『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~ 作:rairaibou(風)
「おつかれさまでーす」
校舎の端にあるプレハブ校舎の一番奥。
野球部の第二倉庫の隣りにある『ポケモンバトル部』の部室に、二年生のイイダが現れた。
鍵は開いていた、だが、電気はついていない。
その違和感に気づきながらも「ま、別にいいけど」と、彼はカバンを机の上に放り投げる。放課後ではあるがまだ日が落ちているわけではない。これからやることを考えれば、特別な明かりが必要なわけではなかった。
数年前の部員が拾ってきたと言われているこの部室に不釣り合いなソファーに横になるのが、彼の放課後の過ごし方だ。そこにソファーがあることは、彼がこの部に入部することを決めた理由の一つであるかもしれない。
だが、それを邪魔するものがあった。
「おいおい」
一匹のブニャットが、ソファーのど真ん中に鎮座していた。彼も居心地の良さを感じているのだろうか、気持ちよさそうに目を細めている。
「先輩だぞお」
彼はブニャットの下に手を滑り込ませようとしたが、ブニャットは一度じろりと彼を睨み、うっとおしそうに前足でそれを叩いて払う、勿論爪は出していなかったが。
「頼むぜ、せめて半分くらいは」
その願いが届いたのかどうかは分からないが、ブニャットはわずかばかりに身を捩ってソファーの中心から移動する。
意図していたかどうかは分からないが、ギリギリ一人が腰掛けられるかどうかのスペースがわずかに空いた。
「とんだルーキーだ」
イイダはなんとかそのスペースに尻をねじ込みながらそれに座る。
彼は戯れにブニャットを撫でようとしたが、やはり身を捩って拒否されたため、行き場の無くしたそれを膝においた。
なぜ彼がそこにいるのかを考えるのは、とりあえず後にしようと思った。
☆
公立高校でありながら、ボクシング部が存在するのは珍しい。
何でもいつかのOBが大変に熱心であったらしく、プレハブ小屋やリングを安く譲ったのだという。
故に、ボクシング部を目当てに入学する生徒も稀にいる。ちょうど『ポケモンバトル部』とは真逆の存在であった。
「失礼します」
ポケモンバトル部部長、ツキシタは、深々とお辞儀をしながらボクシング部のプレハブに入室した。
更にその後にはホージョー、スズモト、そしてスズモトに引きずられるように連れてこられたモーリが続く。
「おう来たな『ポケバト部』」
数人の部員の中で、それを明るく歓迎した男が一人。
彼はムラナカ=コウジ、ボクシング部三年生にして、全国高校選手権に出場したこともある猛者である。
ツキシタやモーリに比べれば背は低いかもしれないが、Tシャツからのぞく鍛えられた二の腕は彼らのそれよりもずっと太い。
「ゴメンね、これから練習だってのに」
「いい、いい、構わん構わん。お前にはテスト前に世話になってるからな」
それらの会話で、二人の関係はある程度理解できるだろう。
「ポケモンのことだろ?」
コウジは察しよく、机の上においてあったモンスターボールを放り投げた。
そこから現れたのは、パンチポケモンのエビワラーであった。
彼はコウジとツキシタ、そしてモーリを見やると、そそくさとロッカーに近づき、ボクシング用のミットを装着しようとする。
「そうなんだ、今年になって急にボクシング部にポケモンが出入りしてるって聞いてね、今部員が足りないから名前だけでも貸してもらえないかなと思って」
その提案を、ある程度は予測していたのだろう、ムラナカは若干苦笑いで答える。
「いやね、お前の頼みだから協力してやりたいのは山々なんだが、実はエビっちゃんは俺のポケモンじゃないのよ」
エビっちゃんことエビワラーは、近くに居たボクシング部員にミットを向ける。部員がそれにコンビネーションを叩くと、軽やかなステップで腕を振り、部員のスウェーを誘う。
その目つきを見て「おお」と、モーリは唸ったが、ツキシタやコウジはそれに気づかない。
「せっかく来てもらって悪いが、弟のポケモンでね」
「なんだそうか、残念だ」
わかりやすく項垂れるツキシタに、コウジが更に続ける。
「弟は今年からこの高校に入学してんだ、やたらでかい天パ見たこと無い?」
