『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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44-リニアの窓、家族の食卓

 アスファルトの照り返しが和らぎ、夕暮れの風に秋の気配が微かに混じり始める頃。

 それでも日中の陽射しはまだ強く、木々の葉は深い緑色をたたえ、むしの声も負けじと空気を震わせている。

 

 いつもならグラウンドに響いているはずの、やかましいほどの野球部の練習の声が今日は聞こえてこないあたり、どうやら彼らは地方大会で華々しく散ったらしい。

 

 校庭の隅に植えられた向日葵は、少しだけ頭を垂れ始め、夏の盛りが過ぎ去ろうとしていることを静かに告げていた。

 

 

 

 

 インターハイ出発を数日後に控えた夏の午後。

 

 部室棟の一番端、ではなく、特別に貸し出された校舎内の会議室にポケモンバトル部レギュラーは集まっていた。

 仕方のないことだ、あの部室に映像設備はないし、何より暑すぎる。創設以来初となるポケモンバトル部のインターハイ出場だ、大切な学生が熱中症になってしまっては困る。

 

 落ち着いた部屋に集まったからだろうか。いつもより少しだけ引き締まった空気が流れていた。

 

 窓から吹き込む風はまだ熱を帯びているが、部員たちの間には、間近に迫った全国大会への期待と、程よい緊張感が静かに漂っている。

 

 壁際のホワイトボードには、大きく『インターハイ出場!!!!♡』の文字が躍り、その下には団体戦と個人戦のトーナメント表が貼り出されていた。

 

 判明している範囲で対戦校名などが書き込まれたその横には、スズモトが描いたのだろう、それぞれのメンバーのパートナーポケモンのイラストが、どこか気の抜けるようなタッチで添えられている。

 ブニャットはふてぶてしく丸まり、エビワラーは何故か困り顔、ケッキングに至ってはただの大きな毛玉のようだ。そのゆるさが、かえって今の部員たちの心を少しだけ和ませているのかもしれない。

 

 机の上には、インターハイ遠征のしおりや、各自のノート、飲みかけのスポーツドリンクのボトルなどが置かれている。

 

 やがて、部員たちを見回したサイトーが、落ち着いた、しかし力強い声でミーティングを始める。

 

「よし、全員揃ったな。インターハイ出発前の最終ミーティングを行う」

 

 その声に、部員たちの背筋が自然と伸びる。サイトー先生は、ホワイトボードのトーナメント表を軽く指し示しながら、団体戦の初戦の相手校や、勝ち進んだ場合に警戒すべき有力校について、これまでの情報収集に基づいた簡潔な説明を始めた。

 

 だが、残念ながら有用な情報はないようだった。仕方ない、インターハイの相手のデータを調べるほどの技術もノウハウもなければ、それが必要であるという実感もない。ただただ、一回戦の相手がホウエン地方の強豪私立であることしかわからない。

 

 続いて、インターハイ遠征の最終的な日程、移動手段であるリニアの時間、そして宿泊場所、尤も、経費削減と本人の生活を考え、モーリは今年もヤマブキシティの実家に帰ることになるが。

 とにかくそれらを改めて確認し、現地での行動規範や注意事項についても簡潔に触れた。

 

「とはいえ、私にだって大会後に自由時間を作るくらいの慈悲はある。一日くらいならな」

「さすが先生ですぅ」

 

 などというようなやり取りを含めながらも、基本的には部員たちは真剣な眼差しで聞き入り、時折小さく頷いたり、手元の資料にメモを取ったりしていた。

 

 ムラナカやタケダは静かに闘志を燃やし、下級生のコウヌ、オーアサ、セラも、初めての全国大会への緊張感を漂わせながらも、サイトーの言葉に真剣に耳を傾けていた。

 特に下級生の役割は大きいだろう、インターハイという経験を、モーリらがいなくなった後に伝えなければならない。

 

 スズモトもまた、マネージャーとして遠征中の健康管理や連絡体制について、最終的な確認事項を部員たちに伝える。

 特にモーリとは別行動になる時間があるため、その際の緊急連絡手段などを改めて確認する。彼女の的確で落ち着いた説明は、チームに安心感を与えていた。

 

 最後に、モーリが部長として静かに口を開いた。その表情は穏やかだが、瞳の奥には強い決意が宿っている。

 

