『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~ 作:rairaibou(風)
窓の外は白く霞んでいた。
空気は冷たく、街路樹の枝には昨夜の雪がうっすらと残っている。校庭の隅に積もった雪が朝日に照らされ、わずかに光を反射していた。
十二月下旬、冬の気配はすっかり街を包み込んでいる。
グラウンドの隅に止まったポッポたちは、ダウンジャケットを着込んだようにふくらみ、時折、小さく羽を震わせながら寒さをしのいでいた。自販機の前では、一人の生徒がホットレモネードを手にして息を吹きかけ、その湯気が冬の空にゆっくりと溶けていく。
校門のそばに並ぶ店先には、まだクリスマスの名残がわずかに残っていた。
少し色あせたリースがドアに掛かり、トゲピーとデリバードの小さなイルミネーションが点滅を繰り返している。
年の瀬に向けて、確かに時間は流れている。だが、ほんの少しだけ、誰もが「昨日の楽しかった時間」を惜しんでいるようだった。
☆
ライモン高校の終業式が終わったばかりの教室は、もうすっかり帰り支度を整えた生徒たちの声で満ちていた。
「お疲れー!」
「じゃあ、冬休み中に映画行こうぜ!」
「お前の家で年越しゲーム大会しない?」
そんな会話が飛び交う中、モーリは机の上に腕を置いたまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。生徒たちは次々と教室を出ていき、気づけば残っているのは数人だけになっていた。
「お前、冬休みどうすんの?」
唐突に声をかけてきたのは、前の席のミマだった。コートを羽織りながら、手早く鞄のチャックを閉める。
モーリは軽く肩をすくめ、何でもないことのように答えた。
「ちょっと部の特訓と、実家に帰るかな」
「は? 何だよ、それだけ? もっと派手に遊んだりしねぇの?」
ミマは呆れたように言いながら、鞄を背負う。教室のドアの方では、もう数人が帰りながら談笑しているのが見えた。
「彼女もいるわけじゃん?」
わざとらしく肩をすくめるミマを、モーリは軽く睨んだ。
「知らねぇよ」
適当に流すが、ミマはまだ諦めない。
「だってさ、来年の今頃は俺ら受験でキューキューじゃん? 今のうちに遊んどかないと」
モーリは「まあな」と適当に相槌を打ったが、その表情は曖昧だった。
タマムシ大学からの推薦の話――それをミマに言うつもりはなかった。
言ったところで、どう反応されるのか分からないし、そもそも自分の中でもその話をどう扱えばいいのか、まだ整理がついていなかった。
「お前、絶対冬休み中にバトルばっかしてるだろ」
ミマは半ば呆れたように笑いながら、軽く手を挙げる。
「ま、年明けにでもまたな」
「おう」
そう返しながらも、モーリの頭の中には、すでに冬休みの予定が浮かんでいた。
☆
ライモン高校のポケモンバトル部の部室は、静まり返っていた。
今日は活動はない。冬休みに入ったこともあり、部員たちは帰省や遊びの予定を優先している。だが、明日から二日間の特訓が予定されているため、部室に立ち寄った部員が二人だけいた。
モーリとムラナカ。
窓の外では、薄灰色の冬空の下、時折乾いた風が吹き抜ける。部屋の中も、暖房のスイッチが入っていないせいか、少し肌寒い。モーリは机の上に置かれたファイルを何気なく指でなぞりながら、隣でストーブのコードをいじっているムラナカを見た。
「特訓、頑張らないとね」
ムラナカがふっと笑いながら言う。
「『裏番長』が怖いから」
おどけた口調だったが、モーリはすぐに誰のことを言っているのかわかった。
「タケダさんか」
「そう。特訓の予定を決めたの、彼女でしょ? だからサボったりしたら絶対後が怖い」
ムラナカは肩をすくめ、ストーブのスイッチを押す。だが、古い機器のせいか、カチカチと音がするだけで温風は出てこなかった。
「明日、寒い中トレーニングかぁ」
モーリもため息混じりに言った。
「まあ、それはそれとして——」
ムラナカはおもむろに立ち上がると、モーリの前の椅子に座った。
「ちょっと協力してほしいことがあるんだけど」
「ん?」
「絵のモデルになってほしいんだ」
