『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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35-はじまりの春に、また君と

 春の朝、校門の前には新入生と思われる一年生たちが行き交い、その中をすり抜けるようにして上級生たちが登校していく。新しい制服に身を包んだ生徒たちの姿には、少しだけ浮ついた空気が混ざっていた。

 

 正門脇の掲示板には、新しいクラスの一覧が張り出されている。紙の前には人だかりができていて、自分の名前を探す声や、友達同士で歓声を上げる声が飛び交っていた。その中を、モーリは静かに通り抜けていく。

 

 敷地の奥、校舎の陰では、早くも部活の勧誘に動き出している上級生の姿も見えた。春の始まりを告げるその活気の中で、誰かが駆け出した足音が石畳に跳ねる。

 

 ライモン高校の一年が、また始まろうとしていた。

 

 

 春の朝、まだ肌寒さの残る空気の中、モーリは三年生としての新しい教室に足を踏み入れた。

 

 三年生の教室は校舎の一番上の階、四階に位置している。階段を上りきる頃には、春の冷気にさらされていた身体も少しずつ温まってくる。窓から見える景色も一段と高くなり、校庭の奥や周囲の住宅街までを見渡せるようになる。その少しだけ高い視点が、どこか『最上級生』になったという実感を、じんわりと胸に広げていた。

 

 教室にはすでに数人の生徒が席についており、穏やかなざわめきが漂っている。開け放たれた窓から差し込む光が、床に斜めの影を落としていた。桜の花はほとんど散り、時折風に舞う花びらが、どこか終わりと始まりを感じさせる。

 

 名簿を確認して自分の席を見つけると、モーリは静かに腰を下ろした。

 

 今年も、またひとりだった。

 

 ムラナカも、スズモトも、タケダもいない。

 

 けれど、前の方の席で大きく手を振る男がいた。

 

「よっ、また一緒か」

 

 ミマだった。

 

 モーリは軽く顎を引いて応える。どこか安心する自分がいることに気づく。

 

 チャイムが鳴ると同時に、教室の扉が開いた。

 

 入ってきたのは、見覚えのある男性教師だった。二年の時と同じ担任だ。

 

「えーっと、三年生になった皆さん。おはようございます」

 

 教卓に立ち、生徒たちを見回しながら教師は柔らかく言った。

 

「まさかの三年間同じ担任って人もいますが、まあ、それも何かの縁ということで。今年一年、ぼちぼち頑張っていきましょう」

 

 教室に小さな笑いが広がる。

 

 その言葉を聞きながら、モーリは窓の外へ目を向けた。

 

 風が吹き抜け、桜の花びらがひとひら、ゆっくりと空に舞っていった。

 

「……始まっちゃったな、三年生」

 

 隣の席のミマが、机に突っ伏しながらぼやく。

 

「受験とか、やべーやつじゃん。マジで死ぬやつ」

 

「去年も同じこと言ってた」

 

 モーリが淡々と返すと、ミマは片手を上げて笑う。

 

「だってガチでやばいだろ? 俺もちょっとは大人になんないとなって思ってさ」

 

「……そうかもな」

 

 出欠が始まり、クラスが正式に動き出す。

 

 モーリは背筋を伸ばしながら、心の中で思った。

 

 いつのまにか、当然のように、最後の春が始まっていた。

 

 

 

 

 体育館の空気は、新年度の始まりにふさわしい熱気を帯びていた。

 

 階段の上、発声機を通してゆったりと流れる声に、高齢の男性。

 

「まずは、この二百三十八人、新たにライモン高校に入学したみなさんへ、温かな歓迎の言葉を送りたいと思います。この校での日々が、人生の単なる途中ではなく、大切な経験の三年間となりますよう。」

 

 新入生たちはまだ緊張した面持ちのまま、上級生たちと並んで整列している。壇上では校長が新年度の抱負を穏やかな口調で語っていたが、それがどれほどの生徒たちの耳に届いているかは実のところ不明だった。

 

 いいことは言っているのだろう、と頭のどこかで思いながらも、モーリの意識は壇上の言葉をほとんど受け取っていなかった。

 

