髪色や佇まい、そして何より神々しさすら感じるその力。全てが俺の知っている姉貴と違う。違うはずなのに…地面に伏したまま胸の辺りを強く掴む。
(なんでこんなにも懐かしく思うんだ…!)
何度か咳き込みながら手をついて立ち上がる。相変わらず激しい眩暈がしているけれど、ここを逃せば姉貴に再び会う事はないかもしれない。そう思うと足が先へと一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
「姉貴!姉さん!」
俺は声を張り上げる。煙で焼けた喉のせいで、また激しく咳き込んだ。
それでも再び顔を上げて立ったまま手を合わせ拝む人の肩を押し退け、さらに進む。姉貴の周りでは地面に座り頭を下げて拝む人までいる始末だ。
(一体どうなってんだ)
異様な光景だった。
先程まで慌てふためき、パニックになっていた人々が穏やかな顔で姉貴を見上げている。どこか人らしくない、死の恐怖すら克服したような光景。不気味だ。
「あの、
見上げると確かに顔は俺の知っている姉貴に見える。記憶よりさらに大人びているけれど、それでも見間違うはずが無い。十年以上共に過ごした家族だ。
そう思うほどに俺の声に反応しない姉貴に焦りが湧いてくる。
「あの!」
もう一度呼びかけようとした時だった。姉貴が顔を動かして俺の方を見下ろす。俺は思わず息を呑んだ。輝く瞳、とろけるように靡く金色の髪、手に持った剣すら緑色にぼんやりと光っている。やがて体が震え出し目を逸らす。
別の次元にいるように思えた。もうこの人とは対等じゃないと心のどこかで悟ってしまう。
まるで…
(人じゃないみたいだ)
手を強く握り奥歯を噛みしめる。もう一度、呼びかける為、顔を上げようとした時だった。
「え!?先輩!」
背後から声が聞こえる。
俺をそう呼ぶ人は一人しかいない。どうしてこんな所で、という疑問はありつつ振り返ると…
「え」
真っ白な巫女服に少し短めの黒い袴、長い髪を白いレースに包んだ
よく見れば口元がいつもより鮮やかに赤く、目元も輝いている。仕事用の化粧をしているのかもしれない。
「初めて見たよ。その服。バイト?」
駆け寄ってきたアマツカは「いえ」と首を横に振る。
「手伝いで、たまにしてるんです」
「そっか、似合ってる」
アマツカはおずおずと「ありがとうございます」とお礼を口にする。どこか肩を狭め小さくなっているように見える。
「怒ってます?教会の手伝いをしてたこと」
「え?いや?」
俺は首を傾げる。何を怒る事があるのだろうか。
アマツカは「そうですか。良かった」と表情を和らげ息を吐く。やっと肩の力を抜いたように見えた。
「先輩、教会嫌いですから」
「まぁ嫌いっていうか、苦手だな」
俺は苦笑いを浮かべ頬を掻く。
どうしても頼らなくては生きていけない所とか、教会によって振り回される所とか、支配されているような気がしてならない。そう言う不自由さや、それを当たり前のように受け入れる人々との感覚のズレが苦手だ。
その時、突然、後ろから金属の凹む音がした。
振り返ると姉貴と思わしき人物が再び空を駆けていく。揺れて光る髪が夜空に登る流星のように見えた。
「あ」
「
アマツカが不思議そうな表情で首を傾げながら俺を見ている。
「あれ、多分、俺の姉貴なんだ。アマツカも見た事あるだろ?」
「え。あれがアメノさんですか!?」
俺の顔と姉貴が飛んで行った方向を交互に見ながら言う。
「おそらくね」
そう言った後、思わずため息が出てしまう。他人の空似ではないと思いたい。ただ色々と不思議な事が多いのも事実としてある。結論、分からない。
「あれ、ちょうどいいやん!そこの君!えーとカネイトくんやろ?」
こちらに駆け寄ってくる黒いフードの男性が俺の名前を呼んでいた。背中に長い槍を背負っている。
「これからよろしく!一応君のチームリーダーを務めてる
男性はフードを外し歯を見せて笑う。アリさんと言うらしい。少し長めの茶髪を短くうなじのあたりで縛り前の方へと垂らしている。三白眼の鋭い目。それと対照的に笑うと頬に笑窪が出来る。
「…キドウさん。そもそもなんの話ですか。チームリーダーというのもよくわかってないのですが」
「あれ?聞いとらんの?君、今日からうちの異端審問部隊に入ることになってん」
「え」
異端審問部隊。教会管轄下の治安維持の為に作られた武装組織。それくらいしか知らないが危険な仕事なのは分かる。人々と衝突した際は最前線で武力行使をしているのを見た事もある。後はそれぞれが武器の携帯を許可されていること位だ。
「そんな暗い顔すんなって。危ない仕事やけど給料はいいよぉ。必要やろ?な?」
アリさんが潰れたような下手くそなウインクをしながら親指を立てる。
その口ぶりから俺がどうしてこうなったか知っているのだろう。勝手に家の内情を知られているのはあまりいい気分ではない。
「キドウさんって事は第十席ですか?」
「おっ、せや。良かったな、お友達と管轄一緒やで。ラッキーやな」
アマツカとアリさんはどうやら知り合いらしく気軽に会話している。
ここでふと、友達という言い方から夕方に出会った人物を思い出す。どうやら同じ人のようだ。
「せや。アマツカちゃんが良いなら教会の異端審問官の寮やらを案内したってや。仕事の事は俺が手続きの書類やらを後で持って行くから」
「寮」
そんなものがあるのか。
これから家を離れ寮生活。何もない俺にとってはありがたい話ではある。
「えー、特別ですよ」
任されたアマツカにとってはただの残業だ。
俺は「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「ふん!いいでしょう!全部完璧に私が教えてあげましょう」
「いいぞ!その息や!」
そんな相槌と共に俺たちは教会の異端審問官寮へと向かった。