『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~   作:rairaibou(風)

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46-かくして、少年は相棒と出会う ②

 インターハイ、個人戦、準決勝

 観客たちの中にあったのは、三つの納得と、一つの驚きだ。

 ベスト四に残った面子、モーリを含む三人は割と順当といったところだ。

 だが、そのうちの一人、ミチバタに関して、彼らはただ混乱するだけだ。

 仕方がないだろう。少なくとも彼らは、彼女の強さに対するストーリーを知らないのだから。

 

 モーリの準決勝が始まる。

 相手は西カントーの私立高校、攻撃と防御に優れたゴローニャをパートナーとする、堅実なスタイルのトレーナーだ。

 

 フィールドに現れたゴローニャは、その岩のような巨体でずしりと大地を踏みしめ、ただそこにいるだけで圧倒的な圧力を放っている。

 

 試合開始の合図と同時に、ブニャットはゴローニャ相手に踏み込む。

 

 相手トレーナーは、ブニャットが不用意に間合いを詰めてきたと判断し、これを好機と見て口の端を吊り上げた。

 

「『ストーンエッジ』!」

 

 この隙を逃すまいと、勝ちを焦った相手トレーナーが大技を指示する。

 しかし、ブニャットの踏み込みは、相手の大技を誘い出すための「誘い」だった。

 ゴローニャが技を繰り出す直前、ブニャットはその場に『みがわり』を残して素早く回避行動に移る。

 

 相手の焦りから放たれた『ストーンエッジ』は、狙いが大きく逸れ、鋭い岩の刃が、ブニャットが残した『みがわり』にすら当たることなく、虚しくフィールドの壁に突き刺さった。

 

 相手が完全に隙を晒したのを確認し、モーリは冷静に、しかし素早く畳みかける。

 ブニャットの『ねこだまし』を警戒し、必要以上に踏み込みに反応する相手を翻弄し、

 すべては彼の読み通り。

 

「『いばる』」

 

 ブニャットは『みがわり』の背後からこれ見よがしに鼻を鳴らす

 

 ブニャットの挑発に、ゴローニャは混乱しつつも腕に力が入る。

 相手トレーナーは、その意図を測りかねて一瞬対応が遅れた。

 モーリは、その上がった攻撃力を逆手に取る。

 

「『イカサマ』」

 

 ブニャットが、不意に身代わりの背後から飛び出し、ゴローニャの短い脚を攻撃する。

 ブニャットが飛び出したことで身構えたゴローニャは、不意の攻撃にひざを折り、重心の変化のままあおむけに倒れる。

 そして、そこに合わせるようにブニャットがゴローニャの顔面に前足を叩きつける。

 

 ゴローニャは特大のダメージを受けたが、特性『がんじょう』によって、なんとか持ちこらえる。

 

 相手トレーナーは最後の望みを託し、反撃を指示しようと考えた。

 だが、モーリの読みが、速さがそれを上回る。

 

「『でんこうせっか』!」

 

 ゴローニャが動くよりも早く、ブニャットの電光石火の一撃が勝負を決めた。

 

 戦闘不能のコールが響くが、モーリの表情は硬いままだった。

 ブニャットもその場に座り込み、肩で静かに息をしている。

 

 観客席の仲間たちからは安堵の声が上がるが、モーリとブニャットの様子から、この一戦がいかに神経をすり減らすものであったかが伝わる。

 

 彼らは決勝戦を前にして、気を張りすぎたことによる見えない疲労感を、確かに蓄積させていた。

 

 

 

 

 試合を終えたモーリを、道行く人々は海を割るように避けていた。

 明らかに気軽に声をかけることのできる雰囲気ではなかった。疲労と、緊張感、それらをまとった彼の足取り、そして、彼とブニャットが見せる快進撃は、人々が彼の前に立つことをためらわせるのに十分だったのだ。

 

 ライモン高校の待機エリアに戻ってきたモーリに、仲間たちが駆け寄ろうとする。

 しかし、その足は途中で止まった。彼の表情は、勝利を飾った者のそれではない。安堵も、喜びもなく、ただ次の戦いだけを見据えるような、張り詰めた空気を纏っていたからだ。

 

「ナイス」

 

 それでも、ムラナカが絞り出すようにそう声をかけたが、モーリは短く「ああ」と返すだけだった。

 彼は椅子に腰掛けることもなく、その場でモンスターボールからブニャットを繰り出す。

 ブニャットは一度だけモーリを見やったが、やはり視線が合わないことに気づくと、のそりとベンチに座り込む。

 

「スズモト、こいつを冷やしてやってくれ」

 

 その声は、どこか業務的で、普段の彼とは違う響きを持っていた。スズモトは黙って冷却スプレーを受け取ると、疲労の見えるブニャットの体をそっと冷やし始める。

 彼女は、モーリの張り詰めた横顔を見上げ、何かを察したように、心配そうに、それでいてできるだけ明るく勤めようと口を開いた。

 

「モーリくん、あの」

 

 しかし、モーリは彼女の言葉を遮るように、静かに、しかしきっぱりと返す。

 

「悪いけど、それは決勝の後で」

 

 彼はスズモトに視線を向けることなく、そう告げた。そして、足元のバッグから、スタジアムの売店で購入したであろう紙袋を取り出す。中から現れたのは、小さなオペラグラスだった。

