『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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26-トレーナーとして、ようやく

 中規模スタジアムの朝は、昨日とは少し違う空気を纏っていた。

 団体戦の熱気はすでに過ぎ去り、観客席に詰めかける人々の数もまばらだった。

 

 観客のほとんどは選手の家族やチームメイト、あるいは関係者といった面々で、昨日のような大きな歓声や応援の声は少ない。

 その代わり、会場全体には張り詰めた静けさが漂っていた。

 

 試合の合間には、控えの選手たちが談笑する声や、トレーナーとポケモンの軽いウォームアップの音が響く。

 しかし、それさえも抑えられているように感じるのは、これから始まる戦いが『個人の力』を試されるものだからだろう。

 

 ライモン高校の選手たちは、スタジアムの一角に集まっていた。

 チームのユニフォームを着たタケダ、コウヌ、オーアサの三人は、それぞれの手持ちポケモンをボールの中で休ませながら、静かに開始を待っている。

 

 監督のサイトーが腕を組み、低い声で言った。

 

「もう知っていると思うが、個人戦に出るのはタケダ、コウヌ、オーアサの三人だ。モーリはスズモトと一緒にサポートに回ってくれ」

 

 スズモトは手元のノートを見ながら頷いた。

 

「試合の進行や対戦相手のデータを整理するから、何かあればすぐに聞いてね」

「複雑な気分ですが、頑張りますぅ!」

 

 タケダらしい、どこか抜けた調子の宣言だったが、彼女の目は真剣だった。

 

 コウヌとオーアサも、それぞれの思いを抱えながら準備を進める。

 二人とも夏の大会にはすでに参加経験がある。

 だが、それぞれの表情には、団体戦とは違う緊張が滲んでいた。

 

 そんな空気を和らげるように、コウヌが明るい声を上げる。

 

「頑張ろうな、オーアサ!」

 

 軽く拳を突き出してみせる。

 

 オーアサは一瞬だけ視線を下げ、それから小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 その声は少し渋く、迷いがあるように聞こえた。

 

 モーリは二人の様子を見ながら、胸の奥にわずかな違和感を覚えたが、それを言葉にすることはなかった。

 

 

 

 

 オーアサのバネブーと、対戦相手の二年生が繰り出したマッスグマがフィールドに向かい合う。

 

 マッスグマは低く構え、今にも飛びかかるような姿勢を取っている。

 対するバネブーは慎重にステップを踏み、相手の出方を伺うように動いた。

 

 オーアサは静かに指示を出す。

 

「『リフレクター』」

 

 バネブーの周囲に透明な壁が展開され、物理攻撃に対する防御を高める。

 

 しかし、相手はそれを見てすぐに動いた。

 

「『とっしん』!」

 

 マッスグマが地面を蹴り、一直線に突進する。

 バネブーのリフレクターがダメージを軽減するものの、その勢いは強烈だった。

 バネブーの体が揺らぎ、わずかに後退する。

 

 それでも、オーアサは落ち着いていた。

 

「『めいそう』」

 

 バネブーが目を閉じ、集中を深める。

 特攻と特防を高めることで、じわじわと試合の主導権を握ろうとする作戦だった。

 

 しかし、相手は容赦なく畳み掛ける。

 

「『とっしん』!」

 

 マッスグマが再び猛スピードで突進し、バネブーを弾き飛ばす。

 オーアサはバネブーを見つめながら、歯を食いしばった。

 

「『サイケこうせん』!」

 

 バネブーの放ったサイケこうせんがマッスグマに直撃する。

 ダメージがないわけではない、だが、マッスグマの勢いは衰えない。

 

「『とっしん』!」

 

 三度目の突進。

 

 バネブーは吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

 バネブーはわずかに立ち上がろうとするが、明らかに戦闘不能であった。

 

 審判が旗を上げる。

 

「バネブー、戦闘不能!」

 

 オーアサは静かにボールを取り出し、バネブーを戻す。

 目を伏せ、唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 スタジアムの一角、モーリは双眼鏡を手に、オーアサの試合を見つめていた。

 隣にはスズモト、そしてサイトーがいる。

 モーリは双眼鏡を下ろし、小さく息を吐いた。

 

「スズモト、試合の後、オーアサに声をかけてやってくれないか」

 

 スズモトが少し驚いたように顔を上げる。

 

「モーリ君が行かないの?」

「俺が行っても、あんまり上手く言えそうにないからさ」

 

 そのやりとりを聞いていたサイトーが、低く問いかける。

 

「何かあるのか?」

 

 モーリは少し考え、慎重に言葉を選んだ。

 

「多分、ちょっとナーバスになってると思います」

 

 サイトーは腕を組み、鋭い目つきでモーリを見つめる。

 

「どうしてそう思う」

 

 モーリは遠く、オーアサの姿を探すように視線を巡らせた。

 

「ちょっと落ち込んでるように見えるし、あとは、少し、俺に似てるんですよね」

 

 スズモトが目を丸くする。

 

「モーリ君に?」

「そう」

 

 モーリは静かに頷いた。

 

「知識はあるし、やりたいこともはっきりしてるんだけど、本人やバネブーのフィジカルが追いついていないんだ」

 

