『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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42-チーム ②

 リオー高校の待機スペースは、静まり返っていた。

 監督のヤマサキが厳しい表情で選手たちを見つめ、その言葉に選手たちは真剣な面持ちで頷いている。

 無駄口は一切なく、互いに視線を交わし、最後の調整を行っているようだった。

 昨年王者としての風格と、絶対に負けられないという強い意志が、その引き締まった雰囲気からひしひしと伝わってくる。

 

 カザは一人、目を閉じ、シザリガーのモンスターボールを手に瞑想しているかのように静かだった。

 しかし、その全身からはピリピリとした闘気が抑えきれないように放たれていた。

 

 そして、ヤマサキが声を上げる。

 

「今日皆に見てもらった通り、すでにライモンはモーリだけのチームではない。ライモンは強くなった。だが、それは俺達も同じだ。俺達のやってきたことを信じろ。お前らのプライドを胸に、全力で相手を叩き潰せ。そして、カザ、お前がこの戦いを終わらせろ」

 

 カザは静かに頷く。その瞳にはモーリへの揺るぎないライバル意識と、チームを勝利に導くという絶対的な意志が、強く燃えていた。シザリガーのボールを、彼は強く、強く握りしめる。

 

 他のリオーの選手たちも、カザを中心に結束し、打倒ライモン、そして大会連覇への強い決意をその表情に浮かべていた。

 

 

 

 

 対するライモン高校の待機スペースは、リオーとは対照的に、どこか浮ついたような、それでいて高揚感に満ちた空気に包まれていた。

 

「ここまでこれた、後は思いっきりぶつかってこい。なるようになる」

 

 サイトーはいつものよリもわずかに上ずった声で選手たちの背中を押している。

 

「タブンネ~」

 

 タブンネも隣でニコニコと手を振り、選手たちを応援していた。

 二年生のコウヌやオーアサは、決勝の舞台に立てることへの興奮と緊張で、やや落ち着かない様子を見せている。

 

「ついに決勝ッスね!」

「絶対に勝ちたいです!」

 

 小声で囁き合い、互いの肩を叩き合っていた。

 

 一方、三年生のモーリ、ムラナカ、タケダは、その少し浮ついた空気を察しながらも、静かに、しかし確かな存在感でチーム全体を引き締めているようだった。

 

 モーリは特に口数は少ない。ただ、その鋭い眼光は、すでに戦いの先を見据えている。

 

 スズモトは、そんなモーリの様子を隣で見守り、彼の集中を妨げないように、しかし確かな信頼を込めた視線を送っていた。

 

 サイトーがメンバーを集め、最後の指示を出す。

 

「いいか、相手はリオーだ。この地方の頂点に君臨してきたチームだ。だが、私達は挑戦者だ。失うものは何もない。全員で、持てる力を全てぶつけてこい」

 

 その言葉に、モーリがメンバーに向き直った。

 

「みんな、ありがとう。ここまで来れたのは、全員の力だ。決勝も、俺たちならやれる。行こう」

 

 実は昨日から考えていた言葉だ。

 静かな、しかし確かな自信と仲間への信頼が込められたその言葉に、メンバー全員が力強く頷き「おー!」と小さな円陣を組んだ。

 

 

 

 

 やがて、フィールドに両チームのレギュラーメンバー五名ずつが整列する。

 会場のざわめきと、選手たちの息遣いだけが、夕暮れのスタジアムに響いていた。

 

「それでは両選手、握手を」

 

 審判がフィールド中央に進み出て、両チームのキャプテンであるモーリとカザに、握手を促した。

 

 モーリとカザが、フィールド中央でゆっくりと向き合う。

 

 カザはモーリよりも頭一つ分ほど長身だ。

 

 そのカザが、じろりと、挑戦的で、それでいてどこか楽しむような視線でモーリを見下ろした。

 

 モーリはカザの視線を真っ直ぐに受け止める。その瞳には、静かだが燃えるような闘志と、この大一番を前にしても揺るがない、確かな決意が宿っていた。

 

 短い沈黙。

 

 周囲の喧騒が嘘のように遠のき、二人だけの空間が生まれる。

 互いの実力を認め合うが故の、言葉にならない緊張感が、フィールドを満たした。

 

 やがて二人は、右手を差し出し合う。

 

 お互いがお互いの手のひらを『温かい』と思っていた。

 

