「あっちからも変な臭いがする」
ゴンの言葉に全員がぴくりと体を震わせた。
彼の鼻は俺より鋭敏らしい。
俺にはまだ感じ取れないけど、また別の方向から腐敗したようなにおいが漂ってくると言っている。
俺達はそのにおいの元を探るべく、慎重に歩を進めた。
ゴンが示すその方向へ向かうとやがて視界が少し開け、鬱蒼とした森の合間に異様なまでに澄んだ池があらわれる。
だが、その透明な水面は、あたりに漂う異臭の原因を隠しきれてはいなかった。
池の周囲では、たくさんのニンゲンが死んでいた。
すでに死後かなりの時間が経過しているようで、ほとんどはもう腐っている。
剝き出しの骨、剥がれ落ちた頭皮、生前の原形をとどめていないものも多い。
屍肉には獣や鳥が群がっていた。
異様な光景に、思わず吐き気を催しそうになる。
「これ見てよ」
キルアが死体のそばから黒く光る何かを拾い上げた。
これは……銃? 生き物を殺すために作られた、鉄の機械。
彼が指し示す先には他にも似たような武器がいくつも落ちていた。
それぞれの死体の傍らに、一挺、また一挺。
全部で十挺近く見つかっただろうか。
「これがNGLの裏の顔ってヤツ?」
キルアが言葉にした疑念を、カイトが肯定する。
「まぁな」
文明をなくし自然とともに生きていくとしたはずのこの国に、本当ならこんなものあるわけがない。
それが複数あるということは、これが隠されていたNGLの正体なのだろう。
「キルア! カイト!」
ゴンに呼ばれて崖の方へと移動する。
覗き込んだ崖下には森が広がっていた。
そのさらに向こうには、ごつごつとした大きな岩山のようなものがいくつもある。
その岩肌には、数えきれないくらいたくさんの穴が穿たれていた。
「ここがキメラアントの巣……?」
「……違うな。奴等の巣は穴を掘るタイプじゃない。泥や糞で建築するタイプだ」
俺達は岩山に近付いて穴の一つに入ってみた。
壁は平滑に削られて、人工的に作られた通路が奥へと続いている。
電気も通っているのか、一定間隔で天井に電灯が吊り下げられていて、鈍い明かりが通路を照らしていた。
俺の住んでた洞穴とは比べ物にならない。
ここには、ニンゲンが快適に住むためのものがそろっている。
それなのに、やはり誰の姿も見えない。
さらに奥へと進んでいくと大きな部屋があり、そこには様々な機械が並んでいた。
巨大なタンク、無数のパイプ、見たことのない器具、天井には換気用のダクト、床には排水口。
明らかに工場の設備だ。
しかし、人の気配はまるでない。
だが、落ちている武器と床にこびりついた血痕から、この場所もまたさっきの池のような状況だったであろうことを物語っていた。
「ここがNGLの裏の顔だ」
「麻薬工場……!?」
「その通り」
ゴンの言葉に、カイトが頷く。
機械見るだけで麻薬工場だってわかるのすごいな。
俺には何のためのものかなんてさっぱりわからない。においかな?
いくつもの大きなタンクやほのかに残る薬品くささから、何らかの化学工場だと推測するのが精いっぱいだ。
「今、
持ちこんではいけないはずの機械を使って、作ってはいけないはずの麻薬を作る。
大麻みたいな完全に自然の物だったらギリセーフな気もするが、成分を精製して錠剤状に成型するのはどう考えてもアウトだ。
……ん? 錠剤の形にするだけならオッケーなのかな?
服やカゴを編んだり紙を梳くのとかは大丈夫らしいし。
いやいやいや、どっちにせよ麻薬はアウトだろ。
「おそらくこの実態を知っているのはNGLでも上層部のみ。末端構成員は純粋に自然調和の教えに共感してる連中だろう」
「いわばNGLの裏の中核をなす施設だよね。ここが
蟻に喰われたか。
「裏のNGLはキメラアントに殲滅されたわけだ。素人が銃で武装した位じゃ太刀打ちできんってことだな」
少しずつ移動しながら話を続ける。
相変わらず、人も虫も、生き物はなにもいない。
「NGLのボスは……」
「逃げたか喰われたか。いずれにせよ厄介だな」
「? どういうこと?」
「シッ!!」
カイトが立ち止まった。そして前方を指差す。
その先の部屋の壁には横に並んだ三つの通路。
「……何匹かいるぞ」
俺には感じられない。もちろん姿形が見えるわけでもない。
言われて気付く、中央の暗闇の奥から感じるぬるりとした気配。
「まん中の穴からゆっくり近づいて来ている。二……三……左右の穴にもいるな」
「半径何メートル位探れんの?」
「四十五メートル程だ。体調と精神状態で二~三メートル増減するがな。来るぞ」
視認しているわけじゃなく四十五メートル……これも何かのネンノーリョクなのかな。
不思議に思っていると、中央の穴から誰かが出てきた。
馬の上半身が人間の姿をしている、ケンタウロスのような化け物。
あれもキメラアントなんだろう。よく見ると顔は蛇に似ている。
その足元には首輪を鎖でつないだ裸で四つ足の……ニンゲンが二人。
鎖の端を握っているのはそのキメラアント。ニンゲンを飼っているのか?