 サイトーは考え込むように眉を寄せた。

 

「そうか、分からなかったな」

 

 その言葉には、わずかに監督としての力不足を悔いるイントネーションがあった。

 

 スズモトがノートを手にし、モーリに問いかける。

 

「どうする?」

 

 モーリは少し考えてからそれに答える。

 

「経験値を貯める練習を中心にして、冬休みに少し特訓しようか。まだバネブーが進化する伸びしろはある」

 

 モーリは少し間を置き、「実は」と続ける。

 

「そろそろ進化するとは思ってたんだ。無理をすればこの大会に間に合ったかもしれないんだけど」

 

 スズモトが少し首を傾げる。

 

「それなら、どうして?」

 

 モーリは少しだけ苦笑しながら、視線を落とした。

 

「なんでもそうなんだけど、進化してすぐは少し落ちるんだ。進化すれば大きさや重さ、速さも変わる。これまで練習してきたものが活かしづらくなる」

 

 少し沈黙が落ちる。

 そしてモーリは、小さく息をついた。

 

「そういうことを、伝えればよかったのかな」

 

 自分自身の判断を反省するような言葉だった。

 

 サイトーは、そんなモーリの様子をじっと眺めていた。

 

 

 

 

 タケダは、おそろいのハチマキをしっかりと締め直し、フィールドに立った。

 対戦相手は小柄な男子生徒で、手持ちはラッタ。

 すばやく駆け回りながら戦うスタイルのようだ。

 

「ケッキングさぁん! 今日も頑張ってくださいましぃ!」

 

 タケダの声に、ケッキングはぐうっと伸びをするだけで反応が薄い。

 しかし、以前のような完全な無関心ではなく、なんとなく指示を待っているような雰囲気があった。

 

 審判の合図とともに、対戦相手のトレーナーが声を上げる。

 

「『ひっさつまえば』!」

 

 ラッタが素早く地面を蹴り、一直線にケッキングへと突っ込んだ。

 鋭い牙がきらめき、まっすぐにケッキングの腕飛びかかり噛み付いた。

 

 しかし、ケッキングはそれをまるで鬱陶しそうに片手で振り払う。

 

 ブオン、と鋭い音が響き、ラッタの体が軽く弾かれる。

 

「なっ……!?」

 

 相手のトレーナーが驚いたように息を呑む。

 だが、ラッタはすぐに体勢を立て直し、警戒するように後退した。

 

「さすがですわぁ!」

 

 タケダは嬉しそうに拍手しながらも、次の行動に備える。

 

 ラッタはしばらくケッキングの様子を伺っていたが、その巨体が再びぐでっと地面に寝そべると、再び動き出した。

 

 怠けだ。

 

 相手のトレーナーがそう確信したように呟くと、即座に指示を飛ばした。

 

「『ひっさつまえば』!」

 

 ラッタが再び一直線にケッキングへ向かう。

 今度はさっきよりもさらに鋭い踏み込みだ。

 

 タケダは、ケッキングの手がゆっくりと動くのを見た。

 

 これは、間に合う。

 

「『かいりき』!」

 

 タケダの指示に、ケッキングの巨体がぐぐっと持ち上がる。

 ラッタの攻撃が届く瞬間、その太い腕が振り下ろされた。

 

 まるで交通事故のような音、そして、ポーンと吹き飛ぶラッタ。

 

 ケッキングの一撃をまともに受けたラッタは、その場で弾かれ、転がるように地面を滑った。

 

 しばらくの静寂の後、審判が旗を上げる。

 

「やりましたわぁ!」

 

 タケダは嬉しそうに拳を握り、ケッキングのもとへ駆け寄った。

 ケッキングは特に気にする様子もなく、あくびを一つしている。

 

「今日は行けますわよぉ!」

 

 その言葉に、ケッキングがちらりとタケダを見る。

 そして、まるで「仕方ねぇな」と言わんばかりに、大きく伸びをした。

 

 それはまるで「少しだけなら動いてやるか」と言っているようだった。

 

 

 

 

 中規模スタジアム、ライモン高校のために仕切られた観客席の一スペース。

 

 オーアサがゆっくりと歩いて戻ってきた。

 試合を終えたばかりの彼女の顔には、汗が滲んでいる。表情は落ち着いているが、どこか作り物のように整いすぎていた。

 

 スズモトは、モーリに頼まれた通り、すぐに声をかけた。

 

「お疲れ様、頑張ってたね」

 

 オーアサは足を止める。スズモトの方を見て、少しだけ表情を崩す。

 

「ありがとうございます」

 

 返ってきた声は、どこか上の空だった。

 

「惜しかったけど、すごくいい動きだったと思うよ」

 

 スズモトはなるべく前向きな言葉を選ぶ。しかし、オーアサは少し目を伏せるだけで、それ以上の反応を示さなかった。

 

 会話が途切れる。

 

 スズモトは何か続けようとしたが、うまく言葉が見つからなかった。

 オーアサの様子からは、悔しさを隠そうとしているような気配があった。それを指摘するべきか迷っているうちに、時間だけが過ぎていく。

 

 その時だった。

 

