皆々様、大変お久しぶりでございます。
諸々が落ち着いたので(そう思い込みたいだけ)、久しぶりに気分転換で書いてみました。…タイトルからお察しの通りではございますが、この話、本来は去年の冬頃に投稿したかったんですよ…
夏休みに入る少し前の休日の午前のこと。結束バンドのメンバーと共に『未確認ライオット』に向けた最終調整を行う為、ケータはいつものようにウィスパーとジバニャンと共にSTARRYへ向かおうと、二人に対して声をかけた。
「ウィスパー!ジバニャン!そろそろ行こう!」
ケータがそう言うと、二人は申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「大変申し訳ございませんケータ君。私本日はメンテナンスに出していた妖怪パッドの受取日でして…」
「ごめんニャ。オレっちも今日はちょっと前から妖怪の友達に誘われてる合コンがあるニャン。流石に当日にいきなり断るわけにはいかないニャンからね。
…ま、何か用事とか困ったこととかがあったらいつでも呼び出してくれれば良いニャンよ」
「…そっか。わかった!気を付けてね!」
二人のその言葉を聞いたケータは一瞬少し寂しげな表情を浮かべつつも、すぐに気を取り直して返事を返した。
ジバニャンのその言葉を聞いたウィスパーは、途端にジバニャンに距離を詰め、
「───だぁーかぁーらぁー、妖怪合コンがあるってんならアタクシも誘えっつってんだろうがこのジバ野郎がァーーーー!!!!」
「ニ"ャ"ア"ア"ア"ッ"ッ"首"つ"か"ん"で"揺"ら"す"の"は"や"め"ろ"ニ"ャ"ン"!!!!!」
楽しそうなイベントに自分だけ誘われなかった怒りを爆発させながら、ジバニャンの首根っこをぐわんぐわんと揺すった。
ひとまず落ち着いたウィスパーに解放されると、ジバニャンは恨めし気に口を開いた。
「誘ってたって今日はオマエにも用事があるからどっちにしろ合コンには行けニャイのに、どうしてそんなにこだわるニャン…」
「行けなくなったとしても誘われたいんですぅー!!!『アイツはいいや、どうせ来られないし(笑)』みたいなノリでスルーされるのはフツーに傷つくんですぅー!!!存在すら忘れられるのはもっともっと傷つくんですぅー!!!!!」
「めんどくさいやっちゃニャア…」
「まあでもその気持ちはちょっとわかるかも…」
傍で二人のやりとりを聞いていたケータが思わずウィスパーの言葉に共感を示すと、今の自分の状況を思い出して二人に向けて声を張り上げた。
「…って、暢気に話してる場合じゃないんだった!オレもう行かなきゃ!行ってきまーす!」
「迷子にならないようにお気を付けてくださいね。あと怪我や危ない人にも。もしも何かお困りごとがあれば心の中で三回私の名をお呼びください。執事ぷぁうわぁーで駆け付けまうぃっす」
「怖いヤツに遭遇したらオレっちを呼ぶニャンよ。ケータを傷つけるヤツは妖怪だろうと人間だろうと情け容赦なく殴り飛ばしてやるニャン」
「ありがたいけど、二人ともちょっと心配性過ぎない…?」
ケータは二人の言葉に若干引き攣った笑みを浮かべると、必要な荷物を持ってすぐさま自室を飛び出したのだった。
☆ ☆ ☆
『ごめんね、キミのテストの点が悪かったの、オレがキミに憑りついてたせいなんだ』
『ユウト君!オレも一緒に行くよ!』
『ほら、ユウト君。やりたいこと、あるでしょ?』
───ずっと、僕の心には足りないものがある。
今からちょうど二年ほど前の冬のことだろうか。僕はあの日、頭に寝癖のような突起と、胸に星形の穴を持った水色の妖怪と出会った。
その妖怪の名前は『フウ2』。僕が今までに出会った中で、誰よりも優しくて───そして、僕の心に消えない爪痕を残していった、そんな妖怪だ。
フウ2は最近まで人間だったけど、突然死んで妖怪になっちゃったらしい。そして、憑りついた相手を"フツー"にしてしまったり───胸の星型の穴から、覗いた人が思う人の"フツー"の日常を見ることができたりっていう能力を持っている。
