蒼薔薇の戦乙女   作:蘭帆

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7話:黄金期

 リ・エスティーゼ王国王都──ここは、様々な商人が行き交い活気溢れる街だ。装飾品、食料品、衣類に娯楽、世界中から全てのものが揃うこの王都は、帝国、法国の首都と並んで世界有数の大都市となっていた。城下町の道沿いには、様々な屋台が並び、劇場には、入場券の抽選のため長蛇の列ができ、道端では吟遊詩人が詩を歌っていて、毎日がお祭りのような雰囲気だ。

 

 少し街から外れると、一つ建物に何人もの人が別々に暮らすいくつも集合住宅が建っている。大通りに比べると落ち着いた雰囲気だが、治安も良く、王国民が暮らしやすい設備が整っている。なにより人々の顔を見れば、どれだけ満たされているかがわかる。誰もが笑い、自分の未来に希望を抱いているということが見てとれる。

 

 また、かつて王都に存在したスラム街は、孤児院の設立や奴隷禁止法の制定、安定した職業の提供、集合住宅の建設、治安の向上により虫の息だ。その範囲は格段に縮小され、もはやほとんど存在しないと言っていい。元スラム出身の人々に対し、一部の人間からは差別的な態度もあるが、これからの政策しだいでそれも改善されるかもしれない。かつて王国に蔓延っていた八本指もその規模を縮小させ、王都から撤退せざるを得ない状況だ。

 

 王国は今、建国以来の黄金期への突入が予見されている。二年前まで危機に瀕していた国とは思えない迅速で圧倒的な改革だ。この改革の中心にはいつも彼女がいた。それこそ『黄金の姫』やら『王国の叡智』などと呼ばれ、国民から圧倒的な支持を受けているラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフだ。

 

「今日もすごい人だね」

 

「全くだな。私が王国に来た時はこんなに多くなかったのだが…。あの姫さんも余計なことをしてくれる。私は人が多いところはあまり好きではない」

 

「まぁ、私たちも王国のために活動してるのだから、そんなこと言っても仕方ないでしょう? それより、イビルアイが人混みが苦手だなんて意外ね。あなたは他人のことなんて気にしないものだと思っていたわ」

 

「誰だって、行く先々で街行く人に声をかけられ続けたら嫌にもなるさ」

 

 冒険者を初めて二年たった頃、アダマンタイトになった彼女らに、リグリットは自らの後継としてイビルアイという魔法詠唱者を新たに加入させ、冒険者稼業を引退した。王都で活動している彼女たちは、国民の活気も相まって非常に人気で、同業者からは憧れの存在だ。

 

「本当はちょっと嬉しい」

 

「迷子になるのが怖いだけ」

 

「そっそんなことではない! 断じてだ!!」

 

「イビルアイ今度歩く時手繋いどいてあげよっかー?」

 

「セリまで!? 必要ないといっているだろう!!」

 

 彼女たちの話し声もこの王都ではあまり目立たない。この街の喧騒は、ちょっとやそっとの話し声であればかき消してしまうからだ。これはイビルアイの迷子の話も現実味を帯びてきた。

 

「おいおい、そんな調子でいいのかよ。一応これからこの国の姫さんに会いにいくんだろ? 俺らは何度も会いに行ってるとはいえよぉ…」

 

「ラナーはそこら辺かなり寛容だけど、それは別として王族との関わり方は見直すべきね。いずれ何かしでかしそうで恐ろしいわ」

 

「ガガーランに注意されている」

 

「でも正論」

 

「あのなぁ…。お前らも俺をなんだと思ってるんだよ…」

 

 イビルアイだけでなく、他のメンバーにも揉め事の種が渡りそうになった時、知らない声に話しかけられた。

 

「お、あんたらラナー様に会いにいくのか?」

 

「えぇ、そうですけど…」

 

「なら言っといてくれよ。ラナー様のおかげでみんな暮らしやすくなってるんだ、ありがとうってよ」

 

「私もお願いします!」「わしも頼む!」「俺もだ!」「私も! ラナー様大好き!」

 

 いつの間にか会話が漏れていたのか、あたりには人だかりができていた。王国民は皆ラナーに感謝を伝えたいと必死のようだ。

 

「いつ見てもすごいな、ラナーの人気は」

 

「えぇ、本当。ラナーにも見せてあげたいわ」

 

 

 

 

「それでは、今日の会議はここまでじゃ。各々準備するように」

 

 ランポッサ三世の解散の合図にて、会議室に集められた王国貴族たちは一斉に部屋を後にする。その者たちの中には、満足げに笑みを浮かべる者もいるが、多くは苦々しい顔をしている。

 全ての貴族が部屋から退室すると、室内には国王であるランポッサと、側近のガゼフ・ストロノーフ、第三王女であるラナーのみとなった。

 

「本日もお疲れ様でした、お父様」

 

 可愛らしい笑顔でそう言うラナーに対し、ランポッサは苦笑する。

 

「何をいうか、今日もほとんどお前の独壇場だったではないか」

 

「それはお父様のお力添えあってのことです」

 

