんも段々ぼっちちゃんのことが分かってきたね〜」
ケータがひとりにどこか呆れたような視線を送りながらそう呟くと、その呟きを聞き取った虹夏が感心したように言った。
そして虹夏は結束バンドのメンバーとケータたちを見遣ると、元気良く拳を突き出しながら言った。
「…じゃあ、曲も完成したことだし、
「やっとですね〜!」
郁代がそう相槌を打つと、ケータが尋ねた。
「やっぱり、MVがあるのとないのとじゃ、だいぶ変わるんですか?」
「今や動画配信サイトで音楽探して聴く時代だし、あった方がバンドの世界観も伝えやすいからね」
「MVと言えば、オレっちもたまーにケータに頼んで、ニャーKBの新曲MVを見せてもらうことがあるニャン!」
「アイドルとバンドじゃあ細かい事情は色々と異なるでしょうが、MVの持つ役割としては双方に通ずるものがありそうでうぃすねえ」
「そうだね。アピール的な側面で言うならアイドルグループともちょっと通ずるところがあるかも!今は配信サイトの時代でもあるし、楽曲配信サイトにも申請してみよう!」
「なんだかだんだんと本格的になってきましたねえ!私もわくわくしてきました!」
ウィスパーがそう言うと、ケータはふと、思い出したように口を開いた。
「あっ、そう言えばこの前ヨヨコさんが『スポチファイは厳しいけどバンドキャンプゥなら通りやすい』って教えてくれました」
「あの人親切過ぎないかしら!?」
「ほんとですよ!……やっぱり、ヨヨコさんは頼りになるなあ」
「…ね、ねえケータ。今度音楽のことで何か困ったことがあったら、大槻さんじゃなくて私に相談して。……もちろん、音楽のこと以外でもなんでも良いけど」
「リョ、リョウ先輩とも大槻さんとも中々会えないと思うから、いつでも会える私に相談した方が良いと思うなっ…!」
「…もしやお二人とも、真っ当にケータ君に頼りにされているヨヨコさんの存在に危機感を覚えていらっしゃるのでしょうか」
「ありゃ絶対そうですね…」
「ケータ君、やっぱり罪な男ね…」
「妖怪にも、ケータに頼られたいってヤツは多いニャンからね…。……まあ、かく言うオレっちとウィスパーもその類ニャンけど」
ジバニャンがそう呟くと、ひとりとリョウに呆れたような目線を送っていた虹夏はふと動画サイトを立ち上げながら、思い出したように口を開いた。
「そう言えば、前にアップしたライブ映像、どうなってるかな。一万再生くらいは行ってると思うんだけど───」
虹夏はそう言いながらその動画を立ち上げると、次の瞬間、音楽の出回ったこの現代社会の厳しい現実を突きつけられたのだった。
「───500!!
……うーん。やっぱり何かきっかけがないと、中々伸びるもんじゃないかあ…」
虹夏は残念そうに呟くと、ふと気づいたように言った。
「あっでもトゥイッターのフォロワーは増えてるじゃん!」
「あっ、はは…」
虹夏がそう言うと、郁代は気まずそうに苦笑いを浮かべた。
トゥイッターのコメント欄をちらりと見遣ったウィスパーは、呆れたように呟いた。
「……良く見るとこれ、みんな楽器と一緒に写ってる喜多さんの話しかしてなくないですか?」
「ホントだ…」
「自撮り付きの方が反応良くって、ついついね…」
ウィスパーの言葉にケータがそう反応を返すと、郁代がどこか恥ずかしそうに言った。
その時、ジバニャンはふと、思い出したように口を開いた。
「…そう言えば、MVの予算とかってどれくらいあるニャンか?」
「……それがね。ノルマ代とかがあって全然お金貯められなかったから、自分たちだけで撮ることにしました。
…本当はお金かけたかったんだけどね」
「ええ…」
ジバニャンのその言葉に虹夏が項垂れながらそう返すと、虹夏のその言葉にウィスパーが困惑の声を上げた。そしてケータも続けて、申し訳なさそうにしながらおずおずと口を開いた。
「…MVの撮影なんて、詳しくもないのに出来ますかね?オレ映像撮影の知識とか全然ないから、力になれないかもしれませんよ…?」
「ふっふっふ。だいじょーぶケータくん!こんなこともあろうかと、超強力で超協力的な、そんなゲストを呼んでるから!
