▼体術はともかく五車の術は忍者時代に会得してそう、口が回るし
▼書いてて思ったけど百暗の敬語、凄い違和感ある 当時忍んでたなら敬語使ってたと思うんだけど
pixivより転載
その日、忍術学園に来訪者があった。
入門票にきちんと名を記して行った彼は、学園長室にてここに辿り着いた経緯を話していた。
「サルノコシカケ城にて勤めていた忍でございます」
「ほう、それがなぜここに」
「それが……お仕えしていたお城の姫君が、私に思いを寄せて来まして……その行状もただ事ではなく、『結婚してくれないなら死んでやる』と言われまして……それで慌てて逃げて来たのです」
「それはなんとまぁ……いい男というのは苦労するのう。わしも昔そうじゃったからわかる」
「はぁ」
頭を下げたまま、彼は曖昧に頷いてから言う。
「それで、城勤めの中に忍術学園の出身だと言う者がおりまして。その助けを得てこちらまで参った次第で」
「なるほど。雇って欲しい。ついでに匿って欲しいと」
「……申し訳ない」
「まぁよかろう。それでサルノコシカケにいたのは何という者だ」
「●●●●です」
「なるほど、彼の紹介か。憶えて置こう。――さて、改めて訊こう。おぬしの名は?」
名を問われた彼は、顔を上げた。
「百暗桃弓木と申します」
彼の腰には、カンテラが下げられていた。
「百暗せんせー!」
「はいはいなんだガキども」
子どもたちの賑やかな声が広まる、忍術学園の昼休み。食堂にて昼食を食べ終えた教師――百暗に生徒たちが集る。生徒たちは目を輝かせて百暗を見上げる。
「せんせー、弓射って!」
「またやって!」
「授業でやってみせただろー」
「見たい! 見たい!!」
百暗が歩を進めようとしても、生徒たちは縋って来る。それで百暗は頭巾越しに頭を掻いた。
「あーもう……仕方ねぇな」
「やったー!」
百暗は生徒たちの前で、長弓を持つ。1度に五本の矢を番うと、射を放つ。
1本。命中。2本。命中。3本。命中――
百暗の弓は、ただ1度も逸らすことなく全て矢を的中させた。
わっと生徒たちが騒ぎ出す。
「やっぱすごい! 百暗せんせーの弓すごい! どうやってんのかわからないぐらいすごい!」
「お城勤めだったんですよね? やっぱり弓使いました?」
「まぁ短弓の方なら使ったな」
「かっこいー!」
「ほらほら、午後の授業はじまるぞ。そろそろ戻れ」
「はーい」
生徒たちを追い払って、完全に彼らが教室へ戻って行ったのを見計らってから百暗は的を片付けに行った。
(こんなことでも、食べていけるもんだな)
「百暗先生」
「なんですか」
「……ここの先生は驚いてくれませんねぇ」
塀の上から降りて来た曲者に、百暗は振り向きもしない。
気配でわかる。――数多の戦場を駆け、数多の陰りを背負っている男だ。
タソガレドキ忍軍の組頭、雑渡昆奈門である。
一応礼儀を守って、的や弓を抱えたまま振り返る。背の高い方の百暗より大柄な男だ。そんな彼を、百暗は胡乱そうに見上げる。
「何の用ですか」
「んーん、ヘッドハンティング?」
「……またですか」
百暗は眉を顰める。
この男はいつもこうだ。忍たまたちを愛でていたかと思うと、教師をスカウトしにくる。特に土井などは頻繁だ。そして、割とつい最近来た百暗にも目をつけて来た。
百暗は言う。もう何度も繰り返して言ったことだ。
「俺はここに身を隠すためにいるんですよ。まだ向こうからは捜されているかも知れない」
「うちでも匿えますよ」
「俺の腕を買いたいってことは前線に出すつもりでしょう。そこで見つかりたくないもので」
「あなたの五車の術は大したものだから私と一緒に交渉の場に出るのでもいいんですよ?」
「口が達者なのは生まれつきなもので、五車の術というほどのものじゃないですよ。いいから帰った帰った! 忍軍組頭ってのはホイホイここに来ていいほど暇じゃないでしょう!」
