『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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4-顧問登場

 教員たちは頭を抱えていた。

 廃部になると考えられていた『ポケモンバトル部』が、部員を揃えたというのだ。

 それ自体は喜ばしいことだ、生徒たちの活動の場が増え、望む活動が叶わぬ不幸な生徒の数が減った。 

 

 だが、問題なのはその対応である。

 

 前年『ポケモンバトル部』を担当していた顧問教師は、すでに他地方の学校に赴任している。暫定的に養護教員を顧問にしていたが、活動が再開するとなるとそれは現実的ではない。彼女は妊娠していたし、二倍の命に対して責任を持つ立場は、少なくとも教員が持たなければならないだろうというのが彼らの持つ職業倫理の一部であった。

 

 故に頭を悩ませる。子供の減りつつあるその地方の教員が増員されることはなく、むしろ減ってすらいる。これ以上教員の負担を増やす選択肢を、自ら進んで選ぶことの出来るベテラン教員は、残念ながらそこには居なかった。

 

 となれば、その後の流れは一方通行であった。

 

 若く、新人の体育教師がその立場を任されることになる。

 適性など特に考えられはしなかった。体力を競う『体育会系』の部活だし、慣れたものだろうと、誰もが責任を逃れるために、そう願いながら思っていた。

 

 

 

 

 ポケモンバトル部は、週に一度の全体会であった。

 特に何かをするとかそういうことは別段有りはしないのだが、そういう日を作らなければ全く活動しない部になってしまうというOB部員の彗眼により作られたそれは、すべての部員が集まる貴重なイベントとなっている。

 

「オーノ、コンテストの方は調子いいらしいな」

 

 プレハブ校舎の一番奥、ポケモンバトル部の部室にて、ソファーの真ん中に陣取るブニャットを避けるために無理な体勢になりながら雑誌に目を通していたイイダが不意にそう言った。部費で購入しているポケモンバトル系の雑誌にそう書いてあるのだからそうなのだろう。

 

「そうなんです! 今年は特にミロカロスのコンディションが良くて!」

 

 何気ないパスであったが、スズモトは瞬時にそれに反応した。その後つらつらと出てくるオーノの小情報に、イイダはそれなりに相槌を打つ。そのスキに僅かに身を捩ってソファーの領土をブニャットから奪おうとしたが、彼は身を捩ってソファー一面に背を伸ばすことでそれを拒否した。

 

「今年のリーグは面白いね」

 

 議事録、と書かれたファイルを閉じながら、部長のツキシタがつぶやく。

 

「新しい世代の力と、それを押し返さんとする古豪。どの試合からも目が離せない。何をやっているかはよくわからないけど」

 

 ホージョーやムラナカがそれに頷くが、それは前半についてだろうか、それとも後半についてだろうか。

 とにかく情報のスピード社会だ。彼らのようなポケモンバトル不毛の地方に住む人間にだって、カントー・ジョウトリーグの試合結果と映像『だけは』手に入る。

 

 だが、それらの内容についての精査はできていない。当然だ、それらを知るための実力者はおらず、ともすればそれらのほんの一部を解説しているのかもしれない雑誌の一コーナーすら、それを噛み砕くことができないのだ。

 

 あるいは情報のスピード社会に適応すればよいのかもしれないが、ポイ捨てされた空き缶のように道路にあふれる不純な情報の中から、真に価値のあるそれにたどり着くのは困難な時代だ。

 

「君たちは、誰が勝ち上がると思う?」

 

 ツキシタはムラナカとモーリにそう問うた。それは一年生に対する気遣いでもあっただろうが、何よりその話題を共有できる人数が去年と比べて格段に増えていることへの浮かれたような感情があっただろう。

 

「シバさんです」と、ムラナカが間髪入れずに答える

 

「シバぁ?」と、その名前を復唱しながら、イイダが雑誌から目を話してムラナカの方を見る。

 

「シバは下部リーグだろ」

 

 彼の言う通り、シバはかつては高名なトレーナーであったが、現在では勝ちきれずカントー・ジョウトの下位リーグで戦っている。

 

「調子いいんですよ」

「それまあ、応援するのは自由だがよお」

 

 イイダは変人を見るような目でムラナカを見ていたが、彼はその視線すら心地よさそうに微笑んでいた。彼に限らずシバのファンというものは『いまにみていろ』とその情熱を内に秘めているものだ。