……それでは、ご登場いただきましょう!結束バンドのファンお二人で〜す!」
ケータのその言葉を受けた虹夏が自信に満ちた表情でケータに威勢良く笑いかけると、玄関の方へと大仰に腕を振りながら叫んだ。
「ども〜!結束バンドのファン1号で〜す!お、ケータくん久し振りだね〜!」
「ファン2号です〜!ケータくん、ひとりちゃんたちのサポート、頑張ってるみたいね!」
「お久し振りです、1号さん、2号さん!
…あ、もしかして、お二人が撮影のサポートをしてくださるんですか?」
「そうだよ〜!実は私たち、美大の映像学科生なんだ!だから撮影は任せて!」
「そうなんですか?とっても心強いです!今日はよろしくお願いしますねっ!」
ファン二人と久し振りの挨拶を交わしたケータが笑顔でそう言うと、二人も嬉しそうに微笑んだ。その様子を見ていたひとりとリョウは、恨めしげにケータの方を見つめた。
「……けいくんったら、私じゃなくて私のファンの人たちばっかりにあんな嬉しそうな顔で話しかけちゃって。
…私にももっと構ってよ」
「ケータ、他の女に愛想良くしすぎ。
……できればその笑顔は、私にだけ向けて欲しいのに」
「……うわー。改めて凄い光景だなこりゃ」
嫉妬のオーラを全身から放出している二人のその呟きを聞き取った虹夏は、あのひとりとリョウがこうまでなるほどにケータに心を奪われている、という事実を再認識すると、ただただ、唖然とするのだった。
そして虹夏は気を取り直すと、ケータたち、及び他のメンバーに向けて口を開いた。
「前遊んだ時に二人の作った作品を見せてもらったんだけど、プロと遜色ないくらいの凄い作品を作ってたんだよ!」
「へ〜!凄いですっ!」
「も〜、ジカちゃんもケータくんも、そんなに褒めたってやる気くらいしか出ないぞ〜?」
「……けいくん、さっきから他の女とばっかり」
「……ケータめ。次私を嫉妬させたら、二人と話してる途中でもお構いなしに私の傍の方に引きずってやる」
「…わ〜」
ファン二人と話していた虹夏がひとりとリョウの徐々に強くなりつつある嫉妬のオーラを感じ取ると、そのオーラを一切感じ取っていない様子のケータと、ケータを恨めしげに見つめ続けるひとりとリョウを見遣りながら、引き気味に小さく声を上げた。
虹夏は、ひとりとリョウのその様子に気づいて若干申し訳なさそうにしているファン二人の方を見ながら、改めてお礼を言った。
「……二人とも、引き受けてくれて本当にありがとね!お礼はご飯くらいしか奢れないけど…」
「ううん。気にしないで!好きなバンドにこうして関われるだけで嬉しいから!」
1号が虹夏にそう言うと、2号は続けて、虹夏に向けて心配そうな声音で囁きかけた。
「……ところでさ。ひとりちゃんとリョウちゃん、あれ大丈夫そう…?」
「むしろあたしとしてはケータくんの方が心配かな…。いつかあの二人にとんでもないことされそうで…」
「…そうならない為に、ちゃんとケータくんのこと見守っててあげようね」
「肝に銘じておきます…」
傍で二人の会話を聞いていた1号が2号に続けて虹夏にそう囁きかけると、虹夏は深く頷きながら言った。
(…虹夏さんたち、どうしちゃったんだろ)
……当の本人である天野景太は、何がなんだか分かっていない様子で、こちらの方をチラチラと見ながら囁き合う虹夏たちの方を不思議そうに見つめていたが。
「……あ。カメラとかの機材はライブハウスのやつ借りたから!けっこーいいやつだよ!」
「えっ、星歌さん貸してくれたんですか!?」
ケータが驚いたようにそう言うと、その言葉を聞いていた星歌はカウンターから控えめに口を開いた。
「好きなだけ使って良いぞ…。あと、お前らもケータくんも、何か困ったことがあったらいつでも言えよ。……バイトのこと以外でも、なんでもな」