「悔しいですと言いましょお!」

 

 タケダの明るい声が響いた。

 

 オーアサが驚いたように顔を上げた。

 タケダは笑顔のまま彼女の肩をぽんと叩く。

 

「悔しいですと、言っちゃいましょう!」

 

 勢いよく言われたせいか、オーアサは少し戸惑った様子を見せる。

 

「……いや、でも」

 

 小さく口ごもるオーアサを見て、タケダは腕を組んで頷いた。

 

「わかりますわぁ。オーアサさん、悔しいと思うことを恥ずかしがってますわね?」

 

 オーアサの表情がわずかに強張る。

 

「そんなこと……」

「いえいえ、わたくしにはわかります」

 

 タケダは胸を張る。

 

「悔しくて当然です! だって、勝ちたかったんでしょう? 勝ちたかったのに負けたんですもの!」

 

 オーアサは視線を落とし、唇をかみしめた。

 

「悔しがるのは、悪いことではありませぇん! むしろ、大事なことです!」

 

 タケダは人差し指を立て、朗々と宣言する。

 

「お母様も言っておりました!『悔しさは種、涙は水』と!」

 

 スズモトが「おお〜」と感心したように頷いた。

 モーリも思わず苦笑する。

 

 オーアサはまだ迷っているようだったが、タケダは容赦なく畳みかける。

 

「さあ、言ってみましょう! 『悔しい』と!」

 

 オーアサはしばらく俯いていたが、やがてぽつりと口を開いた。

 

「……苦しいです」

 

 タケダが頷く。

 

「そうですわね、苦しいですわね。でも、それだけでは終われませんわ!」

 

 タケダが両手を広げ、大げさに促す。

 

「さあ、ご一緒に! 悔しいです!」

 

 オーアサは唇をかみしめた。

 

 そして、意を決したように顔を上げると、大きく息を吸い込んだ。

 

「悔しいです!」

 

 その声は、会場のざわめきに紛れながらも、しっかりと響いた。

 

 

 

 オーアサの「悔しいです!」という叫びが静かに消えていく。

 タケダは満足そうに頷き、スズモトもどこか感慨深そうにオーアサの顔を見つめていた。

 

 彼女の頬は赤く染まり、それでも息遣いには爽快さが見える。

 

 その様子を見て、モーリはふっと息をつく。

 そして、オーアサに向き直る。

 

「タケダさん、ありがとな。助かった」

 

 タケダは胸を張り、誇らしげに笑う。

 

「いえいえ、これくらい当然ですわ!」

 

 モーリは微笑みながら、オーアサを見た。

 

「オーアサ、ちょっと悪かったな。悔しがってるのに、俺もうまく声かけられなかった」

 

 オーアサは驚いたようにモーリを見つめる。

 

「でも、悔しいと思うのは大事なことだよ。だから、冬休みに少し特訓しないか?」

 

 オーアサの目がわずかに揺れた。

 

「特訓、ですか?」

 

「ああ。経験値を貯める練習を中心にして、冬休みに集中的に鍛える。バネブーも、まだ進化する余地があるし、オーアサ自身ももっと強くなれるはずだ」

 

 オーアサは少し考え込むように黙り込む。

 

「それと、バネブーの進化について、家族と相談しておいてほしい」

「進化、ですか」

 

 オーアサはしばらく考えていたが、やがて小さく頷いた。

 

「……わかりました。相談してみます」

 

 その返事を聞いて、モーリは満足そうに頷く。

 

「よし、それじゃあ冬休みは特訓だな」

 

 タケダが勢いよく手を叩く。

 

「特訓ですわね! わたくしも混ざってもよろしくて?」

 

 モーリは苦笑しながら「まあ、いいけど」と答える。

 

 オーアサは少しだけ微笑んだ。

 

 

 

 

 二回戦。

 対戦場、マリルリとキマワリが向かい合う。

 対戦相手である二年生は、少なくともバトルの何たるかを知ってはいるようで、

 コウヌは拳を握りしめ、相棒を見つめながら声を張り上げた。

 

「『じゃれつく』!」

 

 マリルリが素早く地面を蹴り、力強くキマワリへと接近する。

 短い腕を振りかざし、キマワリの正面から攻撃を仕掛けた。

 

 だが、キマワリはしっかりと踏みとどまり、攻撃を真正面から受け止めた。

 ダメージは確かに通っている。だが、決定打にはなっていない。

 

 コウヌはすぐに次の指示を出す。

 

「『じゃれつく』!」

 

 しかし——

 

「『エナジーボール』!」

 

 相手のトレーナーが指示を飛ばした。

 キマワリが大きく葉を広げ、緑色のエネルギーを凝縮させる。

 その輝きが一気に解き放たれ、マリルリへと放たれる。

 

 直撃。

 

 マリルリの体が吹き飛ばされるように後退し、フィールドに叩きつけられた。

 

「ルリちゃん!」

 

 コウヌが叫ぶ。

 

 マリルリはゆっくりと起き上がろうとする。

 キマワリを鋭く睨みつけるが、その足に力が入らない。

 

 膝を折る。

 そのまま、地面に突っ伏した。

 