フウ2は僕を沢山笑わせてくれて、寄り添ってくれて、守ってくれた。僕を想う父さんと母さんの姿を、身をもって教えてくれた。僕が思い描いていた本当の夢を、やりたいことを、思い出させてくれた。それなのに。
それなのに、ある日突然、僕の目の前からいなくなってしまった。
「…あーあ、こんなことしてたってフウ2にはもう会えないなんてこと、分かってるはずなのに」
僕も、今ではもう桜木中学校二年生。日々勉学に励みながら、漫画研究部で様々なオリジナル漫画を描いたり……たまにこうして、ともだちとの思い出の場所を巡ったりしている。河川敷。小学校の校門。遊園地。───かつての、あの工事現場。
『また会えるかもしれない』なんていう希望的観測と……こうしていないとフウ2のことを
「───ヤバいヤバい!みんなとの約束の時間に遅れちゃうっ!」
───ふと、その時。特徴的な
僕はその男の子の姿が、やけに大切ななにかと重なるような気がして。
「ねえ、キミ」
気が付いたら、足がその男の子の近くにまで、勝手に動き出していて。
「もしかしてさ」
突然呼び止められて困惑しているのか、僕の顔を見ながら唖然とした表情を浮かべているその男の子に向かって。
「───フウ2、だよね?」
こんなことを、口走っていた。
「…………ユウト、くん?」
僕のその言葉を聞いた目の前の男の子は、小さくそう声を漏らした。僕は目の前の状況を咄嗟に理解することができず、ただ小さく嗚咽をあげることしかできなかった。
「……あ、あぁっ」
目の前の男の子は何でもないように、少し気恥ずかしそうな笑みを浮かべ、手を小さくあげながら僕に向けて挨拶をした。
「え、え~と……久しぶり、になるのかな?あははっ…」
僕は茫然として、目の前の男の子の顔を見つめていた。男の子は続けざまに、思わぬ再会を喜ぶように口を開いた。
「にしても、よくオレがフウ2だって分かって…いや、そもそもオレを覚えていてくれたことが凄いよ!あの時はごめんね、何も言わずに急に消えちゃって…。あれからどう?毎日楽しく過ごせてる?オレ、これからともだちの所に行くんだけど、もし良かったらちょっと話しながらある…」
僕は、その男の子の───フウ2の声を聞いている内に、こみ上げてくるものを耐え切れなくなり、両目からは堰を切ったように涙があふれ出て、気づけば縋り付くようにフウ2の両肩に掴みかかっていた。
「フウ……2………
───フウ2っ!!!」
「うわっと!?ユウト君!?」
僕はもはや言葉にならない言葉で、フウ2に向けて叫ぶように声を紡いだ。
「なんでっ……!なんで急にいなくなっちゃったんだよ、フウ2っ…!
さびしかったっ。ぼくはずっと……きみがきえたあのひから………さびしかったんだっ!!」
「……ごめんね、ユウト君」
フウ2は泣きじゃくる僕の背中をさすって、僕が泣き止むその時までずっとなだめてくれた。
そんなに優しくされたら、また別れがつらくなっちゃう。…でも、今この時だけは。
「……ははっ。このあったかさ、本っ当に変わんないや」
──フウ2の優しさに浸っていたい僕の心が、僕の理性の部分をすっぽり覆い隠していた。
☆ ☆ ☆
「……ユウト君。落ち着いた?」
「…うん。ありがとう」
ユウトが泣き止んだことを確認すると、ケータはゆっくりと、ユウトに向かって申し訳なさそうに口を開いた。
普段の集合時刻に集まる為に使用している小田急線の発車時刻は既に過ぎ去っている為、このままだとうんがい鏡やばくそくの力でも借りない限りどう頑張っても遅刻は確実である。
「……ユウト君。また会えて早々ごめんね。オレを待ってくれてる人たちがいるから、行かなきゃ」
「…そ…っか。そう……だよね。わかった」
『死んで妖怪になったはずの男の子がフツーに生きた人間の姿で現れている』という目の前のあまりにも非現実的な光景に対して一切の疑念を抱くことなく受け入れたユウトだが、彼──有馬優人は、その名の示す通り見事なまでの優等生である。勉強と運動ができるだけでなく、人を気遣うこともできる。その為、中学校では先輩、後輩、同級生、また性別を問わず多くの人々に慕われているのだが、彼自身が真の意味で友情を感じている存在は、後にも先にもフウ2ただ一人なのだ。