 ラナーは元々賢い子であったが、女性ということもあって、政治に関わらせるということに関しては考えられていなかった。それに加えて彼女はまだ幼い。年上の第一王子と第二王子でさえまだ王になるための勉強をしているところだ。よって、ラナーがいかに優秀でも、政治に参加するとしてもまだ先のことであると思われていた。

 

 その風潮が変わったのは約二年前。今までもその優秀な頭脳で、市井に対して個人的な支援を行うことはあったが、あくまでも個人の域に過ぎなかった。しかし、ある時突然、王に対し進言する様になったのだ。初めのうちは、単なる子供の言と王も家臣も侮っていた。

 

 だが、昔からラナーは優秀であったため一度しっかりと意見を聞く場を設けてみると、その内容は驚くべきものだったのだ。市井の様子や国民感情、その原因や改善策など、どれも王国の問題を一挙に解決するものばかりで、貴族の話し合いの場では絶対に挙げられないであろう正に完璧な政策だった。

 

 だが、その政策は貴族派閥には受け入れられないだろうと思われた。確かに本当に王国の問題を解決するのであれば、ラナーの意見は正論なのだが、自分の利益ばかりを追い求める貴族にとっては受け入れ難いものであると思った。それほどまでに王国の貴族は腐敗していた。

 

 ラナーは会議に参加することを望んでいたが、そう上手くはいかないと考えられた。だが、だからこそ勉強になると感じたランポッサはラナーを会議に参加させることを議会で提案した。意外にも貴族たちは簡単に了承した。彼らにとっても、第三王女を貶めることで、自らの推す王子の優秀さを際立たせようとしていたのだ。

 

 議会に参加した当時のラナーは敵だらけで、政策も全く通らなかった。しかし、一歩も引かない姿勢を見せた。すると、次の会議からは徐々に賛同者が増え始め、ラナーが議会に参加して一年が経つころには様々な政策を自在に施行できる様になっていた。

 

 その様子を見ていたランポッサは、娘の王としての器に驚くも、少し恐ろしくも感じていた。一体どうやってこの人脈を作り上げたのか、いつからラナーは計画していたのか。もしかすると初めから後ろ盾や政策を用意していたのかも知れない。その証拠にラナーが親しくしていたアインドラ家とレエブル領の令嬢の所属する冒険者チームが、あっという間に高位冒険者へと駆け上がり、ついにはアダマンタイト級へと至った。これでラナーは強力な武力も手に入れたことになる。

 

 今日の会議でもラナーは、市民の減税政策を貴族派閥を言いくるめて、遂には通してしまった。

 だが、隣で微笑む娘を見るととても先ほどと同一人物には思えない。

 

「お前は全く…。まぁ良い。今日も王国のためによく働いてくれた。民も喜ぶだろう」

 

「はい! では、私はこの後用事がございますのでお先に失礼します」

 

「あぁ、彼女たちと会うのであったな。楽しんできなさい」

 

 ラナーは先ほどからは考えられない、ウキウキとした可愛らしい様子で部屋を後にした。

 

「はぁ…私などではなくいっそあの子が王であったなら王国は腐敗しなかったのかも知れんな…」

 

「王よ、その様なことおっしゃらないでください」

 

(しかし、そう言いたくなる気持ちもわかる。わずか二年でこの王国をここまで持ち直すとは…。ラナー様が民のことを真に考えてらっしゃる方で本当に良かった)

 

 

 

 

「では、ラナー様がいらっしゃるまでここでしばしお待ちください」

 

 蒼の薔薇一行は、王城につくと、メイドたちに案内され、ラナーの自室で待つことになった。何度もこの部屋に訪れている彼女たちからしたら、案内は必要ないのだが。

 

「しっかし姫さんも偉くなったもんだよなぁ…。今日廊下ですれ違った奴ら全員お付きの使用人だろ? 前来た時はもう少し少なかった気がしたんだが。俺たちの案内も何人よこすつもりだっつーの」

 

「やはりそれだけ権力を持つ様になったということだろう。むしろあいつの今の様子を見たら、やっと然るべき地位を手に入れたって感じだろうな」

 

「二人ともラナーは王族なのだから元から偉いわよ。それより王族に対する接し方の話はどうしたのよ…」

 

 いつも通りのテンポの良い会話をしていると、部屋の扉が開かれ、そこには、王勢のメイドたちを連れたラナーがいた。

 ラナーはメイドたちを下がらせると、室内の会話の聞こえない別室で待機させた。

 

「皆さん、お待たせしました」

 

「おう姫さん、久しぶりだなぁ」

 

「お久しぶりです。セリとラキュースも久しぶり! 今日は良いお知らせがあるの!」

 

 他の者と比べて明らかに、セリとラキュースの顔を見た瞬間に嬉しそうな顔をしたが、これもいつものことなので誰も不快になることはない。

 

「あら、そうなの? 実はこちらも…──」

 

「良いことがあったんだよ! なんと八本指のアジトのいくつかを突き止めたの! しかもその多くは本拠地級の規模であることがわかったの!」

 

