ひとりの実家である後藤家に昼食のお世話になることにしたケータは、目の前に積まれた唐揚げの山に、年相応の少年のように目を輝かせていた。
「唐揚げ揚げたて、特盛りです〜〜!遠慮なく沢山食べてね、ケータくん!」
美智代のそんな言葉とともにケータの目の前に運び込まれてきたこの唐揚げの山はとても大きく、漂ってくる香ばしい匂いはケータの食欲を強く刺激した。
「わわっ、美味しそう〜!いただきまーす!」
ケータはありがたく、積まれた唐揚げを箸でつまみ、口に運んだ。一口齧ると、鶏肉の旨味と出汁醤油の風味が、ケータの口内にブワッと広がった。
「ウィスパーさんとジバニャンちゃんもどうぞ〜」
美智代にそう言われたウィスパーとジバニャンは、ケータ以外の人間に食事を振る舞われるという、もはや長いこと置かれていなかった目の前のシチュエーションに若干困惑しつつも、それでもやはり食欲には抗えず、唐揚げを口に放り込んだ。
咀嚼した唐揚げを飲み込んだウィスパーは、相当お腹が空いていたのか若干おかしなテンションになっていた。
「…で、出来立ての唐揚げです…!外はカリッカリ、中はジューシー!出汁醤油と胡椒の風味が口の中に広がりdericious!」
「どうしたニャン、急に。
…ただ、この唐揚げは本当に美味しいニャンねえ…」
ジバニャンは急におかしくなったウィスパーに冷静なツッコミを入れつつ、しみじみとそう言った。
そんな三人を見た直樹が、嬉しそうに言った。
「気に入ってくれたのなら何よりだよ。まだまだあるから、沢山食べてね」
直樹のそんな言葉に、三人はまた目を輝かせた。
───そんな時、久々に両親の手料理を口に入れたひとりは、少し涙声になりながら、感慨深そうに言った。
「…ああ。本当に、帰ってこれたんだな。私」
そんなひとりを見た直樹と美智代は、優しい笑みを浮かべて、ひとりの方を眺めた。ケータたちは、そんなひとりたちを眺めると、心の底から安堵するのだった。
食事を終えてしばらくすると、ケータは直樹と美智代から「妹のふたりの目にも、ひとりの姿が見えるようにして欲しい」と、とても申し訳なさそうに、かつ切実にお願いされた。ケータはもちろん快諾して、現在後藤家の二階にある寝室で昼寝から目覚めたばかりのふたりを見つけたところだった。
「…へんなねぐせのお兄ちゃん、あなたはだあれ?」
ふたりにそう言われたケータは内心「変な寝癖…」と、ふたりの発した子どもの純粋であるがゆえの残酷さが滲んだ言葉をリフレインしながらダメージを受けていたが、すぐに気を取り直して、真剣な表情を浮かべながら言った。
「お兄ちゃんの名前はケータだよ。…それよりもふたりちゃん、大事なお話があるんだ」
そんなケータの気配に子供心ながらただならぬ気配を感じたふたりは、ケータにゆっくりと尋ねた。
「…大事なお話って、なに?」
ケータはふたりに静かに微笑んで、言った。
「ふたりちゃんのお姉ちゃんが、帰って来たんだ。オレに着いて来て。すぐに会わせてあげる」
ふたりは、目を見開きながら言った。
「…お姉ちゃんが帰って来たの!?どこにいるの!?」
ケータは静かに、ふたりに手招きをして、階段を降りた。
リビングに着くと、ケータはゆっくりと左手首からウォッチを外して、ふたりに持たせながら言った。
「その腕時計の右側に着いてるボタンを押して、お部屋を照らしてみて。二匹くらいの変なのと一緒に、君のお姉ちゃんも見えるようになるはずだから」
「お姉ちゃんも変だけどねっ!」
ふたりの実の姉に対する酷い扱いに内心ひとりを憐れみつつも、世の兄弟姉妹とは案外こういうものなのかもしれない。と、一人っ子であるケータは思うのだった。
───と、次の瞬間。ウォッチの光を部屋中にブンブン振り回して遊んでいたふたりの動きがピタリと止まって、ふとその目尻に涙が溜まり始める。
「…お姉ちゃん!お姉ちゃんだ!」
ふたりは、泣き出しながらそう言った。
…どうやら、ふたりは、ひとりのことを姉としてちゃんと好いていたらしい。その事実を再確認したケータは、安心したようにほっと胸を撫で下ろした。
「…ふたり?お姉ちゃんのことが…見えるの?」
ふたりとケータに気づいたひとりが、そう呟くように言った。
ひとりのその声を聞いたふたりは、感極まったように言った。
「うんっ…!変なの二匹と一緒に見えるよ!
