びしょぬれタイガー   作:海砂

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第九話 別れ別れ!

 森の奥へと進むにつれ、空気が変わっていった。

 木々の密度が増し、日差しも地表へと届かなくなっていく。

 薄暗い静寂の中、俺たちは突如大量のキメラアントに囲まれた。

 次々と現れる蟻の様子に、巣が近いであろうことを確信した。

 人数が多かったのでヤバいかもと思ったけど、蟻どもは意外にも一対一のタイマンを仕掛けてきた。

 統率されていないバラバラの人格……蟻でも人格って言っていいのかな。

 人間を取り込んだ結果、知恵を得る代わりに群れとしての統一性を失っているように見えた。

 

 ゴンとキルアは、個別の戦いであれば相手をものともせず撃破していく。

 俺は少し離れた場所からみんなを見守ることしかできなかったのだが、やはり特筆すべきはカイトの能力だ。

 カイトの一撃は、同時に複数の蟻を薙ぎ払った。まるで死神の鎌ように鋭く、冷酷に、そして何より正確に。

 その姿に思わず「カイトしゅごい」と心の中でつぶやいてしまった。

 

 正直、カイト一人で蟻を殲滅できるんじゃなかろうか。

 俺は邪魔にならないように、ずっと彼の命令どおりに動いている。

 警戒して、時々逃げ回って。

 彼が能力である鎌を振り回すときには、言われたとおり全力でジャンプした。

 あれはやばい。ほんのかすりでもしたら真っ二つになる。

 鎌にもやっぱり持ち手の根元に、銃の時と同じようなピエロがくっついていた。

 たぶんルーレットで選ばれた武器の一つなんだろう。他にはどんなのがあるのかな。

 

「気をつけて進めよ。さっきも言ったように、このくらいならすぐには死なん」

 

 バラバラにされたキメラアントどもの合間を縫うようにして、俺たちは先に進む。

 カイトの言うとおり、大きな動作こそしないもののピクピクと動いてるやつは結構いる。

 中にはこちらに攻撃を仕掛けられるやつらが残っているかもしれない。

 

 カイトが通った後をなぞるようにして歩く。

 一匹だけ、カイトは無視して俺に襲い掛かってきたやつがいた。

 俺だけなら簡単に倒せると思ったのかな。まあ、その通りなんだけど。

 そのカマキリのような蟻は上半身だけになりながらも、右手の鎌を大きく広げて俺を挟み込もうとしていた。

 スピードは速かったけど、俺はそれをひらりと避ける。

 そして着地するのと同時に前足にオーラを込めて、全力でそいつの小さな頭を踏んづけた。

 ぐちゃっと気持ち悪い感触とともに頭部はミンチになり、もうそいつが動くことはなくなった。

……さすがにね、真っ二つにされて弱ってたやつなら俺だって倒せるよ。

 前足が虫臭い。つぶれたカメムシのにおい。どっかで洗いたい。

 

 途中に小さな池があったので、俺は走ってそこに駆け寄り、手を洗おうと思ったんだけど。

 勢いあまって転がり落ち、池にどぽんと大きな音を立てて頭から突っ込んでしまった。

 三人に笑われながら陸地に上がり、ぶるぶると頭や体を振って水滴を飛ばす。

 そんな状況じゃないのは分かってるけど、少しはみんなの無駄な緊張を和らげることができたかな。

……俺は、わざと池に落ちたんだからね。ドジ踏んだわけじゃないからね!! 本当に!