 

 モーリは、そのままフィールドへと向き直ると、オペラグラスを構え、対戦場を覗き込む。そこには、ちょうどミチバタが準決勝のフィールドに入場するところだった。

 

 仲間たちの声も、スタジアムの喧騒も、今の彼には届いていない。彼の世界には、ただ次の対戦相手の姿だけが映っている。

 スズモトは、そんな彼の背中を、何も言えずに、ただ不安げに見つめていた。モーリが、一人だけの『孤独な戦い』を始めようとしていることを、彼女は感じ取っていた。

 

 

 

 

 準決勝のもう一ブロック。ミチバタの対戦相手は今大会の優勝候補と目されていた、カントーの有名私立高校に所属する女子生徒だった。

 

 パートナーは、くさ・フェアリータイプのエルフーン。

 観客席の一部では、かくとうタイプのウーラオスに対し、フェアリー技が使えるエルフーンがタイプ相性で有利ではないか、という声も上がっている。

 

 しかし、彼女は、そんな簡単な話ではないことを理解していた。彼女は、ミチバタとウーラオスが放つ、決して妥協を許さぬ強者のオーラを肌で感じ、その表情は緊張で硬直している。

 

 試合開始と同時に、彼女はエルフーンに向かって叫ぶ。

 

「『ちょうはつ』!」

 

 エルフーンが素早く動き、挑発的な笑みをウーラオスに向かって放った。

 

 しかし、ミチバタはそれを意に介さない。彼女は、相手が恐怖から攻撃以外の選択肢を取ることを完全に読み切っていた。

 エルフーンが『ちょうはつ』を繰り出した、その一瞬の隙。ミチバタが静かに、しかし鋭く告げる。

 

「『どくづき』」

 

『ちょうはつ』は確かに届いている、だが、否、だからこそ、ウーラオスは疾風のごとき速さでエルフーンとの距離を詰める。

 

 くさとフェアリーの複合タイプであるエルフーンにとって、効果抜群となるどくタイプの物理技が、回避する間もなくクリーンヒットした。

 エルフーンは、悲鳴を上げる暇もなく、その一撃で戦闘不能となった。

 

 あまりにもあっけない幕切れに、会場は一瞬の静寂に包まれる。

 ミチバタは表情一つ変えず、ウーラオスをボールに戻すと、呆然と立ち尽くす対戦相手には一瞥もくれず、観客席にいるモーリに視線を向けた。

 

 その瞳には、明らかにこれまでとは違う、高揚が見て取れる。

 

 準決勝においても、彼女はいまだに底を見せず、むしろただただ強いという絶望的な情報を知らしめていた。

 

 

 

 

「当然、持ってるよな」

 

 観客席の一角からその試合を眺めていたモーリは、誰に言うでもなくそう呟いた。

 彼は今、なんとなく会場に漂っている『拍子抜け』な雰囲気を明確に否定することのできる数少ない人物だ。

 

 エルフーンが放った『ちょうはつ』は決して見当はずれな選択肢ではない。

 ウーラオスとエルフーンの間には明らかにフィジカルの差が存在し、シンプルに肉体のぶつかり合う勝負になればエルフーンが競り負けるのは明らか。

 故にエルフーンは『ウーラオスに挑発をうたれる』ことだけは絶対に避けねばならなかった。

 

 だからこそ、エルフーンは『ちょうはつ』を打った。明確な間違いではない、特性の『いたずらごころ』を生かして相手に蓋をしにいった。

 

 だが、ミチバタはそれを読み切って『どくづき』の強硬策に出た。

 否、それは言うほど強硬策というわけでもない。ウーラオスとエルフーンのレベル差を考えれば、多少強引に出てもいけると判断したのだろう。

 

 優れた相棒と環境、戦略感を持ちながら、それでいて相手の力量を冷静に見極めている。

 

 モーリは頭を搔きながら頭を振って手元の携帯端末に手を伸ばす。

 この地方の言語で知ることのできるウーラオスの情報には限りがあった。仕方がない、リーグでもめったに見ることのできない種族だ。無理もないだろう、そのポケモンと信頼を持つことができる能力があるのならば、わざわざガラルの外に出る必要がないとすら言われているポケモンだ。

 

 理解できる言語の文献を漁るが、それがミチバタ達の戦略を越えるとは限らない、なんといっても彼女たちは去年までマスタードに師事していた最前線なのだから。

 

 端末に集中していた彼は、自然と自らに投げかけられる声を雑音として処理していた。いつもなら真っ先に振り替えるはずのその声に、彼は気づかない。

 やがて、その声の主は意を期して、自らには理解できず彼の身が理解できるはずであるその領域に踏み込んだ。

 

「モーリ君!」

 

 気づけば、端末はスズモトの手にあった。強い力でひったくられて、モーリが欲していたはずの情報は彼女の手にある。

 

「なんだよ」と、モーリは少し、強く言った。

 

 手に入るかもしれなかった。ウーラオス攻略に必要な情報が手に入るかもしれなかった。そうすれば、勝てるかもしれなかった。

 その瞬間、スズモトはそれを邪魔する存在だった。

 言葉を強くしても、良いはずだった。

 

