『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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36-受け取った言葉の先で

 桜の花びらが歩道の端に集まり、風が吹くたびにそれがふわりと舞い上がる。

 午前中の光は柔らかく、校舎の窓ガラスを鈍く反射させている。

 木々の緑はまだ淡く、どこか頼りない。その中で、校庭に立つ鉄棒の影だけが時間を正確に刻んでいるように思えた。

 

 

 

 

 新しいクラス、新しい席、けれど見慣れた顔ぶれ。

 モーリは窓際の席に腰を下ろし、春らしい陽射しを受けながら、隣の席で寝そべっているような姿勢のミマとなんとなく会話をしていた。

 

「いやー、気づいたらもう三年か。俺ら、あと一年で学生終わりなんだな。次は就活とか受験とか、そう思うと、いきなり背中ゾワッとするよな」

 

 軽口を叩いているようでいて、その実、ミマの言葉は的を射ていた。どこか他人事みたいに話しているくせに、ちゃんと自分のこととして捉えてる。

 

「ほんと、あっという間だな」

 

 モーリは笑って返したものの、その言葉の裏側にある現実に、ふと胸の奥が重くなる。進路、未来、残された時間。普段はあまり意識しない言葉が、今はなぜかくっきりと浮かんでくる気がした。

 

「この先さ、俺ら何者になるんだろうな。高校生活の『成果』とか『実績』って、案外あっさり見えなくなるのかもなー」

 

 ミマがそう言って、机の上に突っ伏す。モーリはそれに苦笑しながら、教室の隅へと視線を移した。

 そこでは、ブニャットが新入生らしい三、四人の女子生徒に囲まれ、撫でられていた。特に嫌がるでもなく、気だるげに尻尾を揺らしているその姿に、モーリの口元が自然と緩む。

 

「あいつ、やけに愛想いいな」

「ずりーな、ポケモンってだけで得してる気がする」

 

 ミマが頬杖をつきながら言う。

 モーリは携帯端末をちらりと確認し、表示された時刻に小さく頷いた。そろそろ部活の時間だと察し、静かに椅子から立ち上がる。

 

「行くぞ」

 

 モーリが一言声をかけると、ブニャットは名残惜しげに尻尾を一振りしてから女子たちの輪を抜け、すっとモーリの元へ戻ってきた。

 

「なんか、ちょっと素直になったか?」

 

 ミマが笑いながら問いかける。

 

「そうかな?」

 

 モーリは肩をすくめるようにして答えた。

 けれど、内心では少しだけ思っていた。

 素直になったのは、自分の方なのだと。

 

 

 

 

 春の放課後、校庭の隅にあるポケモンバトル部の部室周辺は、生徒たちの熱気でごった返していた。

 

 かつて閑散としていたこの一角は、まるで人気のカフェの開店初日かのような賑わいを見せている。

 

 あまりの人数に、隣接する野球部の第二倉庫を臨時スペースとして使用する許可が教職員会議で下りたばかりだった。部員数に対応できる環境を整えるのも、今年のライモン高校ポケモンバトル部にとっては欠かせない課題だった。

 

 これまでは十人に満たない部員数だったこの部も、今年は様相を一変させた。

 

 公式戦での成績、日常の努力、先輩たちの地道な布教の成果もあって、正式に登録された新入生の部員は十五名。去年の人数と合わせれば、文字通り倍以上である。

 

 今日はその日、新入生を含めた部員全員が、はじめて顔を揃える日だった。

 

 一年前までは、他の部員らと同じようにソファを固めてはだべり、少数でなにかをし。そのつぶやきに笑っていたようなライモン高校ポケモンバトル部は、今、分かりやすく『大手部活』の気配を見せている。

 

 それに合わせるように、早めの部室にはすでに額にわずかな汗をにじませたモーリの姿があった。

 ようやく気持ちを切り替えて歩みだした『部長』としての証明は、相変わらずそのしょうしょうたる立ち振る舞いの裏側で、絶えず腐らぬ気志を焼きつづけていた。

 

