『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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14-春風とともに

 暖かな風が吹き抜ける午後、ライモン高校の校庭には、春の終わりを感じさせる空気が漂っていた。

 二年生になったモーリは、教室の窓から外を眺める。

 

 桜の花はすでに満開を過ぎ、緑の若葉がちらほらと顔を出し始めている。グラウンドの隅では、はらはらと散る花びらが春の名残を惜しむように舞っていた。

 

 校庭では、新入生たちが体育の授業の準備に追われている。彼らのぎこちない動きや、何度も指示を仰ぐ様子が目に映る。

 

 モーリの前の席に座るミマが、窓の外を眺めながらぼそりと呟いた。

 

「いやぁ、初々しいですねぇ」

 

 モーリは視線を戻し、ミマの後ろ姿を見つめる。

 

「俺達も去年はあんな感じだったろ」

 

 ミマは背中を丸めたまま振り返り、にやりと笑った。

 

「いやいや、俺たちのほうがもうちょっと大人っぽかったよ」

 

 モーリは鼻で笑う。ちょうどグラウンドの片隅で、新入生の一人が準備運動の流れを間違えたのか、慌ててやり直しているのが見えた。

 

「変わらないよ」

 

 モーリは教室に流れ込む春風を感じながら、再び窓の外を眺める。

 

 視界に広がる景色は、ほんの少し高く、遠くなった気がする。去年までと同じ校庭のはずなのに、教室が二階に変わったことで見える風景も少し違って感じられる。

 

「教室が二階になっただけで、なんか景色も変わった気がするな」

 

 そう呟くと、ミマは前の机に頬杖をつきながら、のんびりと返した。

 

「分かるよ。大人になった気がするだけで、実際は何も変わってねーんだよな」

 

 モーリは返事をせずに、また外へ目を向ける。

 

 遠くで吹く春風が、枝に残る花びらをそっと運んでいく。やがてこの桜がすべて葉桜になった頃には、自分たちもまた一歩進んでいるのだろうか。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、モーリはカバンの中のボールをそっとなぞった。

 

 

 

 

 放課後のポケモンバトル部の部室には、春の午後の光が淡く差し込んでいた。窓の外ではグラウンドの喧騒が聞こえてくるが、部室内はいつもどおりのゆるやかな空気が流れている。

 

「いやぁ、できる限りのことはやったよ」

 

 イイダがやはりブニャットを躱しながらちょこんとソファーに座り、ため息混じりに腕を組んだ。

 部室の隅ではムラナカが新たな部員勧誘ポスターを描きながら彼に問うた。

 

「何を言ったんです?」

 

 イイダは得意げに胸を張ると、人差し指を立てて答える。

 

「まず、新人戦優勝者を輩出した部活であることをアピールした」

 

 スズモトがその言葉にノートから顔を上げ、軽く眉をひそめる。

 

「それ、モーリ君が勝っただけですよね」

「いや、でもだな、実績としては立派なものだぞ、お前らだってフェンスに貼られた『新人戦優勝、モーリ』の幕を見ただろ?」

 

 イイダの口調はどこか必死だったが、モーリが更に問う。

 

「他にはなにか言ったんですか?」

 

 イイダは更にもう一つ指を立てて答える。

 

「ヤマブキ大学合格者を輩出したこと」

 

 その言葉に、タケダが呆れたように言う。

 

「それはツキシタ先輩の努力ですぅ」

「いやいや、部活の存在があったからこそ、ツキシタさんも頑張れたわけだし」

「無理があると思いますぅ」

 

 タケダがあっさりと切り捨てる。

 イイダは何か言い返そうとしたが、部員たちの冷めた視線に耐えきれず天を仰いだ。

 

「そうは言っても他に語ることねーんだもんよお、後はトレーナーはモテるとかそんな事言うしかねえって」

「モテてんのモーリだけじゃないですか」

「おい」

 

 悪ふざけの空気が流れそうになったその時、部室のドアが静かに開かれた。

 

 部員たちが一斉に振り向くと、そこには顧問のサイトーが立っている。

 彼女にしては珍しく、口を真一文字に結んでいる。だがそれは彼女が怒っているわけではなく、むしろその逆で、戸惑っているように見える。

 サイトーは部室の空気を確かめるように一度視線を巡らせた後、ゆっくりと口を開く。

 

「入部希望者がいるぞ。二人だ」

 

 部員たちは一瞬、誰も声を発さなかった。誰もが聞き間違いではないかというような表情で、沈黙が広がる。

 

 最初に反応したのはスズモトだった。

 

「二人も?」

 

