びしょぬれタイガー   作:海砂

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第三話 お膝お膝!

「それで……キャンプタイガーの子供を連れて戻ってきたってわけね」

 

 俺はママとはぐれた子虎、ということになっているらしい。

 正直、なぜゴンたちが俺を連れて来てくれたのかは自分でもよくわかってない。

 ただ、あのとき一緒に行くと俺が決めた。

 深く考えたわけじゃないけど、なんとなく、ここに来たら何か変わるような気がしたんだ。

 そうして今、俺は人間たちのキャンプのど真ん中にいる。

 

 紹介されたのはゴンとキルア、そしてカイト以外にも六人の仲間たち。

 だが無理だ。名前、覚えらんない。顔も個性も強すぎるし、何より多すぎる。

 俺はつい昨日まで、ママとふたりきりで森の奥にひっそり暮らしていたんだぜ?

 いきなりこんなに人間がわらわら増えたら、混乱しかしねぇ。

 

 ゴン、キルア、カイト。この三人だけでもうキャパオーバー寸前なんだからな。

 あとの人たちも、数日あれば覚えられると思うけど。たぶんね。

 

「ここ、こんなに間近でキャンプタイガーの、しししかも子供を見ることができるだなんて、もももうそれだけでこの仕事を引き受けてよかったと思いますです、ハイ」

 

 なんか、メガネをかけた小柄なニンゲンが感極まったように言った。すごい勢いで頷いてる。

 おう、そんなに俺に会えて感無量ってか。お礼にちょっとすり寄ってやるよ。

 鼻先を軽く押し当てて、ふにゃっと尻尾を絡めてやる。

 そいつはひゅっと息を飲み、白目をむきかけた。

 泡吹く寸前だったんで、さすがに慌てて離れたけど。

 

 ……まったく、俺ってば罪なオトコだぜ。

 

 だが、これは事実として言わせてもらう。

 俺は可愛い。鏡なんて見たことないけど、これだけは自信を持って断言できる。

 だってみんなが言うんだもん。

「かわいいかわいい」って、連呼するんだぜ? (※カイト除く)

 ただな、俺としては、ただ愛玩されるのはちょっと違う気がしてる。

 人間たちの言葉で言うと『猫可愛がり』ってやつか?

 ああいうのは、なんかこう……くすぐったくて、落ち着かない。

 

 だって俺は、元は人間だったんだ。れっきとしたオスニンゲン。

 今はオストラだけどな! 可愛い可愛い言われても、俺のプライドがむず痒くなる。

 いつかきっと、カッコいい大人のトラになるんだ。

 そのときはきっと、俺の本当の価値がわかるさ。

 

 それにしても……ゴンとキルア以外の人間たちは、俺に近づくのを遠慮しているようだった。

 なんでだ? カイトのやつ、さては嫉妬してんじゃねぇの?

 俺が可愛すぎて、みんなの視線を独り占めしちゃうからさ。

 わかるわかる、つくづく罪な存在だよな。

 

「……なにかアホなこと考えてるな」

 

 げっバレた。なんでだ。言葉は通じないはずなのに。

 

「表情でなんとなくわかるんだよ馬鹿。あまりしまりのない表情をしていると、それが自分本来の顔になってしまうぞ」

 

 それは困る。俺が目指してるのは、鋭くてキリッとした、森の覇者にふさわしいトラ顔だ。

 必死に意識して、眉間にしわを寄せてみる。目を細めて、口元を引き締めて……

 どうだ、俺のかんがえる最強のキリリ顔だ!

 すると、カイトが少しだけ笑った。口元がほんのわずかにゆるんで、目が和らぐ。

 驚いた。初めて見た。あの無表情の塊みたいなカイトが、俺に向かって笑った。

 その笑顔をもっと見たくて、俺はそっと、彼の正面に回り込んだ。

 もっと見て。もっと笑って。俺、今ならキリリ度120%だよ。

 

「調子に乗るな」

 

 軽く頭をポンと叩かれた。もちろん全然痛くない。むしろちょっと嬉しい。

 たぶん、カイトも優しい人だ。まだ出会ったばかりだから自信はないけど。たぶんね

 

「カイト! 魚取ってきたぜ!」

 

 ゴンとキルアが、両腕いっぱいに魚を抱えて戻ってきた。

 水玉とシマシマの中間みたいな模様の、不思議なヤマメっぽい魚。

 ……これ、俺の? 俺が食っていいの?

