ここから全員で東ゴルトーに向けて移動することになったわけだけれど、その段取りを聞いた瞬間、まず最初に頭をよぎったのはもっと現実的な問題だった。
駐車場に置きっぱなしのレンタカーどうするんだろね、ってやつだ。
ああいうのって、返却遅れると延滞料金とか取られたりするんじゃないのか。
時間単位でガッツリ加算されて、気づいたらとんでもない金額になってるパターン。
人間社会はそういうところシビアだしさ。
融通が利くようで、利かない。
いや、むしろ利かないからこそ、ちゃんと社会として回ってるのかもしれないけど。
でも、そこはハンターだ。
なんかこう、例のライセンスをひょいっと見せれば「ああ、ハンター様でしたか、どうぞどうぞ!」「ここは無料で!」みたいに全部片付いちゃったりするんだろうか。
……あるいは、そんな金額くらい屁でもないほど金持ってるんだろか。
それもあり得る。むしろそっちの方が現実的な気がしてきた。
いいな。俺にもちょっと分けておくれよ。肉のサブスクでも組んでくれたら嬉しい。
月額で毎日いい肉が届くやつ。いや、できれば無制限プランがいい。
朝も昼も夜も肉食い放題。おやつも肉。夢が広がる。
毎日肉食い放題。いいね。
まあ、ここ最近の修行で芸達者にはなったけど、人間(じゃないけど)芸だけで食っていけるほど世の中甘くない。
大道芸で肉が食えるほど甘い世界じゃないんだ。
俺、ネコ科だし虎のプライドもそれ相応にあるんだけどね。
「奴らはもう立派な虎だ」
うん? 呼んだ?
耳がぴくりと反応して、俺は思わずモラウの方へと近寄った。
今、明らかに「虎」って言った。つまり俺のことだろう。ついに評価されたか。
「ああ違う、お前のことじゃねえんだよ比喩だ比喩」
違うのか。
ちょっと期待した分だけ損した気分。
俺も立派な虎なんだけどなあ。見た目も中身も。たぶん。
ゴトン、ゴトン、と一定のリズムを刻みながら、俺たちを運んでいく汽車。
古めかしい車輪の振動が床板を通して全身に伝わってくる。
ちょっとむずがゆく、くすぐったい。眠気を誘うタイプの揺れだ。
窓の外には広い草原が広がり、風に揺れる草の波がゆっくりと流れていく。
低い丘が連なり、ところどころにぽつんと小さな村が見える。
煙突から細い煙が上がっていたりして、人がちゃんと暮らしている気配があった。
そういうのをぼんやり眺めていると、時間の感覚が少しだけ緩んでいく。
車内では大人たちが真剣な顔で話をしている。
声は抑えられているけど、空気が違う。
あれは明らかに、子供(と子虎)が軽々しく入り込んじゃいけない領域のやつだ。
一方で、ゴンとキルアは完全に自由時間モードだった。
向かい合わせの席でトランプを広げて、楽しそうに遊んでいる。
俺も混ざろうかな、と思ったけど……いや、混ざっていいよな? 子供だし。子虎だし。
一応声をかけてみる。
「がう」
軽く声を出して、二人の手元をのぞき込む。
ババ抜きか。二人で?
それ、つまんなくない?
だってジョーカー引いた時点でほぼ決着じゃん。駆け引きも何もないだろ。
「あークソ!」
キルアが最後に残ったカードを宙に放り投げた。どうやら負けたらしい。
ざまぁ。
「うん? タイガも一緒にやる?」
ゴンがにこっと笑って俺を誘ってくる。
いや、人間だったら参加したいところだけどね。
この虎のお手々じゃカードを手に持つのは無理だ。
だから見学だけしとくよ、と尻尾をふるふると振って伝える。
「あー畜生。次は負けねーからな!」
「オレだって負ける気ないもんね!」
二人の勝負はすでに第二ラウンドに突入したらしく、わいわいと盛り上がっている。
さっきの勝敗なんてもうどうでもいいらしい。こういう切り替えの速さは、少し羨ましい。
眺めているだけなのも退屈なので、俺は席を離れて別の場所へ移動する。
カリヌシとババアのところだ。
カリヌシはぼーっと窓の外を眺めてるし。
ババアは……寝てるんだか、瞑想してるんだか、単に目を閉じてるだけなのか判別不能。
でもさっきの子供席より圧倒的に静かだ。ここチルいな。落ち着くな。
よし決めた、ここにしよ。
俺は二人の足元で丸くなり、前足を揃えて香箱座りの体勢をとる。
揺れる車内と、窓から差し込む柔らかな陽射し。条件が揃いすぎている。
まぶたが、自然に落ちてくる。
先のことなんて、今は考えない。
休めるときに休む。それが虎の基本だ。
「おい、タイガ」
呼ばれて顔を上げた瞬間、カリヌシが俺の鼻先をピンとはじいた。
痛て。なんだよ。
「お前さんはもうちょっと気合い入れて修行でもしといたほうがいいんじゃねえのか?」
やだね、めんどくさい。
「……まあ、いいけどよ」
カリヌシはため息交じりに視線を外へ戻しながら続けた。
「正直な話、お前さんはキメラアントと渡り合えるとでも思ってるのか? 俺は無理だと思うがな」
ぐさり、と来た。
言葉がそのまま刺さる。
反論できない。事実だからだ。
だってその通りだ。
カイトの腕を千切ったあの化け物クラスはもちろん、キルアが仕留めたあのウサギだかなんだかのチョロっとしたキメラアントですら、俺が勝てるかどうか怪しい。
牙はあっても、爪はあっても、念の技術はまだまだひよっこ。
それは誰より俺が一番分かっている。
逃げるつもりはない。
怖いのは事実だ。でも、怖いままで進むしかない。
命がけの怖さは知っているけど、それでも前に進むあいつらと一緒にいる以上。
俺だって腹を括らないといけない。
ただ、なんか変なんだ。
さっきゴンたちの所に行った時、おかしなニオイがしたんだ。
ヒトのニオイじゃない。
……森のニオイ? 自然のニオイ?
