日露戦争において追い詰められた日国は呪術を使用する。

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第1話

「ロシアが攻めてくる」1906年、日国ではそう噂が広まっていた。ロシアは東洋のジパングと目されている日本を、すでに虎視耽々と狙っていると見られていた。

だから、1904年に日国陸軍大臣に就任した山県有朋は、軍強を急速に整えながら、以下にしてロシアとの国力差を埋めるか、頭を悩ませていた。

そのため部下や同僚、さらに民間の有識者を相手に、有朋は議論を重ねていた。

「日本は島国である。ゆえに、海から攻めてくる敵に対しては強い」

「しかし、海軍が負けたら、どうにもならんでしょう」

「それなら軍艦を増やせばよい。戦艦を造れば、なんとかなるのではないか」

「どこにそんな金があるんだ。そんなことをすれば、戦費で財政が破綻する」

「だが、しかし……」

議論はやいのやいのとなり、てんでに勝手なことを言い始め、まるでまとまる気配がなかった。

そんな時ある宗教指導者が声を出した。

「呪術でロシア兵を呪ってはどうか」

「呪術……?それはどういうものだ」

「読んで字のごとく、呪いである。敵を攻撃する呪法が存在する」

「そんなものがあるのかね」

「ある。我が国には古来、優れた呪術の技術者がいた。その者たちを集って研究すれば、必ずや敵を打ち倒すことができる呪法を開発できるだろう」

「そんな物が本当にあるわけ無いだろ!バカバカしい!」

「しかし、ほかに有効な手はない」

「仮にそんな物があったとしてもだ。敵を攻撃するのであれば、我が国の陸軍を強化すれば事足りる」

「いや、ロシアの国力は強大である。我が陸軍がいかに強化したとしても、敵うものではない。」

「しかし、呪術など……」

「今はいかなる手段を使っても、国を守らねばならん時なのだ」

「それに、もしかしたら予算がかなり浮くかもしれんぞ」

「確かに……」

その一言で、呪術の研究費を出すことが決定された。

 

* * *

信州長野は別名神州ともよばれ、多くの霊山がそびえる日本の中でも、特に霊験あらたかな土地であった。

その神州のとある山の中、小さな祠の前で、二人の男が向き合い座っていた。

「兄上、虫集め終わりました。」

「よし、では、いよいよ呪術を使うか……」

二人の男は呪術師の立花一族であった。立花家は、代々山に住み、修業を重ね、日本全国から訪れる人々の依頼を解決しながら、修行を続けてきた。

しかし、20年前、明治維新を迎えた日本は近代化を進めようと国策として積極的に西洋の科学技術を取り入れ始めてから、依頼はめっきりと減ってしまった。

「では、兄上、お願いします」

「うむ」

兄の威蔵は、呪術を使うための特殊な呼吸法を行い始めた。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

すると、その口からは呪文が漏れ出した。

威蔵の額から汗が流れ落ちる。しかし、その汗は地面につく前に、まるで見えない壁があるかのように弾かれてしまった。そして、威蔵の口から漏れる言葉は徐々に大きくなり、やがて祠の周りの空気を震わせるほどの大きさになった。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