 

「タイガは魚も、焼けば食べられるんでしょ?」

 

 そりゃ食べられるさ。けど俺、別に頼んだわけじゃないし、自分で獲ってくることもできるし。

 と思って俺はすっくと立ち上がる。

 ハンティングモードでキャンプを抜けようとした瞬間、首の後ろをむんずとつかまれた。

 

「自由行動は禁止だ。代わりにお前の食料はオレたちが確保してやる」

 

 思ったんだけど、さっきからカイト、普通に俺に話しかけてるよね。

 俺が言葉を理解してるってわかってるのかな。

 しばらくじたばたして、やっとこさ降ろしてもらう。

 しょんぼり座り込むと、キルアが笑いながら言った。

 

「……本当に言われたことがわかってるみたいだ。タイガ、頭いいのな」

 

 なんかズルしてる気がする。

 褒められてうれしいんだけど、ちょっと複雑な気分だ。

 俺、人間だったしな。これくらいできて当たり前……みたいな?

 でもまあ、ここでは誰にもバレてないし。

 可愛い子虎のふりをしてる方が都合がいい。

 

 

 焼き上がった魚を、前脚でつかんで食べる。

 うまい。外はカリッと中はふわっと、ってやつだ。

 ちゃんと焦げすぎないようにちょうどいい塩梅で焼いてあるところにカイトの仕事ぶりが光っている。

 こういうの、地味にありがたいんだよな。

 

 俺も狩りはできるし、魚くらいなら余裕で自分で取れる。

 でも、今はニンゲンのルールに従っておこう。

 ニンゲンって、怒らせると怖いからな。特にメス。

 

 しかしまさかこんな流されるままにゴンたちと行動することになるとは思いもしなかったよ。

 

「タイガはすごいなぁ。ちゃんとお行儀良く座って食べてる」

 

「骨ってどうすんだろ。全部吐き出すのかな」

 

 残念。骨まで美味しくいただきます。

 魚なら俺でもイケるけど、獣の骨はまだちょっと無理。

 ママはウサギでもイノシシでも鹿でも、骨までバリバリ嚙み砕いてたよ。すごいよね。

 

 魚を頭から尻尾まで丸ごと四匹ぺろりとたいらげると、俺の腹はぽんぽんになった。

 もう満足。あとは寝るだけだ。

……猫って、そんなもんじゃない? 虎も、きっとそうだよな。

 

「寝てていいよ。オレたちも今日はゆっくりする予定だからさ」

 

 ゴンが優しく言ってくれる。ありがたい言葉だ。

 

「明日には帰るんだろ? コイツ飛行船に乗せられるのかな」

 

「このサイズならたぶんいけるんじゃないかな。大人の虎のサイズだと結構な別料金がかかると思うけど」

 

「そもそも猛獣を乗せられるのかって聞いてんだよ」

 

「ハンターライセンスを見せてきちんと隔離監視できるなら問題ない。お前たちはライセンスを手元に所持していないからオレの仕事になるな、まったくもってうっとうしい」

 

 話を聞いているうちに、だんだんカイトのこともわかってきた。

 口は悪いけど、実はそんなに悪く思ってない。

 俺のことも、なんだかんだで可愛がってくれてる……気がする。

 

 眠気に勝てなくなった俺は、ふらりとカイトに歩み寄り、彼の足を前脚で抱きしめた。

 爪は立てないように、そっと、そっと。

 

「……なんだ?」

 

 カイトが訝しむ。

 

「たぶん、カイトと一緒に寝たいんだよ」

 

 ゴンが笑いながら言う。うん、正解。ちょっとさびしかったんだ。もうママ、いないからさ。

 んで、サイズ的に一番しっくりくるのがカイトなんだよな。ゴンキルだとちょっと小さい。

 

「もう仕事自体は終わってんだろ? 一緒に寝てやれよ」

 

「……まったくもって、面倒くさい生き物だ」

 

 そう言いながらも、カイトは俺を膝の上に抱き上げてくれた。

 俺はそのまま、あたたかなぬくもりに身を任せて眠りに落ちた。

 

 

 

 風がやさしく吹いていた。

 キャンプの火は小さくなり、空には星がまたたいている。

 夜の森は静かで、どこか懐かしくもある。

 キャンプの隅では、皆が寝息を立てていた。

 丸めた寝袋に潜り込み、安心したように身体を預けている。

 そんな中でまだ起きていたのは、俺を抱いていたカイトだけだった。

 

「起きたか。そこに夕飯があるぞ」

 

 低く落ち着いた声が、耳に心地よく響いた。

 俺の目の前には、既に焼き上がった肉がいくつか並べられていた。

 見た目はネズミくらいのサイズの獣肉で、匂いからして小型の草食動物だろうか。

 すでに火が通り、表面は香ばしく焦げている。

 少し冷えてはいたが、俺の鼻をくすぐるその香りに、胃が反応する。

 ありがたくいただくことにした。

 一口噛むたびに、脂と肉の旨みが口の中に広がる。身体が自然とほっとするのを感じた。

 

