『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~ 作:rairaibou(風)
夏であることは明らかだった。
灼熱の日差しが遠慮なく校庭を照りつけ、温度もまた遠慮なく上昇していく、時折撒かれる打ち水はわずかに湿度と風の対流を作るのみで根本的な解決をするわけではない。
金属バットが石のような硬式ボールを叩く音が響き、ノックを受けた三塁手は華麗にそれを捌く、彼はそこでは素晴らしい守備力を発揮するが、本番の土のグラウンドでその硬球が同じように動いてくれるかはわからない。だが、彼らの目標である一回戦突破は近いかもしれない。
文武両道を掲げる公立ライモン高校ではあるが、学校側が熱心にスポーツに力を入れているとは言い難く、残念ながら練習の質は監督と学生の創意工夫に委ねられる部分が多いようだ。少なくとも、同地区の私立学校に比べれば雲泥の差があるだろう。
だがそれでも、スポーツにかける学生たちの思いがないわけではない。彼らとて自分達に比類なき身体能力があるわけではないことは、球速や遠投、五十メートル走等の数字で理解できている。しかし、それは彼らが夏にかけることを否定する理由にはならないだろう。
とにかく、夏であることは明らかで、彼らにとっての灼熱の時が近づいている。
☆
公立ライモン高校、プレハブ校舎の一番奥、野球部の第二倉庫の隣。
野球部や陸上部は全身から汗を吹き出しながら練習をしているというのに、彼らはできる限り冷房をガンガンに強め、それでも足りない部分は、一年生マネージャーが持ち込んだポケモンリーグの宣伝うちわで補っていた。
「えー、それでは、来週の団体戦のメンバーを発表する」
顧問であり監督でもあるサイトーが、プリントを片手に彼らの前に立っていた。
「今回のメンバーについては、部長であるツキシタと相談して決めた。ツキシタの意向で、学年よりも勝利を目指す方向だ……まあ、五人しかいないんだけどな」
目の前に座るツキシタ、イイダ、タケダ、ムラナカ、モーリはそれぞれそれに苦笑いを返した。
そもそもこんな大仰なことをする必要すらないと思えるのだが、仕方ない、明らかに目を輝かせているサイトーにとって、このシチュエーションは憧れだったのだろう。
「まず先鋒、タケダ」
はいぃ、と、タケダは彼女なりに力強く返事した。そういう決まりがあるわけではなかったが、なんとなくそうしたほうが良さそうだった。
「言うことは聞かないが、ケッキングのポテンシャルはこの地区でも随一のレベルだと聞いている。思うままに暴れてくれ」
「はいぃ、わかりましたぁ。当日は言うことを聞いてくれるようにケッキングさんにお願いしておきますね」
「次鋒、ムラナカ」
「はい」
「お前は間違いなく実力者だ。期待している」
モーリはサイトーの言葉に小さくうなずいた。彼もムラナカの実力を買っている。
「中堅、イイダ」
「はいよ」
「ここ最近のバトル部で唯一勝ち星を上げてるらしいな、頑張ってくれ」
ツキシタは大きく頷く。
モーリも悪くないと思った、たった一つの戦略しか無いが、バタフリーの『ふくがん』による『ねむりごな』戦法は単純で強力だったからだ。
「副将、モーリ」
「はい」
彼の名前が呼ばれたことに、一部の生徒はおっと小さく声を上げた。
「ツキシタとも相談したが、本当ならば大将を任せる方針もあった。素人のあたしから見てもこの部で一番強いのはお前だ」
同じことを、一部の生徒達も考えていたのだろう。
「だが、大将となれば強豪校は確実に実力者を出してくる。団体での勝利を目指すならばお前で一勝は取りたい」
別にモーリはそれに不満を覚えなかった。
この地方での地区大会団体戦、副将か大将かというものにそこまでのこだわりがなかったからだ。
「そして、大将はツキシタだ」
勿論それは十歳程度の引き算ができれば十分もかからず十分に予測可能なことであったが、この場にいる殆どの人間が、この場では言ってはならないそれを想像していた。
だが、それを想像できていないタケダが「まあ」と、嬉しげに手を叩いた。
「ツキシタ部長が大将ですのね」
その方向には才能があったのだろう。入部して二ヶ月ほどであったが、タケダは大体部員達の人間性を掴んでいる。
