セリはメイドから封筒を受け取ると、そっとその口を開いた。中に入っていた紙を取り出し、目を通し始める。初めは、緊張したようにその手紙を読んでいたが、だんだんと表情が明るくなり、目線が下にいく程に笑みが溢れていくのが見てとれた。メイドは、そんな彼女の様子を見て目を見開く。
(大人っぽく見えるけど、お嬢様だって同年代のお友達が欲しくて当然ですわよね)
メイドは、第三王女からの手紙の内容を、お茶会か何かの交流を深める催しへの招待状、詰まるところは、お友達になりませんかという誘いだと推測し、ドキドキしながらも好感触を示すセリに対して、子供らしい意外な一面を見つけたと思っていたのだった。
セリは、手紙の最後まで目を通すと、満面の笑みをこさえた顔で言った。
「うふふ、これをすぐに私の元まで届けたあなたには、礼を言わなければなりませんね」
「いえ、私はメイドとして当然のことをしたまででございます。むしろ私はお嬢様のお役に立てて光栄です」
「それもそうですが、今の私は機嫌が良いのです。よって、あなたに褒美を与えましょう。何か望みのものがあれば言いなさい」
「……!! お嬢様、それはどんなものでもよろしいのでしょうか? 例えば、消耗品や美術品のような形に残らないものでも……?」
「私の準備できるもので、限度を超えないものであれば良しとしましょう」
「もちろんでございます。お嬢様一人いらっしゃれば何ら問題はございません」
このメイドは生まれた時から側仕えされてきたものだった。それに、年齢も二十代前半と若く、口うるさい他のメイドたちと違って、多くは語らないが、自分の意をよく汲み取ってくれる優秀なメイドで、セリのお気に入りだった。そのため、極力願いを叶えてやろうと思っていたが、突然、どこか興奮した様な表情で、普段の彼女からは想像できない荒い息遣いで問いかけてきた。その姿に、セリは、なぜか背中に悪寒が走った。
「と、とりあえず、言ってみなさい。私の機嫌が良い間に」
「では、言わせていただきます。私は、お嬢様との添い寝券を所望いたします」
セリは口をぽかんと開けて、数秒間静止した。
「私は、お嬢様との添い寝券を——」
「いや待ちなさい! 聞こえているわ!」
「そうでございましたか。では、具体的な日時を決めさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「勝手に進めないでもらえる!? まず、添い寝券とは一体どういうことかしら!?」
「添い寝券とは、その名の通り私が、お嬢様との添い寝をする権利を得る券でございます」
「いや、そういうことではないのだけど!?」
「あぁ、ご安心ください。毎日とは言いません。本当は毎日が良いのですが、一ヶ月、一週間、いや、一日でも構いません。どこかのタイミングでお嬢様がご就寝なさる際に私もご一緒させていただければ良いのです」
お願いいたします。そう言う彼女の目は、大きく見開かれ、瞳にはセリだけを血眼になって写している。
(私と添い寝したい!? それに毎日が良いって言った!? 確かに私のことを昔から気に掛けてくれていたけど、そんなことを思っていたなんて!!)
