フツーな少年とぼっちな少女   作:ウロタクサン

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8.わちゃわちゃアルバイト

 

ケータへのSTARRYの無料解放が決まったその少し後に、何やらミステリアスな黒髪の女性が入店してきた。彼女は開店前のSTARRYに、明らかに血の繋がりがないであろう中年の夫婦と小学生がいる状況を不審に思いながらも、星歌から事情を聞くと納得した。そして、彼女も同じようにケータに腕時計を貸してもらい、彼女の目にも妖怪のひとりが見えるようになった。

ちなみに、彼女の本名はこの店の誰も知らないらしく、周りの人が彼女のことを「PAさん」と呼んでいたので、ケータもそれに倣ってそう呼ぶことにした。彼女は優しそうな男子小学生から「さん」付けで呼ばれるという状況に、少し満更でもなさそうだった。

 

そんな話をしているうちに空の色が暗くなってきたので、ひとりの両親はケータたちを家の近くまで送り届けて行った。妖怪のままでは人に認識されることができず、電車に乗ることができないので、ひとりも一緒に帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───そして、またその次の土曜日。ケータは、せっかく自由にSTARRYに入店することができるようになったのだからと、ひとりに頼んでSTARRYに同伴させてもらうことにした。

ひとりは、妖怪のままでは学校に通うことすらできず、このまま何もせずにいることも苦痛なので、せめて自分の存在を認識することのできる人たちのいるSTARRYには顔を出すことにした。下北沢までは、母親に頭を下げて送迎を頼むことにした。

 

昼ごはんを食べ終えた後。下北沢駅でひとりと待ち合わせをしていたケータは、様々な店やアートが立ち並ぶ街を見回してしみじみと言った。

 

「…一週間振りに見たけど、やっぱりオシャレな街だなあ」

「定期的にSTARRYに遊びに行くことを考えると、この景色もこれからは定期的に見るようになりそうでうぃすねえ」

「この街、色々なお店があるニャンねえ。オシャレな服も美味しい食べ物もいっぱいありそうニャン!」

 

ケータの隣に来ていたウィスパーが、ケータの発言に同意するように言った。その反対側にいるジバニャンが、様々な服や美味しそうな食べ物が売っている店に興味を惹かれたように、辺りを見回していた。

 

 

───そして、その時。同じように下北沢に着き、ケータを探していたひとりが駆け寄ってくると、嬉しそうに言った。

 

「あっ、ケータくん。…えへへっ。来てくれたんだね」

 

ケータは、笑顔でひとりに言った。

 

「ひとりさん!今日はよろしくね!」

 

ひとりは、頼もしく返事を返した。

 

「う、うんっ!…久し振りのバイトだけど、ケータくんにかっこいいところ見せられるようにするぞ〜!」

 

ケータは、そんな元気そうなひとりの姿を見て嬉しそうにしながら、ひとりの案内のもとで、改めてSTARRYへと足を進めた───

 

 

「おっ、ぼっちちゃん、それにケータくん!良く来てくれたね〜」

 

地下に向かう階段を降り、ドアを開けて店に入ると、虹夏の快活な声が耳に入ってきた。ひとりは、虹夏のその挨拶に、相変わらず少しどもりつつ返事を返した。

 

「に、虹夏ちゃん、こんにちは」

 

ケータは、元気よく虹夏に返事を返した。

 

「虹夏さん、こんにちは!今日はどうもよろしくお願いします!」

 

虹夏は、そんなケータの元気な挨拶を見て、嬉しそうにしながら言った。

 

「お、ケータくん、元気いいね〜!…あ、そうだ!」

 

虹夏は、ふと何かを思いついたように言った。

 

「リョウと喜多ちゃんが来るまで、まだちょっと時間があるんだ。せっかくだし、あたしとお話しようよ!」

 

ケータは、虹夏のその言葉に頷いた。

 

「はい、もちろん!」

 

 

 