 審判の旗が、相手側へと上がる。

 

 コウヌは唇を噛みしめながら、マリルリをそっとボールへ戻した。

 

 

 

 

 コウヌがライモン高校の観客席に戻ると、待ち構えていたオーアサが素早く詰め寄った。顔には熱のこもった表情が浮かび、肩で息をしている。

 

「悔しいですよね! 悔しいですよね!」

 

 勢いよく顔を近づけてくるオーアサに、コウヌは思わず身を引いた。

 

「いや、俺にしては上出来というか、ルリちゃんも頑張ったし……」

 

 言葉を続ける間もなく、オーアサがさらに詰め寄る。

 

「悔しいですよね!」

 

 コウヌは苦笑して手を振った。

 

「だから、別に」

 

 言い終わる前に、手に持っていたモンスターボールが突然開く。白い光が弾けるように飛び出し、地面に着地したのはマリルリだった。

 

 マリルリはぷくっと頬を膨らませ、耳をピンと立てた。次の瞬間、彼女は可愛らしくも力強い鳴き声を上げる。

 

 それを遠巻きに見ていた他校の女子部員たちが、感嘆の声を上げた。

 黄色い歓声が飛び交う中、オーアサはマリルリの表情に目を留める。

 

 耳の先がわずかに伏せられ、尻尾が小さく揺れている。

 

 可愛らしい仕草の中に、ほんのわずかだが悔しさの色が滲んでいるのを感じた。

 

 オーアサは拳を握り、深く頷く。

 

「ですよね!」

 

 コウヌが「え、何が?」という顔をしているが、オーアサはもう気にしていない。

 

 そのやり取りを静かに見ていたモーリが、ゆっくりと口を開いた。

 

「コウヌ、お前のマリルリのポテンシャルは高い。くさタイプ相手でも、もう少し技のレパートリーがあれば戦えたはずだ」

 

 コウヌは腕を組み、少し考え込むような仕草を見せる。

 

「確かに、結局『じゃれつく』と『アクアテール』しか使ってなかったッスね」

「それに、少しテンパってたよな。焦りすぎて、技の選択肢が少なくなってた」

 

 コウヌは「あー」と口を開き、納得したように頷く。

 

「試合中、あれこれ考える余裕があんまりなかったッス」

「全体的に、もう少し覚えることがある」

 

 モーリの言葉を聞きながら、コウヌはマリルリの方へ視線を向けた。マリルリはしっかりと立ち、まだ悔しそうにキマワリがいた方を見つめている。

 

 その様子を見ていたオーアサが、再び勢いよく前に出た。

 

「特訓です! 特訓!」

 

 熱のこもった声が響く。

 

 コウヌは呆れたように肩をすくめた。

 

「マジかよ」

 

 ぼやくコウヌをよそに、マリルリがぴょんと跳ねる。尻尾を揺らしながら、オーアサの言葉に賛同するように元気よく頷いた。

 

 

 

 準決勝をなんか普通に勝利したタケダは、意気揚々とライモン高校のために仕切られた観客席の一角に戻ってきた。

 

 彼女は大きく胸を張って宣言する。

 

「わたくしの勝利ですぅ!」

 

 その声にコウヌとオーアサが拍手を送り「おめでとうございます!」と祝いの言葉をかける。だが、モーリは冷静な表情で彼女に視線を向け、肩をすくめた。

 

「まだ決勝が残ってるんだけどな」

 

 タケダはその言葉を気にも留めず、満面の笑みを浮かべて観客席に腰を下ろした。余裕たっぷりの態度だ。しかし、その瞬間、スタジアム内に響き渡る大きな声が彼らを遮った。

 

「ちょっと待ったぁ!」

 

 タケダが驚いて振り返ると、リオー高校のカザともう一人、昨日の団体戦で副将を務めていた背の低い男が立っていた。

 

 スズモトはその姿を確認すると、呆れたように息を吐く。なんだか、めんどくさいことになりそうだ。

 

 その声に、コウヌとオーアサが不安そうに視線を送り合う。カザの風貌と彼とのこれまでの因縁が頭をよぎるのだろう。しかも、監督のサイトーは席を外していて、今はいない。

 

 だが、モーリは少しも動じず、カザに視線を送った。すると、カザは「まあ、付き合ってくれ」とでも言いたげに、軽く肩をすくめながら副将の男を指さした。

 

「一応、決勝まで行ったの」

 

 カザが説明する。モーリは頷き、視線を副将の男へ移した。

 

 その副将の男が前に一歩進み出て、声を張り上げる。

 

「昨日の試合ではアンタを舐めた!」

 

 その言葉にライモンのメンバーは少し驚いた。だが、男はそのまま言葉を続けた。

 

「バッジ七つの男がいるチームの副将を、あろうことか軽んじた! それは俺の責任だ! だが、今日は違う!」

 

 その宣言に一瞬張り詰めたような空気が流れた。カザはそんな副将の言葉に苦笑し、そっとモーリに耳打ちする。

 

「大げさに言ってるだけさ、気取り屋なんだよ」

 

 しかし、副将は気にする様子もなく、さらに続けた。

 

