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「オレは、しなければならないことがある。そのために、強くなりたい」
夕暮れの薄明かりの中、帽子をかぶった細身の少年が凛とした声音で言い放つ。
その眼差しは真っ直ぐで、決意の色が宿っていた。
ただの勢いだけではない。
己の中に何かしら揺るぎない芯を抱えていることが、その視線からも明らかだった。
「おれもだ。やらなきゃいけない、それも早急にだ。なにより時間がない」
対照的に、隣に立つもう一人の少年は短髪でがっしりとした体躯を持ち、感情の昂ぶりを隠しきれないままに語気を強めた。
鼻息を荒げながらも、焦りと覚悟の入り混じった思いを絞り出すように口にする。
「お願いします、
そんな少年たちは並んで一歩前へと踏み出し、同時に深々と頭を下げた。
「ふん、なるほどねえ……あんたたちは強くなりたいのかい」
老婆は鼻を鳴らし、合わせてゆっくりと前に出た。
その動きに不思議な威圧感があり、少年たちは自然と息をのむ。
「ならばまずは、その“
老婆の目が二人を射抜く。試すような光がそこに宿っていた。
少年たちは顔を上げ、まっすぐにその視線を受け止めた。
強い光を放つ瞳に、老婆は思わず小さく頷く。
なるほど、いい目をしている……と、少し感心しながら。
やがて二人の口から、それぞれの理由と思いが語られる。
言葉は異なれど、どちらも芯に宿すものは確かだった。
老婆は目を閉じてしばらく沈黙し、やがて、薄く目を開いた。
「そっちのあんた、帽子をかぶってる方。あんたにゃ、あたしよりも師匠に向いてるヤツがいる」
唐突な宣言に、帽子の少年がわずかに目を見開く。
「ただし、そいつは正直とんでもないろくでなしだ。きちんと師匠なんてやれるかどうかも怪しい。……だけどね、悪い奴じゃあない。何よりあたしなんかよりも、シンプルに数倍は強いよ」
「構わない、紹介を頼めるだろうか」
少年の返事は即答だった。迷いのかけらもなく、むしろ歓迎すらしているような声音だった。
「ああ、もちろんだよ。あんたが望むならね」
老婆が頷いたそのとき、短髪の少年が慌てた様子で口を挟んだ。
「おい、おれは?」
老婆は少しだけ目を細め、にやりと笑う。
「あんたにゃあたしが稽古をつけてやるよ。そっちに紹介する男は心の底からはぐれ者の人でなしだからね、真面目なタイプのあんたにゃ向いてない」
思いがけない言葉に、二人の少年は顔を見合わせた。
短髪の方を『真面目』と評したことに、互いに違和感を覚えたのだろう。
老婆はその様子を見て、喉の奥でくっくっとくぐもった笑いを漏らした。
「あんたはグレてるように見せかけてるけど真面目だよ。そして、そっちのあんたは見た目こそ利口そうなナリをしているが、その実は生粋の博打打ちだ。そういう点でもジンとは馬が合うかもね」
短髪の少年が眉を寄せる。真面目と言われたことを、馬鹿にされたように感じたのか。
口を尖らせて何かを言いかけたが、結局、言葉にはしなかった。
己の中にわき上がった感情。不満とも照れともつかぬそれを、ぐっと飲み込んだのだ。
老婆はそれを見て、にんまりと笑った。
「いいね。そうやって自分の感情をコントロールできるやつは、意外と伸びる。すぐ吠えて噛みつく犬は、誰より先に力尽きるもんさね」
少年の眉間にかすかなシワが刻まれる。
だが、それもすぐに消えた。
代わりに現れたのは、強い光をたたえた瞳。素直に心を切り替えた証だ。
「今夜はここに泊まっていきな。今からジンと連絡を取って明日以降あんたを紹介する。それまではとりあえずあたしが何かしら教えてやるかね」