「まず、みんなに礼を言いたい」

 

 一度軽く頭を下げる。

 

「まさか、みんなでインターハイに出ることになるとは思わなかった。みんなが、頑張ってくれた。だから、もう少しだけ頑張ってほしい、いい経験に、しよう」

 

 彼の言葉には、仲間たちへの深い信頼と、チームを勝利へ導くという確かな意志が込められていた。

 部員たちはその言葉に力強く頷き、チーム全体の一体感が、夏の終わりの部室に静かに、しかし熱く満ちていく。

 モーリが最後に、スズモトと視線を交わし、小さく頷き合う。その視線のやり取りに、二人の間の特別な絆が、言葉以上に確かに感じられた。

 

サイトーが「よし、ミーティングは以上だ。各自、出発までにコンディションを整え、忘れ物がないようにしっかり準備しておくこと!」と締めくくった。

 

 

 

 

 インターハイ出発日の朝。まだ眠気を引きずったような地方都市の主要駅のホームには、ライモン高校ポケモンバトル部のメンバーたちが、それぞれの期待と緊張を胸に集まっていた。

 三年生たちは昨年のモーリの応援で一度カントーへ足を運んでいるため比較的落ち着いているが、初めての大舞台となる二年生たちはどこかそわそわと落ち着かない様子だ。

 

「備えあれば患いなし、なので!」

 

 メンバーの中でオーアサだけが、パンパンに膨れ上がった巨大なキャリーケースを傍らに置き、額に汗を浮かべている。その隣で、セラは小さなボディバッグ一つという軽装で、呆れたように肩をすくめた。

 

「向こうに洗濯機あるらしいんで、替えの下着ぐらいでいいでしょ、普通」

 

 そんな二人の対照的な姿に、コウヌが「まあまあ」と笑いながら割って入る。他のメンバーも、基本的に軽装だった。

 

 やがて、プラットフォームの電光掲示板に『ヤマブキ行き』の文字が鮮やかに灯り、滑らかな金属音と共にリニアモーターカーがホームに滑り込んできた。

 その近未来的な流線形のフォルムに、コウヌとオーアサが「うわぁ」と小さく感嘆の声を上げる。セラは何度かカントーへ行ったことがあるのか、特に表情を変えることなくリニアを見据えていた。

 

 サイトーが先導し、指定された車両に乗り込む。車内は広く清潔で、柔らかなシートが並ぶ快適な空間だった。

 

 コウヌとオーアサは、初めて乗るリニアの窓に顔を近づけ、猛スピードで流れ去っていく景色に見入っている。

 

「カントーのオシャレな店とか、絶対行きたいッスよね」

 

 コウヌが興奮気味に話しかけるが、オーアサは「まずは試合に集中しましょう」と冷静に眼鏡の位置を直し、セラは既にイヤホンで耳を塞ぎ、黙々と自分の世界に入り込んでポケモンのデータを分析しているのか、携帯端末の画面を熱心に見つめていた。

 

「カントーのお菓子、本当に楽しみですわぁ。昨年はあまり時間がなくて。お母さまには『気に入ったのなら結んできてもいい』と言われていますぅ」

「契約の話してる?」

 

 タケダはとムラナカと楽しげに会話を交わし、時折、膝の上のケッキングのモンスターボールを母のように優しく撫でている。

 

 モーリは、通路を挟んで一人、窓の外を眺めていた。その表情は静かだが、見慣れた故郷の景色が近づくにつれて、わずかながら複雑な思いがその瞳の奥に揺れている。

 スズモトが時折心配そうにモーリの横顔を盗み見る。彼女は自分のノートPCを開き、インターハイの資料や対戦校の情報を整理しているが、その意識の半分はモーリに向けられているようだった。

 

 二人の間には、言葉少なながらも、夏の大会を経てより深まった確かな信頼感が漂っている。

 サイトーは、彼らの前の席で、タブンネをボールの中で休ませているのか、目を閉じて静かに休息を取っていた。仕方がないだろう、これから忙しくなる。

 

 リニアは滑るように加速し、見慣れた田園風景や地方都市の低い建物が瞬く間に遠ざかっていく。やがて車窓の景色は、徐々に建物の密度を増し、行き交う人々の服装も心なしか洗練されて見え始めた。