閑話休題。つまりはどういうことなのかと言うと。
「フウ2にも、フウ2の事情があるもんね。……いや、今はもうフウ2じゃないんだ。どういうわけか知らないけど、死んで妖怪になったはずのキミは、こうして人間として僕の前に姿を現している。つまり、キミにはキミの、人間としての人生があるってこと。僕は、キミの邪魔にはなりたくない。……だから」
有馬優人はこの瞬間、フウ2───天野景太の心情を、自分の本当の願いを押し殺してまで優先しようとしたのだ。
だが。
「───やっぱり、やだ」
そんな彼でも、時にはやはり
「フウ2……お願い。今日は…今日だけは、僕に付き合ってよ」
ユウトは冀うようにそう呟くと、『結束バンドのみんな、特にひとりさんとリョウさんの二人にはどう言い訳をしようか』と、最近両親に買い与えられた、ロインの結束バンドのグループトーク画面が開かれたスマホを片手に頭を抱えつつも、既に今日一日をユウトの為に使い尽くすことを決意し始めているケータの手を引っ張りながら、思い出の遊園地の門をくぐっていくのであった。
♪ ♪ ♪
結束バンドのリーダー、伊地知虹夏は頭を抱えていた。その原因は、天野景太からグループロインに送られた『今日は色々事情が重なってSTARRYに向かうことができなくなりました。本当にごめんなさい!』の一文。
…別にこの一文そのものにはそこまで大きな問題はないのだが、問題は───
「虹夏ちゃん、お願いです。今すぐにでも私をさくらニュータウンに向かわせてください」
「虹夏、私ももう限界。こんな状況でバイトとか練習なんて手が付くわけがない」
「……だぁーーっもう!ぼっちちゃんもリョウもさっきからそればっか!何度も言ってるでしょ、ケータくんたちにもケータくんたちの事情があるんだって!」
何度同じことを言っても天野景太への心配と恋しさを拭うことができない、結束バンドの主戦力組だ。
そんな虹夏に向けて、郁代もおずおずと口を開いた。
「…あのぉ、伊地知先輩。実を言うと、私もかなりケータくんのことが気になっちゃって……」
「き、喜多ちゃんまで…。確かに心配なのも会いたいのもわかるけどさ、あの子にはあの子の人生があって、いつだってあたしらを優先していられるわけじゃないんだよ?」
郁代の言葉を聞いた虹夏ががっくり項垂れながら聞き分けのない子供に言い聞かせるように言うと、傍目でやり取りを見ていた星歌が言った。
「んなこと言ってるけど、お前だって今日いつもよりも動きが悪かったぞ。……頭の
「なあっ!?」
虹夏が痛いところを突かれたように声をあげると、星歌は続けて四人に向けて口を開いた。
「…お前ら、今日の所はバイトも練習もとっとと切り上げてケータくん探しに行って来い。これ店長命令な」
星歌はそう言うと、手をひらひらと動かしながらカウンターへと戻っていった。
「なんだかんだ言って店長も心配なんですねえ。相変わらず素直じゃないんですから」
「今日の業務中ずっとソワソワしながら隙あらば❤ケータきゅん❤のロインのトーク画面を開いてたヤツにだけは言われたかねえな」
「──う、噓でしょう…?ニックネームまで見られてたなんて……」
「……よし、命令が出ちゃったからにはもうしょうがない!みんな!さくらニュータウンでケータくんたちの安否確認だよっ!」
「結局伊地知先輩も割と乗り気じゃないですか!?」
「そりゃ大切な仲間でかわいい後輩だよ?心配に決まってんじゃん!」
「卑しい、虹夏卑しい」
「………探しに行くのは私一人だけで十分だったと思うんだけどな。…まあいいか。
待っててね、けいくん」
……とまあ、店長命令(という名の大義名分)を得た四人(主に主戦力組)は、我が意を得たとばかりに速攻店を飛び出して行ったのだった。
♪ ☆ ♪
───すっかり日が暮れた、さくらニュータウン近郊の遊園地。辺りの空間は徐々に暗さを増していき、橙の西日に照らされた二人の少年が、互いに笑顔を向け合っていた。