 俺が肉に夢中になっている間に、カイトはようやく横になる準備をしていた。

 ずっと俺を膝にのせていたせいで、眠るタイミングを逃していたのだろう。

 申し訳ないことをしたなと思いながらも、それでも彼の膝の上はあたたかく、心地よかった。

 

「ほら、食い終わったなら来い」

 

 カイトが大きく腕を広げて、俺を呼んだ。

 まるで何もかもを包み込むような、静かな仕草だった。

 何だろう、と首をかしげつつ近寄ると、その腕が俺の身体をそっと引き寄せた。

 

「すまんな。お前を母親と引き離すつもりはなかったんだが」

 

 低く、しかし真摯な声が耳に届く。

 カイトの懐は、やっぱりあたたかかった。

 ママみたいにふわふわじゃないけど、俺の身体をゆっくりと緩めてくれる。

 

 俺は何も言わず、ただ頬をカイトの胸にこすりつけた。

 それだけで気持ちは伝わると思った。

 俺は、自分の意思でここにいる。

 ついてきたのは、誰かに強制されたからじゃない。

 そう、俺が決めたんだ。自分で。

 

 だから、大丈夫だよ、カイト。

 そう心の中で呟く。

 そのまま俺は彼の胸の音を聴きながら、静かに眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 翌朝、太陽が森を照らし始める頃、ゴンたちは今日の予定を話していた。

 

「これから報告に行くんだ。調査の件でさ」

 

 この周辺で新種の生物調査をしていたらしい。

 俺が連れてこられたのも、たぶんその調査の一環だったんだろう。

 

 ……てっきり、俺もその『報告』に同行するのかと思っていたけど。

 気づけば俺は、建物の外でぽつんと取り残されていた。

 

 見上げた空はやたら広く、街の建物はまるで森の木々とは別の生き物のように無機質だった。

 俺はその中で、どこか所在なさげに座っていた。

 すぐそばには、ゴンとキルアがいた。見張り役……というか、単なる付き添いらしい。

 

「タイガ、退屈?」

 

 ゴンが屈み込んで声をかけてくる。

 俺は尻尾を軽く揺らして答えた。暇だよ、めちゃくちゃ暇。チョー暇。

 

「じゃあ、これあげる」

 

 ゴンが差し出してきたのは、草でできた丸い物体だった。

 掌に収まるくらいの大きさで、乾いた緑の草が編み込まれたような、不思議な見た目。

 

「なんだそれ」

 

「カミキリクサムシっていう虫の巣だよ。草を自分で噛み切って編んで巣を作るんだけど、中が空洞で外側の巣がキレイにボール状になってて、大きさ的にも犬や猫のおもちゃにちょうどいいんだ」

 

「ふーん……お前、そういうの詳しいよな」

 

 ゴンはさっそく、その草のボールを地面に向かってぽーんと投げた。

 最初は興味ないふりをしていたが……おや、なんだ、あの動きは。

 追いかけて行って前足でちょいちょいする。

 草の繊維が爪にひっかかって不規則に跳ね返るその感触が、なんともクセになる。

 ……うわ、楽しい。なんだこれ、超たのしい!

 

 気づけば俺は本能のままに草のボールを追いかけ、両前足でちょいちょいしていた。

 跳ねる、転がる、追いかける。なんて単純で、なんて面白いんだろう。

 いや、違うんだ、これは暇つぶしだから、別にそんな楽しいわけじゃいやめっちゃ楽しい!!!

 

「気にいったみたいだね、よかった」

 

「ま、ヒマつぶしにはなるよな。オレらは引き続きヒマだけど」

 

 キルアが肩をすくめる。

 

「仕方ないよ。そもそもオレたちの方が仕事中のカイトたちの邪魔をしてたわけだしね」

 

「まっ、しゃーねーか」

 

 

 

 ようやく報告を終えたらしいカイトたちが戻ってきて、俺たちは再び移動することになった。

 

「ちょっと気になることがあってな、ヨークシンに行くんだがお前たちも一緒に来るか? 詳しいことは道中に話そう」

 

「行く行く」とゴンが即答する。

 

「どっちにしろ一度ヨークシンには戻ろうって話してたしな、いいんじゃね」

 

 キルアもあっさりと同意する。

 まあ、俺に選択肢があるわけじゃない。だけど、別に不満もない。

 彼らと一緒にいれば、きっと面白いことが待っている気がする。

 俺は草ボールを軽く咥えて、立ち上がった。

 

 

……ヨークシン……って、なんだったっけ。聞き覚えがあるような。

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