現実はつらい…。ということで久しぶりに書きました。
「ラキュース!! 今すぐそいつから離れろ!!」
「え」
その瞬間、自分の体がふわりと宙に浮いたような気がする。イビルアイが何か大声で言っていたが、飛行が発動したのだということに気づく。
しかし、周りを見ると、自分だけが飛行の影響を受けていることに違和感を覚える。
「ちょっとイビルアイ? 早くラナーの元へ行きましょう?」
みんなのいる地上に戻ろうと魔法を発動させようとする。
「待て! ラキュース! 動くな!!」
イビルアイの怒号にも似た声で魔法を制止させられる。イビルアイだけでなく、ガガーランでさえ化け物を見るかのような目でこちらを見ている。
「どうしたのよ……みんなして……」
「ラキュース……前、見てみろよ……」
「前……??」
ガガーランの言葉通り前を見てみると、そこには、先ほどまで抱き抱えていたはずのセリがうっとりとした目でこちらを見ている。
しかし、その目は紅に染まり、不気味な雰囲気を醸し出している。
「随分と美味しそうでありんすねぇ」
「な、何を言っているの!? ……!?」
そこで初めて自分が首を絞めて持ち上げられていることに気がついた。あまりの速さに、何をされているか全く理解ができなかったのだ。
「セ……リ……??」
「どんな味がするかずっと気になっていたでありんす。前回は余計な邪魔が入りんしたが、今日は逃しんせん」
明らかな敵意と殺気に、凍てつくような恐怖が襲う。その場にいた全員が確信する。あれはセリではないと。
そしてその圧倒的な存在感が自分たちの勝てる相手ではないということを物語っていた。
「化け物が……!」
「そうでありんすえ。私はシャルティア=ブラッドフォールン。残酷で冷酷で非道で、そいで可憐な化け物でありんす」
慣れ親しんだ大切な仲間の容姿で、その化け物は醜く顔を歪ませ笑う。
この時、ラキュースだけがその違和感に気づいていた。
(私はなぜこの状態で話すことができていたの……!?)
「おい! アルシェ! どうしたんだ!?」
「何があったのである!?」
「げほっっ……はぁ…………はぁ……」
蒼の薔薇が武王との戦闘に助太刀に来て武王を倒したかと思えば、突然仲間割れをし始めた。闘技場の観客席で観戦をしていたフォーサイトにはそのように映った。
何が起こっているのか理解できずにいると、先ほどまでなんともなかったアルシェが突然嘔吐し始めたのだ。
ロバーデイクが
「う、うぅ……」
辛そうなアルシェと、何より、自分が肌で感じる凄まじい威圧感に、イミーナは一つの恐ろしい結論に至る。
「アルシェ……何を視たの……?」
「どういうことだ!? イミーナ!?」
「だってそういうことでしょう!? さっきまでそんな素振りなかったじゃない!?」
「なるほど、そういうことであるか……」
ヘッケランだけアルシェに起こった事態について理解できていないでいると、両膝をつき、苦しんでいたアルシェは、未だ震えの治らぬ口をゆっくりと開く。
「あれは……化け物……。信じられないような……化け物……。人間が、勝てる存在じゃない……!」
アルシェの視線の先には、闘技場のステージで蒼の薔薇のリーダーの首を締め上げる魔法詠唱者の存在があった。
彼女のまとう気は、圧倒的強者のそれで、自分に対して殺気を向けられている訳でもないのに、無意識に全身に鳥肌が走っていた。ヘッケランもようやくイミーナの発言の意味を理解する。
「あぁ……なるほど、わかる気がするよ……さっきとは空気が違う」
先程までの彼女も、自分たちでは届かない魔法詠唱者としての高みにいた。しかしそれは、戦闘を見たからこそ言えることで、このようにただそこにいるだけで、自分に生物として本能的な恐怖を与えてきた今の彼女は別人のように見えた。
そして信頼をおくパーティーメンバーのアルシェの言動。
帝国最強の魔法詠唱者を凌ぐほどの魔力量を見てもなんともなかったアルシェが、今の彼女を見た時には嘔吐した。
それだけでなく、人間には勝てない存在であると。
この事実がたまらなく恐ろしく、フォーサイトを震え上がらせた。そして、今起きていることが見たままのことであったなら。
この戦いを止めることができる者はこの世にいないだろう。
「ガガーラン、こっちを見ずに聞け。私が奴の隙を作る。その間にラキュースを連れて逃げろ」
「お前はどうすんだよ、イビルアイ!?」
「私は適当な頃合いを見て転移の魔法で逃げるさ」
『行くぞ!』イビルアイの掛け声を合図にして、ガガーランはセリの姿をした何かへ向けて武器を振るう。それと同時にイビルアイは
しかし、どちらの攻撃も直撃する直前で障壁に防がれてしまう。
「何!?」
「無効化だと!? そこまで実力が離れているか!?」
ガガーランの渾身の打撃もイビルアイの防御突破を込めた魔法も無効化される。相手はラキュースを持ち上げたまま、まるで埃を払うかのように鬱陶しそうにしているだけだ。
その様子に唖然としていると、化け物は何かを思い出した様子でニヤリと笑った。
「ちょうどいいでありんすね。この女は魔法の使い方もわからないようでありんしたから、私が教えてあげんしょう」
「第九位階魔法……『