「た、たすけ……たすけてっ、くれ!!」
叫んだ瞬間、化け物はその人間を無情にも踏みつぶした。
もう一人の方も踏みつぶそうとするのをゴンがやめさせようとした……が。
「
カイトがゴンを止めた。瞬きすらせず化け物をじっと見つめている。
「敵は一匹じゃない。飛び込めば思うツボだぞ」
その時、左右の穴からも一匹ずつキメラアントが出てきた。
「タイガ」
カイトは俺を呼び、低い声で告げる。
「お前にまで構っている余裕がない。もしあいつらがお前を襲うようだったら死ぬ気で避けろ」
俺もあいつらから目をそらさずに、がうと返事だけを返す。
了解。逃げるのは得意だ。
そんなやり取りをしている間に、中央の化け物はもう一人のニンゲンを踏み潰した。
ゴンが目を背ける。
「目をそらすな。そのスキに何を飛ばされるかわからんぞ」
カイトがゴンに警告した。緊張で空気が張り詰めてゆく。
「決めたぞ、お前ら三匹、次の犬に任命する」
キメラアントはどいつもこいつもニンゲンの言葉を操る。
人を喰らって産まれた蟻は、虫といっても知恵が回るんだろう。
「キメラアント自体非常に好戦的な蟻だが、悪党と交じることでさらに邪悪さを増したようだ。ここで食い止めないと想像を絶する数の死人が出る」
カイトの全身からオーラが噴出した。
「オレが奥のヤツと
左右の蟻たちがそれぞれゴンとキルアへと向かう。
「来い!!」
中央のキメラアントは腕を組んだまま二人の戦いを見物している。
カイトはどうやってあいつを倒すつもりなんだろう。
……俺の方にはただのんびりと見ているだけという余裕はない。
ほかに蟻は隠れてないか。ゴンたちと戦っている蟻がこっちに向かってこないか。
視覚、触覚、におい、勘、あらゆるものを使って、全身の毛を逆立てながら全力で警戒する。
油断すればやられる。カイトも、ゴンも、キルアも、俺も、本気だ。
キルアの相手は女にトンボの羽が生えたようなやつ。
今まで出会ったキメラアントの中では一番虫っぽい。
毒針みたいなのに刺されたりはしてたけど、一番最初に倒すことができた。
ゴンの相手はムカデみたいに左右に腕がたくさんある、小柄な男。
少しそいつとやりあったあと。
前に俺が手にオーラを集めた時みたいに、片手の拳にオーラを集中し始める。
俺のとは比べ物にならない、強大なオーラ。
敵もビビってるようだ。
「どうした、おじけづいてんじゃねーぞ」
馬の化け物は引き続き少し離れた場所でゴンたちの戦いを観戦していた。
カイトは……さっきの場所からまったく動かずに、そいつをじっと見ている。
ゴンと戦っている奴はちらりと馬の化け物を見て、ゴンと相対する覚悟を決めたようだった。
そして構えているゴンに襲い掛かる。
「ジャン!!ケン!!!」
ゴンの拳から二本の指が飛び出して、その先にするどいオーラの刃のようなものがあらわれる。
「チー!!!!」
刃は敵の体を袈裟切りにして、上半身と下半身を分断させた。
ゴンはパンチを強化するって言ってたけど、これはまた別の能力なんだろう。
勢いよく飛んで行った相手の上半身のそばにいつの間にかカイトが立っていた。
その頭部に銃を向けて打ち抜く。
「胴体を切ったくらいで安心するな。頭と体が切り離されても一日くらいなら生きてられるような生命力を持つ連中。確実に頭を潰せ」
そしてカイトの方から別の声が聞こえた。
『そして欲を言えば。
全く気付くことができなかった。
カイトは、すでにあの馬の化け物を倒して、ゴンのフォローに行っていたんだ。
強いと思ってはいたけれど、カイトはケタが違う。
『口の中にルーレット!!数字は1から9、出た目によって武器が変わる!!』
さっき聞こえた声は、カイトが持っていた銃のものだった。
なんか銃床にピエロみたいなやつがくっついてて、べらべらとしゃべってる。
「もういい、消えろ」
カイトがそういうと、ピエロ(銃)は煙を上げて消えてしまった。
「勝手にしゃべるの?」
「まぁな」
「ルーレットってことは、出る武器を自分で選べないってこと?」
「ああ。その上、一度出した武器はちゃんと使わない限り代えられないし消せない」
カイトは大きくため息をついた。
「まったくもって、うっとうしい」
あのピエロがカイトの念能力なんだろう。
自分で作り出した能力じゃないのかな。変なの。
「オレに比べてお前たち二人の
ゴンの力はいろんな能力をジャンケンに見立ててそれぞれ扱うもの。
さっき見たのはチョキで、オーラを剣の形に変える変化系。
自分でパンチを強化って言ってたのはきっとグー。パーはどんな能力なんだろ。
「キルアは電気……変化系か?」
「ああ。まだまだ威力はないし、すぐ空になるけどね」
最初に戦った鳥みたいなやつに落とした雷が、キルアの能力。
すぐ空になるってことは、電池みたいに一定量の電気しか扱えないとか、あるいは充電しなきゃ使えないとか、その両方とか、かな。
「いやでもレベルアップするさ。急ぐぞ、巣は近い」
カイトたちが最低限以外の警戒を解いたのを見て、俺も少し体の力を抜く。
本当はカイトたちから離れた方がいいんだとわかってる。俺は足手まといにしかなってない。
でも、ここまで来てしまったら離れられない。
せめて邪魔にならないように、迷惑をかけないようにできる限りうまく逃げ回ろう。
失敗したら、俺が死ぬだけだ。問題ない。
俺たちは岩山の工場を抜け出して、さらに先へと進んだ。