フツーな少年とぼっちな少女   作:ウロタクサン

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24.はじめての路上ライブ

 

春休みに入り始めた頃。封筒を持った虹夏がポストの前に立ち、他の結束バンドのメンバーとケータたちは、後ろからその様子を静かに見守っていた。

虹夏は、重々しく口を開いた。

 

「じゃあ、審査用のデモテープ投函するからね…」

「お願いします!」

 

後ろから手を組みながらその様子を見守っていた郁代がそう言うと、虹夏はふと投函する手を止め、考え始めた。

 

「…なにか念とか入れといた方が良いかな?」

「念?はぁあああ〜〜〜っ!

…こうですか?」

 

虹夏の言葉を受けた郁代が目を強く瞑りながら目の前に手をかざして強く念を入れると、虹夏とリョウは頭に指を置きながら、郁代のそれよりも更に強く声を出しながら念を入れ始めた。

 

「もっと強く!!はあっあ!!」

「天津飯!」

(春先だからか変な人が…)

 

道行く主婦に白い目で見られようとも構わずに念を入れ続けている郁代と虹夏とリョウを見守っていたウィスパーが、ふと吹き出しながら口を開いた。

 

「───ぷーくすくすっ!甘い。甘いですねえ御三方。

……ではここは、かれこれ数百年間妖怪をやっているこの私が、念というもののお手本をご覧に入れましょう!」

 

ウィスパーはそう言うと、手を組みながら念仏のような呪文のようなものを唱え始め───

すると、冬も明けたばかりな上建物の立ち並ぶ街中だと言うのに、周囲にはホタルやクワガタなどの虫が徐々に集まってきていた。

虹夏は、ウィスパーの纏うオーラの濃さに心底驚きながら言った。

 

「ウィスパーさん、凄いオーラだ…!!」

「ウィスパーのあの虫呼び寄せる能力、久し振りに見たな…」

「アイツそんな能力持ってたニャンか!?」

「それよりもこの虫さん達誰かどうにかして〜っ!!映えないのは嫌〜〜っ!!!」

 

郁代がそう叫ぶと、ケータは慌ててウィスパーに念を入れるのをやめさせた。

 

「ウィスパー、もう大丈夫!もう大丈夫だから!!」

「……おや、そうですか?これから八頭身になって更に力を解放しようと思ってたのですが…」

 

ウィスパーが念を解くと、虫達も森へと帰って行った。

ケータはどこか呆れたような目をしながら虹夏たちを見遣り、それからウィスパーに向けて口を開いた。

 

「……この念、絶対デモテープ審査の結果に何の作用もないでしょ」

「まったくケータ君ったら身も蓋もないんですから。こういうのは気持ちですよ。気持ちが大事なのでうぃす」

「まあそれはそうなのかもしれないけどさあ…。

───って、ナニアレ!?ひとりさん何してんの!?」

 

ケータがふと目線を向けた先には、何やら圧倒的なオーラを放出しながら掌印を組み、念仏を唱えているひとりが居た。

ウィスパーはひとりの組んでいるその意外過ぎる術式に、驚きを隠さず声を上げた。

 

「あ、あれは修験道における作法の一つ、九字護身法でうぃす!!

ひとりさんほどの妖力の持ち主の念ならば、その効力は恐らく圧倒的かと……!!」

 

ケータとウィスパーのその遣り取りを聞いていた虹夏と郁代も、続けてひとりの方へと視線を向けながら叫んだ。

 

「ぼっちちゃんの念がえげつないんだけど!!」

「頼もしいわ!」

(優勝して賞金100万円で高校中退するぞ……!!

そしてバンド活動が落ち着いたら、けいくんとイチャイチャしながら穏やかに余生を過ごすんだッ……!!)

