蒼薔薇の戦乙女   作:蘭帆

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4話:二人の天才

「それでは、お母様、お父様、行って参ります」

 

「えぇ、楽しんでくるのよ」

 

「気をつけて行くんだよ、セリたん」

 

 両親に挨拶をした後、セリはサクリスを連れて馬車に乗り込む。馬車は王宮に向けて走り出した。その様子を、レエブンは馬車が見えなくなるまで見つめていた。

 

「行きましたね」

 

「あぁ、行ってしまったな」

 

「あなたも、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。あの子は賢いですし、王女様に何か粗相を働く様な真似はしません。むしろ、仲良くなって帰ってきてくれると思います」

 

「そんなことは分かっている! いや、仲良くなってしまうのが困るんだ!」

 

「またそんなことを言って…。セリが王家の方との交流を深められたら我が家にとっても良いことでしょう? 過保護すぎるのも嫌がられますよ」

 

「私は娘の友達作りを邪魔するほど過保護ではない。問題はその友達が第三王女であるということだ」

 

 第三王女は、この時点で表立って何かをしたわけではないが、レエブンは、何か異質なものを感じていた。それに、彼女が人間をなんとも思っていない様な、まさに”虚無”と言えるような表情をしている所を目撃していたのだ。なぜかその王女の顔が忘れられず、今も思い出すと鳥肌が立ってくるのだった。そんな女が自分の大事な大事な娘と接触をはかってきた。この状況を恐れずにいられるだろうか。セリに関しては、その前の魔法の件もあり、不安は尽きない。

 

(なぜ、このタイミングで接触してきた? 今まで第三王女は、王宮内から外に出ず、王宮でも不審な目で見られていると聞いたことがあったのだが。もしかすると、誰かがセリたんの噂を外部に流したのか? それに興味を持った王女が手紙を出した…? 奇怪なあの女のことだ。何を考えているか全く読めん)

 

 彼の中で、今日という日で、昨日までとは何かが決定的に変わってしまう様な気がしていた。 レエブンは、セリのいた先程までの光景を思い返す。

 

「無事に何事もなく戻ってきてくれ。我が娘よ」

 

 

 

 

 

 

「お嬢様、到着したようです」

 

「そう。では行きましょうか」

 

 セリは、サクリスに引かれ馬車を降りる。降りるとそこは、王城の第三王女宮だった。待っていた王宮の使用人に案内され、手紙の送り主のもとに向かう。 やがて一つの部屋の扉の前で使用人は止まった。

 

「ここで王女様がお待ちになられております」

 

 そう言われ、セリは何かを決心したかのように、深呼吸をし、扉に手をかけた。

 部屋の中には、少しだけ痩せ型であるものの、非常に可愛らしいセリと同じ黄金の髪を持つ女の子が、テーブルの側の椅子に座っていた。

 

「お初目にかかります。レエブル侯爵領より馳せ参じました。セリ・フォールン・デリル・レヴァンと申します。本日は、ご招待いただき光栄の至りにございます」

 

「お待ちしておりました、セリ嬢。堅苦しい言葉遣いは不要ですよ。今日はセリ嬢との仲を深めるために私が招待したのですから。ぜひ楽しんで行ってください」

 

「ありがとうございます」

 

 セリは、王女に手引きされ、王女の正面の椅子に腰をかける。テーブルには、使用人により、セリの好きなお菓子とお茶が用意された。

 こうして始まったお茶会は、まずは、趣味などの軽い自己紹介から始まり、世間話や領内のことなどの話題で順調に進んでいった。王女は物腰柔らかな雰囲気で、話しやすく、見事に女子トークに花を咲かせた。しかし、セリは、彼女の笑顔の中にある複雑な何かを決して見逃さなかった。

 

「セリ嬢はとっても可愛らしい方ですのね!」

 

「いえ、王女様もとても純粋で清らかな心をお持ちです。それと、私のことは、セリと呼び捨てで結構でございます」

 

