ひとりちゃんがいなくなった。文化祭が終わって、楽器屋でひとりちゃんがギターを新しく買ってからすぐくらいの頃だろうか。朝学校に着くと、ひとりちゃんの席がすっぽりと空いていた。その日の私はひとりちゃんが学校に来なかったことを、体調が悪くなったか、文化祭が終わったすぐ後だったので気恥ずかしさの余り学校に来ることが嫌になったかのどちらかだろうと思い、あまり気に留めていなかった。
───しかし、その後二日三日ほどの時間が経っても、ひとりちゃんは学校はおろか、STARRYにすら来なかった。
流石に心配に思った私は伊地知先輩に相談をして、ひとりちゃんの家に電話を掛けてみることにした。ネガティブ思考が極端になりすぎて、私達のことさえも嫌になってしまったのかもしれない。私はそう思っていたのだが、美智代さんから語られた事の顛末は、私の予想を遥かに上回るものだった。
───ひとりちゃんは、ここ数日、家のどこにもいないというのだ。つい最近に突然としていなくなり、現在警察に捜索願を出しているのだそうだ。私はこの事実を耳にしたとき、思わず絶句してしまった。
所変わって、ここは放課後のSTARRY。店長さんはひとりちゃんが何も言わずに突然いなくなったことにすっかり傷心しつつも、同じかそれ以上に落ち込んでいた私達を気遣ってか、しばらくの間アルバイトを休みにしてくれた。
かと言って何もしないのもとても落ち着かないので、私達は三人とも店長さんに申し出て、アルバイトを続けさせてもらうことにした。
「伊地知先輩…。ひとりちゃん、どうしちゃったんでしょうか…」
私は、相変わらずひとりちゃんが突然いなくなった事実を受け入れられないまま、伊地知先輩に声をかけた。
「わかんない…。あたし達、ちょっとぼっちちゃんに負担かけすぎてたのかな…。あたしなんて、一方的にぼっちちゃんに作詞をお願いしちゃったし。そもそも初めてぼっちちゃんに結束バンドに来てもらった時だって、あたしが一方的にぼっちちゃんにお願いしちゃってたし…」
伊地知先輩もとても強く落ち込んでいるようで、いつもよりもかなりネガティブになっていた。…前から少し思っていたのだけれど、伊地知先輩には意外とひとりちゃんと通ずるネガティブさを持っている気がする。伊地知先輩のこれは流石にあそこまでは極端じゃないけど。
そんな伊地知先輩を見かねたリョウ先輩が、声を上げた。
「───虹夏、それはない。もしそうだとしても、ちょっと前のぼっちだったらともかく、今のぼっちなら流石に嫌に思ったことは私達に言ってくれるんじゃないかな。
…単純に私達がぼっちに信頼されていないだけだとしたら、それは私が悲しいし」
最後に少し尻すぼみになりながら、リョウ先輩は言い切った。
…普段からひとりちゃんにお金を借りまくってるリョウ先輩がそれを言うのか、と思ったけれど、思えばリョウ先輩がひとりちゃんにお金を借りる度、ひとりちゃんのリョウ先輩への態度に遠慮がなくなってきたようにも思う。なので、リョウ先輩のその言葉には、ほんの少しだけ説得力があった。
「…でもさ、実際ぼっちちゃんが私達のことを嫌いになった訳じゃないなら、なんで急にいなくなっちゃったりしたんだろうね。」
リョウ先輩の言葉で少し元気を取り戻した伊地知先輩が、改めて私達に疑問を投げかけた。
そう、結局私達が一番知るべきなのはそこだ。ひとりちゃんが私達のことを嫌いになった訳じゃない、ということが分かったところで、状況は何一つとして解決しちゃいない。…まあちょっと安心したけど。
「…まさか、事故にでも遭って死んじゃった…とか!?
───いやだ。あの時と同じ思いをするのはもうやだよ…」
伊地知先輩はまた悪い方向へと妄想を膨らませてしまったようだった。最後の方は何を言っているか少し聞き取れなかったけれど、何を言っていたのかを尋ねる気にはなれなかった。
また落ち込みだした伊地知先輩を宥めるように、リョウ先輩が口を開く。
「虹夏。それは本当にない。なんならさっき虹夏が言ってたことよりもよっぽどない。あの変幻自在なぼっちが、車に轢かれたぐらいで死ぬと思う?」
「…それは確かに」
それは確かに。
「…はい。そしてこの話はもうおしまい。次にぼっちがここに戻ってきた時のために、少しでも練習しておこう。より楽器が上手くなった私達を見せて、ぼっちを驚かしてやろうぜ」
リョウ先輩は、いつまでも落ち込み続ける私達を引き戻すために、無理矢理話を切り上げた。情けない一面を沢山見てきたはずなのに、こういうところを見ると、やっぱりリョウ先輩は本当にかっこいいなと思う。
「…うんっ!そうだね、リョウ!
喜多ちゃん、あたし達もぼっちちゃんがいない間もたくさん練習して、戻ってきたぼっちちゃんをびっくりさせよっ!」
「はい、伊地知先輩!」
私達は無意識の内に、ひとりちゃんがその内絶対に戻ってくるだろうことを確信している。
ひとりちゃんは───私達のヒーローは、そんな簡単に居なくなったりはしない。きっとどこかで生きていて、その内ひょっこりと私達の元に帰って来る。ひとりちゃんはいつだって、
私達はそう信じながら、ただひたすらに鉄を弾き、鼓を打ち鳴らし、音を奏で続けた。
───そして、私達の期待通りひとりちゃんが帰って来てくれることも、この出来事がきっかけで、フツーだけどちょっぴりフシギで、とっても心優しいとある男の子と出逢うことになる、ということも、私達はまだ知らずにいた。
「なあ、母さん…。ひとりはいつ戻ってきてくれるかな」
警察に娘の捜索願を提出して一日が経つ頃、直樹は落ち着かなさそうに、妻である美智代にそう尋ねた。
「…分からないわ。だけど、今私達にできることは、ただあの子が帰って来ることを待つだけなんじゃないかしら。あの子はきっとどこかで生きている。私達の子なんですもの。いざというときの強かさは、誰よりもあるはずだわ」
美智代は、強い意志が感じられる口調で言った。
「そうだよ、お父さん。お姉ちゃんは、きっとどこかにいるよ。ふたり、なんとなくわかるんだ」
「ワンワンッ!(そうだ、アイツはきっと帰って来るさ!オレには分かるぜ!)」
ふたりもジミヘンも、自信を強く持って、そう言った。
「…そっか、そうだよな。ひとりはこんなところじゃ終わらない。あの子は意外と強いんだ。父親である僕が娘の強さを信じてやれなくちゃ、どうすんだって話だ」
直樹は、そんな妻と娘の様子を見て、元気を取り戻した。
娘が突然いなくなったことで絶望に包まれていた夫婦の心の中に、確かな希望の光が灯った。
───そしてこの後、娘が命の恩人である心優しい歳下の男の子に連れられて帰って来ることを、この夫婦はまだ、知る由もない。
原作タグ、どっちにした方が良い?
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妖怪ウォッチ
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ぼっち・ざ・ろっく!