瞬間、イビルアイの全身に鳥肌が走る。今まであったどんな魔物より竜王よりも圧倒的な存在感。それはまるで、
「魔神……いや神なの……か……?」
そう認識してしまうと、体がガクガクと震え、ガガーランが声をかけるもイビルアイには届かず、一歩もその場から動くことができない。
──怖い!!──
イビルアイの頭の中にはその感情だけが蔓延っていた。
膨大な魔力が溢れ出し、指の先から放出される。ここまで全て一瞬の出来事のはずだが、イビルアイにとってはスローモーションのようにゆっくりと感じられた。それはまるで死を待つ時間をじっくりと与えられているような感覚だった。放たれた魔法は会場全体を焼き尽くすはずだった。
しかし、いつまで経っても魔法が発動することはなく、ただただ立ち尽くしているのみである。
「あ、ら…?」
やがて先ほどまでの巨大な威圧感もなりをひそめた。イビルアイたちが呆然としていると、彼女は力なくその場に膝から崩れ落ちた。
その様子を見たガガーランは、イビルアイを抱えてラキュースのもとに駆け寄り、セリを抱えて会場から大急ぎで出ていく。その際にイビルアイにも声をかけ、共に闘技場を後にしたのだが、その際もイビルアイはずっと虚ろな目をして呆気に取られていた。
「っっっっ!! ……ここは!?」
長い夢を見ていた気がする。
とてつもない頭痛で頭が割れそうになり、胃の中のものが全て逆流してくるような酷い不快感だ。私の生きてきた中で、今が最悪の目覚めなのは間違いないだろう。
気づいたら見知らぬ天井を見上げていた。眠る前の記憶が曖昧だ。はたしていつからこうしていたのだろうか。
起き上がり、周りを見渡そうとすると、首元には二本のクナイが突きつけられ、何らかの魔法からか身動きが取れない状態にあった。
「お前は誰だ」
その状況に困惑するも、よく見知った声が聞こえた。何が起きているか分からず不安でいっぱいだった自分にとって、それは嬉しいものである。しかし、その声色、内容は普段の初心な仮面の魔法詠唱者とは違ったものだった。
「セリを返せバケモノ」
「セリの皮をかぶったケダモノ」
背後からは二人の忍者の声が聞こえ、クナイがこの二人のものであると気づく。ここで初めて自分が仲間から警戒され、包囲されていることを理解した。
(これ、は……? いったい……?)
「痛い目を見ないと分からないらしい」
「セリの体に傷をつけるのは気が引ける。けど仕方ない」
そう言うと、手にしているクナイを振り上げ、方を目掛けて突き刺そうとする。
「ちょっと、まっ──」
「やめて!!」
クナイが突き刺さる寸前、勢いよくドアが開き、部屋に声が鳴り響く。
「ラキュース! もう大丈夫なのか!?」
先程までセリと同じように床に伏していたラキュースを心配する素振りを見せる蒼の薔薇一同を気にする様子もなく、ラキュースは真っ先にセリの元へ向かう。
「待て、ラキュース」
そんなラキュースを行かせまいとイビルアイとガガーランが立ち塞がる。
「こいつが本当にセリなのか、さっきの化け物なのか確かめるのが先だ」
「セリが心配な気持ちは分かるけどよ、ついこの間自分の命を狙った奴への警戒心が足りてねぇんじゃねぇか?」
(命を狙った……? 私が……!?)
確か、闘技場で武王と戦って……ラキュースが美味しそうで、食べたくて……その先はなんだっただろうか。思い出せない。
(ん? ラキュースが美味しそうで…………?)
「大丈夫よ。私が間違うはずがないわ。それに、みんなも分かるでしょう?」
ラキュースは、2人の間を通りベッドまで辿り着く。
ラキュースを見上げると、その顔は慈愛に満ち、優しく微笑んでいた。
(私は、もしかして、また……?)
周りのメンバーの警戒のしようから自分がラキュースに何かをしてしまったのは間違いない。何よりも大切な親友を、また自分は傷つけてしまったのだろうか。そう思うと、不安でいっぱいになる。
「大丈夫よ」
そんな気持ちを察してか、ラキュースはそっと抱きしめてくれる。
いつもそうだ。ラキュースはいつも自分の欲しい言葉をくれる。だからこそ、自分の不甲斐なさがたまらなく悔しいのだ。
抱きしめながら背中をさすり、自分をなだめる様子から、恐らく自分の予想が正しいのだということを理解する。ラキュースは、何をされようが、どんなことが起きようと私の味方をする。そんな人なのだ。
(また、あの力を使ってしまったんだ……)
これまで生きてきた中で、大抵のことは瞬時に理解できた。頭脳比べで私に勝てるのはラナーくらいだ。それゆえに、無知であることから来る潜在的な恐怖を感じたことなど、一度もなかった。
だが、この力のことは未だ不明なことが多すぎる。大好きな親友を自分が意図せず傷つけてしまうこと、それが怖くてたまらない。
今まで経験したことの無い恐怖が襲ってきて、不安で不安で、それでも私を抱きしめてくれるラキュースが愛おしくて。
頬を熱いものが流れるのを感じた。それは、抑えようとするも止まらず、決壊したかのように次々と押し寄せる。
「うっうぅ……」
ラキュースは私を包み込んでくれる。大丈夫と言ってくれる。
「うわぁぁぁーん!!」
「私はずっと一緒にいるから」
そうしてしばらく泣いていた。
やがて、どっと疲れが出て、倒れるように再び寝てしまった。