びしょぬれタイガー   作:海砂

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第二十一話 師匠師匠!

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「オレは、しなければならないことがある。そのために、強くなりたい」

 

 夕暮れの薄明かりの中、帽子をかぶった細身の少年が凛とした声音で言い放つ。

 その眼差しは真っ直ぐで、決意の色が宿っていた。

 ただの勢いだけではない。

 己の中に何かしら揺るぎない芯を抱えていることが、その視線からも明らかだった。

 

「おれもだ。やらなきゃいけない、それも早急にだ。なにより時間がない」

 

 対照的に、隣に立つもう一人の少年は短髪でがっしりとした体躯を持ち、感情の昂ぶりを隠しきれないままに語気を強めた。

 鼻息を荒げながらも、焦りと覚悟の入り混じった思いを絞り出すように口にする。

 

「お願いします、オレ(おれ)たちに念を教えてください」

 

 そんな少年たちは並んで一歩前へと踏み出し、同時に深々と頭を下げた。

 

「ふん、なるほどねえ……あんたたちは強くなりたいのかい」

 

 老婆は鼻を鳴らし、合わせてゆっくりと前に出た。

 その動きに不思議な威圧感があり、少年たちは自然と息をのむ。

 

「ならばまずは、その“(わけ)”ってやつをここであたしに一から説明するんだね。納得がいかない理由であれば、あたしがあんたたちに稽古をつけることはないし、他のハンターに頼ったところで、まあ、無駄足だろうよ」

 

 老婆の目が二人を射抜く。試すような光がそこに宿っていた。

 少年たちは顔を上げ、まっすぐにその視線を受け止めた。

 強い光を放つ瞳に、老婆は思わず小さく頷く。

 なるほど、いい目をしている……と、少し感心しながら。

 やがて二人の口から、それぞれの理由と思いが語られる。

 言葉は異なれど、どちらも芯に宿すものは確かだった。

 

 老婆は目を閉じてしばらく沈黙し、やがて、薄く目を開いた。

 

「そっちのあんた、帽子をかぶってる方。あんたにゃ、あたしよりも師匠に向いてるヤツがいる」

 

 唐突な宣言に、帽子の少年がわずかに目を見開く。

 

「ただし、そいつは正直とんでもないろくでなしだ。きちんと師匠なんてやれるかどうかも怪しい。……だけどね、悪い奴じゃあない。何よりあたしなんかよりも、シンプルに数倍は強いよ」

 

「構わない、紹介を頼めるだろうか」

 

 少年の返事は即答だった。迷いのかけらもなく、むしろ歓迎すらしているような声音だった。

 

「ああ、もちろんだよ。あんたが望むならね」

 

 老婆が頷いたそのとき、短髪の少年が慌てた様子で口を挟んだ。

 

「おい、おれは?」

 

 老婆は少しだけ目を細め、にやりと笑う。

 

「あんたにゃあたしが稽古をつけてやるよ。そっちに紹介する男は心の底からはぐれ者の人でなしだからね、真面目なタイプのあんたにゃ向いてない」

 

 思いがけない言葉に、二人の少年は顔を見合わせた。

 短髪の方を『真面目』と評したことに、互いに違和感を覚えたのだろう。

 老婆はその様子を見て、喉の奥でくっくっとくぐもった笑いを漏らした。

 

「あんたはグレてるように見せかけてるけど真面目だよ。そして、そっちのあんたは見た目こそ利口そうなナリをしているが、その実は生粋の博打打ちだ。そういう点でもジンとは馬が合うかもね」

 

 短髪の少年が眉を寄せる。真面目と言われたことを、馬鹿にされたように感じたのか。

 口を尖らせて何かを言いかけたが、結局、言葉にはしなかった。

 己の中にわき上がった感情。不満とも照れともつかぬそれを、ぐっと飲み込んだのだ。

 老婆はそれを見て、にんまりと笑った。

 

「いいね。そうやって自分の感情をコントロールできるやつは、意外と伸びる。すぐ吠えて噛みつく犬は、誰より先に力尽きるもんさね」

 

 少年の眉間にかすかなシワが刻まれる。

 だが、それもすぐに消えた。

 代わりに現れたのは、強い光をたたえた瞳。素直に心を切り替えた証だ。

 