「あ、ありがとうございます…!」
「……あのケータ君、星歌さんってもしかしなくても…」
「…うん。この前オレたちが何も言わずにリョウさんの家に行ったせいで、嫌われてるって勘違いしちゃってるんだろうね…」
「…ケータ。誤解、解いてあげたらどうニャン?」
「うん、だよね…」
ジバニャンにそう言われたケータは、好感度上げの為に臨時ボーナスを付けようと張り切る星歌の方に近づくと、おずおずと声をかけた。
「…あの、星歌さん」
「…ど、どうしたんだ?ケータくん」
「オレも、ひとりさんたちも、星歌さんのこと大好きですから」
星歌がどこか不安そうにそう言うと、ケータは口を開いた。その言葉を聞いた星歌は困惑しつつも、少し頬を赤らめながら尋ねた。
「…お、おう。どうしたよ急に。……嬉しいけど」
「いや、その〜…。もしかして星歌さん、先週みんなが何も言わないままバイトやめてどっか行っちゃったせいで、嫌われてるって勘違いしちゃったんじゃないかって思って…。……もし違ってたら、本当にごめんなさい」
星歌にそう尋ねられたケータが遠慮がちにそう言うと、星歌は自分の気持ちをケータに見透かされたことに深く驚きつつも、ケータのその言葉に頷きながらずっと気になっていたことを尋ねた。
「……なんで分かったんだよケータくん…。
そ、そうだよ。なんで先週急にいなくなっちゃったんだよ」
「…リョウさん、ずっとバイトにも来てなかったでしょう?……言って良いのか分からないけど、実はリョウさん、ずっと作曲がスランプ気味で、家にいながら学校にも行けてなくて…。それでみんな、心配になって、リョウさんの様子を見に行ってたんです」
ケータが悩みながらも事情を説明すると、星歌は納得したように呟いた。隣で話を聞いていたPAさんも、納得して深く頷いた。
「…そうだったのか。アイツめ、そういうことはとっととバンドメンバーにでもアタシらにでも相談すりゃ良かったのに」
(なるほど、そういうことだったんですねぇ…)
と、その時星歌は、ふと何かに気づいたように、ケータの方を見た。
「…どうしたんですか?星歌さん」
「いや〜…。……なんでケータくん、リョウのヤツがバイトはともかく学校にも行けてなかったこと知ってんだろうって…」
「……あっ!?」
(そうじゃん!?)
隣で話を聞いていたPAさんも、星歌のその言葉を聞くと、はっとした表情になった。ケータは、星歌のその言葉にしまったというように声を上げると、一瞬どうにか取り繕おうと考えたが、嫌われているのではないかと心配する星歌にまた隠し事をするのもなんだなと思い直して、おずおずと口を開いた。
「……実はオレ、リョウさんが何も言わずにいなくなった日に、リョウさんの頼みで、リョウさんの家に行ってたんですよ。…それから5日間ずっと、リョウさんの家に泊まらせてもらいながら、作曲作業を手伝ってたんです」
「そ、そうだったのか…。……えっ!?」
(……ケータくん、そんな大胆なことできる子だったんですね…)
星歌は驚いたようにそう返すと、続けてケータに尋ねた。
「……ってことはケータくん。もしかしてお前、リョウの為に学校を…」
「当たり前ですよ。
……だって、あの時リョウさんは、オレを頼ったんです。助けてあげなきゃ、おかしいじゃないですか」
ケータがきっぱりとそう言い切ると、星歌はケータを見つめながら呆然と呟いた。
「……お前、マジでかっこいいよ」
(……ちょっと私、ケータくんのこと気になってきちゃったかもしれません)
PAさんは、そう言い切るケータの真面目な顔を、据わった目でまじまじと見つめていた。
「───あ、ケータく〜ん!どんなMV撮るかの会議するから、ちょっとこっち来て〜!」
その時。自分を呼ぶ虹夏の快活な声が、ケータの耳に届いた。
「は〜い!