 

「で、モーリくんはどうなんだい?」

 

 話題を提供する以上に興味を含んだ目線が、モーリに注がれる。

 彼が自分たちに比べて『多少わかっている』のはすでに部員たちの知るところである。そのような彼が一体どのようにリーグを見ているのか、気にならないはずがない。

 

 だが、それらの期待を透かすように、彼は首を横に振った。

 

「リーグにはあまり興味が無いんで」

 

 その言葉を意外に思った部員たちがそれを問うよりも先に、プレハブ校舎の廊下が軋む音に誰かが気づいた。

 入部希望者だろうか、とツキシタとホージョーは書類を準備するために立ち上がる。

 だが、その足音は、明らかにまっすぐに、迷いがないように思えた。

 

「失礼するぞ」

 

 引き戸の音とともに聞こえたのは、ハスキーの入った女性の声だった。

 当然、部員たちは彼女に見覚えがあった、最もそれは、部活ではなく普段の学校生活の中であったが。

 

「サイトーセンセーじゃん。なんかあった?」

 

 彼女はサイトー、新任の体育教師にして生活指導の補佐も行う。ある一部の生徒にとってはすでに顔なじみの存在であった。

 

「今日からポケモンバトル部の指導担当になった」

「は? 聞いてないんだけど」

「そりゃそうだ、さっきの会議で決まったんだからな」

 

 サイトーはホージョーを見やりながらニヤリと笑う。

 

「お前がいるんだからちょうどいいな」

「げえ」

 

 ホージョーという女子生徒は、何かと校則のラインを攻めることこそがおしゃれであり粋だと思っている節のある生徒だった。

 スラリと高い体格のとおり、バレー部としてガチガチの体育会系に属していたサイトーからすれば、少しばかり気のかかる生徒であることは間違いなかった。

 

「先生」と、ツキシタが立ち上がる。

 

「部長のツキシタです」

「よろしく」

 

 それを皮切りに、それぞれの部員たちが一通りサイトーに挨拶する。急な話ではあったが、素性が知れぬ訳では無い、少なくとも体育の授業においては不必要に理不尽な存在ではなかった。

 

 

 

 

「それで、だ」と、サイトーはぐるりと部室を見回した。

 

 並べられた二つの長机、ブニャットとイイダが寝そべるソファー、どこからかのお下がりであろうか、妙にサビの目立つロッカー、本棚には誰かが持ち込んだのだろう漫画雑誌とポケモンバトル系の雑誌が並んでいる。

 

「まあ、らしいといえばらしいがな」

 

 彼女はため息をついて続ける。

 

「単刀直入に聞くが、この部の目標は何だ?」

 

 ギラリ、と、その目線がツキシタを捉える。

 だが彼はそれに戸惑うことなく至極冷静に答えた。

 

「ひとまずは、公式戦一勝です」

「それはすぐに達成できそうなのか?」

「いや、すぐには難しいでしょうね。何せちゃんと試合に出てくれる部員すらほとんどいなかったので」

「ううん、そうか」

 

 彼女は一つ唸ってからポンとそれを提案する。

 

「よし、お前ら明日何でもいいからジャージ持って来い」

 

 は? と、部員達、特にイイダがそれに反応した。

 

「なんでですか!?」

「お前らの体力を把握しておきたい」

「授業で体力測定やったじゃないですか」

「どうせやるなら直接把握したいだろう」

「ポケモンバトルに体力なんていりませんよ!」

「今どきボードゲームですら体力は必要だと言われているぞ」

「部長!」

 

 イイダはツキシタに助けを求めたが、残念ながら彼は目を見開きそれに感心している。

 

「なるほど! 確かに先生の言う通り部員の身体機能を把握しておくという考えはありませんでした」

「前任の顧問からそんな話はなかったのか?」

「いやあ、前の人は殆ど絡んでいなかったので」

「酷い話だな」

 

 求めていた助けはなかったのだろう。イイダは恥も外聞もなく「モーリ!」と後輩にそれを求めた。

 

「お前ならわかるだろ! バトルに体力なんていらないよなあ!?」

 

 少なくとも彼ならば、バトルのことをよく知っておりその意見の説得力も増すだろうというのがイイダの考えであった。

 だが、モーリはそれに複雑そうな表情をしながら返す。

 

「少なくとも、自堕落なトレーナーが抜群に強いということはありませんよ」

「おいおおい」

 