「本当ですか!? じゃあセリも(わたくし)のことはラナーと呼んでください! その堅苦しい言葉遣いもなしです!」

 

 王女は聖女のような優しい笑顔でそう言うが、セリは、彼女のこの姿が演技であると言うことを見抜いている。

 

(やはりこの状況では駄目ね)

 

「ラナー様」

 

「様付けは結構ですよ」

 

「わかりました。ではラナー、私と勝負をしませんか?」

 

「勝負…ですか…?」

 

 ラナーは相変わらず優しい微笑を携えているが、一瞬だけ警戒の色が感じられた。

 

「はい。勝負をして負けた方は勝った方のいうことをなんでも聞く、というのはどうでしょう? もちろん無理な要望をするつもりはありませんよ」

 

「それは、とても面白そうですね! それで何で勝負をするのでしょう?」

 

「あちらでございます」

 

 セリの指さす方には、チェス台が準備されていた。

 

「なるほど…。チェスですか」

 

「えぇ、そうです。それでは、ラナー、この勝負いかがしますか?」

 

 ラナーは心の中で不気味に笑っていた。これまでセリと話してみて、彼女が何かを狙っていること、そして本心を隠して話していることは理解できたが、何を考えているかまでは推測できなかった。ラナーはこれまで会ったことのある人物は話すだけでも、その思考が手に取るようにわかったため、セリのように考えの読めないのは初めてであった。彼女と本音で話し合いたかったが、初対面の人と王族を二人きりにすることは使用人からは警戒されるだろう。また、無理やり使用人を下がらせても、何か口実がなければ逆に相手に警戒心を与えてしまうかもしれない。そこで、何か使用人を下がらせる自然な理由を探していたのだが、セリがすでにこの状況を想定して、手を打っていたのである。これが嬉しくないはずがない。

 

 加えて、ラナーは、生まれてこの方チェスや他のボードゲームなどで敗北どころか負けそうになったことすらなかった。これは、セリの叡智をはかることにも使えるだろう。なかなかに良い手だと感心する。

 

「もちろん受けさせていただきます」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 二人は使用人たちを下がらせると、早速勝負を始めた。

 激しい攻防が続き、一時間以上が経過したその時、ラナーはこの言葉を突きつけられていた。

 

「チェックメイト」

 

 ラナーは生まれて初めて頭脳戦で敗北した。しかし、そこには悔しさなどではなく、そういった感情よりもよほど複雑な強烈な高揚感があった。

 

「参りました。お強いのですねセリは」

 

「いえ、互角の勝負ができてとても楽しかったです」

 

「それで、私は何をすれば良いのでしょう? あなたのことですから、もう決まっているのでしょう?」

 

「えぇ。難しいことではありません。これからする私の質問に本音で返してほしいのです」

 

「今までの(わたくし)の言葉は本心ではなかったと?」

 

「清く純粋など、あなたの本来の姿からはかけ離れたものでしょう?」

 

 セリが王女に対し失礼すぎる言葉を放ったが、ラナーは気分を害することなく、むしろその顔は満足そうに邪悪に微笑んでいた。それを見て、セリもにこりと可愛らしげに笑う。

 

「やはりあなたは(わたくし)の想像通り、いやそれ以上に素晴らしい方のようですね。では、ここまでの展開も全てあなたの想定通り、ということですか?」

 

「勝負に勝ったのは私なのですが…。まぁ良いでしょう。ご明察の通り、あなたの周囲に私の情報が渡るように仕組んでいたのは私自身です。逆に、それ以外にはお父様が情報統制を行なっておりますから」

 

「素晴らしいですわ! やはりあなたに目をつけた(わたくし)の目は間違っていなかったようですね!」

 

 ラナーは、立ち上がり、身をよじりながら天を仰いでいる。先ほどまでの偽りの姿からは想像もできない様子だ。これほど自らを偽ることに長けていれば、これまで誰かに勘付かれることはなかっただろうと思う。逆に言えば、それほどまでに自分を隠さなければ、生きていけなかったということだろう。歓喜で舞い上がるラナーの姿を見て、彼女のこれまでの努力が垣間見えた。