…それじゃあ星歌さん、PAさん。ちょっとオレ、行ってきますね!」
「おう、行ってらっしゃい。…頑張れよ」
「行ってらっしゃい、ケータくん。……店長さんばっかりじゃなくて、私ともお話しましょうね」
星歌とPAさんのその言葉に笑顔で頷き返すと、ケータは急ぎ足で、虹夏たちの方へと向かった。
「じゃあ、どんなMVにするのかの企画会議を始めましょう〜。みなさん、何かイメージはありますか?」
ホワイトボードの前に立った1号がそう言うと、虹夏がリョウに向けて声をかけた。
「リョウ、結構バンドのMVとかチェックしてるでしょ。なんかお決まりのパターンとかないの?」
「特に関係のない女が出てきて、泣くか踊るか走ってる」
「確かにオレもそういうMV良く見るかも…」
「…ケータも、バンドのMVとか見るんだね」
「はい!最近はみんなのおかげでバンドにも興味が出てきちゃって!」
「…そっかあ…!」
ケータがそう言うと、リョウは心底嬉しそうに微笑んだ。
……いや、リョウだけでなく、虹夏も、郁代も───無論、ひとりも、嬉しそうに微笑みながら、ケータの方を見つめていた。
そしてリョウは、思い出したようにしれっと言った。
「───あ、そうだ。あと顔の良いメンバー以外サブリミナル程度にしか映らない。特にドラムとベース」
「気の所為です!」
虹夏がリョウの口を塞ぎながら焦ったようにそう叫ぶと、ケータは笑いながら言った。
「あはは、そうですかね…。……でも、もしそうだとしても、ひとりさんたちだったらきっと大丈夫ですね。みんな綺麗だし」
「……またケータはすぐそーやってすぐそーやる」
「語彙力失っちゃってる…」
「き、綺麗…。きれー…。…うへへへぇ…。……まったく、けいくんったらあ!私にそんなこと言ったって、お嫁さんにしかなってあげないぞっ!」
「ひとりちゃんがいつにも増しておかしくなっちゃったわ…」
「ケ、ケータくん…。自分に想いを寄せる女の子に即死級の一言を…」
「見てるこっちが照れちゃうよね…。そりゃあひとりちゃんもリョウちゃんも正気なんて保てないでしょ…」
傍から遣り取りを聞いていたファン二人でさえケータの言葉に照れ始めてしまうと、その光景を無言で見ていたウィスパーとジバニャンは、親友の相変わらずの無自覚誑しぶりに呆れて頭に手をやりながら天を仰いだのだった。
そして、リョウにツッコミを入れつつ自分も自分でケータの言葉に満更でもなく照れていた虹夏が、ふと口を開いた。
「…じゃあ、みんなで踊るMVとかにする?」
「私ダンスとか振付とかあんまり得意じゃないですけど」
「大丈夫どのMVも一夜漬けみたいなキレのないダンスしてるから」
郁代が虹夏の言葉にそう返すと、照れから立ち直ったリョウが言った。
そして郁代は徐ろに椅子から立ち上がると、明らかにキレのある動きで踊り始めながら言った。
「え〜わからないなあ。こんな感じですかね。K-POPみたいな」
「めっちゃキレキレじゃん!!」
「…ちょっと今の喜多さん、わざとらしくありませんでした?」
「謙遜しつつもしっかりとアピってきてるニャンねえ…」
郁代が踊り出す様を傍から見ていたウィスパーとジバニャンは、コソコソと囁き合っていた。
郁代のダンスを見終えた虹夏はふと、ひとりに話題を振り直した。
「喜多ちゃんのダンスはちょっと難しそうだな〜。ぼっちちゃんはなんかある?」
「えっあっ」
(ダンスなんて陰キャから最も程遠いのに!!)