 ラキュースが話そうとしたことに被せる様な形で、セリが説明を始めた。それはラナーを自分の言葉で喜ばせたかった様に見える。ラキュースも同じだったようで、セリがそちらへ目をやると、頬をふくらませてこちらを見つめている。セリは勝ち誇ったかの様に笑うと、話を続けた。

 

「今までは麻薬の農場や奴隷商を襲撃するだけで、本拠地を叩くことはできていなかったけど、今回見つけた拠点なら、その元締めを攻撃できる! そこの情報を手に入れることができれば、腐敗した貴族たちを一斉に没落させられるってこと!」

 

「それはすごい情報ですね! これなら八本指に大打撃を与えることができます!」

 

 王国に蔓延る膿である八本指を滅ぼすことができれば、それは王国の完全復活を意味するだろう。今までもラナーの計画とセリの機転により、貴族たちの悪事を暴き、弱みを握ることで、ラナーの陣営につけてきた。それにより、八本指に不利に働く政策を打ち出すことができ、八本指にかかわる貴族たちをさらに追い込んでいくことで、ラナーは盤石な布陣を築いてきた。今回もわずかな情報からセリが見事に拠点の場所を見抜き、発見に至った。

 

「そのとおりだな。俺も姫さんとセリには驚かされてばっかだわ」

 

「私が議会で発言力を持てたのも、セリや皆さんが調査に出て、貴族の弱みを手に入れてきてくださったおかげです。本当に感謝しています」

 

「お互い様」

 

「忍者は恩を忘れない」

 

「双子の言うとおりだ。私たちもお前には恩があるからな。それに王国を良くしたいという目的はお互い同じだ。私ではなくセリとラキュースのだがな」

 

 どうしても最後にツンデレが発動してしまうイビルアイに対して、ティアとティナがいじり倒すといういつもの流れが始まった頃に、ようやく今まで拗ねていたラキュースも機嫌を取り戻した様だ。それに、いつも通り場を諌めなくてはいけない。

 

「ところで、セリはどうしてアジトの場所がわかったの?」

 

「うーん…。なんというか、悪いことしてる人間っていうのは行動が読みやすいんだよね。今回もそうかなって思って行ってみたら、本当にアジトがあったって感じだったから」

 

「うはぁ…こいつは恐ろしいな。こりゃセリの前で悪巧みなんざできねえな」

 

「ガガーランの行動なんて、元々わかりやすいでしょ?」

 

「おぉ? 本当か? じゃあ、俺が今何考えているか当ててみな。ブブー! 残念、不正解だ! 答えは、”優良物件の童貞が欲しい”だ。惜しかったな!」

 

「ただ言いたいだけじゃん…」

 

「ちなみに私は昔のクライム」

 

「私はセリでもいいよ。いや、セリがいい」

 

 双子忍者も参戦し性癖暴露大会が開催されるも、王女の前で話す内容ではないため、またもやこの場をラキュースがどうにか丸く収める。

 

「全く、ラナーの前であることを忘れたのかしら?」

 

「あら? 私に気を遣わなくてもいいですよ?」

 

 苦笑しながらも紡ぎ出された言葉は、付き合いの長いセリやラキュースにとっても意外なものだった。しかし、すぐさまガガーランたちに気を遣ったのだと言うことに気づいた。

 

「お? 意外に興味ありげな感じだな?」

 

「私が教えてあげよう、ホレホレ」

 

 ラナーの気遣いに全く気が付かないガガーランとティアは、──気づいていてわざとやっているのかもしれないが調子に乗って、聞く人が聞けば、不敬罪で咎められてもおかしくないことを言い始めた。今までラキュースだけが注意をしていたが、大切な友人のひどい言われようにセリも我慢の限界だった。

 

「ちょっと二人ともいい加減に──」

 

「じゃ、じゃあ!」

 

 セリの言葉を遮るようにラナーの声が響く。

 

「じゃあ…セリとラキュースに教えてもらおうかな…? ……みたいな」

 

「え」

 

 ラナーの意外すぎる言葉に室内は静寂(サイレンス)の魔法を使ったかのように静まり返った。セリもしばらく思考が停止していたが、やっと正気に戻り、ラキュースに視線を移すと、まだ現実に戻って来れていない様だった。当のラナーはというと、少し俯きながら背筋をピンと伸ばし、顔を耳まで赤く染め上げている。その空間をどうにかしようと、頭をフル回転させて言葉を捻り出す。

 

「え、えーと、教えちゃおっかなー…あはは…?」

 

 次は視線がこちらに移っていた。完全に逆効果だったようだ。気づけば自分も顔の体温が急上昇し、床を見つめていた。

 

「ん゙ん゙ん゙ん゙!! ラナー! そう! ラナーの言っていた良い知らせはなんなのかしら!! とっても気になるわ!!」

 

「え、あ、はい! 実は今日の議会で私の案が採用されて本格的に王国民の所得税の減税が決まってそれについて──」

 

 チェーンソーのような咳払いから、なんとか話題を絞り出してくれたラキュース、ありがとう。ちなみにそこからの話し合いの内容は一切覚えていない。




ランポッサの口調がわからない…







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