 

ひとりのその念に込められた効力は確かなものであった───が、そこに大きな煩悩が混じり、その効力は即座に霧散してしまった。

……もしかすると、これは「最後には神や仏になぞ力を借りず、自分の手で道を切り拓きなさい」との、運命の神様からひとりたちへと向けられた、ありがたいメッセージだったのかもしれない。

 

 

 

そしてデモテープの投函が終わると、虹夏はふと、郁代に声をかけた。

 

「そう言えば、喜多ちゃんが撮り直した曲すっごく良くなっててびっくりしたけど、何か心境の変化でもあったの?」

「あっ色々あってちょっと悩んでたんですけど、もうすっきりしました!」

 

郁代がそう言うと、虹夏は笑顔で言った。

 

「そっかそっか。全員が納得できるのが一番だからね!」

「これも、全部…」

 

郁代は小さく呟きながら、ふと自分の前を歩くひとりとケータの方を見遣った。

その視線に気づいたひとりが、最近自分によそよそしかった郁代が自分に目を向けてくれたことに内心ほっとしながら振り向くと、郁代はほんの少しだけ引きつった笑顔でその口を開き出した。

 

「ありがとね!ケータくん、後と……ごとりちゃん!」

「何その気持ち悪い呼び方!?」

 

郁代がひとりに対する感謝の気持ちと恐怖心がせめぎ合った末に生まれた独特な呼び方をすると、虹夏がのけぞりながらツッコんだ。

未だに郁代の自分に対する接し方に壁を感じたひとりは落ち込み、ケータの肩に頭を擦り付けた。ケータはその頭を、労わるようにそっと撫でつけた。

 

「ま、まだちょっと壁があったあ…。けいくんわたしをなぐさめてえ…」

「あーよしよし…。喜多さんもきっとひとりさんにすっごく感謝してると思うし、そのうち呼び方も治ると思うよ。元気出してひとりさん!」

「うん…。

ね、ねえけいくん。もっと撫でて…」

「もーしょうがないなあひとりさんったら。よしよし」

「……私も、落ち込むことがあったらあーやってケータに甘えようかな」

 

その光景を心底羨ましそうに見つめていたリョウは、静かにそう呟くのだった。

そして虹夏は辺りの景色を見回すと、どこか感慨深げに口を開いた。

 

「それにしてももう3月なんて早いね〜。ケータくんももう小学校卒業しちゃったし…」

「フェス出ようって決めてからあっという間でしたねっ!

……結果が出るまでに何かできること、ありますかね?」

 

郁代がそう言うと、虹夏は考える素振りを見せながら言った。

 

「そうだね〜。

あっ、新曲のアピールとかも兼ねて、そろそろ路上ライブとかやってみる?」

「良いですね!私、告知しときますっ!」

「ありがとう!」

 

郁代が告知の呟きをすると、みるみる内に反応がついた。

……そこには、郁代が本当にバンドをしていたことに対する驚きのリプライや、ライブのことを化粧品関連のイベントと勘違いしているリプライが付いていた。

 

「……」

「喜多ちゃん真面目に広報してる!?」

 

その画面を見た郁代が放心していると、虹夏は大声でツッコミを入れた。

その時ウィスパーは、ふと心配そうに口を開いた。

 

「…路上ライブって良く見ますけど、道路交通法とかそういった法律的にどうなんでしょうかね」

「……許可取れば大丈夫だけど、無許可でやっちゃうとほぼほぼアウト。まあ、グレーゾーンだね」

 

リョウがそう答えると、ウィスパーは殊更不安げな表情を浮かべながら、リョウと虹夏に向けて言い聞かせるように口を開いた。

 

「……ケータ君の今後に支障が出ないようにお願いしますよ」

「…もちろん」

「…そこは弁えているので、どうかあたしたちを信じて、任せてください」

 

ウィスパーが二人のその返答にひとまず安心していると、リョウはふと思い出したように口を開いた。

 

「……そう言えば、ケータは中学校の部活とかどうするの?」

「あ、それあたしも気になるかも!何部に入るの?