 しかし、スズモトはモーリのその言葉に引かなかった。

 彼女は端末を物理的にモーリから一番遠くにしようと天に掲げ、それでいて、モーリを睨みつけている。

 よく見れば、その手が震えているのがわかるはずだ、尤も、モーリはそれに気づかなかったが。

 

「おかしいよ!」と、スズモトはモーリに言い放った。

 

「絶対におかしい! モーリ君、今日はおかしいよ!」

「おかしくなんかねーよ!」

 

 スズモトの言葉に、思わずモーリは返す。

 

「おかしい! 携帯ばっか見て私達やブニャットの事なんかほったらかしじゃない! そんなことなかった!」

「仕方がないだろ! 相手の情報がねーんだよ!」

 

 インターバルがあるとはいえ、刻、一刻と、決勝の、最後の舞台は近づいている。

 モーリの脳裏に、それがフラッシュバックする。

 鈍い音、トレーナーの背中。

 

「情報がないと、戦えないんだ」

 

 あまりにも弱弱しく、彼は続ける。

 

「こんな形で、この三年間を終わらせたくないんだ」

 

 素晴らしい体験であったと言える。

 学校、仲間、パートナー、ライバル。

 それらに囲まれ、充実した三年間を送った。心の底からそう思う。

 

 だからこそ『敗北』でそれを終えるなんてあり得てはならない。そう、強く思った。

 それは間違いではないはずだった。記憶を、思い出を、軌道を美しく締めくくろうとすること、それはある意味で、人間の本能、昇華された闘争心の果てであるのかもしれない。

 

「モーリ、それは、違うよ」

 

 だが、それを否定する声が、モーリに届く。

 振り返れば、ムラナカがモーリに視線を投げている。

 その隣にはタケダ、背後にコウヌやオーアサ、セラがいることに気づく。

 否、彼らはずっとそこにいたはずだった。

 今、ようやく気付いただけで。

 

「終わらないさ、この三年間は」

 

 ムラナカは、スズモトとモーリを交互に見据えて続ける。

 

「勝とうが負けようが、終わるわけないだろ。こんなに、こんなに楽しかった時間が」

 

 モーリは、その言葉を、一瞬、ほんの一瞬だけ、慰めの綺麗ごとだと思った。

 だってそうだろう、彼は、彼自身は『敗北で終わったもの』を知っているのだから。

 しかし、その考えそのものを否定するかのように、タケダが言った。

 

「終わりませぇん。終わらせてなるものですか。わたくし達の関係は、これまでも、これからも続いていきまぁす。それは、モーリさんが強いからではありません、わたくし達がモーリさんのことを好きだからですぅ!」

「そうだよ、確かに、君は強いけれど、僕たちにとってそれは、君の個性の一つなんだ。僕たちはそれにぶら下がってるわけじゃない、そりゃもちろん、こういう場に連れてきてくれたことに感謝はしてるけどね」

 

 その言葉に、モーリはぐっと沈黙した。

 トレーナーとしてのプライドが、それに返さなければならないと思っていた。だってその言葉は、敗北を受け入れるような言葉だから。

 例えば怒気を上げれば、それを否定することはできただろう。自分と彼らのこれまでの人生の違いを逐一上げ連ね、勝利が、敗北が、自分にとってどのような意味を持つのかを懇々と説明すれば、それは否定できたはずだ。

 

 だが、それをすることはできなかった。言葉が出てこないのではない。その言葉を脳が考えることもしない。

 投げかけられた言葉が、あまりにも嬉しかったから。

 

 モーリは、じっとベンチのブニャットに視線を向ける。

 よく冷える濡れタオルをかけられているブニャットは、じっとモーリを見つめ返し、その視線を逸らさなかった。珍しく。

 

 その視線を受け、モーリはぽつりと漏らす。

 

「勝てないかもしれないんだ」

 

 彼は、仲間たちを見回して続ける。

 

「あのポケモン、ウーラオスってのは、とんでもなく強いポケモンで。正直、ブニャットで勝つ見込みは少ない。そして、あのミチバタってトレーナーも、多分、俺なんかよりもよっぽどのエリートなんだ。だから、勝てないかもしれない」

 

 目を伏せて、続ける。

 

「だから、許して」

 

 そこにはまだ、勝てない自分に対する罪悪感があった。

 その言葉に、同級生たちが返す。

 

「許すも何も」

「わたくしたちはあなたに沢山のものををもらいましたわぁ」

 

 そして、モーリに目の前に立っていたスズモトも、手にしていた端末をモーリに返す。

 

「ごめんね、今日のモーリ君すごく怖くて、なんだか、良くない時に戻ろうとしてるのかなと思っちゃったから」

「いや、良いんだ」

 

 モーリの中に、やはり鈍い音とトレーナーの背中がフラッシュバックする。

 だが、彼は一つ頭を振ってそれを振り払った。

 振り返れば、きっと仲間たちがいるのだろう。

 

「スズモトの言ってること、多分あってる。ちょっとナーバスになってたらしい」

 

 その時、決勝戦開始が近いアナウンスがスタジアムに響いた。

 モーリは「行ってくる」と、一歩踏み出し、ベンチで丸くなるブニャットの前に立った。

 

 一つ、喉元を撫で、わずかにそれがゴロゴロ言ったのを確認し、丁寧にタオルをどかしてから、ブニャットをボールに戻す。

 