「ライモンの裏番長であるアンタを、徹底的に潰す。それだけを伝えに来た!」

 

 彼の言葉に、再び一瞬の静寂が生まれる。だが、その沈黙を破るように、副将はおもむろに付け加えた。

 

「あと、正直連絡先を交換してほしい」

 

 その意外すぎる申し出に、一瞬全員が固まった。そして、最初に反応したのはタケダだった。

 

「ふふん、掛かってくるといいですわぁ! この地方の影の支配者と言われたお母様の血脈を、見せつけてあげますぅ!」

「そうなの?」

 

 タケダは勝ち誇ったように胸を張り、そう言い放った。しかし、彼女は少し真面目な顔になり、続ける。

 

「ただ、連絡先とかは、もう少しお互いのことを知ってからにしてほしいですぅ」

 

 その真剣な返答に、コウヌとオーアサは思わず苦笑する。タケダの堂々とした態度に圧倒されつつも、場が和んだ空気に変わりつつあった。

 

 カザは一瞬、モーリと視線を交わし、軽く肩をすくめたあと、副将の男に肩を叩かれながら観客席を後にした。

 

 

 

 

「ところでさ」と、ふと思い出したようにスズモトが口を開く。

 

「ライモンの裏番長って、ムラナカくんじゃないの?」

 

 それに対して、タケダは真剣な顔で首を横に振る。

 

「ムラナカさんは、普通に尊敬すべきサブリーダーですぅ」

 

 その言葉にモーリは思わず吹き出しそうになりながらも、「まあ、頑張れよ」とタケダに声をかけた。

 

 だが、少しだけ沈黙した後に「ちょっと」と、タケダに手招きした。

 

 

 

 

 リオー高校の観客席の一角に、ライモン高校顧問のサイトーが現れた。彼女はカザを探しているようだったが、見つからなかった。

 

 スタジアム内は試合の熱気に包まれており、選手たちや観客が忙しく行き交っている。決勝戦はもうすぐだ。

 

 サイトーは目を細めながら、リオー高校の監督、ヤマサキに向かって歩み寄る。

 

「ご無沙汰しています、ヤマサキ先生」

 

 サイトーが声をかけると、ヤマサキは軽く手を挙げて応じた。

 

「お、サイトー先生か。昨日はおめでとう。いいチームを作ったな」

 

 ヤマサキはにこやかにそう言ったが、その声には敬意が込められていた。

 

「ありがとうございます。でも、たまたま生徒に恵まれただけです」

 

 サイトーは控えめに答えるが、ヤマサキは軽く首を振りながら笑う。

 

「いや、一人はそうかもしれんが、他の四人は違うだろう?」

 

 その言葉にサイトーは少し笑ってから、静かに息を吐いた。

 

「すべて生徒たちの自主性です。私自身は、ポケモンバトル部の監督としては非常に未熟ですから」

「まあ、否定はしないよ。君はポケモンも持ってないし、バトルの実績もない。如何にも『誰もやりたくないから若手に任せよう』ってパターンだ」

 

 ヤマサキは軽い口調でそう言うと、サイトーも肩をすくめて笑った。

 

「はは、おっしゃる通りです」

「だが、生徒たちを真っ当に育ててる。そこが重要なんだ」

 

 その言葉に、サイトーは一瞬言葉を失い、少し黙り込んだ。それを確認して、ヤマサキは続ける。

 

「まあ、君のところは公立高校だから、生徒の質や環境は多少違うだろうけど、それでも『人より強い』連中をまとめるのは一筋縄じゃいかない。トレーナーと同じで、強いポケモンを持っているだけじゃ、コントロールはできない」

 

 ヤマサキは少し間をおいてから、続けた。

 

「君のところのケッキングの女の子、タケダだったか、彼女はいい。最近うまくケッキングをコントロールし始めている」

 

 サイトーはその言葉に少し驚きながらも、謙虚な笑みを浮かべて応じた。

 

「そう言ってもらえると、ありがたいですが」

「本心だよ。それに、特に君が抱えているモーリ君なんかは、特別だ」

「モーリ、ですか?」

「そうだ。彼は人よりも抜群に強く、頭も良い。そして、一度心が折れたことがある」

 

 その言葉にサイトーは返答しなかった。モーリについて、否定する部分がなかったからだ。

 

「それでも、彼は前を向いているように見える。俺は彼のことを気にかけているんだ」

 

 ヤマサキはそのまま、しばらく遠くを見つめた。

 

「実は、私もリオー高校のカザくんを気にしていまして」

 

 サイトーがそう言うと、ヤマサキは目を丸くして笑った。

 

「はっは、他校から見ればそうでしょうね。カザがウチの名物だからな」

「実は、この間、うちの文化祭にカザくんが遊びに来てました」

「そりゃ本当か! あいつがそんなことをするなんて、驚きだなあ」

 

 ヤマサキはさらに笑いながら続ける。

 

「入学当初はとんでもないやつだと思ったが、最近は角が取れてきているよ。これも、モーリ君のおかげだろうな」

 

 ヤマサキは遠くを見ながら、どこか嬉しそうに語った。

 

