ここは光の差し込まない裏社会の深い闇の中。
「ち、まだ話さねぇか。話せば楽になるのによ」
既に血まみれの男に対し、再びバールを振り下ろす。かろうじて息はあるものの、死体と見間違える見た目をしている。
ここは闇の中。一度捕らえられれば最後、助けなど永遠に来ない。そのはずの部屋に足音が近づいてくる。
バタン!!
部屋の戸は激しく空き、そこからは白銀の鎧に身を包んだ騎士、ではなく古ぼけたスーツに身を包んだ一人の下級貴族が姿を現した。
「ゼロ!緊急事態だ!この場所がばれた!!いや、この場所だけじゃない!あんたらの本拠地の方もバレているらしい!!」
男は鬼気迫る形相で事情を説明する。顔からは大量の汗が吹き出し、足取りもおぼつかない。
「まぁそう慌てるな。で、誰にその情報がばれたんだ?お前はどうやってそれを知った?」
ゼロと呼ばれる男のあまりに冷静な対応を見て、男もハッとする。そして今度は落ち着いた話ぶりで続けた。
「知ったのは、二日前。とある理由で俺が王城に行った時だ。そこで第三王女の部屋の前を通ったら、使用人たちが誰もいないから不自然に思ったんだ。だから、扉の前で聞き耳を立てていたら、衝撃的なことが聞こえてきたんだ。『なんと八本指のアジトのいくつかを突き止めたの!しかもその多くは本拠地級の規模であることがわかったの!』ってな。おそらくそこにいたやつは蒼の薔薇だと思う」
「なるほどな」
ゼロは薄暗い闇の中思案に耽る。普段であれば、下級貴族の手に入れた情報など、相手にしていなかったかもしれない。しかし、今は状況が状況だった。先程まで痛めつけていた男──今は既に死体となったから得ようとしていた情報も貴族が話す内容に関連することだった。故に、この男からの情報も無視できないものだった。
「おい!どうするんだよ!?ここはまだしも、私も知らないあんたらのアジトがバレて、情報が抜かれたら間違いなく我が家は取り壊しになる。今だってあの女の奴隷のように生きるしか術がないんだぞ!」
「それで?」
「は?」
「それで?だからどうした?」
ゼロは貴族の焦り様と対照的に冷静だ。むしろ、男のことなど歯牙にも掛けず、この後の対策について考えている様子だ。
「き、貴様!!私たちがどれだけお前らに支援したと思っているんだ!恩を仇で返すつもりか!!」
「いいや?むしろ仇で返してきたのはてめぇのほうだ。焦ってたかなんだか知らねぇが、王都からその格好でここまで来たんだろう?なら、お前の聞いた言葉がハッタリだったとしても、少なくともこの場所がバレたのは確実だろうな。まんまとてめぇが案内してくれたんだからよぉ」
ゼロは頭に血管浮き出て、怒り心頭といった様子だ。ここまで冷静だったゼロの怒りに貴族の男は恐ろしさから、震えが止まらなくなっていた。
「ひっっ」
『殺される!!』そう思った刹那、ゼロはいつも通りの冷静な表情に戻り、口を開いた。
「まぁ、てめぇがここへ来ようが来まいが、どちらにせよバレていたんだと思うがな。裏はある程度取れてる。真実だと見ていいだろう。ちっ、どいつがしくじってくれたんだか…」
「そっそうだ!元々お前たちの失態だぞっ!」
男はゼロが下手に出た瞬間に強気な態度をとる。しかしその声は今だ震えていた。
「俺たちも計画を練るとするさ。アイツらにも一応話しておかねぇとな。本拠地がバレてるんなら薔薇のヤツらはエ・ランテルまで来るだろうからな」
「そうかっ!そうしろ!!では、私はここで失礼する!自領で色々とやらなければいけな──」
その時、男の視界は360°回転し、気づいた時には自分の下半身を見上げていた。
「だが、そこにお前は要らねぇ」
拳についた血を厄介そうに振り払う。暗くて気づかなかったが、辺りは赤に染まっていた。
「さて、動くとするか」
ゼロの背中が遠ざかって行く。
「セリ、聞いてる?」
「あ、あぁうん、、もちろん」
「はぁ…さっきから引きずりすぎよ。ラナーとの作戦は覚えてるでしょうね?」
「た、たぶん?」
セリの自信なさげな表情に、蒼の薔薇は一同深くため息をつく。どうやら帰りの馬車の中でも、まだラナーとの会合での一件を気にしているようだった。
「はぁ……。じゃあもう一度確認するわね。これから八本指の本拠地を叩きたいのだけど、そうなると、常に暗殺者に狙われているラナーが王都に一人になってしまう。何かあった時に私たちが駆けつけられないのは困るわ。だから、今回は、表向きはラナーのエ・ランテルの視察、私たちはその護衛としてついて行き、相手が攻勢に出るのを待つって訳ね」
計画を聞き、『なるほど…』と呟いていると、ラキュースはまた残念そうな顔をしている。
「もし、相手が打って出なければ、こちらからきっかけを作るけど、その可能性は低いってことだったわね」
「八本指からしたら、いつ攻撃されるか分からないタイミングより、私たちとラナーを同時に攻めれる上に、手数が少なくて、市街戦にもって行ける今が絶好の機会ってことか」
話を聞きながら、思ったことをつい呟くと、他の五人は──約一名は仮面だが目を丸くして驚いている。
「初見でそこまで思い到れるなんて、天才ね。やっぱりラナーの作戦を完全に理解できるのはあなたしか居ないわ。なんか真面目に聞いていた私たちがバカみたい…」
「いっいや!私だって聞いてたって!今思い出したの!!ね!初見じゃないですよ〜」
「まぁそういうことにしておこう。だが、セリに限ってないとは思うが、戦闘中に気を取られて不覚をとるなよ」
「そんなことあるわけないじゃん!」
そう言っても、皆は少し不安が残るようだった。しかし、戦闘面では今まで誰にだって遅れを取ったことはない。どんな窮地も、最低でも逃げ道だけは切り開いてきた。その分の信頼はあるはずだ。
「そういえば、セリ。私がラナーの部屋に防音魔法をかけようとした時に、お前の魔法に弾かれた。防音魔法は使わなくてよかったのか??」
「あぁ、うん。もちろん大丈夫だよ」
イビルアイとセリ以外は初めて知った事実に驚愕した。焦りの色すら見える。
「え、そうだったのセリ!?そんな大事なことなんで言わないのよ!私たちの会話が聞かれてたらどうするの!?」
「初めから言ってたらリアリティのある会話ができないでしょ?それにさ…
その刹那、ラキュースは全身に鳥肌が走った。
どっかの会話泥棒さんが焚き付けてくれるかもしれないでしょ?」
「やっぱりあなた天才だわ…」
次回、決戦