コウジはモーリとスズモトを一年生だろうと踏んでそう問うたが、ふたりともそれに首を横に振った。
「ああそうか、あいつ目立ちたがらないからなあ」
まあいい、とツキシタに続ける。
「弟を誘う分には勝手にしてくれ、外に出たがらない性格だから偶にはそういうこともいいだろう」
「ありがとう、また折を見て君の家に伺うよ」
「いや、今から行っても良いんじゃないか?」
コウジは上を指さしながら続ける。
「多分美術室にいるだろ、あいつ美術部に入ったらしいし」
☆
「失礼します」
西校舎三階、美術室の扉を、やはりツキシタは礼儀正しく開いた。
中に居た美術部部員たちは、一瞬だけ彼らに興味を向けたが、すぐさま自らの目の前にある創作物に注意を戻す。ボクシング部に比べれば活気はないが、その熱意に差はないのだろう。
「あれ、ツッキー夫妻じゃんどうしたの?」
「ぶっ飛ばすぞ」
おそらく三年生であろう部員の軽口に同じく軽口で返したホージョーは、そのまま要件を手早く伝える。
「ムラナカの弟がいるって聞いたんだ」
「ああ、コウちゃんね。あの子がコウちゃんだよ」
部員が指さした先には、たしかに長身の天然パーマが居た、天然パーマと言っても、少し髪の毛にウェーブかかっている程度のものであったが。
彼は自らの名が呼ばれたことを理解しているようで、キャンパスの向こう側から顔を出して「僕がなにか?」と、それに反応している。
「初めまして! 私二組のスズモトだよ! こっちは一組のモーリ君ね」
ツキシタが彼に声をかけるより先に、スズモトが彼のもとに近づいて自己紹介する。ついでに紹介されたモーリも「よろしく」とそれに答えた。
「ああどうも、僕はムラナカ、三組」
「実はね、お兄さんにエビワラーのことを聞いて、ポケモンバトル部に入部してくれないかなって!」
どうもスズモトは会話の駆け引きというものをあまり重視していないようだ。
だが、急に上級生が声をかけるよりも同級生の自分たちが声をかけた方がいいのだろうというという判断は正しい。
「あの子度胸あるね」と、三年生の部員はからかうように言った。
「堂々と勧誘するかね」
「許してやってくれ、何も引き抜こうってわけじゃないし」
「まあ、お互いに毎日活動してるわけでもなし、ウチは掛け持ちOKだしね」
上級生たちのそんな雑談に気を取られるでもなく、ムラナカは苦笑いでそれに答える。
「確かにエビちゃんのトレーナーは僕だけど、あまりバトルが得意なわけじゃないからなあ」
「それなら! 名前を貸してくれるだけでもいいから! ね! お願い!」
両手を合わせて頼み込むスズモトを横目に、モーリはなんの気なしにムラナカのキャンパスを覗き込んだ。
まだ白黒の鉛筆画であったが、そこに描かれているミロカロスをかたどった石像の絵はとても上手に見える。
「まあ、名前を貸すだけなら」と、ムラナカがそう答えた。
ツキシタとホージョーは、それに小さく喜んだ。ホージョーはすでにファイルの中から入部届を取り出さんとしている。
スズモトも、それに喜びを表しつつも、入部ではないことに少し不満げであった。
だが、それに、モーリがふとつぶやく。
「いいのか?」
ムラナカはそれを『ポケモンバトル部に名前を貸すこと』についての問いだと思っていただろう。故に「まあ、美術部も毎日やってるわけじゃないしね」と微笑んで答える。
だが、モーリは「そうじゃなくて」と続けた。
「バトルしなくていいのか?」
ツキシタやスズモトは、モーリのそのような問いを不思議に思った。
これまで、彼はいやいやそれについて来ているように見えた。決して、彼はバトルの布教者ではなかったはずだ。
それが、急に、そう言い始めたのだ。
だが、ムラナカはその言葉に思うことがあったようで、少し笑みを固くしながら答える。
「それは、どういう意味?」
「ボクシング部で、エビワラーを見たんだ」
記憶を思い返しながら、モーリは続ける。
「結構経験値があったと思う。たまにやってるでしょ、バトル」
それにムラナカはピクリと反応した。
彼は椅子から立ち上がり、覗き込むようにモーリと目を合わせる。
背は高く、手足は長かった。体の厚みはそれほどではなかったが。
反面、その顔つきに険しいものはなかった、彼の兄を知るものがいれば、体格こそ良いが兄の強さは遺伝しなかったのだろうなと思うだろう。