モーリは一瞬、言葉の意味が飲み込めずに瞬きをした。
「絵?」
「うん」
ムラナカはポケットからスマホを取り出し、何かを確認するように画面をスクロールしながら続ける。
「ミナモ美術館のコンクールに出たいんだ。『ポケモンと人間』がテーマだから」
「……それで俺?」
「君たちを、描きたいなと思って」
モーリは眉をひそめた。
「俺たち?」
「うん」
ムラナカは頷いた。
「モーリと、ブニャット。君たちの雰囲気が、ちょうどいいんだよね」
モーリは微妙な表情を浮かべる。
「……あの、ずっと同じポーズで固まってるやつ?」
ムラナカは吹き出した。
「まあ、それはおいおい。まずは写真を撮らせてもらって、構図とかテーマを決めたい。実際にモデルになってもらうのは、冬休みが明けてからかな」
「なるほどね」
モーリは腕を組んだまま、しばらく考えたが、特に断る理由もなかった。
「とりあえず、明日写真を取らせてほしいかな」
「まあ、良いけど」
モーリがそう答えると、ムラナカは満足そうに頷いた。
☆
その時、部室のドアが開く音がした。
「お疲れ~」
スズモトだった。
白いマフラーを巻き、手には部室の鍵を持っている。部のマネージャーとして、最後の見回りに来たのだろう。
ムラナカは、モーリとスズモトを意味深に見比べると、くすっと笑った。
「じゃあ、僕は明日の準備をするよ。ごゆっくり~」
言いながら、荷物を持ち、軽い足取りで部室を後にした。
「なんだよあいつ」
モーリはぼそっと呟いたが、スズモトは特に気にする様子もなく、部室の鍵を閉めながら言った。
「さて、少し備品の整理しようか」
「んー」
モーリは少しだけめんどくさそうにしながら、それでも机の上の書類を片付け始めた。
☆
二人はしばらく備品を整理し、部室の掃除をした。窓の外を見ると、すでに夕暮れの色が濃くなり始めている。
ふと、スズモトがモップを片付けながら、モーリの方をちらりと見た。
「ねえ」
「ん?」
「大通りのイルミネーション、見に行かない?」
その問いに、モーリは一瞬手を止めた。
「ああ」
少しの間を置いて、静かに頷く。
「行こうか」
部室の窓の外では、冬の夜が静かに広がり始めていた。
☆
冷たい空気が頬を刺す。
冬休みに入ったばかりの街は、まだクリスマスの余韻を引きずっていた。
地元の大通りは、華やかなイルミネーションに包まれている。街路樹には色とりどりの光が飾られ、ショーウィンドウには雪だるまやトゲピーのオーナメントが並んでいた。どこからか流れるホリデーソングが、まだ年末には少し早いような錯覚をもたらす。
通りには家族連れやカップルの姿が多く、時折、それぞれのポケモンを連れた子供が駆け抜ける。足元には、わずかに残った雪が歩道の隅に寄せられ、冷え込んだ空気の中で硬くなっていた。
「やっぱり人、多いね」
スズモトが白い息を吐きながら呟いた。
モーリは無言で頷く。人混みの中を歩くのは苦手だったが、スズモトの提案を断る理由も特になかった。
広場の一角まで進み、二人はイルミネーションがよく見えるベンチに腰を下ろした。夜空に浮かぶ光の帯が、ゆっくりと瞬く。
スズモトはモンスターボールを取り出し、モーリもそれに倣う。
「出ておいで」
「少しだけな」
ふたつのボールが開き、緩やかな光の粒が宙を舞う。
フシギダネはぱちくりと目を瞬かせ、光の揺らめきを不思議そうに見上げた。
ブニャットは最初は気だるそうにしていたが、やがて興味を持ったのか、じっとイルミネーションを見つめる。
風が吹いた。
フシギダネの葉が小さく揺れ、ブニャットの毛並みがわずかに震える。
やがて、二匹はそっと体を寄せ合った。
「……やっぱり寒いんだね」
スズモトが小さく笑う。
☆
「明日の特訓、寒そうだね」
スズモトが呟く。
「だな」
モーリは上着のポケットに手を突っ込みながら答えた。
「タケダさん、すごく気合入ってたし」
「俺らが手を抜いたら、多分怒られる」
二人は小さく笑い合う。
風の中に、かすかに甘い焼き菓子の香りが混じる。近くの屋台で売られているホットクッキーの匂いだろう。スズモトがちらりとそちらを見やるが、モーリは特に気にせず、ポケットの中で指を組むだけだった。