───ジュースが三つ置かれたテーブルの前の椅子に、ケータとウィスパーとジバニャンが座っている。ケータは少し遠慮がちにジュースに口を付けつつ、口を開いた。

 

「改めて紹介します。オレの執事のウィスパーと、ともだちのジバニャンです。」

 

ケータのその紹介を受けたウィスパーは、恭しく言った。

 

「私はウィスパー。ケータ君の執事でございます。昨日はこちらのジバニャンともども見苦しい姿をお見せして大変申し訳ございません」

 

虹夏は、ウィスパーのその礼儀正しい態度に、昨日キレ散らかしてたあの幽霊と本当に同一人物なのかと一瞬疑いかけた。

ウィスパーが自己紹介を終えると、ジバニャンも口を開いた。

 

「オレっちはジバニャン!車に撥ねられてポックリ逝っちゃった飼い猫の地縛霊ニャン!でも、今はケータの家に居候中ニャン!」

 

ジバニャンの自己紹介を聞いた時、虹夏は何かを思い出したようで、一瞬だけ深い悲しみを帯びた表情を浮かべたが、すぐに気を持ち直した。

 

「…そっか!ウィスパーさん、ジバニャンちゃん、これからよろしくねっ!妖怪のおともだちなんて初めてだから、ちょっと新鮮かも!」

 

ウィスパーは虹夏のその言葉に、少し笑いを押し殺して言った。

 

「ブッ、フフ…幽霊に新鮮って…フフフフ…ウワハハハハ…」

 

…一体何が彼のツボに入ったのかは知らないが、ウィスパーは虹夏の発言を思い返しながら込み上げる笑いを堪えていた。

虹夏はウィスパーを少し胡乱な目で見ると、ケータに向かって言った。

 

「…ねえ、ケータくん。失礼かもしれないけど、ウィスパーさんってなんだかちょっと…変だね」

「なぬーっ!?」

 

虹夏のその発言を受けたウィスパーは、先程までの笑いが吹き飛ぶほどのショックを受けた。

 

ケータは虹夏のそんな発言に、流れるように同意した。

 

「いえ、失礼どころか全くもってその通りです」

「なんですとー!?」

 

ウィスパーはそんなケータの言葉に、抗議の声を上げた。…しかし、ケータは続けて言った。

 

「…ウィスパーはちょっとどころか、かなり変なヤツだけど…。でも、オレが困った時は、いつも助けてくれるんです。ジバニャンも、いつもはウチでダラダラ寝っ転がってますけど…。オレが危ない時は、真っ先に飛び出して守ってくれるんです」

 

そんなケータを見た虹夏は、優しい気持ちになった。

 

(この子、本当に妖怪のともだちのことが大好きなんだね…。ぼっちちゃんがこの男の子を好きになったのも、ちょっと分かる気がするな)

 

ケータと虹夏の会話を静かに見守っていたひとりは、虹夏の表情を見て、胸の中にモヤモヤとしたものを抱えていた。

 

(虹夏ちゃん、ケータくんのことが気に入ったのかな。それは嬉しいんだけど…。…嬉しいんだけど、ケータくんが結束バンドのみんなと仲良くなる度に、ケータくんが私から離れていっちゃうような気がする。それは───絶対にやだな)

 

 

と、ひとりがそんなことを考えていると。

 

「───おはよう。早いね、諸君。良い心がけだ。…お、ケータ。一週間振り」

「こんにちは、みなさん!…あ、ケータくん!遊びに来てくれたのね!」

 

ドアが開き、リョウと喜多がやってきた。

二人がやってくるなり、ウィスパーとジバニャンは二人に近づいて言った。

 

「改めまして私めはウィスパー。あちらにおわす天野景太君の執事でございます」

「オレっちはジバニャン!車に撥ねられた猫の地縛霊で、ケータのともだちニャン!」

 

リョウはそんな二人とケータをしげしげと見つめて、口を開いた。

 

「…唇白お化けに紅白猫。それに赤いパーカーの寝癖少年。なんだかやたらと紅白ばっか。暖色は虹夏と郁代でもうお腹いっぱいだと言うのに…」

 

