『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~ 作:rairaibou(風)
夕日が西の空を染め、校舎の影を長く伸ばしていた。
部活動を終えた生徒たちが次々と校門を抜け、帰路につく時間帯。まだ熱を持つアスファルトの上に、靴音が不規則に響いている。
校門の周りが、なんとなくざわついていた。
人が集まっているわけではない。むしろ、誰かを避けるようにして生徒たちが校門の反対側を通っている せいで、不自然な空間ができていた。
モーリはスズモトと並んで歩いていたが、その異変に気づいて顔を上げる。
校門の脇に、一人の男が立っている。
金髪、着崩した制服、腕を組んだ堂々とした立ち姿。
その見た目だけで、周囲の生徒たちが警戒し、彼を避けるように通り過ぎていくのが分かった。
「あれ、あの人」
スズモトが小さな声で言う。
全く知らない顔ではなかったが、その声色には怯えがあり、彼女もできることならその反対方向から出たいと思っただろう
モーリはその男を見て、相変わらずだなと、まず思った。
カザ。
リオー高校のバトル部員だ。背が高く、金髪で、制服を着崩している。
大会で顔を合わせたことがあるが、こうして改めて見ると、やはり威圧感のある風貌だ。
「多分、俺に用があるんだろうな」
彼の交友関係を深く知る訳では無いが、なんとなく、モーリはそう思った。
モーリはスズモトに耳打ちする。
「ここで別れよう、少し時間を潰してから帰れば良い」
それは自然な提案であったが、スズモトはそれに首を振った。
「私も一緒に行く」
その目線は、とても否定できるものではなくて。
しばらく考え、モーリは胸元をポンポンと叩いて、そこの笛の存在を感じてからそれに答える。
「わかった」
続けて彼女に耳打ちする。
「気づかないふりして、行っちゃおう」
そのまま、彼らはなるべく自然な様子を作りながら、校門の真ん中を通り過ぎようとする。
だが、否、予想通りか。
「おー、きたきた。おっせえぞモーリ」
当然のように名前を呼ばれ、モーリはその方向に顔を向ける。
カザの視線が、まっすぐにこちらへ向けられていた。
まるで獲物を見定めるような眼差しだったが、そこに敵意は無いように見える。
数秒、その視線が交わる。
そしてカザが、まっすぐモーリの方へ歩いてきた。
生徒たちがその動きに反応し、一瞬ざわめきが大きくなる。
彼はモーリの前に立ち、そして、その横に並ぶスズモトをちらりと見やった。
「ふうん」
鼻を鳴らし『なんだ、付き合ってんのお前かよ』 とでも言いたげな表情を浮かべる。
だが、それ以上は何も言わず、彼はモーリに向けて首を動かす。
「話がある、ツラ貸せ」
短い言葉とともに、カザはくるりと背を向け、そのまま歩き出した。
何の説明もない。だが、それが「ついてこい」という意味であることは明白だった。
モーリは一拍置き、スズモトを横目に確認する。
服の上から軽く胸元に触れた。
指先の感触が、ポケットに入れてある笛の存在を確かめる。
それから、黙ってカザの後を追った。
スズモトはなにも言わず、すぐにモーリの横に並び、足を速める。
不安そうな表情をしていたが、それでも彼女は引き下がらなかった。
モーリを守るように、彼のそばを離れなかった。
☆
カザが歩く後ろを、モーリとスズモトがついていく。
道はやがて河川敷へと続き、土手の斜面を下りた先に、大きな橋の下にできた空間が広がっていた。
その橋は、鉄道が走るために架けられた高架橋だった。
分厚いコンクリートの柱が川沿いに等間隔で並び、その下はちょうど雨風をしのげるようなスペースになっている。
地面は乾いていて、ところどころ雑草が伸びている。
橋の向こうにはゆっくりと流れる川が見え、ここまで来ると周囲の音はぐっと遠ざかった。
いかにも、良からぬことができそうな場所であった。
スズモトはわずかにそれに怯えている様子であったが、モーリは特に気にすること無く、習慣のように腰元のモンスターボールに触れる。
人通りが少ないということは、好きに暴れられるということでもあった。
カザは何も言わず、柱の一つに寄りかかると、煙草を吸うかのように顎を軽く上げて息を吐く。
そして、モーリを見て口を開いた。
「お前、カントーバッジを七つ持ってるってマジか」
その言葉に、モーリとスズモトは驚いた。
だが、モーリはすぐに落ち着きを取り戻してそれに問う。
「そうだけど、どこでそれを?」
カザはポケットに手を突っ込み、肩をすくめる。
「うちの監督が調べたんだよ、お前強すぎるってな」