 モーリはその変わりゆく風景を静かに見つめながら、心の中で小さく呟いた。

 

 変わってるんだけど、変わらないな、カントーは。

 

 その短い感想には、故郷への懐かしさと、そこから離れた自分自身の変化、そして再びこの地で戦うことへの、言葉にならない想いが込められていた。

 

 

 

 

 リニアが滑るようにヤマブキシティ中央駅のホームに到着した。

 重厚なドアが音もなく開くと、一気に都会の喧騒と、様々な匂いが混じった空気が流れ込んでくる。

 

「うわっ、すげえ人! これがカントー、テレビで見るよりヤバいッス!」

「想像以上ですね、人の流れが速いです」

 

 コウヌが目を丸くし、キョロキョロと周囲を見回す。オーアサも、普段の冷静さを少し失い、珍しく目をぱちくりさせながら圧倒されている様子で、キャリーケースの取っ手をぎゅっと握りしめた。

 

 セラは、そんな二年生たちの様子を横目で見ながら、比較的落ち着いた表情で立っていた。

 

「二人とも、少し落ち着かないとはぐれますよ」

「ダイちゃん、手をつなごう」

「それはいいですね」

「馬鹿なこと言ってんじゃないですよ」

 

 三年生のムラナカやタケダは、昨年の経験があるため、都会の雰囲気に慣れた様子を見せつつも、改めてその規模の大きさと、これから始まる戦いの舞台の空気に身を引き締めている。

 

 サイトーがメンバーをまとめ、落ち着いた声で指示を出す。

 

「よし、まずは手荷物を確認して、乗り換え口の方へ移動するぞ。はぐれないように注意しろ」

 

 その時だった。

 サイトーに引率され、メンバーが宿泊施設方面への乗り換え口、あるいは駅構内の広い待機スペースへ移動しようとした、まさにその時。

 

「サイトー先生! ライモンの皆さん! こっちよー!」

 

 人混みの中から、少なくともモーリにとっては聞き覚えのある声が響いてきた。

 

 まさか、と思いながらモーリがそこを見るとエミが大きな紙袋を抱えながら、太陽のような笑顔で手を振って現れた。

 その姿は、周囲の雑踏の中でもひときわ明るく見える。

 

 サイトーがエミに気づき、軽く手を上げて応える。

 

「エミさん、お忙しいところ、わざわざありがとうございます。先日はお電話でも助かりました」

「いえいえ!先生こそ、長旅お疲れ様です。みんなの顔、一目見ておきたくて!差し入れ、少しですけどどうぞ!」

 

 二人の会話から、事前に連絡を取り合って待ち合わせしていたことが自然と伝わってくる。

 

 エミは、まずサイトーと挨拶を交わした後、メンバー一人ひとりの顔を見ながら「息子がいつもお世話になってます!」「インターハイ、応援してるから頑張ってね!」と気さくに声をかけ、持ってきた手作りのクッキーや、冷えたカントー限定の有名なスポーツドリンクなどを手渡していく。

 

 メンバーたちは、突然の保護者の登場と温かい差し入れに一瞬戸惑い、緊張した面持ちであったが、エミの屈託のない笑顔と言葉にすぐに打ち解けていった。

 

「まあ、モーリさんのお母様! いつもモーリさんには公私ともに大変お世話になっております。この度はお心遣い、痛み入りますぅ」

 

 やはり只者ではないのか、タケダはとても丁寧に、しかし嬉しそうに挨拶し、エミとすぐに楽しげに会話を弾ませ始めた。

 

「いつもモーリくんには助けてもらっています。差し入れ、ありがとうございます」

 

 スズモトも、少し照れながら寧に礼を言った。

 女の勘というものがあるのだろうか、エミは「あらあらあらあらぁ」と、意味深に笑う。

 

 モーリは攻めて嵐が過ぎるのを待つように、わざと他のメンバーから少し距離を取り、柱の影に隠れるようにしてそっけない態度を見せる。

 

「あら、モトマサもちゃんといたのね。みんなに迷惑かけてないでしょうね?」

 

 しかし、抵抗むなしくエミがそんなモーリに気づきからかうように言った。

 

「別に。ていうか、なんでわざわざ駅まで来るんだよ、恥ずかしいだろ」

「あらあら、息子に会いに来ちゃいけないのかしら?心配なんだから」

「そういうわけじゃないけど」

 

