闘技場は、前の試合の天武との決闘が前座であったかのような異次元の盛り上がりを見せていた。
帝国民からしたら、王国を併呑できたかもしれないのにも関わらず、急遽、終戦が宣言され、戸惑っていても無理はない状況であるはずなのだが、今は小難しい政治の話よりも、本能から熱狂することのできる戦いが楽しみで仕方がなかったのだ。
舞台の主役である武王とセリはそんな観客の熱狂など歯牙にもかけず、一定の距離を保ち、ただ互いを見つめるのみだった。
そんな静寂を突き破ったのは、少しこもった雄々しい声であった。
「オレのナはゴ・ギン」
それが、自分に対して、戦士の挨拶をしたのだと分かるのに時間がかかった。目の前の魔物が人間に戦士としての礼儀を尽くしたことに衝撃を受けたのだ。このような魔物に会うのはセリも初めてであった。
「失礼、私は蒼の薔薇のセリ・フォールン・デリル・レヴァン。お疲れのとこ試合を申し込んでしまってすみませんね」
「いや、調度イイ。前の試合では満足出来なかったところダ」
前の試合でこの武王に殺されたワーカーの遺体は、闘技場の兵士に連れられ、細々と退場している。支援魔法をかけていたエルフ達は、自分のパーティーメンバーだというのに、遺体に対して罵倒したり蹴飛ばしたりしている。
余程酷い扱いを受けていたか、それだけ人徳がなかったのであろう。
確かにあの者の実力では、武王を満足させることは出来なかった筈だ。
「そこのワーカーも近隣諸国最強の戦士に匹敵すると聞いていタ。だが、実際は噂だけが独り歩きしていたということダ」
近隣諸国最強の兵士というと王国の戦士長ガゼフ・ストロノーフのことだろが、あのワーカーがそれほどの評価を得ていたとは知らなかった。事前情報としてその話を聞いていたのなら、肩透かしもいいところだろう。
「聞くところによると、オマエは英雄級の実力があるそうダナ」
「えぇ、まぁ。貴方よりは強いですね」
「ナルホド…。イイ自信ダ。オレの試合を見た上でそれを言えるトワ」
武王はその手に持つ人一人にも値する巨大な棍棒を片手で持ち上げると、全身鎧の兜から目を光らせた。
「オマエの実力が噂通りか、その自信が虚勢でないか証明してミロ!」
武王が勢いよく地面を蹴り出す。戦いの火蓋は切って落とされた。
「帝国最強の戦士に王国の英雄はどう戦うのか…見応えがあるなぁ…?」
「陛下! 親善試合とはいえ、魔物を一人で相手するなど危険すぎます! 蒼の薔薇として参加させていただく許可を!」
「そんなことありませんぞぉ! セリ殿であれば強大なモンスターであっても十分一人で討伐できるはず! 一体どんな魔法が見れるか楽しみですなぁ!」
ラキュースの言は帝国最強の魔法詠唱者に遮られる。ラキュースだけでなく、蒼の薔薇一同、心苦しい顔持ちをしている。
「爺がこういうのであれば、大丈夫だろう。こう見えても魔法に関しては誰よりも知識がある。なぁ? そう思わないか? ラナー王女?」
「えぇ、そうですね。私も帝国の
ラナーは眩しい笑顔を浮かべる。本当にセリのことを嘘偽りなく、信じてやまない表情だ。
(演技か…? いや、嘘は
その様子にジルクニフだけでなく、王国陣営も内心驚いていた。どんな状況でもセリとラキュースを危険に晒すようなことであれば、最優先に排除してきたラナーがセリを信頼しているという理由だけで闘技場でのセリの戦闘に賛同したのだ。
そしてラナーからは、焦りなどという感情は一切読み取れない。ゆえに不可解なのであった。
強烈な爆発音が会場に響き渡る。その音を聞いて、誰もがセリが魔法を放ったのだと思った。だが砂埃が晴れた時に見えた光景に一同は驚愕した。それは武王の振り下ろした棍棒の一撃が地面を陥没させた音だったのだ。
幸いにもその一撃はギリギリのところでセリがかわしていた。
『おい…これ当たったら死んじまうだろ…』
『流石にあの子が死ぬのは見たくないよな…』
あまりの強烈な一撃に会場は一瞬静まり返る。
「オレには政治的な思惑などはワカラナイ。だが、戦いとなレバ、親善試合と言えど本気で行かせてもらうゾ!」
だがそんなことはお構いなしに武王はさらなる攻撃を仕掛ける。それもとてつもない速さで連撃を仕掛けている。