 ソファーに崩れ落ちるイイダを眺めながらサイトーが「と言うことだ」と続ける。

 

「なに、最初っからガンガンやろうって事は考えちゃいないさ、この部が少なくとも強豪ではないことは理解しているつもりだしな」

 

 微笑むサイトーに、ひとまず他の部員たちは異を唱えなかった。

 その急な変化に戸惑いがない訳では無いが、少なくとも今すぐに何が何でも否定すべき変化では無いように思っていた。

 

 

 

 

「おいおい、お前らマジかよ」

 

 バインダーに挟まれた記録用紙にタイムを書き込みながら、サイトーは呆れたような声を上げた。

 少し赤みがかかり始めた校庭に、地面に這いつくばるようにしながら息を荒くしている男が三人、ツキシタ、イイダ、ムラナカである。

 

「だから言ったじゃないすか」と、ホージョーはサイトーの差し入れであるスポーツドリンクをその三人に差し出しながら言った。

 

「運動が得意な連中じゃないんですって」

「にしてもこれは体力無さすぎだろう。校庭十周だぞ」

 

 なんでも無いことのように彼女は言うが、それを指示されたときのイイダの絶望的な表情たるやなかったであろう。

 

「一応体育会系だと聞いていたんだが」

「それ騙されてますよ」

「そうらしいなあ」

 

 彼ら三人の体力の無さに呆れを越えて心配の感情を持ち始めたサイトーは、気を取り直すようにまだ二本の足で校庭に立っている二人に目を向ける。

 

「モーリとスズモトは及第点だな」

 

 少し息を荒げているスズモトは、つるを伸ばしたフシギダネからスポーツドリンクを受け取っている。

 対してモーリは息を荒げているわけでもなく、スポーツドリンクを欲しているわけでもなかった。じんわりと汗をかいてはいるようだったが。

 

「そうは、いっても、スズモト、さん、は、マネー、ジャー、候補、です、か、らね」

 

 スポーツドリンクを喉に流し込んだ後に、なんとかツキシタが答える。

 

「バトルが苦手なんだって?」

「はい、そうです」

 

 サイトーはその答えに首を捻った。

 

「申し訳ないがポケモンバトルのことはほとんどわからん。少しずつ勉強していくから何かあったら教えてくれ」

 

 部員たちはそれに頷いた。ゴリゴリの体育会系出身者ということもあって理不尽な指導があることも恐れられていたが、今のところそのような心配は無さそうだった。

 

「特にモーリ、お前の噂はよく聞いている。何か間違っていることがあれば遠慮なく言ってくれ」

「はい、分かりました」

 

 そう頷きながら、あまり本格的に活動するつもりはなかったんだがなあと苦笑するモーリの首元に、サイトーの視線が向いた。

 

「おいモーリ、首になにかかけているのか?」

 

 その指摘にモーリは首元に手をやり、部員たちはそれを意外に思った。例えばホージョーなどがアクセサリーを付けて生活指導に注意されている光景は日常茶飯事であったが、優等生のようにしか見えない彼がそれをしているイメージはなかったのだ。

 何より彼はかっちりと制服を着込む方だったから、それまで首元は見えなかったが、シャツになったことで首元がよく見えるようになったのだ。

 

「ああ、これですか」

 

 彼は首元のそれを外してみせる。目立たないためだろうか透明ナイロンの平紐の先には、薄く小さい金属のなにかがあった。

 

「これ笛です」

「笛?」

「ええ、何かあったときのために」

「ああ、なるほど」

 

 サイトーはそれに感心したようだ。

 

「いい心がけだ、災害時には声が出せない状況もあるからな」

「校則に違反するならポケットに入れておきますが」

「構わん。命にかかわることだ」

 

 それらのやり取りにホージョーが「なるほど、笛ならいいのか」と感心したように頷く。

 

「あまり悪どいことを考えるなよ」とサイトーは釘を差したが、その後この地区ではいわゆる『デコホイッスル』が流行ることになるのだが、またそれは別のお話。

 

「しかし参ったな。強豪ではないとは聞いていたからあまりキツイことをする気はなかったんだが、この体力の無さは体育教師として見逃せん」

 

 一つ考えてから続ける。

 

「とりあえず活動前に校庭十周から始めよう」

 

 その提案にツキシタは頷き、イイダとムラナカは絶望的な表情を見せるのだった。




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