「
最強化された火球は、訓練用の的に命中し、穴を開けて貫通、その後、炎に包まれ一瞬にして原形すら留めることができなくなった。
「ほう……。これほどに…」
セリの魔法訓練の様子を見にきていたレエブンは思わず感嘆の声を上げる。いかに、大の親バカとして定評のある彼も、侯爵としての執務に日々追われているため、毎日娘の訓練に顔を出すということはできていなかった。最後に訓練の様子を参観しにきたのは、半年前のことだった。
その際も、娘の魔法の成長具合に驚いたものだったが、半年ぶりに見たセリの姿は、昔見た帝国の宮廷魔導士と比較しても遜色ないものの様に見える。王国は
「申し訳ありません、侯爵様。私からセリお嬢様にお教えできることはもうありません」
「なんだと!? それは本当か?」
「はい。先ほどお嬢様の使用した火球は、第三位階魔法に分類され、既に王国でも有数の魔法詠唱者と言えるでしょう。ちなみに、私の扱える最高位の位階魔法も同じ第三位階です。つまり、これ以上は私の教えられる範囲ではないということです…」
魔法に関してあまり詳しくない彼も、先ほどの魔法の凄まじさと第三位階魔法という単語で、セリの魔法の実力が凡庸でないことを理解した。
セリが魔法の勉強をしたいと言い出したのは、二年前、五歳の頃だった。大好きな娘の願いとあらばと、すぐに人員を手配するべく立ち上がった。そこで、セリの魔法の講師として白羽の矢が立ったのが、引退した元ミスリル級冒険者のレイネであった。ミスリル級といえば冒険者として上から三番目の高位冒険者として数えられている。そんな魔法詠唱者であれば、セリの講師として適任であると思ったのだが…。
彼の思惑とは裏腹に、今に至るわけである。セリは、わずか二年でミスリル級冒険者から教えられることがないと言われるほどの魔法詠唱者にまで成長してしまったのだ。このことが露見すれば、帝国の魔法省は娘に興味を抱くはずである。さすがに敵国の貴族を誘致する様な真似を、帝国がするとは思えないが。
考えられる中でもっとも最悪なのは、王国貴族が政治に利用しようと接触をはかったり、戦争の道具にしようと考えることである。彼の頭の中では、今すぐにでもやめさせたいという気持ちと、娘の思いを無下にしたくないという気持ちが葛藤を繰り広げていた。
「いずれにしろ、力は必要か…」
「それにお嬢様はまだ力を隠している様にも思えます。もっとも、私ではその力の全てをはかることはできませんが。もしかすると、数年後には英雄の領域に踏み込んでいるかもしれません」
そう言われ、もう一度セリを見るが、やはりどう見ても可憐で、容姿のとびきり優れた美少女にしか見えない。とても英雄になる可能性を秘めているとは思えなかった。
「あら、あなたはもう教えてくれないのですね」
「お力が及ばず申し訳ありません…」
彼女は、己の不甲斐なさと悔しさの入り混じった様な声色で答える。
「これまでの其方の働きに感謝する。其方にはそれに見合った報酬を与えよう」
荒くれ者の多い冒険者の中で、魔法の実力だけでなく、礼儀作法も平民にしてはしっかりしている彼女を侯爵はそこそこ気に入っていた。実際、セリの魔法の才能を伸ばすことに関しては、彼女は大きな功労者だろう。であれば、しかるべき報酬を与え、今後も良い協力関係を築いていきたいと考えていた。しかし、彼女は未だ浮かない表情をしている。
「そんな顔しないで。私、あなたにはとても感謝しています」
「ありがとうございます。私もお嬢様に負けぬよう日々鍛錬しようと思います」
「えぇ、そうですね。あなたとの授業、意外と楽しかったですよ」
そう微笑むセリの顔は、嫉妬などという醜い感情で憎めないほど美しかった。
セリの魔法講師としての仕事が終わった彼女は、その日中に荷物をまとめ、翌日の午前中には王都から去っていってしまった。去る前に挨拶に来たレイネは、魔法の修行に出ると言い、やる気に満ち溢れていた。周辺国家で魔法の修行に適しているのは、帝国か法国か。少なくともそれが王国ではないことは確かだろう。これにより、彼女との繋がりを持っておきたいという侯爵の考えは見事に打ち砕かれた。
「はぁ…」
レイネの乗っている馬車が遠ざかっていくのを、部屋の窓辺で見つめる。
「領地にいるだけでなく、もっと心躍る冒険がしたいですね」
7歳にしてセリは、ほぼ毎日領地の屋敷の中だけで一日を終えることに退屈していた。そんな中、授業内でレイネの語っていた冒険譚はとてもワクワクするものだった。炎の水、砂の雪原、氷の大地、そして、それを仲間たちと共に巡り、語り笑い合った日々。現地の人々との交流。そのどれもが魅力的で、この王国内から出たことのなかったセリの知らないことだった。セリは、自然とそんな広大な世界を己の力で見て回りたいと思う様になっていた。そのためには力が、そして仲間が足りない。
「どこかの英雄に師事させていただければいいのですが…」
英雄がそんなにポッと湧いたらどこの国も苦労しないだろう。しかし、これまでに多くの噂を流してきた。
「もし、彼女が私の想定通りの人物であれば、そろそろですかね」
バン!!
その時、扉が勢いよく開いた。
「お嬢様!!」
メイドがノックもせずに扉に入ってくることは本来あり得ない。つまりはそれだけ動揺していたのだろう。
「はっ!? 申し訳ありません!!」
自分の粗相に気付いたのか、使用人は深々と謝罪するが、セリは、メイドを慌てさせる原因について気になっていた。
「あなたの粗相について、今だけは目を瞑りましょう。それより、何用でしょうか?」
「は! 失礼いたしました。お嬢様、お手紙が届いております」
いつもと異なる使用人の態度に、何かを察する。
「そう…。どなたからですか」
「そっそれが…。第三王女様からでございます」
セリは、その可愛らしい顔で、口角を醜く歪ませた。