「向かうところ敵なしの腕力自慢だったカザが、同世代に刺激されて人間として成長している。若いってのは素晴らしい。いくらでも成長できる」

 

 その言葉にサイトーは頷いた。

 

「本当に、同感です」

「それにしても、サイトー先生だってまだまだ若いだろう? どうだ、『虫ポケモンの通りが悪いタイプ』は知ってるか?」

 

 突然のクイズに、サイトーは少し驚いたが、すぐに冷静に答えた。

 

「『ほのお』『かくとう』『どく』『ひこう』『ゴースト』『はがね』、それと『フェアリー』ですね」

 

 ヤマサキは満足げに大きく頷いてから笑った。

 

「ほらね、成長してる。君もまだまだこれからだ」

 

 その言葉に、サイトーは照れくさそうに微笑みながらも、内心で少しホッとしたような顔をした。

 

 

 

 

 リオー高校の副将とタケダは、対戦場の中央で向かい合った。

 スタジアム内は静まり返り、彼らが握手を交わす瞬間を見守っている。

 副将は少し身を乗り出し、タケダの手を遠慮なく握る。彼の目つきは鋭く、どこか熱のこもったものだった。

 

 彼は、批判を恐れずに言うのであれば、ちょっと雰囲気に入れ込んじゃうタイプであった。

 

 副将は低い声で、タケダに言葉を投げかける。

 

「俺は弱い」

 

 タケダはその言葉に一瞬、目を見開いたが、すぐに彼の真剣な表情を見つめ返す。

 

「少なくともあんたんとこのバッジ七つ男の足元にも及ばないだろう」

 

 副将は拳を強く握りしめたまま、言葉を続ける。

 

「俺たちが、カザの足を引っ張っているんだ」

 

 彼の声には、悔しさと焦燥が滲んでいた。

 

「多分、カザは俺たちの手の届かないところに行くと思う。だけど、俺達だって、あいつを上に連れて行ってやりたい」

 

 タケダは、その言葉を黙って聞いていた。副将の握りしめた手からは、その決意がひしひしと伝わってくる。

 

「もう二度とあんたらを舐めない」

 

 副将はタケダの目を真っ直ぐに見つめ、力強く言い放つ。

 

 タケダは、その熱意に応えるように、ゆっくりとその手を握り返した。彼女の瞳には、いつもの柔らかさが消え、代わりに鋭い光が宿っていた。

 

「奇遇ですぅ」

 

 彼女は、わずかに口元を歪め、男を見下ろすように睨み返した。

 

「わたくしも、同じことを思っていますわぁ」

 

 タケダの声には、彼女らしい穏やかさと、その奥に隠された覚悟が感じられた。

 

「わたくしも、自分のことを弱いと思っています」

 

 副将はその言葉に少し驚いた表情を見せたが、タケダはさらに続けた。

 

「ケッキングさんは、言うことを聞かず、何も分からず、つい最近、ようやくケッキングさんの思いを感じることができるようになりましたぁ」

 

 その言葉に副将が応える間もなく、タケダは手をさらに強く握り返した。彼らの間に生まれた静かな闘志は、徐々に熱を帯びていく。タケダは副将を見据え、顔を近づけると、お互いの額が音を立ててぶつかった。

 

「モーリさんのため、チームのため、自分のため、わたくし達はまだまだ強くなれますぅ」

 

 タケダの目はまっすぐに副将を見据え、声に力がこもる。

 

「かかってこんかい、ですぅ」

 

 その言葉に、副将はしばらく無言のままタケダを見つめ返していた。だが、次第に笑みがこぼれ、彼も力強く頷く。

 

 

 

 

 一方、観客席の一角で、その様子を双眼鏡で眺めていたモーリは、小さくため息をついた。

 

「なんでアツくなってんの?」

 

 その一言は、誰に聞かせるでもなく、彼自身の戸惑いを紛らわすように呟かれた。

 

 

 

 

 ケッキングとハリテヤマが対峙するフィールドは、張り詰めた緊張感に包まれていた。

 両者ともに巨体だが、その雰囲気はまるで全く異なるものだった。

 ケッキングはのんびりと腕を垂らし、どこかやる気のなさそうな表情を浮かべている。対するハリテヤマは、精悍な顔つきでケッキングを睨みつけ、いつでも飛びかかる準備を整えていた。

 

 タケダと副将が視線を交わす。決意を固めたように副将が口を開く。

 

「『ねこだまし』!」

「『ギガインパクト』!」

 

 指示を受けた瞬間、ハリテヤマが地を蹴り、ケッキングに素早く接近する。鋭い音が響き、ハリテヤマの巨大な手のひらがケッキングの顔の前で音を立てた。その一瞬、ケッキングは動きを止め、微妙にたじろぐ。

 

「『インファイト』!」

 

 すかさず副将がさらに攻撃を重ねた。

 ハリテヤマの猛打がケッキングに次々と叩き込まれ、その巨体を揺らす。

 観客の息を呑む音がフィールドに響く。ハリテヤマの攻撃は激しく、確実にケッキングの体力を削っているだろう。

 

 だが、タケダはケッキングをじっと見つめ続けた。微塵の焦りも見せず、彼女はただケッキングの動きの変化を待っていた。

 

