「ふあああ…」
ひとりがケータの家にやって来たその次の日の朝。ケータはいつも通り、大きなあくびをしながら目覚めた。
「お、お目覚めですかケータ君。おはようございまうぃっす〜」
「おはようニャン、ケータ!」
そしてまたいつも通り、ケータより少し先に目覚めたウィスパーとジバニャンがケータにおはようの挨拶をする。ケータはパジャマから普段着に着替えながら、ウィスパーとジバニャンに返事を返した。
「おはよう。ウィスパー、ジバニャン。
ひとりさんは…まだ寝てるか。…ずっとひとりぼっちで必死にあちこち動き回って。きっと、疲れてただろうな」
ケータは少し遠い目をしながら、そう呟いた。いきなり友人と家族の目から、自分の存在が消えてしまう。その孤独と悲しみは、自分には到底想像がつかないほどのものだろう。ケータは漠然とそう思った。だからこそひとりの感じている孤独を少しでも和らげてあげたいと、ケータは思っている。
───と、ケータがひとりのことを口に出した瞬間、ケータのすぐ傍にひとりが現れた。
「私は大丈夫だよ、ケータくん。…うへへ。私のこと、心配してくれてたんだね」
「わっ!?ひ、ひとりさん!?起きてたの!?」
流石に驚いたケータは、思わず大きな声をあげてしまった。
「う、うん。実は三人がまだ寝てる時からね。おはよう、ケータくん」
ひとりは慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、ケータにそう答えた。
「うん、…おはよう。ひとりさん」
ようやく落ち着いたケータが、ひとりにそう返事を返す。挨拶を返されたひとりは、とても嬉しそうに顔を綻ばせた。
その様子を見たウィスパーとジバニャンも、少し困惑しながら、ひとりに挨拶を交わした。
「お、おはようございます、ひとりさん。随分とお早いお目覚めでしたね」
「おはようニャン、ひとりちゃん」
「あっウィスパーさん、ジバニャンさん、お、おはようございます」
ひとりはケータとは打ち解けたものの、ウィスパーとジバニャン相手にはまだ少しだけ気まずさが残っていたようだ。さらっとケータ側もひとりへの言葉遣いが砕けたものになっていることに疑問を持ったウィスパーが、ケータに尋ねる。
「てかケータ君、あーたさらっとひとりさんにタメ口使ってるじゃないですか。いつ頃からそんなに仲良くなったんですか?」
「うん、実は昨日の夜、ひとりさんとお話して、ともだちになったんだ」
「そ、そうなんです!」
ケータがそう言い、ひとりが相槌を打つと、ウィスパーは納得したように言った。
「なるほど、ひとりさんに唐揚げの差し入れをした時に中々帰って来なかったのはそういうことでしたか」
「あの時はケータが中々帰って来なかったから何事かと思ったニャン。ヒキコウモリは『流石にあのような場面では空気を読まざるを得ませんでした』とかちょっと訳分かんないことを言いニャがら帰って来るし…」
ジバニャンがやれやれと言った様子で呟くと、ケータとひとりは少し顔を赤らめた。…二人のその様子を見たウィスパーが、少しからかうような表情になり。
「…おやおやおーや〜?ケータきゅん、中々大胆なとこがあるじゃああーりませんか。愛しのフミちゃんにもそんな風に攻めて行けたら良いのに…」
「ちょ、ちょっとウィスパー、からかわないでよ!」
「……ふーん…」
ウィスパーがそう言うと、ケータは殊更に顔を赤らめながらウィスパーに抗議の声を上げた。
…ひとりの方はというと、何やらウィスパーの発言の一部分について考え込み、気が気じゃない様子だった。
(ケータくん、好きな女の子がいたんだ…。フミちゃん、っていう子なんだね…。…どんな子なんだろう)
ケータは、急に何やら神妙な面持ちになったひとりのことが気になりつつも、そろそろ暢気に話をしている時間でもなくなってきたので、急いで学校に行く支度を終えて、朝食を食べに下の階に降りた。
「おはよう、ケータ。遅刻しちゃわないように、急いで歯を磨いてご飯も食べちゃいなさい」
「おはよう、ケータ。遅刻になったとしても、ちゃんと学校には行くんだぞ」
テーブルにケータの朝食を用意していたケータの母と父が、階段から降りてくるケータにそう言った。
「おはよう、お母さん、お父さん。そうだね、そろそろ急がなきゃ遅刻しちゃう」
ケータが歯を磨いている時、ちゃっかり着いてきたひとりが、優しげな表情を浮かべながらボソッと呟いた。
「あの人がケータくんのご両親か…。なんだか優しそうな人達だね」
歯磨きとうがいを終えてその声を聞き取ったケータが、リビングにいる母に聞こえないようにひとりに返事を返す。
「うん、ちょっと厳しいところもあるけど、とっても優しい人達だよ」
