『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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2-名ばかりの入部と、名ばかりではない実力

 週末を迎える放課後であった。

 ホームルームを終えた教室は、生徒達のざわめきがひしめいている。部活に向かうもの、帰り際に駅前のカラオケやファーストフード店に向かおうとするもの、帰宅後に特別早くもない回線を使用してインターネットゲームを行うことを確認しているもの、それぞれのグループが、それぞれの余暇を楽しまんとしている。

 

 その中で、モーリは一人で帰り支度を整えていた。

 別に友人が居ないわけではない、ただ、週末に目がくらんだ地元民の彼らは、モーリをそれに誘うだけの余裕が無いということ、もう一月もすれば彼もどれかのグループに属することになるだろう。それを焦らないことが、彼が『垢抜けてる』としてクラスの女子達からほんのり人気になっている理由の一つかもしれなかった。

 だが、そのようなイメージは、その一言によって脆くも崩れ去ることになる。

 

「モーリくぅん!」

 

 まるでそこが国境線であるかのように、その少女は教室に入らぬように注意しながら、それでいて引き戸に手をかけ身を乗り出すようにしながら大げさに手を振っている。

 一瞬、教室はざわめきを止めた。

 まだクラス内の人間関係すら曖昧と言っていい時期である。それなのに、わざわざ別のクラスから、それもあんなにも親しげに声をかける異性はイレギュラーだった。

 その異様な雰囲気をモーリが打開するよりも先に、ミマが声を上げた。

 

「おいモーリ、スカウト来たぜぇ」

 

 田舎の情報網はある意味で都会よりも恐ろしい。

 モーリがポケモンバトルにて一人の女子生徒を救ったことは、瞬く間に街中に広まり、校内朝礼でも校長が言及する出来事であった。

 故に、助けられた『ポケモンバトル部』マネージャーが彼を勧誘することは容易に結び付けられる。

 事実、ミマのその声によって教室はざわめきを取り戻し始めた。それに興味がないわけでは無いだろうが、それを露骨に表現することは、正直言ってダサい。

 

「今いく」

 

 カバンを肩にかけながら、モーリはため息混じりに答えた。

 

 

 

 

 

 

「見学だけだ」

 

 前を歩く少女、スズモトの背中に、モーリはそう投げかけた。

 

「えー、どうして」

 

 スズモトはポニーテールを揺らしながら不満げにそう返した。すでに彼女にとってモーリは自らを救ってくれた英雄ではなく、気兼ねなく話せる友人になっているようだ。

 

「あんなに強いんだから、入っちゃえばいいのに」

「そんなに強いわけじゃないよ」

「強かったよ!」

 

 彼女がそう思うのは仕方のないことだ、自らとパートナーのフシギダネを救ってくれた相手を、弱いと思うはずがない。

 

「あのオニドリルには町の皆困ってたんだよ。モーリくんはそれをやっつけたんだよ」

「そんなにレベルが高いわけじゃなかった。この町にトレーナーがいれば」

「だから!」

 

 彼女は振り返ってモーリの目を覗き込みながら強い声で言う。

 

「それが、強いってことでしょ!」

 

 モーリはそれに言い返せなかった。仕方がないことだ、少なくとも彼女の言っていることのほうが筋が通っているように聞こえる。

 あるいは、大声を張るなりしてそれを否定することはできたかもしれない。だが、それを行えるほど彼は傍若無人ではなく、それを行うという選択肢を選べるほど強くもなかった。

 再び背中を見せた彼女とともに、彼は校庭の端にぽつんと存在するプレハブ校舎に向かっていった。

 

 

 

 

「ようこそ! ポケモンバトル部に!」

 

 捻りもない歓迎だった。

 プレハブ校舎の一番奥、野球部の第二倉庫の隣。

 ペラペラの長机が二つ並べられ、四つばかりのパイプ椅子。カバーが破れかけ、誰かが寝そべっているであろう跡のついているソファーには、クタクタのポケモンバトル系雑誌が散りばめられている。

 まあまあ座ってとパイプ椅子に促されたモーリは、三年生らしき男に握手を求められている。

 

「モーリくんだよね。スズモトさんから話は聞いているよ。私はツキシタ、このポケモンバトル部の部長だ」

 

 確かに、ツキシタの腰元にはモンスターボールが一つあった。

 だが、痩せ気味で髪の毛の色素すら薄めのその男に、モーリは緊張感を覚えなかった。

 それに、彼が纏うあまりにも「お人好し」なオーラは、どちらかといえば彼のことを気にかけてしまうような危うさがあった。

 

