円はコツを掴めば割と簡単に広げられるようになった。
円を広げている間、その中の物はまるで触っているかのように詳細に知ることができる。
そこに岩が落ちてる……この岩、端っこがちょっと欠けてるな。
草が生えてる。実みたいなのがなってるけど多分これ食えねーな。
背後ではカリヌシがなんかメシ作ってる。鍋を火にかけて煮炊きしてるのがわかる。
その中身が何かまでは分からない。
目を閉じて触ってるみたいな感じ。
固いとか柔らかいとか、人だとか獣だとか、そういうのはわかるんだけど。
鍋の中身は液体に何か具が入ってる。それくらいしかわからない。
円はイケるんだけど、練の時間をのばすのはとても難しい。
とにかく何度もやれってカリヌシは言うんだけど……。
何度も何度も繰り返した。
倒れて意識を失ったのだって一度や二度じゃない。
それでも、まだ五分くらいしか堅を維持することはできない。
ただし、堅の状態で動くことはできるようになった。
俺が力入れてる練の状態の時に、カリヌシが「はい右手上げて、左手上げて、左手下げないで右下げて」とか号令かけてくるんだもん……。
手だけを動かすところから始まって、体も動かすようになって、ウロウロしたりして。
そのうち、体に力を入れなくても練ができるようになった。
力を入れなくても気合を入れれば練はできる。
練の状態で何度も体を動かしてみて、力んでる時と抜いてる時の違いがわかるようになった。
力を入れてるのは、筋肉に力が入ってる状態。
力を入れてる時は、筋肉が固くなってるのがわかる。
逆に、力を抜くと柔らかくなるのが分かる。
その状態で力を入れずに練を続けたら、入れていた時よりも少し時間をのばすことができた。
少しだけね。
「うし、いったん終わりだ。食うぞ食うぞ」
カリヌシに呼ばれて火の方へ移動する。
今日のメシは何かな。
ずっと毎日同じことしかやらないんで、楽しみは唯一メシの時間だ。
鍋の中では俺が獲ってきた鳥のぶつ切りと、なんか野菜や草が少々。
あっ! 俺が狩っといた鴨肉勝手に使いやがった!
いや、俺も食べるから別にいいんだけどさ。
「なんちゃって水炊きだ。お前さんも食えるようにネギは抜いといたぜ」
塩とかの加減は気にしないくせに、そういうのは気にするのな。
たぶん俺、ネギでもイケる気がするんだけどな……。
さすがに鍋ごと食うのは無理なので、椀によそってもらう。
箸……使えないから直で。うん、薄味だけどよく出汁がでててうめえ。
カリヌシも肉だけ食ってる。野菜も食えよ。
「食い終わったら出発すんぞ」
出発? パードン? where to?
「お前さんもほどほど四大行もできるようになってきたしな。もーおれが限界。街に行くぞ街に。人間は都会に住むべきなんだよ」
カリヌシがなんか言ってる。
「あー、お前さんは街ってわかるか? 人がいっぱいいるところな」
いや知ってるよそれくらい……。
「人の多いとこには情報も集まるし、お前さんの修行にもってこいだろ?」
いや、えっと。俺の気のせいかもしんないんだけどさ。
カイトは俺が人里を荒らすんじゃないかと心配して連れ回してたんだと思うのよ。
普通の虎と違って念を使えるわけだし。
で、それをカリヌシが引き継いだ。
てことは俺の修行はあんまり人のいないところでやった方がいいんじゃないのかな。
「オーラのコントロールができなかった今まではここで修業してたがな、そろそろ次の段階へ進んでもいい頃だ。お前さんがヒトなら天空闘技場にでも連れて行って対人戦の経験を積ませるんだが、なんせ虎だしなぁ……まあ、考えがないこともない。そういうわけで食ったら出発だ、はよ食え」
めっちゃ急かすじゃん。
しかし、天空闘技場ってなんだっけ。なんか聞いたことあるような……。
あ、あれか! 強そうな人間同士が戦うところだ! うおー、俺も行ってみたい!
