みんなは足が遅いので、入国してすぐ近くにあった牧場で馬をレンタルした。
俺はもちろん乗せてもらわなかった。
そんな必要もない。俺は、足が速いからね。
みんなが馬にまたがっても、俺なら自力で走って余裕で追いつけるよ。
ゴンとキルアが一頭、カイトとポドンゴで一頭、そしてスティックが一頭。
並ぶ顔ぶれを見て俺はようやく、今一緒にいるメンバーの名前を覚えたことに気づいた。
解析班だった人たちの名前まではまだだけど、今ここにいる顔と名前はもう大丈夫。
たぶんね。
検閲所んとこのショップで俺たちは自然素材のリュックや水筒、ある程度保存のきく食糧なんかを買い求めた。
俺もリュックを背負っている。もっとも、俺のは人間用のリュックじゃない。
編み込み細工の、カゴに近いものだ。しっかりと身体に固定される作りで、邪魔にもならない。
なんちゃってタキシードみたいなハーネスとリードは人工物なので処分した。
だけど大丈夫。
そんなものがなくたって、俺はちゃんとカイトの言うことを聞く。
勝手にどこかへ行ったりしない。もう、そこんとこは信じてもらっているのだ。
そして、俺たちは街道沿いを進みはじめた。
といっても、ここにある「街道」というのは俺たちが知っている舗装された道路じゃない。
ただの広い草原のなかで、「なんとなくこのあたりが道なのかな」とわかるくらいの、踏みならされた地面だ。
多分、馬や馬車なんかが行き来するうちに草が踏み倒されて、道のようになったんだろう。
俺や馬たちは平気だけど、人間には石がごろごろしてたり所々ぬかるんでいたりして走りにくいんだろうな、きっと。
俺たち五人(と一頭)のほかに、地元の人たちとの交渉役や特殊な言語の地区の人たちとの通訳として、NGLの二人も一緒についてきている。
虫の本体はこの国の海岸に流されてきた。
あるいは、ここの海岸からあの腕だけが発見場所へと流れていった。
だから、ここにもし本体がいるなら海岸沿いなんだろうと思う。
街道を一気に海岸線まで突っ走って、集落を中心に聞き込み調査をしようってことになった。
目指すは、巨大な虫の目撃情報。何か、手がかりを得るために。
海沿いを移動して数日。
朝方、カイトのもとに一匹の蜂が飛んできた。脚に小さな手紙を括り付けている。
俺は文字が読めないけど、NGLの地図とともにキメラアントの巣の情報が書かれていたらしい。
国の南西部、岩石地帯にその巣があるんだと。
で、それと一緒に、助けを求める悲痛な文面。
「かなり危険だがいっしょに来るか?」
「もちろん」
「オレたちもプロだぜ」
俺も当然ついてくよ!
「……タイガをどうするかだな。お前たちのどちらかが残ってこいつを見てやれるか?」
「タイガ、オレたちが本気で走ったとして、ついてこれる?」
余裕! ニンゲンと俺の脚力を一緒にしてもらっちゃ困るぜ。
「いや、危険すぎる。何かがあった時にオレがお前たちとタイガと全員を守れる保証はない」
一瞬の沈黙。
ゴンとキルアは顔を見合わせた。
「オレたちは大丈夫だよ。本当はスティックさんたちにタイガを連れて帰ってもらえたらそれが一番いいんだけど、ハンターじゃないとダメなんでしょ?」
「まあ、それはそうなんだが……」
カイトは俺とゴンやキルアを交互に見比べる。
しばし思案し、それから決断した。
「……二人は国境へ戻って他の連中と合流! 協会へ連絡してくれ! 最高レベルの危険生物だ。ついでにタイガ……プロハンターの監視が必要なレベルのキャンプタイガーの存在の報告も頼む」
「了解!」
スティックとポドンゴ、それに通訳の一人は馬を返し、街道を国境方面へ引き返していった。
残されたのは、カイト、ゴン、キルア、俺、それにもう一人の女性通訳。
「通訳さん、悪いが先を急ぐんでな」
「はい、もう少しスピードを上げても馬は大丈夫ですよ」
「それじゃ遅すぎる」
カイトはきっぱりと言い放つと、馬から飛び降りた。
ゴンとキルアもすぐに続く。
「ついてこれなきゃ置いてくぞ?」
「こっちのセリフだね」
「準備OK! タイガもいける?」
俺も「がう!」と元気よく吠えた。
俺たちは一斉にダッシュを開始した。
通訳さんと馬をあっという間に置き去りにして、がむしゃらに街道を走る。
思ってたよりかなりスピードが早いけど、気合いを入れればついていけないことはない。
二時間ほど走って、数分の休憩を入れて、また二時間ほど走って。
それを何度か繰り返す。
ニンゲンって普通こんなにスピードとか体力とか、ないと思うんだけどな。
正直そろそろ俺の体力は限界。でも頑張った。絶対に、置いていかれるのは嫌だから!
