『蝋塗れの手で』~元ガチ勢の俺が、ぬるま湯バトル部に入った結果、皆と「課題」に向き合うことになった話~ 作:rairaibou(風)
辞めよう、と思っていた。
新学期、モーリはそのような決意を胸にして登校している。
目立ちすぎたのだ。
悪い意味で、目立ちすぎた。
カントーでジム巡りをしていた自分が、部活のポケモンバトルに手を出し、挙げ句、この地で勝ち抜かんとしていた。
わざと負けることなんてできなかった。それは、それだけはトレーナーとしての本能を妨げることができなかった。
それは、避けたいことであった。
だからこそ、この地を第二の人生の始まりと決めたはずだった。
辞めよう、と、彼は強く思っていた。
せめて名前を貸すだけにしようと、彼は校門をまたぐ。
☆
「よおぉ、聞いてるぜ」
長期休暇前と何も変わらない教室の席についた時、笑みを浮かべながらクラスメイトのミマが近づいてきた。
「大会ですげー活躍したらしいじゃん」
「そうでもねえよ、運が良かっただけだ」
「運も実力の内ってよく言うだろ」
「そりゃそうかも知れねえけど」
「この学校の体育会系で名前を上げてんのはボクシング部くらいだからなあ、きっと有名人だぜお前」
「そんなことねえだろ『ポケバト部』だし」
そこまで会話が続いた時、時間よりも何分か早かったが担任の教師が引き戸を必要以上に力強く開いて入ってきた。
彼は「ほーい、さっさと席につけよー」と生徒達を促し、何分か早いじゃないかという抗議の声を右から左に聞き流してから、ざっと教室内を見回して空席がないなという雑にもほどがある出席確認をした後に声を上げる。
「えー、新学期おめでとう。とりあえず全員無事で良かったと思います。これから秋だな、秋といえばあれだな、体育祭とか文化祭とか色々あるし、部活の方もな、三年が引退するから君たちもいつまでもお客さんではなくなるということだな……えー、部活と言うと、先生率いる野球部は一回戦目でリオーにスコンスコンにされました。スコンスコンにされはしましたが三年生達はそれぞれ持っていた目標をしっかりと達成していましたし、そのために努力もしていました。残念ながらね、世の中というのは結果しか見てくれません、ですのでね、そのために頑張っていたことを、自分達だけでも誇りに思っていればね、良いんじゃないかとね、思うんですよ。その後の打ち上げをファミレスでやったんですけどね、先生の財布もスコンスコンにされました。誰か先生の努力も褒めてください。先生でした」
良い話なのかどうなのか良くわからず生徒達は反応に困っていたが、担任は特に気にすること無くパラパラと出席簿を捲った後に「ああ、そうだ」と、声を上げる。
「聞いたぞモーリ、大会では随分活躍したらしいじゃないか。サイトー先生が随分はしゃいでたぞ」
特に批判的なニュアンスがある言葉ではなかった。おそらくそれは彼から見た単純な事実のみを述べているのだろう。
だが、それによってモーリの活躍はポケバト部の動向に詳しくないクラスメイトにも、あるいは同学年の全てに知れ渡ったかも知れなかった。
☆
新学期最初の一日が終わり、生徒達はまたこれが週五回続くのかと絶望に打ちひしがれている。
だが、そんな絶望的な雰囲気を気にすること無く、少し早足に、モーリは部室に向かっていた。
普段の時間よりも少し早めだった。いつもはスズモトが自分を連行するために教室に訪れるが、それよりも早く教室を出た。
そして、早足ならば誰にも声をかけられないだろうと思っていた。休憩時間、学年立場性別に限らず、少し大会について聞かれすぎている。
彼はさっさと部室にて新しい部長であるイイダに辞めることを伝えようと思っていた。そして後は知らぬ存ぜぬを通し、何としても辞める。
理由はなんとでもなる、自信を無くしたとか、少し怖い思いをしたとか、そういうことを並べれば良い。
いつまでもブニャットが懐かないから、とは言いたくなかった。
スズモトは悲しむかも知れないが、背に腹は代えられない。
☆
「おー、うちのエース、ハリキリカリキリだな」
部室のドアを開けば、当然のようにソファーにイイダが鎮座していた。
モーリも考えられる限り最速でここに来たというのに、一体どのようなトリックを使ってここにいるのだろうか。
早速モーリがそれを伝えようとしたその瞬間、彼のモンスターボールから勝手にブニャットが飛び出し、イイダのすぐ横に飛び乗り、しかもまるでイイダの存在が邪魔であるかのように彼に体重をかけるのであった。