 というのも、このあとの『部活動紹介』で彼自身が前に立つ番だったからだ。

 モーリは列の中で静かに立っていたが、内心では少しずつ緊張が広がっていた。三年生として、部長として、学校の顔として。言葉にすればただの一役目だが、それを背負って壇上に立つことには、想像以上の重みがある。

 

 だから今、校長の挨拶は彼の耳をかすめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて進行役の教師が前に出てくると、「それでは引き続き、新入生の皆さんに向けた部活動紹介を始めます」と声を張る。

 

 吹奏楽部、演劇部、写真部など、各部が順に階段に上がっては、時に小道具やパフォーマンスを付けて自分たちの活動を紹介していく。そのたびに体育館のどこかで笑いや歓声が上がり、すこしずつ空気が文化祭のようなものへと変わっていく。

 

「次は、バトル部です」

 

 進行役の声に呼ばれ、モーリは静かに階段へと歩を進めた。

 

 その姿に、後方の女子生徒たちから小さな黄色い歓声が上がる。

 

「いよいよお出ましだね」

 

「写真よりかっこよくなくない?」

 

 本人は意に介さず、淡々と階段の中央へ向かう。

 

 マイクの前に立ったモーリは、腰にセットされたからモンスターボールを手に取る。

 

「この地方では、珍しいと思いますが……」

 

 そう言ってボールを開くと、そこから一匹のポケモンが姿を現した。

 

 ずんぐりとした体、どこか気怡げなまなざし、そしてふてぶてしい立ち姿。

 

 ブニャットだった。

 

 体育館の一部がざわつく。

 

「うわ、でか」

 

「デカいと言うか、太ってない?」

 

「よく見ると可愛いかも」

 

 ブニャットは騒がれることにも動じず、モーリの足元に座り込む。しっぽをゆったりと揺らしながら、まるで見物人のように階段から体育館を眺めていた。

 

 モーリはその横で、マイクに向かって話し始める。

 

「ライモン高校バトル部は、去年のインターハイで全国ベスト八という結果を残しました」

 

 少し拍手が起こる。

 

 よっ、というミマの掛け声に、モーリはいつかあいつを殺そうと思った。

 

「日々の練習は厳しい部分もありますが、仲間とともに支え合いながら楽しくやっています。ポケモンと一緒に、戦い方を学びたいという人は、ぜひ見学に来てください。」

 

 言いながら、モーリは自分の言葉がどこか物足りないことに気づいていた。

 

『インターハイベスト八』とか、『仲間と支え合って』とか。

 

 並べてみると、どこにでもあるスピーチだ。

 

 でも、こういう言葉しか出てこない。

 ツキシタやイイダも、あの時、こんな気持ちだったのかもしれない。

 

 あの時、悪いこと言ったなあ。

 そんな風に思いながら、モーリは軟らかく頭を下げようとした。

 その時、ふと思った。

 

 彼は、再びマイクを持ち上げる。

 

「悪くないです。こういうのも」

 

 隣のブニャットに小さく同意を送ると、ブニャットは潤々といった様子で立ち上がり、モンスターボールへと戻っていった。

 

 静かな拍手の中、モーリは階段を降りた。

 

 その背中に、新入生たちの視線が静かに注がれていた。

 

 

 

 

 放課後の部室棟前には、例年以上の賑わいがあった。

 

 校内放送で紹介された『インターハイベスト八』という実績が効いたのか、あるいはそれは以前より有名であったのか。ライモン高校バトル部への入部希望者は例年よりも明らかに多く、校舎の廊下には制服姿の新入生たちが列を成していた。

 

 グラウンドの隅っこの隅っこでは、スズモトやタケダ、オーアサたちが交代で新入生に声をかけたり、質問に答えたりしている。

 

 コウヌはどうやら別の用事があるようで、まだそこには現れていない。

 

 モーリはその中心で全体の進行役を担っていた。

 

「はい、じゃあ今から、うちの部活のバトルの様子を見せます」

 

 そう言ってモーリが合図を送ると、いくつかのポケモンがボールから繰り出され、簡単な技のデモンストレーションが始まった。

 

 タケダのケッキングが訓練用のダミーに『のしかかり』を決めると、新入生たちからどよめきが起こる。

 

 ムラナカのエビワラーは連続で素早いパンチを繰り出し、オーアサのブーピッグはサイコキネシスで空中に浮かせたカップをふわふわと揺らしてみせた。

 