「今夜はここに泊まっていきな。今からジンと連絡を取って明日以降あんたを紹介する。それまではとりあえずあたしが何かしら教えてやるかね」

 

 老婆の言葉に、二人の少年は揃って背筋を伸ばした。

 張り詰めた空気が少し緩む。しかし、その場に漂う緊張は消えない。むしろこれから訪れる未知の修練を思い、胸の奥で小さな炎が燃え広がっていくのをそれぞれが感じていた。

 

「ありがとうございます……!」

 

 帽子の少年が深々と頭を下げる。短髪の少年もそれに倣い、拳を握ったまま頭を垂れた。

 老婆はしばらく二人を見下ろし、やがて踵を返した。

 

 「さ、立ち話もなんだ。中に入りな。飯は粗末だが、寝床くらいは用意してやるよ」

 

 老婆が軋む戸を押し開けると、ほの暗い家の中からかすかに焚き火の匂いが流れ出た。

 土間には古びた道具が雑然と置かれ、壁には奇妙な装飾品が吊るされている。

 二人は互いに目を合わせ一瞬だけ不安そうに眉をひそめたが、それでも迷うことなく中へ足を踏み入れた。

 

 炉端に腰を下ろした老婆は、鍋の中を木杓子でかき混ぜながら口を開いた。

 

「さて……あんたたち、念ってやつをどこまで知ってる?」

 

「ほとんど何も。おれは、人から話を聞いただけ……です」

 

 短髪の少年が率直に答える。

 帽子の少年は少し顎に手を当て、慎重に言葉を選んだ。

 

「オレもほぼ何も知らない。ただ、それを使えるかどうかで生死が分かれる……それだけは、理解してるつもりだ」

 

 老婆は二人の顔を交互に見やった。

 

「まあ、最初はそれで充分さね。知識だけ無駄に詰め込んだ小僧より、よほどましだよ。いいかい、念はあんたらの中に流れる“オーラ”を操る技術だ。生命を繋ぐ力でもあり、同時に命を刈り取る刃にもなる。生命力そのものと言い換えてもいいかもしれない」

 

 老婆の声が、炉の炎に合わせて低く響く。

 二人は自然と息を呑み、その言葉の一つ一つを胸に刻みつけた。

 しばしの沈黙の後、老婆は杓子を置き、真っ直ぐに彼らを見据えた。

 

「覚悟は必要だ。ハンターになった時以上に、念を学び始めれば後戻りはできない。半端な覚悟で踏み込めば、気軽に命だって落とすだろうさ。それでもやるのかい?」

 

「もちろんだ」

 

 短髪の少年が即答した。その眼差しには一片の迷いもない。

 帽子の少年も深く頷き、強い声で続ける。

 

「むしろそれを承知でここまで来た。オレたちは、大切なものを守り生き残るために強くならなければならない」

 

 老婆はしばらく二人を見つめたまま、ふっと鼻で笑った。

 

「あんたたち、口だけじゃない目をしてる。言葉と目が揃ってるやつは、意外と多くはないんだ」

 

 その声音は、揶揄とも賞賛ともつかぬ含みを持っていた。

 二人の少年は顔を上げ、揺るぎない瞳を返す。

 老婆の目は細められ、炎の赤がその奥で妖しく反射した。

 

「なら、まずは教えてやろうかね」

 

 老婆はゆっくりと立ち上がり、土間の隅に置かれた木箱を引き寄せる。

 その中には布に包まれた瓶が数本と、古びた蝋燭が雑然と入っていた。

 蝋燭の一本を取り出して机の上に置くと、ぱちんと指を鳴らして火を灯す。

 細く頼りない炎が、薄暗い室内をゆらりと照らした。

 

「この炎を見な。揺れているだろう? これは外からの風があるからだ。だが、もし炎の内側で風が吹いたらどうなる?」

 

 短髪の少年が、首をかしげる。

 

「……消える、か?」

 

「そう。消える。念も同じさ。人の中にある“オーラ”は、外からの力だけでなく、内側からも揺らぐ。怒りや恐怖、慢心、絶望……心の在り様ひとつで、いとも簡単に消えちまうんだよ」

 

 老婆は指で炎の横を軽く仰ぎ、火が揺れ戻る様を見せつける。

 二人はごくりと唾をのんだ。今にも消えそうな炎は、自分たちの命の比喩に思えた。

 