 審判が「両者、ポジションへ!」と声を張り上げる。

 モーリとカザは、互いに鋭い視線を交わしたまま、ゆっくりとそれぞれのベンチへと戻っていった。

 観客席のボルテージは、今や最高潮に達している。

 モーリは自陣のベンチに戻り、先鋒としてフィールドに向かうオーアサの肩を軽く叩いた。

 

 「頼んだぞ」

 

 オーアサは力強く「はい!」と頷く。

 モーリはフィールドを見据え、静かに息を吐いた。

 

 その手には、ブニャットのモンスターボールが、固く、そして熱く握りしめられていた。

 

 

 

 

 審判の試合開始の合図と共に、フィールドに緊張が走った。

 観客席のボルテージが一気に上がり、それなりの歓声がスタジアム全体を包み込む。

 

 ライモン高校の先鋒、オーアサがブーピッグを繰り出した。

 対するリオー高校の先鋒は、地中での動きを得意とするサンドパン。鋭い爪を地面に立て、ブーピッグを睨みつけている。

 

 オーアサは深呼吸一つ。

 戸惑いであったあの感覚が、少なくともバトルに活かせるものであることを、彼女はもう知っている。

 

 決勝という大舞台で、その感覚はさらに研ぎ澄まされていた。

 

 サンドパンが地中からの奇襲を仕掛けようと爪を地面に突き立てようとした瞬間、オーアサの指示よりも早くブーピッグが反応。

 

「『リフレクター』!」

 

 地面を覆うように『リフレクター』を展開し、地面に逃げ込もうとするサンドパンの動きを鈍らせる。

 

 そして、相手が体勢を立て直す間を与えず、オーアサが冷静に告げた。

 

「『サイコキネシス』!」

 

 ブーピッグの額の真珠が強く輝き、強力な念動力がサンドパンを捉える。

 

 リオーの先鋒は粘りを見せるも、オーアサとブーピッグの完璧な連携の前に徐々に追い詰められ、最後はブーピッグの『サイコキネシス』が決定打となり、戦闘不能。

 

 ライモン高校、貴重な先勝。オーアサの成長ぶりに、ベンチの仲間たちから大きな歓声が上がった。

 

 

 

 

 続く次鋒戦。コウヌはマリルリを繰り出す。

 対するリオー高校の次鋒のポケモンは、でんき、はがねタイプのレアコイルだった。

 それは、コウヌが初めて対峙するポケモンだ。

 だが、さすがのコウヌもそのタイプ相性の悪さは理解できるようだ

 

「やっばい」

 

 コウヌの焦りをよそに、マリルリはレアコイルに飛びかかる。

 だがそれは当然、相手も予想していただろう。

 

「『でんげきは』!」

 

 マグネットから放たれた電撃は、寸分の狂いもなくマリルリを襲う。

 こうかばつぐんの攻撃を受けたマリルリは、その勢いのままレアコイルを巻き込みながら倒れた。

 

 コウヌは一瞬表情を歪めたが、すぐにそれを元に戻す。

 彼は愚直にマリルリを信じていた。

 

「『ばかぢから』!」

 

 その指示に応えるように、可愛らしい声を出すはずの声帯で野太い声を出しながら、マリルリがレアコイルを持ち上げ、地面に叩きつける。

 

 一見、それは凄まじい威力に見えた。

 リオーの次鋒は、マリルリの胆力とパワーに冷や汗をかく。

 だが、彼は知っていた。

 レアコイルの特性が『がんじょう』であることを。

 

 レアコイルのマグネットが一斉にマリルリの方向を向く。

 

「『十まんボルト』」

 

 放たれる電撃。

 マリルリはたまらず戦闘不能。

 

 コウヌは悔しそうに唇を噛み、マリルリをボールに戻した。

 これで一勝一敗。試合は振り出しに戻り、スタジアムの緊張感は再び高まった。

 

 

 

 

 歓声と熱気に包まれたスタジアムの空気を裂くように、ムラナカとツンベアーがフィールド中央で向き合う。ライモン高校、リオー高校ともに一勝一敗。勝ち越しをかけた中堅戦に、観客の視線が集中していた。

 

 ムラナカは静かに息を吐く。

 コウヌの敗戦、そして重なる仲間たちの期待。そのすべてが肩に乗っているはずなのに、不思議と心は澄んでいた。エビワラーのモンスターボールを静かに掲げ、無言で投げる。閃光と共に現れた格闘ポケモンが、滑らかな足取りで構えを取った。

 

 対するツンベアーは、その名に違わぬ凶暴な威圧感をまとって立ち上がる。咆哮と共に地を蹴ったその巨体が、ゆっくりと、しかし逃がさないようにエビワラーに迫る。

 