彼女の中でツキシタは聡明な人格者であったし、たかだか一、二年先にこの世に生誕したことを執拗に誇ることもなく、それでいて一、二年先にこの世に生誕したことによって得たアドバンテージを後に生まれたものにも惜しげなく享受する人間であったのだ。
故に、彼がそのような立場にあることが彼女には嬉しかった。
しかし、それはすぐさまに彼の幼馴染であるホージョーに否定される。
「いやどう考えても捨て大将だろ」
ある意味侮蔑的にも聞こえるその単語が部室の空気を悪くしなかったのは、当の本人であるツキシタが「そーれーをーいーうーかー」と大げさに長机に突っ伏したからだ。それが笑って良いことだということを本人が表現したのだ。
「捨て大将ってなんですか?」
「試合を捨ててるの、どー考えたってツキシタが勝てるわけねーもん」
「まあ、ひどい」
「いや良いんだタケダさん。この方針を提案したのは僕だからね」
あははと笑うツキシタに、イイダがため息をつきながら続ける。
「部長がそれでいいなら良いですけど、俺もこの方針には賛成ですね」
「そういうこったな、ぶっちゃけた話、こことここには期待できん。お前ら一年にすべてかかってると言って良い」
「ええ、俺もですか」
ホージョーが『捨て試合認定』としてツキシタとイイダを指さしたことに部員達は笑った。
緊張感のないその様子に、自らが望んでいた体育会系の姿がかけらも存在しないことにため息をつきながら、サイトーは頭を掻く。
「まあとにかくお前ら、夏の大会だ」
☆
夏真っ盛りであった。
日光は強く照り、地面はそれを照り返す。
競技者達は帽子や長袖、すぐに冷えるタオルなどで無謀な対策をしているが、ポケモンたちはどうだろうか。
少なくとも今後、夏大会ではこおりタイプのポケモンは活躍できないというセオリーが誕生してもおかしくはなかった。
「ツキシタ先輩! 頑張れ!」
地方、中規模スタジアム。
いくつかに区切られた区画の中で、モーリらは声を上げて大将であるツキシタに声援を送っていた。
団体戦の大将戦である。
対戦相手は私立リオー高校。地方にありがちなスポーツ強豪校だった。
残念ながら相手はその大将である。
なぜかはわからないが肌は日に焼け、お前がポケモンなのかと言いたくなるほどに鍛え上げられた二の腕がユニフォームから見え隠れしていたが、流石にその手持ちであるカイリキーと比べると見劣りしている。
別に対比をする訳では無いが、対するツキシタは肌は本来雪のように白いのだが、すでに照りつける日光に負けて真っ赤になっているし、肉体はチャーレムのようにか細い。
「よし! 練習通りだ! 練習通りにやれば良いんだ!」
両手で頬を叩くツキシタはすでに明らかな『こんらん』状態にあり、目はキョロキョロと落ち着きがない。
「先輩、先輩」と、モーリが彼を呼ぶ声にも気づかない。
「おら! 可愛い後輩が呼んでるよ!」
ホージョーにバシンと肩を叩かれ、「あいた!」と思わずこぼしてから、彼はようやく柵越しにモーリと目を合わせた。
モーリはこのクソ暑いのにツキシタに近づいて耳打ちする。
「相性は有利ですが多分レベル差がすごいです。ここはあれで行きましょう」
「あれというと『プロジェクト弱者』だね」
「そうです『いばる』戦術で泥沼にしてやりましょう」
「ああ、分かった。ありがとう」
二、三頷いたツキシタは、短く礼を言った後に対戦場に振り返った。
対戦相手は苦笑いだ。仕方ない、そもそもこの試合にあまり意味はないし、どう考えてもツキシタとケーシィが強豪には見えない。
お互いが対戦場の中央で握手をした後に、学生の審判が試合開始を宣言する。
じっと相手の様子を眺めてから、動いた。
「『いばる』!」
ツキシタは大きくそう指示を出し、ケーシィもそれを敢行しようとはしたのだが。
その次の瞬間には、カイリキーの拳が目の前にあった。
「『マッハパンチ』」
軽く吹き飛ぶケーシィに、驚くツキシタ。
カイリキーなりに手加減はしてくれたのだろうが、それは彼らの戦意喪失を学生審判が判断するには十分だった。
「あちゃあ」と、モーリは頭を抱える。
あんなに練習したのに、また判断が遅れていた。
☆
「というわけで、今年も一回戦敗退だね」
観客席、ライモン高校のために用意された一角で、ツキシタはそれほどショックを受けている様子もなく微笑みながら言った。