「モーリ」

 

 声の方向に目を向けると、ベンチに座るサイトーがわずかに微笑んでいる。

 

「よかったな」

 

 その言葉に、モーリは小さくうなづいた。

 

「はい」

 

 

 

 

 決勝戦の開始を告げる場内アナウンスが、夕暮れのスタジアムに響き渡った。

 すべての試合が、そしてそれに伴う整地が終了し、観客たちの視線が、ただ一つのフィールドへと自然に集中していく。

 

 派手な演出はない。ただ、選手たちの息遣いや、審判のホイッスルが響く前の、独特の静けさと緊張感が会場を満たしていた。

 

 一般観覧席の一角。トートクとトミノは、その喧騒から一歩引いた場所で、静かにフィールドを見つめている。そして、その二人にあえて挟まれるような形で、プロトレーナーのモモナリも観戦していた。

 

 トートクが、目の前のトーナメント表を見ながら口を開く。

 

「順当、と言えば順当な顔合わせになりましたね」

 

 トミノもそれに頷く。

 

「そうだね。もっとも、モーリ君がここまで勝ち進んだことは、若干の波乱ではありますが」

「それこそが、彼の能力の高さの証明でしょう。どういう形であれ、ブニャットでこの舞台に上がってくるのは異例中の異例でしょうから」

 

 彼らがモーリに肩入れするのは、ある程度は仕方のない事だろう。そして、ほかの観客たちもまた、そのような視線をモーリに送っていることも否定できない。

 だが、二人の評価は、トレーナーとしての戦力差について、冷たいほどに妥当なものだった。

 

「この対戦カードは、圧倒的にウーラオスが有利だ。ブニャットが勝つには、いくつもの幸運が重なる必要がある」

「ええ。これはもはや、トレーナーの力量でどうにかなる問題ではないでしょう。タイプ、種族としてのポテンシャル、その全てにおいて差がありすぎる」

「トレーナーの力量においても、モーリ君が圧倒的に上回っているわけでもない。むしろミチバタさんのほうが、才能という観点では上かもしれない」

 

 その評価もまた間違っていない。

 人はなんとなくの印象によって、ブニャットで戦うモーリのほうが才能やトレーナーとしての力量があり、ウーラオスで戦うミチバタのほうがそれに甘えていると思うかもしれない。

 だが、ミチバタがそのようなトレーナーではないことを、少なくとも彼らは理解している。

 むしろ、ウーラオスという格のあるポケモンを問題なく運用できる強さが彼女にはあるのだ。

 

「モモナリ君は、どう思うかな」

 

 トミノは、これまで黙って戦況を見つめていたモモナリに、意見を求める。

 しかし、モモナリは二人の緻密な分析とは対照的に、どこか飄々とした様子で、ある意味彼らの中で最もプロとしてふさわしくない発言を行う。

 

「大切なのは、気合いでしょうね」

 

 その意外な言葉に、トートクとトミノはわずかに面食らう。理論とデータの世界に生きる彼らにとって、それは最も遠い言葉のはずだった。

 だが逆に、ある意味ではモモナリというトレーナーの根幹をなす概念なのかもしれない。

 

「気合い、ですか」

 

 トートクが、どこか信じられないといった様子で聞き返す。

 

「我々の世界では、最も縁遠い言葉ですが。それこそ、運に身を任せるようなものでは?」

 

 しかし、モモナリはそれを楽しげに否定した。

 

「いいやぁ、それは違うね」

 

 そして彼は、整地された対戦場に細めた視線を向けて続ける。

 

「リーグ、野良問わず、時々いるんですよ。どう計算しても勝てないはずなのに、全身全霊でぶつかってくる相手がね。そして、そういう相手には何度も苦杯を嘗めさせられてきた」

 

 彼は、遠い日の記憶をたどるような目で続ける。

 

「そういう極限の戦いではね、時々、何か見えない力が働くように感じることがある。まあ、理論派の人間は、それを『運が良かった』と表現するかもしれませんが」

 

 モモナリは、挑戦的に二人を見据えた。

 

「僕は、そうは思わない。それが『必然』であると考えた方が、バトルは面白いじゃないですか」

 

 彼の、プロとして戦い続ける者だけが持つ、独特で理解しがたい理屈。その凄みに、トートクとトミノは静かに圧倒される。

 モモナリは、そんな二人を意に介さず、静かに、しかし確信を込めて、この試合の核心を突く言葉で締めくくる。

 

「あとは彼が、どれだけブニャットを理解しているか。それだけですよ。少なくとも気持ちが相手に向かわなければ勝つことはできないでしょう」

 

 その言葉を合図にするかのように、フィールドに決勝戦の選手入場を促すアナウンスが、静かに、しかしはっきりと響き渡った。

 

 

 

 

 夕暮れの光とスタジアムの照明が混じり合う中、決勝戦の開始を告げるアナウンスが静かに響き渡った。

 

 アナウンスに応え、まずモーリが待機エリアのゲートから姿を現した。その姿を認め、ライモン高校の応援席からひときわ大きな歓声が上がる。彼はその声援に手を挙げて応えるでもなく、ただまっすぐに、これから戦うべき対戦場を見据えながら、静かな、しかし確かな足取りで中央へと向かう。