 まもなくして、部室は見慮なしに調子を増していく。

 そこにさっそく、第一の指示がとぶ。

 

「全員、グラウンドにでろ。直行、点呼、その後、四列で待機」

 

 その声にその場が戦然としなり、あわただだしくも細い合団行動をすばやくこなす部員たち。ある考えを分かりやすく証明していた。

 

 指示を飛ばしたのは、ライモン高校ポケモンバトル部顧問のサイトーだった。

 

 

 

 

 部活開始と同時に、サイトーは動いた。

 

 サイトーは部室から姿を現すなり、鋭い声を飛ばした。

 

「整列!」

 

 一拍の間を置かず、生徒たちが反射的に動き、次々と列を作っていく。

 迷いのない動き、流れるような視線。教壇での姿とは打って変わって、体育会系のそれだった。

 サイトーは前に出て、整然と並ぶ新入生たちを見回す。声を張り上げることなく、それでいて通る声で語りかけた。

 

「改めて、顧問のサイトーだ。普段は体育の教員をしている。元はバレーボール部出身で、キャプテンもやっていた。だからまあ、部活の運営ってやつには慣れてると思ってくれていい」

 

 軽く言ってのけるその口調には、堂々とした自信があった。

 

「今日からお前たちは部員だ。期待してる。けど、無理はするな。わからないことがあれば、遠慮なく聞け。練習中に体調が悪くなったときも、絶対に我慢するな」

 

 そう言うと、腰のモンスターボールを指で弾いて放った。

 

「紹介しておこう。サポートをしてくれる、タブンネさんだ」

 

 淡い光が広がり、ふわりとタブンネが現れる。小柄な体をちょこんと揺らして、愛らしく一礼した。

 

「彼女には、ケガや体調のチェック、軽い応急処置のサポートをお願いしている。心が落ち着くって理由で人気なんだ。女子には特に、な」

 

 ちらほらと新入生の中から笑い声がもれた。少し緊張していた表情が和らいでいく。

 

「全力で取り組める環境は、私が整える。お前たちは、しっかり練習して、成長してくれればそれでいい」

 

 そう締めくくったサイトーの言葉に、新入生たちは自然と背筋を伸ばした。

 

「それでは点呼を始める」

 

 サイトーは腰のメモを確認しながら点呼を始めた。

「ヨシオカ」「ハルタ」「イマイズミ」

 名前と顔を一致させるのに迷いはない。並行して、志望届からの情報を把握しているのだろう。

 

 経験年数、パートナーのタイプ、志望動機。どれも一人ひとり異なるが、サイトーはそれらの情報を頭の中で素早く組み合わせていく。

 立ち姿は動かずとも、視線だけが絶えず動いていた。声の張りや体格、立ち方にまで目を光らせ、マネージャー志望者を含む全体の構成を短時間で掴んでいく。

 

 手元のメモには細かく記号や線が走り、その場で数人の名前に丸がつけられる。「よし」とだけ小さく呟くと、整列した列をぐるりと一瞥し、指揮官のような目をしたまま、その場で次の段取りへと切り替えた。

 

「これからの運営はマニュアルに沿って動かす。各自、今後の流れは掲示板に貼るスケジュールを確認すること。フォロー体制も整える。とは言え導入したばかりのマニュアルだ、わからないことがあれば何でも聞いてくれ」

 

 新入部員たちが戸惑う間もなく、部全体が体育会系の空気へと変わっていく。

 

「走れ、十周。先頭は二年のコウヌとオーアサ、ついてこい」

 

 その一言で、新入部員たちは反射的に駆け出した。

 先頭に立ったコウヌとオーアサは、さすがの経験者らしい軽快な足取りで校庭を駆けていく。後ろからは、新一年たちがやや息を乱しながらも懸命に続いた。

 

 

 

 

 その様子を一通り見届けたサイトーは、振り返り、部室の外に立っていた三年生たち、モーリ、ムラナカ、タケダを目で呼び寄せる。

 