……もしかして、あたしたちに憧れて軽音部とか入っちゃったり!」

「私も気になるわ!」

「わっ私も気になる…!」

 

結束バンドのメンバーに口々にそう尋ねられると、ケータは少し悩む素振りを見せた後、おずおずと口を開いた。

 

「オレは───部活には、入らないつもりです」

「「「「………えっ!?」」」」

 

ケータがそう言うと、四人は大いに驚いて、同時に声を上げた。

虹夏は未だに驚きながら、どこか期待するようにケータに尋ねた。

 

「い、意外だなあ…。

……ちなみにその理由って、教えてくれる?」

 

ケータは頷くと、ゆっくりと語り出した。

 

「……オレ、最初はサッカー部に入るつもりだったんです。

───でも、きっと部活に入るよりも、こうして結束バンドのみんなと一緒に居る方が、楽しそうだなって思ったんです。……何より、オレはみんなの為に、オレの青春を使いたい。押しつけがましいかもしれませんけど、それが今オレにとって一番やりたいことなんです」

 

ケータがそう言い切ると、四人は満面の笑みを浮かべながら、ケータに口々に言った。

 

「そ、そっかあ…。ケータくんったら、それほどまでにあたしたちのこと…。

……まあ、あたしも実は『ケータくん部活になんて入らないでずっとあたしらのとこに居てくれないかな』なんて思ってたんだけどねっ」

「ケータくんの熱い想い、ひしひしと伝わってきたわ…!

……実は私も、中学生の頃から部活には一度も入ったことがないのよ。私たち、やっぱり()()()ねっ!」

「…ケータ。それ、私が一番欲しかった答えだよ。

ケータの青春時代は、私たちが全責任を持って頂戴致す。その代わりと言っては何だけど、将来ケータが困ったら…いや、困ってなくても、絶対に養ってあげるから」

「うへへ……。私たちと一緒に居た方が楽しい……かあ。

……じゃ、じゃあさ、けいくん。これから、ずっと、ずっと、ずうっと、私たちと一緒に居ようね……!」

 

その瞬間。ウィスパーとジバニャンは───結束バンドの四人の周囲の空気だけ、どこか重たく湿ったように感じた。

 

(あ、愛が重いでうぃす…。ひとりさんとリョウさんはともかく、虹夏さんと喜多さんまで…)

(……そう言えば、お泊まり会が終わった辺りから、喜多ちゃんやたらとケータと仲良くなったような気がするニャン…。

ケータ、その内この四人に囲い込まれて戻れなくなるんじゃあ………もうなってるかも知れないニャンね)

 

 

 

 

───そして、一週間後の路上ライブ当日、下北沢駅にて。

良い場所を見つけた虹夏は、元気良く叫んだ。

 

「よーし!ここでやるよ!」

「そう言えば、ドラムはどうしたんですか?車がないと持ち運べないですよね」

 

郁代が首を傾げながらそう言うと、虹夏は笑顔でキャリーバッグを持ち出しながら言った。

 

「ハイハットとスネアとバスドラがあれば充分だよっ!

……そして、バスドラはこのキャリーバッグっ!ななんとキャリーバッグにキックペダルを取り付けるだけで、簡易バスドラになるのです!荷物とかも運べて一石二鳥だよ〜!!」

「ほ〜、なんでも代用できちゃうんでうぃすねえ」

 

ウィスパーが感心していると、虹夏はウィスパーに向けて、ペダルを踏みながら続けて言った。

 

「ちょっと素朴だけど、意外とそれっぽい音も鳴るんですよ〜!」

「なるほど、これは良さそうですねえ!」

 

意外としっかりとドラムの音がしたことにウィスパーが感心していると、ひとりがケータの裾を掴みながら小さく呟いた。

 

「さっ最初はあのキャリーバッグの中で引きこもってようかと思ってたんだけど、けいくんの近くの方がよっぽど安心するからやめちゃった…」

「ひ、ひとりさん…」

「ケータくんが居なかったら一体どうなっちゃってたのかしら…」

 

その呟きを聞き取った郁代が呆れたように呟くと、虹夏が荷物を広げながら口を開いた。

 

「物販も少しだけ持って来たよ〜!」

「……結束バンド、フツーに売ることにしたんですね」

「…ホントごめんね、ケータくん。でもこれ原価率良いし、ちゃんとしたグッズはまた今度考えるから。

…だ、だからそんな咎めるような目でこっち見ないでえっ!」

 

リョウもケータの顔色を窺いながら、気まずそうに投げ銭箱を取り出した。

 

「わ、私も一応投げ銭箱作ってきたんだけど……流石にダメかな?」

 