 スズモトはポケモンを出さず、ノートを持って新入生の質問に丁寧に答えている。その姿は控えめながらも、部の雰囲気を伝えるのに一役買っていた。

 

 ムラナカは、質問してきた新入生に向けて笑いながら言った。

 

「ちなみに、兼部もOKだからね。うちに入ってても他の部活と両立できるように調整してる。僕も美術部と掛け持ちだよ」

 

 また、タケダは少し緊張気味な新入生に優しく声をかけた。

 

「ポケモン持ってなくても、今から手に入れて育てていけば大丈夫ですぅ。私もケッキングさんとはこの部に入ってからの出会いですぅ」

 

 スズモトは、遠慮がちに質問してきた生徒に、明るく笑いながら応じた。

 

「戦うのが好きじゃなくても大丈夫だよ。見るのが好きってだけでもマネージャーやれますし、むしろ今、マネージャー募集中なんです」

 

 そんな賑やかな空気の中、ひときわ落ち着いた足取りで、制服の襟を少し崩した男子生徒が前に出てくる。

 

「モーリ先輩ですよね」

 

 鋭い目つきと無駄のない動作。腰にはモンスターボールが三つ。

 

「うん、そうだよ」

 

「噂は聞いてます。インターハイでベスト八、バッジ七個。すごいと思います」

 

 モーリは不意を突かれたように目を瞬かせた。

 

「ああ、ありがとう」

 

 新入生は「セラです」と手短に挨拶すると、ポケットからトレーナーカードとバッジケースを取り出す。

 

「自分、ホウエンでバッジ五個取りました」

 

 開かれたケースには、確かにジムバッジのきらめきが五つある。

 

 新入生たちがそれにどよめく。だが、セラはそれを当然のように思いながら、その後を続ける。

 

「高校行かずにリーグトレーナーになるつもりだったけど、親がどうしても大学まで出てくれと言うので……せめてバトルが強いところと思って、あなたがいるから、ここに来ました」

 

 その言葉には、変に飾らない率直さがあった。

 

「見学って、見るだけじゃないですよね。バトル、お願いできますか」

 

 部員も、新入生もざわつく。スズモトも思わずモーリを振り返る。

 

 モーリは、その真っ直ぐな眼差しに、かつての自分を重ねた。

 

 顔を背け、横に立っていたムラナカに、ぽつりと問いかける。

 

「なあ……一年の頃の俺って、あんな感じだった?」

 

 ムラナカは少しだけ考えてから、小声で笑いながらぶっきらぼうに答える。

 

「あれほど素直じゃなかったけど、まあ、雰囲気はあんな感じだったよ」

 

 モーリは小さく息を吐いて、苦笑する。

 

「わかった。受けるよ」

 

 そう言って一歩前に出ると、腰のボールにそっと手を添えた。

 そして、右手でグラウンドの隅っこの隅っこの、なんとか開けている場所を指差す。

 

「対戦のフィールドは、いつもここで使ってる」

 

「へえ、規定のものより随分と小さくないですか?」

 

「スペースの問題でね、でも学生バトルの規定より少し小さい程度だよ」

 

 足元を鳴らすように向こう側に立ちながら、相手の少年、セラは、無言のままモンスターボールを構える。

 

 空気が、ふっと引き締まった。

 

 

 

 

 緊張と興奮が入り混じる空気のなか、模擬バトルのフィールドが整えられた。

 

 場所はグラウンドの隅っこのさらに隅。特設の簡易ラインが引かれ、その周囲に部員たちと新入生が遠巻きに集まっている。

 

 セラの腰には三つのモンスターボール。その中から選ばれたのは、白い布をまとったばけのかわポケモン、ミミッキュだ。

 

 ミミッキュは静かに身を揺らしながら、ブニャットを見据えている。小さな体の中に潜む攻撃性が、じわじわと滲み出ている。

 

 一方、モーリはブニャットを見上げる形で立たせた。相棒は体を低く構えながらも、しなやかな尾を揺らし、視線は既に戦いに集中している。

 

「『つるぎのまい』!」

「『みがわり』」

 