威蔵の口から、ひときわ大きな言葉が漏れた時。辺りの空気が変わった。

「な、なんだ」

弟の理蔵は、突然の出来事に驚き、辺りを見渡した。

しかし、何も変わったところはない。しかし、何故か胸がざわつくのを感じる。まるで自分が自分でなくなってしまうかのような不安感や恐怖心に襲われた。

「兄上!何かおかしいです!」

理蔵は兄に向かって叫んだが、威蔵は集中しているようで反応がない。

するとその時だった。

虫が次々と枯れて、死んでいった。

「兄上……これは一体……」

理蔵が驚き、言葉に詰まると、威蔵はゆっくりと目を開いた。

「成功だ」

「これが呪殺術……」

理蔵は呆然とつぶやいた。

「そうだ、これは呪術によって虫を死に至らしめる術だ」

「しかし、本当に効果があるとは……これでロシア兵を倒せますか?」

「無理だな。所詮は虫を殺す術。これで人間を殺すことはできん。」

「そうですか……」

理蔵は落胆したが、威蔵は続けた。

「だが、人間を倒すことはできなくとも、時間稼ぎにはなる」

威蔵の言葉に理蔵は首を傾げた。

「時間稼ぎ……ですか」

「そうだ。ロシア兵にかけ続ければ、敵を倒す事はできんが、敵が攻めてくるのを遅れさせることはできる」

「なるほど……」

理蔵は納得した。しかし、すぐに次の疑問が浮かんだ。

「しかし兄上……この術に成功しますか?」

「一応五割の確率で成功はする」

威蔵が断言した。

「五割……ですか」

理蔵は、その低い確率に不安を感じた。

「しかし、ロシアには呪術師はいないはず。この術を使えるのは日本にしかない」

「確かにそうですが……」

威蔵は、ゆっくりと立ち上がった。

「ともかく、今はこの呪術を鍛錬するしか無い。理蔵よ、手伝ってくれ」

「はい!」

二人は再び祠の前で座禅を組み始めた。

***

 

二人が東京の陸軍から依頼を受けて、呪術を使い始めたのは今から半年前の事であった。

陸軍はロシアとの開戦に備えて、呪術を軍事利用できないかと考え、その専門家である立花一族に依頼をした。

「呪術の軍事利用ですか」

「そうだ。我が国でも、呪術の修行をしている者はたくさんいるだろう?」

威蔵が聞き返すと、陸軍の岡田少将は頷いた。

「ええ、もちろんおります」

岡田少将の答えを聞いて、威蔵は少し驚いたが続けた。

「しかし、呪術というのは非常に繊細で難しい技術です。そう簡単に使いこなせるものではないでしょう」

すると、今度は陸軍の高官である大河原少将が答えた。

「そうなのかね」

「はい。我々はこの術を修行してきましたが、人を呪うなどということは、とてもできません。我々は農民たちからの害獣や害虫を退治するぐらいが関の山です」

「うむ……つまり、軍事利用は難しいと?」

「はい。特に実戦では難しいでしょうな」

威蔵が言うと、岡田少将は少し困った顔をした。大河原少将は隣で威蔵を睨みつけた。その眼光の鋭さは有無を言わせぬ迫力があった。

「たが、我が国は金もないし技術もない。手段を選んではいられんのだ。だから、君に頼むしかないのだ」

「しかし……」

威蔵は困ったように眉を下げた。大河原少将が畳み掛けるように言った。

「君達には招集命令が出ているはずだ。断れば君たちを逮捕することになるだろう」

「……」

立花兄弟は、無言でうつむいた。

「だが、招集に応じれば色々と君たちの要求を聞こう。例えば、君らの子供を東京の学校に入れることも可能だ。もちろん学費はこちらで負担しよう」

威蔵はしばらく考えてから答えた。

「わかりました。召集に応じます」

「よし、では君たちに期待しているぞ」

 

* * *

召集に応じた立花兄弟は、東京の軍施設に呼ばれた。

そこでは、陸軍が威蔵たちの呪術の軍事利用について議論をしていた。

「さて、君たちに試し撃ちをしてもらいたい」

大河原少将が言うと、威蔵は眉をひそめた。

要するに、虫殺しの呪術を人に試せと、そう言っているのだ。

「はい……」

威蔵は渋々うなずいた。しかし、理蔵はまだ納得していない様子だった。

「実験の人間には、我々と同じ軍の人間を使うのですか?」

威蔵が聞くと、岡田少将は首を振った。

「いや、違う。死刑になる予定だった罪人を使う」

「死刑……ですか……」

理蔵が衝撃を受けたように言う。

「そうだ。死刑を免除される代わりに、呪術の実験に協力するというわけだ」

大河原少将が言う。

「なるほど……」

威蔵は納得したように言った。「では、さっそく始めてくれ」

「わかりました」

威蔵は返事をした。

 

 