虹夏から唐突な無茶振りを受けたひとりは徐ろに立ち上がり出すと、ドジョウ掬いを踊り始めた。
「あっ、へへ…」
「レパートリー格差が酷い…」
「今のは無茶振りした虹夏さんが悪いでうぃすねえ…」
「明らかにひとりちゃんがムリそうな方面の要望だったニャンね…」
「ひ、ひとりさん。大丈夫だよ!元気出して!」
「ありがとけいくん…。もっと撫でてぇ…」
「……むぅ」
見かねたケータがひとりに駆け寄ってその背中を撫で始め、ひとりがだらしなく涎を垂らしながらその手を受け入れていると、リョウはその光景をどこか不満げにしながら眺めていた。やがてケータが手を離すと、ひとりは心底名残惜しそうにしながら、その引っ込んでいくケータの手を見送った。
そして、ホワイトボードの前に立っていた1号が、結束バンドのあまりの奔放さに困惑しつつ口を開いた。
「ほ、他はなんかありますか〜?」
「そういや、ぼっちの家犬いたよね。ソイツ使おう」
「あっはい。…なんでですか?」
リョウがそう言うと、ひとりは首を傾げながらリョウに尋ねた。
リョウは目を輝かせながら、続けて言った。
「この世で動物ほど簡単にバズるものはない!!演奏シーンなんかよりも、犬の映像ずっと流してる方が再生数も稼げるはず」
「プライドってもんがないのか!!」
「なにか一芸あったりする?ギター弾けたりとかしないの?」
ひとりはケータの方をチラチラと見遣りながら、遠慮がちに言った。
「あっいやその案、私はちょっと…」
「ぼっちちゃんの言う通りだよ!そんなんで再生数増やしたって意味ないし!」
虹夏がそう叫んだ時、傍で話を聞いていたケータが残念そうにしながら呟いた。
「……オレはみんなのかっこいい姿、見たいんだけどなあ」
「よしこの案はなしだ。今すぐ忘れて」
「変わり身早っ!?」
ケータのその言葉を聞いた瞬間、リョウは瞬時に自分の発言を取り消した。
そして、MVの具体案は固まらないと判断した虹夏は、ひとまずロケ地から決めることにした。
「みんな、まずロケ地から考えてみない?よく浜辺とかネオン街とか見るけど」
「オシャレだし映像映えしそうで良いですね!」
虹夏の言葉に郁代がそう返すと、ケータは少し考える素振りを見せた後、ふと思いついたように口を開いた。
「浜辺に、ネオン街か…。
あっ、それなら、さくら中央シティとかどうですか?オレ案内しますよ!」
「おおそれ良いねえ!候補に入れとこう!」
「けいくんと合法的に浜辺デート…。うへへ…」
「…ぼっち。私も行くことをお忘れで?」
「……忘れてませんよ」
ひとりがリョウを見遣りながらそう呟いた時、郁代がふと、明るい調子になりながら言った。
「あっ私良いMV思いつきましたよ!
高校生カップルが浜辺デートで喧嘩してるんですけど、私たちのバンド演奏を観てなんやかんやで仲直りして、曲の終わり際にキス!それを祝福する結束バンド!
……みたいなのよくないですか!?」
「……そういう真っ当な青春風景は、ひとりさんの書く歌詞との相性はあんまり良くなさそうですけど…」
(けいくん、私の書く曲のこと良く分かってくれてる…!嬉しい好き大好きなんなら私がけいくんとキスしたいしキス以上のこともしたいでも喧嘩は絶対したくない…!)
ケータが困ったようにそう言うと、ケータのその言葉を傍で聞いていたひとりは心の中で静かに感動した。
「…このままじゃ絶対案まとまりませんね」
「だニャン…」
ウィスパーとジバニャンが呆れながらそう囁き合っていた時、1号はふと5人に向けて声を張り上げた。
「全員楽器と制服と衣装持って外出てください!もちろんケータくんも!」
「……えっ、オレもですか!?」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったケータは、驚いて1号の方に顔を向けた。
「マネージャーなんだから当たり前でしょ〜?」
「そ、そうですけど…。オレに手伝えることなんて何も…」
「あるから呼んでるの!分かったなら早く来なさい!」
「は、はいっ!」
1号の気迫に驚いたケータは、思わずそう叫びながら素早く支度を始めると、急いでSTARRYを出た。
「私が全部決めて撮っちゃいますから、バンドマンの皆さんは大人しく楽器持っててください!
