飛行船での俺の処遇はおおむね予想通りだった。
みんなは当たり前だが乗客として客室へと乗船し、俺は貨物室の一区画に専用スペースを与えられた。
まあ、虎が客室をうろついていたらそれこそ一大事だ。
その判断は俺自身も妥当だと感じていた。
俺のそばでは何事も起こらないよう常にカイトが目を光らせているというわけだ。
カイトがいるおかげなのか特に檻の中に閉じ込められたりするわけでもなかった。
それは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
その場所は冷え込みが厳しく、エアコンも設置されていない。
俺のように分厚い毛皮を纏っていれば問題ないが、カイトは人間だ。
俺のそばに常にいて見張っている彼が寒くないか、少しばかり心配になる。
「がう」
俺が声を上げると、カイトが顔をこちらに向けた。
「どうした。お前さんがおとなしくしてくれてるんで助かってるぞ」
言葉は一ミリも通じない。しょぼん。
伝わらないと分かっていても、俺はもう一度声を漏らす。
「がう……」
「……もしかして腹が減ったか? 飛行船に乗ってる間はこれで辛抱してくれ」
カイトはジャケットの内ポケットから、数本のジャーキーを取り出して差し出してきた。
白っぽくぱさついた見た目。たぶん鳥の干し肉なんじゃないかな。
味は素朴だけど、乾いているくせに口に入れると妙にジューシーで、唾液が自然とあふれてくる。
塩も胡椒も使っていないみたいだけど、それでもうまい。
もっと刺激的な黒胡椒たっぷりのスパイシーなやつが食べたい気もするけど……今はこれでしゃーない。
「ほら、水も飲んどけ」
彼はバッグからペットボトルを取り出し、中の水を小さな紙皿に注いでくれた。
俺がそれを飲むのを見守りながら、彼自身もボトルに口をつける。
飛行船って、どれくらいの時間飛ぶものなんだろう。
飛行機みたいに速くはないだろうし、目的地が遠ければ丸一日くらいかかるんじゃないか?
俺は大丈夫だけど、ニンゲンにはなかなか過酷な環境じゃないかと思う。
そんな俺の心配をよそに、カイトは淡々と世話を焼いてくれる。
無口ではあるが、彼なりに俺の不安を和らげようとしてくれているのかもしれない。
その気配りが、なんとなく嬉しい。
「タイガ……お前、念はわかるか? 使えるか?」
ネン? なんじゃそら。粘土かな。
虎に粘土細工をさせるのはどうかと思うぞ。まあ俺ならやれるがな。
芸術家として生きていくのも悪くない。世界初、虎の陶芸家。陶芸タイガー、なんつって。
「さすがに意味を理解するのは無理か……よし、俺を見ていろ」
彼の声が真剣になった。言われたとおりにカイトを見つめる。
すると、彼の全身からふわりと、光のない炎のような、もやもやした何かが立ち上がった。
その瞬間、背筋がぞくりとした。敵意はない。でも、心の奥で何かが反応する。
まるでママに叱られた時のような、説明のつかない威圧感。
「すまん、驚かせるつもりはなかった。さて、お前は同じことができるか?」
よくわからないけど、たぶん“怒ったママ”の真似をすればいいんだな。
牙をむいて、四つ足で地面をしっかり踏みしめて、全身に力をこめて、シャー!!
「……できるのか。お前、すごいな」
できたのか? やっぱりよくわからない。
でも、カイトが頭をぐしゃぐしゃとなでてくれた。
気をつけて! 油断すると角が刺さっちゃうよ!
大丈夫だ問題ない。カイトはそんなドジは踏まない。
「じゃあ次はこれだ」
今度は彼の右手から、先ほどのもやもやが集中的に立ち上る。
まるで晴れた日にだけ現れる朝霧みたい。あんなにまぶしくはないけど。
俺も真似して、自分の右前脚をじっと見つめ、集中した。
……できた、できたよ!
俺の右手もカイトの手と同じように、もやもやに包まれた。
「お前、器用だな……いや、この場合は才能なのか? まあいい」
カイトは顔を近付けて俺の目をじっと見る。見つめられるとむずむずして落ち着かない。
「この力を自在に使えるようになれ。不用意にひけらかす真似はするな。そばにいる間は教えてやれるし守ってもやれるが、この力がお前にどんな影響をもたらすのかはオレにもわからん」
オーラみたいなのは力なのか。やっぱりよくわからないけど。
でもカイトが強いってことは分かる。
彼は強い。気を抜くと本能的な恐怖がちらついてしまうくらい強い。
でも彼はそれを表には出さない。
俺もそんな風に生きていけばいいのかな。
「お前なら大丈夫だとは思うが。オレにできる限りのことはしてやるからな」
カイトがまた頭をなでてくれる。俺はぶるぶると首を振ってそれを拒絶した。
だって俺、虎だし。ニンゲンに頭撫でられるのってなんか気恥ずかしいじゃん?