威蔵たちは、陸軍に連れられてある部屋にやってきた。部屋の中には一人の男がいた。その目は虚ろで何も映していないようだった。

「こいつは死刑囚だ。貴様らが死刑にする前に呪術の実験台として使ってやる」

大河原少将が言うと、男はゆっくりと顔を上げた。そして、威蔵たちを見た途端、目を大きく見開いた。どうやら威蔵たちの事を知っているようだ。

しかし、すぐにまた無表情に戻ったので、大河原少将は気にせず続けた。「では始めろ」

「はい」

威蔵は呪文を唱え始めた。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

すると、男が苦しみだした。身体中を痙攣させ、口から泡を吹き出す。そしてついには動かなくなった。

大河原少将と岡田少将は顔を見合わせた。二人は信じられないといった顔をしている。

「これはすごい……」

大河原少将が感嘆の声を上げる。

「ええ、これほどの威力があるとは思いませんでした」

岡田少将も驚いている様子だ。しかし、威蔵は浮かない顔をしていた。

「いえ、失敗です。死まではいかなかったようです」

威蔵は、倒れている男を見ながら言った。

「そうなのかね?」

「はい。おそらく、まだまだ威力が足りないのかもしれません」

「ふむ……ではもっと強い呪法を使うしかないな。しかし、君たちは呪術を使えるが、我々は使えん。だから、君たちに頼むしかないのだ」

大河原少将の言葉に威蔵はうなずいた。

 

* * *

それからというもの、立花兄弟は毎日呪術を使い続けた。

しかし、人を呪殺できるようになるまで、まだまだ時間がかかりそうだった。

 

 

* * *

2人が東京に召集されてから半年後、ついにロシアとの戦が始まった。

日本は日露戦争において連戦連勝し、さらに領土を拡大させていった。しかし、その勢いも長くは続かず、旅順要塞の攻略に手こずっていた。

そこで、大河原少将は威蔵に旅順要塞攻略のための呪術の活用を提案した。

「旅順要塞に呪術で攻撃したらどうかね?」

大河原少将が言うと、威蔵は少し考えてから答えた。

「申し訳ありませんが、それはできません」

「なぜだね?旅順要塞は難攻不落だ。君たちの呪法で攻略できないのかね」

「はい。確かに我々の術を使えば、旅順要塞を攻略することも可能でしょう。しかし、呪術は未完成で、敵味方の区別なく攻撃してしまいます。」

「なるほど……だか、こうやって話している間にも、敵は我々を攻撃しているかもしれん。早くしなければならんのだ」

「わかっております。しかし……」

威蔵が言い淀むと、大河原少将は苛立ったように言った。

「分かった。立花達を使うのは最後にしよう」

「かしこまりした」

大河原少将は、威蔵たちを招集して旅順要塞攻略のために呪術を使うよう命令した。

 

* * *

立花兄弟が旅順要塞に向かい、責任者である乃木将軍と面会したのは、年が明けた1月の事だった。

「初めまして。立花威蔵と申します」

威蔵は乃木将軍に頭を下げた。隣にいた理蔵もそれに倣う。

「うむ……」

乃木は険しい表情のまま答えた。さらに陸軍の重鎮である大河原少将もいるためか、緊張しているようだ。しかし、すぐに気を取り直して言った。

「それで、我々に何の用だ?」

「はい。我々は呪術を使うことができます」

威蔵の言葉に、乃木将軍は眉をひそめた。

「どういうことだ?」

「はい、我々は特殊な術を使うことができるのです」

「ほう……それで、その術とはなんだ?」

「はい。それは人を呪殺する術でございます」

「呪殺か……。話には聞いている。……もちろん、弱点もな」

乃木将軍は威蔵の言葉に一瞬驚いたようだが、すぐに冷静になった。威蔵はすぐに返す。

「はい。そうです。我々は呪殺を使うことができますが、敵の識別ができませぬ」

威蔵が言うと、乃木将軍は考え込む様子を見せた。そしてしばらくしてから言った。

「……司令官としてはお前達を使うのは反対だ。しばらく待て。」

「では私達は何のためにはるばるここまで来たのですか」

理蔵が思わず声を上げた。乃木将軍は、理蔵の方を見た。

「まて、理蔵!分かりました。では、傷病人の手当をさせて頂きます」

威蔵が理蔵を抑えながら言った。乃木は表情を変えずに言った。

「いいだろう」

 