 開始の合図と同時に、ミミッキュの周囲に空気が渦巻くような一瞬、影が膨れ、布の下から鋭い気配が溢れ出した。攻撃力を一気に高めてくるセラの選択に、観戦していた部員たちが小さく息を呑む。

 

 しかし、ブニャットがその場で軽く跳ね、素早く地を蹴る。瞬間、その姿がゆらりと霞み、影のような人形がその場に現れる。

 

「『どろかけ』」

 

 間髪入れず、モーリが指示を出す。

 グラウンドの環境を活かしたのか、ブニャットは鋭い爪で地面をわずかにえぐると、その塊をミミッキュにぶつける。

 

 だが、その攻撃にミミッキュに大きなダメージを与えることはなく、ピカチュウを模すように立てられた白い布が折れるのみだ。

 それがミミッキュの特性である『ばけのかわ』によるものであることを理解していたのは、モーリ、スズモト、ムラナカ、オーアサのみであった。良くも悪くも、観客の学生たちはバトルを知らない。

 

「『じゃれつく』!」

 

 指示を受けたミミッキュは足を見せることなく、それでいて素早くブニャットが残した『みがわり』にポコポコと攻撃する。

 脆い『みがわり』がそれに耐えられるわけがない。それはすぐさまに消え去る。

 ただでさえ悪くはない攻撃力が『つるぎのまい』によって引き上げられているのだ。触れればローブシンですら無事ではすまないだろう。

 

 故に、セラは自らの有利を疑ってはいなかった。

 

 相手が何をしてこようが『じゃれつく』で決着をつけることができる。

 ブニャットのようなポケモンの生命線である『こらじた』もミミッキュには効果がない。

『みがわり』は消す。

 後、不安な要素と言えば『いばる』くらいか。

 だが、そんな戦略を打たせた時点でこちらの勝ちのようなものだ。

 

 故に、セラは強く叫んだ。

 

「『じゃれつく』!」

 

 剥き出しになったブニャットに向かって、ミミッキュが勢いよく踏み込む。

 

 しかし、モーリはかけらも焦ってはいなかった。

 

「『イカサマ』」

 

 ミミッキュが勢いよく飛びかかってきた瞬間、ブニャットは柔らかく受け止めるように身を引いた。

 次の瞬間、巧みに体をひねってミミッキュの動きを逆手に取り、そのままの勢いでミミッキュの体を空高く持ち上げる。

 そして一回転させるようにして背中から地面へと叩きつけた。

 硬い土の感触が伝わるほどの衝撃が走り、ミミッキュの体がぴくりと震えた後、動かなくなる。

 

 一連の流れを目の当たりにした新入生たちは、息を呑んで言葉を失っていた。

 ポカンと口を開けたまま立ち尽くす者、無言で見つめ合う者、呆然とした表情を浮かべる者。

 

 バトル部の部員たちも驚きはしたが、その中にどこか納得したような空気もあった。

 まあ、そうなることもあるわな、と。

 

 セラはその中心で、貼り付けたような『しまった』という表情を浮かべたまま、しばしその場に沈黙する。

 

 そして静かに、モンスターボールを握り締めて「戻れ」と呟いた。

 

 

 

 

 

 セラは顔を上げ、悔しさを隠そうとしないまま口を開いた。

 

「ありがとうございました」

 

 モーリは軽く頷きつつも、やや控えめな口調で言葉を続ける。

 

「戦略が、ちょっと単純すぎたかな」

 

 セラは唇を噛むようにして、モーリを見返す。

 

「つるぎのまいを使うなら『イカサマ』は警戒するべきだったね。そこまで読まれていたら、もっと展開は変わってたと思う」

 

 さらに、モーリは淡々と続ける。

 

「タイプの問題で『かげうち』が通用しない時点で、素早さの不利は気にしておくべきだった」

 

 セラはそれらの言葉を正面から受け止め、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

「ポケモンを変えて、もう一度お願いします」

 

 その言葉に、モーリは静かに眉を上げた。

 

「ブニャットの戦略に合わせるつもりだろ?」

 

 それって、自分がジム戦で何度も挑んでいた頃と、同じ構図じゃないか。そう、モーリは胸の内で自分自身に問いかけた。

 

 言葉に詰まったセラに、モーリは穏やかに続ける。

 