リョウが取り出したその投げ銭箱には「何卒お金を投げ込んでくだされば幸いです」と丁寧な字で書かれていた。

 

「さ、最初は『投げ銭してね♡』って書くつもりだったんだけど、流石にケータに怒られそうだからやめた」

「随分重厚なオブラートで包みましたね…」

 

ウィスパーが呆れながらそう呟くと、リョウは続けてスケッチブックを取り出しながら言った。

 

「あとこれ、マスコットキャラの『けつばんちゃん』」

「……なんか、死にかけちゃってません?」

 

そのスケッチブックのページには「餓死する…」と言っているマスコットキャラが描かれていた。

ケータが引き気味にそう言うと、リョウは続けてスケッチブックをめくりながら言った。

 

「投げ銭を一万円与えられるごとに餌を与えられて元気になっていく設定」

「トゥイッターで最近良く見るやつ!!」

 

めくった下にあるページには「生き返る〜」と言って元気になっているマスコットキャラが描かれていた。

傍でリョウの取り出す絵を見ていた虹夏がそう叫ぶと、リョウは続けて小声で言った。

 

「……最初は『シャトーブリアンうめ〜』ってセリフにするつもりだったんだけど、流石にケータがブチギレそうだからやめた」

「そもそもなんでそんながめつさが前面に出たセリフ考えたニャン…?」

 

ジバニャンが心底引きながらそう言うと、リョウからスケッチブックを受け取った虹夏がペンを握りながら言った。

 

「…悪くないけど、何かもっとこう庇護欲を掻き立てるような感じにした方が良いんじゃない?あたしが考えておくよ」

「そこお!?」

 

ウィスパーがそう大声で虹夏にツッコみ、リョウが不安げにケータの方を見つめていると、ケータは小さく溜め息をつきながら言った。

 

「………まあ、きっとみんななりにいろいろ考えたんでしょうし、オレから言うことは何もありませんよ。

…ただ、みんなには、自分のことをちゃんと見てくれる人たちに不誠実なことはしないで欲しいっていうだけです。オレは、みんなが凄く誠実で、優しい人だってことを知ってますから。自分の好きな人たちが誰かに失礼なことをして嫌われていくのを見たくないっていう、オレのただのワガママです」

 

ケータのその言葉を受けた四人は、はっとして目を見開いた。

リョウと虹夏は、心底申し訳なさそうにして口を開いた。

 

「…ごめん、ケータ。私が軽率だった」

「あたしも、もっとちゃんと考えなきゃダメだよね。ごめんねケータくん。変な心配ばっかりかけちゃって。

……君があたしたちのところに来てくれて、本当に良かったよ」

 

 

二人がそう言ってケータに深々と頭を下げていると、何やら呂律の回っていない大声が響いた。

 

「うええぇ〜〜いみんなやってんれ〜。応援に来たろぉ〜〜」

「今日のライブ終わった!!」

 

……それは、SICK HACKのベースボーカル、廣井きくりの声だった。

虹夏が自棄気味にそう叫ぶと、きくりは徐ろにケータに距離を詰めた。

 

「おお〜っ!ケータきゅんたちもいんじゃ〜ん!ケータきゅん久し振りぃねえねえきくり姐さんだよお。マネージャー頑張ってるみたいねえ大槻ちゃんから聞いたよお」

「わあっきくりさん!?ち、近いしお酒のニオイがキツイっ……!」

 

きくりが無遠慮にケータの肩を組み、ケータが息苦しそうにしていると、ひとりが妖気を全身から激しく放出し、きくりを強く睨みつけながら尋ねかけた。……良く見ると他の三人も、いつになく冷たい目つきで、きくりを睨みつけていた。

 

「………お姉さん、なんでここに居るんですか?

