『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~ 作:rairaibou(風)
インターハイ翌日の朝。モーリは自室のベッドで目を覚ました。ライモンの下宿先で見るものとはどこか質が違う、都会の朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
部屋の中には、微かに、しかし明らかに自分のものではない、甘く華やかな香りが漂っていた。そして、静かな部屋の中で、衣擦れの音と、スマホを操作する微かなタップ音が聞こえる。
モーリは、まだ半分眠っている頭で、その違和感の正体に、ああ、またか、と、どこか諦めにも似た覚悟を決めた。
ゆっくりと身を起こすと、視線の先、窓際の椅子に、一人の少女が腰かけている。
長い脚を組み、朝の光を浴びながら、少し退屈そうにスマホをいじっている。
最後に会った昨年の正月以来となる、レイカだった。八月の朝らしく、彼女は少し露出の多い、しかし洗練された私服に身を包んでいる。
「おはよ」
彼女は、モーリが起きたことに気づくと、スマホから顔を上げ、悪びれる様子もなく片手を軽く上げた。そして、モーリの部屋をぐるりと見渡す。
そこは、ジム巡りをしていた頃のポスターやトロフィー、バトル雑誌などがそのままになった、まるで時が止まったかのような空間だった。レイカはその変わらなさに、少し呆れつつも、どこか懐かしさを感じているようだった。
モーリは、驚きよりも先に、深いため息をつく。
「どうやって入ってきたんだよ」
レイカは、スマホをポケットにしまいながら、さも当然といった様子で答える。
「だから、玄関から堂々と。おばさんが入れてくれたよ。『モトマサ、まだ寝てるから起こしてきてちょうだい』ですって」
モーリが、布団から出ようとしないまま「で、何の用だ」とぶっきらぼうに問うと、レイカは立ち上がり、モーリのベッドのそばまで歩み寄る。そして、楽しげに告げた。
「あんたの仲間たち、今日カントーを観光したいんでしょ? だから、このあたしが特別に案内してあげることにしたの」
その面倒な提案に、モーリは即座に「断る」と返そうとした。だが、彼が口を開きかけた、その瞬間。
レイカは、それを予測していたかのように、モーリの言葉を遮る。
「あんたみたいなバトル馬鹿がカントーの案内なんてできるわけないじゃん。せいぜい観光者向けのぼったくり店に連れまわして、終わり!なんだから」
モーリは、その指摘が痛いほど図星であるため、何も言い返せない。
レイカは、モーリの言葉を遮り、悪戯っぽく囁く。
「それとも何? あんた一人で、あの子たちをエスコートできるっていうの? 特に、あのかわいいマネージャーちゃんを満足させられるって?」
スズモトの名前を出されたことで、モーリは一瞬言葉に詰まる。その反応を見逃さず、レイカは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「わかったよ」
モーリは、観念したように、深いため息をつきながら、しぶしぶその提案を受け入れる。
「じゃあ、さっさと準備しなさいよ。あたしを待たせるなんて、許さないんだから」
レイカは満足げに頷きそう告げる。
しかし、そう言った後も、レイカは部屋を出ていく素振りを見せず、ベッドの端に腰かけたりして居座っている。
モーリは、そんなレイカの様子に、ため息をついて言う。
「着替えるんだから、出てけよ」
レイカは、その言葉を待っていたかのように、楽しげに、そしてからかうように返す。
「なんでよ。だから、別に見られて困るようなもん持ってないでしょ。見たことあるし」
「昔のことを言うな!」
モーリは、その悪びれない態度に、呆れながらも枕を投げつけ、半ば強引に彼女を部屋から追い出した。
ドアの向こうから、レイカの楽しげな笑い声が聞こえてくる。一人残された部屋で、モーリは、今日という一日が、非常に面倒で、そして波乱に満ちたものになることを予感しながら、重い体をベッドから起こすのだった。
☆
モーリとレイカが、ライモン高校のメンバーが宿泊しているビジネスホテルのロビーに到着すると、そこには既に見慣れた顔ぶれが集まっていた。