「えーひどーい」
まだ物を持っているので口だけで追い払う。雑渡はわざとらしく傷ついた顔をしてみせたが――
「……そのカンテラ、また灯が貯まりましたね」
「――」
「あなたが時折夜に戦場跡に行くことは報告に上がっていますよ。ふらふらと彷徨うようにカンテラを翳して歩いているというのも」
「……」
「まるで死者の鬼火を集めているようだ、という所感も付け加えられていましたね。まさか本当にそうなんですか?」
百暗は、けろりと言った。
「夜道の散歩が趣味なだけですよ。カンテラは翳さないと夜道が見えないでしょう」
「……どこまでも口を閉ざす気ですね」
雑渡は腕を組んで嘆息した。
「まぁいいさ。いずれ必ずウチに来てもらうだけですし」
「だから行きませんって」
「それじゃ保健委員さんに会ってから帰りますねー」
そう言って雑渡は立ち去る。今度こそ百暗は、抱えていた物を用具室に返しに行った。
「なんてこともあったなぁ」
時は流れて21世紀。
百暗は姿を変えて今もこうして生きている。忍者だったのは遠い昔のことだ。
幽霊騒動があり、最終的に鬼火をもらった百暗が「良い収穫だった」とほくほくしながら、ふと思い出したことを真木と八重子に語ったのだった。今回遭遇したのは室町時代の骨董品が関わっていたので。
2人は目を剥いて驚く。
「忍者だったんですか!?」
「すげー! 手裏剣とか投げられる!?」
「テンプレな反応すんなぁ。手裏剣とかはもう無理だな、その忍術学園で老人になるまで生きたあと死んだふりして外に出たからそのときには色々衰えてたからな。あ、五車の術だけはその後の人生でも大いに活きたけどな」
「五車の術って?」
「要は口車に乗せる術だ」
「あー、なるほど。すっごいなるほど」
雑踏の中を分け入って、3人は会話する。まだ宵の口なので丁度帰宅ラッシュに遭遇したようだ。
「今思うと衣食住の保証をされてて賃金ももらえて世俗からは匿ってもらえる最高の職場だったな」
「確かにそれはお前にとってはな」
「たださっきも言った通り、タソガレドキってところの忍軍の組頭にちょっかいかけられてな~。『君、只者じゃないでしょ』って。そのときは忍者だったから『そりゃ忍者だから』って答えたら納得いかない顔してたけど」
「その人、百暗さんの本質見抜いてたんじゃ?」
「かも知れねぇな……あれだけ鬼火纏わりつかせて平然としていた男だったし――」
百暗が笑いながら頭の後ろで手を組もうとしたときだった。
その手を、掴む人間がいた。
「へっ?」
「……百暗先生?」
聞き覚えのある声。百暗は猛烈な嫌な予感を覚えつつ、そっとそちらを見た。
――以前のそれよりはましだが、火傷の痕跡が見られる顔。左目には眼帯。そして大柄な――
「百暗先生ですよね」
まさしく、雑渡昆奈門そのものだった。そして向こうがこちらの名と姿を認めている。それはつまり。
百暗は咄嗟に腕を振り払った。そして駆け出す。
「真木! 八重ちゃん! ずらかるぞ!!」
「えっえっ!?」
「どうした百暗!?」
「やっぱり百暗先生なんじゃん! 伊作くん、追うよ!」
「は、はいっ!? え、百暗先生!?」
百暗は走った。それはもう全力で。
「生まれ変わりは一々会ってたらその都度縁ができて厄介なことになるんだよ!!」
「百暗先生待ってー!! あいたっ」
「その声は伊作だな! 伊作は相変わらずの不運だな!!」
――その日、東京郊外で男たちの追いかけっこが見られた。あまりに必死の形相だったので一時警察沙汰にもなりかけたほどだった……。
「なんで逃げたんですか百暗先生」
「そうですよ! 先生も生まれ変わったんでしょ!」
「あーいやそのだな」
「(厄介なことになってることだけはわかった)」
「(私も……)」
了