「お前たち、少しこい。顧問としての話だ」

 

 三人が歩み寄ると、サイトーは腕を組んで彼らを見回した。

 

「今年はマネージャー志望も数人来てる。バトルのサポート希望も含めて、規模が一気に大きくなったが。心配するな、私が顧問としての仕事はする」

 

 モーリたちは静かに頷いた。

 

「お前らもな、三年生であることを忘れるな。部員である以上、自分の目標に向かって練習するのは当然だ。ただし、それだけじゃダメだ。練習準備、後片付け、下級生のフォロー、そういう『部の土台』になる仕事も上級生の役割だ。口だけじゃなく、動きで示せ」

 

 サイトーの目線が厳しくなる。

 

「爪痕を残そうとする一年に、何を言われても気にするな。あいつみたいな」

 

 そう言って、視線の先を軽く顎で示す。

 そこには、ランニングで新入生の先頭を走るセラの姿があった。

 

 まるで当然のように、誰よりも早く、一歩も譲らず前を走り続ける。

 

「ま、ああいうのも必要だ。だけど、それに振り回される必要はない。お前たちは、お前たちのやるべきことをやれ」

 

 サイトーの言葉は、体育会系らしい簡潔さと実感に満ちていた。

 

 

 

 

 新入生たちのランニングが終盤を迎え、校庭にはほどよい湿り気を含んだ土の匂いと、靴音の残響だけが漂っていた。日が傾きかけた空は、まだ春の柔らかな光を保ち、風が通り抜けるたびにユニフォームの袖が揺れる。

 

 モーリは手持ちのメモ帳に部員の名前をさらりと走らせていたが、不意に近くに影を感じて顔を上げた。

 

「部長」

 

 セラだった。息は整っていたが、わずかに額に汗が光る。

 

「どうしてブニャットなんですか?」

 

 唐突な問いかけに、モーリは少しだけ眉を動かした。それでも答えは、迷いなく返ってくる。

 

「戦術的にも、もっと他に強いポケモンっているじゃないですか。俺、モーリ先輩なら、もっと勝てるポケモン使えるんじゃないかって」

 

 その問いは、一年生が三年生にするには些か不躾なものであったかもしれない。

 だが、モーリはそれにふっと微笑むと、彼から目線を離して呟く。

 

「最初のパートナーだったからだよ」

 

 ブニャットは少し離れた木陰で、前足を折って寝転んでいた。時折風に揺れる草を目で追っている。

 

「最初のって」

 

 セラはまっすぐにモーリを見ていた。まるで答えの裏側を探るような視線。

 

「お前の最初のパートナーは?」

 

 一拍置いて、セラは答えた。

 

「ズバットです」

「今はゴルバット?」

「いえ、クロバットです」

 

 その言葉に、モーリはわずかに口元を緩めて頷いた。隣にいた風がそっと二人の間を抜け、落ち葉が足元を擦った。

 

「そうか、俺より偉いな。まだ、相棒と戦ってる」

「そりゃまあ、二番手三番手、搦め手つかうならできるポケモンですし」

「バトル部ではクロバットを使ってみるといい」

 

 モーリがそう言うと、セラはきょとんと目を丸くした。

 

「どうしてです?」

「見えてくるものがある」

 

 セラはしばらく黙っていた。近くでは一年生たちが簡単な基礎訓練を始めていた。掛け声とタブンネの柔らかな音が遠くで交錯していた。

 

「でも、それじゃあ、勝てないかもしれないじゃないですか」

「それでもいい。勝てない中で、見えてくるものもある」

 

 その瞬間、モーリはふと、自分がそんなことを言ったことに驚いていた。まるで誰かの言葉を借りたように、自分の口から出ていた。けれど、嘘ではなかった。

 

 セラはその言葉に何か言い返そうと口を開きかけたが、そこに元気な声が割り込む。

 

「ダイちゃん、部長に絡んじゃ駄目ッスよ」

 