「フウ2……いや、ケータ。今日は本当にありがとう。久しぶりに、心の底から楽しかった…!」
「そっか、良かった!」
ユウトがケータに礼を言うと、ケータはそれに満面の笑みで返事を返した。
ユウトは続けて、申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ケータに向けて口を開いた。
「……ごめんね、ケータ。僕、ケータの事情も考えずに、あんなこと…」
ケータは本当にまったく気にしていなさそうに、暢気な笑みを浮かべながら言った。
「ううん。オレも久々にユウト君と遊べて楽しかったよ。ユウト君がオレと離れ離れになった後の話だっていっぱい聞かせてくれたし!」
「……ケータ」
ユウトが満たされたような笑みを浮かべていると、ふとケータが口を開いた。
「…あ、そうだ。ユウト君、これ…」
ケータはそう言いながら、ズボンのポケットの中から硬貨のようなものを取り出して、ユウトに見せた。
ユウトはそのメダルに描かれている絵を見ると、驚いたような表情を浮かべて呟いた。
「……え、フウ2、これって…」
「オレの───『フウ2』の、妖怪メダルだよ」
「…妖怪、メダル?」
ユウトが疑問を浮かべて呟くと、ケータはメダルと右腕のウォッチをユウトに見せながら、説明を始めた。
「これは人間と妖怪の友情の証でね。ウォッチのスリットに特別な呪文を唱えながらメダルを差し込むと、その妖怪を呼び出せる、っていう道具なんだ。ユウト君。オレが渡した妖怪ウォッチって…」
ケータがユウトにそう尋ねると、ユウトは寂しげな笑みを浮かべながら言った。
「……フウ2がいなくなっちゃった時、一緒に消えちゃった」
「あちゃ、そっか…」
ケータは残念そうに呟くと、気を取り直して口を開いた。
「まあ、お守りみたいなものとして持っててよ。オレなんかに守られたって、何も頼もしくないかもだけど」
ケータが軽く冗談めかしてそう言うと、ユウトははっきりと首を振って。
「いや、フウ2ほど頼りになるともだちは、今までの僕の人生で一人たりともいなかったよ。このメダルだって、一生大切にする。挫けそうな時だって、フウ2が傍にいるって思えば、僕は絶対頑張れるから」
ユウトがそう言い切ると、ケータは照れくさそうに頬を搔いた。
「そ、そっか…。へへっ」
続けてケータは、ユウトに向けて別れの言葉を紡ぎ出そうとした。
───その時。遠くにふと、こちらに向かって駆け寄ってくる、ケータにとってはもはや慣れ親しんだ四人の女性のシルエットが映った。
「───あぁーーーーっ!やっと見つけた!」
「…えぇっ!?虹夏さん!みんな!」
ケータが驚いてそう叫ぶと、ただ一人目を丸くしているユウトを尻目に、結束バンドの四人がケータに詰め寄った。
「けいくん!大丈夫だった!?ど、どこもケガしてない!?わ、私のっ……じゃなかったっ。私たちのこと、嫌いになってない!?……もう、絶対誤魔化しちゃダメだよ。君が背負ってるもの、全部私が一緒に背負うから。もしもまた誤魔化したって、もう二度と逃がさないから」
「ケータ、無事で良かった。……でも、今日いなかった理由が私……じゃなくて、私たちのことがイヤになったとか、何か良くないことに巻き込まれたとかなら、早急に対策を練る必要がある。…隠してることがあったら、全部包み隠さず教えて」
「もうっ、本当に心配したのよ?今度お休みしたくなったら、適当な文面で誤魔化さずその理由をはっきりと私たちに伝えることっ!……サボりたくなっちゃった~とかそんなネガティブな理由でも、今更私たちが貴方を嫌いになるなんてありえないんだから。わかった?」
「本っ当に探したんだよー?今のあたしたちはもう、ケータくんがいないことには始まらないんだからっ。…誰にだって秘密の一つや二つあるのはわかってるけど、君は特に危ない世界に身を置いて、しかも大事なことに限ってなんにも教えてくれないからさ。……いきなり君を失うくらいなら、いっそあたしたちにも君の抱えているものを背負わせてよ」
四人に続けざまに詰め寄られながら平謝りを続けるケータを見かねたユウトは、四人に向けて咄嗟に口を開いた。