その傍らでは、体力の回復を終えたケーシィがペットボトルのミネラルウォーターをペロペロ舐めている。
「後一勝だったんですけどねえ」
小さな紙パックのきのみジュースをチューチュー吸いながらイイダが呟いた。見れば肩に乗るバタフリーも同じようにストローを吸っている。
「すみません、力不足でした」
その長身を縮めるようにうなだれているムラナカは、ツキシタとイイダに頭を下げた。
「いやムラナカくんの責任じゃないよ」
「まーそうだよなあ、私立のレギュラーが相手だし、あと一歩まで行ったムラナカはすげーよ」
「そうだそうだ、この不甲斐ない先輩達のどっちかが勝っとけば問題なかったんだよ!」
「ホージョーさん無茶言わんといてくださいよ、相手私立のレギュラーっすよ。どっちかというと勝った二人がすげえんですから」
イイダの言葉に嘘偽りはないだろう。相手はこの地区でもトップクラスのスポーツ強豪校のトップファイブだ。
それに勝利したモーリともう一人。
「あぁ、とんでもない快感でしたわ」
ケッキングの腹に背もたれながら恍惚の表情を浮かべるタケダが大金星と言ったところだろう。
「タケダのあれはすごかったな」
イイダが苦笑いしながら呟くそれを、その場にいる誰もが否定しなかった。
先鋒戦、相手のオコリザルの『メガトンパンチ』を腹に強かに食らったケッキングは、背後から涙目で自らを案じるタケダの声に一つため息を付くと、二撃目を狙った相手に寝転がったまま『カウンター』を打ち込み、吹き飛ばしたのだ。
「もう忘れられないでしょ」と、ツキシタがタケダに微笑む。
「ええ、ですが今日家を出る前にお母様に『敵を蹂躙する快感に溺れるな』と言われたばかりですのでぇ、気を引き締めますわぁ」
「お母さんバーサーカーかなんかなの?」
「でもこれでお父様がケッキングさんのためにお庭に木を植えてくれますわ」
「お父さん甘すぎない?」
ムラナカはタケダとの掛け合いでようやく笑顔を見せ、そのままモーリに視線を向ける。
「でも、モーリくんはすごいね、危なげなく勝つんだもの」
「ああ、まあ」
確かに、モーリは危なげなく副将戦に勝利していた。
対戦相手のケンタロスをいなし、足への『のしかかり』で動きを鈍らせた後に『すてみタックル』でトドメ。
あまりに効率よく流れるような連携に、対戦相手の私立高校の面々は監督を含め焦りを見せていたほどだ。
尤もその後にテンパりすぎて『捨て大将』なのが見え見えなツキシタに、相手陣営は余裕を取り戻したのだが。
「やっぱり、カントーから来てると違うのかなあ」
「さあ、どうだろう」
モーリは自らから離れて観客席に座るブニャットを眺める。
「でも、言うことをよく聞いてくれたよ」
「おお、お前らお疲れ」
もうしばらく観客席で盛り上がっていた彼らの元に、事務手続きを終えたサイトーとスズモトが帰ってきた。
二人共明らかに顔が赤いが、それは照りつける日光だけが原因ではないだろう。
「みんなすごかったよ!」と、スズモトが興奮気味に言った。
「リオーだよ! あのリオーに二本取ったなんてすごいことだよ!」
そんなものか、と、モーリは思った。
「さっきリオーの監督とも話してきたが、かなり驚いてたぞ」
「まあ、僕達ただの公立校ですからね」
「ああ、しかしツキシタは運が無かったな、初戦の相手がリオーじゃなければ勝ってたかもしれないのに」
「いやいや、僕は十分ですよ。それに、明日もある」
そう、明日だ。
夏の大会、団体戦があれば当然個人戦もある。
その個人戦は明日、同じくこのスタジアムで実施される。
それなりに参加人数の空気は読むようにと運営からは言われているらしいが、どう考えても彼ら五人は問題なく出場できるだろう。
「明日が、最後ですよ」
ツキシタは、対戦場で行われている試合を眺めながら笑ってそう言った。
☆
「はい、負けました」
翌日、同じく地方、中規模スタジアム。
一人が一匹のポケモンしか使用できないという高校ポケモンバトルの制約上、個人戦は非常に回転良くサクサクと終わる。故に、それなりの大人数でも一日でサクッと優勝者を決めることができるということだ。
まだまだ朝と言って良い時間帯、全員が一回戦を戦い終えて観客席の区画に集合したタイミングで、ツキシタはやはり微笑みながら、それでいて少し悔しそうに唇を噛みながら言った。