 

 

 そんな感じで巣を見つけるまで進んでいくものだと思っていたんだけど。

 

 

 それからしばらくの間、キメラアントに遭遇することはなかった。

 広い範囲を探索し、巣を探す。

 カイトが建築タイプの巣って言ってたから、たぶんある程度広い場所に巣があると思うんだけど。

 やがて森を抜け木々のないひらけた場所に出た。

 間違えた、出る直前らへん。まだ木々の陰に隠れているよ。

 ひらけた場所にのこのこと出て行ったら敵に見つかりやすいからね。

 その場所の中央あたりに、離れたこの場所からでも見えるくらい大きなビルのような建造物が突然現れた。

 あれが……キメラアントの巣なのかな。

 

「…………化け物だ……」

 

 カイトが冷や汗をかいている。顔が引きつってる。

 

「なんてことだ、信じられん。ゴン、キルア、タイガ、すぐ逃げろ」

 

 突然の言葉に俺たちは戸惑う。

 

「早く行け!!ここから離れろ!!」

 

 カイトは急に立ち上がった。

 

「オレから離れろ!!」

 

 その瞬間、何か影のようなものが横切って、カイトの片腕が飛ぶ。

 え、なに。なんで。なに?

 影は、着地した。女の子のような姿をした、人間に近いキメラアント。

 俺とゴン、キルアをちらりと見る。恐ろしいほどの圧!

 まずい、まずいまずいまずい。

 カイトは強い。でもそれを俺たちには見せなかった。

 こいつはやばい! 強さを全開にしているから俺でもすぐに理解できる。

 今までのキメラアントと違って一ミリも勝てる気がしない!

 

 本当に一瞬ちらりと見ただけで、そいつはカイトに集中し俺たちから視線を切る。

 同時に刈り取られたカイトの腕が地面に落ちる音がした。

 

「う、うあああああああああああああ!」

 

 ゴンが叫び、全力で飛び掛かろうとする。

 駄目だ、きっとゴンでも勝てない。

 俺たちみんなここで殺されてしまうのか?

……均衡を破ったのはキルアだった。

 キルアはゴンを力任せに殴り飛ばし、気絶した彼を担ぎ上げる。

 

「いい判断だ、キルア。そのままゴンを連れて逃げろ」

 

 そしてキルアは元来た方へ向かって駆け出した。

 

 俺はというと、ずっと足が固まって身動きが取れなかった。

 毛が逆立って、全身が凍って、ぴくりとも動けなかった。

 自分じゃわからないけど、たぶん涙目にもなってたと思う。

 

「お前もだ、タイガ、早く行け!!」

 

 俺の方を見もせずにカイトはそう言うと、ピエロの武器を出す。

 カイトの怒鳴り声で、ようやく俺の手足が動いた。

 本当は、カイトの力になりたい。

 カイトを見捨てて行けない。

 だけど怖くて恐ろしくて、俺は言われたとおりにキルアたちの後を追った。

 敵は俺たちを追おうとはしなかった。

 カイトだけが、あいつに『敵』だと認められたんだろう。

 俺たちはそれ以下の、雑魚にすらなれなかった。

 

「……死ぬなよ」

 

 最後にカイトの声が聞こえた。

 

 

 俺は無我夢中で走った。何も考えずに、ただキルアのにおいを辿って。

 それ以外のことは考えずに、ただひたすら走った。

 

 馬を置いて通訳さんたちと離れた場所。

 そのあたりで、俺はキルアに追いつくことができた。

 ゴンはまだ目を覚ましていない。

 もう俺もキルアも走ってはいない。歩いて、その人たちの元へ行く。

 通訳さんはその場所で馬とともに俺たちを待っていてくれたようだった。

 スティックたちについていった通訳の人も戻ってきていた。

 

「大丈夫かい……もう一人の人はどうしたんだ?」

 

 彼がキルアに話しかける。

 

「がう」

 

 俺もキルアに話しかける。

 キルアの耳にはどちらも届いていないようだ。

 

 俺たちは無言で、国境まで戻る。

 通訳の人とはその手前で別れ、キルアとゴンと俺は検問所の木からも出た。

 木の幹の根元にゴンを寝かせて、俺たちも座り込む。

 全力疾走して吹き出したキルアの汗はまだ引いていないし、俺の呼吸も乱れている。

 キルアは国境で返してもらった携帯を使い、誰かと話をしているようだった。

 