モーリは「なるほどね」と短く答える。
カザの部の監督であるヤマサキなら、モーリの過去を調べることができてもおかしくはない。
そして何より、自分は暴れすぎた。そうなってもおかしくはないだろう。
モーリの沈黙にカザは一つ息を吐く。
「勢いで言っちゃったけど、女マネちゃんは知ってた?」
その問いにスズモトがうなずくのを確認し、少し間を置くと、彼は軽く首を傾げながら続けた。
「で、なんで七つ取ったのに、最後の一つを取らなかった?」
その言葉には、まるで当たり前のことを聞いているかのような、純粋な疑問が滲んでいる。
モーリはほんの少しだけ視線を下げる。
「負けたからだよ」
カザは少し眉を上げる。
「強いヤツと戦うのが嫌になったのか?」
モーリはそれに首を横に振ることはできなかった。
それを否定するべきだと思った、だが、それを完全に否定する勇気がなかった。
「さあ、どうなんだろう、自分でも良くわからない」
その言葉に、カザはふっと鼻を鳴らす。
「ふーん」
理解はできなかった。
カザにとって、負けは「終わり」ではない。
何度でも挑戦できるなら、何度でも挑戦すればいい。
彼なら、そうする。
モーリもまた、そうするやつだと思っていた。
「行きゃ良いじゃねえか、何度だって」
カザはぼそりと呟くように言った。
それは、失望とも、落胆とも言えない微妙な声音だった。
モーリはそれに何も返さなかった。
架道橋の下に沈黙が落ちる。
河の流れが遠くでくぐもった音を立て、上を走る鉄道の振動がコンクリートをわずかに震わせる。
カザはポケットに手を突っ込み、モーリをじっと見つめている。
その目は「理解できないものを見る」目だった。
「よく、わかんねえよ」
先ほど呟いたその言葉を、カザは自分の中でまだ咀嚼しきれていない様子だった。
「それでさ」
カザが視線を外し、軽く顎をしゃくる。
どこか話題を変えるような仕草だったが、その口調に緩みはなかった。
「お前にとって、バトルってなんなの?」
モーリは目を細める。
「なんでそんなことを聞く?」
カザはわずかに笑う。
それはどこか嘲るような、けれど純粋な好奇心を含んだ笑いだった。
「だってよ」
カザは柱から身を離し、歩きながら言う。
「ウチの部じゃ、お前のことを『ずるい』って言ってるやつもいるんだぜ。バッジを七つも持ってるのに、大会を荒らしてるってな」
モーリは肩をすくめる。
反射的にそれを否定することはできなかった。それは、彼が今でも胸の中に感じている『違和感』の一つだったから。
だが、カザはそれに対して「くだらねーよな」と笑う。
「俺だってバッジは三つ持ってる。よそを見りゃ四つ五つ持ってるやつだっているだろうよ。でも『数を誇るもんじゃない』んだろ? あの時お前が言ってたこと、わかるぜ、今なら」
モーリはカザの言葉の意図を探るように、じっと彼を見た。
カザはそれを気にする様子もなく、ふっと笑い、さらに言葉を続ける。
「だが、わからねーのは。そんなお前が、なんでバトル部にいるんだ?」
単刀直入だった。
「お前ほどのトレーナーが、あんな弱っちい部で何やってんの?」
モーリは息をつく。
「別に、何かを学ぼうと思って入ったわけじゃない」
カザは一瞬だけ眉をひそめた。
「じゃあなんだよ。楽しいのか? あんな部が」
その問いに、モーリは即答しなかった。
スズモトが、その沈黙に耐えられなかったかのように、口を開く。
「ちゃんとやってます!」
その声は強かった。
カザはわずかに目を丸くし、すぐに口角を上げる。
「はは、女マネちゃんにフォローされるとはな」
「モーリ君はちゃんとバトルしてます!」
スズモトの声には迷いがなかった。
カザは彼女を見て、ほんの一瞬だけ何かを考えたようだったが、すぐにまたモーリに視線を戻す。
「まあ女マネちゃんはともかく、肝心のお前はどう思ってんの?」
モーリはスズモトの言葉を受け、改めてカザを見た。
「悪くないと思ってる」
「悪くない、ね」
カザは鼻を鳴らす。
「お前の言い方ってさ、全部他人事なんだよな。お前のことじゃん、バトルも、学校も」
モーリは黙る。
カザはゆっくりとモーリの目を見る。
「お前、自分が何を望んでるのか分かってねぇんじゃねぇの?」
その言葉に、モーリは返答できなかった。
だが、再びスズモトがそれに強く答える。
「あなたは、モーリ君のこと何も知らないじゃないですか」
やはり迷いのない強い言葉であったが、カザはそれにやはり鼻を鳴らす。