いつも通り、イイダはそれに不服そうな表情を見せたが、苦虫を噛み潰したような表情のまま一度、二度腰を浮かせてブニャットに場所を譲る。
「まあまあ、頑張ったしな、お前」
そのままポンポンとブニャットの頭をタッチするように撫でる。
ブニャットは憮然とした表情ながらもそれを受け、ズリズリとソファーが最も沈む中央に移動しながらフスフスと鼻を鳴らした。
イイダの手がそのまま尻尾の付け根付近をタッチするようになっても、ブニャットはそれを受け入れている。
モーリは彼らのそのような様子を眺めながら、一瞬、それに思考を支配される。
最後にブニャットを、あるいはニャルマーを撫でたのはいつだっただろう。
だが、彼はすぐに我に返った。
それは、今ここで考えることではないだろう。
モーリはその言葉を出すために息を吸い込む。
しかし、再びそれは、ドアが勢いよく開かれる音に防がれる。
「ああ、モーリくんがこんなに早く来るのは珍しいね」
柔和な笑顔、ツキシタであった。
「ツキシタさん?」と、モーリは一瞬それに戸惑う。
別にツキシタの存在が気に食わないわけではない。
ただ、すでに夏の大会は終わり、彼は引退のはずだった。本来であれば、この部室に来る必要はないのだ。
だが、彼の後ろからついてきたホージョーと、ソファに座るイイダは、その来訪に欠片も驚いていないようだった。
「ほんじゃ、やりましょうか」と、イイダはソファーから立ち上がった。
「なにかするんですか?」と問うモーリに、ホージョーが答える。
「ああ、これから『追い出し』やるんだよ」
「『追い出し』?」
モーリは首をひねるしかできず。当然、辞めることを告げることもできず。
☆
校庭のすみっこのすみっこ。踏み固められぬがゆえに雑草もちらほら見えるそこに簡素に線を引かれたのみの対戦場。
だが、心做しか惹かれている白線は真新しいように見える。
「『追い出し』?」
新学期初日の部活に顔を出せば、すでにそこにいるモーリと、何故か対戦場で向き合うツキシタとイイダに一通り戸惑った一年生達の代表であるスズモトは、不意にモーリから飛び出したその言葉に、先程のモーリと同じように首をひねった。
「伝統なんだってさ」
二人を眺めるモーリは、ツキシタとホージョーから聞いた言葉をそのまま伝える。
「三年の部長を、後輩たちが徹底的にボコボコにするんだと」
「まあひどい」
「でもまあ、体育会系にありそぉ」
それぞれの反応を返すタケダとムラナカ。
二人共その伝統自体を好意的に解釈しているとは思えなかった。
「何でも、三代目の部長から始まってるんだと」
「ええっと、ツキシタ部長って何代目?」
「五代目」
「全然伝統じゃないじゃん、一昨年からじゃん、というかウチ歴史浅っ」
一通り突っ込み終えた後に、ムラナカがしばらく考えて呟く。
「いやでも、よく去年ツキシタさん勝てたな」
失礼な話だが、一年生達は一様にそれに頷く。
そして、同じことをモーリも思っていた。
「去年はツキシタさん勝てなくて、イイダさんが勝ったらしいよ」
「あぁ、勝ち抜き戦なのか」
「だからイイダさんが負けたら俺らが出ないといけないんだって」
「まあ、大変」
「いや、大丈夫と思うけど」
彼らの呟きをよそに、対戦の準備は整ったようだ。
「いやぁ、ツキシタさん」と、イイダが対戦場の端から声を上げる。
「部長業、お疲れ様でした」
ツキシタも向こう側から「ああ、ありがとう」と返す。
イイダはまた少し続ける。彼なりに言いたいこともあるようだった。
「正直、大変だったと思います。顧問もマネージャーもあんなのだったし、事務的なこともやってましたね。俺は思いましたよ、絶対に部長になんかなるもんじゃないなって」
「おい!」と怒気の混じったホージョーの声を、彼は今回は無視した。
ツキシタはニコニコとそれを聞いている。
「トレーナーとしてはあれですけど、人間として、先輩としてはまじで尊敬してました。今日は正々堂々、戦いましょう」
そう宣言し、彼はボールを投げる。
そして現れたバタフリーに、そこにいる人間が全員想像していた技を叫んだ。
「『ねむりごな』!」
現れたバタフリーは、珍しく気合一杯にそれを敢行しようとした。
だが、それはできない。
イイダはそれに戸惑った。そして、ようやく相手のケーシィに視線を移す。