 座って、落ち着いて、もう一度あいつのことを思い出す。

 思い出そうとできる程度には落ち着いた。

 でも、そうするだけでも鳥肌が立つ。

 あいつが俺たちに興味がないからここまで逃げられただけで、もし殺すつもりだったとしたら無事ではすまなかっただろう。

 俺とゴンとキルアを足しても、絶対にあいつには勝てない。

 カイトは無事だろうか。……せめて、命は助かっているだろうか。

 カイトの実力があれば、倒すことができなかったとしても逃げるだけなら何とかなったかもしれない。

 でも、そこには俺がいた。足手まといで邪魔者の、何の役にも立たない虎。

 俺がいなかったら、カイトは助かっていたかもしれない。

 カイトが逃げる選択肢を俺が奪ってしまった。

 俺がカイトを殺したようなもんだ。

 俺が、俺が、俺が……こんな時でも、俺は俺のことばっかりだ。

 情けない。苦しい。辛い。

 でも、こんなのなんてことない。カイトに比べれば。

 

 

「よう。お前さんがタイガか?」

 

 突然、知らない人に声をかけられた。

 短髪を刈り上げて、ずんぐりむっくりした体に伸びきったTシャツを着ている。

 この人が近づいていることに、気絶しているゴンはもちろん俺もキルアも気づかなかった。

 

「あー、カイトの野郎はどこ行った? アイツにお前さんのことを頼まれたんだがな」

 

 そう言って俺の背中をぐしゃぐしゃと撫でる。

 あ……こいつ、もしかしたらカイトが俺を預けるって言っていた、ハンターの人?

 

「……アンタは?」

 

「おれはカリヌシ。カイトのツレだ。まあツレっつってもここ五年は会ってないがな」

 

 そう言ってガハハと豪快に笑う。

 

「……アンタ、どこまで知ってる? キメラアントのことは?」

 

「聞いてるよ。アイツの仕事(ハント)の対象だろ。なんか人間も食うレベルの大きさのキメラアントがいるとかいないとか」

 

「いた……それも、とんでもない強さで……オレたちはカイトを置いて、逃げ出した」

 

 キルアは無表情で、淡々と、これまでの出来事をカリヌシに説明していた。

 

「あー……なんだ、その。アイツもそんなに弱くねぇし、お前さんたちを抱え込んだうえでキメラアントを討伐できるとか甘い考えを持っていたんだろうな。だからこれはアイツ自身の責任で、お前さんたちのせいじゃない」

 

 気休めと慰めの言葉は、キルアには届かない。

 

「がう」

 

 カイトはこの人に俺を預けようとした。

 あくまで俺の見立てでしかないが、この人もたぶんカイトと同じくらい強い。

 最低限、自分の身くらい自分で守らないと。

 もしもカイトが帰ってきたときに、一緒にいることはできないんだ。

 

「がう、がう」

 

 伝わらないと思うけどキルアと、眠っているゴンに声をかける。

 俺、もっと強くなって戻ってくるよ。ゴンやキルアを追い越すくらいに。

 そしたらまた一緒に、カイトも一緒に、旅をしよう。

 二人も、今のままじゃ駄目だと思ってるだろ?

 

「がう」

 

 振り返って、俺はカリヌシに頭を下げた。

 俺はこいつについていく。そして今よりもっともっと強くなる。

 

「……お? この虎はお前さんよりかやる気みたいだぞ。目が死んでない。……まあ、わかってないだけかもしれんがな。立ち直るにゃ時間がかかるかもしれんが、どうせ立ち直るなら早目に立ち直った方がそのあとも捗るってもんだ。お前さんたちがここで折れるようなセコいハンターじゃないってことを信じてるよ」

 

 カイトのツレだしな! そう言ってカリヌシは笑う。

 そして俺に向き合って俺の高さまで顔を下げてくれるとこう言った。

 

「よっしゃタイガ、おれと行くか。よろしく頼むぜ」

 

「がう!」

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