 

 続いて、反対側のゲートからミチバタが姿を見せる。彼女の登場に、観客席は先ほどとは質の違う、どよめきと、わずかな畏怖の念を含んだ静けさに包まれる。

 彼女は、その視線を一身に浴びながらも、まるで慣れた舞台を歩くかのように、優雅で、一切の気負いを感じさせない足取りでフィールドへと歩みを進めた。

 

 対戦場の中央で、二人のトレーナーが静かに対峙する。これから始まる頂上決戦を前に、スタジアム全体が固唾を飲んで、その一挙手一投足を見守っていた。

 

 観客たちにとって、モーリは既に『異質な存在』だった。

 

 地方大会を圧勝し、インターハイでも勝ち進む『バッジ七つの強豪』しかし、そこに現れたミチバタは、さらに規格外の存在だった。

 観客は、この決勝戦が単なる高校生の試合ではなく、レベルの違う二人の強者が、この舞台で交錯する特別な瞬間であることを、肌で感じ取っている。

 

 対戦場中央で、モーリとミチバタが握手のために向き合う。

 ミチバタの表情は、決勝戦の重圧など微塵も感じさせない、明るく涼しげなもの。差し出された彼女の手のひらからは、カザのような熱意や闘志は感じられない。

 

「やっぱり君が来たね。確信してたよ。昨日から思ってたけど、君、こっち側の人間でしょ」

 

 そして、彼女は続ける。

 

「それでいて私と同じで『間違ってここにきてしまった存在』って感じ」

 

 その言葉は、見下しているのではなく、「あなたも、ここにいるべき人間じゃないよね?」という、彼女なりの仲間意識の表明であり、同意を求める問いかけだった。

 彼女は、モーリが自分と同じくこの『学生たちの催し』に居心地の悪さを感じているであろう『仲間』を見つけたように、親しみを込めてモーリに語りかける。

 

「君は、そうだろうね」

 

 モーリは、ミチバタの言葉の真意を察する。そして、彼女の実力を認めた上で、自分は違うのだと、静かで揺るぎない確信に満ちた口調で答えた。

 

「君とウーラオスの連携は巧みで、完成されてる。君にとって、確かにここは間違いなのかもしれない」

 

 しかし、彼はすぐさま、自分自身についてははっきりと否定する。

 

「だけど、俺は間違ってここにいるわけじゃない。高校に入って、ポケモンバトル部に入って、あいつらと一緒に、ここまで来たんだ」

 

 その声には感傷はなく、過去の失態や敗北を全て受け入れた上で、仲間たちとここにいるという事実そのものへの、絶対的な肯定が込められている。

 ミチバタは、モーリのその言葉を理解できない、といった様子で首を傾げた。彼女の価値観は、あくまで個の強さに準拠している。

 

「ふぅん? でも、君達くらいの実力があれば、一人と一匹でもここに来れたんじゃない?」

 

 モーリは、その問いを、静かに、しかしきっぱりと否定する。

 

「いや、それは絶対に無理だった。俺達は、あいつらに救われて、今ここにいる」

 

 二人の意見は、決して交わらない。互いの価値観の違いを認識したまま、静かに距離を取る。

 自分のポジションへ戻る直前、ミチバタは最後に、悪意なく、ただ純粋な好奇心からの笑みをモーリに向けた。

 

「そっか。じゃあ、面白い試合にしましょう。私が、わざわざこんなところまで来た意味があるような、ね」

 

 その言葉を背に、モーリはブニャットのボールを強く握りしめる。二人の最後の戦いが、静かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

「『ねこだまし』」

 

 繰り出されたブニャットは、すぐさまにウーラオスに飛び掛かった。その目の前で両手を叩き合わせ、わずかだが確実なダメージを与える。

 だが、ミチバタは動かない、ウーラオスもまた、その意図を完璧に理解し、翻るブニャットから目を離さない。

 

 微々たるダメージはくれてやる。それは搦手に引っかかるリスクを負ってまで嫌うものではないという感覚。

 ウーラオスはどっしりと足場を固め、ブニャットを睨みつけて型を取る。

 隙は無く、どこからの攻撃にも対応できる形だ。

 

 だが、唐突に、ウーラオスがゆらりと体を揺らして一歩踏み出す。まるで酩酊状態の大男が崩れるように。

 

 しかし、ブニャットはその動きを見るや否や、大げさなまでのバックステップで大きく間合いを取った。

 

「『ドレインパンチ』」

 

 バランスを取るように足を踏み込みながら、それでいて信じられないほど的確に鋭く降りぬかれたウーラオスの右拳。

 大げさだと思われたブニャットの間合いは一気に詰められ、それがブニャットに襲い掛からんとする。

 だが、それは宙を切った。ブニャットにほんのわずかに届かない。

 

「『さいみんじゅつ』」

 

 ブニャットの瞳が怪しく光る。

 次の攻撃に備えてブニャットを睨みつけていたウーラオスは、それをまともにのぞき込んでしまった。

 グラリ、と、何とか踏ん張りながらも、ブニャットから目線が切れる。

 

 まず一つ、モーリが運を通した。

 

「『ちょうはつ』」

 

 まずはこちらの搦手が動くようにしなければならない。

 ブニャットの煽るような鳴き声が、ウーラオスの耳に届く。

 彼はそれにわずかに心を乱し、頭を振りながら顔を上げる。

 