「『アームハンマー』!」

 

 ツンベアーの分厚い前脚が振り下ろされる。

 それは真上から強かにエビワラーを打ちつけたが、ムラナカの指示によりエビワラーはわずかにではあるがパリィで軌道をずらしており、一歩、相手に踏み込む。

 

「『ストーンエッジ』」

 

 とがった岩のように握りこまれた拳が、ツンベアーの腹をえぐるように打ち上げた。

 岩のように握りこまれたこぶしの一撃。

 

 効果抜群。それでも、ツンベアーは倒れない。とっさに腕を振ってエビワラーを振り払おうとするが、するどいめでそれを見切ったエビワラーは最低限の首の振りでそれをかわし、重心を前にとる。

 だが、それは相手も想定内だったのだろう。次の指示は淀みない。

 

「『こおりのつぶて』!」

 

 鋭利な氷の礫がエビワラーに向かって飛ぶ。だが、ムラナカもそれを読んでいた。

 

「『はやてがえし』」

 

 エビワラーの手のひらが、その冷気の塊をパリィし、体の回転を利用してツンベアーのあごに左フックを決める。『はやてがえし』それは格闘家としての熟練が成せる、神業に近いカウンターだった。

 

 音は軽く、短かった、ツンベアーの巨体がゆっくりと後ろに倒れ込み。審判が旗を上げる。

 

「ツンベアー、戦闘不能」

 

 

 

 

 激しい試合を終えたムラナカが、エビワラーと共にライモン側へ戻ってきた。コウヌが興奮気味にムラナカの背中を叩き、オーアサやスズモトが明るく拍手を送る。

 

「ムラナカ先輩、マジで最高ッスよ!」

「ほんとすごかったよ!」

 

 皆の表情が自然と高揚している。モーリも黙ったまま頷き、静かな賞賛の視線をムラナカに送った。

 

 そんな和やかな空気が漂っていたその時だった。

 

「皆様、やったりますわぁ!!」

 

 突然の大声に、ライモン側の視線が一斉にその発生源へ集中する。そこには仁王立ちし、普段のおっとりした姿からは想像もできないほど猛り立ったタケダがいた。

 

「あの小生意気な小僧をぶっ倒して、カントー行きチケットをゲットですわぁ!」

 

 拳を力強く天に掲げて叫ぶタケダを前に、メンバー全員が言葉を失った。

 

「えぇ」

 

 静まり返った空気を感じ取ったのか、はたまたそれは別の要因か、タケダははっと我に返り、急に顔を赤らめながら恥ずかしげにうつむいた。

 

「あ、でも、あの人、そこまで小生意気というわけではありませぇん」

 

 かすかな声で訂正すると、モーリが苦笑しながら静かにタケダに声をかけた。

 

「まあ、とにかく、頼んだぞ、タケダさん」

 

 その一言で少しだけ気を取り直したタケダは、小さく咳払いをしながら背筋を伸ばし、堂々とフィールドに向かって歩き始める。数歩進んだところで振り返り、今度は普段通りの柔らかな笑顔で手を振った。

 

「それでは皆様、華麗に行ってまいりますわぁ!」

 

 再び明るく響いたタケダの声に、呆然としていたメンバーたちもようやく笑顔を取り戻し、彼女を見送ったのだった。

 

 

 

 

 タケダはフィールドに立ち、ケッキングのモンスターボールを高らかに掲げた。

 

「参りますわよ、ケッキングさん!」

 

 彼女の明るい掛け声と共に繰り出されたケッキングは、その巨体でずしりと地面を踏みしめた。観客席からは期待に満ちた歓声が沸き起こる。

 対するリオー高校副将もまた、静かに燃える闘志を瞳に宿しながら、ハリテヤマをフィールドに送り出す。

 

 試合開始の合図が響き渡る。

 その瞬間、タケダとケッキングの動きは見事に一致していた。

 

「『ちょうはつ』!」

 

 ケッキングはその大きな腕を広げて威嚇し、鋭い眼光をハリテヤマに浴びせかけた。

 挑発に乗ったハリテヤマは焦りの表情を見せ、リオー高校の副将が指示しようとしていた『ビルドアップ』を使うことができない。計画を崩され、一瞬戸惑いを見せる。

 

 だが、その瞬間だった。ケッキングは大きく口を開け、予想外に深々としたあくびを漏らした。

 怠け癖が顔を覗かせ、ケッキングの動きが止まる。その隙を見逃すほど、相手は甘くなかった。

 