空中に浮いているケーシィは、目を閉じたまま指をクイクイとバタフリーに向けて『ちょうはつ』していた。
やられた、と、イイダは急いで次の戦略を考える。
対するツキシタは得意げな笑顔だ。
「『エアスラッシュ』!」
「『いばる』」
バタフリーが技を出すよりも先に、再びケーシィの補助技だ。
彼は小馬鹿にするようにバタフリーを指差し、怒りと混乱を誘う。
「しまった!」とイイダは反応したが、バタフリーは『こんらん』しつつもなんとか『エアスラッシュ』を打ち込む。
しかし、それはケーシィをわずかに外した。
あれは『プロジェクト弱者』の動きだ。
あまり強みのないツキシタとケーシィにモーリが授けた戦術、運否天賦に身を任せはするが、実力が上の相手を食うこともできる戦術だ。
彼らは真面目にそれを練習していた、だが、ついに大会でそれを披露することはできなかった。
しかし彼らは、それを忘れてはいなかったのだろう。
モーリは、わずかに感動を覚えた。
残念ながら、ツキシタとケーシィにバトルの才能は悲しいほどに無く、その覚えも早くはなかった。
だがついに、非常に限定的ではあるが、それなりの動きというものができているのである。
「『サイコキネシス』!」
先手を取ったケーシィが、頭を抱え、念動力で飛行のおぼつかないバタフリーを攻撃する。
それは直撃した。
バタフリーの羽ばたきが弱くなり、わずかに地面に近づく。
だが、既のところで踏ん張っている。
「『エアスラッシュ』!」
なんとか力を振り絞り、『こんらん』しながらもバタフリーがそれを放つ。
それは強かにケーシィを打ち付け、それを吹き飛ばす。
「あ」と、モーリは思わず声を漏らした。
「『サイコキネシス』!」と、ツキシタは指示を出すが、ケーシィは地面に倒れたままで、その指示は届かない。
ツキシタとイイダがワンテンポの遅れに違和感を覚え、その先を考えるよりも先に、モーリが対戦場に踏み込みながら声を上げる。
「戦闘不能、ケーシィ戦闘不能です」
彼はそれなりのトレーナーだ、見間違いではないだろう。
「ああ、そうか」と、ツキシタは天を仰いだ。
「『きゅうしょ』に当たったんだね」
一瞬だけ、一瞬だけ唇を噛んで、彼は目線を相棒に向け、小走りで駆けていく。
それを後ろから眺めていたホージョーが、一度だけ目尻を指で拭った。
☆
「みんな、ありがとう」
ケーシィはすでに回復し、ツキシタの足元に浮遊している。
「もう、心残りはないよ」
「なんか、すみません、運良く勝っちゃって」
イイダはバツが悪そうだった。
無理もない、戦略的に上回っていたのはツキシタであった。彼は偶然に重なる偶然で勝利を得たのみ。
「いや、あれで良いんだ」と、ツキシタは微笑む。
「多分、去年の君であれば『ねむりごな』が打てなかった時点で諦めていたんじゃないかと思う。幸運にも、一年生は粒ぞろいだしね」
その言葉に、イイダは背筋を伸ばした。
確かに、ツキシタの言うとおりであった。去年の自分であれば、自分の思うことができなかった時すでにやる気を無くしていただろう。
それでも体が動いたのは、この場を汚したくないとか、恥をかきたくないとか、あるいはツキシタへの尊敬からだろうか。
「部長として、君が残ってくれてよかったと思う。本当だよ」
その言葉に俯いたイイダの肩を叩いて、彼は一年生たちの方を見た。
「君達には、感謝してもしきれないよ」
彼は頷いて続ける。
「恥ずかしながら、僕はバトルというものを殆ど知らなかったらしい。それが、どういう形であれモノになったのは君達のおかげだ。特にモーリくんには世話になったね」
「いえ」と、一言だけモーリが答えた。そして、しばらく考えてから、続ける。
「今日のバトルは、良かったです」
「少しは君に近づけたかな?」
「今年の、四月よりかは」
「ふふ、そうだね」
今度はムラナカの方を見あげる。
「ムラナカくんにも練習に付き合ってもらったね。美術部と兼部で大変だろうに」
「いや、大丈夫ですよ、全然」
「そうかい。一年生に君とモーリくんがいるのはこの部にとって幸運なことだよ」
今度はタケダ。
「タケダさんも、あんなに強いポケモンが懐いていることはすごいことだよ、もっということを聞くようになれば、きっとすごいトレーナーになれると思う」
「はいぃ、ありがとうございます」
最後に、彼はスズモトを見やる。