老婆の言葉に、二人の少年は揃って背筋を伸ばした。
張り詰めた空気が少し緩む。しかし、その場に漂う緊張は消えない。むしろこれから訪れる未知の修練を思い、胸の奥で小さな炎が燃え広がっていくのをそれぞれが感じていた。
「ありがとうございます……!」
帽子の少年が深々と頭を下げる。短髪の少年もそれに倣い、拳を握ったまま頭を垂れた。
老婆はしばらく二人を見下ろし、やがて踵を返した。
「さ、立ち話もなんだ。中に入りな。飯は粗末だが、寝床くらいは用意してやるよ」
老婆が軋む戸を押し開けると、ほの暗い家の中からかすかに焚き火の匂いが流れ出た。
土間には古びた道具が雑然と置かれ、壁には奇妙な装飾品が吊るされている。
二人は互いに目を合わせ一瞬だけ不安そうに眉をひそめたが、それでも迷うことなく中へ足を踏み入れた。
炉端に腰を下ろした老婆は、鍋の中を木杓子でかき混ぜながら口を開いた。
「さて……あんたたち、念ってやつをどこまで知ってる?」
「ほとんど何も。おれは、人から話を聞いただけ……です」
短髪の少年が率直に答える。
帽子の少年は少し顎に手を当て、慎重に言葉を選んだ。
「オレもほぼ何も知らない。ただ、それを使えるかどうかで生死が分かれる……それだけは、理解してるつもりだ」
老婆は二人の顔を交互に見やった。
「まあ、最初はそれで充分さね。知識だけ無駄に詰め込んだ小僧より、よほどましだよ。いいかい、念はあんたらの中に流れる“オーラ”を操る技術だ。生命を繋ぐ力でもあり、同時に命を刈り取る刃にもなる。生命力そのものと言い換えてもいいかもしれない」
老婆の声が、炉の炎に合わせて低く響く。
二人は自然と息を呑み、その言葉の一つ一つを胸に刻みつけた。
しばしの沈黙の後、老婆は杓子を置き、真っ直ぐに彼らを見据えた。
「覚悟は必要だ。ハンターになった時以上に、念を学び始めれば後戻りはできない。半端な覚悟で踏み込めば、気軽に命だって落とすだろうさ。それでもやるのかい?」
「もちろんだ」
短髪の少年が即答した。その眼差しには一片の迷いもない。
帽子の少年も深く頷き、強い声で続ける。
「むしろそれを承知でここまで来た。オレたちは、大切なものを守り生き残るために強くならなければならない」
老婆はしばらく二人を見つめたまま、ふっと鼻で笑った。
「あんたたち、口だけじゃない目をしてる。言葉と目が揃ってるやつは、意外と多くはないんだ」
その声音は、揶揄とも賞賛ともつかぬ含みを持っていた。
二人の少年は顔を上げ、揺るぎない瞳を返す。
老婆の目は細められ、炎の赤がその奥で妖しく反射した。
「なら、まずは教えてやろうかね」
老婆はゆっくりと立ち上がり、土間の隅に置かれた木箱を引き寄せる。
その中には布に包まれた瓶が数本と、古びた蝋燭が雑然と入っていた。
蝋燭の一本を取り出して机の上に置くと、ぱちんと指を鳴らして火を灯す。
細く頼りない炎が、薄暗い室内をゆらりと照らした。
「この炎を見な。揺れているだろう? これは外からの風があるからだ。だが、もし炎の内側で風が吹いたらどうなる?」
短髪の少年が、首をかしげる。
「……消える、か?」
「そう。消える。念も同じさ。人の中にある“オーラ”は、外からの力だけでなく、内側からも揺らぐ。怒りや恐怖、慢心、絶望……心の在り様ひとつで、いとも簡単に消えちまうんだよ」
老婆は指で炎の横を軽く仰ぎ、火が揺れ戻る様を見せつける。
二人はごくりと唾をのんだ。今にも消えそうな炎は、自分たちの命の比喩に思えた。
「だが、逆に言えば……炎を絶やさず育てる術を知れば、どんな嵐の中でも揺るがぬ力になる。それが“念”ってやつさ」