 モーリはさらに声を小さくし、仲間たちの手前、母親に素直になれない気恥ずかしさでいっぱいになる。視線は足元のタイルを彷徨っていた。

 

 

 

 

 サイトーがエミとモーリのやり取りを微笑ましく見守りつつ、インターハイ中の大まかなスケジュールや、メンバーの宿泊施設についてエミに手短に伝える。

 

「先生、そして皆さん、どうぞよろしくお願いいたしますね」

「いえ、とんでもない。彼は立派なキャプテンです。私たちも彼を頼りにしています」

 

 その言葉に、モーリは照れ隠しのように、さらにそっぽを向いた。

 それを見届けてから、サイトーが手を叩く。

 

「よし、お前たち、宿舎に移動するぞ。荷物をまとめて、私についてこい」

 

 そして、モーリに向き直った。

 

「モーリはエミさんと一緒に実家に向かえ。明日の朝、会場で合流だ」

「モーリくん、また明日ね。お母さんによろしく」

 

 スズモトが、少し名残惜しそうにモーリに声をかけた。

 

「ああ」

 

 モーリは短く応え、仲間たちがサイトーと共に宿泊施設へと向かうのを見送った。

 彼らに軽く手を振り返すが、まだ母親の登場の気恥ずかしさが残っており、どこか落ち着かない様子だった。

 

 やがて人混みが途切れたのを見計らい、モーリたちもまた少しだけ早足で歩き出す。その背中には、インターハイという大舞台への緊張と、久しぶりの実家への複雑な思いが同居しているようだった。

 

 

 

 

 ヤマブキシティ中央駅の喧騒を後にし、モーリは母のエミと並んで実家へと続く道を歩き始めた。夕方の光がアスファルトに長い影を落とし、行き交う人々の声も心なしか柔らかく聞こえる。

 

「それにしても、スズモトちゃん、本当に感じの良い子だったわねぇ」

 

 不意にエミが切り出した話題に、モーリはわずかに眉をひそめる。

 

「駅でちょっと話しただけだろ」

「あら、短い時間でも分かるものよ。ハキハキしてて、礼儀正しくて。ねえ、モトマサ、あの子があなたが言ってた『彼女』なんでしょ?」

 

 エミのからかうような視線に、モーリは顔を逸らし、歩調を速めた。

 

「まあ、そう、だけど」

「そうでしょお、お母さんには分かるのよ。なんだか、私の若い頃にそっくりなんですもの。見てて微笑ましくて」

「何がだよ、全然ちげえよ」

 

 ぶっきらぼうに返すモーリの耳が、夕日を受けてほんのりと赤く染まっている。

 エミはそんな息子の反応を楽しみながら、昔のモーリの思い出話や、近所の店の移り変わりなどを軽やかに話し続けた。

 モーリはぶすっとした表情を崩さないまま、時折短い相槌を打ち、久しぶりの母親との二人きりの時間に、どこか気恥ずかしさと、懐かしさが入り混じるのを感じていた。

 

 やがて、見慣れたマンションのエントランスが見えてくる。オートロックの解除ボタンを押すエミの指先は軽快だった。

 

「さ、着いたわよ。今日はあなたの好きなもの、たくさん作らなくちゃね!」

 

 その声には、息子を迎える純粋な喜びが満ちていた。

 

 実家の玄関を開けると、いつもと変わらない、けれどどこか懐かしい家の匂いが二人を迎えた。

 

「おかえり、モトマサ!」

 

 エミの明るい声がリビングに響く。

 

 モーリは「ただいま」と小さく応え、靴を脱ぐ。

 

 リビングのソファには、既に帰宅していた父モトハルの姿があった。彼は新聞から顔を上げ、モーリを一瞥すると、再び無言で紙面に視線を戻す。その変わらない姿に、モーリもまた、特に何も言うことはなかった。

 

 ブニャットをボールから出すと、エミは「ニャーちゃんもお帰りなさい!長旅お疲れ様!」と声をかけ、そのふてぶてしい顎の下を優しく撫でる。ブニャットは気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 

 

 

 モーリは自分の部屋で雑多な荷物を下ろした。

 ブニャットは、当然のようにベッドの上に飛び乗ると、満足げに丸くなってくつろぎ始めている。

 