…おかえりっ!お姉ちゃん!…ふたり、お姉ちゃんがいなくなっちゃってから、ずっとさみしかったよ」
そんなふたりの言葉を聞いたひとりは、涙目のまま、優しくふたりに笑いかけながら、言った。
「ふたり。寂しい思いをさせちゃってごめんね」
ひとりはふたりに近づき、ふたりの頭を撫でながら言った。
「…でも、お姉ちゃんはもう帰って来たから。もうふたりに寂しい思いなんて、させないよ」
その言葉を聞いたふたりは、怒ったように、でも少しだけ嬉しそうに言った。
「…お姉ちゃんのばか。ほんとに、ほんとに寂しかったんだから」
ひとりは、ぐずるふたりの背中を撫でつつ優しくあやした。
「はいはい。もうお姉ちゃんはこうして帰ってきたんだから、泣かない泣かない」
その光景をいつの間にかケータの傍に来て無言で眺めていたウィスパーとジバニャンが、涙を流しながら言った。
「ゔゔ…なんと美しき姉妹愛…。変なの呼ばわりされたことなんてもはやどうでも良くなってきました…」
「あっだがいニャン…。ずでぎながぞぐあいだニャン…」
ケータは、そんな二人を見て困ったように笑い、ひとりとふたりの方を優しい目で見つめながら、静かに呟いた。
「…だね。ひとりさんって、なんだかんだで、ちゃんとお姉ちゃんなんだなあ」
───そうして、後藤家が再び真の意味で一堂に会するようになる頃には、日はすっかり沈みきっていた。
ジミヘン、と呼ばれているこの家の飼い犬と何やら意気投合した様子のジバニャンと、ふたりに頭のほにょほにょで遊ばれているウィスパーを尻目に、ケータはふと、そろそろ家に帰った方が良いのではないかと思案する。一応、遠出するということは事前にお母さんに伝えてあるとは言え、まだ小学生の自分が、こんな時間まで外に、それも県外にいるという状況は、とても好ましくない。
早く家に帰ろう。そう思ったケータは、道に迷った時のことを考えて念の為持って来たうんがい鏡の妖怪メダルを、ポケットの中から取り出して妖怪ウォッチにセットしようとすると、いつの間にかすぐ傍に来ていたひとりに、メダルを持っている方の手首を掴まれた。
「…ひとりさん?」
ケータは虚を突かれたようにひとりの方へと振り返ると、ひとりは真剣な表情を浮かべて言った。
「まっ待って、ケータくん。…行っちゃう前に、改めて、お礼を言わせてほしいんだ」
「…うん、わかった」
そんなひとりの言葉を聞いたケータは小さく頷くと、うんがい鏡のメダルをポケットにしまい、ひとりの方へと体を向けた。
そんなケータの様子を見たひとりは、素直に待ってくれたことに深く感謝をしつつ、静かに、でもはっきりと言葉を紡ぎ出した。
「前に、ちょっとさ。私がとある女の子に誘われてバンドに入った話をしたと思うんだけど」
ケータは、ひとりが初めて自分の家に来た日、今週の水曜日の夜のことを思い出して、ゆっくりと頷いた。そんなケータの様子を見たひとりは、再び言葉を紡ぎ出し始める。
「私、あの時、こんなことはもう二度としてないんだろうな、って漠然と思ったんだ。私のことをちゃんと見てくれて、手を差し伸べてくれる人たちに出会えるなんて、もう二度としてないって。
でも…」
ひとりは一旦言葉を区切ると、ケータの目にはっきりと目線を合わせて、言った。
「まさか、またそんな人たちとすぐに会えるなんて思わなかった。
私を、そのままの私を見てくれて、手を差し伸べてくれて、受け入れてくれる心の優しい人たちが現れるなんて…。そしてその人たちは、今こうして、みんなに見えなくなっちゃった私を、また家族のみんなの目に見えるようにしてくれた。…どんな言葉でも、どんな歌詞でも、この感謝を表せる気なんてしないや」
ひとりは続けて、強い意志のこもった口調で言った。
「…また、絶対に会いに行くね。ケータくんがどこにいて、何をしていても。ケータくんは私の為に色々してくれたのに、私だけケータくんに何もしてあげられないのは───悔しいよ」
そんなひとりの言葉を聞いたケータは、ゆっくりと口を開いた。