その言葉には不思議な重みがあった。
二人の胸の奥に、まだ見ぬ力への渇望がさらに燃え上がる。
短髪の少年が、拳を握りしめながら問うた。
「じゃあ……その炎を絶やさずに保つには、どうすればいい?」
老婆はにやりと笑った。
「簡単なようで、難しい。まずは“纏”を覚えるんだ。自分の体を包むようにオーラを巡らせ、外からの干渉を防ぐ。これができなきゃ、念使いを名乗ることすらできやしない」
「纏……」
帽子の少年が呟く。その響きを胸の内で反芻し、記憶に刻み込むように。
外は夜の気配が濃くなり、空には星が瞬き始めていた。ひんやりとした風が草木を揺らし、虫の声が静かに響く。
「まずは背筋を伸ばし、目を閉じるんだ。心を静めて、自分の中に流れるものを感じるといい」
二人は言われたとおりに正座し、深く息を吸い込む。胸の奥が波打ち、耳の奥で血流のざわめきが広がる。
短髪の少年は、すぐに苛立ちを覚えた。
『感じろ』と言われても、何をどうすればいいのか分からない。
ただ閉じた闇に包まれた感覚の中で、焦りばかりが募っていく。
「くそっ……全然わからねえ」
小声で吐き捨てると、老婆の杖がすかさず肩を叩いた。
「静かにしな。そういう雑音こそが、炎を揺らすんだよ」
一方、帽子の少年は、心を静めるのが得意だった。
波紋のように内から広がる感覚を追いかけ、やがて胸の奥に温かな流れを見出す。
体の中心からじんわりと広がり、手先や足先にまで届いていく。
その感覚に気づいた瞬間、思わず目を開けた。
「……これ、か?」
言葉を発した時、彼の周囲で空気がわずかに揺れた。オーラの流れが外へにじみ出した証拠だ。
老婆は目を細めてうなずいた。
「そう、それだよ。今のが第一歩だ。まだ穴だらけだがね」
短髪の少年は悔しげに歯を食いしばる。隣で進展を見せる仲間に、置いていかれる不安がよぎった。しかしその感情すらも、すぐに燃料へと変わる。
「なら、おれも……やってやる!」
強く念じ、深く呼吸を繰り返す。余計な思考を切り捨て、ただ己の内に耳を澄ませる。
やがて、かすかな熱を感じた。腹の奥で火種のように揺らめくそれを、必死に掴もうとする。
汗がにじみ、体が震える。それでも諦めない。
老婆は腕を組み、その様子を黙って見守っていた。
やがて、短髪の少年の全身を淡く包む気配が広がった。
まだ不安定で、今にも消えそうな光。それでも確かに燃え始めている。
「……やった、か?」
少年が息を切らしながら目を開けた。
老婆は満足げに頷く。
「上等だよ。最初の夜にここまで感じ取れるのは、なかなかいないさ」
少年は、隣に座っている帽子の少年に目をやる。
互いに視線を交わし、無言のまま笑った。
競い合い、励まし合う。その関係こそが力になることを、二人とも直感していた。
「さて、今日はここまでだ。何も知らない人間がオーラを感じるのは思った以上に体力を使う。無理をすれば炎どころか命を削ることになるからね。続きは明日……だが、忘れるんじゃないよ。念を学ぶことは、生き方そのものを変えることだ。これからあんたたちは、ただの子供じゃなくなる」
その言葉に、二人の胸は熱く高鳴った。
恐怖もあった。
しかしそれ以上に、力を得る道が開かれたことへの昂揚があった。
夜は更け、老婆の小屋の中に灯がともる。
二人は粗末な寝床に身を横たえながら、眠りに落ちる直前まで考えていた。
――必ず強くなる。
――守るべきもののために。
――生きるために。
闇の中で、二つの決意が静かに燃え続けていた。
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引き続き更新は遅くなると思います。ごめーんね。