 モーリが思わず顔を上げると、ムラナカが手元を狂わせそうになった。

 イイダは椅子から立ち上がり、得意げに部員達を見回した。

 

「な!? な!?」

「先生、何かの間違いじゃないですか? バドミントン部とかと勘違いしてるんじゃ」

 

 サイトーは首を横に振り、手招きをする。

 次の瞬間、部室の入り口に現れたのは、整った髪を撫でつけ、少し気取った様子の少年だった。

 

「どうもー!」

 

 はっきりとした声が部屋に響く。彼は自信ありげに微笑んでいた。

 その横には、小柄で眼鏡をかけた少女が少し鋭い目つきで立っていた。彼女は軽く頭を下げる。

 サイトーは短く彼らを紹介した。

 

「コウヌとオーアサだ。ポケモンバトル部に入りたいと言っている」

 

 部員たちは、改めて二人を見つめる。

 ムラナカが声を落とし気味に呟いた。

 

「本当に来たんだ」

 

 イイダが一歩前に進み、ぎこちない笑みを浮かべながら言った。

 

「とりあえず、いらっしゃい」

 

 モーリはそんな彼の背中を見つめ、静かに頷いた。

 

「ようこそ、ポケモンバトル部へ」

 

 

 

 

 春の日差しが眩しい校庭のすみっこのすみっこ、そこがポケモンバトル部の定位置であった。

 学校内ではあまり目立たない彼らだが、新学期が始まり、新入生を迎えるとなれば部員たちの期待も少しは膨らむ。

 

「じゃあ、改めてよろしく頼むよ。ここで簡単に挨拶してくれる?」

 

 イイダが新入部員二人に声をかけると、二人は少し緊張した面持ちで前に出た。

 

 一歩前に出たのはコウヌ。

 伸びた色素の薄い髪はきちんと整えられ、制服も少し着崩している。見た目からは、どうにも普通の高校生とは少し違う雰囲気を醸し出していた。

 しかし、サイトーが何も言わないところから、おそらくそれば地毛で、着崩しも着こなしの範囲内と判断されているのだろう。

 

「えっと、コウヌです。実家が美容院をやってて、姉がホウエン地方でコーディネーターをやってるんですけど」

 

 そこまで言うと、彼は少し言葉を濁した。

 

「それで?」

 

 イイダが促すと、コウヌは恥ずかしそうに後頭部を掻きながら続けた。

 

「姉に、今の時代はトレーナーが熱いって言われて、それで入部しようと思いました」

 

 イイダは一瞬戸惑ったが、新入生の機嫌を損ねないよう、慎重に尋ねる。

 

「熱いというのは、具体的にどういう意味?」

 

 その質問に、コウヌは完全に言葉を詰まらせた。手元をいじりながら、しどろもどろに答える。

 

「あの、ええっと、人気者になれるというか」

 

 さらにモゴモゴと口元を動かして続ける。

 

「モテるというか」

 

 それを聞いた瞬間、部員たちは一瞬ポカンとしたが、次第に苦笑が広がった。

 スズモトが口元を押さえながら「なんか、正直な子だね」とつぶやくと、ムラナカが小さく笑い声を上げた。

 

「モーリありがとう。君がモテたおかげだ」

「おい」

 

 彼らのやりとりをぽかんと眺めるコウヌに、イイダが「じゃあ次はポケモンを見せてもらえるかな」と告げる。

 

「あ、ああ、はい」

 

 コウヌが慌ててボールを投げると、可愛らしい声と共にそのポケモンが現れる。

 青い体毛に、特徴的な尻尾。

 みずねずみポケモンのマリルであった。

 

「おっ」と、モーリがその姿に声を上げた。

 

 だが、イイダはそれに気づかず「ほぉお、かわいいじゃないか」とそれを褒める。

 

「姉ちゃんの知り合いから譲ってもらったんですよ」

 

 へぇ、と相槌を打つイイダの後ろから、モーリが声を上げる。

 

「手入れもコウヌくんがやってるの?」

「ええまあ」

「へえ、ずいぶん丁寧にやってるね」

 

 コウヌのマリルは毛並みがふっくらとして艶があり、どこか誇らしげな様子だった。

 コウヌは胸を張って得意げに答える。

 

「まあ、一応、美容院の息子なんで。毛並みのケアとか、いろいろやってるんです」

 

 その言葉通り、手を伸ばすとすぐに応じて頭を擦り付けてくるあたり、相当懐いているようだ。

 

 

 

 

 次に前に出たのはオーアサだった。

 小柄な彼女は少し緊張しているようで、眼鏡のフレームを直しながら一礼する。

 

「オーアサです。えっと、ツキシタ先輩に憧れて、この部活に入りました」

 