…答えてくださらなくても別に結構ですが、さっさとけいくんから離れてください。ずっと息苦しそうで可哀想です」

「ひっ!?ぼ、ぼっちちゃん、先輩も涙目で逃げ出すレベルの殺気だね…」

 

きくりがそう言いながらケータを離すと、ケータはいそいそとひとりの傍に駆け寄った。

きくりは恐怖でアルコールが抜けていく頭を抑えながら、ゆっくりと事情を説明した。

 

「……いや〜、君たちがライブするって先輩から聞いてさ〜。箱でのライブかと思ったんだけど、路上ライブなら打ち上げはねーなこりゃ…」

「……ハイエナの様な人でうぃすね…」

「下心を隠そうともしないストロングスタイルニャンね…。猫のオレっちでもあそこまでの図太さは一週回って憧れすら覚えるニャン…」

「覚えなくて良いから」

 

ケータがジバニャンにそうツッコミを入れると、虹夏は徐ろにホワイトボードを取り出し始めた。

 

「ええと…立て看板はこんな感じで良いかなー?」

 

虹夏はそう言いながら「下北沢で活躍中のガールズロックバンド 結束バンド!」と書かれた看板を掲げた。

その看板を見た郁代は徐ろにペンを取ると、看板に書き足し始めた。

 

「もっと派手にしましょーよ!

……はい、じゃーん!」

 

郁代がそう言いながら掲げた看板には、絵文字と共に「話題沸騰!」「女性に大人気!」との文言が付け足されていた。

 

「ちょっと盛り過ぎじゃない…?」

「喜多ちゃん、モルラと仲良くなれそうニャンね…」

「だね…」

 

郁代が作った看板を見たジバニャンとケータがそう囁き合っていると、リョウも徐ろにペンを取り出し、その看板に更に書き足し始めた。

 

「いやまだ足りん」

 

リョウがそう言って掲げた看板には「全米が震撼した!」だの「待望の路上ライブ化!」だの「貴方はまだ本当のロックを知らない…!」だのという文言が付け足されていた。

 

「ねえウィスパー、これって…」

「クソ映画のキャッチコピーで良く見るアレでうぃす…」

 

ケータとウィスパーがそう囁き合っていると───その周囲には、いつの間にか人が集まっていた。

その様子を見た虹夏は、ふと三人に向けて口を開いた。

 

「あっいつの間にか結構人集まって来てるね!そろそろ始めよっか!」

「そっそうですね…」

 

虹夏の言葉に郁代が緊張を滲ませながらそう返すと、郁代は観客の一人に徐ろに自分の携帯充電器とお茶を差し出しながら言った。

 

「あっお茶でも飲んでください。WiFiも私の使って良いので…。携帯充電器もありますからっ」

「接待ライブ!!」

 

虹夏が思わずそうツッコむと、郁代の緊張を感じ取ったケータが、笑顔を向けながら静かにその肩を叩いた。

 

「……ケータ、くん?」

 

ケータは無言で頷くと、自分の後ろにいるひとりに向けて促した。

ひとりは、ケータの服の裾を掴みながらも、郁代をしっかりと見据えて、ゆっくりとその口を開き出した。

 

「……きっ喜多ちゃん、私ずっと前に、廣井さんと路上ライブやってるんです」

「そうだったの!?」

「……えっ、そうだったんだ!初めて知ったなあ…」

 

郁代と一緒に、傍で話を聞いていたケータも驚いていると、ひとりはそんなケータを笑顔で見遣りながら続けた。

 

「……こっこんな私でも、出来たんです。だから喜多ちゃんなら絶対上手くいきます。歌だって自信持ってください」

「……ごひとりちゃん」

 

郁代は感極まったようにそう呟くと、続けて少し呆れながらツッコミを入れた。

 

「ケータくんにしがみつきながら言われても、あんまり説得力ないわ…」

「あ、安心する匂い…!すー、はー、すー、はー…」

「ひゃっ!?ひとりさんくすぐったいってえ…!」

「匂いまで嗅いでるし…」

 

 

 

───そうこうしている内に、結束バンド初の路上ライブが幕を開けた。

 

『結束バンドです!よろしくお願いしまーす!それじゃあ一曲目、聴いてください!』

 

緊張が滲む中、郁代はマイクを取って観客に呼びかけると、歌い始めた。

その様子を遠目から見ていた元バンドマンの女性は投げ銭箱の前に近づくと、財布から硬貨を取り出し、可愛い後輩たちに向けて応援の言葉と共に笑顔を浮かべながら、箱の中へとその硬貨を投げ込んだ。