「学生バトルは、良くも悪くも一人一匹。良くも悪くもね」

 

 セラは悔しさを押し込めるように、声を荒げた。

 

「だったら三対三でいいですから!」

 

 モーリ以外のほとんどの者が思わず身をすくめ、ざわりと場の空気が揺れる。部員の何人かは目を見開き、新入生たちは顔を見合わせるようにして緊張を走らせた。

 

 その声は、まるで自分の全てを否定されたと錯覚したかのような切実さに満ちていた。

 

 ムラナカが、彼をなだめようと一歩踏み出そうとしたときだった。

 

「すみませぇん! 遅れたッス!」

 

 元気な声とともに、グラウンドの向こうから駆けてくるのはコウヌだった。

 抱えられたマリルリが、ぴょんと跳ねて地面に降り立つと、まるで空気を読まないようにミミッキュのバトルライン跡を踏み越えていく。

 

 当然、セラはそれに舌打ちをした。

 彼にとっては自らの場である。少なくとも今この場で、自分より強い人間はモーリ以外はいないのであるわけであるから、自分はその『誰か』に嫌悪感を示す権利があると思っていた。

 

 故に、彼はその『誰か』の馬鹿面を一目見ようと首を捻った。

 そしてその瞬間。

 

「あぇ!?」

 

 そのように聞こえる間抜けな声を発しながら、セラは首を真逆の方向に捻った。

 そして、その間にも、コウヌの進軍は続く。

 

「なんスかあ、これあれっスか? 新入生とバトルしちゃったやつッスか?」

 

 その問いに、モーリは一旦答える。

 

「ああ、まあ」

「えぇ! まさかモーリさんがふっかけるわけ無いッスから、新入生がふっかけてきたんスか?」

「ああ、まあ」

 

 この辺から、モーリを含むその場にいる人間の大半は、顔を背けているセラの機嫌を気にし始めていた。

 そりゃそうだろう、敗戦に激昂だ。この場を馬鹿みたいに荒らされて少なくとも機嫌がいいはずがない。

 

「そりゃあやる気勢ッスね! えー、君がぁ」

 

 そう言って、コウヌはあくまで無邪気に、振り向いてセラの顔を覗き込んだ。

 

 やばい、と、誰もが思った。

 

「あ?」

 

 意外にも、素っ頓狂にそう漏らしたのはコウヌの方であった。

 

「ダイちゃんじゃん」

 

 その声に、セラはビクリと背筋を震わせる。

 

「セラさんとこの、ダイちゃんじゃん」

 

 コウヌの声色とテンションが一つ上がる。

 

「えー! ダイちゃんウチ来たん!? へー! 高校いかないって言ってたじゃん! へー!」

 

 と、セラの肩をバンバン叩きながらコウヌがはしゃぐ。

 

「あ、あの、フミ兄、今はちょっと」

「え? てかダイちゃんデカくなったな! えぇ! 昔こんなだったのに」

 

 コウヌは手を広げて、小さなスペースを作ってみせた。足元のマリルリもそれを真似て、キャッキャと手を広げる。

 

「あーでもダイちゃん制服着崩すのは駄目だわ。ウチのねーちゃんそういうのを一番嫌うから」

「あの、フミ兄」

 

 そこまで聞いて、ようやくモーリが口を開く。

 

「知り合いか?」

「そうっすよ、近所の子です。いやまあ確かにジムガチってたのは知ってたんスけど、高校には行かねえって言ってたんでまじ嬉しいッス。え? てかアレでしょ? 結構強かったでしょ」

「あー、まあ」

「いやそうなんすよ! こいつマジ強いらしくて、これヤバイっスよ、マジで戦力バク上がりしましたよ。あーでもその場合レギュラー落ちするの俺ッスね。ダイちゃん悪い! 一年待って!」

 

 セラは、完全に小さくなっていた。

 

 かつて、世界を相手に戦った英雄も、生まれ故郷は避けたらしい。

 

「あー、あと聞いて下さいよ、こいつね子供の頃ねーちゃんに惚れててぇ」

「フミ兄!」

 

 そう叫んだセラの顔は真っ赤だった。

 

 悪いやつではなさそうだ。




一応最終話一歩手前までは書いているので投稿を始めます
次回は7/8 8:01に投稿予定です

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