目的地への途中。
小さな集落に出くわした。
けれど、すぐに違和感に気付く。
静かすぎる。
鳥のさえずりや風に揺れる木々のざわめきはあるのに、人間の気配がどこにもない。
あたりを見回し、ゴンとキルアと一緒に集落の家々の中も外をも探した。
けれど誰一人として見つかることはなかった。
戸口は開け放たれ、生活の痕跡だけがそこに取り残されている。
まるで、ついさっきまで誰かがそこにいたかのように。
柵で囲われた家畜小屋ものぞいたが、牛も馬も、鶏すらもいなかった。
異様な静けさが、背筋をじわじわと冷たくしていく。
「……何か臭うよ」
先に異変に気付いたのはゴンだった。
彼の表情が曇り、鼻をひくつかせながら森の方角を指差す。
俺も鼻を集中させると、たしかに微かに、肉が腐ったようなにおいが漂っているのがわかった。
生き物が多い森なら、腐敗臭ぐらい珍しくない。でもこの臭いは、それとは質が違った。
「臭いの元を探そう。タイガ、おいで」
集落を離れ、近くの森の中へと足を踏み入れる。
木々は程よく間隔をあけて生えていて、地面も歩きやすい。
俺が育った森と比べれば、ずっと歩きやすい場所だった。
しばらく進むと、木漏れ日が射す少し開けた場所に出る。
そこで俺たちは、目を疑う光景に遭遇した。
三本の枯れ木。
それぞれの幹に、牛や馬が串刺しにされていた。
腐敗臭はここから漂っていたのだ。
だが、それ以上に胸を締め付ける違和感がある。
これは、ただの捕食でも、殺戮でもない。
何か、もっと異様な……。
「まるで
ゴンがつぶやくように言った。
「え?」
カイトが淡々と補足する。
「
モズは小さな鳥だ。
通常はカエルや虫なんかを枝に刺すと聞いたことがあるけれど、牛や馬を早贄にする生き物なんて想像もつかない。
どれだけ巨大で、どれだけ強い存在なんだろう。
不穏な沈黙が森を満たす中、不意に声が響いた。
「おい」
俺たち四人は、反射的に振り向いた。
少なくとも俺は、それまで気配すら感じていなかった。
それほどに、声の主は静かに、俺たちに近付いてきていた。
「な……」
「なんだコイツ」
目に飛び込んできたのは、奇妙な生き物だった。
大きさはガタイのいいオスニンゲンくらい。
腕は鳥の翼のように広がり、その先に人間そっくりの手のひらがある。
顔には横に伸びた長い耳、足はまるでウサギを巨大化させたかのような形をしていた。
その化け物は、さっきの早贄を指差した。
「ゴミども。それはオレのだ」
ドス黒い感情が、その声ににじんでいる。
次の瞬間、そいつは唸るように声をあげ、俺たちに飛び掛かってきた。
「近づくなっ」
化け物は両腕を大きく振り回し、ゴンとキルアをまとめて弾き飛ばした。
ふたりともすぐに態勢を立て直したが、化け物は間髪入れず、カイトに狙いを定めた。
けれど、カイトは一歩も動かず、むしろ俺を庇うように立ちはだかった。
その鋭い視線に、化け物は一瞬だけ手を止めた。警戒しているようだ。
その隙を逃さず、カイトは俺の襟首をつかみ、さっと後方へと運んだ。