ライブ中ながらもその様子を目敏く見ていたリョウは徐ろに演奏を止めると、投げ銭箱の前へと駆け寄った。

 

「いくら入った?」

「おい!演奏止めるな!!」

 

ケータはその様子を遠目から見ていただけだったが、なんとなく、リョウのその行動の真意に勘付いていた。

ウィスパーとジバニャンは胡乱な目つきでリョウの方を眺めていたが、ふとケータの表情を見遣ると、すぐに思い直してリョウの様子を見守った。

 

(…さっきオレは、確かにリョウさんたちに『不誠実なことはしないで欲しい』って言った。リョウさんは、人の本心からの頼みを無碍にするような人じゃない。

……ならリョウさんは今、緊張で強張る喜多さんの為に、自分のキャラを使って緊張を解してあげていたんじゃないかな。

少なくとも、オレの知ってるリョウさんは───そういう人だ)

 

虹夏に凄惨な制裁を喰らう中、リョウは観客席に居るケータに向けて、手の側面を向けながら眉を下げて笑いかけた。ケータの見間違いでなければ───その口の形は確かに「ごめんね」と動いていた。

 

 

 

虹夏がリョウへの制裁を終えると、気を取り直して演奏を再開した。リョウの金クズムーブによって郁代の緊張も解れ、彼女の演奏と歌唱のキレは格段に上がった。周囲の観客からも、彼女たちのパフォーマンスを讃える声が、徐々に上がり始めた。

ケータがその光景を心底嬉しそうに眺めていると、ふとその隣にやって来ていたきくりが、ケータに向けて小さく声をかけた。

 

「……ねね、ケータくん。今の君、なんだかとっても嬉しそうだね」

「わわっ!……きくりさん?」

 

ケータが思わぬ声に驚いていると、きくりは続けて、ケータに向けて楽しげに尋ねかけた。

 

「今のあの子たちはさ、私が前に見ていたあの子たちよりも、ずっとずっと楽しそうなんだよね〜。……ね、なんでだと思う?」

「え?……えーっと…」

 

ケータが顎に手を当てながら必死に悩み始めると、きくりは笑いながら言った。

 

「あっはは!ケータくんったら、周りのことには敏感そーな割に自分のことにはすっごく鈍感だね〜。

……そんなん、君が居るからに決まってんじゃん」

 

ケータが驚いて目を見開くと、きくりはいつになく真面目な雰囲気を漂わせながら、ケータに向けて言い聞かせるように口を開いた。

 

「あの子ら、君のことを本当に大切に想ってる。……さっき私が君の肩を無理矢理組んだ時さ、ぼっちちゃんだけじゃなくて、他の三人もかな〜り冷たい目つきで私を睨んでたんだよ?

今のあの子らが頑張るモチベーションって、きっと君の存在が大きいと思うんだよ。…だからさ、君はこれからも、どうかあの子らの傍に居てやってよ」

 

固唾を飲み込むケータの傍でただ静かに話を聞いていたウィスパーとジバニャンも、きくりの言葉に深く深く頷いていた。

ウィスパーはきくりの方をじっと見遣ると、心の中で呟いた。

 

(……きくりさんはきっと、ただの飲んだくれではないのでしょうね。先ほどから、この人からはどことなく生真面目な雰囲気を感じます。

───もしかするとこの人は、自分が自分でいる為にアルコールに頼らざるを得ない人なのかも知れません。

……それこそ、(シッタカブリ)(ウィスパー)で居る為に、妖怪パッドに頼らざるを得ないように)

 

きくりはケータの方を見遣りながら、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「……君には君の将来があるってことも、もちろん分かってる。でもあの子らは、確かに君のことを必要としているから。

───これは可愛い後輩たちの未来を見届けたい、一人のバンドマンのワガママだけど……これからもどうか、あの子らの傍に居てやって。無理に何かしようとしてあげなくたって良い。ただ傍に、居てやって」

 

天野景太は、そう言い切る廣井きくりのその真剣な目を見遣ると───言葉一つ発することなく、ただ頷いたのだった。

 

 

 

 

そして、ライブ終わり。

 

「今日はこれで終了です!ありがとーございましたっ!」

 