ケータくんは私たちの手伝いよろしくね!」
「はいっ!」
ケータがそう返事を返すと、無言ながらもしっかりケータに着いてきていたウィスパーとジバニャンとも一緒に、ファン二人の先導の元公園へと向かったのだった。
そして、公園にて。1号は結束バンドメンバーを園内の遊具で遊ばせると、徐ろにカメラを取り出しながら言った。
「じゃあみなさん、カメラは気にせずになるべく自然体で遊んでてください!ケータくんは私が指示するから、手伝いお願いね!」
「分かりました1号さんっ!」
ケータが頷くと、椅子に座っていた虹夏は笑いながら呟いた。
「自然体って言われても、どうしても意識しちゃうなあ〜」
「も〜みんな、ちゃんとやってくださいよ〜!」
「喜多ちゃんその不自然な手元は何!?明らかに小顔効果狙ってるよね!?」
「虫歯ですっ」
「言い訳の仕方がサイアク過ぎニャン…」
「あの人たま〜にトンデモ発言しますよね…」
撮影の様子を静かに見守っていたウィスパーとジバニャンが、郁代のその言葉に呆れながら呟いた。
そして1号は、木陰で土遊びを続けているひとりを見遣ると、困ったように言った。
「…ひとりちゃんも緊張しなくて大丈夫だから」
「あっ私映り悪いので撮らなくて良いです…。あとこれ自然体です…。いつも公園に来たら日陰で土遊びしかしないので…」
「ごめんやっぱもうちょっとカメラ気にしてくれるかな!?」
「……ひとりちゃん、もはや筋金入りニャンね」
「この性格だからこそ、彼女が生み出す世界は一定数の人を深く魅了する確かな力を持っているのでしょうねえ…」
「……あーもう、ひとりさんったら。あんなに土でジャージ汚しちゃって」
「…おや、ケータきゅん?」
1号がそう声を上げ、近くで様子を見ていたジバニャンとウィスパーが囁き合っていると、1号の撮影を手伝っていたケータは、水道で自分のハンカチを少しだけ濡らしてから、ひとりの方に駆け寄りながら声をかけた。
「ひとりさん、ジャージ土で汚れちゃってるじゃない。オレが拭いてあげるよ」
「えっ…?で、でもけいくんのそのハンカチ、汚れちゃう…」
「あはは、良いってそんなの。それより、ひとりさん汚れたまま遠い距離帰っちゃったら大変でしょ?ほら」
「う、うん…」
ケータが笑いながらそう言うと、ひとりはおずおずと、ケータにジャージの汚れた部分を差し出した。ケータは右手に持っていたハンカチを使って、ひとりのジャージに付いていた土汚れを拭き取った。
「……これで、ほら!綺麗になった!」
「あ、ありがとう、けいくん…!」
「ふふっ、どういたしまして!」
(ケータ君、流石の無自覚イケメン振り…!)
(ひとりちゃんの情緒はもうめちゃくちゃニャンねえ…)
(ケータくんホントに小学生?流石にかっこよすぎるでしょ…。
好きな男の子にこんなことされちゃったら、私正気保ってられる自信ないな…)
ケータがそう言いながらひとりに笑いかけると、ひとりは頬を綻ばせながらケータにお礼を言った。その光景を傍目で見ていたウィスパーとジバニャンは、ケータに尊敬するような視線を向けてから、ひとりにどこか憐れむような視線を向けた。1号は、高鳴る胸を押さえながら、ただただその光景を呆然と見つめていた。
「……私も、今すぐ土遊びして汚れまくろうかな」
……遊具に乗りながら2号に撮影されている最中、ひとりのジャージについた汚れを拭き取るケータを見つめていたリョウは、真剣な表情を浮かべながらそう呟いたのだった。
ひとりの汚れを拭き終えたケータは、ふと心底不思議そうに呟いた。
「……でも、ひとりさんが映り悪いのっておかしいと思うな。こんなに綺麗なのに…」