リョウのその発言を聞いたケータは、何かが引っかかったようにリョウに尋ねた。

 

「…あの、郁代さんって、どなたの」

 

名前ですか。ケータがそう言い終わる前に、喜多が目にも留まらぬ速さでケータに詰め寄った。

 

「その名前は言わないで」

「え」

「良いから。言わないで。私のフルネームは喜多喜多よ。郁代なんてシワシワネームじゃない」

「…は、はい…」

 

先程まで笑顔だった歳上の女性に突然真顔で有無を言わせず詰め寄られたことによる恐怖で、ケータは脳の理解が追いついていなかった。しばらくすると、ケータの脳の働きが再開して『郁代』というのは彼女の下の名前であることを思い至った。

そんなケータの恐怖心を敏感に感じ取ったひとりが、これまた目にも留まらぬ速さでケータを庇いながら言った。

 

「…喜多ちゃん。ケータくんを怖がらせないでください」

 

ひとりが今までに見たこともないような怖い目をしていたので、郁代だけではなく虹夏とリョウも、思わずたじろいだ。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

郁代は恐怖のあまり喉がこわばりつつも、どうにか謝罪の言葉をひり出した。

 

目の前の光景のあまりの衝撃に言葉を失っていた虹夏が、心の中で呆然と呟いた。

 

(あんなに怒ったぼっちちゃん、今までに見たことないよ…。ぼっちちゃんからあんな目で睨まれちゃったら、あたしもう三日は夜中に一人でトイレ行けないかも…)

 

 

 

───それからしばらくして。

 

「お前ら、そろそろ掃除を始めてくれー。…ケータくんはそいつらの仕事を見てるでも良いし、アタシらんとこに雑談しに来るんでも良いぞー」

 

星歌がそう呼びかけると、四人はすぐさまテーブルの上のコップを片付けて、掃除用具を出した。

手慣れた様子でてきぱきと掃除をこなす四人を見て、ケータは少し感動を覚えた。

 

リョウはモップを動かしながら、ケータに雑談を持ち掛けた。

 

「そういえば、ケータ」

 

ケータは意外な方向からの呼び掛けに、驚きながら返事を返した。

 

「どうしたんですか、リョウさん」

 

返事を受け取ったリョウは、ケータに質問をした。

 

「ケータって、どのくらいお小遣い貰ってるの?」

 

その言葉を耳にした虹夏は、信じられないものを見るかのようにリョウの方を見ながら言った。

 

「…お前まさか、流石に冗談だよな?」

 

そんな虹夏を尻目に、リョウが口を開いた。

 

「私、実は今お金がなくて…。三日前からもう何も食べれてない」

 

ケータは思わず驚いて言った。

 

「ええっ!?大変じゃないですか!」

 

リョウはそんなケータの反応に満足そうにしながら、こんなことを宣った。

 

「そう。とっても大変。だから、そんな大変な私に、ご飯を奢って欲しい。それかお金貸して」

 

傍目でやりとりを見守っていたウィスパーとジバニャンも、リョウのその発言にドン引いた。

 

(こ、この人…男子小学生にタカってやがる…!)

(こいつやべーニャン…。借りパックンかU・S・Oにでも取り憑かれてるんじゃないかニャン…?)

 

ケータは困ったように眉を八の字にしながら言った。

 

「ご、ごめんなさい。ウチ、そこまで特別お金を持ってる訳でもなくて…。帰りの電車賃くらいしかないんですけど、カレー一杯くらいなら食べられると思います。オレはともだちに力を貸してもらって帰るので、気にしないでください」

 

ケータのそんな素直な反応に、リョウもさすがに心が痛んだようだった。

 

「い、今のは全部ウソ。私は全然大丈夫。だからその財布はしまっ…!?」

 