郁代が観客に向けてそう呼びかけると、辺りからは拍手の音が響いた。

前向きな感想を言い合う観客の声が聞こえる中───遠くから結束バンドのメンバーを静かに見守る、黒髪でツインテールの女性の姿があった。

 

『ぽいずんさんバンドの取材終わりました〜?あの〜ぽいずんさん?』

 

スマホから呼ぶ声が響いても、その女性───ぽいずん♡やみは、ただ呆然と結束バンドの方を眺めていた。

 

「これから毎週ここでライブするんでよろしくね〜」

「え〜また来ようかな」

「な〜」

 

帰り行く観客に呼びかける虹夏の活発な声が響き渡ると、観客の何人かが前向きな反応を返した。

…結局、結束バンドのメンバーも、ケータたちも、そのライターの存在についぞ気づくことはなかった。

 

「や〜良かったよ〜」

「ありがとうございます!……もしかして廣井さん、ケータくんと一緒に観てたんですか…?」

 

よろめく身体をケータに支えられながら、きくりは物販コーナーで接客をしている虹夏に向けて口を開いた。

虹夏のその質問を受けたきくりは、軽い調子で言った。

 

「そだよ〜。ケータきゅんったら、ライブ終わりに倒れかけた時なんて支えてくれちゃってさあ!ありゃあもう惚れるかと思ったね!……って、中学1年生にもなっていない男の子にガチ惚れする20代後半とかヤバ過ぎだし、んなわきゃないんだけどさ」

「……いくら尊敬する廣井さんでも、流石にこれはちょっと許せない」

「……私も、久し振りに出てきそうです。必殺技(どろろん陰キャオーラ)が」

 

リョウとひとりの静かながらも激しい怒りのオーラを受けたきくりは、その恐怖から来るストレスで、胃を痛め始めた。

 

「みんなの初ライブから観てる身からすると込み上げてくるもんがあったよ。

───胃から」

「「「「さようなら!!」」」」

「ぎゃああっ!!!きくりさんあーた早くコレ飲みなさいコレッ!!」

「んぐぐっ!?」

 

結束バンドメンバーがそれぞれの荷物を抱えてケータを連れながらスタコラサッサと逃げ出そうとし、ジバニャンも慌ててそれに追従する中、ウィスパーは慌てながら天然水と酔い止め薬をどこからともなく取り出すと、きくりの口に素早く放り込んだ。

きくりが驚きつつもそれを嚥下すると、きくりの吐き気はすーっと収まっていった。

吐き気と共に酔いが覚めたきくりは、ウィスパーに深々と頭を下げながら言った。

 

「……あ、ありがとうございます、ウィスパーさん。迷惑をかけてしまい大変申し訳ございません…」

「いえいえ、お気になさらず。

……きくりさん。ケータ君にかけてくださったあの言葉、私とてもとても感動いたしました。ケータ君の執事として、ここに感謝を申し上げます」

 

ウィスパーはそう言いながら恭しく礼をすると、続けてきくりに言い聞かせるように言った。

 

「……あと、お酒はどうかほどほどにしてくださいね。確かにアルコールは、貴方が貴方でいる為に必要なものなのかも知れませんし────自分が自分で居る為に外付けの道具に頼らなくてはならない貴方の気持ちは、私にも痛いほど分かります。

ですが、私から言わせていただきますと、貴方は素晴らしいお方です。死ぬには……あまりにも早過ぎます。

……きっと、貴方の周りにいる人たちだって、口では色々言いつつも貴方のことが大好きなはずです。ですから、あまり心配をかけないであげてくださいね」

 

ウィスパーはきくりにそれだけ言い残すと、深々と礼をしてから、既に背中が遠ざかって行っているケータたちの元へとすっ飛んで行った。

 

「……ウィスパー、さん」

 

…きくりはただ呆然として、去り行くウィスパーの方を見つめていた。

 

 

 

 

そして、帰りの打ち上げ、ファミレスにて。

 

「初めてだったけど上手く行って良かったね!」

「投げ銭5000円になった」

 

リョウは投げ銭で得たお金を自分の財布に入れ……ることはなく、ケータの財布にいそいそと入れ始めた。

 

