夕飯を食い終えた頃には日も暮れて、俺もカリヌシも地面に転がった。
俺は毛皮があるからそのままでもなんの問題ない。
カリヌシは薄っぺらい毛布みたいなのを被ってる。
ニンゲンは毛が生えてないから大変よね。服着なきゃいけないし。
でもまあ、そんなに寒いわけじゃないから風邪ひくこともないだろ。
空がきれい。雲一つない。
真っ暗な空に月が一つ、ぽかんと浮いている。周囲には星がたくさん。
新月の日にはさぞかし星空がきれいなんだろうなあ。
焚き火はもう消えているが、月が明るいから言うほど周辺は暗くない。
……これは俺が虎の目を持っているからなんだろうか。ニンゲンから見ると真っ暗闇なのかな?
月明りでうっすらと見えるカリヌシが、ごろりと寝返りを一つ打った。
俺はそっちを向く。
「……あ」
起きちゃった? いや、ただの寝言だ。夢でも見てるのかな?
「う……ん……」
……なんかうなされてるっぽいな。
俺は起き上がってカリヌシの顔を覗き込む。
眉根を寄せて、苦しそうにしている。
「がう……」
ひとまず声をかけてみた。反応はない。
起こしてやった方がいいんだろうか。
「う……うう……」
「……がうう」
「う、うう……あ、ああ……ライラ……」
……ライラ? 聞いたことのない……多分、名前? が彼の口から出てきた。
「がう、うがうう」
「うう……ああ……」
うなされ続けるカリヌシ。
俺は、彼の体に前足をかけて揺さぶってみた。
すると彼は薄く目を開いた。
「……あ」
「がう」
俺は彼の頬を軽く叩く。
「がうがう」
「ん……ああ……」
彼はゆっくりと身を起こして、そして俺にぺちぺちされた自分の頬に触れた。
「……おれ、うなされてたか?」
「がう」
「そうか……悪い。起こしてくれたんだな」
寝起きで少しうつろだった彼の目に生気が戻る。
「なに、心配はいらんよ。ちょっと、やな夢を見ちまっただけだ」
「がう」
別に心配はしてないよ。
ただちょっとだけ、そうだな、ライラってのが何なのかだけは気になるけど。
と言っても、尋ねることもできないんだけどさ。そのうち分かるかな。
夜明けごろ。
顔をぺちっと叩かれて俺は目覚めた。
「ほれほれ起きろ。朝飯だぞ」
俺が眠っている間に、再び火を起こしてくれていたらしい。
薪を割った細い木を組み合わせて簡易的なかまどみたいなのを作り、そこで小さな鍋のようなものを火にかけている。
それを火からおろし、ふたを開ける。
中はお肉ゴロゴロのシチュー! 夢にまで見たホワイトシチュー!
「ルゥさえあれば簡単に作れるからカレーだのシチューだのってのぁいいよな。ほれ、黒パンもあるぞ」
紙皿にあぶった黒パンを置いて、その上にシチューをかけてくれた。
うンめええええええええ!!
シチューには肉の他にもイモやニンジンみたいなのもごろりと入ってて、食いごたえがある。
パンがちょっとパサついてるのだけが残念だけど、そんなものシチューをかければどうとでもなる!
「がうう! がうう!」
「ひゃははは、そうかそうか。美味いか」
お肉は鶏肉っぽいな。でもちょっと違う感じもするな。
何だろ? ま、うまけりゃなんでもいいや!
俺はカリヌシに追加のシチューをよそってもらい、それもぺろりと平らげた。
寝起きにうまいもん食って、もうなんだかフルに満足した感があるんだが。
そういうわけにもいかない。俺は修行中の身だ。
「よし、修行の続きやっか。……どこまでやったっけか?」
発以外の四大行! あと凝はできるよ。
言葉で伝えることはできないので、カリヌシの目の前で纏、練、絶、そして凝をくるくると見せる。
「よっしゃ、じゃあ次は円でもやるかな。……よっと」
ん? なんか今、変な気配を感じた。カリヌシのオーラ?
彼の足元から広がって、俺を通り過ぎてどこかへ消えて行った。
「円はまあ簡単っちゃ簡単だ。自分の周りにあるオーラを薄く薄く平ぺったく広げて、周囲の状態を探る手段だな。イメージとしては地面に沿わせてオーラを伸ばしていくような感じだ」
よーわからん。
オーラを広げるってのは練とは違うのか?
自分の周りじゃなくて地面に広げる……?
眉間にしわを寄せてうんうん唸っていると、突然カリヌシは水筒の水を俺の頭から全部ぶっかけやがった! てめぇ何てことしやがる!