「そっかあ…。ふふっ」
優しい目でこちらを見つめてくるひとりに少し気恥ずかしさを覚えつつ、ケータは朝食を食べにリビングへと戻った。
朝食を食べている途中、ウィスパーとジバニャンがこっそりケータの朝食をつまみ食いしだすと、見かねたひとりが二人を止めに入ろうとする。しかし、そんなひとりの様子を見たケータはゆっくりと首を振り、目玉焼きが乗った食パンを半分にちぎって、ひとりに差し出した。ひとりは困惑しつつも、ケータのこの行動が「食べて良いよ」という彼の意思表示であることをなんとなく分かっていたため、少し遠慮がちに食パンを口に運んだ。
そうして朝食を食べ終えたケータは、ウィスパーが持っていてくれていたランドセルを背負い、靴を履き、両親に挨拶をして学校へと向かった。
「ケ、ケータくん、本当に大丈夫?あんな量しか食べてなかったら、お腹空きすぎて倒れちゃうよ。育ち盛りなんだから、もっと食べないと」
学校へと向かう道すがら、どうしてもケータの食事量の少なさが気がかりだったひとりは、ケータに尋ねた。
「へーきへーき!もし倒れてもともだちが助けてくれるし!」
ケータがあっけらかんとしてそう言うと、ひとりは少し心配そうにして、ケータの方を見つめた。そんなひとりを見たウィスパーとジバニャンが、口々にひとりに声を掛ける。
「…慣れませんよね、ひとりさん。ケータ君、実は私達がこの家に来てからずっと、毎朝ああやって朝ご飯をこっそり食べさせてくれるんですよ」
ウィスパーは、どこか申し訳なさそうに、でも少しだけ誇らしそうにそう言った。
「ケータに『本当に良いのか』って聞いても『みんなはオレのために戦ってくれたり普段手助けしてくれたりしてるのに、オレがみんなに何もしてあげられないのは申し訳ない』の一点張りニャン。…そんなケータの優しさはとっても居心地が良いニャンけど、オレっち達は時々とっても心配になるニャン」
ジバニャンも、歯がゆそうに、でも少しだけ嬉しそうにそう言った。
「…そうだったんですね」
二人のその言葉を聞いたひとりは、よりケータから目を離すことができなくなった。
(ケータくんは本当に優しい子だ。でも、他の人を思いやるあまり、少し自分のことを省みない節がある。
…なら、私が。ケータくんが自分のことを考えられないのなら、私がケータくんのことを考えていよう。私なんかに何ができるのかは分からないし、いつかは離れ離れになるのだろうけれど───それでも、今は、今だけは。私の持てる最大限の力で、ケータくんのことを守ってあげないと)
ひとりは、自分の中に目覚めつつある、ケータをすぐ傍で守りたいという想いを再認識した。
ケータは、そんな三人のやりとりに気づかないまま、学校へと歩みを進めていた。
学校に着くと、ケータはいつものように自分の教室に向かい、机の上にランドセルを置き、中から教科書や筆箱を取り出した。
「おはよう、ケータ」
「おはよ」
「クマ、カンチ!おはよう!」
ケータとも特に仲が良い男子であるクマとカンチが、ケータに挨拶をする。
「あ、ケータくん、おはよう!」
「フ、フミちゃん!おはようっ!」
そして、ケータが密かに想いを寄せるクラスのマドンナであるフミカも、ケータに挨拶をする。ケータは少しどもりつつも、フミカから挨拶された興奮から普段より少し大きめの声で挨拶を返した。
そんなケータの様子を見たひとりはというと、少し不穏気な空気を漂わせながら思案していた。
(あの子がケータくんの言っていたフミちゃん…。確かに可愛いし、クラスのみんなにも人気があるみたいだし…。私なんかとは大違いだな…)
そんなひとりの様子を見たウィスパーとジバニャンが、ひとりに聞こえないようにコソコソと耳打ちで会話を始めた。
(ケータ、つくづく罪づくりな男ニャンね…)
(ケータ君の優しさは、刺さる人にはとことん刺さりますからね…。…我々のような妖怪には特にそうですが、にしてもひとりさんのアレは些か刺激的過ぎましたねえ)
ウィスパーとジバニャンがコソコソと話をしている内に、始業のチャイムが鳴り出した。
───天野景太にとってはもはやフツーの日常となった、妖怪たちとの学校生活が、今日も幕を開ける。
「えー、ではここの問題を───」
いつも通りの、フツーの算数の授業。ケータにとってはもはや見慣れすぎて、飽きの感情すら感じる光景だ。
(懐かしいなあ、この感じ…。私の時もこんな感じだったっけ。先生の話を全く聞いてなかった時に指名されて、おかしな答えを返しちゃった時のみんなの反応といったら…。…うぐっ、フラッシュバックがあ…)
ひとりはそんな光景を見ながら、懐かしさとともにかつての己の苦い思い出を振り返っていた。
(…!?)