「だが、逆に言えば……炎を絶やさず育てる術を知れば、どんな嵐の中でも揺るがぬ力になる。それが“念”ってやつさ」

 

 その言葉には不思議な重みがあった。

 二人の胸の奥に、まだ見ぬ力への渇望がさらに燃え上がる。

 

 短髪の少年が、拳を握りしめながら問うた。

 

「じゃあ……その炎を絶やさずに保つには、どうすればいい?」

 

 老婆はにやりと笑った。

 

「簡単なようで、難しい。まずは“纏”を覚えるんだ。自分の体を包むようにオーラを巡らせ、外からの干渉を防ぐ。これができなきゃ、念使いを名乗ることすらできやしない」

 

「纏……」

 

 帽子の少年が呟く。その響きを胸の内で反芻し、記憶に刻み込むように。

 

 外は夜の気配が濃くなり、空には星が瞬き始めていた。ひんやりとした風が草木を揺らし、虫の声が静かに響く。

 

「まずは背筋を伸ばし、目を閉じるんだ。心を静めて、自分の中に流れるものを感じるといい」

 

 二人は言われたとおりに正座し、深く息を吸い込む。胸の奥が波打ち、耳の奥で血流のざわめきが広がる。

 

 短髪の少年は、すぐに苛立ちを覚えた。

 『感じろ』と言われても、何をどうすればいいのか分からない。

 ただ閉じた闇に包まれた感覚の中で、焦りばかりが募っていく。

 

 「くそっ……全然わからねえ」

 

 小声で吐き捨てると、老婆の杖がすかさず肩を叩いた。

 

「静かにしな。そういう雑音こそが、炎を揺らすんだよ」

 

 一方、帽子の少年は、心を静めるのが得意だった。

 波紋のように内から広がる感覚を追いかけ、やがて胸の奥に温かな流れを見出す。

 体の中心からじんわりと広がり、手先や足先にまで届いていく。

 

 その感覚に気づいた瞬間、思わず目を開けた。

 

「……これ、か?」

 

 言葉を発した時、彼の周囲で空気がわずかに揺れた。オーラの流れが外へにじみ出した証拠だ。

 老婆は目を細めてうなずいた。

 

「そう、それだよ。今のが第一歩だ。まだ穴だらけだがね」

 

 短髪の少年は悔しげに歯を食いしばる。隣で進展を見せる仲間に、置いていかれる不安がよぎった。しかしその感情すらも、すぐに燃料へと変わる。

 

「なら、おれも……やってやる!」

 

 強く念じ、深く呼吸を繰り返す。余計な思考を切り捨て、ただ己の内に耳を澄ませる。

 やがて、かすかな熱を感じた。腹の奥で火種のように揺らめくそれを、必死に掴もうとする。

 汗がにじみ、体が震える。それでも諦めない。

 

 老婆は腕を組み、その様子を黙って見守っていた。

 やがて、短髪の少年の全身を淡く包む気配が広がった。

 まだ不安定で、今にも消えそうな光。それでも確かに燃え始めている。

 

「……やった、か?」

 

 少年が息を切らしながら目を開けた。

 老婆は満足げに頷く。

 

「上等だよ。最初の夜にここまで感じ取れるのは、なかなかいないさ」

 

 少年は、隣に座っている帽子の少年に目をやる。

 互いに視線を交わし、無言のまま笑った。

 競い合い、励まし合う。その関係こそが力になることを、二人とも直感していた。

 

「さて、今日はここまでだ。何も知らない人間がオーラを感じるのは思った以上に体力を使う。無理をすれば炎どころか命を削ることになるからね。続きは明日……だが、忘れるんじゃないよ。念を学ぶことは、生き方そのものを変えることだ。これからあんたたちは、ただの子供じゃなくなる」

 

 その言葉に、二人の胸は熱く高鳴った。

 恐怖もあった。

 しかしそれ以上に、力を得る道が開かれたことへの昂揚があった。

 

 夜は更け、老婆の小屋の中に灯がともる。

 二人は粗末な寝床に身を横たえながら、眠りに落ちる直前まで考えていた。

 

 ――必ず強くなる。

 ――守るべきもののために。

 ――生きるために。

 

 闇の中で、二つの決意が静かに燃え続けていた。

 

 

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引き続き更新は遅くなると思います。ごめーんね。
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