「…ま、待ってっ!フウ2は……ケータは悪くないんですっ!全部僕が、わがままを言ったからっ……!」
「……ケータくん、この男の子は?」
虹夏が不思議そうにケータに尋ねると、ケータはユウトに手をやりながら説明を始めた。
「…有馬優人君。オレが死んで妖怪になった時に、憑りついていた男の子です」
「ああっ、この子が前に言ってたユウトくんなのね!」
郁代が合点が行ったようにそう言うと、虹夏は続けて、ユウトに向けて挨拶を始めた。
「初めましてユウトくん!あたしは下北沢高校三年の伊地知虹夏!この三人と、そしてケータくんと一緒に『結束バンド』っていうバンドで活動してるんだ~!」
「秀華高校二年の喜多ですっ!ケータくんにはお世話になってますっ!」
「……山田リョウ」
「………ごっ、後藤ひとりです…」
四人が挨拶を終えると、ユウトは口を開き始めた。
「改めて、桜木中学校二年の有馬優人です。趣味はサッカーと絵を描くことで、将来の夢は───漫画家。ケータが……フウ2が思い出させてくれた、僕のかけがえのない夢です」
ユウトが屈託のない笑みを浮かべて言い切ると、ケータは目尻に涙を浮かべながら小さく呟いた。
「……っ……、ユウト君……本当に、良かったっ…!」
ひとりは、ケータのその呟きを聞き取ると。
(……ああ、けいくん。君はやっぱりいつだって、誰かの幸せを心から望んで、その為なら自分の体と心さえも張っちゃう人なんだね)
彼の持つ優しく尊い心を、改めて心に刻み込むとともに。
(……でも、私以外の人間に、そんな顔っ…。私の知らないけいくんを、あの子は──有馬くんは、知っていてっ…)
止めどない嫉妬心が、大滝のように溢れ出てくる。嵐のように心の中に吹きすさぶ。吹雪のように体を凍てつかせる。煉獄のように衝動を燃え滾らせる。……死神のように、心臓を締め付ける。
彼の残酷さは、優しさの裏返しだ。人一倍独占欲の強いひとりは、そのことを誰よりも痛感していた。
───それに。
(……それに、うまく言えないけどなんか、あの子がけいくんを『フウ2』って呼ぶ度、人間としてのけいくんが離れて行っちゃう…ような気がする)
ひとりがこの瞬間に、無意識の内に何よりも恐れていたこと─────それは、ケータがユウトに寄り添おうとするあまり、ケータが自ら人の道を捨て、妖怪として生きることになってしまうのではないか、という危惧だった。そして、その危惧は他の三人も同じく心のどこかで抱いていた。
そんなひとりの───延いては結束バンドの内心を他所に、ユウトはその口を、ケータに向けて開いた。
「ねえ、フウ2。もし、また僕が妖怪ウォッチを手に入れたら、このメダル──」
使ってもいいかな。そうユウトが言いかけた瞬間、ひとりはユウトの前に両手を広げながら立ちはだかろうとし───
「…大丈夫、ひとりさん。オレは絶対にキミの前からいなくならない。約束するよ。
……それに、人間だろうと妖怪だろうと、オレはオレだよ。──そうでしょ?」
───他でもない天野景太その人に、その行動をいとも容易く止められた。
呆然とするひとりに向けていたずらっぽく笑いかけたケータは、改めてユウトに向き直ると、優しく微笑みながら言った。
「うん、もちろん!ユウト君だったら、オレはいつでも力になるよ!」
ケータがそう言うと、ユウトは静かにケータに笑いかけながら。
「本当にありがとう。……でも、僕はこのメダル、なるべく使わないようにしようと思うよ」
「……え、どうして?」
ユウトのその言葉にケータが首をかしげていると、ユウトは感謝と、納得感と、ほんの少しの呆れを滲ませながら言った。
「……人間としてのキミを必要としてくれている人たちがこんなにいる中で、妖怪としてのキミの力をいつでも借りようとなんて、僕には到底思えないよ。それに、今日いっぱい僕と遊んでくれたし……。
フウ2がいなくなろうとして僕の前から消えたわけじゃないって、分かったから」
ユウトのその言葉に、ひとりは、そして結束バンドのメンバーは、ユウトに対する警戒心を解いた。