「『かわらわり』!」

 

 鋭い指示が響き渡り、ハリテヤマがケッキングへと猛然と突進する。分厚い手で作られた手刀がケッキングに襲い掛かかり。肉と肉がぶつかる激しい音がスタジアムにこだました。

 だが、それは勝負を決めるほどの一撃ではない。相手は『インファイト』を嫌った。

 

 タケダは気を取り直し、大きく息を吸い込んだ。力強く、その声がフィールドを震わせる。

 

「はっきよい!」

 

 その掛け声にケッキングの瞳が再び闘志を取り戻し、両手を地面につく。

 

「『ギガインパクト』!」

 

 ケッキングがその巨体を力強く振るわせ、大地を揺るがす猛進でハリテヤマに襲い掛かる。その迫力はスタジアム全体を揺るがすほどで、観客たちが思わず立ち上がり、息を呑んだ。

 

 しかしハリテヤマは、その『ギガインパクト』を真正面から受け止めた。

 交通事故のように肉と肉がぶつかり、ハリテヤマが腰を入れる。

 巨大な掌で必死に抵抗し、押されながらもフィールドのライン際で歯を食いしばり、地面を深くえぐりながら踏みとどまる。

 その執念、凄まじいまでの闘志に、観客席は再び大きくどよめいた。

 

 タケダは呆然とその光景を見つめた。ケッキングの渾身の一撃が、完全に止められた。膠着した時間がわずかに流れ、その間にリオー副将が最後の指示を叫んだ。

 

「『きしかいせい』!」

 

 耐えに耐え抜いたハリテヤマは、渾身の力を込めてケッキングを掴み上げる。

 抵抗するケッキングを空中高く持ち上げると、その巨体を力の限り地面へと叩きつけた。

 

 激しい衝撃と共に、土煙が大きく舞い上がる。ケッキングは地響きを立てて倒れ込んだまま、ぴくりとも動かない。

 信じられないことだが、彼は生まれて初めて『起きようと思っているのに起き上がれない』経験をしていた。圧倒的な『敗北』という現実に、そのまま静かに目を閉じた。

 

 審判の戦闘不能の宣言が静まり返ったフィールドに響き渡る。

 

 タケダは茫然自失のまま立ち尽くしていた。ケッキングのモンスターボールを震える手で握りしめ、信じられない現実を前に動けない。敗北の衝撃が、彼女の表情を固く凍りつかせていた。

 

 ライモンベンチも、観客席も、一瞬の静寂に包まれていた。しかしその中でモーリだけが静かに立ち上がり、リオー側に立つカザの姿を鋭く見据えていた。

 

 

 

 

 タケダが疲れ切った様子でベンチへと戻ってきた。

 その顔には、いつもの余裕やおっとりとした笑顔は見られず、ただ静かな落胆だけが浮かんでいた。

 

「もうしわけありませぇん」

 

 タケダが小さく呟く。その声は消え入りそうで、いつもよりずっと弱々しかった。誰も返す言葉を持たなかったが、誰も責める者はいない。ただ、静かな頷きと、小さな優しい仕草だけがそこにあった。

 

「仕方ないよ、あれをされたら」

 

 ムラナカは短く息を吐き、小さく肩をすくめる。スズモトは無言のまま、タケダにそっと水筒を手渡した。

 

 その静かな空気の中で、モーリは静かに立ち上がった。

 

 フィールドの中央までは数歩の距離しかない。しかし、それが今はとても遠く感じられた。モーリは軽く息を吐き、腰のベルトに視線を落とす。そこにはいつものボールが並んでいるが、まだそれには触れない。わずかに汗ばんだ手が、自分でも少しだけ意外だった。

 

「行ってくる」

 

 モーリの胸には、ハリテヤマがケッキングを力で倒した光景が生々しく残っていた。

 ただの戦術の問題ではない、あのケッキングが力負けするなんて考えたこともなかった。それでも、ここまで互角に渡り合い、二つの勝ち星を奪ったライモンの底力も確かに感じていた。

 

 モーリが視線をチームメイトに向けると、全員が静かに彼を見つめ返していた。

 誰も視線を逸らさず、言葉もかけない。ただその沈黙の中に、それぞれの信頼や期待が込められていることは、痛いほどわかった。

 

「頑張ってこい」

 

 ムラナカがそうつぶやき、タケダもうなづく。

 

 スズモトが何かを言いかけたように口元を動かしたが、結局何も言わなかった。ただ、握りしめたタオルに指先が強く食い込んでいた。

 