「ん゙ん゙っ。えーと、それは少し難しいですね……」
「なぜですか!?」
「私は、もう七歳です。誰かと共に寝ることを必要としていません」
「まだ! 七歳でございます! 知っておりますか? 平民は十歳までは親と共に寝ることも何も珍らしいことではないそうです。貴族も例外ではありません。お嬢様と歳の近い令嬢方は、まだまだメイドに寝かしつけもらうこともあるそうです。であれば、添い寝も一般的に、許容の範囲内なのではないでしょうか。それに比べて、お嬢様ときたら何ですか! 生まれた時からお嬢様を見させていただいておりますが、二歳になる頃には、ご勝手にお一人でご就寝なさって! 四歳になられたら、もはや添い寝どころか、使用人たちを寝室から追い出す様になって! 日中その可愛らしいお顔を振りまいておきながら、お寝顔を拝顔できないとはどう言った拷問でしょうか? 運良くお昼寝に立ち会えた時、こっそりベッドに侵入することくらいしか出来ないこちらの身にもなってください! 大体——」
あまりに普段の彼女とかけ離れた言動に、セリは呆然としてしまう。正直ドン引きだ。いまだメイドは、早口で何かを言っているが、もう聞く気にもなれない。
(というか私のお昼寝中にベッドに入ってきていたの!? 確かに小さい頃のお昼寝の時は、よく覚えていないけれど、何かに掴まれて動けなくなる様な夢を見ていた気がする。それが怖くてあまりお昼寝しなくなったんだっけ……)
結局、セリは、彼女の気持ちに気付かず、長い間我慢させていたと言うことも加味して、流石に一日添い寝券は看過できなかったが、彼女のことを、二人の時のみ名前で呼ぶことで妥協した。メイドは、添い寝券が獲得できなかったことを残念そうにしていたが、セリの代案を聞くと、それも悪くないと嬉しそうに笑うのだった。
「では、
「はい! かしこまりました!!」
セリは、どっと疲れが出て、サクリスに対して、容易に褒美を与えるなどと口走らないようにしようと誓うのであった。
「はぁ……疲れた……。あれ、私何をしようとしていたんでしたっけ?」
気付けば、王女からの手紙の内容をすっかり忘れていたため、もう一度はじめから読み直した。
そこには、セリへのお茶会への招待の旨が書かれ、最後にこう添えられていた。
『あなたの願いを叶えて差し上げましょう』
「ふふふ。やはり私の狙い通りに事が進んでくれたようね。王女のいう私の願いがどれだけ合っているかはわからないけど、王女は、私を望んでいる。私の想定通り、おもしろい人間であると言えるわね。協力関係を築けると良いのだけれど。それに、彼女と会える日も近いでしょう」
セリは、これから動き出す自らの計画に期待を寄せながら、自由な冒険に想いを馳せる。
「ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ……。早く会いたいわ」
「うふふふ。どうやらうまく伝わったみたいですね。やはり彼女も私と同じ、ということなのでしょうか。こちらはあちらの望むものの全ての用意がありますし、食いつくということはわかっておりましたが。仮に、セリ嬢がハズレだったとしても、有用な駒として作用してくれそうですね」
ラナーは、自身の送ったお茶会の招待状に対するセリの返事の手紙を見て、満足げに笑う。そこには、もちろん承諾の言葉と、最後の一文に対する御礼が述べられていた。それを見て、やはり自分はセリに、この手を打つ様に誘導されていたのではないかという疑念が大きくなる。まだ、確信に至ったわけではないが、可能性は十分にある。初めて自分が、知らぬ間に他人の手のひらで踊らされていたかもしれないという疑念は、自身より知能が優れた者を知らなかったラナーを大きく興奮させた。
「ラキュースと関係を築いていたことが、この結果を生んだ大きな要因ですね。やはり、あれには感謝しなくてはいけません」
厳密にいうと、ラナーの感謝の対象は、ラキュースそのものではないのだが。
「そういえば、あれもセリ嬢に会いたいと言っていました。私が抜け駆けの様なことをして、心証を悪くしないと良いのですけれど。あれには私の駒としてこれからも動いてもらわなければいけませんから」
セリが、ラナーに並ぶ頭脳を持っているのか、それとも、単なるラキュースの上位互換程度の駒なのか、その答えは全て来週にわかる。
「こんなにも、時間の流れが早く進んで欲しいと思ったのは初めてです。あぁ、なんと来週が待ち遠しいのでしょう」
セリとラナー。二人の天才少女によるやり取りは、お互いの育ってきた環境の違いも影響してか、若干の認識のズレを生じさせながら進行していく。そのズレは、やがて大きな渦となって彼女らに襲いかかってくるのだが、この時はまだ知る由もない。
全く話が進んでいないことに、書き終わった後気づきました笑