───と、その時。教室のどこかに、異様な気配が感じられた。人間達にいたずらをしたくなったか、或いはケータに構ってもらいたかったかでやって来た妖怪の気配だ。
その妖怪はクラスの中から手頃な人間を見つけ出すと、徐ろに取り憑き出した───!
───所変わって、学校からの帰り道。
「やー、今日も疲れた〜!」
ケータが疲れた様子でそう言うと、ウィスパーも相槌を打った。
「いつものように遊び半分でやってくる妖怪たちの対処に追われて大変でしたね、ケータ君」
ウィスパーに同意を返すように、ケータは言った。
「ほんとだよ〜。…それに、なんか日に日に、クラスのみんなのオレを見る目がヤバいヤツを見る目に変わっていってるような気もするし」
そう言いながら妖怪たちが自分に会いに来てくれることに対してどこか満更でもなさそうなケータを見てひとりはまた微笑ましい気持ちになりつつも、人から白い目で見られるケータの気持ちに痛いほど共感して、少し居た堪れない気持ちになった。
「…てかケータ君、あーたもう人間のお友達よりも妖怪のともだちの方が多い可能性ありません?」
ウィスパーがジト目になりながらそう言うと、ケータも笑って返した。
「あはは、そうかもね〜。オレが頼った時にちゃんと助けてくれる人も、もう人間よりも妖怪の方が多いし。…もうオレ、いっそのこと妖魔界に住もっかな〜」
ケータが冗談交じりにそう言うと、ウィスパーは少しガチトーン気味に言った。
「…もしも本当にそうしたくなった時は、いつでも私達にご相談くださいね」
ジバニャンも続けて、同じくガチトーン気味に言った。
「…どうしても辛くなったら、いつでも来いニャン」
そんな二人のいつになく本気の雰囲気にたじろぎつつ、ケータは話題を転換した。
「そ、そういえばさ。ひとりさんのことなんだけど、これからどうする?このままオレの家に置いておくのは良いとして、いつまでもこのままって訳にも行かないだろうし…」
ケータのその言葉に、ひとりはチクリと痛む胸を抑えながら、自分に言い聞かせた。
(そ、そうだよね。私だって、結束バンドのリードギターとして一日一秒が惜しいような状況に置かれているのに、もう一週間以上もみんなと顔を合わせられてないし…。文化祭が終わった後に買ったあのギターにもまだ慣れ切ってないのに、そのギターにすら全く触れてないままだし…。
…でも、それでも私はまだ、ケータくんと一緒に居たいな…)
ひとりがすっかり気を落としたその時、ウィスパーが一つの提案を持ち出した。
「…はっ!そうですケータ君!妖怪ウォッチをお持ちのケータ君ならば、ひとりさんのご両親にも妖怪になったひとりさんのお姿を見せることも可能なのでは?
今度のお休みにひとりさんの家に行き、ご両親にウォッチをお貸ししてひとりさんの存在を知っていただくのはどうでしょう!」
ウィスパーのその提案を聞いたケータとジバニャンは、その提案の素晴らしさに感動していた。
「…ウィスパー、それナイスアイデア!そうだよね、妖怪ウォッチさえあれば、ひとりさんの存在を他の人に知らせることだってできる!」
「オマエ意外と冴えてるニャン!」
「でっしょでっしょ〜!……三文字余計だよジバ野郎コラ」
少しキレ気味になったウィスパーの言葉をジバニャンは綺麗に聞き流し、ひとりの方に声を掛けた。
「ひとりちゃんはそれで良いニャン?」
…ひとりは、ジバニャンの言葉が耳に入っていないようだった。
(ケ、ケータくんが私の家に!?そして私の両親と会う!?
…こ、これはもしや、私が元の生活に戻れる目処が立ちつつ、なんやかんやでケータくんを私の元に置いておく為の外堀を埋められる千載一遇のチャンスなのでは!?)
何やらただならぬ様子で、俯きながら何事かを思案している。そんなひとりの様子に三人が少し怯えていると、やがてひとりは、ゆっくりと顔を上げ───
「───そ、それだぁーーーっ!!!!!」
今までに聞いたことがないような大声で、ウィスパーの提案に賛同の声を上げた。
この回までは妖怪ウォッチ側の要素がかなり強めでしたが、次回からはぼっちざろっく側の要素がかなり強まっていくかと思います。
原作タグ、どっちにした方が良い?
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妖怪ウォッチ
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ぼっち・ざ・ろっく!