(………えっけっけいくん今また私のこと綺麗って、綺麗って!!ただでさえ今けいくんが私の土汚れを拭き取ってくれたことで頭がいっぱいなのに、けいくんったら一体全体私のことどうするつもり!?こりゃもう私の心をめちゃくちゃにした責任取ってもらうしかないよね一生守るし幸せにするから結婚しよ結婚子どもは何人育てよっか私は二人が良いけどけいくんが望むなら何人でも良いよ住む家はどんな所にしよっか人間界でも妖魔界でもけいくんの住みたい方で良いし浮気さえしないでくれれば何してても良いから私と一生一緒に暮らそう私とけいくんはずっとずっと一緒にいるんだウィスパーさんはけいくんが死ぬまでなんて悲しいこと言ってたけど私はけいくんと死別するなんて絶対に嫌だけいくんがいない世界に生きる意味なんてない私はけいくんと一緒に死にたいけいくんと一緒の所に行きたい嫌だけいくんと離れたくない嫌だ嫌だいやだ)
ケータのその呟きを聞き取ったひとりが心の中で超奔放凶暴な本性を打ち鳴らしていると、ケータのすぐ傍に来ていた郁代が我が意を得たりとばかりに目を輝かせながら言った。
「そうよねケータくんっ!ひとりちゃんが映り悪いのって多分いっつも猫背で俯いてるから二重顎になっちゃってるだけだと思うのよ!!姿勢を正して顔を上げたら、きっとそこにはトンデモイケメン美少女がいるはずよっ!!!」
「わわっ!!喜多さん!?」
ケータが驚いて郁代の方を見遣ると、郁代は目をキタン!と輝かせながらケータに詰め寄った。
「ケータくん、姿勢を正して顔上げたひとりちゃんを見てみたいと思わないかしら!?思うわよね!?」
(き、喜多さん、いつもよりもめちゃくちゃテンションが高い!それになんか『キターン』っていう謎の効果音まで聴こえてくるしっ!なにこれ一体どーいう仕組み!?実は喜多さんもアゲアゲハとかみたいな能力を持ってる妖怪だったりするの!?
………でも確かに、ちゃんと顔上げたひとりさんは、正直かなり見てみたい!)
ケータは心の中で郁代のいつもよりもさらに高めのテンションに戸惑っていたが、ふと、姿勢を上げたひとりの姿に対して強く興味を惹かれた。
ケータは、頷きながらその口を開いた。
「はい!とっても思います!」
「けいくんのお願いならッ!」
ケータのその言葉を敏感に聴き取ったひとりは、次の瞬間即座に姿勢を正した。
(キャ〜ッ!これよこれ〜〜〜!)
郁代はひとりのその姿を見ると、深く感動しながら目にハートマークを浮かべた。……何を隠そう。彼女は面食いなのだ。
郁代は続けて、近くに来ていた虹夏に声をかけた。
「アイドル事務所入れると思いません〜!?ビジュアル担当で売り出しましょうよ〜!!」
「ほほう、こりゃあ確かに…!
……あれ、ケータくん?どしたの?」
虹夏が視線を向けた、その先には───顔を上げたひとりを直視出来ずに、頬を赤らめながら必死に視線を逸らすケータの姿があった。
(やばいやばいヤバイヤバイ!まさかひとりさんがあんな、あんなっ…!綺麗だったなんて…っ!!いや今までだって綺麗だったけど、綺麗だったけどっ!あんなんもう次元が違うじゃん!直視できないよあんなの!ひとりさん性格だって優しいし、ギターのテクニックも書く歌詞も凄いしっ!そんな人がオレを好きだなんて、正直まだ信じられないんだけど!?
……オレの好きな人は、一生フミちゃんただ一人だと思ってたのにッ……!!)
(───ケ、ケータくん、その反応は
ケータのその反応を見遣った虹夏は、同じように頬を赤らめながら心の中で静かに呟いた。
虹夏のその反応を怪訝に思った郁代も、続けてケータの方に顔を向けると。
(───ケ、ケータくん、ありゃバッチリひとりちゃんのこと意識しちゃってるわね…!)