少なくとも人間的には尊敬できる部長の最後の大会の成績を恐れながらも楽しみにしていた部員達は、その報告になんと声を上げて良いのかわからず、それでいて少なくともそれを喜ぶわけにはいかないので、やはり重苦しい空気となっていた。
それを察知したのか、彼の試合を見届けたホージョーが、彼の肩をバンバンと叩いて笑って言う。
「でもさあ! こいつら多分生まれて初めて相手に技を当てたんだよ! な!? 『サイコキネシス』をな!」
「そうなんだよ!」と、ツキシタはぱあっと表情を明るくさせる。こころなしか足元に浮かんでいるケーシィも誇らしげに見えた。
「尤も、当てた相手はレアコイルだったんだけどね」
はがねタイプを複合するそのポケモンにエスパータイプの技を当てることがあまり良策ではないことを、今は理解できているようだ。
ただ、そんなものだ。
大体のトレーナーは、実践中に知識を投入することはできない。
「んで、お前らはどうなんだ?」
ホージョーの言葉に、イイダから続く。
「なんとか勝ちましたよ、まあ相手は公立でしたけど」
「負けましたぁ、ケッキングさんが全く言うことを聞いてくれず」
「勝ちましたよ」
イイダとムラナカの勝利報告に、ツキシタは小さく飛び上がるように喜ぶ。
「すごいすごい! 二人も勝ち抜くなんてこの部が始まって以来なんじゃないだろうか」
「部長! 三人ですよ三人!」
手を上げてツキシタの言葉を制したスズモトが、何故か誇らしげにモーリに手を向けて続ける。
「モーリくんも勝ってます!」
向けられた視線に「ええ、まあ」と、モーリは彼らから目を逸らしながら答えた。
☆
「『つばさでうつ』!」
対戦場の向こう側、女学生は自らの手持ちのオオスバメに指示を出した。
相手のポケモンは太っているように見えた。自らとオオスバメのコンビだ、そんな相手に遅れは取らないだろうと思っていた。
だが、その対戦相手、気にも留めていなかったライモン高校の一年生は、まるで自分達が動くのを待っていたかのように合わせて動く。
「『ねこだまし』」
一気に間合いを詰めたそのポケモン、確か名前はブニャットが、オオスバメの顔面を軽く叩いた。
それはオオスバメの視界を封じるのに十分であった。
ブニャットは、敵を見失ったオオスバメの背後に、少なくともその見た目からは想像できないスピードで回り込む。
「『きりさく』」
「『そらをとぶ』!」
すぐさま回避の指示を出した女学生の行動は正しかっただろう。
だが、敵を見失っていたオオスバメにとって、相手を確認するよりも先に空に飛び上がることには少し抵抗があった。
その抵抗が、彼の羽ばたきを遅らせた。
直後、背中に爪が食い込む痛み。
彼はようやく敵がどこにいるのかを理解し、それから逃げるように空に飛び上がった。
その太った猫は、流石に空を飛び上がることはできないはずだ。
空中で旋回し、オオスバメは地面にいるブニャットをようやく視界に捉え、すぐさまに滑空。
「『まもる』」
だが、その攻撃は簡単に受けられた。
ブニャットはその攻撃を背面で受け、しっかりと受け身を取る。
その逆に、オオスバメは無理な体制での攻撃と背中の痛みが相まって着地で体勢を崩していた。
そして、次の瞬間にはオオスバメを捉えて、ライモン高校のトレーナー、モーリもそれを理解している。
「『のしかかり』」
太ったように見えるブニャットの体格が実は膨らんだ体毛によるものであり、その中にはしなやかな筋肉が詰まっていることをオオスバメと女学生が知る頃には、彼女らの夏は終わっていた。
☆
彼の存在は、その中規模スタジアムの中で急激な速度で影響を増していた。
掲示板の前には人だかりが生まれ、未だに斜線で消されていない四つの名前を見比べながらざわめきが生まれている。
その内三つの名前には特に皆が興味を持っているわけではない、彼らは三年生であるし、少なくともこの地域での『学生ポケモンバトル』ではそれなりに知られた名だ。
だが、最後に残るもう一つの名はどうだ。
高校はライモン高校、公立だ。
否、この地域では公立高でありながらそれなりにスポーツで結果を出している高校もないではない、だが、彼らの知る限り公立ライモン高校は、それなりに偏差値は高いが、少なくともこのようなスポーツの場面に頻繁に顔を出す名前ではない。