* * *

2人は旅順要塞の野戦病院に向かい、傷病人の手当を行った。

野戦病院は酷い有様で、まるで野戦病院の体をなしていない。

塹壕の中で治療をしていたが、傷口からの感染症により次々と戦病者が増えていたからだ。

しかし、立花兄弟はそんなことは気にせずに黙々と働いていた。

 

戦局は芳しくない。

二回の総攻撃は、いずれも大損害を出して失敗に終わっている。

旅順要塞攻略は日本に近代という洗礼を授けられる羽目になった。

科学の進化により効率よく、また正確な攻撃が可能になったのだ。

その結果1時間で1万人以上の死傷者を出してしまう。

まさに、地獄絵図でしかなかった。

しかし、そんな状況下にあって旅順要塞は依然として堅固にそびえ立っている。

日本軍は焦土作戦を実施し、徹底的な砲撃を開始した。

それはまるで、魂のない機械が相手を追い込んでいるようであった。

 

* * *

1月のある日の晩のことだった。威蔵と理蔵は陸軍からの呼び出しを受けた。

2人は指定された場所へと向かう。そこには大河原少将の姿があった。

「よく来てくれたな」

大河原少将が言うと、二人は頭を下げた。

「それで、我々に何の御用でしょうか」

威蔵が聞くと、大河原少将はにやりと笑って答えた。

「うむ……実はな。旅順要塞の攻略を乃木将軍に上奏したのだ」

「旅順要塞の攻略ですか……」

理蔵が聞くと、大河原少将はうなずいた。

「そうだ。しかし、乃木将軍は反対してな。それで、お前たちに説得してもらいたいのだ」

「説得ですか……」

威蔵は困惑した表情を浮かべた。

大河原少将はそんな威蔵の様子を見て言った。

「ああ、そうだ。乃木将軍を納得させれば、呪術の使用許可が出るだろう」

「わかりました」

威蔵が答えると、理蔵もうなずいた。

 

* * *

二人は乃木将軍の部屋を訪ねた。

「乃木将軍、お話がございます」

威蔵と理蔵は戸を開けて部屋の中に入った。そこには厳しい面持ちをした乃木将軍の姿があった。

二人は敬礼をすると、口を開いた。

「我々は旅順要塞攻略のために呪術を使います。どうか許可を頂きたいのです」

威蔵の言葉に乃木将軍は眉をひそめた。そして、しばらく沈黙が続いた後、ようやく口を開いた。

「ならん。呪術は人を呪殺するためのものだ。敵味方の区別なく攻撃してしまうのだぞ」

「はい、存じております」

威蔵の言葉に乃木将軍は驚いた様子を見せた。しかし、すぐに表情を戻すと言った。

「ならばなぜ使うというのだ?」

威蔵が答えるより先に理蔵が答えた。

「これ以上被害を出せば、日本は戦争に負けます。旅順要塞攻略をしなければ日本が負けるでしょう」

理蔵の言葉に乃木の顔色が変わった。

「このままでは死んで行った戦友たちに申し訳が立たない」

威蔵も続けて言った。その言葉を聞いた乃木将軍は目を閉じて考え込んだ後、口を開いた。

「わかった。呪術を使用するのを許可しよう」

こうして、旅順要塞攻略のための呪殺が始まったのである。

 

* * *

ニ人の呪術は信州神之土空神を祈祷する。

白い水干に黒い烏帽子。

白い小袖に身を包み、両手首に数珠を巻いている。

二人の手首の数珠は呪殺のための数珠である。

二人は目を閉じ、手を合わせて印を結ぶと、深く息を吸い込んだ。そして朗々と唱える。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

 

信州神之土空神は古の土着の神々である。

平安時代末期、大噴火に襲われた信州に巨人が降臨し、噴火を鎮めた。

その後、信州に土着して、守護神となり人々に祀られるようになったという言い伝えがある。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