 だが、ミチバタはそれを咎めない。

 むしろ、彼の目が覚めたことを真っ先に理解する。

 

「『みがわり』」

「『すいりゅうれんだ』」

 

 ブニャットが体毛で作り出した『みがわり』は、ウーラオスの一撃目でまるでついでのように破壊された。

 そして、豪快でいてしなやかに振り回されるウーラオスの拳が、二撃目、三撃目とブニャットに襲い掛かる。

 

『ちょうはつ』された怒りに身を任せながらも、それでいてウーラオスの冷静な拳は、的確にブニャットの急所を突いている。ヨロイじまでの特訓は嘘をつかず、それは偶然でもなく必然だ。

 

 巧みな連携であった。間合いを取らせぬために、ブニャットを吹き飛ばすわけではなく、その場に叩きつける。

 

 運が、モーリ達に振れなかった。

 

 もう少し『ねむり』の時間が長ければ、確実な迎撃の体勢を作れるはずだった。そのための『さいみんじゅつ』そのための『みがわり』

 だが、心のどこかで、モーリはそれも仕方のない事なのだろうと思っていた。

 もし、太陽の陰に神がいるとして、その存在が、自分の願いすべてをかなえるわけではないのだろうから。

 

 ウーラオスの体力は満タン、ブニャットは息もたえだえだ。

 ウーラオスの攻撃は鋭く強力で、ブニャットは彼に決定打を持たない。

 だが、ほんの僅か、ほんのわずかにブニャットのほうが早く動けるかもしれない。

 

 どうすればいい、否、それはもう考えられない。

 

 どうやっても勝利への道筋は見えない。座学と、そしてほんのわずかだが、確かな等身大の実戦経験で培われた彼の戦略感は、どうあがいてもここから勝つビジョンを思い浮かべられない。

 そして、概ねそれは正しいのだろう。

 

 モーリは、追いすがるしかなかった。

 恥ずべきことだ、バトルに向いていないからと一度は拒絶した相棒に、勝利を懇願するなど。

 だが、その恥ずべきことを託せるのは、今、目の前にいる相棒しか、否、相棒だけしかないのだ。

 

 モーリは、相棒を信じるほか無かった。

 

「『こらえる』!」

 

 

 

 

 ブニャット、彼女の耳にその指示が届いたとき、彼女は何を思っただろうか。

 いや、そもそも彼女は、モーリに対して何を思っていただろうか。

 

 例えば、憤慨だろうか。一度捨てた自分をもう一度この場に引きずり出したエゴに対する怒りだろうか。

 例えば、哀れみだろうか。すべてに挫折し、自分にすがるしかなかった彼に対する同情だろうか。

 例えば、愉悦だろうか。追い詰められた挙句に繰り出されたその無茶な指示に対する嘲笑だろうか。

 

 否、そのすべてではない。

 

 彼女の中にあったのは、ただただ、モーリへの献身であった。

 

 自らを見下ろすウーラオスに対して、足場に爪を立てて踏ん張る。

 

『戦いに向いていない』とバトルをさせなかったから、機嫌を損ねているなどというのは、所詮人間のかわいらしい思い上がりでしかないのだ。

 

 彼女は、自らが『戦いに向いていない』事を、人間よりもはるかに理解していた。

 故に、バトルに参加させてもらえずとも、それを自然なことだと思っていた。

 それを不服には思わなかった。だってそれは大好きな相棒であるモーリの優しさだったのだから。

 そこにあったのは、モーリと共に戦うことができないという悔恨のみであった。

 仕方がないことだ、モーリの相棒となったファイアローやガブリアスは、馬鹿でかわいらしいが確かに強かった。

 

「『すいりゅうれんだ』」

 

 振り下ろされる一撃目、彼女はそれを『こらえる』

 そして、後ろ足に力を込める。

 

 モーリが何かに挫折したことも知っていた。そして、自らが力になれなかったこと、自らではどうしようもなかったこと、傍にいられなかったことも知っていた。

 情けなかった。

 

 ウーラオスが体をひねりながら叩きつけられた二撃目を、彼女は不格好だが確実なステップでかわした。

 そのまま後ろ足の力を開放し、大きく間合いを詰める。

 

 彼と新たな土地に来た意味、彼女はそれを彼女の知る言葉で表現することはできなかったが、その意味は何となく理解することができた。

 だが、彼の役に立てぬ自分が何をできるか、わからなかった。今、この時までは。

 

 詰められた間合いに、ウーラオスの膝が襲い掛かる。

 それは強かに彼女の腹を打ったが、彼女は『モーリを二度と悲しませまいと』持ちこたえる。

 

 そして、前足を振り上げる。

 だが、その額に、ウーラオスの人差し指が何とか届いた。

 

 

 

 

 ブニャットの目の前に差し出された人差し指の意味、それをモーリは理解していた。

 

「『アクアジェット』」

 

 ブニャットの脳髄に震えるようなダメージ。

 わずかな距離、わずかな力で最大限の攻撃であった。

 その選択肢があるからこそ、この対面は絶望的であったのだ。

 だが、モーリは諦めることをしなかった。

 相棒を信じたかった。

 たとえそれが恥ずべき、都合のいい考えであったとしても。

 彼は叫ぶ。

 