 その言葉に、部員たちは一瞬驚きの表情を見せた。ツキシタの名前は明らかに予想外だったからだ。

 

「ツキシタ先輩」とモーリが尋ねると、オーアサは真っ直ぐに頷いた。

 

「はい、私はツキシタ先輩と同じ学区、同じ中学校でして、中学の部活『数学研究会』では随分とお世話になりました」

「硬い部活入ってんなツキシタさん」

「はい、なのであの人がライモン高校でポケモンバトル部に入ったと聞いたときには随分と驚きましたが、今ではその理由もわかる気がします」

 

 彼女はメガネのフレームを直して続ける。

 

「私もあの人のように学生ポケモンバトルを制覇し、ヤマブキ大学合格を目指しています」

 

 その発言に、部員たちはお互いに目を合わせた。

 ムラナカが首を傾げながら「ツキシタ先輩が、学生ポケモンバトル制覇?」と呟く。

 

 オーアサは、その反応に気づくことなく、嬉しそうに続けた。

 

「はい。ツキシタ先輩は、この部活の大将だったと聞いてます。新人戦を優勝したモーリ先輩に様々なことを教えたのもツキシタ先輩だったとか」

 

 モーリは、その言葉に「うぅん、まあ」と、曖昧な返答を返した。

 記憶の中で、例えば学校生活や勉強のコツについては何度も教えを請いた事はたしかにあったが、少なくともバトルのことを教えられたことはない。

『様々』という言葉に含まれた魔法につままれるような感覚を覚え、それを否定することはできなかった。

 

「それ、誰に聞いたの?」と、スズモトが問うた。

 

 確かに、彼女らの知るツキシタがそういう『ふかし』をするイメージはなかった。

 オーアサは少し照れたように微笑んで答える。

 

「はい、ホージョーねえさんから聞きました」

 

 その答えに、ムラナカが思わず声を上げる。

 

「あの人、そういう惚気方するタイプなのかよ」

 

 その場が少し笑いに包まれる中、オーアサは真剣な表情で言葉を続けた。

 

「多少の誇張があることは分かっています。でも、私は本気で目指してます。ツキシタ先輩のように、ヤマブキ大学に行って、ポケモンバトルでみんなに認められるようになりたいんです」

 

 その熱意ある言葉に、モーリたちは少し感心しながらも、同時にツキシタが知らないうちに伝説的な扱いを受けていることに苦笑した。

 

「ポケモンは、どんなのを持ってるの?」

 

 イイダの問いに、オーアサは「はい」と返事をして、ポケットの中から取り出したボールを投げる。

 現れたのはとびはねポケモン、バネブーだった。

 彼はぴょんぴょんと跳ねながら、同時にバトル部の面々に興味津々なようで、くるくると回転しながら周りを見回している。

 

「あまり見たことないポケモンだなあ」

「そうだと思います。お父さんの実家がホウエンなので、そこで友達になりました」

 

 へえ、と、それ以上の質問をしないイイダに、モーリが変わりに質問する。

 

「扱いの難しいポケモンだよね。念力で心臓を動かす練習はしたのかな?」

 

 その問いに、オーアサは驚いたように背筋を伸ばして答える。

 

「はい! こっちにつれて帰るときに、フエンジムのアスナさんに教えてもらいました」

「はあ、なるほど」

 

 納得したように頷くモーリに「どういうこと?」と、スズモトが問い、同じように無言でムラナカが上から圧をかけてくる。

 モーリは「いい?」とオーアサに問い、彼女がそれに頷いたのを確認してから答える。

 

「バネブーはちょっと厄介な生態をしているポケモンで、飛び跳ねることで心臓を動かしているポケモンなんだ。だから飛び跳ねられなくなったらとても弱ってしまうから、一緒に生活することが難しいポケモンなんだけど、心臓を念力で動かすことである程度は融通がきくようにできるんだよ」

「はあぁ、頑張ってらっしゃるのですねぇ」

 

 その説明が一言一句間違っていなかったのだろう。オーアサは「はあ」と感心したようにため息を付きながらそれに答える。

 

「さすが、ホージョーねえさんがツキシタ先輩の次にいい男だと言っていただけのことはありますね」

 

 その言葉に「うわぁ」と、モーリが思わず素っ頓狂な言葉を発した。

 それに釣られるように、珍しくムラナカが大きく笑う。

 

「ホージョー先輩すごいの残していくじゃん」

「俺は、俺のこととはなんて言ってた?」

「イイダさんはもう少し動けと言っていました」

「慈悲もなし!」

 

 

 

 

「よし」

 