また同じように頬を赤らめ、心の中でそう呟いたのだった。
傍からその光景を見ていたリョウは、心の中で悔しげに呟いた。
(……今の私じゃぼっちに敵いっこないことは分かってはいたけど、やっぱり悔しいな。
───ケータ。いつか、ぼっちだけじゃなくて、私にも……振り向かせてあげるから)
そして、その後MVの撮影は、どんどん順調に進行していった。ケータのそのあまりにも劇的な照れ反応を見たひとりが本気モードに入り、しばらくの間は背筋を伸ばした状態のまま撮影が続けられたが、その後ひとりが正気に戻ったことにより、その映像は全て没となった。……映像そのもののデータは消されることなく、2号が撮影の報酬としてありがたく受け取っていたが。
───その後日。STARRYにて。結束バンドのメンバーは、ケータたち、そしてファン二人とともに、出来上がったMVを確認しようとしていた。
「「MV完成しました!」」
「お〜!」
「早速観てみましょうっ!」
「そうだね。……私は自然体のままでもかっこいいってとこ、ケータにも見せてやらなきゃ」
「わっ私だって…!
……あれ?演奏以外のとこの私のシーンは…?」
「カットされてるでうぃすね。そりゃあもう綺麗さっぱり」
「そういやケータが『ひとりさんの演奏以外のパートはほぼなくなっちゃった』って残念そうに言ってたニャン」
「……けいくん、残念がってくれてたんだ…!そっかあ…!うへへっ。うへっ。ふへへへへっ…!」
「……ひとりちゃん、もうケータくんにさえ見てもらえればそれで良いみたいな境地に入ってるわね…」
「……ぼっちめ。頑なに私を勝たせないつもりだな」
「ぼっちちゃんだけじゃなくてここにもその境地に至っている人間が約1名〜」
「……ケータきゅん。あーた人や妖怪を狂わせすぎでしょうが」
「狂わせられてるヤツの代表格が何言ってるニャ………オレっちもだったニャン」
やいのやいの言い合う6人の様子を楽しげに見ていたケータは、ふと何かを思い出したようにファン二人の傍に駆け寄ると、申し訳なさそうにして言った。
「あ、あの。結局オレほとんど手伝えませんでしたけど、大丈夫でしたか…?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!…いやむしろ、ケータくんはだいぶ良くやってくれてたよ!ひとりちゃんの土汚れ拭き取ったの見た時なんて、私キュンと来ちゃったもん!」
ケータのその呟きに、1号が染み入ったように言った。
ケータは1号のその言葉を聞くと、なんでもないことのように笑いながら返事を返した。
「あはは、何言ってるんですか、1号さん。当たり前のことをしただけですよ」
「…それを当たり前って思える時点で、君は本当にかっこいい人だよ。ケータくん」
2号が静かにそう呟くと、ケータは不思議そうに首を傾げた。
そんなケータを見遣ると、ファン二人は小さく笑い合ってから、後ろで出来上がったMVについてあれこれ言い合っている結束バンドのメンバーに聞こえない声量で、ケータに静かに、囁きかけた。
「───天野景太くん。これからも、ひとりちゃんや結束バンドのみんなが、魅力溢れるそのままのみんならしくいられるように、ちゃんと見守って、支えになってあげてね」
「これは、ひとりちゃんの───結束バンドのファンとしての、真面目なお願い。……頼まれて、くれるかな?」
天野景太は、二人のそんな真摯な願いを聞くと、言葉を発することはせず、ただ決意に満ちた笑みを浮かべながら、深く深く、頷いたのだった。
余談ですが、ケータくんは今の今までずっと「自分の想い人はフミちゃんただ一人」と思い込んでいました。ですが、実はその無意識下ではずっとひとりさんに惹かれてたんです。そのことに気づいていないのは、ケータくんとひとりさんだけ。ウィスパーとジバニャンはもちろん、ひとりさん以外の結束バンドメンバーのみんなもそれに気づいてました。ケータのお母さんも、薄々勘付いてます。
今回になって、ケータくんはとうとうそれを自覚しかけた感じです。
リョウさんが前回「私たちがケータに振り向いてもらえるまでの道のりは、まだまだ遠そうだ」と言った理由は、ケータくんの意識がまだまだフミちゃん寄りの方に向いているからです。
実際、今回を経ても、ケータくんの意識はまだギリギリフミちゃんの方を向いています。ケータくんがフミちゃんへの片想いを完全に断ち切り、ケータくんの意識が完全に結束バンドの方へと傾いた時、始めてぼっちちゃんとリョウさんはケータくんに振り向いてもらえるのです。
どっちだと思う?
-
ぼケー
-
ケーぼ