 そして、モーリの背後から続けて声がする。

 

「あたしはホージョー、マネージャーやってる」

 

 そちらの声の方には、モーリもある程度緊張感を持った。

 入り口の前に陣取るその女は、明らかな熱意をモーリに向けていることを背中越しでも感じることが出来る。「逃してなるものか」という敵意にすら似た熱意だ。

 

「まあまあ、彼女のことは気にしないで」と、ツキシタはモーリのそのような考えを理解しているかのように言った。どうやら、察しは良いらしい。

 

「早速だけど、入部するつもりはあるかい?」

 

 隣の席からスズモトが肘で突いてくるが。モーリはそれを気にせず、素直に答える。

 

「正直、あまり」

 

「もう!」というスズモトの小さな声と、鋭い肘打ち。

 

 背後からのホージョーの圧もぐっと増したような気がする。

 

「まあ、まあ、仕方ないね」

 

 ツキシタは一つ短いため息を吐きながら頷いた。彼は二人ほどそれにショックを受けているようではなかった。

 

「良いんだ、わざわざ高校に入ってまで『ポケモンバトル』をしようだなんてもの好きはそう居ない」

 

 彼の言うことに、モーリは納得することができた。

 もし、ポケモンバトルで身を立てようなど、それを青春の一コマにしようと思うのならば、通うべきはハイスクールではない。ジムと、トレーナーズスクールとだ。

 ある意味、ハイスクールに通うということ自体が、ポケモントレーナーとして生きることとの決別を意味していると言っても良いのかもしれない。

 

「無理強いはしないよ」と、彼は続ける。

 

「ただ、ちょっと名前を貸してほしいんだ」

 

 モーリがそれを強くは否定しないことを確認してから、彼は続ける。

 

「『ポケモンバトル』の団体戦には五人の登録が必要なんだ。今この部が登録できるのは二人だけ、マネージャーのスズモトさんを無理やりねじ込んでも三人なんだ」

 

 おいおい、と、モーリはスズモトの方を見た。

 オニドリルに襲われているフシギダネを抱えることしかできなかった彼女がバトルをするだなんて、考えられないことだ。

 

「あたしも協力したいが、残念ながらポケモンを持ってないんだ。親が厳しくてね」

 

 ホージョーがモーリの肩に手を回し、顔をぐっと近づけてくる。それに乗ってくる化粧品の香りは、意外にも清楚なものだった。

 

「団体戦そのものは三人いれば出来るんだ、二つ落とすこと前提だけどね。だから名前を貸してくれれば、部としての体制は保てるというわけ」

 

 ツキシタはモーリに懇願するように続ける。

 

「だからどうか! 名前を貸してほしい。そしてできれば、試合の日にはチョロっと顔を出してほしい」

 

 更に彼は続ける。

 

「別に勝とうってわけじゃないんだ。ただ、バトルができればいいだけで」

 

 別に勝とうってわけじゃない。

 モーリはその言葉にわずかに反応した。

 直ぐ側のその僅かな反応を感じ取ったホージョーが更に畳み掛ける。

 

「そうだぞ、別に勝たなくちゃいけないとか、辛い特訓があるわけでもないさ。ただ居てくれれば良い、それだけ」

 

 それに畳み掛けようと、スズモトも彼の膝に手をやった。

 

「お願い! 正直私バトルって苦手で」

 

 そりゃ、そうだろうなあと、彼は思った。

 しばらく考え、モーリは一つ二つ頷いた。

 

「まあ、勝たなくてもいいなら」

 

 その言葉が引き出された瞬間に、ツキシタはレンズ越しでもわかるほどに目を輝かせ、モーリの両手を取った。

 

「ありがとう! これでこの部の存続に一歩近づいた!」

「入部届用意するからちょっと待ってな」

 

 手早くプリントを取り出そうとするホージョー、スズモトはガッチリとモーリの膝に手をかけながら「ありがとう!」と弾けんばかりの笑顔を見せる。

 しかしモーリはそんなことよりもツキシタの言葉が気になっていた。

 

「部員、居ないんですか?」

「居ない、ああ居ないとも」

 

 ツキシタは大げさに頷きながらそれに答えた。

 

「三年生は僕だけだし、二年生もイイダ君一人だけ」

「なんとか四、五人部員をかき集めないと、予算ももらえないってわけさ」

 

 わりかし丁寧に入部届とボールペンを彼の前に置きながら、ホージョーはため息をつく。

 

