寮の外に出ると中央の建物の電気は消えていた。ちょうど中から職員らしき人たちが出てきている。結構遅い時間なのに今から帰宅のようだ。
「寒いー」
隣でアマツカの嘆く声が聞こえてくる。確かに春の夜はまだ少し肌寒い。体に冷気が沁みて俺は腕を摩る。隣を見ると体を縮こませ少し小さくなったアマツカがいる。今の白黒巫女服はいつもの制服のスカートよりも長いけれど、その分少し生地が薄そうでこちらの方が寒そうだ。
「そういえばその服装、なんで下が黒なんだ?」
普通、巫女の服装といえば下の袴は朱色、紫、浅葱色などじゃ無いのだろうか。黒はあまり見たことがない。
「さぁ?そういう制服ですからね。でも、仕事上あまり縁起のいい所に行かないからじゃないですか?」
俺は「確かに」と頷く。あんな事件現場に向かう時にお祝い事の色を使っているのもおかしいか。
「寒。さっさと帰ろう」
また腕を摩り門を抜ける。
「はい。先輩の家、後ろになりましたけどね」
アマツカは小さく笑っている。
俺は「そういえばそうだった」と寮の方を振り返った。まだ慣れていないせいか、あそこに住んでいるという実感は湧かない。帰ると言われれば思い浮かべるのはやはりあのマンションだ。
「あー寒い!」
そう声を上げて俺の腕に抱きついてくる。
俺のことを心配したり叱ったりするアマツカだが、こういう所は昔からあまり変わっていない。俺も俺で多少過保護かもな、と思ったりもするけれどアマツカは昔から少し危ない所があり、この位の距離感が今まで続いている。
(お互い幼馴染離れができてないな)
親離れは人より早かったのに、なんて考えつつ帰路を歩いていく。
ふと、暖かい飲み物でもあれば多少マシにはなるかも、と思いついた。
「途中、どっかコンビニでも寄る?」
「いえ、それよりも先輩の方が急がないとまずいと思います。あの門十二時に閉まっちゃうので」
「そうなのか」
おそらく時間は十一時過ぎ。確かにここからマンションに行って戻る事までを考えるとゆっくりと飲み物を選んでいる暇はないかもしれない。
「あーあ、私も一人暮らししようかな」
わかりやすく俺を意識しているその言葉に俺は少し笑いながら「どうした突然」と聞いてみる。
「だって、突然十年以上徒歩三十秒だった幼馴染が徒歩三十分になっちゃったんですよ?」
「寂しいんだ」
揶揄う俺にムッとした顔で見上げ「そんなわけないじゃ無いですか」と口を尖らせる。
「先輩の方こそ寂しいんじゃ無いですか?今日の夜ちゃんと眠れます?」
「いやーどうだろう。眠れないかもな」
俺としては結構、適当に答えた言葉だったがアマツカは少し戸惑った様子を見せ「帰ったら通話でも繋ぎます?」と見上げくる眉は垂れていて思わず抱きしめたくなる愛らしさがあった。
それをグッと抑え「大丈夫、ありがとう」と言ってしまう。ここで「うん。寂しいから繋ごう」と言えるやつがどれほどいるだろうか。それに言える人を羨ましいとは思うけれどそうなりたいとは俺は思えない。
そもそも俺はアマツカに頼りすぎで、少しずつでも恩を返していくべきだ。
「あっ」
突然アマツカの足が止まる。俺も立ち止まり前の方へ何気なく目をやった。
そこは夕方の襲撃にあった場所でどうやら戻ってきてしまったようだ。ちょうど寮とマンションの間にある。作業員の方達が焼けた車を撤去するため眩いほどの照明の中で仕事をしていた。こう改めてみるとかなり広い範囲で被害が出ている。傷ついた車はここから見ただけでも相当数あり焼けた民家や崩れたブロック塀の事まで考えるとネズミ一匹にしてはやりすぎだ。
(これから、こんな奴らを相手にしていくのか俺は)
周りを囲った柵に手をつき作業を眺める。
真正面からネズミに突かれた衝撃を思い出し腕を撫でた。腕が折れなかっただけでも幸運で、あそこで死んでいてもおかしくなかった。
(…倒すなんて無理だろ)