しばらく沈黙が続いたあと、モーリがふと口を開く。
「来年の今頃は、受験で忙しいんだよな」
スズモトは少し驚いたように目を丸くした。
「モーリ君がそんなこと言うなんて、意外」
「俺だって、一応考えてるさ」
モーリはポケットの中で指を軽く鳴らした。
「でも、まだはっきり決めてるわけじゃないけどな」
スズモトは軽く頷きながら、イルミネーションを見上げる。
「私は、まあ、コガネ大学に行きたいけど、実はまだ『どんなことをするのか』っていうイメージははっきりしてないんだ」
「まあ、そうだよなあ」
モーリは肩をすくめた。
「リーグ関係の仕事がしたいっていうのは決まってるんだけどね。トレーナーを支える立場でも、運営に関わる立場でも、何かしら」
「一人暮らし、できるのか?」
からかうような口調に、スズモトはムッとしてモーリを睨んだ。
「モーリ君!」
だが、すぐに頬を緩ませる。
「でも、リーグに関わる仕事がしたいって気持ちは変わらないよ」
「そっか」
☆
「モーリ君は?」
スズモトがふと問いかける。
「タマムシ大学から推薦の話、あったよね」
モーリは少しだけ間を置いた。
「あー、まあな」
スズモトは、イルミネーションの光の中でモーリの横顔を見つめる。
「でも、それがモーリ君の『目標』じゃないことも知ってるよ」
モーリは言葉を返さなかった。
タマムシ大学の推薦の話が頭をよぎる。
それを断るつもりはないが、「それでいいのか」と問われると、答えはすぐに出なかった。
「まあ、共通試験、頑張らないとね」
スズモトが小さく笑いながら言った。
「だな」
二人は同時に小さく笑う。
ふと、フシギダネとブニャットの方を見ると、二匹は相変わらず寄り添ったまま、じっと光を眺めている。
「あの子たちみたいに、考えずにただ光を見ていられたら楽なのにね」
スズモトの言葉に、モーリはぼんやりとイルミネーションを見つめながら、小さく息を吐いた。
「どうだろうな、意外と何かを考えてるかも」
☆
「帰ろうか」
モーリがぽつりと言う。
「うん」
スズモトが小さく頷く。
「送るよ」
「うん」
少し沈黙が落ちる。
すぐ隣で、誰かが写真を撮るシャッター音がした。
「モーリ君、寒いから、手、繋ごうよ」
また沈黙。
モーリは、少しだけ視線を外してから言った。
「もう少し、人が少なくなったら、いいよ」
「うん」
ほんのわずかの間を置いて、もう一度。
「うん!」
スズモトの声が、少しだけ跳ねた。
イルミネーションの光が、静かに夜を照らしていた。
☆
冬休みの朝は、空気が張り詰めている。
吐く息は白く、足元の土は霜で固まり、地面を踏むたびにぱきりと音が鳴った。
グラウンドの一角では、野球部の掛け声が響いている。冬の寒さをものともせず、声を張り上げる彼らは、まるで寒さそのものを力で打ち払うようだった。
そのさらにすみっこのすみっこ、陽の当たりにくい場所に、ポケモンバトル部のメンバーが集まっていた。
モーリ、ムラナカ、タケダ、コウヌ、オーアサ、そしてスズモトが、各々厚着をして、ポケモンを出す準備をしている。
そんな中、彼らの視線を集めたのは、一人の人物だった。
サイトーだ。
黒のウィンドブレーカーを着込み、いつも通り腕を組んで現れたその姿に驚きはない。だが、隣に立っていたポケモンが、誰の目にも意外だった。
淡い桃色の丸い体に、ふわふわとした耳の先が揺れている。
そのポケモンは、見るからに温厚そうな顔つきで、じっと生徒たちを見つめていた。
ヒヤリングポケモン、タブンネ。
モーリがぽつりと声を上げた。
「サイトー先生の、ポケモンですか?」
サイトーは軽く頷くと、タブンネの背中に手を添えた。
「その通り。しっかりと講習を受け、パートナーとなってもらった」
その言い回しに、モーリは一瞬だけ吹き出しそうになる。けれど、その表情をどうにか真面目に戻した。
「今日からポケモンバトル部のサポートをしていただく、タブンネさんだ」
サイトーの口調に嘘はない。
周囲の部員たちも、少し戸惑った様子ながらも、真剣に聞き入っている。
「『経験値』のための優れたスパーリングも可能だが、今のところは私の技術が伴っていないからな」