「マネだけ増えても仕方がねえってのに」

「でも私は部員を一人連れてきましたよ!」

「まあそうだな、立派立派」

 

 なし崩し的に入部届に名前と学生証に書かれたナンバーを記入したモーリは、マネージャー二人をそれぞれ見やって問う。

 

「そもそも、どうして二人はマネージャーに?」

 

 それにいち早く答えたのはスズモトの方だった。

 

「ポケモンバトルを見るのが好きなの!」

 

 それに呆れるように鼻を鳴らしながら、ホージョーが親指で彼女を指差す。

 

「こいつは筋金入りだよ。小遣いでサブスク入ってポケモンリーグの予選やらも見てるんだから」

「推しはオーノ選手だよ!」

「ああ、オーノね」

「知ってるんかい」

「オーノくらい知ってますよ」

「あたしワタルとかカリンしか知らねーわ」

 

 ホージョーの反応も、その地方における『ポケモンバトル』の知名度を表している。

 確かにオーノはワタルやカリンに比べれば知名度は劣っているかもしれないが、それでも彼らとの対戦経験もあるトップ層のトレーナーだ。少なくともカントーに暮らしてポケモンバトルに興味があれば、聞いたことのない名前ではないはずだ。

 

「それなら、ホージョーさんはどうしてこの部に」

 

 ホージョーは、一瞬だけそれに口ごもった後に、親指でツキシタを指さしながら答える。

 

「こいつとは腐れ縁でね。お勉強ばっかりでかけっこすらロクにできねえこいつが、急にポケモンバトル部に入るだなんて言い始めるから、お守りみたいなもんだよ」

 

 少しだけ顔を赤らめていた彼女に、モーリはなんとなくそれを察し「ああ」と、相槌を中に浮かべる。

 不意にスズモトに目線を向ければ、彼女もニコニコと笑みを浮かべながらホージョーとツキシタを見比べている。

 

「まあ、そういうことだよ。ホージョーには迷惑ばかりかけているね」

 

 彼女の顔色をうかがうこともなく、ツキシタはあっけらかんとそう言った。

 どうやら、彼の勘はそれほど鋭くなく、モーリとスズモトの勘は鋭いということらしい。

 

「さて」と、ツキシタは一つ咳払いをしてから切り出した。

 

「せっかく入部したんだ。君が嫌じゃなければ、少し手合わせでもしようか」

 

「いや、バトルは」と言いかけたモーリに、彼はさらに畳み掛ける。

 

「心配はいらないよ、戦闘不能までやるわけじゃないし、お互いの実力差がわかればすぐにやめる。君だって、部員の実力を知っておきたいだろう?」

「それは、そうですけど」

 

 彼は勘は良くないが、少しずつ相手を自分側に引きずり込む交渉術には長けているようだ。

 

「そりゃいい、スズみたいに技もろくに出せねえようなコンビだったら、こっちも色々気を使わなきゃならないしな」

 

 ホージョーの言葉に不満げに頬を膨らませたスズモトは「やっちゃいなよ」と、モーリを肘で突いた。彼女にとって彼は英雄、その提案を恐れるとは微塵も思っていなかった。

 

 それらの提案に、モーリが少し沈黙をもって、なんとか断れないものかと考えていたときだ。

 不意に、教室のドアが開いた。

 

「おつかれでーす」

 

 当然、これまで部室には居なかったモーリの知らぬ男が入室してきた。まあ、これまでの会話の内容から考えるに、彼が二年生のイイダであることは疑いようがなかったが。

 

「お、部員来たんですね」

 

 その感嘆の声の後に彼は二、三言葉を続けようとしたが、それをホージョーが遮る。

 

「ああ、今からちょっと実力を見るところさ」

 

 自称腐れ縁らしく、息の合ったコンビネーションだ。

 疑うことなく「ああ、そうなんですか」とイイダがそれに答えてしまえば、なんとなく反論しづらい空気だ。

 

「じゃあ頑張って、俺はここで時間つぶしてるんで」

「バカ、お前も来るんだよ」

「なんか俺扱い雑じゃないですか?」

 

 ソファーにカバンを放り投げたイイダの肩をホージョーが掴み、そのまま教室外に引きずり出す。

 

「じゃあ、待ってるね」

 

 スズモトも、モーリにそう言って席を立った。

 

「まあまあ、少し遊んでくれるだけでいいからさ」

 

 にこやかにそう言ったツキシタに、モーリは一つ二つ頷き、覚悟を決めて言った。

 