「モーリ! 遅かったじゃんか!」
ロビーのソファに座っていたムラナカが、雑誌から顔を上げて手を振る。しかし、モーリの隣に立つレイカの姿を認めた瞬間、その表情は驚きに変わった。
「え、レイカさん!?」
「どうして、ここに」
スズモトとタケタも、突然の来訪者に言葉を失い、目を見開いている。彼女たちがレイカの存在、そしてモーリとのただならぬ関係を知っているからこそ、その驚きは大きかった。他のメンバーも、彼女の都会的で洗練されたオーラに、どこか気圧されている様子だ。
「やっほー。モーリの仲間たち、だよね?」
レイカは、そんな彼らの動揺を意に介さず、悪びれる様子もなく、しかし圧倒的なオーラを放ちながら手を振った。
「モーリ先輩! こちらの方は?」
事情を知らないコウヌが、少し緊張した面持ちで尋ねる。
モーリが紹介するよりも早く、レイカが一歩前に出て、堂々と名乗った。
「レイカ。モーリの、まあ、幼馴染みたいなものよ」
彼女はそこで一度言葉を切り、ライモンのメンバーたちを値踏みするように、ゆっくりと見回した。その視線は、まずムラナカの落ち着いた佇まいを捉え、次にタケダの育ちの良さそうな雰囲気に興味を示し、そして最後に、スズモトの上で、ほんの一瞬だけ、鋭く、そして探るように細められた。
そして、どこか楽しむような、それでいて有無を言わせぬ口調で続ける。
「あんたたちがカントー観光したいって言うから、このあたしが、特別に案内してあげる。感謝しなさいよね」
その言葉には、親切心と、ほんの少しの上から目線の優越感が絶妙に混じり合っている。
突然の申し出に、ムラナカとタケダは戸惑いの表情を浮かべた。コウヌやオーアサたち二年生は、その圧倒的な自信に満ちた態度に、ただただ気圧されている。
その中で、スズモトだけが、心配そうにモーリの横顔をうかがった。このままレイカのペースに巻き込まれて、モーリがまた、自分の知らない遠い世界に行ってしまうのではないか。そんな不安が、彼女の瞳をわずかに揺らしていた。
その視線に気づいたモーリは、観念したように小さく息をつく。そして、レイカに向かって、周りには聞こえないくらいの声で、ぼそりと呟くのだった。
「わかったから、あまり偉そうにするな」
☆
レイカは、半ば強引に一行のガイド役を勝ち取ると、意気揚々と彼らをクチバシティのベイエリアに新しくオープンした巨大ショッピングモール『The WAVE』へと案内した。
ガラス張りの壁面が太陽の光を反射して輝き、その未来的な建築デザインに、ライモンのメンバーは圧倒されて言葉を失う。
「さ、行くわよ。ぼーっとしてると、カントーの速さに置いてかれるから」
レイカはそう言うと、自動ドアをくぐり、一行を中へと誘う。
モールの中は、外観以上に洗練された空間だった。有名ブランドの旗艦店が並び、オープンカフェからは香ばしいコーヒーの香りが漂い、アトリウムの中央では、ホウエン地方から輸入されたという珍しい植物がアート作品のように展示されている。
「まず、あそこのカフェ。今SNSで一番『映える』って言われてる店。そこの角を曲がった先のセレクトショップは、現役のリーグトレーナーがデザインした限定ラインのアイテムが昨日入荷したばかり。今日の午後には売り切れるわね」
彼女は、まるで自分の庭のように、各フロアの人気ショップや限定アイテムについて、専門的な知識を交えながら早口で解説していく。
タケダは、その高級な雰囲気に「素晴らしいですわぁ!」と目を輝かせ、特にポケモンのための高級アクセサリー店に夢中になっていた。
コウヌは、最先端のメンズファッションや、カリスマトリマーがプロデュースしたケア用品の店に食いつき、「これ、姉ちゃんに教えてもらったやつッス!」と興奮を隠せない。
モーリは、その中心で、特定の輪に加わるでもなく、レイカと仲間たちの両方を尊重する中立的な立ち位置を保っていた。レイカの暴走気味な解説に静かに相槌を打ちつつ、仲間たちが都会の店のシステムに戸惑っていると、さりげなくフォローを入れる。
