その日、リ・エスティーゼ王国の王都で新たな生命が産声をあげた。
美しい黄金の髪をもち、生まれて間もないながらも、非常に美しく、将来絶世の美女になる様が容易に想像できるような女の子だった。
初め、当代のエ・レエブル領領主であるエリアス・ブラント・デイル・レエブンは、自らの後継者となれる男子が生まれることを望んでいたため、赤子の性別を聞いた途端に、興味を失った。しかし、生まれてきた赤子を一目見た時から、そんな考えは一蹴された。
「なんと……」
彼は、赤子の愛らしさに目を奪われ、やがてすぐに溺愛と言われるまでになっていく。
「この子をセリと名づける! これよりセリ・フォールン・デリル・レヴァンと名乗らせることを宣言する!」
その場に立ち合いに来ていた親戚や親交のあった貴族の者たちにより、侯爵とその子供に大きな拍手が送られた。
レエブン侯は、再び妻の胸に抱かれる娘を見つめる。娘は、いや、セリは、妻の胸の中で優しく微笑んでいた。
「⋯かわいい」
自身にこんなにも可愛い娘ができたことが嬉しく、また、彼女の笑顔は、明るい王国の未来を想起させた。彼は、この子のために強い王国を残すことを誓うのであった。
セリ・フォールン・デリル・レヴァンの誕生はすぐに王国全土に広がり、侯爵領は賛辞の言葉に包まれた。
「いやはやお嬢様には驚かされてばかりでございます」
「お嬢様は本当に聡明であらせられます」
執務室で使用人たちの賛美の声が響く。その声を一身に受けるものはもちろん、侯爵令嬢セリだ。セリの聡明さは、その容姿に磨きがかかるのに比例して、日を追うごとに増していった。彼女は両親からの溺愛とも言える愛を受けて元気に、賢く育った。生まれて半年で言語を使いこなし、一歳になる頃には文字の読み書きを、二歳で九九をマスターした。
そして、七歳になった現在、領内の仕事の多くを任せられるようになっただけでなく、第三位階の魔法まで使いこなす
だが、そうさせるのも納得なほどの魅力がセリにはあった。
「——ははははは! そうだろう! そうだろう!」
「……。お父様、本日もお変わりない様で何よりでございます」
「いや、変わったことはあるぞ! セリたんの可愛さが日に日に増している! はははは!!」
「……。私は、お父様の教えがあったからこそ、お手伝いできているに過ぎません」
と、まるで大人の様な口調で本心から謙遜するが、父は、それを受けてもなお、「なんと出来の良い娘なんだ……。セリたんはいつも優しいね」などとあいもかわらずセリを褒めちぎっている。セリは、少し恥ずかしくなり、頬を赤らめ、照れた様な仕草を見せる。その様子を見てレエブン侯は、幸せそうにそれを見つめ微笑んでいる。
「はっ早く執務を始めましょうっ!」
父の視線に耐えかねたように言うセリは、王位という野心を根こそぎ奪い取ってしまうほどの愛らしさがあった。
ーリ・エスティーゼ王国王城
「それでね、——」
リ・エスティーゼ王国第三王女ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、退屈していた。
生まれた頃から、誰からも理解されず、奇怪なものを見る目で見られてきた彼女は、次第に周りの人間にひどく絶望する様になっていた。周りの大人はやる前から失敗するとわかる様な政策を繰り返し、自分がそれについて指摘すると、子供だからとあしらわれる。いつの間にか、体は痩せ細り、六歳にして拒食症の発症が危惧される状態にあった。
現在彼女は、年と身分が近いというだけで、全くもって興味のない目の前のラキュースという女とのお茶会に付き合わされているのであった。ラキュースのどうでもいい話を聞き流しながら、どうすれば自分は満たされるのだろうかと、思索に耽っていた。
やはり、一番に思いつくことは、自分のことを理解してくれる人間を見つけることだろう。しかし、それは簡単な様で最も難しいことだ。ラナーの頭脳は人間のそれを遥かに超越しており、まさに知謀の化け物とも言えた。
もしかしたら、この世界で自分を受け入れてくれる人間は皆無なのかもしれない。何千年もの時を生きるという竜王であれば通ずるものがあるだろうか。もはや人間という種族の括りに固執はなかった。心の中に押し寄せてくる世界に対する絶望の波が、退屈という名の無限の渇きを与えてくるから。
自分がこの世でたった一つの異端だと知った時、自分はもう生きていけない——なぜかそんな確信があった。
「——ラナー、きいてる?」
自分の時間を邪魔されて一瞬体に苛立ちが走るも、すぐにまたオトモダチと話す時の顔に戻る。
「えぇ、もちろん聞いていますよ」
「うん! それで、そのセリさんって子はとっても賢くて可愛いらしいの! ラナーは会ったことある?」
「
「ホント!? じゃあ同じ王国の貴族同士親睦を深めるという意味でも、今度のお茶会に招待してもいいかしら?」
ラキュースは目を輝かせながら提案してくる。
だが、これはラナーにとっても悪い提案ではなかった。これまでも「神童」と呼ばれる子供を何人か見かけたが、どれも常識の範囲内を出ず、ラナーの望むものではないと、会っただけで断言できた。しかしセリはどうだろうか。これまでに比べたものとは一線を画す実績と、何より、噂を聞いただけだが、そのいくつかの散りばめられた噂のピースをはめていくと、ラナーの優秀な脳は、彼女は今までのものよりかは格段に期待できると告げるのだ。
「会ってみたい」ラナーは人に対して初めてそう思った。やはり人脈を広げるという意味でこのラキュースという女と関わってきたことが功を奏したかもしれない。
心の中でニヤリと笑い、
「えぇ。もちろんです!」
彼女は明るい声でそう返事をした。それは、まるで聖女のような慈愛に満ちたそれでいて年相応の可愛さも残したようないつもの彼女の美しい笑顔であった。
しかし、何故かラキュースは一瞬だけ、全くの別人と話している様な奇妙な感覚に襲われたのだった。