だが、モーリはその視線にわずかに身構え、パートナーであるブニャットが部室でくつろいでいることを思い出す。
「君のこと、知ってるよ。学校中の噂だ」と、ムラナカは続ける。
「カントーから来たってのは本当なのかい?」
「ああ、本当だ」
「野生のオニドリルを退治したってのは本当なのかい?」
「本当だよ」
「カントーでジムバッジめぐりしてたってのは本当なのかい?」
「本当だ」
「本当は地下ポケモンバトルのチャンピオンだってのも本当なのかい?」
「それはすごい嘘」
「だよね」
その一連の流れに「えっ! あれ嘘なの!?」と、驚くスズモトにため息をつくモーリに、ムラナカが提案する。
「一回、バトルしてみようか」
それにモーリが沈黙で肯定を示したのを確認してから、更に続ける。
「もし僕が負けたら、ちゃんと兼部にするよ。だけど、僕が勝ったら、名前だけ貸す」
「負けたら、なのか?」
「勿論」
彼は一歩椅子から離れて続ける。
「どうせなら、自分より強い人から勉強したいじゃないか」
☆
「このへんじゃ、ポケモンバトルもろくにできない」
ボクシング部からエビワラーを受け取ったムラナカは、そのボールを両手で弄びながらモーリに言った。
「仕方ないことだよね、誰もポケモンバトルなんかに興味が無いんだから。興味がある人たちは皆ジョウトやホウエンに行く。それが必要ない人たちだけが残ったんだ、そんな文化は残らない」
校庭端のプレハブ校舎に向かいながら、彼は続ける。
「たまに野生のポケモンと戦うことはあるんだけど、それ以上のことをやったことはないんだ。どうすればいいかわからないし、どうなるかもわからないからね」
だから、と、続ける。
「君も苦労してるだろ? カントーみたいにバトルが盛んじゃないから、ジム巡りをしていたなら余計に」
同情的なその言葉にモーリは首を振る。
「いいや、バトルにはもう入れ込んでないし、むしろ都合がいいくらいだよ」
「なるほどね」
ムラナカは一つ二つ頷いた。
「それなら、この地方ほどうってつけのものはない」
☆
「おおい新人」
ポケモンバトル部の部室にてモーリたちを待ち受けていたのは、狭いソファーのスペースでどう考えても無理な体勢をしながら雑誌を読んでいたイイダだった。
「お前の手持ちだろなんとかしてくれよ」
彼の横にはこれでもかという体勢でくつろいでいるブニャットだ。
「そこまでしてソファーでグダる必要あんのかよ?」
「こういうのは気持ちの問題なんですよ」
呆れるホージョーにそう返しながら、イイダは「ほら、行った行った」とブニャットを促すが、それでも彼は動かない。
「行くよ、あんまり先輩に迷惑かけないで」
モーリにそう言われ、ブニャットはいかにも「やれやれ」といった風に、猛烈な気だるさをその全身から表現しながらソファーを降りる。
「あんまり懐いているようには見えないね」
ムラナカは少し苦笑しながらつぶやく。
「我が強いからね」
モーリも同じく苦笑しながらそれに答えた。
「おお、サンキューサンキュー」
イイダは広くなったソファーに背中を預けようとしたが「お前も来るんだよ!」と、ホージョーに引き起こされた。
「今から手合わせだ」
「誰と、誰が?」
「モーリと、ムラナカの弟だよ」
「ああ、良いんじゃないですか?」
彼はそう誤魔化してやはりソファーに背中を預けようとするが、流石にホージョーにそれは通じず「良いから来るんだ! ツキシタも手伝え!」と怒鳴るのだった。
☆
「なんで固まってんだ?」
対戦場でお互いに動かぬエビワラーとブニャットを眺めながら、ホージョーは焦ることなくそう言った。
焦る必要などはなかった、ツキシタやイイダが行った試合のように一瞬で決まるわけでもなく、かと言って牽制をし合うような目まぐるしい展開があるわけでもない。そう、ゆっくりと問う余裕のある光景だ。
「うーん、さっぱりわからないなあ」
ツキシタと彼の横にいるケーシィも首をひねる。彼は勉学においては優れているようであったが、そのようなバトルの感性には優れていないようだ。
「先に動いたほうがやられると思ってるんじゃないですかね?」
イイダは呑気にあくびをしながらそう答えた。先日のモーリとの戦い、我先にと『ねむりごな』を放ったことで大きなスキを晒した経験を思い返している。
彼らは、その駆け引きを理解できない。