スズモトは、そんなモーリとレイカの、自分には入り込めない、長年の幼馴染ならではのテンポのいいやり取りを、少し複雑な心境で、一歩引いた場所から見守っていた。
その隣で、オーアサも都会の雰囲気に少し気圧されているようだ。
やがて、一行がモールの中を散策していると、レイカがふと足を止めた。
「あたし、ちょっと見たいコスメがあるの。女子はこっちよ」
彼女がそう言って、最新のコスメブランドが集まるエリアを指さす。
その提案に、タケダが「まあ、素敵ですわ!」と目を輝かせ、スズモトも興味深そうにそちらに視線を向けた。
一方、男性陣はすぐ隣にある、最新のトレーナー用ガジェットやスポーツ用品を扱う店に興味を惹かれている。オーアサは、コスメよりも、コウヌが見つけた珍しいデザインのモンスターボールケースの方に興味があるようで、彼の隣を離れようとしない。
こうして、ごく自然な流れで、グループが二つに分かれることになった。
モーリは一瞬、スズモトとレイカの二人になる状況を懸念した。
しかし、自分とレイカという「地元民」が一緒に行動してしまえば、カントーに不慣れなムラナカたちが戸惑ってしまうだろう。そう判断した彼は、仲間たちと行動を共にすることを選ぶ。
彼は、ムラナカたちに合流する前に、そっとスズモトのそばへ寄った。
「大丈夫か?」
その声には、レイカのペースに巻き込んでしまったことへの、申し訳なさが滲んでいる。
スズモトは、彼の気遣いが嬉しくて、そしてレイカと離れてくれることに少しだけ安堵しながら、精一杯の笑顔で頷いた。
「うん、平気だよ。タケダさんもいるし。モーリ君も、みんなと楽しんできて」
その言葉に背中を押されるように、モーリは「ああ」と短く応え、ムラナカたちの輪へと加わっていく。
スズモトは、その背中を見送った後、レイカとタケダが待つコスメエリアへと、意を決したように歩き出した。
☆
ショッピングモールの中は、どこを歩いても最先端の流行で満ちていた。レイカに案内されるがまま、一行は最新のコスメブランドが立ち並ぶエリアにたどり着く。きらびやかな照明と、甘く華やかな香りに、タケダは「まあ、なんて素敵な空間ですの!」と目を輝かせ、レイカもまた、慣れた様子でテスターを手に取っていた。
その華やかな空気の中で、スズモトはどこか、自分だけが取り残されているような感覚を覚えていた。
やがて、一行はフロアを移動し、流行の最先端を行くアパレルショップに入る。そこでタケダが「まあ! なんて可愛らしいぬいぐるみコーナーですの!」と、店の一角に設けられたキャラクターグッズのコーナーに吸い込まれていった。
自然な形で、スズモトとレイカが二人きりになる。
レイカは、ハンガーにかけられた服を手に取り、鏡の前で軽く合わせてみせる。その姿は、有名インフルエンサーらしく、この空間に完全に溶け込んでいた。
スズモトは、そんな彼女の姿を、少しだけ離れた場所から見つめる。自分とは違う、遠い世界の人のように思えた。
レイカは、スズモトが少し緊張しながら服を眺めているのに気づくと、手に取った少し大胆なデザインの服をハンガーに戻しながら、不意に、しかしからかうような口調で言った。
「あいつにさあ、肌出したって食いついてこないから、あんまり過激な格好はしなくてもいいよ」
突然の言葉に、スズモトが顔を赤らめて戸惑っていると、レイカは悪戯っぽく笑いながら続ける。
「変な男が寄ってくるだけだから」
それは、モーリを知り尽くした幼馴染としての、忠告のようでいて、マウントを取るような、絶妙な一言。
スズモトは、その言葉に、意を決して、静かに、しかし真っ直ぐな声で問いかけた。
「レイカさんって、モーリ君の事、何でも知ってるんですね」
レイカは、自分の本心は悟られていないと思っているため、服から視線を外さずに、あくまでカジュアルに、しかしほんの少し探るように返す。
「まあ、幼馴染だからね。あんたこそ、モーリのどこがいいわけ?」
レイカからの思わぬ切り返しに、スズモトは一瞬言葉に詰まるが、すぐに正直な気持ちを口にした。
「全部、です。強いところも、優しいところも、不器用なところも、全部」
スズモトは、意を決して「レイカさん」と、静かに、しかし真っ直ぐな声で問いかける。
「モーリ君の事、とても、大切に思ってるんですね」