 

「ではラナー、質問を始めて良いでしょうか?」

 

「えぇ、もちろんです。聞きたいことがあればなんでも聞いてください」

 

 ラナーは、今だ興奮のおさまらぬ様子だが、席につき、質問に答える姿勢をとる。

 

「まず、あなたが私をここに呼んだ理由はなんでしょう?」

 

「まぁ! セリも意地悪なことをしますのね! (わたくし)の考えを理解できるあなたがほしいからに決まっていますわ。あなたも(わたくし)にほしいものがあるのでしょう?」

 

「聞くまでもないことでしたね。では、手紙にもありましたが、私の願いとはなんであるとお考えでしょう?」

 

「もちろんそれは(わたくし)、と言いたいところですが、あなたには他の狙いがあるかと思います。たとえば、魔法の師が欲しいとか」

 

 セリは、ラナーの手紙を見て、計画通りにことが進んでいることを喜ばしく思ったが、その反面、自分の流した噂以外の情報もラナーに握られているのではないかと思い、警戒を強めた。実際、ラナーは自分の情報をどこからか独自に入手しているのかもしれない。もしくは、己の頭脳だけでその結論に至った可能性もある。

 

(この質問はラナーの情報網とその正確さをはかるためのもの。これほど優秀ながら、私の真の狙いとは若干の乖離があるのはなぜかしら? やはり彼女についてもう少し知っていく必要があるわね)

 

「なるほど。確かに私は最近魔法の師を欲していたところです。あなたにはその当てがあると?」

 

(わたくし)はアインドラ家の令嬢と親交があります。アインドラ家は十三英雄と繋がりがあるので、(わたくし)のこの繋がりを上手く辿れば英雄に師となっていただけるかもしれませんわ」

 

「十三英雄は英雄譚として残っていますが、その実態は謎のままです。それなのにラナー、あなたはアインドラ家と十三英雄が関係があると言い切った。そう断言できる根拠はあるのですか?」

 

「あるにはあります。ただ、それをあなたに教えることはできません。確かに(わたくし)は勝負に負け、あなたの質問に対して本音で話すと約束しましたが、全てありのままに話すとは言っておりませんから」

 

 セリは、これから聞こうとしたことを先回りして答えられ、顔を顰める。

 

「それだと、私はラナーの言葉を信用できないのではないですか?」

 

「であれば、正直に言えないというのではなく、虚偽の情報を掴ませていたでしょう。それをしないのは、極力あなたの願いに沿っているという証明になるでしょう。あとは(わたくし)を信じていただく他ありません」

 

 ラナーの話は筋が通っていた。セリも、自身と対等に話すことができる彼女は完全に信頼はできないが、今日に限って言えば信用しても良さそうだと感じた。しかしそうすると、ラナーが自分にそこまでするメリットがあるのかどうかはわからない。

 

「あなたは私に何を望んでいるのですか? 私はあなたからしてみれば希少な存在かもしれませんが、私を手に入れたとして何をさせるつもりなのでしょうか?」

 

(わたくし)はあなたに何か(わたくし)のために動いて欲しいなどとは思っていません。(わたくし)はただ、その……」

 

 ラナーは、ここに来て初めて言葉に詰まった。ここまで感情が表に出たのは初めてだろう。ラナーをそれほどに悩ませる理由とは。それも自分を駒のように操り、道具として使うのではないのだという。単純に、自分を操り人形のようにするつもりなのだろうと踏んでいたセリは、思わず唾を飲む。ラナーを見れば、少し頬を赤め、まだ先を言うのを躊躇している様だった。

 

「あなたがそう言い淀むとは余計に気になりますね。そんな恐ろしいことをさせようとしていたのですか?」

 

「ちっ違いますわ!! ただ、えーと…」

 

「この様子ではラナーを信用することは難しいですね」

 

「わかりました! 言いますから!」

 

 ラナーは深呼吸をすると、決意を固めた様にゆっくりと口をひらく。

 

「セリ…。わたくしと…」

 

(私と何よ! 早く言いなさい!!)