「もし、力加減ができなかったらごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 校庭のすみっこのすみっこ。踏み固められぬがゆえに雑草もちらほら見えるそこに簡素に線を引かれたのみの対戦場。

 それらの線が消えてしまうことを危惧する暇もないほど、その勝負は一瞬であった。

 練習の合間に暇を持て余している陸上部員も、それには気づかなかったのではないだろうか。

 とにかく、その勝負は一瞬であった。

 

「何が起きた?」

 

 仰向けに倒れているケーシィ、驚きに目を見開きながらそれに駆け寄るツキシタ。

 モーリが繰り出したブニャットはすでにあくびをしながら線をまたぎ、スズモトのそばで日向ぼっこをしていたフシギダネの横に腰を下ろさんとしている。

 ホージョーはその光景に理解が追いついていないようだった。

 だが、それはホージョーだけの疑問ではない。

 スズモトも、イイダも、何なら、当事者であるはずのツキシタすら、何が起きたかをよくわかっていない。それぞれが一様に首をひねっている。

 

「大丈夫ですか」

 

 制服が汚れることを気にすることなく膝を付き、手に持っていた傷薬をケーシィに使っているツキシタに、モーリが声をかけた。

 

「ああ、そこまで大きなダメージではないようだ」

 

 それにホッとしつつ、彼はモーリを見上げながら続ける。

 

「『でんこうせっか』かな?」

「いえ『ひっかく』です」

「そうか」

 

 それ自体にはそこまで驚かない。

 お互いに遊ぶようにやろうといった手合わせである。ダメージの低い技を選択するのもわかるし、故にケーシィが軽症なのもわかる。

 だが、わからないのは。

 

「早すぎないか?」

 

 そう、その攻撃は、彼らにとって早すぎた。

 ケーシィを繰り出し『ねんりき』を指示したその時には、すでに勝負は終わっていたのではないだろうか。ケーシィはそれを繰り出すことすらなく地面に倒れていたのだから。

 

「ああ見えて、素早いポケモンなんですよ」

 

 ひとまず回復したケーシィをツキシタがボールに戻すと、他の部員たちも彼らに近づいてくる。

 

「いやお前、強すぎだろ」

 

 呆れと、ほんの僅かな怒りを含めながら、ホージョーがそう投げかける。

 

「いやあ、そうでしょ、モーリ君強いんですよ!」

「いやなんでお前が誇らしげなんだよ」

 

 何故か胸を張るスズモトを気にすることなく、ツキシタが立ち上がってモーリに問う。

 

「カントーから来たと聞いてまさかとは思っていたんだけど。ジムバッジとか持ってるのかい?」

 

 少しばかり沈黙した後に、モーリはそれに答える。

 

「まあ、それなりに」

「なるほど」

 

 ううむ、と、彼は唸り、わずかに口角を引き上げる。

 

「これは、我が部始まって以来の悲願達成もあるかもしれないね」

「悲願?」

「ウチはまだ団体戦で勝ったことねーんだよ」

 

 ホージョーはそこから少し気まずげに言葉を選んだ後に「練習試合でも」と付け加える。

 

「団体戦で勝利するには少なくとも三人が勝たないといけないんだが、そもそもこの部はトレーナーを三人用意することから難しかったからね」

「まあ、私立ならともかく、わざわざ公立校に来てまで学生ポケモンバトルなんてやるもの好きそんなに居ないからねえ」

「最近は練習試合も殆どやってなかったですからねえ、じゃあ、俺先に部室戻ってるんで」

 

 そう言って踵を返そうとしたイイダの首根っこをホージョーが掴んだ。

 

「馬鹿なこと言ってねえで、次はあんたがやるんだよ」

「ええ!? 無茶言わんといてくださいよ。勝てるわけねーでしょうよ」

「良いからやりな! あんた少なくともツキシタよりは強いだろうが」

「それは部長が……ぶっちゃけ……」

「ほらほら行った行った」

 

 無理やり振り回されるようにしながら、イイダがモーリの対面に放り込まれる。

 

「ツキシタと同じだと思わないようにな、こいつは去年地区新人戦で一回勝ってんだ」

「それ誇るようなことじゃないですって」

 

 イイダは恐れるようにモーリの目を見る。

 

「まあ、お手柔らかにね」

 

 モーリはそれに会釈を返しながらも、彼の腰元のボールに目をやった。真新しいスーパーボールだ。

 少なくとも、ポケモンに全く気を使っていないというわけでは無さそうだ。

 それに、嫌がりながらもその目線が、靴の先が自らにしっかりと向いていることに気づいていた。

 