レイカは、その言葉に、手にしていた服から一瞬だけ視線を上げる。しかし、すぐに興味を失ったかのように、ハンガーにかけられた別の服へと手を伸ばした。
「は? 何言ってるの。ただの幼馴染だって言ってるでしょ。勘違いしないでくれる?」
その声は、どこまでもクールで、スズモトの踏み込みをあっさりと拒絶するものだった。
だが、スズモトは、もう引き下がらなかった。
「でも、見てて、わかります。隠しても、全身から『スキスキこうせん』出てますから。あたしには、嘘、つけないですよ」
その、どこか弱弱しく、しかし確信に満ちた一言。
図星を突かれたレイカは、服をハンガーに戻す手が、今度こそ、ぴたりと止まった。彼女は初めてスズモトを、一人の「女」として認識し、ふっと息を吐くように「そっかあ、恋する乙女を舐めてたなあ」と、自嘲気味に笑う。
「バレてたんだ。あたし、結構隠すの上手いと思ってたんだけど」
レイカは、観念したようにそう言うと、近くのショーウィンドウに軽く背中を預けた。その仕草は、どこか無防備で、これまで見せたことのない弱さが滲んでいる。
「そう、大好きよ。物心ついた頃から、ずっと。あいつがまだ、ただのバトル好きのガキだった頃から、ずっと」
彼女は、スズモトから視線を外し、遠くを見るような目で、静かに本音を漏らし始めた。
「親同士が知り合いの幼馴染が、バトルが強くて頭良くてさ、あいつさ、子供のころは足も速かったわけ。そりゃあ、好きになるでしょ」
あはは、と笑って続ける。
「だから私もバトルを始めた。それなりに強くなれて、あいつの傍にいられた。だから、言えなかった。あいつ鈍いしね」
少し、沈黙してから続ける。
「ライバルっていう、友達以上恋人未満の都合のいいポジションが、あまりにも居心地良かったから。そこにいれば、あいつの一番近くにいられるって、そう思ってた。踏み込んで、また遠くなるのが、怖かったのよ」
再び、自嘲するような、小さな笑みがこぼれる。
「トレーナーとして、インフルエンサーとして、有名になれば、あいつがこっちを向いてくれるんじゃないかって、本気で思ってた。馬鹿みたいでしょ」
その告白は、スズモトにとって衝撃的だった。目の前にいるのは、自信に満ち溢れた、完璧なカントーの女ではない。ただ、不器用な恋に悩み、勇気を出せずにいた、一人の女の子だった。
レイカは、そこで初めて、スズモトの目を真っ直ぐに見つめ返す。その瞳には、嫉妬と、しかしそれを上回る、踏み込む勇気を持った者への、複雑な尊敬の色が入り混じっていた。
「あんたは、すごいわよ。あたしには、できなかったことを、あんたは平然とやってのけたんだから」
そして、彼女はふっと、これまでの表情を全て吹き飛ばすような、不敵な、しかしどこか晴れやかな笑顔を浮かべた。
「だから、あんたは絶対にモーリのこと離しちゃダメだよ。もし手放すようなことがあったら」
ぐい、と、スズモトの目をのぞき込む。
「その時は、あたしがすぐに奪ってあげるから」
それは、紛れもない、ライバルとしての宣戦布告だった。
その力強い言葉に、しかし、スズモトは不思議と、怖いとは思わなかった。
むしろ、彼女は、これまで遠い世界の、完璧な存在だと思っていたレイカが、自分と同じように、恋に悩み、勇気を出せずにいた、ごく普通の女の子なのだと知る。
その事実に、彼女はレイカを、倒すべきライバルというよりも、どこか「身近な存在」のように感じ始めていた。
スズモトは、レイカの言葉に、不安ではなく、静かな共感と、そして彼女に負けられないという、温かい闘志を胸に抱く。
その時、二人の間に、タケダが巨大なカビゴンのぬいぐるみを抱えて戻ってきた。
「見てくださいまし! 素晴らしい寝顔ですわ!」
その能天気な声に、レイカとスズモトは顔を見合わせ、どちらからともなく、くすりと笑い声を漏らす。
二人の間には、もう先ほどまでの緊張感はなかった。
☆
ショッピングモールの広場で、男性陣とタケダが、スズモトとレイカと合流した。
ムラナカやコウヌたちは、ゲームセンターで最新のVRバトルを体験したのか、興奮気味にその感想を語り合っていた。タケダもまた、購入した巨大なカビゴンのぬいぐるみを嬉しそうに抱えている。
