「ただいまー!」
「おかえりなさい」
家に着くと、ケータは手洗いとうがいを済ませて自室へと向かった。
自室に着いたケータがカーペットの上に腰を下ろすと、ウィスパーが口を開いた。
「さて。先ほどのお話の続きですが、ひとりさんのご両親にお会いするのは今週の土日などでいかがでしょう?」
ウィスパーがそう言うと、ケータは言った。
「オレはまあ賛成だけど、ひとりさんはそれで良い?」
ケータの確認を受けて、ひとりは何やらそわそわした様子で言った。
「う、うん!大丈夫!…もうちょっとケータくんの家に居たい気もするけど、そろそろお母さん達とも顔を合わせなきゃ!」
自分の家がひとりにとっても大切な居場所になりつつあったことにケータは内心とても嬉しくなりつつ、もうすぐでひとりが自分の家にいることもなくなるという事実に、少しだけ寂しさを覚えた。
「…そっか」
ケータは優しく、でも少しだけ寂しげにそう呟いた。そんなケータを少し気にかけながら、ジバニャンがひとりに質問を投げかけた。
「…そういえば、ひとりちゃんの家ってどこにあるニャン?」
ジバニャンからの質問を受けたひとりは、少し考え込むように言った。
「あっ、金沢八景です…」
金沢八景。ケータとジバニャンはそのような地名に聞き覚えがなかったが、ウィスパーは知っている様だった。
「金沢八景でうぃすか。あそこは神奈川県の横浜市に位置しておりますから、ここの近くのさくら中央シティ駅からは乗り換え2回ほどで行くことができますね」
その言葉を聞いたケータは、ある一つの事実に気づいた。
「…ねえ、つまりこれってもしかして…あの日のひとりさんは、電車ですら2回乗り換えないと行けないような距離を移動してきてたってこと?」
その言葉を聞いたウィスパーとジバニャンは、驚きの余り思わずひっくり返りそうになった。
「ひ、ひとりさんあーたどんだけ体力あるんでうぃすか!?」
「流石に徒歩でそんな距離は中々移動できないニャンよ!?」
ウィスパーとジバニャンのその声を聞いたひとりは、細々と言った。
「あっとっ飛んで来ました…。妖怪になってからなんか飛べるようになってたので、みんなに自分の姿が見えなくなったことに気づいたショックで脇目も振らずに飛んでたら、飛べる速度が思ったより速くて…。き、気がついた頃にはさくらニュータウンに着いてました…」
「「「……えーーーーーー!?!?!?」」」
三人はあまりの衝撃に、同時に叫びを上げてしまった。…つまりひとりは、電車並みかそれ以上の速度で、少なくとも1時間以上は飛び続けることができるのかもしれない。妖怪としてのひとりの能力はケータたちには未知数だったが、もしかすると彼女はそこそこ…いや、かなり高い実力を持っているのかもしれなかった。
…しかし、今はひとりの妖怪としての実力など、大した問題ではない。まずは目先の課題を解決するべく、ケータは気を取り直して口を開いた。
「と、とにかく!今週末、オレたちはさくら中央シティから金沢八景駅に向かえば良いんだよね!」
ウィスパーはケータのその声を聞いて気を取り直し、頷きながら言った。
「は、はい。その通りでうぃす。…小学生で乗り換えをする距離まで遠出することは中々ないと思うので、駅の乗り換えの情報はこの私めにお任せください!」
ウィスパーがそう言うと、ケータはほっとしたように言った。
「うん!ありがとう、ウィスパー。ウィスパーがいるなら安心だね!」
ウィスパーはこと妖怪の情報以外、特に人間界の知識や一般的な常識に関してはとても頼りになる。ケータはそのことを身を以て知っていた。この前なんて歴史の勉強に行き詰まっていたら、戦国時代にあった出来事をパッドすら見ることなく、歴史の教科書よりも詳しく全てすらすらと教えてくれたのだ。
…教科書を眺めていたウィスパーが、関ヶ原の戦いや石田三成、徳川家康といった文字列を見た時に、今までに見たことがないほどの哀しみとやるせなさに満ちた表情をしていたのが少し気がかりだったが。
ともあれ、今週末の予定が決まった。今日は木曜日。明日学校に行ったら、そのさらに明日はとうとうひとりとお別れをするかもしれない日だ。ケータは内心強い寂しさを覚えつつも、晩ごはんを作り終えた母親が自分を呼ぶ声を待ちながら、いつものように机へと向かった。
───そして、今日はその土曜日。
昨日の金曜日、ケータはいつものように学校にいたずらしにやってきた妖怪と話をして、休み時間に一緒に遊んだり、その結果クラスメイトの自分を見る目がさらに冷たいものになったことにそこそこ傷ついたりと、いつものような、フツーの日常を過ごした。…ただ、ひとりがいつもよりもやたらと自分にひっついてきたのは少し気になった。ヒキコウモリが用意してくれた部屋ではなく、ケータの部屋でケータと一緒に過ごそうとしたり、夜寝る時も、ケータの部屋で寝ようとしていたりした。ひとりがケータのベッドに入った時は、流石にウィスパーとジバニャンも顔を赤らめながら止めに入った。