 ポジションに戻りながら、モーリはフシギダネの横で日向ぼっこの体勢になっているブニャットに声をかける。

 彼はそれにうっとうしそうに薄く目を開き、仕方ないといった風にボテボテと対戦場に向かった。

 

「上手いフェイクだよなあ」と、イイダはそれに感心する。

 

「バトルのときはめちゃくちゃ速えのにさあ」

 

 そう言って彼はスーパーボールからポケモンを繰り出す。

 薄い羽に赤い目、ちょうちょポケモンのバタフリーであった。

 

「『ねむりごな』!」

 

 彼は高らかにそう叫んだ。

 だが、バタフリーはその指示を敢行しない。

 一瞬間が空き、それを不思議に思ったイイダがもう一度その指示を行おうとしたその瞬間だ。

 

「『ひっかく』」

 

 身軽に飛び上がったブニャットが、その鋭い爪でバタフリーに攻撃した。

 その攻撃に、左右の羽のバランスを失ったバタフリーが、ふわふわと地面に着地する。

 

「おお、終わりだ終わり!」

 

 そう叫ぶやいなや、イイダはバタフリーのもとに駆け寄る。

 モーリとブニャットも、それ以上の追撃など考えては居なかった。

 だが、すでにブニャットはその勝負を終えたものだと考え、対戦場を後にしようとしていた。

 

「おいおいどうした、いつもならすぐに『ねむりごな』を打つじゃないか」

 

 抱きかかえるようにバタフリーを起こしながら、イイダは首をひねった。強力な特性『ふくがん』による『ねむりごな』は、彼らが持つ必勝パターンであった。誰にでも届くというわけではないが、それなりの精度がある自信がある。

 

「『ちょうはつ』したんです」と、彼らに歩み寄ったモーリが続ける。

 

「『ちょうはつ』?」

 

 イイダはそれに首を捻った。聞いたことのあるような気もするが、基本的には考えていない技だった。

 モーリはイイダの反応に少し戸惑った後に答える。

 

「相手を煽って、攻撃以外の技をできなくする技ですよ」

 

 それにしばらく考えてから、イイダが頷いた。

 

「ああ、そういうことか。しかし、よくもまあバタフリーが『ねむりごな』をしてくるなんて読めたな」

「まあ、バタフリーってそういうポケモンですから。まあ、そうかなと」

「すごいよモーリ君! プロみたい!」

 

 同じく近づいてきたスズモトが、やはり目を輝かせながら感嘆の声を上げる。

 

「部長、新人超強いです。これいけますよ」

「うん、どうやらそのようだね」

「これなら来年俺部長しなくてもいいかも」

「またそうやってサボろうとする。ほら、傷薬やるからさっさと回復させてやりな」

「へーい」

 

 ホージョーから手渡された傷薬を持って一旦その場を離れるイイダ。

 それに「おつかれさま」と声をかけながら、ツキシタがモーリに問う。

 

「いやしかし『ちょうはつ』とは驚いたね。僕もプロの試合でしか見たことがないよ。カントーのトレーナーは皆そんなにすごいのかい?」

 

 モーリはその言葉を一度飲み込んだ後に「まあ、こんなもんですよ」と答えた。

 

「いやあすごいなあ、遠慮しなくてもいいから僕達にも色々教えてね」

「あ、いや」

「そういうこった、遠慮はいらねえ。見ての通り下手くそばっかりの部だしね」

 

 ホージョーの言葉に「ひどいなあ」と相槌を打ちながら、ツキシタは続ける。

 

「しかし、そうなるとどうしてもあと一人部員を探さなきゃね。モーリ君の友達にトレーナーはいるかい?」

「いやあ、知りません」

 

 そもそもカントーの人間である彼にこの地の友人はまだ居ないのであるが。

 

「困ったなあ」と頭を捻っているツキシタに「ああ、そういえば」と、回復を終えたイイダがバタフリーを肩にのせて帰ってきた。

 

「最近、学内でポケモンを見たって話聞いてますよ」

「本当かい!」

「イイダ! なんでそういうことを早く言わねえんだ!」

「だって今日来てすぐこれだったじゃないですか」

「どこだい? 部員とまではいかなくとも名前を貸してもらうくらいは出来るかもしれないね」

 

 せっつかれるようにそれを問われ、イイダはええと、と僅かに言いづらさを表現した後に答える。

 

「ボクシング部です、三年のムラナカさんの練習相手やってるとか」




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