 それぞれが新入部員たちとの雑談を楽しんだ後に、イイダが手を叩いて言った。

 

「それじゃあ、そろそろバトルでもしてみるか!」

 

 その言葉に、新入部員の二人は背筋を伸ばした。

 

「バトルっスか?」

「そりゃまあ、ここバトル部だからな」

「まあ、そうッスけども」

 

 明らかに腰の引けているコウヌの足元で、マリルはいかにもやる気なようで、彼女なりに目つきを険しくさせ、短い手足でシュッシュとシャドーを披露していた。

 

「おっ」と、ムラナカはその動きに思わず声を上げた。パンチポケモンをパートナーにしている彼から見ても、マリルの動きはそれなりのものであったようだ。

 

「私達は構いませんよ」と、オーアサはメガネのフレームを直しながら答える。

 

「ポケモンバトルの覇道を歩む覚悟はできています」

 

 彼女のバネブーもぴょんぴょんと段々と高く跳ね上がりながらやる気満々のようだ。

 

「それで、誰が相手するんだ?」

 

 サイトーが部員達を見回す。

 するとイイダが不敵な笑みを浮かべながら、当然のようにモーリの肩を叩く。

 

「ここはやっぱり、新人戦優勝者が相手をすべきだろう!」

「はい?」

 

 突然の指名に、モーリは思わず顔をしかめた。

 

「俺?」

 

 イイダはニヤリと笑いながら、さらに肩を叩く。

 

「どうせなら新人王と戦いたいだろう!」

 

 その言葉に、コウヌは若干の怯えの表情を、オーアサは明らかに目を輝かせる。

 

「光栄です、ツキシタ先輩の次にいい男ですから」

 

 その言葉に苦い顔を見せながら、モーリは更に抵抗してみる。

 

「そういうのって普通部長の仕事でしょ」

「なんだとこの野郎こっち来い」

 

 そう言うや否やイイダは普段からは想像もつかない速い動きでモーリの首元に腕を伸ばし、ヘッドロックのようにして新入部員達に背を向けた。

 モーリが思っていたよりも力が強い。

 だが、イイダの口から聞こえた言葉はとても小さく弱々しかった。

 

「なあ、頼むぜ」

 

 その言葉が、明らかに懇願であるように聞こえたモーリは、そのまま重心を下げながらイイダに答える。

 

「なんでイイダさんが相手しないんですか」

「そりゃおめえ俺が新入部員達の良さ引き出せるわけねえだろうがよ。一生『ねむりごな』しかしてこなかった人生なんだぞ。新入部員眠らせてどうするんだよ、悪質な大学のサークルかよ」

「俺以外でも良いでしょ」

「俺以外ならお前が適任だろうがよ、お前ら一年三人衆の中で一番バトル中に余裕があるのは誰だ? お前だろ? 受けて勝つ、そういう横綱相撲ができるのはお前しかいないの」

「俺だってそう言うのが得意なわけじゃないですよ」

「得意とできるは違うだろ。行け、行け」

 

 そう言ってイイダのヘッドロックから振りほどかれたモーリは、渋々と「今度からそういうのは事前に言ってくださいよ」とイイダに言ってから新入部員達の前に立つ。

 たまたまそれが聞こえていたサイトーとスズモトはニヤニヤしていたが、それに突っ込む気力は残っていない。

 

「じゃあ、とりあえず、俺が相手するけど、どっちからにする?」

 

 手を上げたのはコウヌ、ではなく、彼のマリルだった。

 

「よし、それじゃあ、やってみようか」

 

 そう言ってモーリがボールを投げ、ブニャットが繰り出された瞬間に、マリルがそれに襲いかかった。

 

「あっ『たいあたり』!」

 

 その光景に驚いたコウヌの指示から間髪入れずに、マリルはその全身でブニャットに『たいあたり』した。

 

「やる気満々だな」

 

 モーリは大きくバックステップを取りながら彼らから距離を離す。『ねこだまし』に行くこともできなくはなかったが、ひとまずそれを受けてみた。

 ブニャットはわずかに後ろ足を踏み込むのみでそれを弾き飛ばした。

 コロコロと土まみれになりながらグランドを転がったマリルはそれでも立ち上がりキッとブニャットを睨みつける。

 

「大丈夫かぁ」とマリルを心配するコウヌとは対照的に、「おお」と、モーリはそれに感心した。

 

 すぐに立ち上がったファイトに対してもそうだが、何より予想外だったのはブニャットがマリルの『たいあたり』に後ろ足を踏み込んだことだ。

 

「『バブルこうせん』!」

 