…まあ結局、その日の二人は一緒に寝たのだが。抱き締められて背中をあやすように優しく叩かれている時の安心感が凄かったとは、今朝心なしかいつもよりもスッキリ目覚めたケータの談。
「ヒ、ヒキコウモリさん。…本当に、お世話になりました」
ひとりはヒキコウモリに深々と頭を下げると、ヒキコウモリは笑顔で言った。
「いえいえ、ひとりさん。私のコレクションで良ければ、是非またいつでも遊びに来てくださいね」
「…はいっ!」
ひとりも笑顔で、ヒキコウモリに応えた。
ヒキコウモリにお礼を言い終わったひとりは、支度を終えたケータたちに声を掛けた。遊びに来れはするが、この家の一員として過ごすことができる機会は、もう二度としてないかもしれない。そう思うと、ひとりの胸の中に強い寂しさの感情が灯る。
───でも、ひとりは、自分が本当に生きるべき場所がどこなのか、ということを痛いほど理解していた。それに、ケータの家に住めなくなるからと言って、何も二度とケータたちに会うことができなくなる訳ではないのだ。
「それじゃあヒキコウモリ、行ってきます」
「留守番よろしくニャーン」
ケータとジバニャンはヒキコウモリにそう声を掛けると、部屋のドアを開けて階段を降り、玄関へと向かった。
家を出て、さくら中央シティ駅に着いてからは、ウィスパーの的確な指示もあり、品川駅での京急線への乗り換えも順調にこなすことができ、金沢八景まで向かうことができた。
「ここが金沢八景か…。初めて来たな」
「潮風が気持ち良いニャンねえ…」
初めて来た土地を純粋に楽しみ出すケータとジバニャンに目的を思い出させる為、ウィスパーが声を上げた。
「ここ金沢八景は有名な観光スポットも多くて見どころもありまくりですが、今日の目的はひとりさんの家に行くことでうぃす。てな訳でひとりさん。お家までの案内よろしくお願いしますね」
ウィスパーがひとりにそう言うと、ひとりは頷き、眼の前に広がる風景を懐かしみながら歩き始めた。
ケータとウィスパー、ジバニャンは、ひとりの後ろを歩きながら雑談を始めた。
「ひとりさんが住んでいる家って、どんな家なんだろうね」
「ふーむ…。そう言われると少し気になりますね」
「オレっちも気になってきたニャン」
ケータがそう言うと、ウィスパーとジバニャンも少し考え込む。
その様子を見ていたひとりは、ケータの疑問に答えるべく口を開いた。
「ケータくんたちが住んでいる家と同じような、よくある感じの家だよ。」
ひとりがそう答えると、ケータたちは意外そうに、それでいて少し納得したような表情を浮かべた。
(もはや見慣れた光景だけど、かれこれ一週間も見てなかったもんなあ…)
ひとりはケータたちの方を横目で見て、少し感慨深い気持ちになった。
(…今こうして私がここに帰って来れたのも、ケータくん達のおかげなんだよね。家に着いたら、三人のことをいっぱい歓迎してあげないと…!)
ひとりがそう考えながら歩いている内に、少し大きめの一軒家がすぐそこに見えてきた。ひとりは少し涙を拭いてから、ケータの方に向き直って言った。
「…あ、あそこが私の家だよ。もし良かったら…ゆっくりしていってね」
ひとりの家の前に着いたケータは、念の為、間違いがないか家の表札の苗字を確認した。
家の表札には「後藤」の2文字が。そしてポスト受けには、訪問販売のチラシが溜まっていた。
この家で違いないことを確認したケータは、おそるおそる家のチャイムを押すと、喉からどうにか声を絞り出して、マイクに声を当てた。
「すみませ〜ん…。後藤ひとりさんの家って、こちらで間違いないでしょうか〜…」
ケータがそう言った瞬間、家のドアが勢い良く開かれて、その中からピンク色の髪を持った20代後半ほどの女性と、目まで掛かった紫色の髪を持った30代前半ほどの男性が出てきた。───それは紛れもなく、ひとりの両親のようだった。
「き、君!僕たちの娘を知っているのか!?」
ひとりの父は、息を巻いてケータにそう尋ねた。
「あの子が今どこにいるか、知ってる!?」
ひとりの母も、焦りとどこか期待を滲ませながら、ケータに尋ねた。
ひとりは、そんな自分の両親の姿を見ながら胸が一杯になっていた。
(お父さん、お母さん…。私の為に、あんなに必死になってくれてる…。きっと、とっても心配してくれてたんだろうな…。
…やっと、また会えるんだね)
ケータは戸惑いつつも、ひとりの嬉し涙の滲んだ笑顔を横目で見て、意を決してひとりの両親に向かって口を開いた。
「ええと…知っていると言いますか、連れてきた、と言いますか…。と、とにかくっ!オレのこの腕時計を持って、横のボタンを押して出てくる光をオレの周囲に照らしてみてください!」
ひとりの両親は、まじまじとケータの顔を見た。二人とも、ケータが嘘や冗談を言っているようには全く思えなかった。