あれを倒すためには銃火器の類でようやくだろう。もちろん俺はそんな物使えない。それに異端審問官の武器は槍や剣が主で犠牲無く倒せる気がしない。
(真っ先に死ぬのは俺だろうな)
思わずため息が出ていた。
「三名死亡、十二名が重軽傷、そのうち一名が未だ意識不明の重体らしいです」
アマツカがスマホを見ながら呟いた。
もうネットにこの事件の記事でも出たのだろう。
「ちょうど帰宅中の学生も巻き込まれたらしいです。別の学校ですけど」
「その子は大丈夫なのか」
「おそらく。意識不明の重体の方では無いみたいです」
そう言ってアマツカはスマホをしまう。
俺が「そっか」と頷いた時だ。
赤く光る棒を振っていた作業員が車を吊り上げ動いているクレーンの近くで瓦礫に足を掬われ後ろに転けた。
「あっ」
アマツカが柵を超えて飛び出す。
周りで立っていた人も転んだ人を見ていたのか、アマツカを止めるのが一歩遅れ、掴もうと伸ばした手が宙を切って倒れる。
「アマツカ!」
なんとかクレーンの近くに着く前にアマツカの服に手が届く。
後ろから引っ張り二人とも後ろへ尻餅をついて倒れ込んだ。
「あの人は!?」
すぐにアマツカが叫ぶような声を上げながら起き上がる。
幸い先ほどの作業員は後ろに転けただけのようで、特に接触事故などには繋がっていない。もう既に立ち上がっていて現場監督らしき人から頭を叩かれ怒られていた。
それを見たアマツカはゆっくりと息を吐き出し地面に手をつき項垂れながら「良かった」と呟いた。
「危ないよ君たち!」
作業員の人たちが俺たちの方へ駆け寄ってくる。
「「すいませんでした!!」」
俺たちは急いで立ち上がり頭を下げる。
「人間と違ってクレーンの方は滅多なことがない限り大丈夫だから、絶対近づかないで!危ないから!」
「はい、すいません」
それで俺たちは先の外へと出された。このくらいで説教が終わったのも先ほどの人を助けようとしての行動なのを理解してくれたからだろう。
「先輩もすいませんでした」
少し落ち込んで様子でアマツカは俺に頭を下げる。
「気にすんなって」
それからマンションまでアマツカは終始項垂れたまま無言だった。必要ないとは思うが一人で反省しているようだ。
「着いたぞ」
声をかけるとアマツカが数分ぶりに顔を上げた。それから「ありがとうございました」と軽く礼をする。
「先輩はここから寮の方へまた帰るんですよね」
「そうなるね」
見上げた七階、ここからだと自宅の部屋は見えない。部屋の灯りはちゃんとつけているのだろうか。
「なんか不思議な感じです。マンションの前で先輩と別れるって、先輩は別の場所でこれから寝るって」
不思議な感じ、といいつつアマツカの表情には分かりやすく心情が透けている。
俺はゆっくりアマツカの顔へ手を伸ばす。
「アマツカ」
頬を横に摘んで引っ張った。
「うー!」と伸びた頬の隙間から声が漏れる。
「何するんですか!」
「寂しそうにしてたから」
「寂しいですよ、そりゃあ!ほんの数時間前まですぐそこにいたのに!どっか行っちゃうなんて!」
馬鹿馬鹿、と言いながら拳で胸を叩いてくる。力は入ってないので痛くは無かった。どちらかといえば心地の良いリズムだ。
「泊まりに来ればいいよ。その頃には多少家具を揃えとくからさ」
「そうします」
不機嫌そうにそう言って勢いよくエントランスの方へと歩いて行く。
途中で振り返り手をあげ「おやすみなさい!」と手を振った。
「おやすみー」
俺は閉じた扉の先でアマツカが見えなくなってから駆け出した。
時間も気がかりだったが、それ以上にあの扉が閉まるのをゆっくり見るのが初めての事で心が苦しくなった。もうあそこへ入れないのだと頭で知っていてもようやく本当の意味で今、理解する。
走って、走って、走って。
なんとか門の閉まる前に辿り着き部屋へと戻ってくる。大浴場は朝も空いているらしいので一旦、寝よう。
「ほんとこれからどうするんだろう俺」
今日何度目かわからないそんな言葉を呟き俺は今日を終える。