ユウトは続けて、どこか遠慮がちにしながら口を開いた。
「……そ、その代わり、と言ったらなんだけどさ。たまにこうして、一緒に遊んでくれたら、嬉しいなって。
………あと、さ。どうしても…。どうしても我慢できないことがあったら、その時はこのメダル、使っちゃうと思うんだけど……。良い、かな?」
ケータはユウトのその言葉に、目を丸くしながら言った。
「…え?もちろん良いけど…、ユウト君はそんなことで良いの?」
「これが良いの。……あっ。じゃあさ、逆にフウ2は…ケータは、僕に何をお願いしたい?」
「……ええっ!?」
ユウトの意外な返答にケータはまたも目を丸くすると、しばしの逡巡の末、ゆっくりと口を開いた。
「じゃ、じゃあ、ユウト君の描いた漫画が読んでみたいのと…」
ケータはそこで言葉を区切ると、恥ずかしそうにしながら続けて言った。
「……べ、勉強………教えて欲しいなって」
「………へ?」
ユウトは面食らい、どこか間の抜けた声を出した。そしてすぐさま、思わずこみあげてくる笑いを堪えながら言った。
「………ふふふ…くっぷ、あはははっ…!キミがどうして妖怪『フウ2』になったのか、分かっちゃった気がするよ、あははははっ…!」
「ちょっ、なんで笑うの!?つーかそれどういう意味!?」
ユウトと仲良くケンカするケータを微笑ましく見守っていた四人の内、虹夏がふと空を見上げ、スマホで現在の時刻を確認すると、思い出したように口を開いた。
「……あっ!もうこんな時間だ!みんなもう帰らなきゃ!
……ほらっ、二人も!中学生なんだから、家族が心配しちゃうよっ!」
虹夏のその言葉を聞いたケータとユウトは、四人に向け別れの挨拶をした後、お互いに手を振り合い、再会を約束しながら、それぞれの家の方角へと走り出していった。
♪ ☆
家路へと向かう道すがら、ケータは今日一日の内にあった出来事を改めて振り返っていた。
「…いやあ、ウィスパーとジバニャンは用事で留守にしてるし、そんな時に限って二度と会えないかと思っていたユウト君にもまた会えちゃったし………結束バンドのみんなとの約束はすっぽかしちゃうし。
後で改めてみんなに謝らないとなあ」
「大丈夫だよ、けいくん。もう私もみんなも気にしてないからさ」
「そっか、それなら良かったよ。ひとりさんもごめんね。いっぱい心配かけちゃ……って……」
そこまで言いかけたケータは、ふと違和感に気付いた。こちらの方角に駅はない。当然だろう。ケータの自宅がある方角なのだから。
───であるならば、なぜ。
「───って、いやいや、なんでこっちにいるのひとりさん!?こっちは駅の方角じゃ…!?」
なぜ、この全身ピンクガールは、さも当然であるかのような雰囲気を醸し出しながら天野景太と家路を共にしているのか。
「えへへ……久しぶりに
「そ、それなら別にいいんだけど「あとさ」……へ?」
突如、ひとりの纏う雰囲気が変わった。
「私ね、けいくんの全部を知りたいし、けいくんの全部になりたい。
けいくんが私以外の人間や妖怪にその優しさを与えているのを見る度に、どうしようもなく嫉妬しちゃうの。
けいくんにあの子………有馬くんの為に人の道を捨てて欲しくないのに、私はけいくんと一緒にいる為なら、人の道を捨てたって良いって思ってる。
けいくんはさ、そんなっ……そんなじぶんかってで、むじゅんだらけのわたしでも、これからも、ずっといっしょに、いてくれ
───あいたあっ!?」
ひとりが皆まで言う前に、ケータがひとりの額にデコピンをかました。
ケータは溜め息を吐きつつ、ゆっくりと口を開いた。
「……あのさ、ひとりさん。オレが今までに少しでもキミを嫌がってたらそもそもこうして一緒に帰るのも許してないし、
「……!」
はっと目を見開くひとりの額にケータの手が雑に乗っけられると、ぽんと硬貨のようなものが乗せられた。
「───それでもまだ怖いって言うなら、そのメダルあげるから……もう好きにしろっての」
そう言いながらそっぽを向いたケータの頬は───暗闇の中でもよく見ると分かるくらいには、ほんのりと赤らんでいた。