「…オレもまた、会いに来るよ」
その言葉を聞いたひとりは、目を見開いた。
ケータは、そんなひとりを見つめながら、再び言葉を紡ぎ出した。
「だって、ひとりさんはまだ、ひとりさんとバンドを組んでくれたその人たちとは再会できていないじゃない。
…それに、オレもまた、ひとりさんに会いたいから」
ケータのその言葉に強い衝撃を受けたひとりは、顔を赤らめて思わずたじろぎながら、言葉にすらなっていないような言葉で慌てて尋ねた。
「…えケケケケータくんそそれってどういうことどういうこと!?!?」
ひとりにそう迫られたケータは、自分の直前の発言を思い返すと、少し顔を赤らながら訳を───
「お、落ち着いてひとりさん!?この言葉に深い意味は───やばっ、もうすぐ6時!?もう帰らなきゃ!」
───話そうとした途端、もう暢気に話をしているような時間ではないことに気づいたケータは、慌ててウィスパーとジバニャンに向けて声を張り上げた。
「ウィスパー!ジバニャーン!そろそろ帰るから、支度してー!」
ケータのその声を聞いたウィスパーとジバニャンは、それぞれふたりとジミヘンにそろそろ帰らなければならないことを伝えた後に、慌ててケータの下に駆け寄った。
ウィスパーとジバニャンを連れたケータは、心配そうな表情を浮かべたひとりの両親と、そして何やらそわそわした様子のひとりに挨拶をした。
「じゃあ、直樹さん、美智代さん、そしてひとりさん。唐揚げ、ごちそうさまでした!またいつか遊びに来ますね!」
直樹は心配そうに言った。
「流石にもう真っ暗だし、僕が家まで送って行くよ」
ケータは首を振って言った。
「いえ、オレの家はさくらニュータウンの方にあるので。流石にそんな距離を運転していただくのは申し訳ありません」
美智代は申し訳なさそうに言った。
「さくらニュータウンの方からわざわざこんな所まで娘の為に来てくれたの?…もうすっかり暗くなっちゃったし、電車で帰るにしても1時間以上は掛かっちゃうわ。お家に電話して、今日はウチに泊まって行ったら?」
ケータは「大丈夫です」と一言だけ言うと、ポケットからうんがい鏡の妖怪メダルを取り出した。
「───オレのともだち、出てこい『うんがい鏡』!妖怪メダル、セットオン!」
時計から経文のようなものが書かれた黄色い無数の光の帯が出てくると、その中に真ん丸のシルエットが浮かび上がった。光の帯が消えると、そのシルエットが明らかになり、鏡のような姿をした生き物が現れた。その鏡のような生き物は、少し嬉しそうにしながらケータに向かって口を開いた。
「ケータさん、私になにかご用事でしょうか〜?」
ケータは申し訳なさそうにしながら、その鏡のような生き物───妖怪『うんがい鏡』に用件を伝えた。
「いきなり呼び出しちゃってごめんね、うんがい鏡。もし良かったら、オレたちを家の前まで送ってくれるかな」
うんがい鏡は張り切って言った。
「ケータさんの頼みならばお安い御用でございます!ぺろ〜ん!」
うんがい鏡がそう言うと、体を光らせ始めた。ケータとウィスパーとジバニャンはその光の前に立つと、驚いたまま固まっている直樹と美智代、そして「ケータくんの持ってる時計がそんなことできる道具だなんて知らなかったな。そんな機能があるなら私のこともいつかそれで呼んでほしいな」と思っているひとりに改めて挨拶をした。
「それでは、さようなら!オレの頼れるともだちのことは、また今度たくさん紹介させてください!」
「そんニャア頼れるともだちだニャンてえ…」
「そんなあ頼れるイケメン執事だなんてえ…」
「…ウィスパー、そんなことは一言も言ってないけど。…でもまあ、いつも頼りにしてるよ」
「言ってるじゃないでうぃすかあケータきゅん!」
…最後まで仲良く漫才を続けながら、三人の姿が消えていった。
そして、目の前にいる二人の人間の目線と、一つの強い妖気を感じたうんがい鏡は、その目線と妖気の元に一言挨拶をした。