あまりにも速い動きに、俺は何が起こったのか理解できなかった。
カイトは俺を地面に降ろすこともなく、ゴンとキルアに冷静に命じた。
「あいつ、お前たちだけで何とかしろ。あれはキメラアントの兵隊だ。ここから先はあんな奴等がゾロゾロわいてくる。戦闘中はいちいちお前たちを助けてられん、あいつを倒せないようならタイガを連れて一緒に帰れ。ジャマだからな」
……俺は完全に、お荷物扱いだ。
悔しいけれど、正直、自分でもわかっている。
今の俺では、到底あの化け物には勝てない。
ゴンとキルアなら、どうだろう。
確信はないが、たぶん、あのふたりなら……。
「言っただろカイト、オレたちだってプロだ」
「ガキ扱いするな!」
ゴンとキルアが声を張り上げると、その身体にぐっと力が漲った。
目に見えない圧力が、二人から広がる。
それは俺にもはっきりわかった。
化け物も警戒を強め、両翼を広げた。
次の瞬間、ゴンとキルアが同時に飛びかかる。
拳と爪、体術が交錯し、互角の近接戦が始まった。
俺はカイトに襟首をひっつかまれたまま、固唾をのんでそれを見守る。
力の差は、ほぼ五分。
お互いに大きなダメージを与えることなく、互角に渡り合っている。
けれど、このままでは埒が明かない。
キルアがふわりと高く跳躍する。
そして手に雷のようなものをまとわせると、それを化け物めがけて叩きつけた。
化け物がビクリと硬直した。
雷撃が効いている!
その隙を見逃さず、ゴンが力を込める。
「ジャン……ケン……グー!!!!」
叫びとともに、全身の力を込めた拳が化け物の腹にめり込んだ。
ドンッと重い音が森に響き渡る。
「よし、ジャストミート!!」
しかし、その直後。
空からもう一体、翼を持つ化け物が現れた。
吹き飛ばされた奴を掴み、そのまま逃走する。
「キサマら!! 必ず喰ってやるぞ!! 必ずだ、覚えていろ!!」
捨て台詞を残しながら、二体の化け物は森の奥へと消えていった。
……戦闘は、終わった。
カイトがゴンとキルアに近付きながら、ぽつりとつぶやく。
「頭のいい奴だ。部下に戦わせ、こっちの手の内を探った」
カイトは俺を掴んだまま。
そろそろ降ろしてくれてもいいと思うんだが。
「来るか?」
「え?」
「そんなに落ち込むほど悪くはなかったぞ、今の攻撃。あとはどれくらい場数を踏むかだ」
ようやく、カイトが俺をそっと地面に降ろした。
襟首をつかまれていたところがムズムズする。
「一人前になりたいならここは格好の修羅場。ただしまともな神経じゃ一歩も耐えられん。進む先、勝っても負けても地獄だぞ」
あんな強い化け物が、これから先にはゴロゴロいる。
そんな場所で、俺は、いったい何ができるんだろう。
今の俺では、まともに『
いちいち踏ん張って力と気合いを込めなきゃ、何もできないのだ。
「……行くさ!!」
ゴンとキルアは、強い決意を込めて叫んだ。
その声に押されるように、俺も心を決めた。
せめて、三人の足を引っ張らないように。
せめて、自分の身くらい、自分で守れるように。
小さな誓いを胸に、俺は歩き出した。