 やがてエミが「モトマサ、ご飯できたわよー!」とリビングから呼びかける声が聞こえた。モーリは一度だけ部屋全体を見渡し、そして静かにドアを閉めた。

 

 

 

 

 食卓には、やはりモーリの好物が並んでいた。久しぶりの家族三人での夕食。エミの明るい声が、静かな食卓に温かい彩りを添えている。

 

「ねえ、モトマサ。やっぱりあの子、スズモトちゃん、とっても良い子だったわねぇ」

 

 エミが、またしてもスズモトのことを話題に出し、楽しそうに、しかし少しからかうような口調でモーリに話を振った。

 

「ハキハキしてて、礼儀正しくて。なんだか私の若い頃にそっくりなのよ。お母さん、ああいう子、大好きだわ。今度うちに遊びに連れてきたらどう?」

 

 モーリは味噌汁を飲む手を一瞬止め、顔を赤らめながらぶっきらぼうに返す。

 

「しつこい」

「あらそう?でも、お似合いだと思うけどなぁ。ねえ、あなたもそう思うでしょ?」

 

 エミがモトハルに同意を求めるが、彼は黙々と箸を動かすばかりで、会話には加わってこない。

 モーリは「もういいって!」とさらに照れ、話題を変えようと必死だった。

 

 エミの軽口が一段落し、食卓に少しの静寂が訪れた頃。

 

 それまで黙って食事をしていたモトハルが、ふと箸を置き、モーリの顔を真っ直ぐに見つめた。その声は低く落ち着いている。

 

「モトマサ」

 

 モーリが、緊張した面持ちで父親の方を向いた。

 

「インターハイ、明日からだな」

 

 モーリは静かに頷く。

 

「ああ」

 

 モトハルは、タマムシ大学の推薦の話や、モーリの将来について何かを尋ねようとする素振りは一切見せない。

 

「余計なことは考えるな。今は、目の前の戦いに集中しろ」

 

 その言葉には、モーリのプレッシャーを少しでも取り除こうとする父親としての深い配慮と、息子を信じる静かな覚悟が込められている。

 

「持てる力の全てを出し切って、悔いのない戦いをしてこい。今はそれだけでいい」

 

 モーリは、父親のその言葉の奥にある想いを静かに受け止めた。進路について何も聞かれなかったことに安堵しつつも、それ以上に、自分を信じて送り出そうとしてくれる父親の不器用な愛情を感じ、胸が熱くなる。

 

 モーリは、父親の顔を真っ直ぐに見返し、力強く頷いた。

 

「うん、そうするよ」

 

 モトハルの言葉の後、食卓の空気は少しだけ和らぎ、エミも安堵したような、そして誇らしげな表情でモーリとモトハルを見守っている。

 モーリもまた、父親からの思いがけない、しかし何よりも力強いエールを受け、インターハイへの決意を新たにした。

 

 

 

 

 自分の部屋のベッドに横たわり、モーリは明日から始まるインターハイに思いを馳せていた。

 天井のシミが、窓から差し込む月明かりにぼんやりと浮かび上がっている。

 

 地方大会での仲間たちとの戦い、カザとの決着、そしてムラナカやタケダの目覚ましい成長。それら一つ一つが、今の彼の力となっていることを実感していた。

 

 ベッドの足元では、ブニャットが穏やかな寝息を立てて丸くなっている。モーリはその柔らかな背中をそっと撫でた。

 

「明日、頼むぞ、相棒」

 

 窓の外には、眠らない大都市カントーの夜景が宝石のように広がっている。

 その無数の光が、彼の未来への選択肢を象徴しているかのようだ。タマムシ大学のこと、そして、心の奥底でまだ燻っているリーグへの想い。

 

 正直、答えはまだ、出ていない。出したとしても、それが本当にベストなものかなんてわからない。

 だが、今の自分にできることは、目の前の戦いに全力を尽くすことだけ。

 

 携帯端末を開くと、スズモトからの応援メッセージが届いていた

 

『モーリくんなら大丈夫!力いっぱい応援してるね!』

 

 その短い言葉と、彼女らしい太陽の絵文字に、微かに頬が緩む。

 静かな決意を胸に、モーリはゆっくりと目を閉じた。カントーの夜は、深く、静かに更けていく。




次回は7/28 8:01に投稿予定です

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