 そして、ケッキングがわずかに眉をひそめ、うっとうしそうにハリテヤマを片手で押し返す。

 

「はっきよい!」

 

 タケダの声が響く。ケッキングが大きな体を前傾させ、力を蓄えるように構えた。だが、それを見たハリテヤマもすかさず両足を踏みしめ、迎撃の体勢に入る。

 

「『こらえる』!」

 

 副将の指示で、ハリテヤマはケッキングの強力な攻撃に耐える準備を整える。

 

 しかし、ケッキングは動かない。副将も観客も、なぜ攻撃が来ないのか理解できない様子だったが、タケダの口元に浮かんだ小さな笑みがその意味を物語っていた。

 

「『ちょうはつ』」

 

 ケッキングは突然、鼻を鳴らし、両手で手招きするように挑発を始めた。ハリテヤマの顔に苛立ちが浮かび、迎撃の体勢を崩す。

 

「『インファイト』!」

 

 副将が慌てて指示を飛ばし、ハリテヤマが再び猛攻を仕掛ける。

 

 ケッキングはやはり『なまけ』て攻撃を喰らい続けるが一瞬だけハリテヤマを鋭く睨みつけた。

 それは、ケッキングの背中しか見えないタケダには気づくことが出来ない変化のはずだった。

 

 だが彼女は、まるでそうであることを確信したように叫ぶ。

 

「はっきよい!」

 

 ケッキングが後ろ足を強く踏み込み、全力で突進の体勢を取る。それに気づいた副将も、すぐに次の攻撃指示を飛ばした。

 

「『バレットパンチ』!」

「『ギガインパクト』!」

 

 ハリテヤマの鋼のような手のひらがケッキングを打つ。

 鋭い連打がケッキングに次々と炸裂するが、ケッキングはその猛攻をものともせずに突っ込んでいった。重い肉同士がぶつかる鈍い音が、スタジアム中に響く。

 

 ケッキングがじわじわとハリテヤマを押し込んでいく。だが、ハリテヤマも簡単には倒れない。両手でケッキングの腰を掴むと、ブワリと持ち上げた。

 

「『きしかいせい』!」

 

 副将が思わず声を上げる。しかし、ケッキングは冷静だった。ハリテヤマの足に自分の足を引っ掛け、力強く押し倒す。

 ハリテヤマに、それに抗うだけの体力は残っていなかった。彼は抗う力を失い、その巨体が無情に地面に崩れ落ちた。

 

 審判が旗を上げ、勝者はケッキングだと宣言する。

 

 ケッキングは立ち上がると、ハリテヤマの顔をそっと撫で、健闘を称えるように鼻を鳴らした。その姿を見て、タケダは微笑んだ。

 

 

 

 

 試合が終わり、フィールド中央でタケダとリオー高校の副将が向き合った。スタジアムにはまだ観客たちのざわめきが残っているが、その中で二人は静かに手を差し出す。

 

 副将が握手を交わすとき、タケダの手を強く握り返した。彼は疲れきっているはずなのに、その目は未だ鋭く、タケダを真っ直ぐに見つめている。

 

「やられたよ」

 

 タケダは副将の強い握手を感じながら、静かに微笑んだ。どこか穏やかなその表情は、彼女の勝利を誇示するようなものではない。むしろ、その強い意志を感じ取り、戦いの余韻を静かに噛みしめているかのようだった。

 

「ありがとうございますぅ。わたくしも、あなたが『きしかいせい』を繰り出してくるときの覚悟、ひしひしと感じましたわ」

「いや、あれは……ハリテヤマの覚悟だよ」

 

 二人はしばらく握手を続けたまま、互いに見つめ合っていた。その視線にはすでに次の戦いの決意が宿っている。

 

 副将は握った手を少しだけ強めながら、口を開いた。

 

「次は、夏だ。俺たちは、この新人戦での悔しさを全部持ち帰る。そして、絶対に強くなって戻ってくる。今度は、あんたに負けない」

 

 タケダもその言葉に負けじと、さらに握り返した。彼女の目には、いつもの柔らかな笑みではなく、戦いに向けた強い意志が宿っていた。

 

「ええ、わたくしも負けませんわぁ。わたくしも、もっと強くなるつもりですぅ。次は、もっともっと強いケッキングさんと一緒にあなたを待っていますわぁ」

 

 握手を終え、二人は一歩下がって再び向かい合った。互いに言葉は交わさないが、その場の空気には、すでに次の大会での再戦を誓った無言の約束が漂っていた。

 

 観客席の方を振り返りながら、タケダは大きく息を吸い込んだ。そして、彼女は一度自分の拳を軽く握りしめた後、静かにリオー高校の副将に向けて一礼をした。それは、互いの健闘を称え、次の再会を期待する意味を込めたものであった。

 

 

 

 

 リオー高校の観客席に戻った副将は、疲れ切った顔でチームメイトに向かって呟いた。

 

「認めよう、俺たちは弱い。ただただ、リオー高校にいるってだけだ」

 

 その言葉に、チーム全体に重苦しい空気が広がる。誰もが敗北の痛みを噛み締めていた。団体戦での敗北に続き、個人戦でも勝てなかったという事実が、彼らの心をさらに沈ませている。