 モーリは一度だけ頷くと、ゆっくりとフィールドの中央へ歩き出した。

 

 足元の砂利が微かに音を立てる。その音と、わずかな観客席のざわめきだけが耳に届く。

 

 中央で立ち止まる。目の前には、すでにカザが悠然と立っていた。

 

 二人は言葉を交わさない。ただ真っ直ぐに視線だけが交錯する。カザの瞳にはいつもの不敵な光が宿り、そこにあるのは自信と確かな強者としての落ち着きだ。

 

 モーリはゆっくりと息を吸い込む。

 

 これはカザとの個人的な決着ではない。あくまでも『ライモン高校』と『リオー高校』の戦い。その大将として、自分がチームを背負い、この場に立っている。

 

 大将として、この場に立っている。

 

 静かに胸の中でそう呟きながら、モーリは再び深く息を吐いた。自分の鼓動が、徐々に落ち着いていくのを感じていた。

 

「正直、驚いてる」

 

 にやりとも、真顔とも取れる表情で、カザは続けた。

 

「お前らがここまで二勝したことも、うちの副将があのケッキングの姉ちゃんに勝ったことも、予想外だ。だってそうだろ、あの姉ちゃんのケッキング、ありゃバケモンだ」

「だろうね」

 

 カザは肩をすくめた。

 

「だが現実には、うちのがケッキングに勝ち、お前んとこの二年とデカいのが、うちのに勝った」

 

 一瞬、カザは遠くを見つめるように目を細める。

 

「お互いに、チームの成長ってやつを感じてるんだろうな」

 

 それに、モーリはうなずく。

 

「そうだね、だから、負けられない」

「ああ、そうだな」

 

 カザの表情がわずかに揺らいだ。そして、少しだけ声を落とす。

 

「俺とお前のことは、いったん明日に持ち越しだ。今日はお互いに『チーム』のために戦うことになる」

「ああ」

 

 短く返すモーリの声にも、いつになく深みがある。どちらも、かつてのようにただ戦うだけの存在ではなかった。

 

「妙な気分だよな、お互いにさ、こんな立場になるなんて」

「いま、俺もそれを言おうとしてたところだよ」

 

 ふっと笑みを交わしたあと、モーリが静かに手を差し出す。

 

「いい勝負を、しよう」

 

 カザも、力強くその手を握り返した。

 

「もう、してるんだよ、俺たちは」

 

 ごく短い握手ののち、二人は無言のまま視線を交わし、それぞれのフィールド端へと歩き出した。

 

 戦うのは、今や『二人』ではなかった。チームの、大将として。

 

 

 

 中規模スタジアム、対戦場。

 

 夕暮れが迫り、スタジアムの照明が一層強くフィールドを照らし出す。

 フィールド中央で、モーリとカザが静かに、しかし燃えるような闘志を瞳に宿して対峙していた。

 

 モーリが静かにモンスターボールを構える。

 その手から放たれたのは、ブニャット。

 

 ブニャットは低く身構え、カザとその背後に控えるシザリガーを鋭く見据えた。

 

 対するカザとシザリガーは、大きくモーリたちを見下ろす。

 赤黒い甲殻に覆われた巨体がフィールドにその威容を示し、巨大なハサミを威嚇するようにカチリと打ち鳴らした。

 

 先に動いたのはモーリだった。

 

「『ねこだまし』!」

 

 ブニャットが瞬時に地を蹴り、シザリガーの巨体に飛びかかる。

 目元にその鋭い爪が一閃し、シザリガーは不意を突かれて怯み、動きが一瞬完全に止まった。

 

 モーリは畳み掛け、カザはそれを迎撃する。

 

「『あまえる』」

「『クラブハンマー』!」

 

 シザリガーのハサミが振り被られたその瞬間、ブニャットが、そのふてぶてしい顔つきとは裏腹に、どこか愛くるしい仕草でシザリガーを見上げる。

 

 催眠術の一種だ、シザリガーの猛々しい闘争心が、その仕草によってわずかに削がれる。

 

 シザリガーはブニャットを吹き飛ばしたが、一度地面に叩きつけられたのちにヒラリと受け身を取って起き上がった。

 

 カザの眉がピクリと動く。

 ダメージを与えられていないわけではないだろうが、とてもではないが勝負を決めるほどのものではない。

 だが『あまえる』をされていたとしても攻撃の優位はまだこちらにあるだろう。

 

 モーリはさらに大きな賭けに出た。

 