学年は、一年生。
ありえないことだ。
そもそもこのような個人戦は、相当なことがない限り三年生の独壇場になるはずであったし、人数の関係上、三年生しか個人戦に出場することができない学校がほとんどなのだ。
それなのに、一年生と言う、一年前まで中学生であった存在が、ベスト四に残っている。
しかもどうやら、ブニャットというよくわからないポケモンを使っているらしい。
夏休みの日曜日だ、敗北によって手持ち無沙汰になった学生たちの注目が集まるのも無理もないことだった。
☆
「いやお前強すぎんか?」
準決勝前、ライモン高校に与えられた観客席の一角にて、誰もが思っていたことであろうそのセリフを、イイダが恐れること無く放った。
当然だが、ベスト四の中に彼らの名前は無いし、彼らもそれを不満に思っているわけでもない、そもそも地区大会のベスト四など大した予算をもらっているわけでもない公立校の出る幕など無いはずなのだ。
「次勝ったらインターハイだぞインターハイ」
「やっぱりカントーから来ていると違いますねぇ」
「いや、そういうことじゃないと思う」
タケダとムラナカも若干困惑気味だ。
モーリは弁解するように手を振る。
「負けず嫌いなだけですよ」
「いやそりゃ誰だって負けず嫌いだろ、あたしだって負けず嫌いだわ」
遠くからモーリに意味のない黄色い声を投げかける他校の女学生にシッシと手を振りながら、ホージョーは半ば呆れたように呟いた。
「しかもよお、なんでこいつもこんななのにバトルになるとお前の言う事しっかり聞くんだ?」
更にホージョーはモーリから離れたところで香箱座りしているブニャットを指さして言った。確かに彼女の言う通りで、すぐとなりに座るスズモトとフシギダネに撫でられているブニャットは、かけらもモーリに興味はないようだった。
「なつく、ということと言うことを聞くということは違うようだね」と、ツキシタがそれに答えた。
「ちょうどタケダさんとケッキングの逆だ」
ツキシタが見た先には観客席を三つほど占領して寝そべるケッキングに背もたれるタケダがいる。今日の個人戦では全く彼女の言うことを聞かずに戦意喪失として扱われたが、今現在の状況を不服に思っているように思えない。
「そういうことです」と、モーリは頷く。
「なかなか懐いてくれなくて」
「でも不思議だね、モーリくんも良い人だし、ブーちゃんだってとてもいい子なのになんでそんなことになるんだろう」
スズモトにそう言われつつ満足げにアゴを撫でられるブニャットは、確かに何かを嫌うようには見えない。
「そいつが良い子なもんかよ、いつも俺のソファーを占領するんだ」
「あれはお前のソファじゃねーし、あたしらから見ればあんたがあのソファーを占領してんの」
「そんなあ」
そう言われて思い切りのけぞったイイダを尻目に「じゃあ、そろそろなんで」と、モーリが立ち上がり、ブニャットをボールに戻す。
「あ、僕、セコンドに付いてきます」
「私も」
「わたくしも」
それぞれ立ち上がった一年生達に、ツキシタは笑顔でそれを促した。
☆
対戦場。
その中央で、二人のトレーナーが握手を交わした。
「団体戦の時から、君はやると思っていたんだ」
対戦相手の男、リオー高校の三年生は、手を離した後に笑顔を見せながらモーリにそう言った。
「昨日君が戦ったのはウチで俺の次に強いヤツでね、ホウエンバッジを二つ持っているんだ」
その言葉に、モーリは「そうなんですか」と返す。
とてもその会話に興味があるようには見えなかっただろうが、男は得意げに、不気味なほどに白い歯を見せて続ける。
「相当ショックな様子だったし、君を恐れていた。ある意味あいつは君の快進撃を確信していたんだろうな」
「光栄です」
「だが、ここまでだ、残念ながら昨晩、チームの連中とブニャットの対策はしている。タイプ相性的にも、自信はある」
男は振り向きながら続ける。
「この地区はたしかに弱小かも知れないが、そんなに甘くはない。と思ってもらえたら良いな」
☆
「『まもる』!」
高らかにそう宣言した男に、カイリキーは四本の腕を顔面の前に固めてガードの体制を取る。
明らかに『ねこだまし』を警戒していた動きだ。
だが、これまでの試合でのブニャットの動きからすぐに来るだろうと思われていた『ねこだまし』の攻撃が来ない。