「いやお前虎だろ」
あ、そっか……駄目か……。
いやでも俺念使えるようになったし、ちょっとくらいいけるんじゃね?
二百階以上でだって今の俺なら戦える!
……二百階? なんだそれ。二百階以上になんかあるのか?
めちゃめちゃ高層だってことくらいしかわからんけど。
「ま、お前さんは町に行っても虎として暮らすことになるはずだからな。人と関わることはそうないだろ」
町に住むって時点で人との関わりは避けられないだろ。何言ってんだこいつ……。
「人里に降りるってことはな、色んな物が必要になるってことだ。つまりは金がいる」
まあそうだな、金は必要だ。
「そのうち教えてやるさ、今は気にせず食ってろ」
言われたとおり、俺は水炊きを食い漁った。このゴボウみたいな草の根っこ、うめぇな。
そして一旦近くの町に戻り、走って港町に移動し、そこからさらに船に乗った。
海の上に出されると自分がどの方角に向かっているのかさっぱりわからなくなるな。
海って広いんだな。
「お前さんもそのうち慣れるさ」
いや、俺はもう慣れたぞ。方角がわかんないだけで。
「で、だ。金を稼ぐにはどうすればいいかわかるな?」
……わからんけど? あ、でもあれだろ!
なんかモンスターとかを倒せばいいんだろ?
「違うわアホたれが。いいか? 人間ってのは基本的に働かないと食っていけないんだ」
カリヌシは俺に人間の社会について教えてくれた。大体知ってたけど。
モンスター倒すのだって間違ってはいないじゃん。
そういう依頼があればそれはれっきとした仕事になる。
で、俺のようなケモノが働ける内容といったら限られてる。
裏闘技場でニンゲン相手に戦うか、見世物になって芸をするか。
「先に言っておくが、おれは別に金には困ってない。やろうと思えば今までみたいにお前さんのメシをオゴってやることもできる」
じゃあそうすればいいじゃない。じゃない。
「けどそうするとお前さんはどんどん甘やかされて、ついには独り立ちできない情けないヘタレトラになってしまう。そいつは嫌だろ?」
嫌だ!! ヘタレタイガーイクナイ!
「正直なところ、お前さんが自然界に戻るのはもう無理だと思っている。生態系を破壊しすぎちまうからな。だから人間の世界で生きていくのが最善だ。そしてカイトやおれのようなハンターの相棒として生きていくのが最もやりやすい手段なんじゃないかとおれは考えた」
ふむふむ。
「カイトはお前さんを『飼う』と言っていた。つまり、自分のそばに置こうと考えていたんだろう。おれはただのペットシッターだ。カイトから金はもらってるが、それはお前さんを預かるための費用で俺が代わりに飼うわけじゃない」
おk把握。カリヌシはついでで俺を鍛えてくれてるのね。
「お前さんに念を教える、これはおれの趣味みたいなもんだ、まあ気にしなくてもいい。だがお前さんの住む場所や食い物、これはお前さん自身で稼ぎ出すべきものだ。違うか?」
そうだね。
「人間の手で手続きなんかが必要なら手伝ってやる。が、最低限の自立するための金は自分で稼げ。手段は……いくらか考えはある。お前さんが自分でも考えろ」
うん、わかった……。まだこの世界のニンゲンたちについては分からないことも多いけど、できる限り自分でやってみるよ。
ひとまずは次の街に行って、様子を見て、それから考えよう。
大丈夫、俺ならやれる。
「よし、難しい話は終わりだ、ほれ、これ食え」
カリヌシはでかいベーコンの塊を俺の方に放り投げる。
……なんだかんだ言ってもカリヌシって過保護だよね。
もうちょっと厳しく突き放してもいいのに。