「スズモトさん、君が部室に来てくれた時、僕達は本当に嬉しかった。結局、フルメンバーで団体戦に出させてくれたし、夢のようだったよ。マネージャーとしてのことはホージョーが大体教えたと思うけど、なにか困ったことがあったら何でも言ってね」
「ツキシタさん……」
感極まりそうになっているスズモトの肩をタケダが抱く。
「ツキシタさんは、今後どうするんです?」
不意に、イイダがそう問うた。
ツキシタは「ああ」と、それに答える。
「今日からは必死に受験勉強さ。ホージョーと一緒にね」
「やっぱりそうなんですね」
やっぱりと言うイイダの言葉から、それがなんとなく知られていたことなのだと一年生たちも知る。
「推薦もあるでしょうに」
「ははは、まあそうだけどね、どうせなら挑戦したいじゃないか」
一年生たちを置き去りにしないように、イイダが彼らに呟く。
「ツキシタさんな、ヤマブキ大学を志望してるんだ」
「ええ!」と一同驚く。ヤマブキ大学といえば、タマムシ大学と並ぶ最高学府であり、平均的な学生であれば目指すことも不可能な山であった。
「無謀な挑戦ってわけじゃないんだぜぇ」と、何故か誇らしげにホージョーがツキシタの肩を抱いた。
「というより、ポケバト部に入ったことが無謀なんだよ。あたしは大反対したんだ。見ての通り、血の気の多いタイプじゃないからな」
「いやあ、でも、楽しかったよ」
「まあとにかく、これからは勉強だ。あんたも、あたしも」
ホージョーの言葉に、スズモトが問う。
「ホージョー先輩もどこか目指すんですか?」
「ああ? いやあたしは良い大学は諦めてんだ。ここだって進級がやっとだったしな」
「一生懸命勉強してたのにね」
「まあこれは向き不向きさ。ただ、こいつのヒモになるのも気に入らねえからな、あたしはジョーイ補助の専門学校に行く」
それは、悪くない選択肢だろう。
「じゃあ、早速勉強開始さ、帰るぞツキシタ」
「ああ、それじゃあ、ありがとね。新人戦、楽しみにしてるよ」
首元を掴まれその場を後にしようとするツキシタに、モーリは「あのっ、先輩!」と、思わず一歩踏み出して、声を上げた。
それは、必要のない質問かもしれなかった。失礼な質問かもしれなかった。
だが、どうしてもそれを問うてみたかった、モーリの知る限り、ツキシタという男は、彼の理の、あまりにも外にいる人間だったから。
「先輩は、なんでバトルをしようと思ったんですか?」
わからなかった。
欠片ほどの才能もなく。
咄嗟の判断に弱く。
それでいて、頭脳は明晰だった。この地域この世界で、明らかにバトル以外の何かで自己を満たせる人間のように思えた。
故に、彼がなぜバトルをするのかわからなかった。
故に、そう問うた。
その質問は、ツキシタにとって予想外のものだっただろうか。
否、そうではなかった。
モーリと同じようなことを彼に問う人間はいくらでもいた、そして、自分ですらそれについて考えたこともある。
だからこそ、彼ははっきりとした言葉でそれに答えることができた。
彼は、ケーシィの手を引きながら答える。
「子供の頃から一緒にいる相棒と、何かをしたかったからさ」
☆
モーリは、部室の扉を開いた。
練習のため、ブニャットを連れてくる必要があったからだ。
見れば、先ほどと全く同じ場所で、ブニャットはまどろんでいる。
「いくぞ」と、彼は冷たく言おうとした。
それだけで十分なはずだった。
ブニャットはモーリの言うことを聞く。指示をすれば、着いてくるだろう。
だが、一つ、引っかかることがあった。
モーリは一歩、二歩、ブニャットに歩み寄ると、なるべく刺激にならないようにゆっくりとソファーに腰を下ろす。
ソファの沈みを感じたのだろう。ブニャットは迷惑げに目を開け、じろりと彼を睨む。
敵意は無い、無いはずだ。
モーリは手を伸ばし、ブニャットの頭をそろりと撫でる。
それは拒絶はされなかった。
よかった、と、思った。
もし、拒絶でもされたらどうしようかと、恐ろしかった。
一つ、謝罪の言葉でも告げればいいだろうか。
否、それはできなかった。それはあまりにも、ブニャットに謝罪をすることは、あまりにも利己的すぎると思った。
「ああ」と、モーリはもう少しだけブニャットを撫でながら呟く。
「辞めるタイミング見失ったなぁ」
感想、評価よろしくお願いします。
次回は2/8,18:01を予定しています
投稿頻度はどの程度がいいですか?
-
これまで通り二日に一回
-
毎日投稿
-
週一