「『じたばた』!」

 

 ウーラオスの人差し指が弾き飛ばされる。

 初めて、彼が目を見開いた。

 その眼下にあったブニャットは、牙をむき出しにし、両前足を振り上げている。

 そして彼女は『モーリに褒めてもらおうと狙って技を急所に当てた』

 

 それは、痛みとも気づかないような衝撃だった。

 少なくともウーラオスは、ヨロイじまでこのような不格好で、そして強烈な攻撃を受けたことはなかった。

 気が遠くなり、景色が変わっていく。

 後ろに倒れるなど、いつ以来の光景だろうか。

 衝撃。

 

 

 

 

 審判の「戦闘不能!」という声が、まだスタジアムの熱気の中に響いている。

 割れんばかりの歓声も、勝者を称えるアナウンスも、もうモーリの耳には届いていなかった。彼の世界には、フィールドの中央で力尽き、倒れている相棒の姿しかなかった。

 

 モーリは、叫んでいた。

 

「ニャーちゃん!」

 

 その声は、掠れ、上ずっていた。

 息も絶え絶えな彼女のもとへ駆け寄り、その泥と汗にまみれた体を、ためらうことなく強く抱きしめる。腕の中に伝わる、確かな重みと温かさ。

 その腕の中で、ブニャットの目が、かろうじて開かれた。消えかけていた光が、モーリの呼びかけに応えるように、再び力強く輝き出す。

 彼女は、生き返ったようにモーリの胸に顔をすり寄せ、ゴロゴロと、満足げに喉を鳴らした。

 

 不思議な現象があった。

 だが、今はそんなことはどうでもよかった。

 

 対照的に、ミチバタは静かだった。

 彼女は、フィールドの反対側で繰り広げられるその光景を一瞥してから、倒れているウーラオスのもとへゆっくりと歩み寄る。その足取りに、焦りや悔しさは見られない。

 

「負けちゃったね」

 

 その声は、どこまでもあっさりとしていた。

 言われたウーラオスはすぐに起き上がり、主に対して申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 だが、彼女は「うん、仕方ないかな」と明るく笑い、その屈強な腕を軽く叩いた。

 

 そして、ウーラオスの肩越しに、モーリとブニャットを見つめる。

 彼女は、心の底から楽しそうに、そしてどこか羨ましそうに、呟いた。

 

「やっぱり、バトルは楽しいね」

 

 不思議な現象があった。

 だが、今はそんなことはどうでもよかった。

 

 

 

 

 対戦場中央で、モーリとミチバタが握手のために向き合った。

 

 ミチバタの表情は、決勝戦の激闘の余韻など感じさせない、涼しげで落ち着いたものだった。彼女は、モーリの隣で満足げに喉を鳴らすブニャットを一瞥してから、静かに、しかし真っ直ぐにモーリの目を見て言った。

 

「すごいね、君たち。いいもの、見せてもらった」

 

 モーリは、その言葉の真意を測りかねる。彼自身、あの勝利が信じられず、自分たちがそれを成し遂げたという実感がまだ湧いていない。

 

「運が、良かっただけだよ」

 

 その答えを聞いた瞬間、ミチバタの表情から笑みが消え、真顔になる。

 

「運じゃないよ。それを認めないと、隣の子に失礼だよ」

 

 その言葉は、静かだが鋭い助言として、モーリの胸に深く突き刺さる。

 モーリは、ミチバタの言葉にハッとし、腕の中で喉を鳴らしているブニャットを見下ろした。彼女の指摘が、的確に自分の心の核心を突いていることを悟る。

 

 ミチバタは、そんなモーリの様子を見て、ふっと息を吐くように表情を和らげる。そして、どこか名残惜しそうに、本音を漏らした。

 

「もっと早く出会えればよかったのに」

 

 彼女は、モーリという好敵手との出会いが遅すぎたことを、純粋に悔しがっていた。

 そして何より。彼の言う『仲間』の力で、もっと強くなれていたかもしれなかったのに。

 握っていた手を離し、ミチバタは踵を返す。そして、去り際に、次の戦いへの期待を込めて言い放った。

 

「また、どこかで」

 

 その言葉には、リーグか、あるいは別の舞台か、いずれ必ず再戦するという、無言の約束が込められていた。

 

 

 

 

 ミチバタに背を向け、モーリが仲間たちの元へと振り返った、その瞬間。

 

 それまで固唾を飲んで見守っていたライモン高校のメンバーが、堰を切ったように彼に向かって駆け出す。多少のマナー違反も厭わず、彼らは対戦場のすぐそばまで押し寄せていた。

 

 先頭を走ってきたのはコウヌとオーアサだ。

 

「モーリ先輩、ヤバすぎます!マジで最強ッス!」

 

 コウヌは、その勢いのままモーリに飛びつかんばかりの勢いで彼の勝利を称える。オーアサもその隣で、普段の冷静さを失い、目を輝かせながら「本当に、おめでとうございます!」と何度も頷いていた。

 

 その輪から少し離れた場所で、セラは腕を組んだまま静かに立っている。しかし、その表情には隠しきれない畏敬の念が浮かんでいた。

 

「モーリさぁん!」

 