「そうだぜ、何も知らねえ。だから聞いてんじゃねえか。だがな女マネちゃん、俺はモーリと向かい合ってバトルをしたわけよ。コイツがバトルをちゃんとやってるなんて言われなくても分かってるよ。ちゃんとバトルやってないやつが俺に勝てるわけないんだからよ」
彼はザリザリと足場を均すように足を動かして続ける。
「俺はお前のこと『ずるい』とは思わねえ、お前を倒す事がプロに近づくことになるからだ。ただ分からねえんだ。なんのためにバトルしてんだってことがさ」
カザは片方の肩を揺らし、軽く息をつく。
「バトルってのは、自分の『力』で自分の望みを叶える手段だ」
言いながら、ズボンのポケットに片手を突っ込み、視線を少しだけ逸らす。
「お前、今の自分が何を望んでるのかも分かってねぇんじゃねぇの? だから使えねえんだ、その『力』をさ」
モーリは口を開こうとした。
しかし、言葉が出てこない。
カザは、軽く首を傾げる。
「お前にはその権利があるだろうよ、俺より強い。俺のことをウザいと思ってるなら、ここで俺を黙らせようとすることだってできるだろ。まあ、抵抗するけど」
モーリは、目を伏せた。
「俺は」
言いかけて、言葉が止まる。
何を言おうとした。
何を言えばいい。
たとえば「バトルが好き!」? 例えば「負けたくない!」? 例えば「もう、逃げたくないんだ!」?
そのどれもが、しっくりこない
自分は、何を望んでいるのだろう。
カントーで、七つのバッジを取った。
その先に進めなかった。
ライモン高校に来て、バトル部に入った。
だけど、そこで何を目指しているのか、自分でも分かっていなかった。
だから。
「俺、分からないんだよ」
それが、モーリの出した答えだった。
カザは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そして、短く息を吐く。
「そうかい」
それは、ただの相槌だった。
けれど、そこには僅かに失望の色があった。
カザは、自分の人生を『力』で切り開こうとしている。
その『力』をモーリは持っているのに、それをどう使うか分からないという。
カザの目には、それがどうしようもなくもったいなく映った。
「お前さ、それ、強いヤツのセリフじゃねえよ」
鼻を鳴らし、カザは視線を外す。
「お前みたいに強えやつが、それ言ったらおしまいだよ。がっかりだ」
モーリは何も言わなかった。
カザはそれ以上言うことはなく、ポケットから手を出し、頭をかく。
そして、くるりと背を向けた。
「次の大会、俺は大将だ」
モーリは顔を上げる。
「お前んとこの学校じゃ、お前以外、俺の相手にはならねえだろうよ」
カザは笑う。
それは、試すような、挑発するような笑いだった。
「来る勇気があるなら、お前も大将で来い。逃げんなよ」
そう言い残し、カザは歩き出す。
モーリは、黙ってその背中を見送った。
☆
架道橋の下に、静寂が戻った。
モーリはその場に立ち尽くし、ふっと息を吐く。
「まあ、そういうことだよな」
誰に言うでもなく、呟く。
納得はしていた。
自分が何を望んでいるのか分からない。
それは、カザに指摘されるまでもなく、とうの昔に分かっていたことだった。
ジム挑戦に失敗して、バトルから逃げるようにこの地方に来た。
このまま、目標を持たず、適当にやり過ごしていくのだろうと。
それは、自分自身が選んだ道のはずだった。
けれど、カザの言葉は妙に引っかかった。
『強いヤツのセリフじゃねえよ』
その言葉が、頭の中に焼き付いて離れない。
モーリは、ふと腰元のモンスターボールに手を伸ばし、ブニャットのボールを撫でる。
何かを確かめるように。
「モーリ君」
スズモトの声が、横から聞こえた。
モーリはすぐには返事をしなかった。できなかった。
スズモトは、少し口を噤んでから続ける。
「気にしなくていいよ」
モーリは、スズモトの方をちらりと見る。
彼女の表情には、微かな苛立ちが混ざっていた。
「ひどいこと言うね、モーリ君のこと、何も知らないのに」
モーリは、返事をしなかった。
スズモトは、もう一歩だけ近づく。
「私は、今のモーリ君でいいと思う」
モーリは、静かに目を伏せた。
「そうか」
短く、それだけを返す。
本当に、本当にそれで良いのか。それって正しいのか。
その言葉は、喉元に押し込められた。
カザの言葉は頭から離れない。
『強いヤツのセリフじゃねえよ』
そもそも、自分は強いのか?
それすら、分からなくなっていた。
モーリは、ゆっくりと歩き出す。
スズモトは何も言わず、彼の横を並んで歩いた。
次回4/7 18:01予定
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