「『さいみんじゅつ』!」

 

 ブニャットの双眸が、妖しく、そして深く輝きを増す。

 その視線を受けたシザリガーの巨体がふらつき、意識がぼうっと遠くにいく。抗おうとはしているが。

 

 ライモンベンチから、驚きと期待の入り混じった小さな歓声が上がった。

 モーリの冷静かつ大胆な戦略が、序盤の主導権を完全に握る。

 

 シザリガーの意識がまどろんでいる間に、モーリは的確に指示を重ねる。

 

「『いかりのまえば』!」

 

 ブニャットが眠るシザリガーに飛びかかり、その鋭い牙で容赦なく体力を削り取る。

 シザリガーの巨体が苦痛に震える。

 

 さらにモーリは、万全を期す。

 

「『みがわり』!」

 

 ブニャットが自身の体毛を一部残し、身代わりを作り出した。

 カザは唇を噛みしめる。モーリの徹底した、勝利への執念を感じさせる戦術の前に、完全にペースを握られている。

 

 だが、彼も冷静にシザリガーの様子を確認していた。

 そして、その意識が浅くなった瞬間を見計らい、指示を飛ばす。

 

 「『アクアブレイク』!」

 

 その指示は、彼が意識を取り戻すのに十分だった。

 

 シザリガーが咆哮し、水の力を凝縮させた巨大なハサミで、ブニャットの身代わりを粉砕する。

 身代わりが霧散したのを確認し、モーリは即座に反撃を指示した。

 

「『じゃれつく』!」

 

 ブニャットがシザリガーに再び飛びかかり、その爪に纏わせ、連続で斬りかかる。

 シザリガーは大きなダメージを受け、その巨体がぐらりと傾く。

 

 だが、倒れない。

 

 驚異的な耐久力。そして何よりも、カザを悲しませまいと持ちこたえた。

 

 一瞬、モーリとブニャットはそれに驚く。その攻撃で仕留めたつもりだったのだ。

 すでにシザリガーはハサミを振り上げている。それが自然なことであるかのように、当然なことであるかのように、それをカザが待ち望んでいるかのように。

 

「『ハサミギロチン』!」

 

 チームの勝利を掴むため、一撃必殺のその技を、カザは迷いなく選択した。

 シザリガーの巨大なハサミが、ブニャット目掛けて振り下ろされる。

 その一撃は、当たれば確実に勝負を決める絶大な威力。

 

 しかし、モーリは冷静だった。ブニャットもまた、極限の集中力でシザリガーの動きを見据えている。

 シザリガーの『ハサミギロチン』が振り下ろされる、その寸前。

 ブニャットが、まるで予測していたかのように、あるいはモーリとの阿吽の呼吸で、紙一重でその凶刃を回避する。

 そして、体勢を大きく崩したシザリガーの懐に、ブニャットが音もなく滑り込んだ。

 モーリの最後の指示が、夕暮れのフィールドに鋭く響く。

 

「『でんこうせっか』!」

 

 ブニャットが『でんこうせっか』のスピードでシザリガーに突撃。

 

 その一撃が、シザリガーの鎧のわずかな隙間、守りの薄い急所を的確に捉えた。

 

 シザリガーの巨体が、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。

 

 そして、ついにフィールドに大きな音を立てて倒れ込んだ。

 

 審判がシザリガーの戦闘不能を確認し、力強く右手を上げる。

 

 その声が響き渡った瞬間、スタジアム全体が割れんばかりの大歓声に包まれた。

 ライモン高校の、悲願、そして前代未聞の団体戦優勝が決まったのだ。

 

 モーリは膝に手をつき、大きく、深く息を吐く。

 ブニャットもまた、その場に座り込み、しかしどこか満足げな表情でモーリを見上げている。

 モーリはブニャットの元へゆっくりと歩み寄り、その大きな頭を力強く、そして優しく撫でた。

 

「よくやった。本当に、よくやったな」

 

 言葉にならない感謝と、揺るぎない信頼が、その仕草に込められていた。

 

 カザは、倒れたシザリガーを静かにボールに戻す。

 その表情には、隠しきれない悔しさが滲んでいる。

 しかし、暴言を吐いたり、荒れたりする様子は微塵もなかった。

 モーリが差し出した手を、カザは一瞬だけ見つめた後、力なく、しかし確かに握り返した。

 

「ちくしょう」

 

 誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、すぐに手を離し、俯きながらリオー側へと去っていく。

 その広い背中からは、言葉にできないほどの悔しさが、痛いほど伝わってきた。

 