「それでは、私はこれでお暇させていただきます。
…そちらのお強そうなお嬢さん!ケータさんのこと、是非ちゃんと守ってあげてくださいね」
うんがい鏡はひとりに向かって優しい表情を浮かべながらそう言い残すと、ドロン!と煙を残して静かに消えた。
それからしばらくした後、直樹は、未だに唖然としながら呟いた。
「…凄い子がお友達になったね、ひとり」
美智代は、ひとりの肩に手を置いて、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「ひとりちゃん。うんがい鏡さんの言う通り、ケータくんのこと、ちゃんと守ってあげるのよ。…好きな男の子は、自分の手で守ってあげなさい。その男の子にとって、一番頼れる女の子でありなさい」
美智代のその言葉を聞いたひとりは、力強く頷いた。
家の扉を開けたケータは、母親から心配そうな声色で声を掛けられた。
「おかえりなさいケータ!どうしたの、ちょっと遅かったじゃない!」
ケータは靴を脱ぎながら、頭の中で都合の良い言い訳を適当にでっち上げて、口を開いた。
「ただいまー!ごめん!ちょっと偶然会ったともだちと盛り上がっちゃってさー!」
ケータのその言葉を聞いた母親は、しょうがなさそうに言った。
「まったく、この子ったら…。時間はちゃんと見るようにしなさいよね」
ケータは、素直に謝罪を返しながら、部屋へと向かっていった。
「ごめんなさいっ」
母親は、そんなケータの背中に声を掛けた。
「晩ごはん、もうちょっとしたらできるから。呼んだら来なさいね」
「はーい!」
ケータはそう返事を返すと、自室のドアを開いた。
ひとり分のスペースがなくなり、気持ちがらんとした部屋を見て、ケータは静かに呟いた。
「…こうしていると、なんだかちょっと寂しくなってくるね」
ケータのそんな言葉を聞いたウィスパーとジバニャンも、どこか切なげに同意した。
「またお会いすることはできるでしょうが…。この家の一員としての彼女とお話ができるのはあれが最後だったかもしれませんねえ」
「一緒にいたのは二日くらいだったニャンけど、それでも確かに、ひとりちゃんはオレっちたちと一緒に暮らしてたんだニャン…」
ケータは、気を取り直して言った。
「…いつまでも、くよくよしていられないよね。
それに、ひとりさんにはまだ、会えていない大切な人がいるんだ。オレたちのやることは、まだ終わってはいないよ」
そんなケータを見て、ウィスパーもジバニャンも、改めて気を取り直して、前を向いた。
いつものように晩ごはんを食べて、お風呂に入り、歯を磨いて眠りに就く直前。
ウィスパーのキモいイビキが響く暗い部屋の中、ケータは一人思った。
(ひとりさんとオレたちには、いつかきっと、離れ離れにならなきゃいけない時が来るんだろう)
ケータの心が、寂しさに染まる。自分にも、いつかはひとりと離れなくてはいけない時が来る。それはケータも、ひとりと出会った時に薄々と感じていたことだった。
(…でも、それは今じゃない。むしろ今は、ひとりさんと離れちゃいけない時だ)
…しかし、ケータの心は、ゆっくりと寂しさを振り切っていく。そして徐々に、寂しさの代わりに別の感情が湧き上がっていくのを感じる。
(なら、今を。ひとりさんに会えて、ひとりさんの力になれる今のこの時を、大切にしなくちゃ。
これから先、どんなことがあっても、絶対に忘れないように)
───それは、決意だった。
ちなみに、完全に余談ですが、この小説のイメージソングは
ぼっちざろっく側だと「星座になれたら」と「僕と三原色」
妖怪ウォッチ側だと「よかよかララバイ」と「ケラケラホーのうた」
です!
原作タグ、どっちにした方が良い?
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妖怪ウォッチ
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ぼっち・ざ・ろっく!