森にいたあの頃のニオイに少し似たニオイ。
でもこれは、安心できるニオイじゃない。
もっと鋭くて、重くて、圧がある。
強い肉食獣と対峙したときに感じる、あの緊張に近い。
恐怖と、高揚と、あと、なんだろう……説明できない、何か。
でも、少なくとも、ニンゲンの臭いじゃない。
キルアじゃない。ゴンだ。ゴンのニオイが変なんだ。
見た目は変わっていない。態度もいつも通りだ。
でも、確実に何かが違う。
俺の知っているゴンじゃない。そんな違和感が、ずっと尾を引いていた。
ゴトン……列車がゆるやかにスピードを落とし、駅へと到着した。
俺たちは降りる。東ゴルトーとの国境の街。名前忘れた、聞いたんだけどな。
ここで一泊して、それから各自別れて東ゴルトーを目指す、そういう段取りらしい。
「とりあえず、メシでも食うか。ここは国境だから少しは東ゴルトーの情報も入ってくるかもしれねぇからな」
その一言で、全員が動き出す。
俺も当然ついていく。腹は正直だ。
食堂に入ろうとした、その瞬間。
「お客さん、動物は困りますよ」
追い出された。腹立たしい。
納得いかない。
俺はただの動物じゃない。誇り高きキャンプタイガーだ。
「タイガ、待ってられる?」
俺はその問いにがるるるると低く唸った。
待てるわけがない。俺だって美味しいもの食べたい。俺だけ仲間外れはいただけない。
「モラウさん、ノブさん、別のお店でもいいかな」
「構いませんよ……いずれにせよ会長から連絡があるまでは私たちも動くわけにはいきませんからね、時間はまだあります」
「ペット可の食堂なんてあるのかねえ」
……あるかもしれないじゃない、じゃない。
猫だって美味しいもの食べたいじゃない、じゃない。
ああ違う俺は猫じゃない、虎。虎だって美味しいもの食べたいじゃない。
三軒回って、ようやく繋いでいればOKという店に入ることができた。
ビニールひもで繋がれた。ぐぬぬ、俺のプライドが……。屈辱だ。かなり。
店内のテレビが、東ゴルトーのニュースを伝えている。
ディーゴ総帥が笑顔で民衆に向けて手を振っている。
ただ、その背後に、操り人形のように総帥を糸で動かしている存在。
そう、カイトを動かしてた奴と同じようなの。
多分俺だけじゃなくてみんなにもアレは見えているんだろう。
蟻が、東ゴルトーを動かしている。
ニュースで言ってたことはよくわからなかったけど、国民大会だとか言ってたぶん国民を一か所に集めるみたいだ。
その意図がどこにあるのか、俺にはわからない。
蟻がニンゲンを大量に一か所に集めて、それからどうするの?
……きっとろくでもないことになるんだろう。
「コルトの予想では、全国民の"選別"がそこで行われる」
モラウが手に持ったグラスから水をごくりと飲んだ。
「すでに奴らは強制的に念を使えるようにする方法を知っているそうだ」
食事をしながら、ノヴが言葉を続ける。
「目覚めた者をどう使うかはわからないが、99%の人間はその"選別"で死に至る。その前に……絶対阻止する。リミットは10日間……!!」
東ゴルトーの全人口ってどのくらいなんだろう。
その1%って、どのくらいの数になる?
もちろん彼らは、99%の虐殺を防ぐために動こうとしているんだろう。
でも俺は……これ以上念を使える蟻が増えることが、怖い。
俺は役に立てるかな。
……じゃない。役に立たなきゃ。
虫ごときにやられるわけにはいかない、俺は誇り高きキャンプタイガー。
絶対に、あいつらを、殲滅する。