威蔵が唱えるごとに、空気が渦を巻き始めた。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

理蔵が唱えるごとに、大気中の水蒸気が集まって水滴になる。

その水滴は集まりながら大きくなり、雨雲へと変わる。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

威蔵が唱え終えると、辺りは暗くなった。まるで夜になったかのようである。そして次の瞬間には雷鳴が轟いた。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

理蔵が唱えると同時に、大粒の雨が降り出した。それはすぐに激しい豪雨となり、地面を叩きつけた。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

 

すると、ロシア側からも悲鳴が聞こえた。

岡田が双眼際でロシア陣地を見ると、ロシア兵が次々と倒れていく様子が見えた。

ロシア兵は次々と倒れていき、まるで地獄絵図のようであった。

「ядовитый дождь(毒の雨だ)!!!」とロシア兵の叫び声が聞こえた。

 

「よし、今から203高地を攻撃せよ!」

大河原少将の号令で、兵士たちは突撃を始めた。

しかし、ロシア兵も黙っているわけではない。毒の雨で倒れてもなお、日本軍の歩兵に対して銃撃を加え、必死の抵抗を見せる。

しかし、日本軍の精鋭部隊と歩兵の突撃を受けてはひとたまりもない。

たちまちのうちにロシア兵は駆逐されてしまい、203高地も陥落するのだった。

 

だが、毒の雨の効力は味方にも及んでいた。

兵士は次々と倒れていったのである。

 

「被害が大き過ぎた……」

大河原少将は苦虫を噛み潰したような表情で言った。

日本軍の約2割の兵士がこの毒の雨を被弾してしまったのである。

そのため、兵士達は吐き気、めまいを起こし、重い症状を呈し、多くの死傷兵を出す結果となってしまった。

立花兄弟もこの戦果に驚嘆した。

「まさか、ここまでの効果が出るとはな……」と威蔵は言った。

理蔵もうなずくと言った。

「ああ、兄上。良くも悪くも、この術は我らの手に余る……」

 

二人はその後乃木将軍を訪ねた。

「二人とも、よくやってくれた…。」

乃木将軍は二人を褒めた。

しかし、その顔は苦悩に満ちていた。

「この術は封印したほうが良いだろう……」と乃木将軍は言った。

「ですが、本国からは呪術の行使を多用せよと命じられています」

岡田が言うと、乃木将軍は首を横に振った。

「だが、この術はあまりにも被害が大きい。これでは人を呪うために術を使っているようなものだ。我々は軍人なのだ。軍人は国民を守るのが使命であり、人を呪うためにあるのではない」

「確かにその通りです。しかし、命令を拒否すれば、我々は軍法会議にかけられ、処刑されてしまうでしょう」

威蔵が言うと、乃木将軍はため息をついた。そして言った。

「わかった。では、今後は呪殺を控えるようにしてくれ」

「はい」と二人は返事をした後、敬礼をしたのだった。

 

* * *

2人は旅順要塞攻略の功績により勲章を与えられた。しかし、その代償として多くの兵士の命を失ったのである。2人の心中は複雑であった。だが、それでも彼らは戦い続けるしかなかったのである……。

 

二人は奉天に向かい再び呪術を用いた。

それは、奉天要塞の攻略のためであった。

2人は白い水干に黒い烏帽子という出で立ちで呪殺を行うことにしたのである。

威蔵は数珠を巻き付けた手をゆっくりと合わせると、印を結び始めた。理蔵もそれに続く。

 

再び雨が降った。今回も毒を含んだ雨であった。

 

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

威蔵の唱えるごとに、空気が渦を巻き始めた。そして次の瞬間には雷鳴が轟いた。その衝撃で地面が大きく揺れる。

「オン・シュリマリ・ママリテイ・ソワカ」

理蔵の唱えるごとに、空気が渦を巻き始める。

そして、ロシア兵は次々と倒れていった。「突っ込め!」この時乃木将軍の声が轟いた。

日本軍は突撃を開始、ロシア兵を次々となぎ倒していく。

ロシア軍司令官のクロパトキンはこの攻勢に驚いた。

「毒雨に中に突っ込むなんて、日本軍は何か策があるのか?」

クロパトキンが疑問に思う間もなく、日本軍は次々とロシア陣地を突破していく。

 

