蒼薔薇の戦乙女   作:蘭帆

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13話:厄介事

 王城に到着し、馬車を降りると、そこにはいつもの蒼の薔薇のメンバーが揃っていた。

 

「…!? …みんなも呼ばれてたんだ…」

 

「えぇ、私たちもついさっき知らせが入って大急ぎで支度してここまで来たのよ。せっかく久しぶりに一日ゆっくりと過ごせるかと思ったのに…」

 

 どうやらほとんど皆同じ状況のようだ。その顔からは未だに疲れが見える。

 

「これで大した用事じゃなかったらどうしてあげようかしら」

 

 そんなことはないと思うが、ラナーが私たちと会いたいからという理由で呼び出していた場合も考えられる。いや、別にそれも悪くはないかも知れない。

 

(いやいや! 流石にラナーだからって甘やかしすぎだよね!? もしそうだったらちゃんと私が叱ってあげなきゃ!)

 

「セリどうしたの? どこか悪いの? まだこの間の傷が痛む?」

 

 一人でありもしない妄想で盛り上がっていると、何か勘付かれたのかラキュースに心配の目を向けられる。

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 流石に今考えていたことをそのまま言うわけにはいかない。

 

「そう? でも我慢はしなくて良いのよ? そもそもいきなり呼び出してくるラナーが悪いんだから。これでただ私たちに会いたくて呼び出していたら、その時は私がきちんと叱ってあげるわ! まぁでも、そうだとしたら悪い気はしないわね」

 

「はぁ…やれやれ、ラキュースの妄想癖もこりゃかなり重症だな。姫さんに限ってそんなことするわけねぇだろうが」

 

(ぅ…)

 

「鬼ボス、残念…」

 

「気持ち悪い」

 

(ぐぅ…)

 

「全く同意見だな。大体お前はラナーのことを甘やかしすぎてるんじゃないのか? 重要な時に判断を見誤るぞ?」

 

(ぐふっっっ)

 

「だから叱らないとって言ってるんじゃない!! 何よみんなして!」

 

「どーだかな。少しはセリを見習ったらどうだ? ん、セリどうしたんだ? そんなにうずくまって」

 

「大丈夫か? そんなに悪いんなら俺たちが代わりに行ってきてやるからここで休んでいていいんだぞ?」

 

 先ほどからラキュースへの言葉がまんま自分に突き刺さり、それに誰も気づかず、自分の心配をしてくれている状況になんともいたたまれない気持ちになる。

 

「ほんとに大丈夫だからぁ!」

 

 朝からこれほどのダメージを受けることだけはイレギュラーなことだと思った。だが、先日まで気まずい空気が流れていたラキュースとの会話が、あまりにもいつも通り自然に行われていたため、内心ほっとしたのだった。

 

 そんな半ば浮ついた雰囲気の中、案内人が現れ、足早に王宮の中に入ることとなった。一行はてっきりラナーの私室に案内されるものだと思って油断していたが、使用人に案内された先は、なんと王の待つ謁見の間だった。

 

「この先で国王陛下がお待ちです」

 

 一息つく間もなく、目の前にある重厚な扉がゆっくりと開かれる。それは王の威厳を表すようだったが、王国の現状を表現する重々しさも存在していた。

 

「一体何があったってんだよ…」

 

 扉の先はどこか思い詰めたような表情の王と、それを宥めるように見つめるラナー、ヒソヒソと何かを話している貴族たち、そして心配そうにこちらを見つめる父の姿があった。

 

 一先ずは不敬にならぬよう慣習に従い、王の目の前で跪き、頭を垂れる。

 

「面を上げよ」

 

 王から催促がかかり、視線を王へと向ける。

 やはり視界に映る王は少し不安げにしている。

 

「急な呼び出しで申し訳ない。だが、大至急取り組まねばならぬことが起きたのだ」

 

 何かを恐れるように、随分ともったいぶって話す王の姿に、威厳が損なわれないか心配するものの、周囲の貴族らもいつものような野次を飛ばすような元気はなくただ青ざめているのみだった。

 

 王の隣に座っているラナーに目線をやると、真剣な表情をしているものの、それほど動揺している様子ではない。その様から、ラナーをも揺るがすほどの案件ではないのだと察し、心の底で安堵する。他のメンバーもそれに気づいたようで、皆も、言葉に詰まりながらも続けようとする王の話を心底落ち着いた心持ちで聴くことができる。