「な、なんでオレの財布に…?」

「……ケータに、私たちからのほんのささやかなお給料。いつもありがとうね。そしてどうかこれからも、よろしくお願いします」

「え、え〜…」

 

ケータが困惑気味にそう尋ねかけると、リョウは真剣な表情を浮かべながら言った。

他の三人も据わった目で、どこか嬉しそうに頬を掻くケータの方を見つめていた。

 

「……だ、大丈夫です。ありがとうございます。これはバンドの経費に使ってください」

「……そっか。分かった」

 

ケータはどこか満更でもなさそうにしつつも、財布に入れられたお金を再び取り出すと、リョウの方へと返した。

リョウがそのお金を虹夏に手渡していると、郁代がふと口を開いた。

 

「お客さん沢山立ち止まってくれましたね。新曲が良かったんですかね」

「郁代の声が良く通ってたからじゃない?」

 

郁代が笑顔でそう言うと、リョウは素直にそう返した。

リョウのその言葉に郁代は目に見えて喜びながら、照れを隠すように言った。

 

「いやあ…ふふ。名前呼びやめてください」

「…ぷっ。郁代」

「やめてください」

 

リョウが少し吹き出しながらそう言うと、郁代は声のトーンを数段落としながら言った。

その時、ケータはふと照れくさそうにしながら、郁代に向けて口を開いた。

 

「……あっあの!オレも今日のライブ、とっても感動しましたっ!………郁代、さん」

「も、もうケータくんったらっ!やめてって言ってるでしょ!」

 

郁代はそう言いながらも、とても嬉しそうだった。

その光景を見ていたリョウとひとりは、ふと光のない目で郁代の方を見遣った。

 

「郁代?」

「喜多ちゃん?」

「……ふ、二人とも、今のは違うんですっ!だからそんな怖い目で私を見ないでぇーーっ!!」

 

郁代が怯えの中に恥じらいを見せながら慌てて手を振ってそう叫ぶと、ただ無言でその光景を眺めていた虹夏とウィスパーとジバニャンは、呆然と呟き合った。

 

「……ケータくんのせいでその内とんでもない修羅場になりそうだね、コレ」

「言えてるでうぃす…」

「痴情の縺れって怖いニャンね…」

 

 

 

 

 

所変わって、下北沢駅前。素面に戻ったきくりは、志麻の怒髪天を覚悟しながらも、おずおずと電話をかけた。

 

『……もしもし、廣井?』

「あっあの、志麻さん、ごめんなさい。私今、結束バンドのみなさんのライブ見てて。それで今、下北沢駅前に居るんですけど…」

 

きくりのそのおどおどとした声を聞き取ると、志麻は即座にきくりの置かれている状況を察して、小さく溜め息をついてから口を開いた。

 

『……なるほど。要は迎えに来て欲しいってこったな。

…しゃあねえな。今から行ってやるから、そこでおとなしく待ってるんだぞ』

「……お、怒らないんですか?」

 

きくりが不安げにそう言うと、志麻は呆れたように言った。

 

『…あのなあ。酒に酔って傍若無人に振る舞ってる時のお前ならともかく、不安そうにおどおどしてる時のお前を怒鳴りつけることなんて、私にゃ到底できねんだよ。

……それにさ。お前、今回は交番の世話にならなかったじゃん』

「……!」

 

志麻がどこか嬉しそうにしてそう付け足すと、きくりははっと目を見開き、嬉しそうに頬を緩めた。

 

「い、いつもありがとうございます。迷惑ばかりかけて本当にごめんなさい。

……こんな私ですが、これからもよろしくね、志麻」

『お、おう。どうしたよ廣井。今日のお前やたらと殊勝じゃないか。

……何か良いことでも、あったのか?』

 

志麻がきくりに優しくそう尋ねると、きくりは心底嬉しそうに頷いた。

 

「うんっ…!」

 

 

その後志麻は『じゃあもう家出るから』とだけ言い残すと、電話を切った。

志麻の車を待つ中、きくりは頬を赤らめて空を見上げながら、静かに呟いた。

 

「……本当に本当に、貴方の言う通りでしたね。───ウィスパーさん」

 

 

どっちだと思う?

  • ぼケー
  • ケーぼ
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