 

 

 

 リオーの待機スペースは、水を打ったように静まり返っていた。

 チームメイトたちが、それぞれの悔しさを滲ませながらも、カザの帰りを無言で待っている。

 床に散らばったタオルやドリンクボトルが、彼らの戦いの激しさと、そして訪れた敗北の現実を無情に物語っていた。

 

 カザは、そのチームメイトたちの前にゆっくりと進み出ると、深く、深く頭を下げた。

 

「すまん」

 

 絞り出すような、か細い声だった。

 

「俺のせいで、負けた」

 

 床に視線を落としたまま、彼は顔を上げることができない。

 チームメイトたちは、カザのその姿に息をのんだ。彼がここまで打ちひしがれているのを見るのは、おそらく初めてのことだったろう。

 そういう感情を、持てる力で否定してきた、そのような男だ。

 

 誰も、すぐには言葉を発せなかった。

 

 カザの贖罪の気持ちと、自分たちの悔しさが、重苦しい沈黙となってスペースを支配する。

 ある選手は唇を固く結び、またある選手は目を伏せ、静かにその現実を受け止めようとしていた。

 

 やがて、一人の選手が、意を決したように口を開いた。

 

「カザ。去年までのアンタだったら、正直、何も思わなかったかもしれない。ただ強いだけの、自分勝手なエースだって。でも」

 

 彼は一呼吸置き、カザの顔を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。

 

「今のアンタを、俺は責めようとは思わない。今日の試合も、これまでの練習も、アンタは、誰よりも本気で、誰よりもチームのために戦ってた。俺たち、ちゃんと見てたから」

 

 その言葉には、偽りのない尊敬と、共に戦ってきた仲間としての確かな想いが込められていた。

 続いて、副将としてタケダのケッキングに勝利した選手が、静かに、しかし力強く言葉を継いだ。

 

「俺も、そう思う。今日の敗北は、誰か一人の責任じゃない。俺たちが、ライモンに力及ばなかった。それだけだ。少なくとも、お前の責任じゃねえ」

 

 彼は自身の勝利を誇るでもなく、チーム全体の敗北として受け止めている。

 

「俺だって、あのケッキングを倒せたのは、チームのみんなが繋いでくれたからだ。最後、お前に託すことになったのは、俺たちの力不足でもある」

 

 選手たちの言葉を聞き終えたヤマサキ監督が、静かに、しかし重みのある声で口を開いた。

 

「勝負の世界ではよくあることだ。最善を尽くしても、必ずしも結果が伴うわけじゃない。今日のライモンは、俺たちの最善を上回る強さを持っていた。それだけのことだ」

 

 その言葉は、敗北を認め、選手たちを労うと同時に、勝負の厳しさを改めて突きつけるものでもある。

 

 ヤマサキは、この一連のやり取り、そして今日のカザの戦いぶりから、彼の精神的な成長を確かに感じ取っていた。

 

 チームメイトや監督からの、ある意味でカザを肯定し、慰めるような言葉。

 しかし、カザはそれに耐えられなかった。

 顔を上げ、声を震わせながらポツリと漏らす。

 

「そういうんじゃ、ねえんだよ」

 

 彼の目には涙が溢れていた。これまで必死に抑えてきた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

 

「俺は、俺はただ…お前らと…お前らと、インターハイに、行きたかったんだよ」

 

 言葉にならない嗚咽と共に、目元を人差し指で拭った。

 

 チームメイトたちは、そんなカザの姿をただ黙って見守るしかない。

 彼の純粋な想い、そしてその想いが叶わなかったことへの絶望が、痛いほど伝わってくる。

 

 ヤマサキは、泣き崩れるカザのそばに静かに立ち、何も言わずに彼の背中を見守る。

 この敗北と、この涙が、カザをさらに強くする。

 それはトレーナーとしてではなく、一人の男、一人の人間として、彼は今まさに大きなものになり得ようとしている。ヤマサキは、確信に近い予感を胸に抱いていた。

 

 カザの慟哭は、他の選手たちの心にも深く響いた。

 彼らもまた、カザと同じように「みんなでインターハイに行きたかった」という強い想いを共有していたことに改めて気づかされる。

 

 悔しさ、悲しさ、そして、それでも失われない仲間への想い。それらが入り混じり、彼らの間に新たな、より強固な絆が生まれ始めている。

 

 誰かが、静かにカザの肩に手を置いた。そして、他のメンバーも、無言でカザを囲むように立ち上がる。

 