モーリは、そんな仲間たちの様子に微笑みつつも、スズモトとレイカの間に流れる、どこか以前とは違う空気に、かすかな違和感を覚えた。
二人の間には、緊張感ではなく、ライバルとして互いを認め合った者同士の、静かで澄んだ空気が流れている。しかし、モーリはその変化の理由を知らない。
☆
一行が駅へと向かう帰り道。観光の熱気も落ち着き、メンバーたちの間には心地よい疲労感が漂っていた。夕暮れのクチバシティは、昼間とは違う、落ち着いた光と影のコントラストを描いている。
駅構内のお土産物屋を、タケダやコウヌが物珍しそうに眺めている。その様子に気づいたレイカは、呆れたように、しかしどこか楽しげに、深いため息をついた。
「ちょっと、あんたたち。まさか、そんなベタなお土産で満足するつもりじゃないでしょうね」
彼女はそう言うと、一行を先導するように、大通りから一本入った、隠れ家のような路地へと案内する。
その先には、ガラス張りの壁が美しい、洗練されたパティスリーがあった。甘いバターとフルーツの香りが、店の外までふわりと漂ってくる。
「ここ、今カントーで一番予約が取れないって言われてる店。最近テイクアウトを始めたらしくて、まだあまり知られてないのよ。今のうち」
店内では、芸術品のように並べられたスイーツを前に、ライモンのメンバーからの質問に答える形で、自然と会話が弾んでいた。
「レイカさんって、カントーではどんな風に練習してるんですか?」
ムラナカの真剣な問いに、レイカは少しだけ考える素振りを見せ、指先のネイルを眺めながら答える。
「そうねえ。基本は、常に自分より格上の相手を探して、バトルを申し込む。それだけよ。カントーには、そういう物好きが掃いて捨てるほどいるから」
その口調は、相変わらず少し上から目線だが、以前のようなトゲトゲしさはなく、むしろ彼らのことを一人のトレーナーとして認め、自分の経験を語っているような響きがあった。
「でも、流行のバトルスタイルとかもあるでしょ? そういうのって、どうやって勉強するんスか?」
コウヌの問いにも、レイカは「流行なんて、あたしが作るものよ」と一蹴しつつも、現在のカントーで主流となっている戦術の傾向や、有力な若手トレーナーの名前を、的確に、そして分かりやすく解説して聞かせるのだった。
☆
やがて、一行はヤマブキシティの駅にたどり着いた。夕暮れの空は、オレンジと紫のグラデーションに染まり、家路につく人々の喧騒が、今日という特別な一日の終わりを告げている。
ライモン高校のメンバーが、ホテルへと戻る電車に乗るため、改札へと向かう。
「本日は、本当にありがとうございました。カントーの素晴らしい文化に触れることができ、とても有意義な一日でしたわ」
タケダが、深々と頭を下げる。その隣で、コウヌも興奮冷めやらぬ様子で続けた。
「マジあざっした! 今度、俺の姉ちゃんの話も聞いてくださいッス!」
レイカは、そんな彼らに「まあ、暇つぶしにはなったわ」と、素っ気なく、しかしその口元には、隠しきれない満足げな笑みが浮かんでいた。
最後に、モーリがレイカの前に立つ。
今日の礼を、そして、もっと別の、何か大切な言葉を伝えなければならない。そう思うのに、うまく言葉が出てこない。
そんな彼に、レイカが先んじて、挑戦的な、しかしどこか楽しげな笑みを向けた。
「あんまり、あの子を待たせるんじゃないわよ」
その言葉には、スズモトのこと、そして自分自身の想い、その全てが込められている。
モーリは、その真意を完全には理解できないまま、しかし、彼女が何かを吹っ切ったような、力強い表情をしていることに気づく。
その時、モーリの隣に並んだスズモトと、レイカの視線が、最後に一度だけ、静かに交わった。
それは、ライバルとして、そして一つの仲間としての、静かで熱い火花。
モーリは、そんな二人の間に流れる、まだ名前のない感情の正体を知らないまま、仲間たちと共に、夕暮れのホームへと消えていった。
次回は8/06 8:01に投稿予定です
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