ただ、少しだけ思うのは。
「なんだかプロっぽいですね!」
スズモトのそのような感想に近しいものだろう。
おいおい。
エビワラーの背を視界に入れつつ、ムラナカはブニャットとモーリを眺めている。
野生のポケモンとの対峙の比ではない緊張感がそこにはある。
野生のポケモンであるならば、向こう側が勝手に飛び込んでくる。
そこに『マッハパンチ』を合わせれば、大抵はこっちのペースとなる。
だが、相手は飛び込んでこない。
懐いていないブニャットがモーリを無視していることも考えられた、だが、落ち着き払っているモーリの様子を見れば、それはただの願望でしかなく、むしろ彼らはある程度意思疎通を持って待機しているとしか思えない。
しかし、どうしてだろうか。
彼らの噂を聞いてからこっそりと検索していた情報が正しければ、ノーマルタイプであるブニャットは格闘タイプのエビワラーが苦手なはずだ。
ならば、向こうから動きたいはず。自らならばそうする、と、ムラナカは考えを巡らせている。
お互い五分の状況で睨み合っているように見えるが、少なくともムラナカ達は追い詰められているし、彼自身もそれを理解している。
故に、彼らはブニャットの一歩目を見逃さなかった。
「『マッハパンチ』!」
わずかに前に出された前足を確認し、ムラナカはそう叫んだ。
エビワラーもそれを待っていたのだろう、やりすぎなほどの前傾姿勢で一気に間合いを詰める。
だが、それが届くよりも先に、ブニャットが機敏な動きを見せる。
「『ねこだまし』」
狙いすましたかのように、その前足がエビワラーの顔面に叩きつけられる。
ムラナカはそれに驚き、すぐに後悔する。
釣り出された、誘われた。
だが、その攻撃は大したダメージではない。そう気を張る。
そして、ダメージよりも遥かに重要なものを奪われていることに気づいた。
ブニャットはすでにエビワラーの死角にいる。
攻撃の指示は間に合わない。
「『いあいぎり』」
「『こころのめ』!」
不意を浮く爪での攻撃にぐらつくエビワラー。
だが、まだなんとか、こらえる。
彼はまだブニャットを視界に捉えてはいないが、攻撃の方向からある程度の当たりをつける、心を研ぎ澄ませる。
ムラナカは、興奮していた。
まさか、出来るのか。
いつもいつも狙っていた。その大技。
それを打つ前に野生のポケモンたちには逃げられていた。
いつもいつも妄想していたその技を、ついに。
エビワラーもそれを感じているのだろう。彼は多少無理な体勢からも踏ん張り、その指示を待つ。
「『とびひざげり』!!!」
跳んだ。
上から、膝を突き出し、その尖りをブニャットに叩きつけんとする。
決まった、と、ムラナカは興奮に目を見開いた。
だが、それに気づく。
ブニャットが、自分の視界の隅に見える。
馬鹿な、どうして、と思った頃には、エビワラーの膝が地面を叩いていた。
そこに散らばる無数の体毛が『みがわり』であったことに気づいたのは、その直後であった。
☆
「やられた、よ」
エビワラーを引き起こしながら、ムラナカはため息を付いていた。
足を少し引きずりながら、エビワラーは立ち上がる。
外せば大きなダメージを受ける『とびひざげり』を外したのだ、すでに勝負はついていると言っていいだろう。
「よくわからん試合だった」
勝負が終わったことを理解し集まり始めた部員たちの中から、イイダがあっけらかんとそれを代表して言い放った。
「モーリ君、どうして君は『みがわり』を作ることができたんだい?」
重要なポイントのみを抜粋してツキシタがそう問うた。『マッハパンチ』や『ねこだまし』の読み合いに関しては、時間をかけて理解している。
「『こころのめ』をされたので」と、モーリはすぐさま答える。
「こっちは速さで有利ですから。先に『みがわり』を作れます」
『こころのめ』をされたから、次は大技が来る。
あくびが出るような読み合いであったが、彼らはそれに大きく感心する。
「なんで『パンチ』じゃなかったんだ?」
ホージョーは単純にそう思い、ムラナカに問うた。
ボクシングのスタイルを持つエビワラーが『とびひざげり』をうつ。それはたしかに彼女からすれば不可思議な選択だった。
ムラナカは、それに複雑な表情を見せた。
そして、それにはモーリが答える。