「いかん!早く逃げなければ」クロパトキンは慌てて馬に飛び乗り、退却を始めた。

 

こうして、ロシア軍は撤退し、日本軍は勝利を手にするのであった。

 

その後、日本は日本海海戦でバルチック艦隊を壊滅させることに成功する。

これにより、ロシアは日本と講和を結ぶことになるのだが……。

 

* * *

日露戦争は日本の勝利で終わった。

だが、その代償は大きかった。戦死者数は軍人だけで2万人を越え、民間人を含めると3万名以上が亡くなった。

この戦争で、日本は国力の全てを注ぎ込んだのである。

そして、その代償として多くのものを失ったのであった。

威蔵と理蔵も例外ではない。

2人は乃木将軍から勲章を授与されたが、2人の心中は複雑であった。

彼らは戦争に勝つために呪術を用いたのだが……しかしその結果はあまりにも大きな犠牲を払ったのである。

威蔵と理蔵は戦死した兵士たちの墓参りをした。

彼らの死は決して無駄にはならなかったのだということを証明したかったのかもしれない。

彼らは墓前に立ち、手を合わせて祈った後、静かにその場を去ったのであった。

は日本軍の勝利で終わることになった。

戦後各国から呪術は危険だと非難された。

「日本は毒雨をロシアに降らせ多くのロシア兵を殺傷した。これは非人道的な行為である。我々も、この術を戦争に用いることはしない」

「非人道的というが、呪術など非科学だ。日本に科学を教えた欧米諸国が呪術などという迷信を信じるのか」

「しかし、戦場で白い服を着た日本人が呪殺を行っているのを見たとの証言がある。」

「あれは日本の従軍牧師が行っている祈りの儀式である。非人道的行為をしているわけではない」

日本はすっとぼけたが、日本を非難する声は収まることはなかった。

 

だが、欧米はこの戦果に大いに驚き、日本の軍事力を再評価する結果となった。

そして、日本は欧米諸国から「一等国」と認められるようになり、不平等条約の改正に成功。

日本は欧米諸国と対等な立場を手に入れ、植民地支配から脅威に脱却したのである。

日露戦争の勝利により、日本は新たな時代を迎えようとしていたのである……。

 

だが、それは呪術という新たな強力な兵器が世界に登場したことで、より多くの犠牲を払うことをも意味していた。

 

* * *

日露戦争後、欧米は日本を非難の目でみるようになった。

だが、欧米は各国で呪術を軍事利用できないかと研究が続けられた。

 

そして、世界大戦が勃発するのである。

すると欧米各国は戦場で呪術を兵器として使用した。

欧米の呪術は敵兵に毒ガスやウイルスなどを送り込むというもので、日本の呪術の応用であった。

日本も西洋式の呪術を研究、改良し、兵器として利用することに成功する。

こうして、日本の呪術と欧米の呪術が世界規模で戦争に用いられることとなるのである。

 

* * *

立花兄弟は岡田に呼ばれた。

「失礼します!岡田中将!」

「ああ……」

岡田は日露戦争の活躍で中将に昇進したのである。

「お呼びでしょうか?」

威蔵が言うと、岡田は口を開いた。

「お前たちも、軍服が様になってきたな。」

「はい、ありがとうございます。」

二人も功績で大佐、中佐まで昇格したのだ。

「ところで、呪術学校の件はどうなった?」

岡田の質問に二人は答える。

「はい、順調に進んでおります。来年には開校できる予定です」

「そうか……それは良かった……」と岡田は安心したように息を吐いた。

日本は立花兄弟を校長として、呪術学校を設立する計画を立てていた。

この学校では、一般庶民の子供たちから呪術の才能を持つ子供を集め、呪術の訓練を行う。そして、優秀な呪術師を育成する。

「これから、日本は世界を相手に戦うことになる。呪術の力はますます必要になるだろう」

岡田の言葉に威蔵が答える。

「はい、仰る通りです」

岡田は頷きながら言った。

「頼むぞ、立花兄弟よ」

二人は敬礼をして答えた。

「はっ!」

そして、岡田は部屋を出て行った。

 