その瞬間、ものすごい怒りを帯びた気配が近づいてくるのをリョウは感じた。その気配の主は───リョウとケータのやりとりに、最初から聞き耳を立てていた、ひとりだった。

ひとりは、ゆっくりと口を開いた。

 

「…リョウ先輩」

「ひっ」

 

自分に怒りのオーラを飛ばす、今までに見たこともないような後輩の姿に、リョウは思わず口から情けない悲鳴を上げた。

 

「私から借りたお金を未だに返してくれていないのも、まだ前に貸したお金を返してもいないのにまた私からお金を借りようとするのも、この際は良いとします。…けど」

 

ひとりはそこで言葉を区切ると、静かに深呼吸してから、言った。

 

「…ケータくんにタカることだけは、絶対に許しません」

 

ひとりの今までにないような怒気に触れたリョウは、泡を吹きながら失神しかけていた。ケータは、若干涙目になりながら怯えている虹夏と郁代、泡を吹いて倒れかけているリョウ、カウンターの方から呆然とこちらを見ている星歌、そして抱き合ってガタガタと震えているウィスパーとジバニャンを見て、慌ててひとりを静止した。

 

「ひ、ひとりさん!?オレはもう気にしてないから!それに、リョウさんも結局オレからお金を取ろうとしなかったし、落ち着いて!?ねっ!?」

 

ケータのそんな声を聞き届けたひとりは、静かに怒気を収めた。

 

「…ケータくんがそう言うなら」

 

ひとりが怒気を収めたことで、リョウは気を取り戻した。

ケータの前まで来ると、リョウは頭を下げた。

 

「ケータ…本当にごめんね」

 

ケータは首を横に振って、笑顔で言った。

 

「いいえ、オレはもう気にしてません。だって、結局リョウさんは、オレからお金を取ろうとしなかったでしょう?」

 

リョウはそんなケータの笑顔を見て、強い感心と罪悪感に駆られた。

 

(…この子、騙されたのに全然怒らない。それに、さっきだって素直にお金を貸そうとしてくれてたし。…私は、こんなに優しい子を騙そうとしてたんだね)

 

リョウがいつになく素直に自分の行いを反省する様を見て、傍目で見ていた虹夏が深く衝撃を受けた。

 

(あのリョウがあんなに素直に反省するなんて…。あの子の心の前だと、リョウですらも浄化されるのか…)

 

虹夏がそう心の中で呟いていると、ケータが少し不満気に口を開いた。

 

「…それよりも、オレはその『ぼっちちゃん』っていう、ひとりさんへの呼び名の方が気になります」

「…違うのよケータくん。先輩たちは───」

「喜多ちゃん、待った」

 

ケータのその言葉を聞いた郁代は事情を説明しようとするが、虹夏がそれを静かに止めた。

そして虹夏は、少し困ったように笑いながら言った。

 

「…あはは、まあそりゃそうだよね。あたしも初めてこのあだ名を聞いた時、あまりのデリカシーのなさに引いたもん」

「あだ名、なんですか…」

 

ケータがまだ納得いかなさそうに呟くと、落ち着いたひとりが、ケータに優しく、そしてどこかとても嬉しそうにしながら言った。

 

「うへへ。ありがとね、ケータくん。私のこと心配してくれて。…でもね、大丈夫。この人たちは親しみを持って私をこの名前で呼んでくれてるから。私もこのあだ名、大好きなんだ」

 

ひとりのその言葉を聞いたケータは、ようやく納得したように呟いた。

 

「…そうだったんだね」

 

そして、虹夏とリョウに申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい。オレってば、そうとは知らずに…」

 

虹夏とリョウは嬉しそうに笑いながら言った。

 

「ううん、良いの良いの!…だって、ケータくんがぼっちちゃんの為にあたしたちに怒れる子だってことが、わかったから」

「ケータは、心の底からぼっちのことを大切にしてくれてる。…それがわかっただけで、私たちは嬉しい」

 

郁代も、優しい目をしながらケータに言った。

 

「ケータくん、本当にひとりちゃんのことを大切に思ってるのね…。あなたがひとりちゃんを見つけてくれた子で、本当に良かったわ」

 