「『とびひざげり』は格闘タイプの中では最高の威力を持つ技ですから。『こころのめ』をしてきた時点でほぼそれだろうなと思っていました」
なるほどね、と、部員たちは唸る。
少なくともモーリがそういうのならばそうなのだろうという空気感がすでにあった。
ムラナカはエビワラーをボールに戻してホージョーに向かって言う。
「入部届をいただけますか?」
「おお! そうかそうか! 負けたからな!」
ファイルから取り出されたそれを受け取り、ムラナカはモーリに視線を合わせた。
「机の上で書きたいんだ。部室まで案内してくれないかな」
☆
端的に言えば、その誘いは下手くそだった。
ポケモンバトル部の部室はあまりにもわかり易い場所にあるし、そもそも彼は一度そこに行っているのだ。故に、彼のその言葉がモーリと二人で話をしたいだけだということはあまりにもわかりやすい。
だが、部員たちはそれをあえて指摘はしなかった。何より敗戦後である、語りたいこともあるのだろうという感覚を理解できている。
「どうして『とびひざげり』だとわかったんだい?」
だが、二人と一匹、ソファーに陣取るブニャットを眺めながらムラナカが求めたのは、アドバイスでも悔しさの表現でもなかった。
「あそこからなら『ばくれつパンチ』を疑ってもおかしくないだろう?」
ムラナカの疑問は正しい。
エビワラーと『こころのめ』、その二つの知識から疑われるのは『とびひざげり』だけではない。
だが、彼らは『とびひざげり』を一点読みしていた。
『みがわり』を放った後に、ブニャットがすでに試合を終えたように対戦場を後にしようとしていたことに、ムラナカは気づいている。
モーリが『とびひざげり』を確実に読んでいたことは確かだ。
その問いに対し、モーリは今度は素直に、ムラナカ達が口ごもった原因であろう言葉を答える。
「ボクシング部で、エビワラーの動きを見た時、足さばきに少し違和感があった。それと、目つきかな」
一拍置いて続ける。
「『するどいめ』だろう?」
「すごいな、そこまでわかったのか」
鋭い目、とは、単にエビワラーの目つきだけを記す表現ではない。
エビワラーには二つの『とくせい』がある。『てつのこぶし』と『するどいめ』
その片方『てつのこぶし』は、パンチ攻撃の威力を向上させる特性、パンチポケモンのエビワラーらしいものだ。
だが、ムラナカのエビワラーはそうではない。彼の特性は『するどいめ』。
故に、彼のエビワラーがパンチ攻撃にこだわらないことは容易に想像できた。
「エビワラーなのにパンチ攻撃が苦手だなんておかしな話だろう?」
それを恥ずかしい、もしくはパートナーの突かれたくない秘密だと思っているのだろうか、ムラナカはその背中を丸め少し小さな声で言った。
だが、モーリは「そんなことはないよ」と、それに明確に首を振る。
「『するどいめ』は相手の目眩ましを見切るコマンドも重要視されてるし、単純に『てつのこぶし』より劣るわけじゃない。『とびひざげり』を撃てるのなら、むしろそっちのほうが良いのかも」
ムラナカは、モーリのその言葉に驚いた。パンチの弱いエビワラーという存在に対して好意的な反応を示したのは、自分を含めても初めてだったのかもしれない。
「驚いたな、バトルは奥深い」
彼は首を振って続ける。
「カントーのトレーナーは、皆君のようなのかい?」
「まあ、そうなのかもしれない」
「考えられないなあ」
ムラナカはサラサラと入部届に名前を記入する。
「痛感したよ、トレーナーと戦わなきゃバトルはわからない。君と戦わなかったら、僕の中では未だに『こころのめ』からの『とびひざげり』が絶対的なフィニッシュホールドだったかも」
色々教えてね、と、彼は続けた。
☆
「ところで」
諸々の挨拶や部長たちとの手合わせが終わった後に、ムラナカはふと言った。
「あのポスターの絵って、誰が描いたんです?」
美術部の彼にとって、それは見逃せぬ話であった。
その問いに部員たちは一様に固まったが、ただ一人スズモトだけがビシッと誇らしげに天に手を伸ばしている。
そのあまりにも誇らしげな姿に、彼は『僕が描きましょうか?』という言葉を一度飲み込んで、続けた。
「僕『も』描きましょうか?」
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