不審に思ったカイリキーがガードを開いたその時、目の前に白い塊が迫っている。
「『マッハパンチ』!」
鍛え上げられた筋肉だ、反応は早い。
すぐさまに拳が振り抜かれ、その白い塊は爆散する。
だが、そこに肉を叩く感覚は無い。
散らばった毛の塊の向こうに、ブニャットの姿が見える。
それは『まもる』の指示を読んだモーリが指示した『みがわり』であった。
「『いちゃもん』」
それは明らかに馬鹿にしたような鳴き声を上げ、カイリキーに『いちゃもん』をつける。
カイリキーはそれに怒り狂うが、その催眠は強力だ。
そして、ブニャットが後ろ足を踏み込む。
「『まもる』」と、男がとっさに叫び、カイリキーにもそれがなんとか届き、ガードを固める。
もっと良い指示があったかも知れなかったし、迎撃もできたかも知れない。
だが、とっさに仕掛けられたスピード戦に、ブニャットの方がカイリキーよりも素早いという情報、男は一旦それを受ける用意をする。
だが、その攻撃は直ぐにはこなかった。
まだ後ろ足で地面を踏みしめるブニャットに、男とカイリキーは気づいた。
力をためている、勝負を決める次の手を放つつもりだ。
「来るぞ!」と男が叫び、カイリキーがガードを解いたその瞬間、ブニャットが後ろ足に込めていた力を開放し、カイリキーに飛びかかる。
意外にも、それは一直線であった。
「『マッハパンチ』!」
ブニャットの牙がカイリキーに襲いかかるほんのコンマ数秒前に、カイリキーの拳が不格好にブニャットの胴を捉える。
今度は肉の感触があった、そして、対戦場に響く鈍い音に、観客の悲鳴が上がる。
地面に叩きつけられたブニャットは、なんとかヨロリと立ち上がろうとしたが、一瞬、ガクリと前足を折る。
モーリが声を上げようとしたその時だった。
「ブニャット、戦闘不能!」
少しかすれてはいたが、大きな声だった。
見れば、先程の試合で負けて審判となっていた男子学生が、旗の上げ下げでブニャットの戦闘不能を、カイリキーの勝利を表現している。
観客席はそれにワッと湧いた。
いい勝負であった。ブニャットは相手を翻弄し、カイリキーは最後の一瞬に勝利した。
ブニャットのトレーナーは公立の一年生としてはありえないほどレベルの高い攻防を見せたし、リオーの三年生はさすがの横綱相撲であったように見えるだろう。
リオーの男は、満足げにカイリキーをボールに戻した。
モーリは一瞬だけ審判に視線を向けたが、すぐに首を横に振ってブニャットにボールを向ける。
ブニャットはそれに一瞬顔を背けたが、ボールに入ることは拒絶しなかった。
☆
「すごかったよモーリ君!」
対戦場を後にするモーリに、まずはスズモトがそう叫んだ。
それはとても敗者に対しての声には聞こえず、むしろここまでの快進撃を褒め称え、尊重するトーンである。
尤も、それは間違いないだろう。
全く無名の公立校の一年生が、個人戦で地区ベスト四。そのような地域、どのような競技であったとしても当然のように起こって良いことではない。
「素晴らしかったですわぁ、よくわかりませんがぁ、負けに等しい価値だったと思いますわぁ」
タケダもよく分かってはいないが、とにかくすごいことだとは分かっている。
「うん、こいつのおかげだよ」
モーリはモンスターボールを撫でた。
しかし、それは震えず、何も返してこない。
「すぐに回復してあげないといけないね! ちょっとまっててね、売店でげんきのかけら買ってくるからね」
マネージャーらしく小走りで駆けようとしたスズモトを「ああ、いや」と、モーリが止める。
「確かすごいきずぐすりがあったと思うから、それでいいよ」
「え、そうなの!?」
「うん」
そう言って、機嫌を取るようにボールを撫でたモーリを覗き込みながら、ムラナカは声を出そうとしていた。
なにか、違和感があった。
何かという確信があるわけではないが、違和感が、あった。
だが、結局、彼はそれを口にしなかった。
多分、口にしたところで、自分の住む世界とは違う答えが返ってくるのだろうと、漠然と思っていた。
感想、評価よろしくお願いします
次回は2/4,18:01予定です
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