まるで猫になっちゃったみたいで。
「……まあ、いいさ」
そんな俺の気持ちもお見通しなのか、カイトは小さく笑って手を引っ込めた。
何時間くらい経っただろう。
寝たり、食べたり、ぼけっとしたり。
たまにカイトとおしゃべりしたり。
訂正、一方的になんかいろいろ言われたり。
「カイト! タイガ!!」
そんなとき、元気な声が貨物室に響いた。
ゴンが駆け寄ってくる。遊ぼう! 遊ぼう!
「ちょっと待ってタイガ。カイト、頼まれてたもの持ってきたよ。でも何に使うの?」
そう言ってゴンが取り出したのはコップ。
何の飾り気もない無色透明でシンプルなガラスのコップだ。
「これだ。お前もやっただろう」
カイトはペットボトルに残った水をコップに注ぐ、そりゃあもうなみなみと。
「ああ、水見式か……って、誰の? まさかタイガ?」
「そのまさかだ。意図的に凝ができるようだからな、水見式も多分いけるだろう」
フチからあふれそうなほどの水の上に、葉っぱを一枚浮かせている。
なにこれ何するのん?
「タイガ、見ていろ。こうやるんだ」
両手をコップにかざし、カイトは体中のもやもやを両手に集める。
じっと見ていると、水の中にチャリンと一枚のコインが現れた。
……なんだろうこれは手品かな?
「何これ! カイトは……ええと、具現化系?」
「ああ。何故かは知らんがコップの中にコインが現れる。世界中のどこでも使用されていないし、デザインや色や大きさもその時々でまったく違うがな」
特に何の役にも立たない、と言い捨てて、カイトはコップの中のコインを取り出す。
金属を無限に出すことができるってすごい能力なんじゃなかろうか。と俺は思うがな。
「さあ、次はお前の番だ、やってみろ」
そう言って再びコップを水で満たし、俺の目の前に置いた。
ええと、両手でコップを支えて、さっきみたいに両手に意識を集中して力入れて……。
俺のもやもやがコップに届くと、劇的な変化が起こった。
コップの水が水鉄砲のようにばしゃっと俺の顔面に降り注いだのだ。冷てっ。
「……これは?」
「多分、強化系だな。見ろ、コップの水は減っていない。つまり飛び出した分だけ水が増えたことになる」
ゴンとカイトとは揃って俺の顔を覗き込む。
「あはは、びしょぬれだ」
俺は必死になって顔を洗っている。ああもう、なんでこんなことに。
二人はそんな俺を見て笑いやがった。ぐぬぬぬぬ。いつかこの恨みハラサデオクベキカ。
「タイガも発まで使えるようになるのかな?」
「知らん。多分無理だろうな、そんな話は聞いたことがない」
はつ……なんだよさっきから俺のわからない話ばかりしやがって。
結局俺が何をやらされたのかってのもよくわからない。
あのもやもやと、コップの水の変化が大事なんだってことくらいはわかる。
でもそれが何を意味するのかは全くもって理解できない。
「あのね、タイガ、これは念能力っていうチカラなんだよ」
ネンノーリョク……さっきの、ネンってやつか。粘土じゃなかったのか。
「それで、この体の周りに出ているオーラを使って、いろいろな能力を生み出すことができるんだ。オーラってのは生命力」
ふんふん。自分の生命力を使って技を繰り出すことができるってわけか。
でもその技ってどうやって開発するの?
俺はまじめな表情でゴンの説明を聞いていた。
「で、念能力は大きく六つの系統に分かれるんだけど、さっきのコップを使った水見式っていうのの結果で自分がどの系統なのかを調べることができるんだ。タイガはオレと同じ強化系。見ててね?」
そう言うとゴンもコップに手をかざす。
オーラがコップの方に漂い始めて、コップの水は噴水のようにあふれ出した。
「ね? ちょっと違うけど、コップの水が増えたり減ったりするのは強化系なんだ」
なるほど。で、その強化系って何さ?
「強化系はオーラを使っていろんなものを強化するんだ。例えばオレはパンチを強化する技にした。……ねえカイト、ほかに強化系の人たちってどんな技を持ってるんだろう?」
「知らんな。本来念能力者はおいそれと自分の能力を他人に見せるものじゃない。だがまあそうだな……強化系能力者は『なんでも強化できる』それが自分の力であろうと、物であろうと、他人であろうとだ」
「ふうん……オレもまだまだ修行が足りないな、そんなこと考えたこともなかったや」
じゃあオーラを使って言葉を話せるようになったり……は、さすがに無理か。
でも、声をでかくするとかなら、声帯を強化したらなんとかなるかも?
別にそんなことする意味もないけどさ。
せっかくネンノーリョクってのを俺も使えるみたいだし、俺が何を強化するのが一番いいのかじっくり考えてみることにしよう。
……念能力。水見式。強化系。凝に発。
……聞いたこと、あるような? ないか。