ひとりが三人のその言葉に同意するように、深く頷きながら言った。

 

「うん。私、今とっても嬉しかった。…ありがとう、私の為に本気で怒ってくれて」

 

四人のそんな言葉を聞いたケータは、照れくさそうにはにかんだ。

 

(青春でうぃすねえ)

(青春ニャンねえ)

 

ウィスパーとジバニャンも、そんな五人を優しい目で見守っていた。

 

 

 

と、STARRY内に少しほっこりとした空気が流れていると、何やら入り口の方から何やら酔っ払った女性の声が響いた。

 

「ぜぇ〜んぱ〜い。しゃわ〜かしてぐだざ〜い」

 

その女性はドアを開くなり、玄関に倒れ込んだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

ケータは慌ててその女性に駆け寄り、女性の体を助け起こした。女性の体はとても軽く、小学生のケータでも思ったよりあっさりと助け起こすことができた。

女性はケータの腕の中でゆっくりと目を開けると、酒の臭いがする口を開いた。

 

「ありがと〜。…ん?キミ、見ない顔だねぇ〜。だあれ?」

 

その時、女性の肩を支えるケータの背後から、星歌が歩いてきて言った。

 

「ごめんな、ケータ君。コイツはアタシの大学の後輩。SHIC HACKっていう結構人気なインディーズバンドのベースボーカルをしている、廣井きくりだ。…酒癖最悪な、飲んだくれのロクデナシだがな」

 

星歌の説明を受けたケータは、自分の頬をつんつんと指でつつく目の前の女性がまさかそんなに凄い人だとは思わず、驚いた声を上げた。

 

「ええっ!?この人、凄い人だったんですね!」

 

そんなケータの素直な褒め言葉を受けたきくりは、嬉しそうにして言った。

 

「おっ、ケータくん…だっけ。キミぃ、なんだかとってもいい子だね〜」

 

きくりにそう言いながら頭をわしゃわしゃと撫でられたケータは、慌てながらも少し満更でもなさそうにした。

 

───と。きくりはふと、ケータの左腕にある、フシギな形をした腕時計に気づいた。

 

「およ。ケータくんやあ、その腕時計はなあに?」

 

ケータは驚いて、きくりの方を見ながら言った。

 

「こ、この腕時計は『妖怪ウォッチ』って言って、フツーの人には見えない妖怪を見たり、呼び出せたりする道具です」

 

きくりは興味を惹かれたように言った。

 

「ほぉ〜。妖怪ってあの、河童とか、座敷童子とか?」

 

ケータは、同意するように言った。

 

「はい、その妖怪です!」

 

そしてきくりは、向こうの、結束バンドが掃除をしているテーブルの方に指を差しながら言った。

 

「それと───向こうのテーブルの方にうっすらと見える、青紫の唇をした幽霊とか、腹巻をした赤い猫とか?」

 

ケータは、きくりの発言の思わぬ衝撃に転げそうになりながら、驚きのあまり大声できくりに尋ねた。

 

「ええっ!?き、きくりさん。もしかして、向こうにいる幽霊と猫が見えるんですか!?」

 

きくりはそのケータの質問に、笑いながら答えた。

 

「あっはは〜。私事故物件に住んでるからさ〜、そう言うなんか、こう…霊感、みたいなのがさあ。ちょっとあるんだよね〜」

 

ケータはおそるおそる、きくりに尋ねた。

 

「じゃ、じゃあ、ひとりさんのことも、見えているんですか?」

 

きくりはその言葉を聞くと、首を傾げて言った。

 

「えぇ?見えてるも何も───ぼっちちゃんはフツーにいるじゃん」

 

ケータは確信した。この女性───廣井きくりは、ウォッチなしで妖怪が見える女性だ。ウィスパーとジバニャンのことは、朧げにしか見えていなかったようだが、ひとりのことは、はっきりと見えているようだった。

 