初めこそ息を呑んで見守っていた観客たちであったが、その武王の目にも止まらぬ連撃を紙一重で避け続け、魔法で応戦し始めるセリの姿が、やがて民衆を熱狂へと駆り立てる。
『うぉぉぉ!! すげぇ!』
『まるで物語の戦いではないか!』
『英雄同士の戦いをこの目で見れるとは!!』
武王の本気の攻撃は闘技場の地形を変えていく。一方でセリの魔法は全身鎧と分厚い外皮に守られて、ほとんど効果がないように見える。
だが、セリも全ての攻撃を避け続けるため、武王の体力も削られていき、お互いに五分の状態だ。
「ハァハァ、オマエの強さは本当のようだナ…。ここまで試合が長引き、終わりが見えないのは初めてダ…。だが、なぜダ? なぜ──」
「なぜもっと高位の魔法を使わないのでしょうなぁ…?」
「やはり…爺もそう思うか?」
「えぇ…見たところセリ殿であれば、第五位階の魔法までであれば自由に扱えるはず…。であるのにも関わらず、先ほどから効果の望めない低位の魔法しか使っていない。これは明らかに不自然なことじゃ。非常に残念ですなぁ…」
ジルクニフとフールーダの視線がラナーに集まる。
「もしや、ラナー王女? あなたがそう指示したのではないか?」
「いえ? そんな事実はありませんよ? 先ほど言葉を交わしたのも、個人的な友人としての会話でしたので」
ラナーはいつもの柔らかい微笑を浮かべながら、鮮血帝と言われる皇帝の問いかけにも冷静に答える。
「そうかそうか。いや何、そう指示していたのであれば、魔法詠唱者であるセリ殿がかわいそうであると判断してな。魔力が尽きてしまった場合、勝ち目がなくなってしまう。そんな試合の終わり方では観客も興醒めだろう」
ラナーは相変わらず微笑を浮かべたままだ。
(やはり勘違いだったか? この女の弱みを発見したと思ったのだがな…。いや、せっかくだ。もう少し探りを入れてみるべきか…?)
ジルクニフの葛藤とは裏腹に、ラナーは内心気が気でなかった。
(あぁもう! 私のことなど気にしないで、早く試合を終わらせてください!)
平静を装っていたが、本当は心配で仕方がなかったのだ。だが、元はと言えば、皇帝の前で弱みを見せかけてしまった自分自身に責任がある。
その様子を察したセリは皇帝の申し出を承諾してしまった。だが、事実あのままセリに止めてもらわなければ、もっと感情を曝け出していたかもしれない。皇帝は私の感情の変化を察知し、探りを入れてきている。そんなことにひっかかるほどの間抜けではないが、自分のせいでセリに危害が加わってしまったのなら最悪だ。
今すぐにでも助け出してあげたいが、自分の蒔いた種だ。せめて何事も起きぬように祈るしかない。
(でもずるいです…耳元であんなこと言われたら…)
(『私は大丈夫だから、いつものラナーでいて…?』)
その言葉のおかげで冷静さを取り戻すことができたが、これでセリの言うことを聞かざるを得なくなり、こうして試合を止めることができないでいるのだ。
ラキュースも、今にも胸がはち切れそうな苦しい表情をしているものの、セリを信じ、見守ると決めたようだ。
「おっと試合が動き出したようですぞ、陛下」
フールーダの言葉通り、戦闘が再開されている。今までと違うことは、セリの攻撃魔法が通り始めているということだ。
「ダメージの蓄積じゃな。全身鎧の急所ばかりを狙い鎧と外皮の耐久力を下げていたのでしょうな。確かにこれであれば、低位の魔法であっても攻撃は通る。じゃが…」
相手の攻撃を避けながら戦っていた先ほどとは打って変わって、現在は自分から攻勢に出ている。一方で武王は防戦一方で打つ手なしと言った様子だ。
しかしながら、セリは今の方が疲弊しているように見える。
「魔力の枯渇か…」
(魔力の枯渇…なるほど初めからこれを狙っていたのか…!? こうすれば、激戦を演出し、民衆に対しても良い催しを提供することができ、今回の宣言がより記憶に残るものとなる。そして自分の実力をこちらに隠したまま、王国に不利益をもたらすことはない…!)
ジルクニフはセリがなかなかの切れ者であることを知り、小さく舌打ちをする。
(このままでは、何も得れぬまま王国のシナリオ通りになってしまう! 頼みとなるのは、人の心だけだろう…)
ジルクニフは突然立ち上がると、大きな声であのセリフを言ってしまう。
「武王、頑張れぇぇぇぇぇぇ!!!!」