 

「わっわたくしとお友達になってくれませんか?」

 

「え??」

 

 一瞬時が止まったかのように部屋に静寂が訪れる。セリの魔抜けた声だけが脳内にハウリングする。

 いったいいつまでそうしていただろうか。いや、実際にはわずか数秒間の出来事だったのだが、二人にはその時間が永遠にも感じられた。放心状態から我に返ると、ラナーはいまだに顔を手で覆ったまま耳まで真っ赤に染め上げ、恥ずかしそうに俯き、指と指の隙間から時折こちらを覗いてはまた隠すを繰り返している。

 

(えええええええ!? 何!? その可愛いお願いは!! もしかして私が邪推していただけでそんなに悪い子じゃない!? どう見ても嘘ついている様には見えないし。顔真っ赤だし)

 

「あのぅ‥‥」

 

 ラナーはもじもじしながら不安そうにこちらを見つめている。

 

「やっぱりわたくしの様な気味の悪い子じゃダメですか…?」

 

「いやっ! えっと! そう言うわけではなくて! んんっ、その…今までの印象と違って少し驚いてしまっただけです。私で良ければぜひよろしくお願いします、ラナー」

 

 そうセリが微笑むと、ラナーの顔がぱあっと一気に明るくなり、「よかった…!」と呟いている。その様子はとても可愛らしく、ただの少女の様に思えた。

 

「ラナーは私の思っていたよりずっと可愛いのですね」

 

「わたくしのことをなんだと思っていたのですか!」

 

 頬を膨らませむすっとした様子のラナーからは、セリが以前警戒していたような姿は見られなかった。そしてそれが演技の様にも思えなかったのだ。そして、セリの中で、ラナーと自分の間に認識の違いがある理由が分かった様な気がした。ラナーは王族として愛されるというよりも、優秀だが、何を考えているのかわからない奇怪な存在の様に扱われていたのではないか。今の様な無邪気で元気な姿こそが、本来の彼女のあるべき姿なのではないか。

 

 そんな彼女にとって自分は、本当の意味での初めての友達になれる様な気がしていたのだろう。だからこそ、ラナーは自分に対してメリットを提示してまで、自分が有用な存在であるアピールするために、手紙であの様なパフォーマンスまでして自分を望んだのだ。その思考回路からは、自分が自由な冒険をしたいと考えているなどということは思い浮かばないだろう。

 

 その後、二人はメイドを部屋に呼び戻し、紅茶を準備させると、策略などのない世間一般的なお茶会を再開した。だが、そこにはお互いに偽りの姿などはなく、本心で笑い合う二人がいた。気がつくと外は暗くなっており、セリはその時初めて、自分が時間を忘れて楽しんでいたと言うことに気づいた。一日だけだったが二人の仲は非常に深まり、今度はアインドラ家の令嬢も含めたお茶会をしようと約束を交わし、お開きになるのだった。

 

 帰り道、馬車に揺られながらセリは今日という日を振り返る。ラナーは、人をなんとも思っていない、自分がどう利用しようが何も感じない、せいぜい良いように使い潰すだけの存在だと思っていた。しかし現実は違った。もしこのまま自分と出会わずに成長していたなら、自分が以前想像していた様な邪悪で、人を見下した化け物になっていたかもしれない。だが、現段階では理解者がいないだけで、その本質は、ごく普通の女の子であった。

 

 純粋にセリと友達になりたい、理解されたいという願望を持っているラナーに対し、セリは罪悪感を覚えた。自分の真に望んでいる仲間はラナーではなく魔法の才能のあるラキュースだったから。

 この日、セリはラナーとも本当の意味で仲間になろうと誓うのだった。

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