* * *

2人は呪術学校で多くの優秀な呪術師を育成した。

彼らの多くは将来、軍の呪術部隊に入隊し、活躍した。

 

太平洋戦争が始まると、立花達の呪術部隊は米軍のパイロットに呪いをかけて操縦不能にさせるなど、戦果をあげた。

 

だが戦況は悪化の一途を辿り、日本は敗戦が濃厚となっていった。

 

軍部上層部は追い詰められていた。

そこで、呪術師を自分の命と交換に、敵に呪いをかけるという特攻部隊を設立することにした。

 

敵の部隊に自身の命を犠牲にして、呪いをかけた。

敵国は「カミカゼ」と呼んで恐れたという。

しかし、この特攻部隊は多くの命を失いながら戦果をあげたものの、日本は圧倒的物量に敵わなかった。

 

1945年、8月に広島、小倉、長崎、京都に原子爆弾が投下された。

 

さらに本土決戦を迎える。

本土決戦は一億玉砕の覚悟で臨んだ。

老若男女問わず、日本は死力を尽くした。

しかし、日本の敗北が濃厚となった時、立花兄弟に最後の命令が下された。

「特攻部隊として、敵の艦隊を呪殺せよ」と……。

2人は命令に従い、敵艦隊のいる海域へと向かった。

そして、そこで呪術を使い敵艦を次々と呪い殺したのである。

だがその代償は大きかった。2人は命を落としてしまったのであった。

この時、74歳と73歳であった。

しかし、2人の呪術師としての功績は後世に語り継がれていくことになる……。

 

だが、二人の戦果では戦況を覆すことはできなかった……。

1946年、7月。日本はポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏を受け入れることになる。

立花兄弟の死は無駄ではなかったのか?彼らは一体なんのために戦ったのか……。

 

戦後、連合国は日本の軍国主義的な物を全て排除した。

武道や刀剣、寺、神社、仏像、着物なども禁止され、軍国主義の象徴として扱われた。

特に呪術は弾圧の対象となり、呪術学校も廃止された。

立花兄弟が育てた呪術師たちも拷問を受け、処刑されてしまう者も多かったという。

 

呪術は完全に闇に葬られてしまったのである。

そして、日本人は戦後アメリカの支配下におかれることになった。

しかし、GHQによる改革によって、日本の軍国主義の象徴は排除され、教育や文化が欧米化していくことになる。

 

日本の伝統的な文化や武道も禁止されてしまう。

そして、第二次世界大戦の戦犯が裁かれ、戦争犯罪人への厳罰化が推進された。

日本政府は連合国の言いなりになり、属国と化す。

日本は民主主義国家として生まれ変わったが、古い伝統は弾圧された。

 

その後、日本政府の政策は、欧米国に忠実であることを要求された。

欧米の商品や食料を輸入し、欧米のマーケットを拡大する政策がとられた。

欧米諸国からの要求は厳しくなり、日本は経済的、軍事的に従属国となるしかなかった。

進駐軍は略奪、強姦、破壊行為などを行い、日本は荒廃していった。

欧米諸国が戦争を起こせば、多くの戦費を負担させられることになり、日本の国力は疲弊していった。

そして、太平洋戦争の犠牲も忘れさられていったのである……。

 

* * *

長野県の奥地に隠れた墓地がある。

立花兄弟の眠る墓地である。

立花兄弟の墓は政府が破壊しないよう、田舎の山奥に建てられた。

今も長野の人々は、立花兄弟の墓地を守っている。

しかし、その墓は誰も知らない場所に隠され、訪れる人もいない。

そして立花兄弟の魂は今もこの山奥に眠っているのである……。

 


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