 涙声で叫びながら、タケダが目頭を押さえていた。

 

 仲間たちの熱狂が少しだけ落ち着いたタイミングで、ムラナカがモーリの前に立ち、言葉もなく、ただ力強くその肩を叩いた。モーリもまた、その友情に応えるように強く頷き返す。

 そんな彼らを、顧問のサイトーが誇らしげな、そして少し呆れたような笑顔で見守っていた。「よくやったな」と、彼女はモーリの頭を大きな手でわしわしと、愛情を込めて乱暴に撫でる。

 

 最後に、スズモトがモーリの前に進み出た。彼女の瞳は喜びの涙で潤んでいるが、その視線はまっすぐだ。

 

「モーリくん、おめでとう。本当に」

 

 言葉にならない想いが、その一言に凝縮されている。モーリもまた「ああ」と短く応え、仲間たちの前で、そっと彼女の手を握り返した。

 

 仲間たちに囲まれ、祝福の言葉を浴びるモーリ。その輪の中心で、感極まったタケダが、今日一番の大声で叫ぶ。

 

「あんたが大将ですぅ!」

 

 彼女は、その勢いのままモーリを肩車しようと試み、その膝を折ってモーリの足元に屈み込む。しかし、当然ながら体格差で持ち上がらず、ふらついてしまう。そのコミカルな光景に、仲間たちから大きな笑い声が上がった。

 

 だが、タケダは諦めない。「こうなれば!」と、彼女はケッキングのモンスターボールを取り出す。

 

 フィールドの隅に、のそりと現れるケッキング。タケダは彼に駆け寄り、モーリを指さして何かを伝える。

 

 ケッキングは一度だけ大きなあくびをすると、ゆっくりとモーリに近づき、その巨大な腕で、ひょいと軽々と彼を抱え上げ、自らの肩の上に乗せた。

 

 突然の浮遊感に戸惑うモーリ。その下で、仲間たちが、今日一番の笑顔で彼を見上げ、歓声を上げている。

 夕暮れのスタジアムに、ライモン高校ポケモンバトル部の、いつまでも続くかのような、明るい笑い声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 観客席はほとんど無人となる。夕闇に沈んだスタジアムで、照明だけが静かにフィールドを照らしていた。

 その中で、モモナリは一人、いつまでも楽しげに、先ほどまで熱戦が繰り広げられていたフィールドを眺めている。

 

 その横で、トミノが静かに口を開いた。

 

「最後の『じたばた』見事でしたね。しかし、そこに至るまでの過程が、どうにも」

 

 その言葉に、トートクが腕を組んだまま頷く。

 

「ええ。ウーラオスの『すいりゅうれんだ』と『アクアジェット』を耐え、その後の反撃。『こらえる』をしていたとはいえ、普通の感覚ではありえない。理屈では説明がつかない。我々の知るバトル理論の、外側にある現象です」

 

 トミノは、隣でまだ楽しそうにしているモモナリに話を振る。

 

「でも君は、これを『必然』だと思うわけだね?」

 

 モモナリは、待ってましたと言わんばかりに、楽しげに頷く。

 

「当然。そうであったほうが、バトルは面白い」

 

 その言葉に、やはり二人は反論することができない。

 そして、モモナリが続ける。

 

「この日、この場所で、彼らと彼女らと、このルールだからこそ起こりえた『必然』ですよ」

 

 モモナリは、自らの腰のモンスターボールをトントンと軽く叩きながら、さらに続ける。

 

「さっきも言いましたけど、僕とあのブニャットでは、この『必然』は作り出せなかった。あくまで、彼とブニャットだからこそ作り出せたものです」

 

 その言葉に、トミノは純粋な興味から問いを重ねる。

 

「じゃあ、君と、君の手持ちであれば、今のようなことができるのかい?」

 

 モモナリは、あっけらかんとした表情で、しかし確信を持って答えた。

 

「できますよ。やってるし、相手にもやられてる」

 

 モモナリは、悪戯っぽく、しかしその瞳の奥に鋭い光を宿して微笑んだ。

 トートクとトミノは、その感覚を当然のように持っているモモナリと、それを受け入れられない自分たちの間に、はっきりとした境界線があることを感じた。

 

 それを感じることなく、モモナリはにっこりと笑って呟く。

 

「いやぁ、僕のアドバイスが、ちょっと効きすぎたかな」

 

 その言葉に、トミノとトートクは、モモナリがモーリに対して抱いている危険な好奇心をはっきりと感じ取る。この男は、自らが育てたかもしれない『面白い存在』を、自らの手で試したがっているように思えた。

 トミノとトートクは、無言で視線を交わし、モモナリを牽制するように、わずかに身を乗り出して彼を拘束しようとするかのような気配を見せた。

 

 しかし、モモナリは、二人のその動きよりも早く、その場の空気を壊すように、明るく提案する。

 

「いやあ、良いものを見せてもらって気分がいい。先生方、この後、飲みにでも行きますか」

 

 あっけにとられる二人に、モモナリは、全てを見透かしたように笑いかける。

 

「そこまで無粋じゃないつもりですよ」

 

 それは「今は手を出さない」という、ギリギリの紳士協定。

 あるいは、いずれ必ず手を出すという、静かな宣言でもあった。




次回は8/02 8:01に投稿予定です

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