「今、お前さんの頭に水をかけた。その水はどう動く? お前さんの体を伝って地面に落ち、それからどうなる?」
言われて俺は地面を見る。
あふれた水は地面に吸い込まれ、吸いきれなかった水は水たまりとなってじわじわと俺の周囲に広がっていく。
なるほど、そういうことか。
「ほれ、わかったら実践だ。オーラを地面に薄く広げてみ」
一旦オーラを足へと集中させ、それから少しずつ広げていく。
これでいいのかな。でもあんまり広げらんないな。半径……五十センチくらい?
「上等上等。最初ならそんなもんだ。これもまた練と同じように、修行してオーラの量を増やせば広げることができる。次は円を維持した状態でその辺駆け回ってみろ」
動くとオーラはひっこんだ。
もっかい出して、一歩を踏み出す。
よし、大丈夫。二歩、三歩。問題ない。
四歩目でまたオーラが霧散してしまった。
「いい調子だ、何度もそれを繰り返すんだな、そのうち慣れる」
オーラを出す。広げる。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩。
ぴょんと飛んでみる。ちょっとだけ走ってみる。
状況によって円のサイズが多少変わりはするものの、なんとか走り回れるまでになった。
あとはひたすらオーラの量を増やすってやつだろう。
練から堅、オーラを絞り尽くしてバタンキュー。
倒れるたびに顔に水をかけられて何とか起き上がる。
それを何度も何度も繰り返す。
日が高くなる。まだ繰り返す。日が暮れる。繰り返す。
カリヌシが再び火を起こす。それを尻目に繰り返す。
「ほれ、食え」
今日の鍋の中身は野菜たっぷりの雑炊。
この野菜、どこから持ってきたんだ?
……と思ってたら、追加で鍋にザラザラと何か粒の大きな粉のようなのをぶっ込んでいた。
袋の中身を覗き見る。
乾燥させたいろんな種類の野菜くずのようなもの。それがたくさん入っている。
なるほど、乾燥させてれば大量に持ち運びできるもんな、軽いし。
米も乾燥させた
水は近くに川が流れているらしい。何度かカリヌシが水筒に汲みに行っているのを見た。
木の器に盛られた雑炊をぺろりと舐める。……肉っ気はないけど、それなりにうめえ。
「肉食いたけりゃ自分で獲ってきな。おれはお前さんの食いもんの面倒まで見る気はねぇぞ」
そう言いながらも雑炊は食わせてくれるあたり、ツンデレだなコイツ。
まあ俺は肉食獣なので肉も食ったほうがいいのかもしんない。
ネズミを一匹とってきて焼いて食っといた。
絶を使うと獲物捕まえるのも楽だな、気づかれにくい。
それから寝るまでの数時間。またしても練と堅の特訓だ。がるるるる。
オーラの消費にも体が慣れてきたっぽい。
最初は即ぶっ倒れたけど、今はちょっぴり疲れにくくなっている。
と言っても三分でぶっ倒れるんだけどな、相変わらず。
一朝一夕で身につくようなものでもないんだろう。
疲れにくくなっているとはいえ、それは数日前と比べての話。
もうへとへとだ。
「睡眠もしっかりとっとけよ。寝る子は育つってな、ひゃはは」
俺はそれをお前に言いたい。
カリヌシは今夜もうなされていた。
別に眠れないほどうるさいわけじゃないけど、やっぱり気にはなる。
でもここで起こしても一時しのぎにしかならんよな……寝よ寝よ。
それから一か月ほどの間、俺たちはその場所にとどまってひたすら修行をし続けた。
数日に一度カリヌシは町に行って食料を調達してくるけど、それ以外は俺につきっきりだ。
俺は俺で、一人の間はできる限り自分用に獲物を狩っておいた。
俺の修行を、カリヌシは基本そばで見てるだけ。たまに口をはさむ。
アドバイスは割と的確で、言われたとおりにすると修練は捗った。
練を五分続けられるようになったし、円も半径一メートルくらいまで広げられるようになった。
修行はいい感じに進んでいる。
この一か月で体も少し大きくなった気がする。
でも、本当に、これでいいんだろうか。
今この時もきっと、蟻はどんどん増えている。
カイトは? ゴンやキルアは? 今何してる?
俺はこんなに漫然と修行をしてていいんだろうか。
もっと早く発を覚えて、そんでみんなの元に戻らなきゃいけないんじゃないだろうか。
焦りは禁物。でもどうやったらそれを消せるのかがわからない。
ただ、このままだと駄目なんじゃって気持ちだけがあふれ出る。
神様神様。カイト、ゴン、キルア。
俺は……このまま生きててもいいのか?