 

「悪い」

 

 副将が肩を落とし、カザをちらりと見る。彼の後ろ姿からは、チームを背負う責任感と、仲間たちを勝利に導けなかった自責の念が漂っていた。誰も、彼を責めることはしない。だが、自分たちの力不足を認めざるを得なかった。

 

 その時、カザが静かに腕を組み、視線を落としたまま呟いた。

 

「練習するしかねえんだろうな」

 

 その言葉に、周囲が驚いた。カザが自分の力不足を口にすることは珍しかった。普段から自信に満ち、試合に臨む彼が、ここでそういったことが、彼らにとっても衝撃だったのだ。今まで、自信に満ち溢れていたチームの中心が、ここで初めて「負け」を真正面から受け入れた瞬間だった。

 

「カザ、お前がそんなこと言うとはな」

 

 先鋒が肩をすくめながら小さく笑ったが、その表情には冗談半分の色しかなかった。カザがこういう言葉を吐くときは、それが本気であることを知っているからだ。

 

「なあ、監督!」

 

 カザは席に座るヤマサキを見上げて声をかける。

 

 ヤマサキは軽く首を動かして頷いた。「そうだな」と、一言だけ静かに返す。

 

 それは、短いが力強い返答だった。言葉数は少なくとも、ヤマサキの「練習することで、まだ強くなれる」という確信が、その一言に込められていた。チーム全員がその言葉を受け取り、未来への覚悟を決めたように感じた。

 

「これからだ、まだやれるさ」

 

 副将は自分自身に言い聞かせるように呟き、握りしめた拳を一度開いた。チームメイトたちもそれぞれ静かに頷き、心の中で次の目標に向けて決意を新たにした。

 

 カザは再び前を見据え、拳を軽く握りしめた。

 

「夏大会だ。次は負けねえ」

 

 彼の言葉に、副将も先鋒も、全員がその場で無言で頷いた。夏に向けて、彼らはもう一度リオー高校として、より強くなって帰ってくることを心に誓ったのだ。

 

 

 

 

 タケダが観客席に戻ると、すぐに両手を広げて喜びを爆発させた。

 

「やったですぅ!」

 

 彼女の歓喜の声は、スタジアムの喧騒に負けずに響いた。部員たちがそれに応じ、次々とタケダに声をかける。

 

「さすがタケダさん!」

「すごかったです!」

 

 コウヌが笑顔で駆け寄り、タケダの背中を叩いた。オーアサも少し控えめながらも、彼女の健闘を称えていた。

 

 しかし、タケダはふと視線を落とし、少し小さな声で呟いた。

 

「ようやく、貴方達と並ぶことができましたわぁ」

 

 その言葉に、モーリとスズモトは互いに顔を見合わせた。喜びの中に、何か別の感情が混じっていることを察していた。

 タケダのその一言は、彼女がずっと抱えていた悩みの本質を露わにしていた。タケダは、ずっと自分だけがケッキングを完全にコントロールできていないという思いを抱えていたのだ。トレーナーとしての役割を果たせていないことへの悔しさ。それを克服できた今、彼女はやっと同じ土俵に立てたと感じていたのだろう。

 

 そんな彼女に、モーリが声をかけた。

 

「『ちょうはつ』ハマっただろ?」

 

 モーリのその言葉に、タケダは少しだけ顔を上げ、軽く笑った。

 

「ええ、素晴らしかったですわぁ!」

 

 ハリテヤマの『こらえる』からの『きしかいせい』コンボは強力で、もしあのタイミングでそれを許していたら結果はどうなっていたかわからない。しかし、モーリのアドバイスを受け、タケダは『ちょうはつ』を使ってその計画を完全に崩していた。

 

「でも」

 

 タケダは言葉を詰まらせ、再び顔を俯かせる。

 

「自分で気づきたかったですぅ」

 

 その悔しそうな声に、モーリもスズモトも一瞬言葉を失った。

 タケダの勝利は確かに見事だった。しかし彼女にとっては、他人の助けを借りて勝つことよりも、自分の力で戦い抜くことが大事だったのだ。

 

「タケダさん」

 

 スズモトが思わず声をかけようとするが、モーリがそれを軽く制した。

 

「素晴らしいよ、タケダさん」

 

 モーリは優しい表情でタケダを見つめた。悔しさを隠さずに表す彼女の姿に、彼は頼もしさを感じていた。タケダは、確実に成長している。自分の力でポケモンと向き合い、これからさらに強くなろうとしている。

 

 スズモトもその様子を見て、小さく頷いた。

 

「タケダさんは、これからもっと強くなる」

 

 タケダが俯いたまま、静かに拳を握りしめた。

 

「モーリさん、スズモトさん。わたくし、もっと頑張りますわぁ」

 

 彼女の言葉に、モーリは力強く頷き、スズモトも微笑んだ。

 

 タケダは、これからもチームと共に歩んでいく。彼女が自分自身と向き合いながら、さらに強くなることは間違いない。そして、モーリもスズモトも、それを信じていた。




次回5/1 18:01予定

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