…ひとりの父がケータからおずおずと腕時計を受け取ると、意を決して横のボタンを押し、言われた通りにケータの周囲に光を照らした。
すると、何やら人ではない、幽霊のような生き物と、猫のような生き物と───この一週間、二人が何よりも欲した、自分の命よりも大切な娘のシルエットが現れた。
光を照らしていく内に、その姿はみるみるうちに明確になっていく。肩まで掛かった長いピンク色の髪に、ピンク色のジャージ。今にも泣き出しそうな顔をした少女が───紛れもない自分の娘が、まさに目の前に現れた。
ひとりの父は今すぐにでも娘に駆け寄って抱きしめたい衝動をぐっと堪えながら、息を呑んでその少女に声を掛けた。
「…ひとり、か?」
「…お父さん、お母さん。───ただいまっ!」
ひとりのその声を聞くと、その二人は人目も憚らず涙を流した。ひとりも、泣いていた。三人はそんな光景を、目尻に涙を浮かべながら、ただただ優しく、見守っていた。
───そうしている内に、積もる話が終わったひとりの父が、ひとりの母とひとりを連れて、ケータたちの方へと歩いて来た。ひとりの両親はケータの方へと向き直ると、深々と頭を下げながら言った。
「この度は、僕たちの娘が本当にお世話になりました。…娘を助けてくれて、本当に、本当にありがとう」
「貴方には本当に感謝してもしきれません。…貴方は本当に、私たちの恩人よ」
ケータは、慌てて手を振った。
「あ、頭を上げてください!オレは全然大したことなんて───」
皆まで言う前に、ひとりの父が口を開いた。
「…ひとりの言った通りだ。君は本当に、優しい子だね。
…そうだ。自己紹介がまだだったね。僕の名前は後藤直樹。よろしくね、ケータくん」
ひとりの母も、続けて口を開いた。
「私は後藤美智代ですっ!ケータくん、よろしくね〜!」
ケータは、不思議そうに二人に尋ねた。
「…あれ?オレ、お二人にまだ名前言ってなかったような…」
その疑問に、ひとりの母───美智代が答えた。
「さっきひとりが教えてくれたのよ〜!『あの子はこんな私にも手を差し伸べてくれて、居場所を与えてくれて、ご飯も食べさせてくれて、私とともだちになってくれた、誰よりも優しい男の子なんだ』って、とっても嬉しそうに言ってたわ〜〜!」
ひとりの父───直樹が、美智代に続くように言った。
「あんなに嬉しそうなあの子は、今までに一度として見たことがないくらいだよ!
…ケータくん、娘を助けてくれて、ともだちにまでなってくれた君は、本当に本当に、僕たちの───後藤家の恩人だ。なにか困ったことがあったら、すぐに僕たちを頼って欲しい。もしも君が路頭に迷うようなことがあれば、いつでもウチに来なさい」
ひとりはそんな二人を見て、心底恥ずかしそうに叫んだ。
「も、もうお父さんお母さん!そういうことあんまりべらべら喋らないで!」
ウィスパーはそんな三人の様子を見て、ケータの耳元で囁いた。
「…ケータ君、何やらとんでもないことになっちゃいましたね。まあ将来への安心感は高まったかもしれませんがね」
その言葉を聞いたケータは、ウィスパーに囁き返した。
「オレがひとりさんたちの助けになれたのは嬉しいんだけど、まさかここまで感謝されるなんてね…。…オレ、本当に大したことはしてないつもりなんだけどな」
そんなケータを見たウィスパーとジバニャンは、同時に同じことを思った。
(クソボケですね)
(クソボケニャンねえ)
後ろの二人が何やら失礼なことを考えている気がしてならないケータは、今すぐにでも二人が何を考えているか問い質したい衝動に駆られつつも、いつまでもお邪魔している訳にはいかないと駅の方向へと歩みを進めようと───したその瞬間、ケータのお腹の虫が鳴きだした。
(うう…よりにもよってこんなタイミングで鳴るなんて恥ずかしすぎるよ…)
ケータは羞恥心から少し顔を赤らめながら俯いて腕時計を眺めていると、もう既に午前が終わりかけていることに気がついた。
そんなケータを見かねた直樹が、ケータに優しく声を掛けた。
「…ケータくん、ウチでお昼ご飯、食べていきなさい。…後ろのおともだち二人も、一緒にね」
美智代も、続いて嬉しそうに声を上げた。
「ケータくんは娘の大切な人なんですもの!今日はちょっと張り切っちゃうわよ〜〜〜!…ケータくんのおともだちの幽霊さんと猫ちゃんも、是非ゆっくりしていってね」
ひとりも続いて、ケータに声を掛けた。
「…私も、ケータくんたちと一緒に、ウチでご飯食べたいな…」
今は時間としても丁度お昼時だし、何より、ひとりにこのようなことを言われては、ケータとしても断る理由がない。ウィスパーとジバニャン共々、ケータはありがたく、お世話になることにした。
原作タグ、どっちにした方が良い?
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ぼっち・ざ・ろっく!