そう言って、サイトーは自身の手元のバトルノートをちらりと見せた。
中には、技の使い方や回復指示のタイミングらしきメモがびっしりと書き込まれていた。
「いまはあくまで、回復業務に努めてもらう。だが、いずれはスパーリングも視野に入れている」
ペコリと頭を下げるタブンネに、サイトーが頬を掻く。
「私も一応、ポケモンバトル部の顧問だからな」
最後の一言に、ほんのわずかな照れのようなものが混じっていた。
☆
「ケッキングさぁ〜ん!」
タケダの元気な声が、冬の冷え切ったグラウンドに響いた。
ライモン高校ポケモンバトル部、冬休み特訓の初日。
グラウンドの片隅、うっすらと霜の残る土の上で、タケダのケッキングとムラナカのエビワラーが向かい合っている、はずだった。
だがケッキングにはその気配がまったくない。
片腕を枕代わりにして横たわり、大きな欠伸をかみ殺すと、そのまま目を細めてごろりと寝返りを打つ。
「どうしてなのですかケッキングさん! バトルですよ! 今バトル中なんですよ!? お相手はムラナカさんですよぉ! 油断するとやばいですぅ!」
タケダの必死な声にも、ケッキングはぴくりとも反応しなかった。まぶたをわずかに持ち上げたものの、再び目を閉じてしまう。
対するムラナカは、冷静だった。
「『きあいパンチ』」
静かに声を落としながら指示を出す。
エビワラーは思い切り腰を捻りながら、深く息を吸い込んだ。
全身の筋肉が緊張し、集中力が一点に収束していく。
「ケッキングさん! 来てます! 来てますから! お願いですから起きてくださいましぃー!」
タケダの声は、グラウンドの風にかき消されるように遠くへ流れていった。
エビワラーが拳を下から上へと振り抜く。
力の限り込められたその一撃が、ケッキングの腹部、みぞおちへと一直線に突き刺さる。
鈍い衝撃音。
ケッキングの体が僅かに浮き、苦しげに喉を鳴らす。
目を見開いた彼は、顔をしかめたまま、ぐるりと首を回してエビワラーを見た。
その視線に気づいたタケダが、叫ぶ。
「はっきよい!」
ケッキングの体が沈む。
「『ギガインパクト!』」
地を蹴った。
体の大きさからは想像もつかない速度で、エビワラー目がけて突進していく。
「『みきり』!」
ムラナカの声は低く、無駄がなかった。
エビワラーは素早くサイドステップを取り、ぎりぎりの距離でその巨体を避ける。
突風のような一撃が、エビワラーの鼻先をかすめた。
足元の砂が舞い、地面が浅く抉られる。
ほんの一瞬かすっただけだった。
だが、その余波だけで、エビワラーはバランスを崩しそうになる。ムラナカの眉がわずかに動いた。
目の前に、ケッキングの背中がある。
ムラナカの目が鋭くなる。
「『とびひざげり』!」
エビワラーは力強く踏み込み、跳び上がる。
放たれた膝が、ケッキングの後頭部を正確に捉えた。
ケッキングは反応する間もなく、膝を受け止めたまま、その場に倒れ込む。
それは明らかに瀕死になっておかしくないダメージのように思えた。
「ケッキングさん!」
タケダが駆け寄り倒れたケッキングの顔をのぞき込むが、彼は目を閉じたまま、ごろりと寝返りを打つ。
その顔は苦しんでいるでもなく、ただただ、ふて寝を決め込んでいるように見えた。
タケダはひとまず安心したが、それでも明らかに自分が敗北したという現実に肩を落とし、地面に崩れる。
「ライモン高校の裏番長からこの地方を牛耳るわたくしの野望がぁ……」
「そんなだいそれた野望あったの?」
ムラナカは肩をすくめた。そして、寝返りを打つケッキングを眺めて呟く。
「というか、倒れないの? 今ので」
☆
グラウンドの別の一角。
オーアサのバネブーと、コウヌのマリルリが向かい合っていた。
雪が少し残る地面を軽く蹴りながら、二匹はそれぞれに構えを取っている。
「『サイケこうせん』」
オーアサの声と共に、バネブーが前足を地面に軽く触れ、額の真珠から光の波を放った。
マリルリはそれを受けながらもダッシュを止めない。
「『アクアジェット』」
続けざまにコウヌが指示を出す。だが、次の瞬間。
バネブーの身体から、柔らかな光がにじみ出た。
光は徐々に強くなり、輪郭が滲む。
「え?」