その言葉を聞いた星歌は、思わずきくりに食って掛かった。

 

「は、はあ!?じゃあお前、1週間くらい前ここに来た時に、なんで何も言わなかったんだよ!?」

 

星歌の勢いにたじろいだきくりは、慌てて言った。

 

「ちょちょ先輩!?違うんですって!みんなあからさまにぼっちちゃんを無視するから、ぼっちちゃんの誕生日サプライズパーティーでも仕込んでんのか、それか無視ドッキリでも仕掛けてんのかなって思って何も言えなかったんですよ!」

 

きくりのその言葉を聞いた星歌は、怒り半分でツッコんだ。

 

「んな悪趣味なことアタシらがする訳ねーだろ!第一してたとしても止めろよ!」

 

尚も夢中で自分に食って掛かろうとする星歌に落ち着きを取り戻させる為、きくりが声を上げた。

 

「つか先輩!すぐ近くでずっと先輩の怒号を聞いてたケータくんが怖がって縮こまっちゃいましたけど、流石にこれは可哀想ですよ!?」

 

しかし、星歌はそれでも止まらずに、とうとうきくりの首根っこを引っ掴んだ。

 

「うるせえっ!元はと言えばてめえが原因だろうがァ!!」

「ちょちょちょ先輩、ギブ、ギブ…」

 

きくりの首根っこを窒息寸前まで絞め上げる星歌を見て、ケータの顔がとうとう恐怖に青ざめた。

───すると。一瞬、星歌ときくりの後ろを、ピンク色のナニかが通り過ぎた。あまりにも素早過ぎて、きくりも星歌も、しばらくその存在に気づくことができなかった。

やがて、二人はそのあまりにも恐ろしい気配を感じると、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 

「…店長さん、お姉さん。ケータくんが怖がってます。喧嘩をやめてください。今、すぐに」

 

───そこには、怒りのあまり、妖力を身体中から滾らせたひとりが、いまだに涙目で青ざめているケータをお姫様抱っこで抱き上げながら立っていた。

ひとりは必死に、溢れ出る怒りと妖力を抑えながら呟いた。

 

「…ケータくん、今日はせっかくSTARRYに来てくれたのに、怖がらせられて、お金も取られかけて…。

私、こんなに怒っちゃったの、産まれて初めてかもしれないな。…これ、ちょっと抑えきれるか、わかんないや」

 

その言葉とともに、ひとりの周囲にドロっとした妖気が立ち昇る。ひとりはケータを優しく地面に下ろして自分の後ろに来させると、その妖気を手の中で練り上げて、頭の中で突如として現れた技名らしきナゾの単語を言い放ちながら───放った!

 

「『どろろん陰キャオーラ』」

 

その妖気の波は、瞬く間に星歌ときくりをドロっと包み込んだ───!

 

 

 

───どろ〜〜ん…

 

「…ん?なんだろ、このぼっちちゃんがぼっちタイムに入った時にでも流れてきそうな物音」

 

掃除も既に終わりかけて、もう後数分で営業時間というところになった時に、玄関の方からおかしな物音を耳にした虹夏が言った。

 

「虹夏、喩えがやたらと具体的だね」

 

リョウがそう虹夏にツッコんだ時、玄関の方を見ていた郁代が、何やら信じられない光景を目の当たりにしたように慌てて二人に言った。

 

「い、伊地知先輩、リョウ先輩!玄関の方を見てください!」

「ん、どうしたの、喜多ちゃ…!?」

 

そんな郁代の反応が何やら気がかりだった虹夏が、玄関の方を慌てて振り返ると───そこには、衝撃的な光景が広がっていた。

 

「いつも酒ばかり飲んでいてごめんなさい…」

「30一歩手前にもなったのに未だに結婚すらできてなくてごめんなさい…」

「よしよしケータくん。怖かったよね。でももう大丈夫だよ。ケータくんを怖がらせる人たちは、お姉ちゃんが全部やっつけちゃったからね」

 