 

「それが…今朝、バハルス帝国から休戦を申し込む書状が届いたのだ」

 

(やっぱり…帝国が動いたか)

 

 帝国のこの動きは八本指の殲滅計画を立てた当初から予見されていたことだ。この作戦が成功した場合、あの皇帝の治める帝国は、真っ先に何かしらのアクションを起こすだろうということは誰にでも予想のつくことだ。

 

 特に、八本指という脅威がなくなり、それにより腐敗した貴族の立場も怪しくなり、強い王国が始まる兆候が見えている今、帝国側からしたら戦争をするよりも友好関係を結んだ方が良いに決まっているだろう。

 

 それにこれは王国内部の政策を遅らせることにもつながる。国家間同士の休戦協定となると、それだけ他のことに手が回らなくなり内紛を起こしやすくしているという訳だ。さらには貴族たちの証拠の隠蔽のための時間を作ってあげているとも言える。

 

 なんにせよ、あの皇帝は、王国の併呑が無理だと悟るや否や、将来的に帝国と王国の関係が有利になるように話を進めているのだ。一つ予想外だったのはあまりにも情報を得るスピードが早かったということだ。

 

「それにこの書状によると、使者を帝国によこし、話を進めたいとのことなのだ」

 

「どこまで王国を舐めているつもりか! 王よ! 其奴の話なぞ聞く必要などありませぬぞ!」

 

「そうです! 王国に呼び出し、どういうつもりか問いただしましょう!」

 

 急にいつもの威勢を取り戻した貴族らは、次々と便乗する様子でキーキーと騒ぎ始めた。その様子を鎮めたのは意外な人物だった。

 

「鎮まれ! 王の御前だぞ!」

 

 ボウロロープ侯だ。

 

「貴様ら、恥を晒すな。我らが帝国に赴くなど言語道断! そんなことは陛下が最もわかってらっしゃるだろう。であれば、残された道は一つ! 帝国の皇帝を王国に引っ張り出し、屈強な王国兵で迎え撃ち、この戦争を終わらせるのみだ!」

 

『おぉ…』と周囲の貴族から感嘆の混じった声が漏れる。しかし聞けば聞くほどバカな話だ。そもそも皇帝が要望に応じて王国に赴くはずがない。代わりのものを寄越させ、襲撃を受けたことを口実に嬉々として戦争を仕掛けてくるだろう。

 

 今、戦争を仕掛けてこないのはそちらの方が利益があるからと思われているからだ。こちらから仕掛けて手を出さない程、温厚ではない。

 

「さて、問題はこの戦争の指揮を誰が取るかということだが…。陛下、私であれば問題ありませんが」

 

 勝手に話が進んでいるが、そもそもそんなことは起こらないのでまったくもって意味のない会話だ。ラナーも表面上は真剣な眼差しだが、私にはわかる。あれは小さい頃に石の裏に潜んでいたダンゴムシを見つけた時と同じ視線だ。

 

 王国が衰退した原因がこの場に全て詰まっていると言っていい。王が貴族たちを御すことができないのであれば、この時点で詰みも同然だ。

 

「今、王国に必要なことは戦争ではなく、民の生活を第一に案ずることだ。そのためにはこれまでのいざこざは目を瞑るべきだ」

 

 期待とは違った王の言に悔しそうな顔を浮かべる貴族たちを見てひとまず安心する。

 

「王国は帝国の申し出に従い、使者を赴かせようと思う」

 

 周囲に驚きと不安の入り混じったざわめきが起こる。それは次第に大きくなり、今度は誰が帝国に行くのかという話題になっている。片方は、我こそが使者となり手柄を手に入れようとしており、もう一方は、鮮血帝を恐れるがあまり、何かと理由をつけて逃れようとしている。比率的には九割型が後者である。

 

 しかし、そんな場を静まらせたのは意外な声だった。

 

「父上!!」

 

 その場にいた全ての者の視線が声の主に集中する。

 

「第一王子であるこの俺にお任せください!」

 

 バルブロの顔からは明確な焦りが感じられた。

 おそらく八本指に関わっていたことが明るみに出た際の自分の立場を危惧しているのだろう。だがそんな付け焼きの決意では状況は覆ることはない。私たちがこの場に呼ばれていることが何よりの証拠だろう。

