「ごめんなさい。私の拙い作戦のせいで皆さんを危険に晒してしまいました」
ラナーは申し訳なさそうに頭を下げる。彼女の冠が月光に照らされ、光り輝いている。
「とんでもないわ。あなたがいなければそもそもこの計画は成し遂げられなかった。これで王国はまた一つになれるのよ」
八本指の殲滅に王族の偉大さを世界に知らしめたことで、王による絶対君主制が確立できる。後ろ盾を失った貴族派の貴族たちには大きな顔は出来なくなるだろう。
それだけではなく、八本指に関与していた貴族たちの情報も握っている。これにより、法に則った正当な方法で腐敗した貴族たちを一掃できる。少しの犠牲は出てしまったが、とてつもなく大きな成果だ。
「ところで、ラキュース?」
「どしたのかしら?セリ」
ラキュースは平静を装った笑みを浮かべながら、何事もないかのように話す。
「ここ最近、なぜ私と顔を合わせてくれないの?」
「あら、勘違いじゃないかしら?私は人と話す時は目を見て話せと教えられているもの」
そう言いながらも、ラキュースの視線はラナーに向いている。こちらを見ようともしていない。それにどこかよそよそしい。
(勘違いなわけあるか!!)
心の中でそう叫ぶ。ラキュースは何故こうなってしまったのだろう。いや、本当は全てわかっている。
(絶対にあの日の、あの時の、
公衆の面前で熱い接吻を交わしたことを思い浮かべる。あの日から確実にラキュースの態度が変わった。しかし、自分は覚えていないということになっているため、何も言い出せない。
(っとというか、私もラキュースと、キッキキキスしたってことだよね!?)
今まで自分の力のことだとか王国のことなどに気を取られていて、深く考えていなかったが──考えないようにしていたのかもしれないが、思い返すと急に恥ずかしくなってきた。
「ラキュースゥ?何か言いたいことがあるのなら直接言うべきでは??」
またこれだ。ラナーはこの話題になると、いつもどこか不気味な表情になる。普段の優しいラナーとの落差が怖い。
「そんなことないわよ?私があなたたちに隠し事なんてする訳ないじゃない」
目が笑っていない上に、一度も視線が合わない。ラキュースが誰かと恋仲になっていたなどという話は未だ聞いたことがない。初めてのキスを私に奪われたということが、余程のショックだったのだろうか。
(酷いことしちゃったな…)
気まずさを残したまま、馬車は進む。そこで彼女らは更なる苦労が迫っているということを思い知ることとなる。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
屋敷に到着すると、専属メイドのサクリスが出迎える。自分が生死を彷徨うほどの危機に陥っていたということを知れば、彼女はどういう顔をするだろうか。サクリスだけではない。お父様にお母様、他の使用人たちも皆よくしてくれている。きっとひどく悲しむだろうし、冒険者稼業をやめろと言い出すだろう。
部屋まで向かい、椅子に腰掛けると、今までの疲れがどっと出てくるのを感じた。
「流石に疲れたわ。お茶を淹れてもらえるかしら」
だからこそ今回の遠征の件は身内には黙っておく。申し訳ないがそれがお互いのためだ。大切なこの家の人間の笑顔を守るために私はさらに強くならなければならない。そんなことを考えていると、瞼が重くなってきた。
(たくさん頑張ったし、少しくらいいいかぁ…)
「お嬢様、お紅茶をお持ちいたしました」
部屋の前で声をかけるも返事がない。
「お嬢様、失礼致します。……寝てしまっていたのですか」
ドアを開け、部屋の中に入ると、椅子に足を閉じて上品に座り、小さな寝息を立てながらセリが眠っていた。その神秘的な光景に思わず思考停止してしまうも、すぐに自身の役割を理解して、セリを抱え上げてベッドまで運ぶ。
余程大変な仕事を終えてきたのだろう。セリがこうして無防備に寝ることは非常に珍しい。寝顔も久しぶりに見た気がする。
「たとえ私が犠牲になってもお嬢様をお守りいたします」
不敬だと思いながらも、ベッドで眠る自分の主人をそっと抱き締めてみると、自分の両手に収まりきらない体に成長を感じた。こうして体温を感じると、やはり、普通の女の子なのだと思う。
「いっそ全部私のモノになってしまえばいいのに…」
わかってる。そんな願いは叶わないということは。メイドと侯爵令嬢というだけでもあまりにも身分違いだが、それだけではなく、既に蒼の薔薇のリーダーのラキュース様と第三王女のラナー様とは無意識かもしれないが、親友以上に想っているように見える。
それに、一介のメイドごときでは、お嬢様をお守りすることは出来ない。
身体の成長だけでなく、貴族社会でも民衆から人気のセリは無視できない存在になり、その社会的地位は向上の一途を辿っている。これからはますます自分が力になれることは少なくなってしまう。
「たとえ私が犠牲になったとしても…」
せめて居場所を守れるように努力しようと思った。
カーテンの隙間から光が零れ出す。暖かな日差しは朝の訪れを感じさせる。
「ん、んぅ…」
どうやら寝てしまっていたらしい。昨晩は椅子に座ったっきりそれ以降の記憶が無いが、気づけば自分はふかふかのベッドに横になっていた。サクリスがベッドまで運んでくれたようだ。
体を起こし、部屋を見渡すと、普段は無理やりにでも脳を働かせようとしてくる書類たちがどこにも見当たらない。
こんなにも穏やかな朝はいつぶりだろうか。ありきたりな非日常が、昨日までの大仕事を終えたという実感を与えてくれる。そう思うと、胸の内にはポカポカとした達成感が湧いてくる。
(たまには、ゆっくりしてもいいよね…!)
ここはサクリスの気遣いに甘えて、もう一度眠りにつこうと横になり、布団にもぐろうとしたその時──
──バタン!
「お嬢様!」
音を立てて開く扉とサクリスのその声だけで、きっと厄介事が起きたのだなと理解し、体は条件反射的に起き上がり、机へと向かっていた。
「おはよう、サクリス。何かあった?」
「おはようございます、お嬢様。お疲れのところ申し訳ありません。国王陛下より蒼の薔薇の皆様に直ぐに王城へ来るようにとの事です」
セリの異常とも言える職業病的な目覚めで冷静さを取り戻したサクリスは、簡潔に内容を伝える。
「また急な話だね。はぁ…分かったよ。馬車の中で朝食を済ませるから用意しておいて」
朝っぱらから王城へ来いなどという命令が厄介事でないはずがない。昨日まで命を削るような戦いをしていたというのに、神様は私を休ませてはくれないらしい。
急いで支度を済ませ、馬車に飛び乗ると、用意されたサンドイッチを口に運ぶ。いつの間にか、先程までのしかかっていた眠気は無くなっており、これから降りかかる災難について脳内を高速で回転させて予測していた。
「やっぱりいつも通りの朝だなぁ…」