 振り返ると、コウヌがいつもの調子で笑いながらセラの肩をぐいっと抱いた。

 

「部長ごめんなさいね、こいつ、こんな子じゃないんスよ本来。ちょっと高校デビューで浮かれちゃってて」

「フミ兄! だからそういうこと言わないで!」

「わかるんスよ、俺も高校デビューなんで」

「いや、フミ兄はいつもそんな感じ」

 

 セラは小声でそう返しながら、少しだけ顔をそむけた。頬はほんのりと赤い。モーリはその様子に少しだけ笑みを漏らす。

 

「そんなに仲がいいのに、なんでセラはコウヌがこの高校にいるって知らなかったんだ?」

 

 問いに、セラは頭を掻きながら、バツの悪そうな顔をした。

 

「いやまあ、ポケモン持ってなかったのもありますし、フミ兄がライモン高校受けるのは知ってたんですけど、正直、絶対受からないと思ってたんで」

「このぉ!」

 

 コウヌが軽くセラの頭を小突く。マリルリがその横でくるくると回って、賑やかさに拍車をかける。

 

 その光景を眺めながら、モーリはふと思った。悪いやつの手持ちに、クロバットは居ないだろう。

 

 

 

 

 春の夕暮れは、いつまでも明るいようでいて、気づけばあっという間に暗くなる。

 

 部室の灯りがひとつ、静かに消えた。

 出てきたのは、備品の管理を終えたモーリとスズモトのふたり。すでに周囲には人の気配もなく、グラウンドの端からは草のこすれる音が微かに聞こえるだけだった。

 

 スズモトは鍵を取り出し、部室の扉をしっかりと閉める。カチリという音が、夜のはじまりを知らせた。彼女はそれを制服のポケットに滑り込ませ、肩を落とすでもなく、静かに息をついた。

 

「マネージャーも増えたんだろ?」とモーリが隣で口を開いた。

 

「うん、二人増えたよ」

「よかったな」

「うーん、どうだろう。教えることも増えたからなあ」

 

 少し悩ましげな顔で、スズモトは眉を寄せる。校舎の壁に映るふたりの影が、風に揺れて形を崩す。

 

「そうか、そうでもあるのか」

「うん。これまでは、自分だけがわかってればよかったからね」

 

 その言葉に、モーリは小さくうなずいた。急な変化は、ときに嬉しさよりも重さを連れてくる。

 

「急にこれだけ変わると、キツいよな。やっぱり」

 

 スズモトはふと立ち止まり、少しだけ空を仰いだ。しばらくしてから、ぽつりと呟く。

 

「変えたんだよ」

 

 モーリは歩みを止め、その言葉の意味を探るように彼女を見つめる。

 スズモトは目をそらさずに、続けた。

 

「ツキシタさんやイイダさん。それに、モーリくんやムラナカくん、タケダさん。それにサイトー先生。みんなが変えたんだよ、この部を」

 

 言葉は静かだったが、その奥には確かな実感があった。

 けれどモーリには、どこかまだ他人事のように感じられる。

 

「だったら、お前も変えたうちのひとりなんだろ」

 

 その一言に、スズモトは目を瞬かせ、少しだけ唇を引き結んだ。

 ほんの少しの沈黙ののち、視線を前に戻して、照れくさそうに微笑んだ。

 

「だったら、いいな」

「そうに決まってる。いつも助けてもらってるし」

 

 校門が見えてきた頃、ふたりの間に自然な沈黙が生まれた。

 ふと、スズモトが右手を少しだけ浮かせ、モーリもそれに合わせて左手を差し出しかけた。

 

 けれど、どこかで感じる視線。

 記憶の奥に残っている、同級生たちのからかい声が頭をよぎる。

 

 だから、触れたのは、手のひらではなく、指先だった。

 それでも、温かさはちゃんと伝わった。

 

 春の夜は、まだ少し冷たい。

 けれど、その帰り道は、どこかやわらかかった。




次回更新は7/10 8:01予定です

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