 

「お前の覚悟は見せてもらった」

 

「では! 父上っ!!」

 

「だが、この場を設けた時点で初めから誰にするかは決めていた」

 

「っっっ!?」

 

 希望から絶望に突き落とされた表情のバルブロには対照的に、はじめとは別人──悟りを開いたかのような様子で王はゆっくりと後ろの黄金へと振り返る。

 

「ラナー、お前に王国の使者としてバハルス帝国皇帝への謁見を命じる」

 

「かしこまりました、陛下」

 

「蒼の薔薇の諸君らには、道中と帝国内での護衛を命じる」

 

「は! お任せください」

 

 みんなもある程度状況が掴めていたようで、揃って返事する。

 

「父上! 待ってください! 俺は第一王子です! 皇帝との交渉の時、第三王女のラナーよりも俺の方が有利に進めることができます! そのメリットを考えられなかったのですか!?」

 

「陛下! 第三王女を連れて行かれては、鮮血帝がどう思うかわかりませんぞ! この国で王に次ぐ立場であるバルブロ王子を使者とする方が最善かと思われます!!」

 

 王が命令を下した後だというのに、まだ第一王子は喚いている。そしてそれにボウロロープ侯を筆頭とした第一王子派閥の貴族が続く。これも今まで王の決断を鈍らせてきたものの一つだ。しかし、今はその心配はなさそうだ。

 

「鎮まれ! これは私がリ・エスティーぜ王国国王として下した命令である。これに反対するものは王国への反逆とみなす。もちろん王族にも例外はない」

 

 普段の温厚な王とはかけ離れた力強い声に静寂が訪れる。

 

「改めて聞こう。まだ私の決定に不満のある者はいるか」

 

 

 

 

「じゃあラナー、それでよろしくね」

 

「はい、わかりました」

 

「しっかし、姫さんの親父…陛下は随分と覚悟決まっちまったみてぇじゃねぇか」

 

「ようやくバカな息子に見切りがついたようだな。ラナーやラキュース、セリのおかげなんじゃないのか?」

 

「イビルアイ! 王族批判はやめなさい!」

 

 突然決まった帝国への遠征だったが、私もラナーもある程度予測できたことだったため、驚くべき効率で会議は進められた。

 

 昨日の今日の急展開にもかかわらず、仕事とあらば切り替えられるのは、さすがは蒼の薔薇といったところだろう。またもや大変な仕事となるが、踏ん張り所だ。

 

 それにしても、ラナーには改めて驚かされる。

 

 予測できた展開だったとはいえ、この重役を喜んで受けるその愛国心には感動する。今もこの状況を楽しんでいるかのように、いつもより分かりやすく微笑んでいる。

 

「ラナー、楽しみなの? すごいね」

 

「鮮血帝を相手にする大役が楽しみだなんて、姫さんは案外ドMなんかもな」

 

「ガガーラン」

 

 ラナーは自分が笑顔だったことに気が付かなかったかのように、目を丸くさせると、少し照れくさそうに頬を赤らめた。

 

「いえ…その…別に、遠征自体が楽しみな訳では無いのですが.」

 

 いつもと違う初々しい様子のラナーが愛らしく感じ、小さな悪戯心が生まれる。

 

「あー! 分かった! ラナーってば私たちとまた一緒に出かけられるのが楽しみなんでしょー? 困ったなー、私たちのこと好きすぎでしょー(笑)」

 

「〜〜~っ////」

 

 冗談でいじってみたつもりだったのだが、ラナーは顔を隠して、耳まで真っ赤にしてうずくまっている。

 

「え、えーと...ほんとに...?」

 

 ラナーはうずくまりながら、小さくコクコクと頷く。

 私の横では、ラキュースも頬を赤くし、激しく動揺した様子で、口角がつり上がっている。誰がどう見ても『にやけ顔』というやつだろう。

 

 そして周りの視線が私とラキュースとラナーで行ったり来たりしているところを見るに、私も同じ様な顔をしているのだろう。

 

 部屋は気まずい静寂が流れる。その後、ノックが鳴り、貴族が尋ねてくるまで、誰も何も話さなかった。

 

 しかし、セリ、ラキュースを除く蒼の薔薇メンバーは一様に思う。

 

(楽しみなのは()()()じゃなくて、お前ら()()のことだろ!)

 

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