オーアサの口元がわずかに開いた。
光がバネブーを包み込み、次第にそのシルエットが変わっていく。
小さな身体が少しずつ伸び、尾の動きが滑らかになり、頭部の真珠がより深い光を帯びる。
「あ、これは」
コウヌとマリルリはそれに動きを止める。特にコウヌにとって、その現象は経験のあるものだった。
やがて、光が収まった。
そこに立っていたのは、今までのバネブーではなかった。
灰色の毛に覆われた身体、細かく揺れる指先、落ち着いた瞳。
ブーピッグ。
進化した姿に、コウヌとマリルリは言葉を失っていた。
マリルリは軽く後ずさりしながら、コウヌの後ろに隠れるように回る。
オーアサもまた、戸惑いの表情を浮かべていた。
けれど、目の前のブーピッグが、ゆっくりと彼女の方を見つめたとき。
その瞳の奥に、見慣れた優しさが宿っているのを感じた。
「ぶーちゃん」
声が小さく漏れた。
オーアサは思わず駆け寄り、両腕を広げる。
ブーピッグは、逃げもせず、じっとその場に立っていた。
「ぶーちゃん!」
オーアサが抱きつく。ブーピッグの大きな身体が、受け止めるようにふわりと揺れた。
雪の冷たさも、冬の空気も、その瞬間には関係なかった。
それを眺めていたモーリが近づいて呟く。
「これからは、少しずつ新しい体に慣れていこう」
オーアサが振り返ると、モーリは落ち着いた表情で頷いた。
「うん、ぶーちゃんはぶーちゃんだから」
オーアサの言葉に、ブーピッグの瞳がまた柔らかく揺れた。
「コウヌ」
呼ばれたコウヌがびくっと肩を揺らす。
「引き続き、『アイススピナー』の練習を」
「あ、はい!」
コウヌはポケットから携帯端末を取り出し、画面に表示された動画を再生する。
プロリーグのトレーナーがマリルリに『アイススピナー』を指示し、足に氷を纏って回転しながら突っ切る様子が映っていた。
「うん、これ、こういう回転か」
つぶやきながら、コウヌは動画を何度も見返し、構えを真似し始める。
少し離れたところで、シャッター音が聞こえた。
ムラナカが、デジタルカメラを構えている。
「記録、大事だからね」
口元に笑みを浮かべながら、ムラナカはファインダー越しにコウヌたちの様子を切り取っていた。
☆
日が傾き、グラウンドにいた部員たちも一人、また一人と帰っていった。
冬の空は早く暗くなり始め、校舎の窓に映る夕焼けが、淡いオレンジから青みを帯びた紫に変わろうとしている。
モーリとスズモトだけが、部室に残っていた。
机の上にはノートとペン、そして特訓の記録用に開かれた日誌が広げられている。
モーリは椅子にもたれながら、ゆっくりとペンを走らせていた。
「収穫、けっこうあったな」
書き終えたばかりの一行を見下ろして、満足げに呟く。
スズモトも、ペンを置いて頷いた。
「うん、みんな集中してたし。あと、サイトー先生がタブンネを手持ちにしてくれたから、回復用のスプレー類、少し節約できるかも」
「それは助かるな。あれ、地味に高いし」
二人が笑い合う。部室の中はストーブの熱でほどよく温まっており、少し眠気を誘うほどだった。
部屋の隅のソファーでは、ブニャットが丸まって寝ている。
尻尾を胸に巻きつけ、うっすらとまぶたを閉じたその姿は、まるで一日の疲れをすべて受け止めたようだった。
モーリは立ち上がり、ブニャットの前まで歩いていく。
片手をポケットに入れたまま、軽く声をかけた。
「帰るぞ」
その言葉に、ブニャットがぴくりと耳を動かし、ゆっくりと目を開ける。
ちょうどその瞬間、カシャ、と控えめなシャッター音が部室に響く。
「いい絵だったから」
いつの間にかムラナカが扉の近くに立っていた。
カメラのプレビューには、眠そうなブニャットと、それを見下ろすモーリの姿が映っている。
「また、モデルよろしく」
そう言って、ムラナカは手を軽く振り、部室を出ていった。
モーリは苦笑しながら首をすくめ、ブニャットに手を差し出す。
「俺達絵になるんだとさ」
ブニャットは立ち上がり、のんびりと歩き出す。
部室の明かりが、静かに二人を照らしていた。
次回5/3 18:01予定
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