 慌てたように繰り出されたその指示にしっかりと反応したマリルが遠距離から泡を発射して攻撃する。

 だが、ブニャットはそれには一切動じること無く、むしろそれを突き破るようにマリルに向かって突進した。

 

「『ひっかく』」

 

 泡を切り裂きながらの爪での攻撃に、マリルは大きくぐらつく。

 だが、それでも足を踏み込んで再びブニャットに飛び込んだ。

 

「『たたきつける』!」

 

 この頃になるとタイミングを掴んだのか、コウヌの指示もタイミングが合った。

 クルリと回転してブニャットの顎に叩きつけられる尻尾、ブニャットもそれに僅かに顔を歪める。

 いいコンビだ、と、モーリは本心から思った。

 

「『いあいぎり』」

 

 だが、攻撃を当てて足を止めたところに爪を合わせられ。マリルはそこで沈んだ。

 

「ああ、ごめんよ」

 

 慌ててそれに歩み寄って腰を落とすコウヌを目にやりながら、モーリは「次、やる?」とオーアサを誘う。

 

「勿論です」と、彼女が手を伸ばすと、それに合わせてバネブーが飛び跳ねた。

 

 出方を待つモーリとブニャットに、オーアサはためらうことなく指示を出す。

 

「『あやしいひかり』!」

 

 バネブーの頭上の宝石から、紫色の光がほとばしる。

 突然のまばゆさにブニャットは目を細めるが、遅かった。

 怪しげな光がブニャットの視界を覆い、思考をわずかに狂わせる。

 

「『サイケこうせん』!」

 

 高く飛び跳ね、高い位置からバネブーが攻撃する。

 それを受け、ブニャットはわずかに動揺したように首を左右に振った。

 

「なるほど」と、モーリは感心した。

 

 意識しているかどうかはわからないが『こんらん』している相手に対して、予想外の方向からの攻撃は非常に効果があるように思える。

 

「『ひっかく』」

 

 バネブーの着地側に攻撃をするも、それはわずかに標的を外し、ブニャットは前足を強かに地面に打ち付けた。

 

「行けます! 『サイケこうせん』!」

 

 再び宝石から放たれた念動力がブニャットを襲う。

 だが、それによってブニャットは正気を取り戻した。攻撃を受けた方向に頭を振り、そこで目標を再認識したのだ。

 

「『いあいぎり』」

 

 そうなれば後は速い、スプリントを駆使してバネブーに一撃を叩きつける。

 

「『あやしいひかり』!」

「『でんこうせっか』」

 

 再び混乱状態を狙ったバネブーが頭の宝石を光らせるよりも先に、ブニャットの攻撃が届く。

 それはバネブーの戦意を喪失させるに充分だった。

 

 

 

 

「さすが、ツキ兄の次にイケてる男ですね」

 

 バネブーに傷薬を与えながら、オーアサは面白いくらいの真顔でそう呟いた。

 それがツボに入ってしまったのだろう。ムラナカは大きく笑うが、モーリはもはやそれに突っ込む気も起きない。

 

「ああ、泥だらけに跳ねだらけだ、まずは体を洗わないといけないけど、応急処置だな」

 

 コウヌはすでにスズモトに回復してもらったマリルの毛並みが乱れてることを嘆きながら、どこからか取り出した櫛とブラシでさっさと彼女を撫でている。

 

 どちらも不可思議な光景であったが、モーリは手応えを感じていた。

 

「今年の新入生、良いですよ、良い」

 

 イイダとサイトーにそれぞれ顔を向けながらそういったモーリは、まずはコウヌの方を見て続ける。

 

「君のマリルの特性は『ちからもち』だね。『たいあたり』や『たたきつける』の威力が良かった」

 

 更にオーアサの方を見た。

 

「君達も良かった。『あやしいひかり』を良く当てた」

 

 段々と、モーリは言葉に力が入る。

 

「色々と見えてきました。タケダさんも今年はウカウカしていられないよこれ」

「なんでこっちの話になりますの!」

 

 春の柔らかな風が、グラウンドの隅にいるバトル部の面々をそっと撫でる。

 

 マリルは毛並みを整えられながら気持ちよさそうに目を細め、バネブーはまだ少しふらつきながらも誇らしげに跳ねている。

 オーアサは眼鏡を押し上げながら静かに拳を握り、コウヌは少し照れくさそうに笑いながらマリルの頬を撫でた。

 

 新たな風が、確かにここに吹き込んできている。

 モーリはブニャットの背を軽く叩き、ふっと息を吐いた。

 

「結構楽しいな」

 

 彼の呟きが、新年度の幕開けを告げるように春の空に溶けていった。




次回4/3 18:01予定

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