「カザ…まだ、終わりじゃねえよ。明日、個人戦がある」

「ああ、そうだ。俺たち、まだ戦える」

 

 選手たちの中から、明日の個人戦に向けて、静かに、しかし確かな闘志を燃やし始める言葉が漏れ始めた。

 

 夕日が差し込む待機スペース。カザの嗚咽だけが静かに響く。

 

 しかし、その涙は決して無駄ではない。この敗北を乗り越え、彼らが再び立ち上がるであろう未来を予感させながら、その時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 観客席の一角、ライモン高校に割り当てられた待機スペースは、まだ興奮と歓喜の余韻でいっぱいだった。表彰式が終わったばかりのメンバーたちは、互いを称え合い、肩を叩き合ったり、歓声を上げたりしている。

 

「やりましたわねぇ!まさにわたくしたちの青春の証明ですわぁ!」

 

 タケダが涙を浮かべながら、両手を掲げて叫んでいる。

 その隣ではコウヌが、マリルリを抱きかかえながら飛び跳ねていた。

 

「マジで信じられないッス!あのリオーに勝ったッスよ!?モーリ先輩、ヤバすぎます!」

「本当に、みんなの力が結集しましたね最高のチームです」

 

 オーアサは興奮気味に眼鏡を指で押し上げながら、静かに微笑む。

 

 少し離れた位置でその様子を見ていたモーリは、安堵と喜びを噛みしめながら微かに頷く。

 

 サイトーは、いつもの厳しい表情とは程遠い満面の笑顔を浮かべていた。

 

「よくやった、お前たち! 最高のチームだ、今日は思い切り喜べ!」

 

 その脇でタブンネも「タブンネ~」元気に飛び跳ね、メンバー一人ひとりに拍手を送っている。

 

 そんな興奮と感動に包まれた空気の中、ふいに、穏やかな声が彼らの背後から聞こえた。

 

「ライモン高校の皆さん、団体戦優勝、おめでとうございます」

 

 一瞬、その場の空気が静かになる。振り返ったメンバーたちの視線の先には、静かな微笑をたたえたタマムシ大学バトル部監督、トートクが立っていた。

 深い落ち着きと、鋭さを秘めた目元は、以前に顔を合わせたときと全く変わらない。

 

「トートクさん」

 

 サイトーがすぐに歩み寄り、軽く会釈を交わす。トートクはそれに穏やかに応じた後「少しだけ話を」と、再びメンバーたちに視線を戻した。

 

「素晴らしい試合を見せてもらいました。皆さんの成長と、チームの絆が見事に結実していましたね」

 

 メンバーたちは、静かな緊張感と誇らしさを同時に感じながら、深く頷いた。

 

「ありがとうございます、トートク監督。今日は、皆の力が一つになった結果だと思っています」

 

 モーリが静かに口を開くと、トートクは彼をじっと見つめた。

 

「そうだね、モーリ君。君の戦いぶりも見事だった。実に頼もしい大将だ」

 

 モーリは僅かに緊張しつつも、穏やかな表情で頷き返した。

 直接的な言葉ではないが、そこに含まれた意味をメンバーたちは理解していた。タマムシ大学は以前からモーリに注目している。その関係が今日、この優勝によって更に明確になったのだ。

 

「仲間たちのおかげです」

 

 トートクは一瞬、間を置き、柔らかな口調で続ける。

 

「では、今日はこれで。皆さん、明日の個人戦も頑張ってくださいね」

 

 そう言い残すと、トートクは再び軽く一礼し、静かに待機スペースを離れていった。

 

 彼が立ち去った後、一瞬の静寂がメンバーたちを包んだ。だが、その沈黙を破ったのはサイトーだった。

 

「さて、お前ら。残念だが祝勝会は明日だ。まずは明日、しっかりと全力を出し切れよ」

 

 その一言で再び歓喜の輪が広がる。だが、モーリはまだ静かに、トートクが去った方向を見つめ続けていた。

 

 その肩にスズモトがそっと手を置く。

 

「モーリ君、大丈夫?」

 

 モーリはゆっくりと振り返り、小さく頷いた。

 

「ああ、大丈夫だよ。ただ、また少し考えることが増えたってだけ」

 

 その言葉にスズモトは静かに微笑みを返し、モーリも再び、仲間たちの歓喜の輪に戻っていった。彼の胸には喜びと共に、新たな未来に対する静かな、しかし確かな予感が広がっていた。




次回は7/23 8:01に投稿予定です

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