…いつぞやの虹夏と郁代のように、ひとりの陰キャが移ったような落ち込み方をするきくりと星歌。そして、ケータを優しく抱き寄せながら慰めるひとりがいた。

 

「…ナニこの状況」

 

この光景を見た虹夏は、呆然とそう呟いたのだった。

そんな虹夏の肩に手を置きながら、リョウは言った。

 

「アレは私たちには救えないモノ」

 

 

 

それからまたしばらくしてSTARRYの営業時間がやってくると、きくりと星歌が正気を取り直し、ケータに見苦しいところを見せた、と深々と頭を下げた。

STARRYの営業が始まると、ケータはそろそろ帰らなきゃと言いながら店の面々に挨拶をして、ウィスパーとジバニャンを連れて、電車に乗る為にひとりに駅まで案内してもらっていた。

 

「ひとりさん、今日はどうもありがとね」

 

ケータがそうひとりに礼を言うと、ひとりはとても申し訳なさそうにして言った。

 

「ううん。むしろごめんね。怖い思いばっかりさせちゃって」

 

ひとりのそんな言葉を聞いたケータは、慌てて首を振りながら言った。

 

「そんなことないよ!…むしろちょっと、楽しかったかも」

 

ひとりはそんなケータの言葉を聞いて意外そうにしながら、ケータを見つめた。

ケータは、そんなひとりの目線を受けつつも、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

「…オレの去年の夏までの人生はね。出会う人も、経験する出来事も、オレ自身も。その何もかもがあまりにも『フツー』すぎる、そんな人生だったんだ。でも…」

 

ケータは、ウィスパーを抱きかかえながら楽しそうに言った。

 

「そんな時に、このウィスパーと出会って、妖怪ウォッチを手に入れて…」

「うぃっす〜…」

 

続けてケータは、ジバニャンを肩に乗せながら歌うように言った。

 

「ジバニャンや、みんなに出会って、妖怪の世界を冒険したりして、とっても楽しかった」

「ニャ〜…」

 

そしてケータは、少し寂しそうにして言った。

 

「…けど、人間としてのオレは、それでも、どこまで行っても『フツー』のままだったんだ。オレはひとりさん達みたいに、追いかけたい夢も、人を惹きつける特別な何かも持ってないから」

「…っ!」

 

ケータのそんな言葉を聞いたひとりは、はっと息を呑んだ。

ケータは、ひとりの緊張を解すように、優しく笑いかけながら、言った。

 

「…でもね、そう悩んでる時にひとりさんと出逢って、フツーじゃない、面白い人達ともたくさん出会って…」

 

ケータは、感慨深そうに笑みを浮かべながら言った。

 

「ひとりさんたちと出会ったことで、今までフツーだったオレの人生に、何か大きな転機が訪れかけてる…。なんだか、そんな気がするんだ」

 

ひとりはケータのその言葉を聞いて、思った。

 

(…私はこれからも、ケータくんのことをずっと傍で見ていたい。そして───ケータくんにも、私のことをずっと傍で、見ていて欲しい。私の弾くギターを、私の奏でる音楽を。ずっとずっと傍で、聴いていて欲しい)

 

続けてひとりは、こう思った。

 

(…でも、私が妖怪のままじゃ、その夢はいつまでも叶わないんだよね。だって───結束バンドのギタリストとしてステージの上でギターを弾く私を、ケータくんに魅せられないから)

 

そして、ひとりはこの瞬間、初めて心の底からこう()()()

 

(ああ───人間に、()()()()())

 

ひとりがそう願った瞬間、ひとりの存在が───ほんの少し、()()()()()になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今までで一番大事かもしれない余談ですが、この時空ではケータくんもフツーに歳を取ります。この時点でケータくんがウォッチを持ってから経った時間は1年と3ヶ月ほど。
つまりケータくんの今の時期は、小学校6年生の秋から冬頃となっております。

原作タグ、どっちにした方が良い?

  • 妖怪ウォッチ
  • ぼっち・ざ・ろっく!
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